「なんで、命令違反なんか」
くらげは、部屋に入ってきたなのはに、第一声、そういった。なのはははにかんで答える。
「えへへ、リンディさんに怒られちゃった」
リンディ・ハラオウン、アースラの艦長である。
フェイトはジュエルシードを六つ同時に暴走させて、それを全て封印するという、危険な手段にでていた。それに対してアースラは傍観の姿勢をとり、フェイトの自滅後に、全てのジュエルシードを回収する予定だった。しかし、なのははこれを良しとはしなかった。ユーノの力を借りて、フェイトの元に駆けつけ、二人でジュエルシードを封印、結果、それぞれ三つのジュエルシードを得ることとなった。
なのはは、正式な時空管理局員ではないが、一時的にアースラに身を置く以上、指揮を執るリンディの指示に従う必要があった。
その命令を無視したため、お叱りを受けたのだった。
「でも、行かなかったら、きっと後悔してたから」
なのははそう言う。その目には後悔というゆらぎはどこにもない。
「それよりも、くらげ君、今わたしちょっと家に帰ってたんだけど」
アースラにしばらく身を置いていたなのはだったが、あまり離れすぎるのもよくないと、一時的に家に帰っていた。くらげとしては、少しばかり寂しかったが、毎日くらげがお風呂に入るときに、「フェ、フェイトちゃんとは入って、わ、わたしとは駄目なの?!」と突撃してくるなのはからの逃げ方を考えなくてもよいのは、助かっていた。
「ありさちゃんっていうわたしの友達が、怪我してる犬を拾ったらしくて」
「良い友達だね」
「うん。でね、その拾った犬っていうのが、アルフさんだったんだ」
くらげは、硬直する。アルフはフェイトの使い魔である。何故、アルフがフェイトのところにいないのか、フェイトは一人でいるのか
そんなことを考える。
「もう、わたしやユーノ君は話をしてて、クロノ君の話も終わってる」
そういって、なのははくらげを見る。話さずとも、聞かれずとも、その目線の意味をくらげは理解した。
「うん…」
くらげは一度頷いて、少し考えたあと、
「お願いできる?」
と言った。
ありさの家は、黒神家には劣るものの、かなりの豪邸であった。
夕方、その家に到着すると、なのははアリサという女の子へ簡単な説明をするとくらげを紹介し、「飼っていた犬に似てる」という言い訳で、アルフの元へ向かう。
その場所に到着すると、鉄格子でできた小屋の中にアルフが伏せて目をつぶっていた。だが、くらげが近づくと、目を開いた。
『こんにちわ…』
くらげは念話でアルフへ話かけた。念話の使い方はクロノから聞いていた。
『あんた、魔導師だったのかい?』
それにアルフが念話で答える。
『みたい、です。魔力量はかなり少ないらしいけど』
『そうかい。まあ、それはどうでもいいか』
『うん』
二人は無言のまま向き合っている。
『フェイトのこと、嫌わないでやって。あんたと別れたあとは、フェイト、ずっと泣いてたよ。どんな目にあっても泣き言ひとつ言わないあの子が』
『そんな』
『あんた、自分を卑下しすぎだよ。フェイトはあんたといて楽しそうだった。あんたは、ちゃんとあの子を支えてたんだ。だけど、あんたを失った。ジュエルシードと引き換えにあんたを売った。かなり堪えたみたいだったね』
『嘘』
『嘘じゃないさ。フェイトはあんたのこと、多分、二番目くらいに好きだよ。辛くないわけないさ』
くらげはフェイトがそこまで自分を想っていてくれているとは思っていたなかった。二人でいると心地良かった、あの笑顔を見ていたかった、だからできるかぎり側にいたかった。ただ、それだけだった。
『でも、一番に好きな人のために、ジュエルシードを集めてるんだから、仕方ないね』
『それって』
『話は時空管理局に話したから、詳しい話はそっちから聞きな。私も、何度も話したい話じゃないから』
アルフはくらげの言葉を乱暴に遮ると、話は終わったとばかりに顔を伏せた。
と、その時、なのはが呟いた。
「フェイト、ちゃん?」
その言葉にくらげとアルフは顔を上げる。なのはがフェイトから、何らかの連絡を受けたことが想像できたからだ。
なのはとくらげが走りだそうとした時、
『待ちな、私も連れて行きな!』
とアルフからの念話が、二人に告げられた。
くらげは慌てた様子で、「あ、あの、やっぱり、僕の飼ってた犬みたいで…」とアリサに言うと、示し合わせたかのようにアルフがくらげに擦り寄る。その様子をアリサは納得いかない様子で眺めていたが、しばらくして「分かったわ」と言って、ため息をついた。
「その子、誰が来ても無視してたのに、あんたにだけは懐いてるみたいだし…いいわ。連れて行って」
「あの、えっと、このお礼は」
「そんなの気にしなくていいわ。その子を大事にしてね?」
くらげは「あ、ありがとう」と言うと、なのはと、アルフと一緒に走り出した。
アリサの「それにしても、なのははあれの何がいいのかしら?」といった声は、誰にも届かなかった。
なのはと人型へ変身したアルフは走りながら、話をしていた。
「で、フェイトはなんだって?」
「海沿いの公園で待ってるって!」
二人とも息を切らすことなく、走る。くらげは、息を切らしながら、もつれる短い足をどうにか前に進めているため、話には参加できない。
そして、ようやく公園に到着したころには、くらげそのまま倒れ込んで、激しい呼吸をどうにか整えようと必死だった。
公園には既にフェイトがいた。既にバリアジャケットを着ており、臨戦態勢である。なのはが来たことが分かると、ゆるりと振り返った。
赤すぎる夕焼けがフェイトを照らす。黒いバリアジェケットは、血で濡れているようだ。力なく立つその様子が尋常でないものであることは、少しでもフェイトを知るものであれば分かるほどだった。
なのはとアルフは、フェイトと向かい合った。
「フェイトちゃん」
「フェイト…」
なのはやアルフの声に、フェイトは反応しない。
アルフはその様子を見て、言葉を失っていた。いつものフェイトではない。その眼が黒く染まっている。
「お互いのジュエルシードをかけよう」
フェイトはそういった。つまり、お互いのジュエルシードをかけて、勝負をしようということだった。
もともと、なのははその予定であった。だから、この誘いを断る理由はない。だが、今のフェイトを見て、なのはの気持ちが変わった。
「フェイトちゃん!」
「お互いのジュエルシードをかけよう」
フェイトは同じ言葉を繰り返す。アルフはその様子を見てられない。
「フェイト! もう止めよう!」
そうして、ようやくフェイトはアルフが居ることに気づいた。
「アルフ…」
「もう、あんな女の言うことを聞いちゃ駄目だよ。このまんまじゃ、不幸になるばっかりじゃないか」
フェイトはアルフのその言葉に力なく首を縦に振る。
「そうだね。うん、そうだね」
「っ! 分かってくれるのかい!?」
「分かるよ。うん、今なら分かる」
フェイトは淡々とそう言う。
「アルフ、私、知らなかったんだ。私が不幸だなんて、知らなかったんだ」
その力ない目は、その黒く染まった目は、誰を見ているのか。
「知らなければよかった。幸せなんて、知らなければよかった。それなら耐えられた。知らなければ耐えられた! なんで、私のそばに居てくれたの…なんで私と一緒に居てくれたの!」
その言葉は次第に強くなる。
「幸せなんて、知らなければよかった! だって、母さんはジュエルシードが必要なんだ! 一番は母さんなんだ! だから、だから、そうするしかないじゃない! どんなに大事だって、そうするしかないじゃない!」
髪を振りみだしながら、フェイトは叫ぶ。心に溜まった何かを吐き出すように。
「くらげ君がいないなんて嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! くらげ君が居ないなら、もう私には母さんしかないんだ。どんなに不幸だって分かっても! 母さんしか…私は母さんしかないんだ!」
フェイトは漆黒の杖を、なのはへ向ける。
「勝負…勝負して! 私と! 私が勝って、全部もらう! あなたが持っているジュエルシード、全部もらう!」
その黒く染まったままの目で、そう叫んだ。なのはを見ているのかすら、分からないような目で。
なのはは、そんなフェイトを、見ていられないものを見るかのように、伏し目がちに見ていた。その目には涙が溜まっている。
「フェイトちゃん…くらげ君はそこに居るよ。ねえ…フェイトちゃん」
「勝負して! 早く!」
なのはは、目を瞑る。目に溜まっていた涙が頬を伝わる。
そして、持ってくる杖をぐっと握りしめると、目を見開いて、フェイトを見た。今にも喚きだしそうなフェイトを、今にも泣き出しそうなフェイトを、見つめた。
「フェイトちゃん…、ちょっと、頭、冷やそうか…」
なのははそういうと、その杖をフェイトへ向けた。
ようやく話が進みました。
フェイトはそんなに酷いことにはならないので、安心してください。