美しいモノには魔が宿る。
これは魔術業界……否、魔術関係なく理解される事柄の一つである。
ポピュラーなミロのヴィーナス、モナリザなどの芸術作品。
日本では芸術ではなくても風景や建築において魅了するモノ。例えば清水寺や奈良の大仏など。
ある意味でどれも美しさという観点からすれば好評ではあるがばらばらの意見を出されるものだろう。
しかし、そのどれにも共通するモノがあるとすれば───
目を離せない。
ずっと見ていたい。
何故なら美しいから。
これを魅了の魔力と言わず何という。
そしてそういった魔力を突如背後に現れた女は多分に発揮していた。
紫という本来なら不自然な髪の色のはずなのに一目であれは染めたなどという無粋な人工の色ではなく本物の色であるという事を理解出来る。
髪をよく宝石に例える事があるがあれを見ていると酷く的確な例えに思えてならない。
自分が日常的に扱っている宝石が価値無しに見えて仕方がない。
更には服装も妖艶的だ。
男の自分にはどういう名前が付く服なのかは知らないが丈は短い、体のラインが諸に出ているなどと刺激過ぎる。
しかも第一印象として頭に焼き付けられる顔にはバイザーによって隠されて、しかし逆に隠された事によって美を想像してしまう。
個人の好みだけで言えば服装に関しては少々厳しい所はあるがそれ以外はパーフェクト───それが人を害する怪物でなければ。
根拠はない。
よくある殺意を感じているわけではない。
ただの直感でしかない。
だがそう感じ取った。
そこまでの思考を現実時間に換算して凡そ4秒。
その時間における現実の変化は女が一歩遠坂真に近付いたのみ。
そして次の1秒で女の動きが封じられた。
「───ッ!」
一瞬にして女は少年の視線で全行動を封じられた。
原因は少年の両の瞳。
本来は日本人ならば普遍的な黒目をしていた瞳は本来では有り得ない鋼の色の魔に変貌していた。
爛々と輝くその瞳は質は違えど女と同系統の美が付属した魔。
そして魔眼の中で最もポピュラーな魅了の魔眼───にちょっと
だがそれを見届ける気は更々ない。
即座に魔術回路に魔力を載せて身体の強化に変換する。
見に徹する気なんて一切せずに、そのままその場を離脱する。
勿論、置き土産を忘れず袖から宝石を美女に投げ渡す。
そして振り返らず走り去る。
既に自身の速度はオリンピック選手の隣を口笛吹きながら軽く抜き去るなんてレベルではない速度を出して、しかも背後から美女への贈り物がドッキリをかました後の爆発音が聞こえるが、まぁ効果なんて考えるまでもないだろう。
「……最近の魔術師というのは中々過激ですね」
魔眼に縫い止められ、宝石による爆発を受けた女は無傷の姿のまま爆発によって生まれた熱から現れた。
傷は一切ない。
真面に受けたように見えず、防御もしたように見えない女の柔肌には傷どころが埃すら付いていない。
彼女は知らないが先の少年が想像した通りの結末。
あの程度の神秘と威力では超越者には到底に辿り着かない。
しかし女は今まで付けていた無表情の仮面を外していた。
その口元には確かな微笑があった。
友愛の……というわけではない。これは苦笑によるものだ。
何せ
彼女の伝承を知っている者で笑う度胸がある人間がいれば傑作だ、もしくは皮肉だなと笑われるかもしれないものだ。
成程。自分を打ち倒そうとしてきた勇者達が私の瞳に映った時の感情はこういうものだったのだろうか。
……まぁそうは言っても中身も質も違うのですが。
相手の魔眼はオードソックスな魅了の魔眼。
相手の行動を封じる類のだが一瞬とはいえ自分の動きを封じたという事は自分と同じ生まれつきのものだろう。
だが魅了の魔眼というには少々
魅了された時に感じたのは体が動けないという圧迫感ではなく串刺しにされたという
だから一瞬、魅了の魔眼ではなく別のそれこそ視認した相手を串刺しにする魔眼かと錯覚した。
しかし直ぐに魔眼の頸木を外すと体に傷は無い。
それに気付いた直後に宝石が爆発……否、あれは炎だったのだろう。
とりあえず攻撃に巻き込まれたのだが、流石に効きはしない。
だが魔眼の正体は判明した。
あれは剣に串刺しにされる
少々独創的ではあるがどういった物かを知れば脅威ではない。
どれ程強力な魔術師であっても女には関係ない。
何故なら女は怪物になる結末を約束された存在
今でこそ"かつて美しかったもの"という側面から表出されて英霊として存在している。
しかし本質は変わっても本性は変わらない。
女の正体は人間社会を片っ端から否定し、おぞましい性能を持って命の味を楽しむ殺戮機構。
今の姿は確かにかつて美しかったものとしての姿だ───この姿でも人間を殺していたのだが。
更にはこの趣向も素晴らしい。
女にとって逃げていく勇者を追いかけるのは
元より希望を求めて逃げていく生き物から希望を取り上げる事こそが古来の怪物の常套手段。
彼女の内面を映し出された釘剣が実体化される。
その釘剣の理念は決して戦う為ではない。
その釘で串刺しにすれば容易に抜く事は出来ない。
そしてそこに女の怪力を用いれば刺さった獲物がどうなるかは決まりきっているだろう。
この釘剣は痛みと恐怖で獲物を調教する道具。
そのような得物を手に女は笑う。
先程までの苦笑なんて温かいものではない。
そして殺意なんて冷たいものではない。
ただの笑み。
何故なら食事で出された肉相手に殺意なんて出す意味がないから。
「ああくっそ……! しくった……!」
一方で遠坂真は絶賛後悔中であった。
後悔の理由は逃走の方向。
咄嗟に逃げ出した方向がこのままでは家に向かってしまうのだ。
かといって背後はそれこそ女がいたので、つまり最初から計算されていた可能性大。
そりゃそうだろう。
左の手の甲に唐突に紋様が現れた瞬間に狙われたという事は少なくとも今日一日は尾行されていたという事になる。
というか今気付いたが周りに人の気配が無い。
遅い時間とはいえまだ就寝するにはかなり早い時間だ。
「ああくそ……! 油断し過ぎだろ俺……!」
くそくそばっかり文句を言っているがどうでもいい。
今の問題はこのままでは家に着いてしまうという事だ。
家に着けば間違いなくうちのお人よしファミリーは魔術師よろしく俺を切る事はしないと断言出来る。
そんな事が出来る様な夫婦ならば俺も悩みはしない。
そしてそのまま魔術師としてはともかくただ戦うという事になれば人間離れしている父や魔術師としては完成している母の協力───では到底背後の女には届かない。
そもそもの力が違う。速度が違う。
いやもしかしたら戦うだけならば3人でやれば奇跡を信じれば反撃出来る可能性も無くはないのかもしれないが……嫌な勘がずっと頭に囁いている。
そんな程度の存在で終わるような都合のいい存在ではない、と。
だからやっぱりこのまま家の方角に向かうのは不味いが、そろそろ横道に入って───
「うぉ……!?」
唐突な悪寒。
否、
死は恐怖となり、恐怖は震えとなり膝を折りにかかるが、敢えて震えに逆らわずにそのまま足の力を抜いて姿勢を低くする。
するとさっきまで頭蓋があった場所に線が通る。
それもとてつもない速度で。
その線が何なのかを知識よりも先に魔術師としての眼が解析によって答えを導き出す。
「釘剣……!?」
武器として使うにはどう考えても少し使い勝手が悪そうな武装。
それも解析によると理念はどう見ても武装というよりは人を嬲る為の
そんな物があんな勢いで頭に刺さったら自分の脳がどうなるかなんて火を見るよりも明らかである。
そして最大の問題はそんなゲテ獲物を投げつけた存在がもう直ぐ傍に来ているという事で
「───勘がいいのですね」
ぞっとする声が脳に響く。
脳細胞全てに侵食するのではないかという錯覚を食いしばる事によって我慢する。
背後……というよりも右斜め後ろ辺りから微かだが足音が聞こえる。
そこら辺は確か塀だった気がするが塀の上で並走するって駄洒落のつもりかと叫びたくなるが当然そんな余裕はない。
何故なら女の声で、きっと聞かせるつもりもない独り言を運悪く耳が拾ってしまったのだから。
「……抵抗しなければ」
優しく殺したのに───
初めて女の声に殺意が宿る。
手間を掛けさせる煩わしい
怒りなんて湧く余裕はない。だが、思わず納得する。
この敵が人間ではないナニカである事なんてとうの昔に理解している。
変な言葉かもしれないが人間という種よりも高次元な存在、という感じなのかもしれない。そのベクトルがどんな形であれ、女はそういうものなのだろう。
ならばこちらを虫けらみたいに思うのはいいが、どんな不運で自分が最初に狙われなければいけないというに。
更に最悪な事実。
追いつかれたという事は逃げられないという事だ。
遠坂真は間違いなく自身の才能全てを使って逃走に力を注ぎこんだ。
無論、全部の力を逃走に込めれば先のような攻撃を躱せなかったし、いざという時、即座に反撃をしなければいけないので全力とは言っても確かに余力を残しているのは事実だ。
すなわち最低限残しておかなければいけないリソースを除けば間違いなく本気で逃げていたという事であり───恐らく完全に逃げに徹しても追い付かれるという事であった。
「くっ……っ……!」
心音が一際大きく鼓動する。
その音で自分の体を初めて見た事に気付いた。
手先は震えている。
足は今にも折れそうである。
まだ一分くらいしか走っていないのに呼吸は乱れまくり。
心音なんてガトリングガンのように連続でビートを刻んでいる。
汗なんて垂らしまくり。
そこまでをようやく実感して
自分が今、結構怯えている事に気付いた
ハッハッハッ、と呼吸する度に舌が揺れており格好悪い。
後ろにいると実感しているのに目に見えていないだけでとてつもない恐怖を感じる。
止まるべきか、応戦するべきか、何か知らないが交渉とか投降でもするべきかなどと考えてもどう行動すればいいか考え付かない。
死ぬ
その二文字が頭の中を埋め尽くしつつあり───魔術師としての自分が安堵した。
ああ───
女の人間離れした聴覚が背後からの風切り音を捉えた。
油断一切を斬り捨てている彼女は即座に少年に投げようとしていた釘剣を背後に投げる事で迎撃する。
女の一撃は完全なる破砕音と手応えによって恐らく少年が仕掛けた何かを確かに迎撃した───一つは。
「刃……ですか」
風切り音が二つあるのは確認していた。
同時に壊そうかと思えば壊せたが相手の武器を念の為に知っておくべきだろうと思い、片方を残した。
それは現代の人間からしたらかなり肥えているライダーの目からしても美しい刀剣に思えた。
白色……否、透明なのか。
まるで輝くかのような刀身……いや、あれはもしかすると宝石なのかもしれない。
そうすると中々に太っ腹な魔術師だ、と思うが逆に魔術師ならばそんなものかもしれない、と思う。
刃自体は確かにそんなに長くはなく、短刀といってもいいレベルの長さではあるが……それでも今、少年が着ている服装で隠せるものかと思うが魔術師相手に常識で考える程愚かではない。
どこに隠し持っていたのかは分からないが……どうやら追いつかれる前に二刀の刃を罠のように設置しておいたという事なのだろう。
用意周到ですね、とは思うが……同時にその程度かと思う。
だが、まぁ現代の魔術師ならばこれが関の山……というよりも十分に生き長らえているのだろう。
多少、遊んでいるとはいえ私相手に一分以上生きているというのは十分な戦果である。
それに必死に酸素を求めて逃げる少年を見ていると物凄く
ああ楽しい。
女の行動は一瞬だった。
手繰った釘剣を即座にもう一本の刃に投げる。
一瞬だけ物理と神秘、二重の意味で拮抗が起きるが即座に相手の刃は敗北する。
もうこれで少年の罠は無い。
後は宝石による攻撃と魔眼に気を付ければ現代の魔術師相手に後れを取る事などない。
その思考は事実と脳は判断し、そのまま手加減していた速度を上げ、その無防備な背中を───
「誰が
鋼の眼がこちらを覗く。
追われる憐れな被害者の眼ではなく、狩りとる加害者の瞳でまるで未来を見てきたようなタイミングで私を視認した。
だから次に襲われた激痛に対応する事が遅れた。
「ごっ……?」
瞬間的に吐き出された血と息に疑問符が混じる。
何故なら何時の間にか自分の右肩と左の脇腹に刃が突き刺さっているからだ。
それも先程見た白の短刀に……恐らく最初に砕いた刃であったのだろう。これもまた美しい黒い短刀が。
夫婦剣などという名称が頭に浮かぶがそれ以上に何故砕いたはずの刃が? 何故自分にも知覚出来なかった? という疑問が激痛を凌駕する。
解答を求めた脳は咄嗟に視覚を刃が刺してきた方角を見た。
そして初めて気付く───そこに魔力を感じられる事を。
その理解と共に見たのはまたもや刃であった。
自分に刺さっている刃が3本。その3本を持って陣と成していた。
三位一体
最もシンプルで最も応用力がある陣が魔力によって意味を通されていた。
左右に一つずつ。
そして刃も一つずつ。
つまりはこの陣を持って物体加速、もしくは風圧によるもので剣を一気に加速させて突き刺したというのだろうか。
魔術の出来栄え……がじゃない。
先程まで
人間に比べれば規格外の能力は少年の震えを正確に捉えていた。
そして生前の経験からあれが演技で作られた恐怖でないと捉えていた。
いや断言しよう。
間違いなくあの時、少年はただ食われるだけの獲物であったはずなのだ。
そしてタイミング的にいえばこの罠が仕掛けられたのは恐らく自分が背後の刃に目を向けた時だ。
この際、刃をどこに隠し持っていたかなどはどうでもいい。
つまり、恐怖で震えていた少年から一瞬だけ目をそらした瞬間に少年は恐怖を忘却し、魔術行使を行い、自分がどんな風に行動するかを読んだという事になる。
過大評価なぞ知った事ではない。
この少年は今殺す。ここで殺す。もしかしたら、などという可能性など与えられない。
一秒生きる度に脅威度が加速的に増す。
だからライダーは油断どころか人間と対峙する気すら捨てて痛みを無視して攻撃に出た。
真は何時の間にか正面に現れた壁に何の対応も出来なかった。
だが即座に魔術か、幻術かのどちらかを疑った。
対応は出来なかったが、対処はしようと回路を通して視るがそれは何ら変哲のない壁であるという結果だけが脳内に残った。
どういう事だ、と考え───そして今更気付いた。
自分は今、立っていない。倒れている。
そうなると壁に見えたこれはただの路上であり、何故倒れたかというと……ああ、そりゃそうだ。
右の足に結構大きな穴があるから、それじゃあ上手く立てないな
「って冷静に……!」
現実逃避している場合か! と急速に混み上がってくる足の激痛を噛み締める。
治癒魔術を使うか? そんな暇はない。
それよりもこれは何だ? もしかして先程の釘剣を投げられただけか? 視認も反応も間に合わない速度で。
いや嘘だ。勘は間に合っていた。でも体が勘に追い付けなかった。
つまりは敵が遊びではなく完全な本気になってしまったという事で。
「あ」
つまりそれは背後から止めを刺しに来る蛇がいるという事である───
死んだ
これは死ぬ。ここで死ぬ。これで死ぬ。
実に呆気なく、意味もなく、死ぬ。
自然災害に追われた人間の末路としては実に在り来たりに抗う事も余り出来ずに死ぬ。
実に惨めな普遍的死に様。
こんな超常現象における死だから偽装されて通り魔とか、何やらに襲われて死にました、という情報がニュースや新聞に一瞬乗せられて、それで仕舞。
遠坂真は実に何の価値もなく死ぬ
───それでは、今までの問いは何の為に?
ドクン、と心音の鼓動が指を動かす。
アドレナリンの過剰分泌で背後の女の動きがスローモーションになるがそんなのはどうでもいい。
まだ死ぬわけにはいかない。
どれ程、無様を晒そうにも死に逃げる事だけは許されない。
足に穴が空いた程度で諦める程、遠坂真の疑問は安くない。
ここで死んだら周りの人間が自分に掛けた思いが無意味になる。
無価値なのはいい。
遠坂真の価値がそんなに凄いものだなんて事は思ってはいない。
自分は父のように正義に尽くすような馬鹿でもなければ、母のように己を誇りつつ真っ直ぐに進めるような意志も無い。
でも無意味にだけは出来ない。
父のどんなに苦しくて、誰にも理解されず、そして未来が絶望しかなくても、それでも張り続けるという理想を折ったのは自分だ。
その折った自分に対してまるで父の為に息子を利用したと勝手に負い目を持ち、更に自身の才能に対しても勝手に負い目を作って、そんな自分を許せなくなった母を作った要因の一つは自分だ。
他にも三成も綾音も他大勢にも様々な何かを作った。
それを無意味にする死を受け入れる事だけは絶対に出来ない。
現状確かに絶体絶命だが、
諦める理由にはならない。
右足は動けないかもしれないが、左足もまだ両腕も動くし魔術も放てる。
実際にはどの行動も間に合わない。
走って逃げるのも腕を盾にするのも魔術を使って攻撃、もしくは防御を行うのも全く時間が足りていない。
ならば
その思考に至った瞬間、視界が
灰
砂
そして
そして
そして
そしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそして
襤褸布を被った■■を
「
超越者の言葉が接続を全て断ち切る。
記憶すらも受け継ぐ事が出来ずに、遠坂真の意識は現実に帰還する。
最早、遠坂真に出来る事は呼吸をする事のみ。
もしもこの場に第三者の眼があったら、間違いなく断言しよう。
もうこの状況を覆す手段は彼にはないと。
だから覆すのは他人の手によるものだ、と
「I
錬鉄の詠唱が響く。
製鉄する剣の銘は
それを自身の能力で矢として歪められた剣を射った。
当然、手加減なぞ無い。
鷹の眼は自身の息子の足に穴が空けられる所をはっきりと捉えていた。
許す理由も加減をする理由も一切ない。
偽・螺旋剣が女に防がれつつも激突し、吹っ飛ばされているのを眼で捉えながら、士郎は一切の感情を斬り捨てた眼でただ呟いた。
唐突な爆風に真は何とか息を止め、眼を閉じることは間に合ったが、衝撃までは防ぐ余裕がなく弾き飛ばされていた。
「いぎっ……!」
思いっきり全身に衝撃が響き、特に右足は千切れてないのが不思議になるレベルで激痛を発していた。
いっそ自分で千切ってやろうか、などという馬鹿げた考えを即座に切り捨てる。
今はチャンスでありピンチだ。
あの女の形をした怪物から逃げれたのはいいが、今度は第三者が介入してきた。
敵か味方かも分からない第三者だ。
敵の敵は味方と言える状況なのかも分からないのだ。
即座に逃げ出すべき。
いや駄目だ。逃げるのはもう不可能だと理解している。
何故ならあの女はきっと死んでいない。
さっきの攻撃は普通なら有り得ないレベルの神秘が込められた攻撃だった。普通なら死んでる。俺が受けてもそう思えるかもしれない。
でも駄目だ。
とてもじゃないが死んだと思えない。
そんな程度の生物なら自分の手で死ぬ気で殺しにかかってる。
だからもう逃げるなぞ言わない。
倒す手段を、殺せない生物を殺す手段を考えなければいけない。
幸いにも先程の爆風によって発生した煙が自分の行動を隠してくれる。
簡易的な物なら罠も張り放題だ。
だが、その前に今は血を出し続けている右足の最低限の止血を魔術で───唐突に煙を切り開いて現れた腕が自分の左肩を掴んだ。
迂闊/致命的/敵? 味方?/先程の女?/殺される/殺される前に殺せ
思考の時間は一秒にも満たない時間で決断を下し、右手を即座に挙げて相手がいるであろう場所に指を向ける。
放つ魔術はガンド。
本来ならば熱を発して倒すレベルだが自身の魔術回路ならば殺すレベルの致命的な呪いに変換出来る。
殺す。即座に殺す。
殺人罪とか葛藤なぞクソ喰らえ。
今、生きるのに必要なんて───
「馬鹿! 落ち着きなさい! 母の顔を忘れんな!」
ばっ、と煙から出てきた顔とチョップが脳天に直撃した。
「あばっ……!?」
思わぬ攻撃に脳を揺らしている間に母は俺を見て、そして右足を見て眉を吊り上げ、簡易的な治療を即座にしてくれた。
こっちはこっちで唐突に日常の顔が現れてさっきまでの落差に頭を抱えそうになる。
だが事態は全然変わってはいない。
「歩ける? なら家に向かうわよ」
「え……あ、う、うん。わかった」
母の指示に理解が追い付かないまま頷き、立ち上がる。
走る……のは無理だが片足は引き摺れば何とか動けそうなので急いで向かおうとしたら母がこちらの右肩を支えてくれた。
今は遠慮する暇がないのは理解しているのでそのまま家に入り、玄関には入らずに母が庭に向かわせる。
「真! 大丈夫か!?」
恐らく現れた場所から察するに屋根の上から降りてきた父を見ても自分の意識は追いつかない。
その趣味の悪いような良い様な赤い外套……否、聖骸布? とか。
その手に持っている弓とか見ていると特に。
ただ父も自分の右の足の血の跡を見て殺意が高まるのを察知する。
こっちとしてはその親馬鹿振りよりも馬鹿げた出来事の連続で思考が停止しそうなのである。
だけど今が緊急事態なのは承知しているので冷静になれ、と念じ───即座に冷静になった。
そのタイミングで母がこちらの正面に回って両肩に手を置く。
「時間が無いから単刀直入に聞くわ。体のどこかに何か模様が出なかった?」
「これの事?」
即座に左手の甲を見せる。
ミミズ腫れじゃないかと言われればそんな気もする模様を見せると両親の顔は逆に在ってしまったか、という顔になる。
思わず呪いとかそんなのかと疑ってしまうが、解析してもそんな感じには見えない。
だが、流石というか。
即座に二人はそんな表情を切り捨て、母は肩に置いた手を何故か自分の顔を挟むように手を置く。
「ならいいわ。今から私が言う詠唱を覚えてそこの土蔵で召喚に入りなさい。色々聞きたい事はあるでしょうけど今は生き残る事を優先。いい?」
「いや……でも……それって……」
つまりは恐らくもう直ぐ来るであろう怪物を二人だけで足止めをするという事である。
魔術師としての感性が告げる。それは十分に可能な行いであると。
二人の力量は知っている。
母は才能は当然としてそれに負けない努力によって完成された最高レベルの魔術師。
父は才能は無いが一世一代の固有結界から漏れた失われた宝具を持って戦える型破りな魔術使い。
あの怪物相手にも劣る所か対等になりかねない戦力ではある。
だが戦力があったからといって、それで危機が無くなるというわけではないのだ。
例え二人がどんなに人間離れしていても敵対者は文字通り人間ではない生き物だ。
生物としての格から違う相手に挑むのはどう足掻いても不利から始まってしまう。
当然、二人がそれを理解していないわけがないのだが───
「心配するなんて10年早いわマイサン。負けるつもりは無いのは当たり前だけどむしろあんたが切り札を呼ぶ大事な役目なのよ? うっかりするのだけは止めてよね? 遠坂家の呪いなんだから」
「今、すっごい矛盾した責任を押し付けた……!」
俺も遠坂なら避けれないじゃん! と思わず空気ブレイクして叫ぶ。
性能は母親譲りと言われている身としてはどうしようもない呪いな気がする。
2人も俺の叫びに微笑して、母は自分の額を俺の額にくっ付けた。
「大丈夫よ。真の前にいる二人は真にとって何?」
「……母さんと、変なコスプレ親父」
「おっと。心は硝子だぞ?」
本日二度目の親父の持ちネタをスルーする。
母も見事にスルーして、微笑のまま
「じゃあ貴方の父さんと母さんはこんな所で死ぬようなタマ?」
何て酷い母親だ。
そんな台詞だと返せる言葉が限定しているじゃないか。
息子が土蔵に行くのを見送りながら、凛は風によって靡く髪を押さえる。
「さて大言かましたけど……中々因縁って切れないわねぇ」
「同意だ。全くもって嫌になる」
お互い完全武装しながら苦笑する。
互いに赤を纏い、同じ場所に立つのを感じながらかつての自分を思い返すのを止められない。
かつてとある英霊が自分に言った。
君が呼び出した英霊だ。それが最強でないはずがない、と
何度思い返してもキザな台詞。
もしかして貴方の世界の私が何か言ったのかしら。
もう記憶はほぼ摩耗してしまったとかほざいていたけど根に持つ所だけは覚えていたんじゃないかしら。
そうやって思い返している間に鳴子のような音が空間を響かせる。
士郎が両の手に見慣れたと言える双剣を作り出し、私は苦笑を引っ込めて現れた人影に目を細める。
同性の自分から見ても魅惑的で蠱惑的な女。
即座にこれ相手に逃げの一手を打ったうちの子の感性は間違いなく正しい。
人を害する事だけに特化した怪物相手にわざわざ真っ向勝負を挑もうとする方が馬鹿なのだ。
だが、自分はそういった本能から出る物全てを無視して勝手に喋る。
「お久し振りねライダー。ああ、貴方達は一度座に帰ったら記録はあっても記憶は受け継がれないのは知っているから挨拶はいいわ。私はただ改めて再確認したいだけなの」
「……」
向こうは無言。
否、そもそもこちらを見る気すら起こさず、視線はバイザーで探れないがそれでも何かを探っている雰囲気だけを醸し出している。
その事に気付いて、ああそうと思いながらも言葉を吐き出すのを止めるつもりはない。
別に私達はライダーとそこまで縁は無い。
いきなり私の顔面を狙って士郎に庇われたり、学園に魔術師ではない人間なら容易く溶解させるような結界を張ったと思えばもう殺されていたりという結果だったからだ。
仲良くする理由も温かい会話をする為のネタが無い。
まぁ別にどうでもいい事だ。
何せこっちも
「積もる話はお互いあるんだけど……実はね。さっき目に入れても痛くない息子がね。酷い大怪我をして帰ってきたの。まぁ、男だから喧嘩とかなら勝ってきたのなら許すんだけど……殺しに来た怪物相手となるとそりゃ親としては
「……」
「……」
相手の無言はともかく士郎の無言にはこちらから離れようとする引きがあったのでとりあえず足先を踏んどく。
背中が煤けた赤い英雄に成り損ねた男が横にいる気がするが無視する。
まぁ、もういいか、と思い身を動かそうとした時に
「個人的な意見ですが……」
今まで機械のような無表情と無口を貫いていた女から見た目相応の美しい声が響き
「───嫌いではありませんよ」
「あらそう? じゃあ私達、とっても仲良し?」
髪をかき上げる仕草と笑みを浮かべる。
それと同時に魔術回路の回転数が上がっているのを相手は気付いているあろう。
何せこっちも隠す気はない。
魔術刻印は息子に受け継はせて消失しても未だ尚、遠坂凛は最高クラスの魔術師。
赤い外套から年単位で神秘が蓄えられている宝石を手に取りながら───ふと何故か今日の日付を思い出した。
2月1日
特に特別ではない日付だ。
自分達の誕生日でもなければ結婚記念日とかでもない。
結婚記念日だったのならば間違いなく士郎に特大の不幸が落ちてきただろう。無論、手加減無用。
だから別におかしな日付ではないけど───ああ、そういえば一つだけ自分の人生にはその日付にとてもおかしな事が起こったのだ。
ああ、それならば、と内心が苦笑する。
これもある意味で仕方がない流れだったのかぁって
「
己の魔術回路を限界にまで酷使しながら遠坂真は必死に詠唱を唱える。
こんなレベルで魔術を行使した
本音を言わせてもらえば休憩させるべきなのだがそんな猶予は無い。
「祖には我が大師シュバインオーグ――」
何故なら聞こえるからだ。
剣戟の音が聞こえる。
魔術による爆発音が聞こえる。
音の速度を遥かに超越した速度で動く音が聞こえる。
それら全て戦いの音。
「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
ドロリと詠唱を吐き出す口から血が漏れる。
口の中から鉄の味がして吐き気がする。
全てぶちまけたい。
そんな当たり前の働きを魔術師としての機能で埋め尽くす。
「
ボロボロになった回路の回転数が更に上げる。
一つ間違えれば自分の脳に向けられた銃の引き金を引く姿を幻視する。
関係ない。
それら全て纏めてどうでもいい。
「――――告げる。」
何故ならここで死ぬわけにはいかないからだ。
俺も、そして当然、父と母も。
あの二人の幸福はまだ始まったばかりだ。終わらせる訳にはいかないし、俺が許さない。
だから俺も死なない。
あの二人が自分との幸福を、自分の幸福をどれだけ祈っているかなど聞かずとも理解している。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。」
正義を捨てた父が代わりに埋め込んだのが母と自分。
母は魔術師として完成しているのにどこまでも人間味を捨て切れなかった。でもだからこそ完璧だと思える母親。
息子の自分は余りにものらりくらりとしているがそれでもどんな目を向けられても、どんな想いを向けられても、最後には幸福になる事を祈られているのは知っている。
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
ならばこそ、この儀式を失敗する気もなければ二人を死なす気もない。
「誓いを此処に。」
元よりここで発揮しなければ天才なんて肩書も能力も糞の役にも立ちはしない。
ここで発揮しないのなら自らぶち壊してくれる。
称賛も名声も富も成果も価値も不要。
自身の魂が求めるのはただ我欲のみ。
「我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。」
叫んだ詠唱に唾棄する想いを抱く。
常世総ての善なぞ軽々しく叫ばせてくれる。
その言葉を吐く程に俺は正義を愛してもいなければ、正義に魂を捧げていない。
万民全てに光あれなぞ自分にはとてもじゃないが口に出せない。
自分が欲するのは小さな物でいい。そんな大層な太陽のような光はいらない。
精々、自分の家の家族が集まる場所の電灯程度の光でいい。
その光を消すというのならば確かに常世とは言わないが悪など幾らでも飲み干そう。
「汝三大の言霊を纏う七天……!」
鋼の眼が見つめるのは土蔵にあった何時も不思議に思っていた魔術陣。
それがこうしてこんな形に利用出来るという事はつまりそういう事なのだろう。
だから今はただこれを作った製作者に感謝の念のみを思い、魂を乗せる。
今、自分が欲する刃の名を。
かつて父と母が挑んだとある儀式に参戦にした時に呼んだ存在を。
この遠坂真の叫びに呼応してくれる過去世界に名を刻んだ英霊の魂を───!
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
陣は血が廻った如く赤く染まり───風が疾る。
瞳を閉じたのはほんの一瞬。
その瞬間に彼の世界に映るのは銀と金と碧の美しさに染まっていた。
魔術回路の酷使によって披露した体は何時の間にか尻餅をついている自分を銀の鎧を装備し、青のドレスのような服装を着こなし、金髪の髪を風に靡かせ、その碧眼で俺を見ていた。
───声が出なかった
型に嵌め込めない神秘的な騎士の姿をした少女。
その意思が納められた宝石のような碧眼には真っ直ぐという概念しか込めれておらず、ただ自分を見ていた。
所々に血の跡を付け、不恰好にも尻餅をついている自分に対し、少女の瞳には一切の不満もなく、ただ見ていた。
その強さすら感じる視線に最早一種の誇らしさすら感じる。
この光景を───きっと地獄に落ちても遠坂真が忘れる事はない
「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ、ここに参上した。問おう───」
例えこちらが倒れていても彼女の視線は同じ地平の者を見ている。
そこから漏れた少女らしい声音に、自分の内面から込み上げてくる力を感じながら
「貴方が私のマスターか」
遠坂真は今度こそ、間違いなく星の光を掴んだ。
はい、どうもです。悪役サイド連続更新です。
まぁ、理由としてはどうも相方は仕事やらオリジナル意欲が激しいらしくて中々執筆の時間が取れないらしいので、ここは自分ので何卒ご勘弁を。
ともあれ、まぁ、最初に言われそうなので言っときます。真のこれは士郎程ぶっ壊れたチートではありません。質自体はそこらの魔術師がするよりは遥かにレベルが高いですが。
ええと、他には既存サーヴァントばっかりじゃん、というツッコミが来ると思いますが……すみません! 悪役サイドは暫く既存サーヴァント連発です! オリジナルはまだまだ先です……!
そして呼び出されるのはやはり衛宮の血は濃い……(しみじみ)
設定段階で話している時はまさかこうなるとは思ってもいなかった……まぁ、別に嫌いなキャラではないので存分に輝かせようと開き直りました。
感想・評価などよろしくお願いします!!
そしてこれでストックは消えうせた……!