Fate/the Atonement feel   作:悪役

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未熟者の熟考

ぼけーとしたままの顔で遠坂真は学校までの道を歩いている。

その道中は当然、様々な人を見るわけで。

眠そうな表情を浮かべながら俺と同じ制服を着た男子がいたり。

憂鬱そうな顔で歩いて出社すると思われる女性がいたり。

人生パラダイスと言わんばかりに楽しんでいる子供がいたり。

のんびりと散歩をしている老人がいたり。

各々がそれぞれの価値観を持って幸福と不幸を噛み締めている現実を見ながら真はやはりテンションを上げずにそのまま登校し続ける。

誰もが、とまでは言わないが、それでも動いている人間は普通に生きている。

止まっている人間なんてこの世にいない。立ち止まっているのは止まっているのではと言われれば俺は立ち止まるという動きをしていると答える偏屈人間だからだ。

でもやはりそういった人間を見て思う事があるのだ───誰もが目的を持っていると。

ただ今を楽しむ、ただぶらぶらと生きているだけ、金を稼ぎたいだけとかでも俺からしたら十分にちゃんとした目的に思える。

例えそれが即物的で下らない物でも目指そうとする事に俺はどうしようもない程に羨ましいと思えてしまう。

 

 

何せ遠坂真には自慢出来ない事に目的と言う物が欠けている

 

 

いや勿論、先程言ったように即物的な物くらいは作る事は出来る。

腹が減ったとかテスト勉強とか魔術の鍛錬などとそれぐらいの目的を生む事が出来る。

だから自分が悩んでいるのは目先の目的ではなく人生の目的……壮大に言っているが要は進路に迷っているという事である。

これが他の魔術師の家ならば一瞬で思考を沸騰させろくでもない何かをして魔術の道以外有り得ないと教え込むのだろう。

だから自分はまぁ、家族の気性に縋ってる甘い奴という事なのだろう。

他のどんな魔術師でも自分を知ったら何の遠慮なく魔術師失格という烙印を付けるだろう。何せ自分でもそう思っているし。

 

魔術師の才は天才

だけど魔術師としては落第

 

それが自己評価で他者からも同じ評価と思われる。

天才の部分はまるで自慢しているように思われるかもしれないのだが……いっそ自慢で済むレベルならば良かったのだ。

 

結果が分かりきった(・・・・・・・・・・)努力ほど苦しいものはない

 

それが大きく、そして全ての問題であった。

自分が進むかもしれない未来を示唆されて迷わずその道を選ぶ事が出来る程、自分は強くもなければ家の……否、母の努力を無視出来ないくらいに親の事を知っていたのは不幸であった。

父は実にどうでもいいから無視する。

それに親父は厳密に言えば魔術師ではないからノーカウントだ。

いっそこれで魔術の事が嫌いだったら良かったのだ。

嫌いな物に人生を捧げるほど出来た人間ではないのだから尚更に。

でも魔術を痛快だとは思った事はないが───同時に嫌悪していると思ってもいないのだ。

 

「何てこった。どう足掻いても詰まってる」

 

「一体何が詰まっているというのだ」

 

急に独り言に混ざってきた言葉におや? と思いながら振り返ると

 

「何だ三成か」

 

「友人に向かって何だとは失礼な。説法を受けるのがお望みならばこちらも用意出来ているぞ」

 

悪友事、柳洞三成。

成績優秀、運動神経抜群、眉目秀麗を地で行く男。

何でも父である一成さんは親父と母の同級生らしく、両親共々、三成を若いころの一成にそっくりだと微笑する。

まぁ、そういうわけで両親の繋がりがあれば子供同士でも勝手につい繋がってしまう。

もっとも親父はともかく母は一成さんからもう一生の敵と言わんばかりに苦手にしているのだが。「己、遠坂めぇ……衛宮をよくもここまで無残に……!」などと言っていたがそれ地味に親父の硝子の心に打撃を加えているのだがいいのだろうか? どうでもいいけど。

ちなみに衛宮というのはうちの父の旧姓である。

 

「こちとら友の一人が性に合わない表情をしてぼーっとしているから友誼を持ってかけつけたというのに友からかけられる言葉がここまで無体な台詞とは」

 

「そういうお前も朝っぱらからわざわざ小難しい言葉を使ってよくもまぁそこまで口を回すよな。だからうちの両親に父に似過ぎだとか言われるんだよ」

 

「父の人格によっては褒め言葉になると思うが?」

 

嫌な返しに思わず嫌な表情になる。

こちらのその表情を見て善哉善哉などと言ってくるのでこれだから幼馴染というのは厄介である。

 

「というかどうした生徒会長。何時もの早朝任務はどうした? 今は普通の学生が通う通学時間だぞ」

 

「何。今日は生徒会の仕事は休みでな。偶にはゆるりと一般生徒の時間を味わうのも学生としての務めであろう。それこそ遠坂がそちらの父上殿のようにこちらを手伝ってくれるというのなら予算に苦慮する時間が削減するのだが?」

 

「冗談。俺は親父みたいなブラウニーにはなれないし、なる気もない。それにわざわざ自分から型に嵌めに行くような堅っ苦しい生き方は俺には合わないよ」

 

「───は。確かにな。実にしょうもない事を言ってしまったな!」

 

適当にほざいた戯言を何やらツボに嵌ったのか。急に凄く笑い出すので少し唖然とする。

 

「どうした三成。ついに髪どころか中身も削ったか。お前、それは卒業後にするって言ってた癖に早まり過ぎだろ……」

 

「戯けぇ! 髪は今も健在だし中身に関しても今も修練中だ! ───後、後ろだ」

 

忠告を聞いたと同時に悪寒に襲われ即座にしゃがむ。

するとさっきまで頭があった位置にナイススラリ足が通り過ぎる。

人、それをミドルキックとも言うが。

下手人は理解しているが相手がここで終わらすような可愛らしい性格をしていないのは百も承知なのでしゃがみ込んだ姿勢のまま勘で肘を背後に突き出すとこれもまたナイスクリティカル。

お" という苦鳴を必死に抑えている気配を感じながらそろりと一応数歩前に出てから向き直るとやはり予想通りの女であった。

 

「美綴…お前女がミドルの後にそのままかかと落しに移行するのはどうかと思う」

 

「悪いとは思わんが……女相手に躊躇わずに弁慶に肘鉄をかますのはいいのかい?」

 

「男女平等、男女同権。女だからって過保護にするのは上から目線だ」

 

「かーーーっ。嬉しい事言ってくれるがこの痛みに関してはどうすればいいと思う?」

 

知るか、と口にしながらようやく振り返る。

そこにはまぁ、何というか分かりやすく例えれば女傑というべきなのだろうか。

いやそれは言い過ぎか。むしろ親しみやすく姉御っぽい雰囲気を醸し出しているというのが適切だろう。

美人ではあるのは確かなのだし、髪を長くしているのは女らしいとは思う。

こんだけ姉御的なのにスケバンとかになる予想がつかないのはもう一種の人徳だろう。

 

美綴綾音

 

こいつもまた幼馴染の一人で親の知り合いの一人である。

こいつもまた両親が言うには母親の同い年時代にそっくりの人物らしい。確かにこいつの母親と見比べたら年だけを変えたらそっくりだろう。

その代りもしかしたらこっちの方が見た目は女らしく中身はもっと男らしいかもしれないが。

ちなみに俺は何故か見た目は造形に関しては母似で中身は二人を足しているがどっちかと言うと父の方だと言われ最悪であるという表情を浮かべた。

その様を全員に笑われ父は嬉しさ半分恥ずかしさ半分という顔をしたのでむかついてそのまま飛び蹴りをかまし、母に右フックを叩き込まれた。

それをお茶の間で笑いのネタにされていたのに思わず母と一緒に魔術で吹っ飛ばしてやろうかと思ったが流石に自重した。

 

「お前も何だ。朝練は休みか。それなのにどうしてお前ら俺と同じ登校時間に来るんだよ」

 

「や。流石に運だし」

 

「右に同じだ。特に遠坂の起床時間は予測不能だからな」

 

うるせー、と言いながら自然と3人で横並びになりながら学校に登校していく。

柳洞三成。

美綴綾音。

この二人こそが遠坂真の日常を構成する確かな二人であり、最早言葉にするまでもない存在であった。

 

 

 

 

 

 

穂群原学園。

とまぁ、説明しても特別何か特殊な学園ではない。

強いて言うなら高校では珍しい弓道部があるくらいだと思う。美綴はそこの現部長をしているからかなり盛況である。

一度誘われたが魔術の事もあったし、この学園のOBである親父がここで弓道をやっていたと聞いたから……というわけではないのだがやはり単純に弓道にそこまで興味を持てなかったから断った。

まぁ、そういうわけで特に変わりのない二回の二年の教室に入り、席に着く。

それまでに他の友人共とはよー、と挨拶をしながらベルが鳴り、全員が席をつく。

ちなみに他の幼馴染二人も同じ教室であるのが腐れ縁である。

そう思っていたら周りのクラスメイトがこちらを向いてきた。

 

「おい遠坂ー。今日もどうなるか賭けないか?」

 

「ふむ……賭けの内容は?」

 

「手堅く昼食のデザートと飲み物でどうだ? 今日は特に月1のデザートデイだしな」

 

確かに落とし所はその辺だろう。

周りも内容に釣られてか。俺もー私もー忝けのう御座るーーなどと聞こえる。

後藤君、昨日は時代劇か。

 

「俺はそろそろ天井辺りまで吹っ飛ぶんじゃないかと思うんだが」

 

「えーー。幾ら先生でもそんな事は……せめて前列の人を巻き込んで吹っ飛ぶくらいじゃない?」

 

安全地帯(後列)に座っている人間の余裕の一言に危険地帯(前列)の人間は息を呑んで逃げようとする人間から覚悟を決める人間まで色々だ。

ちなみにあの堅物の権化である三成は溜息を吐いているが賭け自体は止めない。

本人は参加はしないし、不謹慎ではあるとは思っているのだが学生特有のこのガス抜きを止めるほど団体行動について理解していないわけではないのだ。

そこで遠坂君はーー? という声が聞こえたので俺は少し真剣に考え

 

「───そろそろ教室の檻から解き放たれるとみた」

 

その真意を問われる前に廊下からドタバタと超絶大きな声が聞こえ始めてきた。

猛獣の足音に全員が息を沈め、お互いが暗黙のルールとして己が最後に出した言葉こそが賭けた部分であると認める。

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉ! とこちらに近付く足音と叫びが遂に教室の扉の前に影と共に止まり

 

「おはよーーーーーーーう! 皆の衆ーーー! 今日も元気ーーーーーー!?」

 

ひゃっほぅ! と姿を認識する前にその形は音速の速度で教卓を目指し

 

「先生も元気───」

 

よーー! と続く言葉を彼女は自ら封じた───教壇に足を引っ掛けた事によって体を浮かせた事に気付いて。

 

何故か自分の危機でもないのにクラス全員のアドレナリンが過剰分泌される。

スローになっていく光景。

スローの影響で続くよーという声が女声らしくない野太い声に変声されていき、しかし遅くなりながらも動きは止まらない。

遂に教卓すらも超え、その吹っ飛ぶ行く先は教室の空気の入れ替えのために開けていた窓。

窓の器は遂に猛獣すらも受け入れ───そして時は動き出す。

 

「遂にやったよタイガーーーーーーー!!?」

 

「よし。賭けた奴は今日のデザート全部俺にな」

 

「クール過ぎるだろ遠坂! お前の体は一体何で出来ているんだ!?」

 

「殿中で御座る! 殿中で御座る!」

 

何か微妙に俺の根幹に突っ込んでくるツッコミがあった気もするがとりあえずうわぁと焦ったクラスメイト共は窓に駆け寄ってタイガー……恐ろしい事に自分らの担任である藤村大河先生の安否を確認しに行ったが

 

「あっれ!? 漫画みたいにタイガー型の穴は発見したけど死体がないぞ!?」

 

「待って! とりあえず言わせて! 犯人はこの中にいる……!」

 

「漫画の読み過ぎだ……!」

 

うちのクラスはエアリーディング機能備わり過ぎだなぁ。

まぁ、結構冗談だったのだが藤村おば……先生はうちの親父の姉代わりの先生で他の奴らよりも知っているからこその先読みだ。

とは言っても昔はそれこそ親父の飯を食いに来ていたみたいだが母さんと結婚後は引いたらしい。

まぁ、でも自分も小さい頃は世話になった。

でも既に高齢なのにあのある意味無敵属性はなんなのだろうとは思う。

母ですらあの人には色んな意味で敵わないというお墨付きの人間である。

そう今も廊下からダメージを物ともしない叫びと足音が……

 

「私を虎と呼ぶなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ぎゃああああああああああああああああああ!! タイガー道場ーーーーーーーーー!!」

 

クラスメイトの阿鼻叫喚の叫びに何故か自分もぶるりと寒気が……。

脳内の諸葛凛からの声が聞こえる……

 

”気を付けよ。運命の名を冠する物語の舞台に立ったのならば3択の選択肢をミスれば自ずとその足は虎とブルマの道場に導かれるであろう……!”

 

世界からの修正力に等しい託宣を受け、結構本気で気を付けようと思った。

だけどまぁ、やっぱり自分はこういう賑やかに楽しむのは本気で好きだ。

魔術というのはどう足掻いても孤立を選ぶ道だというのに……まぁそれも持って生まれた性格のせいだろう。

それが言い訳に過ぎないのは知っているけど。

 

 

 

 

 

 

昼の貢物を腹に詰めて後はぼーっとしていると学校は本当にあっという間に過ぎていく。

傾いた太陽が浮かぶ空でばいならー、さいならー、拙者にときめいてもらうで御座る、などと別れの言葉が飛び交う。

後藤君が昨日見た番組はアニメ番組だったかと思いながら俺も帰り支度を済ませ、帰ろうとすると見慣れた……というか三成が来る。

 

「む……今日は即座に帰宅か?」

 

「ああ。帰宅じゃないが母から頼まれ物があってな」

 

「それは残念。今日は暇ならば遠坂に生徒会でも手伝って貰おうかと思っていたのだがな」

 

「便利屋になった覚えはないんだけどな……まぁ、今度暇な時にな」

 

そう言ってひらひらと手を振りながら別れる。

何せこれから新都の方に行かねばならない。

まだ日は指しているとはいえ家とは完全逆方向の場所に行かねばならないのだ───信心など持っていない自分が教会に。

セカンドオーナーの後継者として勉強しなさいという有難い母からの言葉である。

お蔭で勉強の後にまた勉強だ。

思春期の学生らしく勉学面倒臭いぜと愚痴って溜息を吐きながら教室を後にする。

冬の全盛期は過ぎたとはいえ未だ2月の寒空の下だ。

帰る頃は寒い夜空が広がっている事だろう。

 

 

 

 

「お疲れさん生徒会長」

 

「む……美綴か」

 

遠坂が廊下に出て戻ってこないのを確認した後に美綴は柳洞に声をかける。

かけられた本人は別に何ともない顔でこちらを見るだけ。

顔だけ見ればイケメンなのに堅物のせいで女子が声をかけづらい男であるこいつは本当に生真面目である。

 

「放っとけばいいものを物好きだねぇ」

 

「そうはいかん……というよりは性分であろうな。悩める友人がいるのに捨て置くのは仏罰が下る」

 

そりゃ信心深い事で、と苦笑する。

腐れ縁二人からして今の遠坂の腑抜けっぷりは目に余る。

全盛期と言うには自分らは若いが、それでも敢えて全盛期の遠坂は今とは比べ物にならないくらいやる(・・)奴だった。

でもこの数年で何故か随分と腑抜けた。

あいつの御両親にも問われたし、問い返したが互いに原因不明で終わった。

今のあいつはまるで目標から見捨てられた迷い人だ。

昔聞いた事がある。

遠坂には夢は無いのか、と。

そしたらあいつはまだやりたい事は定かではない。でも生き方は決めていると。

その時のあいつの目は良かった。最高だった。昔っからこいつとは殺し合う仲になってもいいかな、とは思ったが本当にそうなった場合、こいつになら負けて殺されてもマジで一切悔い無しと叫んでもいいと思ったくらいだ。

だけど今じゃそんな気にはなれないくらいだ。

それで桐洞は放っとけず遠回しに話を聞こうとし続け、あたしは放っといた。

どちらが友人らしいかと問われたら間違いなく桐洞だろうとは思うけど。

 

「でも全部のらりくらりと躱されているんだろ?」

 

「そういった部分は母の血だな。うちの父ですら倒せなかった魔女の血だ。若輩者の自分の未熟を恥じるのみだ」

 

「相変わらずアンタの父親は遠坂の母親を毛嫌いしているのか……」

 

うむ、と頷くその息子も息子で友人の母を魔女扱いした所を否定していない。

いやそれに関してはうちの母も含めて同意しているからいいのだが。

 

「まぁ、しかし……俺も美綴を見習って信じて待った方がいいのかもしれんな」

 

「おいおい。気色悪い事を言うなよ。あたしは別に遠坂を信じているわけじゃないさね」

 

「違うのか?」

 

全然違う。

あたしが信じたのは遠坂じゃない。

あたしが信じるのはあくまで自分だ。

あいつと殺し合っても文句はないと感じた己の直観だ。

だから別に放っておいても問題はないと思っただけだ。

その旨を桐洞に伝えると呆れた様な顔をされ

 

「ではもしもその勘が外れたならば?」

 

「たら、ればで語る未来を夢想するのは主義に反するなぁ」

 

だが、まぁもしも外れたならば───修行不足。

その一言に尽きるだろう。

 

 

 

 

 

「あ~~、終わった~~」

 

冬木の新都から外れた教会において次代のセカンドオーナーとしての勉学を終え、教会から出て溜息を吐く。

既に空には星が浮かび、街は夜に沈んでいる。

しかし人工の光が夜に抗うように照らされているが故に人は夜を恐れずに動き回っている。

だけどそれは夜とは恐怖であるという事を本能的に知っているという事だ。

夜とは恐怖の根源であり、暗く、冷たく、見えない世界だ。

 

「……などと尤もらしく考えて何やってんだか」

 

馬鹿らしい思考に馬鹿らしい悪態が口から吐き出される。

一人でいるとついやってしまい、その度に隠している本音をぶちまけてしまう。

何度何回繰り返したかこの現実逃避を。

 

知っている。知っているさ。知っているとも。

 

父が何か言いたそうにしつつも結局何も言わずに、しかしこちらを見ていると事も。

母がまどろっこしい事をせずに、しかし直接には言わずにこちらを案じている事も。

三成が何かと用事を頼みこちらの迷いを聞こうとして出来ず溜息を吐いている事も。

美綴が何も言わず、関わらず───ただしっかりしろよと視線で訴えてきている事も。

それ以外のお人好し共の目線なんぞ全部知っているとも。

その度に目を逸らし、気付かぬ振りをし、鈍感な馬鹿を振る舞っている。

阿呆らしい馬鹿らしい滑稽だ。

他人に心配させるだけさせて己は気付かぬ振りをしてその微温湯に浸って安楽しているのだ。

実にらしい卑怯者の姿だ。

よく漫画やアニメで人の心配や好意に鈍感な主人公がいるがああ成程。つまり自分は今、あんな馬鹿に成り下がっているのかと時たま鏡に映る自分を呪いたくなる。

今の自分をもしも他人として過去の自分が現れたなら瞬間的に沸騰して罵倒だろ。

 

 

 

ふざけるな。人の本気の心配に対してへらへら笑って気付かぬ振りをして優越を得るなんて何様のつもりだ

 

 

 

と、そんな感じで。

故に俺は何一つとして反論出来ない。

 

「……」

 

どうにかするべきだ。

でも一体何をすればいいのだろうか。

だって今の自分は何かをすれば(・・・・・・)道が閉ざされるのだ。

勿論、自分が何を言っているのかさっぱり理解出来ていない。

だが何故かそうなる(・・・・)と心から信じてしまっているのだ。

 

「……やれやれ」

 

随分と意気地なしだな俺という嘆息───

 

 

 

「いや。君が抱える煩悶は人として正しい物だ」

 

 

 

を封じ込めるような荘厳な重みを持つ(オト)が耳に届いた。

振り返る──のではなく横を見るとさっきまで確かにそこには人はいなかったはずなのかそこには今までどこに隠していたのだと言わんばかりの存在感を持つ老人がいた。

夜を纏う様な黒い服装を纏いながら座すようにどこにでもあるようなベンチに座っているのを見て、思わずベンチに同情するなどという馬鹿な考えを働かせてしまった。

だがその所感も間違っていないと思う。

ベンチだってあんな巨大な(・・・)人間を乗せたくはないだろう。

だから思わず俺は諦めの笑いを浮かべてしまい、とりあえず話しかけてみた。

 

「失礼。どうやら人生の経験者に手間をかけてしまったようです」

 

「───」

 

一瞬、老人の巨大な存在感が揺れるような感じを受けたが次には好意的だと思われる笑顔を向けられて気にしてはいない、と言われた。

はて? 何を笑われたやらとは思ったが気にするだけ無駄だろう。

それにしても老人と例える自分が間違っているような錯覚を覚えてしまう。

いや無論、老人と称される見た目であるし頭も総白髪、顔にも皺は刻まれている。

ただそんな見た目なんて何の意味が無いと言わんばかりに魂が死んでいない。

人は年齢を重ねる事に死に近付く。

余りにも当然な摂理は肉体だけではなく魂にもその摂理を刻み付けるはずなのに、この老人にはそれが一切ない。

 

 

不滅の魂

 

 

そんな馬鹿げた単語を思わず相応しいと思える存在だと掛け値なしにそう思う。

 

「教会にご用でしょうか? それとも神父さんの知り合いで」

 

「そんな所だ。今は若人との語り合いが目的だが」

 

ははぁ、成程。つまり今が自分の人生の分岐点か、と納得してまぁいいかと思って付き合おうかと思う。

 

「傍目から見ても悩んでいるような感じがしていたでしょうか?」

 

解る(・・)人にはな。何、別に君がポーカーフェイスが苦手というわけではない。先達として経験したモノが感じ取ったというものだ」

 

年の功というものかと思う。

まぁ、確かに自分は若輩者だし、人生の経験として見ればまだ十数年。

80年生きるとすればまだ半分も生きていない。

だから自然とそういうものなのだろうと納得する。大人の意見や生き方、強さは自分が正しいと感じとったものならば参考にし、尊敬するべきだからだ。

昨今の漫画やアニメでは何やら中学でも高校でも一年の人間がまぁ、ジャンルによるのだがバトル物だと才能ーーとか特別ーーとかで先輩連中相手に勝ったり先輩連中が勝てなかった相手に勝ったりよくしている。

自分はああいうのを見ていると酷く変な気分になる。

君ら部活でも学業でも何なら両親を見てもでもいいけど思わなかったのだろうか───自分らは1年経ったらこの人みたいになれるのだろうかって?

無論、怪物染みた才能を持っている人間ならそういう理不尽は起きるのだろうけど、それは例外中の例外だ。

ただの天才レベル程度では一年の経験の重みに打ち勝つのは中々難しいものであるというのが持論である。

そこまで考えて思考が逸れ過ぎなので頭を切り替えた。

 

「まだまだ才能に居座っている未熟者なので。貴方の目で見ても魔術師としてはまだまだでしょう」

 

「ほぅ? 私が魔術師でなければどうするつもりだったのだ?」

 

その答えには苦笑で返すしかない。

だって答えるとすれば逆に貴方が一般人である方がおかしいとしか言えないからである。

それを本人も承知の上なのか。

こちらも苦笑して話題を変えてくる。

 

「君が今代の遠坂の後継者か」

 

「遠坂真。まだまだ後継者と言われるには未熟者ですが……何せまだ思慮不足によって道に迷っている最中なので」

 

と定型文を返し

 

「───それは違う。君は未熟故の浅慮で立ち止まっているのではない。君は未熟故の熟考で足を止めているだけだ」

 

「───」

 

思わず正解だ、と声を上げるところであった。

自分は確かに考え込み過ぎて立ち止まっているのであって考え無しに呆然としているのではない。

こんな馬鹿みたいな単純な答えを間違うとは。

どうやら自分はかなり色々と嵌ってしまっているらしい。

はぁ、と頭を掻いて

 

「……確かに。貴方の言う通りだ。何もかもを考え込みすぎて立ち止まっている。足を止めても前にも後ろにも行けないと理解しているのに」

 

後戻りも前に進む気も、ましてや道を選ぶ事すらしない。

……酷い堕落だ。

過去も未来も現在にも目を向けずに一人被害者面。

随分と傲慢な、と自虐してしまいそうだ。

だが老人はこちらの葛藤をまるで生徒を褒めるかのような微笑みを浮かべて見ている。

何故そんな例えが出たのかは……まぁ何となくだが……昔、親から褒められた時の笑顔に重なっているからかもしれない。

でも何故だろう。さっきからこの相手に対しては無様な部分しか見せていないと思うのに何故

 

 

───それで正しい。君は何も間違っていないと喜んでいるのだろうか

 

 

「話を変えよう」

 

こちらの疑問を知ってか知らずにか。

老人は普通の笑みの表情に変化させながら、急激な話題転換を提案してきた。

先程の表情については問い詰めたい気もしたが、やはり何も言えずに先を促した。

 

「魔術師ならば当たり前の事だが───魔法について君はどう思っている?」

 

魔法

 

確かに当たり前の事である。

何せ魔法とはすなわち魔術師が目指す根源の渦に辿り着いた証であり褒美の品である。

自分達が今使っている魔術は魔術を知らない人間からしたら魔法と魔術に何の違いがあるのだと言われるのだろうけど、魔術世界における魔術と魔法の違いは一つ。

現代科学で代用出来るかどうかだ。

そういう意味ならばもしも科学の進歩によって今、魔法とされている物に手が掛かるようになったのならばその魔法は魔術にまで落ちる。

逆に言えば魔術と言われているものは現代でも再現できる行いだ。

要はタネが一般人に理解出来ない手品だ。

まぁ、そう考えると現代科学の発展というのは恐ろしいモノだ。

何せ魔法というものは既にたった6つしか残っていないのだから。

と言ってもその詳細に関してはそこまでは詳しくは知らない。

自分が詳しく知っているのはその内一つくらいだ。

だがまぁ、それに関しては今はどうでもいいだろう。

何せこの老人は魔法についてではなく、自分が魔法という物に関してどう思っている? と問うたのだ。

 

「……随分と脈絡も無く面倒な質問ですね」

 

「私も実にそう思うが、まぁ年寄りの戯言だと思うがいい。何なら君の家に近しい魔法(・・・・・・・・・)についてのみだけでもよい」

 

「───」

 

今、これが普通の魔術師ならば色々と微妙に聞き捨てならない事を聞いた気がするが敢えてスルーした。

ともかく今度は自分の家に近しい魔法についてのみという制限は与えられた。

さて自分に近しい魔法───第二魔法についてときた。

 

第二魔法

 

現在確認されている5つの内の二つ目。

キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの薫陶を受けた遠坂家の悲願であり、今も挑み続けている魔法。

その実態は平行世界の観測。

IFを認めた世界。

たら、とかればの場合を観測、運営をする一つの超越の頂。

今も使い手たるゼルレッチは生存しておるが……現在は全盛期ほどの魔法行使をする事が不可能になっているらしい。

何でも朱い月に挑んだ時に死徒化したのが原因らしいが。

それにしてもこれもまた難題である。

平行世界の運用、観測を行う魔法に関して自分はどう思っているかなど。

でもまぁ、それでも個人として思う事があるならば

 

「重いんじゃないかなぁ……って思います」

 

「……何故そう思う?」

 

「いや……だって……」

 

平行世界のIFを観測し、見届けるのが第二魔法というのならばそれはつまり無限の可能性の世界を見るという事であり───無限の幸福と不幸を見てしまう事になる。

 

例えば友人がこの世界では幸福の道を歩んでいたとする。

 

それに関して自分はその幸福に軽口は叩いても祝福するだろう。

しかしそれが平行世界では実は何かしらの不幸な目に合っていたと知る。

たった一つの些細な選択肢の違いによって幸福が不幸になっていく瞬間を知ってしまう。

勿論、頭では理解しているだろう。

自分達の人生は些細な事で崩れ落ちるかもしれない、というのは。

だが理解ではなく知ってしまった場合、最早今までの自分の安全という常識は崩れ落ちてしまう。

可能性を知ったが故に可能性に怯える事になる。

起こり得るという可能性(言葉)が起きるという可能性(言葉)に変容するのだ。

嫌味な事である。

第二魔法とは平行世界の観測、運用の魔法。

とどのつまり可能性の観測であるというのに観測者である魔法使いこそが可能性に囚われる事になるのだから。

だからまぁ自分が魔法に関して思う事とすれば

 

「魔法使いって結構貧乏くじですよね?」

 

「───はっ、ははははは! 貧乏くじ! 成程! 貧乏くじか! 確かに笑える事に的確な例えだ!」

 

するとまた意味不明なツボに嵌ったのか。さっき以上の大笑いを持って無礼を許された。

おや意外。てっきり殺されるかと思ったのに。

でも実際問題自分には貧乏くじのような物にしか思えないので嘘を言っても仕方あるまい。

 

「そうか……魔法は貧乏くじか……やれやれ何とも魔術師らしくない答えを出すものだ」

 

「超絶自覚はあるので」

 

未だ笑いの余韻を残した声で実に最もな言葉を言われるが、仕方がない。

魔術師としては失格と言われるのは重々承知なのである。

でもそれでも思うのは

 

「別に魔術師らしい合理的な在り方とか根源への狂信を否定するつもりはありませんが……己に合わないライフスタイルやって人生はおろか根源に辿り着けるとか思えないんで。遠坂真っていう人生は一度しかないですしね」

 

「成程───では最後に一つ意地悪な質問をさせてもらおう」

 

そういえば何時の間にか俺への質問会になっているなと思ったが今更どうでもいいかと思い、どうぞと促す。

では遠慮なくと実に楽しそうな顔と口調で

 

「君は先ほど第二魔法の例で友人が幸せになっている世界と不幸な世界の例を出したね?」

 

「ええ。出しましたね。実際はどうかは知りませんが」

 

「ならばだ。もしも君の友人が、家族が、愛する人、将又は世界がどう足掻いても滅ぶという可能性しか無くなった場合───君はどうする?」

 

「それまた何ともありがちな話ですねぇ……」

 

「うむ。何とも馬鹿げたありがちな話だ」

 

もう半ば地を出しながらもうとりあえず考える振りを……するのが面倒なので一気に答えさせてもらった。

 

 

 

「んな負け犬思考する暇なんてないからとっとと行動ですね」

 

 

 

「可能性が無いのに?」

 

「負け戦はお嫌いで?」

 

「絶望するしか無いのに」

 

「助ける可能性(未来)がないのと諦めるのは別だと思いますが?」

 

大体

 

魔法(未来)に縛られて動けなくなったら本末転倒ですよ。魔法を使う人間だから魔法使いって呼ばれるんですよ? 使われる側になってどうしますか」

 

 

「───いや全くその通り!」

 

今度こそ。

名前も知らない老人は口を開けて大笑いを吐き出した。

呵々大笑に。

その笑いに何故か。

俺は実に誇らしいような嬉しいような感覚を得た。

そして今まで座っていた老人は立ち上がった。

もうお話は済んだという空気を滲ませており、ああ終わったのかと俺もそう思いながら立ち上がった老人の背の高さに何かデカいなぁ、と思った。

 

「これだから人間というのは何時までたっても面白い……来た甲斐があったというもの……時間を取らせたな」

 

「いえ。てっきり殺されるものかと思ってたので」

 

さらりと素直に今までの感想を告げるとあちらはニヤリと楽しそうに笑う。

あっはっはっ、この爺、俺の反応に気付いていやがった。

 

「魔に対する反応も上々。人ではないのを見たのはこれが初めての癖に可愛げがない」

 

「もう少し上限を下げてくれた方がリアクションも素直になりますよ」

 

何せ一瞬であ、絶対に無理、と視て分かる相手が初戦というのは酷過ぎる。

戦ってみなければわからないという楽観論を戦えば100%死にますの現実に変える相手にしてどうしろというのだ。

勿論、いざという時は形振り構わず()るつもりではあったけど……でもまぁ、殺しに来ているという風に見るには些か殺気が無さ過ぎたからつい逃げようとも思えなかったのだが。

 

「上々上々。それくらいの気概を持ってくれなくては困る。何せ儂が上手く観れなかった(・・・・・・)のだ。期待値は高めに測らせてもらうぞ」

 

「は?」

 

何やら意味の分からん期待値という言葉を聞かされる。

自分にはいきなり現れた意味不明で人間辞めている老人相手に期待されるような言葉も態度も力も持ってない。

親父や母なら何かこういったタイプの人間に見られる様な何かを持っている、もしくはしている可能性はあるが自分は息子なだけで二人の様にアブノーマルになった覚えはない。

自分はああはならないと誓ったのだから。

 

「……まぁ別にどうでもいいや。帰っても?」

 

「いいとも───ああ一つだけ。老婆心からアドバイス……というより未来の示唆を教えてやろう」

 

「今度は占いですか」

 

「生憎だが未来視は私の領域ではない。似てるようで似てない事はしてるがね。それにこれは占いというよりそうなるだろうな、というお前への呆れだ」

 

何かこの人、随分と口が悪くなったなぁとは思うが自分も結構崩しているのに何も言われてないのでいいだろう、と思う。

そしてあんまり聞きたくない気がするなぁとは思うが逃げようがないので大人しく聞くしかないという。

これぞ正しく脅し。

そう思って開き直って聞く態度に何とかする。

そんな自分相手に実に悪い顔になって

 

 

 

「お前の悩みは事実であり嘘は何も混じっていないものだが───お前は結局は我慢出来ない人間だ」

 

 

 

実に簡単にこちらにとっての致命の言葉でこちらの傷を抉り出した。

思わず爺の方を強く睨むように向き直ろうとすると───もう既にそこには誰もいなかった。

目線は外していないのも関わらずだ。

つまりは実力として完全に上をいかれたという事だろう。

既に最初に現れた時にこちらが気付けていない時点で実力差は感じていたがこうも簡単に実力差を見せつけられたら腹が立つ。

次に出会ったらガンドくらい許されるだろうか。

それにしても腹立たしい。

結局は我慢出来ない人間?

 

「初対面の相手に何でそんな事を言われなきゃいけないのやら」

 

これでも色々と我慢して生きているというのに。

主に両親のイチャイチャっぷりに毎日我慢しているというのに。

全くと思いながら帰り道を行く。

かなり遅くなってしまったが何か言い訳を考えないといけないなぁ、と思いつつ道を歩く。

今の自分がちゃんと帰れる場所に。

 

 

 

 

 




まさか章管理に手間取らされるとは……!

ともあれ何とか上手く投稿出来ました。悪役サイドの主人公です……何かややこしい紹介ですな。
いやぁ、実に思春期。皆さんも是非ともこの思春期小僧が! と言ってやって下さい。自分も言っていますから。

序盤に虎、終盤に超人が出ている気がしますが気にしない気にしない。何故なら超人なんて後で腐るほど出ますからね!

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