ランサーは呼吸を止めて、槍を振るう機能のみを己に課した。
0に近い時の流れで放たれる矢と剣を防ぐには呼吸は余りにも邪魔過ぎる。
故に無駄な機能として呼吸は削いだ。
己の肉体に今、必要な機能は槍を振るう機能と敵対者を観察し、勝利へと導く戦闘思考のみ。
だからこそ、その気迫を持って勝利に未だ至れぬ敵対者に心底の畏敬の念を得た。
巌のような巨人の姿をした大英雄はひたすら巨大であり偉大であった。
弓兵の距離ではないというのに、まるでクラスの枠を破るかのように近寄れば刃を取り、下手な英霊ならばそれだけで絶命をしかねない一撃を軽々と放つ。
それだけならばいいのだが、少しでも距離を離れれば、途端に本職である弓に切り替え、矢を放ってくる。
己も弓を扱える者なので構えを見た瞬間に一瞬で理解を得た。
完璧だ。
何一つとして問題という物が見当たらない。
この構えならば、どれ程距離が離れようとも敵対者に当てれるだろう。
否、例え崩れようとも当ててくる。
武における一つの到達点である。
……ああ。どうやら俺は運がいいらしい。
初戦からこれ程の好敵手と巡り合えるとは思わなかった。
存分に己の武を絞り出してこの男にぶつけれれば本懐を遂げれる、と思える敵と出会えるとは。
そして当然、もう一人────
見事な槍兵だ、とアーチャーは思った。
こちらの矢に遊びは無い。
牽制として放っているのも含めて、低く見積もってもAランク程度の攻撃は放っている。
どのような意図の攻撃であっても全てが必殺のつもり程度には放っている。
それら全てが槍で叩き落される。
しかし、槍だけではなく時折炎を持って矢を燃やし尽くす事がある。
恐らくセイバーと同じ魔力放出が炎に変換されて放たれているのだろう。
これ程の炎をサーヴァント故に魔力が必要とはいえ自由に扱えるとなると出自は
………私と同じ半人半神か?
恐らく正しい結論だと思われる。
己とそう変わらぬ神性を感じられる事から間違っては無いと思われる。
だが、問題は他にも二つある。
100射中3射くらいだが槍も炎も抜けてランサーに当たる事もあるのだが────
スキルの可能性もあるがそれよりももっと先に疑えれる物があるだろう。
鎧だ。
あの神々しい鎧が恐らくこちらの攻撃を防いでいる。
直撃した槍は牽制ではなく殺す意図しか無い矢による攻撃だ。
それで壊せないとなると通常の攻撃では壊せない可能性がある。
最低でも宝具を放たなければいけないとなると聊かマスターに負担がかかる、と内心でヘラクレスは己の未熟を感じ取る。
本当ならばこれ程長期に戦う事自体が問題なのだ。
自分が最上位サーヴァントであると知っている。
故に己を動かすのにどれ程の魔力が必要になるのかもだ。
ただの1流の魔術師であっても、指一つ動かせれば破裂しかねない程の魔力だ。
それをこうして動かせているだけで最早1流を超えた何かだ。
しかし、それが苦痛にならないわけがない。
時間が経てば経つほど己のマスターから魔力が失われる。
失われるだけならばいい。だが、戦場で魔力が失われた魔術師がどれだけ無防備なのか火を見るよりも明らかだ。
自分がこれ程長時間戦ったことは無い。
今の所少女の魔力供給に弱さは感じれないが、あの子はあの子で強がる所がある。
後どれくらいだ。
後、どれだけ少女は戦える?
決して焦りで矢と思考を衰えさせたりはしていないが、それでも長時間戦い続けるのは問題だ。
………引くか、もしくは一撃で仕留めるか。
宝具を使えれば仕留めれるという自負はある。
相手の鎧は恐ろしい程頑丈だが、死なないモノ、死ににくいモノを殺すのは専売特許だ。
死ぬまで殺し続けれる。
だが、問題はもう一つあるのだ。
それは敵が一人では無く二人であり────
そのもう一人がとてつもなく無尽蔵である事が問題なのだ────!!
「おおおぉぉぉぉ…………!!」
風の咆哮が空間を破壊する。
聖剣の一撃が肉と鎧を打つ。
時には魔力放出を利用した速度を一切緩めず、直角に曲がり、一撃を放ってくる。
何もかも力づくで出鱈目だ。
だが、しかしそれを補う魔力があるのならばそれは確かに戦術となると言わんばかりの攻撃方法を、セイバーは確かに実証していた。
二人の英雄は今、確かに常勝の王が常勝である所以を目撃し、体感した。
「成程、猛々しいな騎士の王よ。最も、民と騎士に約束された勝利を信じさせるためにはこれくらいはしないと立ち行かなかったのかもしれないが」
ランサーは聖剣に弾かれ、吹き飛ばされながらも姿勢を正して呟きながら、少女の形をした暴風を見る。
成程、確かにこの剣士もまた一つの神話に己の名を刻んだ大英雄だ。
だが、それならばその力を引き出すのにそれ相応の魔力が必要になるという事だ。
無論、小細工があればそれを埋める方法があるとは思うが
「…………」
一瞬とはいえマスターを降ろす時にセイバーのマスターと思わしき少年の姿は見た。
その小細工を行うには真っ当な方法と外道な方法がある。
真っ当な方法だと単純な話だ。
魔力を供給する人間が増えればいい。
無論、例えばランサーのマスターが持っているような宝石のように魔力が籠った道具を利用するのも有りかもしれない。
────人から搾取する事も可能だ。
だが、そうであるようにはランサーの目には見えなかった。
しかし、逆にそうならば、だ。
可能なのか。
自分や大英雄みたいに常時発動型の宝具は使ってないにしても、ブリテンの最も誉れ高い常勝の王を何の細工も無しに現代の魔術師が生前にほぼ近しいスペックを発揮させる魔力を供給する事が。
セイバーは己の力を振るい続けながらも、敵対者二人が思っている事に逆に自分でも驚きを隠していなかった。
供給される魔力に限りを感じない。
この時代で言うとダムからバケツで水を汲んでいるかのような途方さすら感じる量だ。
無論、流石にそんな事はないとは思うのだが、有り難くはある。
マスターの才能だよりというのは少し情けないが、これならばヘラクレスに超級のランサーを相手にしても一切不安はない。
これで負けるのならば己の恥以外の何物でも無い。
だが、同時に
…………勝つ事も難しいですね。
魔力放出による突進からカウンターで出された槍を途中で更に魔力を放出する事によって無理矢理相手の右側に方向転換してランサーの胸に間違いなく殺すつもりで聖剣を胸に一閃与える。
手応えは確かにある。
完璧だ。
しかし、その手応えは人を切り殺した感触ではなく、まるで岩を剣で殴ったような手応え。
つまり、吹き飛んだ先には何一つ傷がついていない槍兵の姿があるだけという事であった。
「………………」
戦闘態勢のままアルトリアの思考は加速する。
この二人との決定的な不利な所、それは防御力であった。
英霊史において間違いなく頂点に位置する聖剣エクスカリバー。
風王結界で鞘としているから多少切れ味が落ちるのは解るが、そうであっても無傷であるという事は少しショックである。
とりあえずそれは置いといてヘラクレスについては
そして槍兵のもつまりそういった宝具の鎧なのだろう。
破壊不可能な鎧や肉体というのは神話における一つの典型的な英雄像であったり、武具だ。
それが不死、不滅を謳う宝具であるならば攻略法は二つだ。
一つは単純な破壊力の上乗せ。
今よりも更なる力を持てば破壊可能という単純なものだ。
これならば英霊としては気が楽だ。
特に私のようなセイバーならば大抵の場合は攻撃系の宝具を携えているのだからそれを使えば突破出来るかもしれない。
難点は当然、宝具を使う隙を得る事ともしも宝具を撃っても破壊出来なかった場合だがこれに関しては今考えれる事では無いのでどうでもいい。
そしてもしももう一つの攻略法────すなわち何らかの条件を満たせば攻撃が通じるというものだ。
………それだと厄介ですね
例えばの話だが、もしも神性を持っていなければ通じない、とか毒でしか倒せないなどとそういった持っていなければ攻略不能系であるとセイバーにはどうしようもないのだ。
正しく相性が悪いサーヴァントという事になり、打倒す事はセイバーには不可能という事になる。
否、不可能ではないかもしれないが…………そうなればセイバーはここで全ての切り札を晒さなければいけなくなる。
まだ初戦なのだ。
戦争自体はどうなのかは知らないが、セイバーと遠坂真にとってはこれは初戦だ。
未だ残存サーヴァントがどれだけいるのか分からない今、切り札を晒すのはリスクが高過ぎる。
そうなると結論は一つだ。
私も弱くなったものだ…………
この結論を昔の自分に聞かせれば何を弱気な! と叫んでいただろうが、今の私は願いを持つサーヴァントでは無くマスターの願いを叶えるサーヴァントだ。
己の誇りよりもマスターの無事と勝利を捧げるのが使命だ。
故に今必要なのは曖昧でここだけの勝利ではなく、この先全てを勝つ為の確信の道だ。
だから、セイバーは戦いながら念話で意見を具申した。
そしてそれは直ぐに受諾された。
シルヴィアは怒りのように燃える思いを自覚した。
思わずシルヴィアは愛という言葉を自覚し、そして肯定した。
魔術師の癖に乙女のような思考かもしれないが、しかし誰にも笑わせはしない。
これは万人が思うようなロマンスの愛では無いが、しかし今、私が抱いている思いは限りなく愛に近く、そして愛を否定するものだと。
何故なら目の前で軽く三桁の数の白と黒の刃を踊るように空間を支配している光景を見て、素晴らしいと思う気持ちと憎らしいと思う気持ちを両立出来ない筈がない──────!!
己に殺到する白と黒の剣がダイヤモンドとブラックダイヤモンドから生み出された宝石である事も理解しているが何よりもその数が余りにも正確に動いている仕組みにシルヴィアは喜悦のような殺意を浮かべながら、この光景を生み出している少年の手元を見る。
そこにはこの空間を作り出している刃と同じ物が握られ────そしてあれが本物だとシルヴィアは宝石に関わって来た自分の目と勘を信じた。
そしてそれが答えだ。
この大量にある刃は投影魔術によって生み出された偽物であり、そして子であり、そしてあの本物の分け身でもあるのだ。
恐らく本物の方に己と寸分違わない形に対する命令権を術式で刻印されているのだ。
無論、そんな命令、全く同一の刀剣が無いと意味のない術式だ。
しかし、それをこんな効率の悪い魔術で補う魔術師がいた。
そうだ、例えそれが投影による存在の劣化品であっても、その存在は確かにあの少年が作った礼装なのだ。
それを作り上げた設計図は少年の脳に完璧にある。
故に複製に手間取るはずがない。一度自分の手で作り上げるのに比べれば実に楽だと言わんばかりのその表情がこちらの思う事の答えになっている。
宝石を投影で複製して利用するのは盲点であったこちらも流石に言わざるを得ない。
だが、しかし
「ですが贋作では本当の輝きに届きませんのよ!」
袖からルビーの宝石を取り出す。
赤の色が籠った神秘は確かにその色の形をした炎になる為の輝きだ。
「
私が必ずその真価を引き出す。だから、輝くのだと自分の自信と相応の血の努力の結果に呼応して籠められた魔力が宝石の枠から飛び出して吐き出される。
炎として形成されるのに一瞬何て自分が許さない。
刹那のタイミングすら許さず生み出された炎は大量に生成された刃の6割ほどは飲み込んだ。
その時に少年の顔が少し驚いた顔になっているのを見て、こちらも自分に笑みを浮かべる事を許し
直上から銀色の鳥が落ちてくるのを認識した。
思わず横目で見るのは同じ銀色の髪を持った少女の形をしたホムンクルス。
その目は驚くような真剣な表情のまま、しかし凍るような寒い笑みを唇に浮かべた少女の顔は確かにこんな風に告げていた。
その程度の力量で終わるようだと思えないから安心して不意打ちを放ったんでしょ?
その素敵な
「
吹き出た炎が自然の動きから明らかに逸れた形で動き出す。
当然、炎を操る術者はシルヴィアによる流動。
元より己が生み出した炎。操れるのは当然だと言わんばかりに少女が手繰る炎は生物と化し、疑似的な炎の腕は確かに空から落ちてくる銀の鳥を掴み、燃やし尽くした。
クラリスが冷笑を猛獣のような笑みに変えてくれるのだから、素敵な結果を生めたと私は素直に思い
「
次に唱えられた詠唱がこちらの思いを無理矢理に断ち切った。
「なっ…………!?」
己の炎に干渉してくるのを感知し、思わず驚く。
干渉出来る事に驚いたのではない。
己の魔術を干渉出来ると考えられた事が驚きの事実だ。
しかし、そんな驚愕に身を任せ続けるわけにはいかない。
即座に意識を己の魔術に注ぐ。
意識は肉体ではなく炎へと宿り、それを奪おうとする不埒者に対して即座に遮断による否定を走らせるが────
「
それらを持って尚、3割程の
己の中の魔術師としての自負に、まるで自然体のように掠め取る行いに、エーデルフェルトとしての己の業すらも掠め取られた気持ちになり、亀裂のような笑みを浮かべるのを止める事が出来なかった。
「遠坂真………………!」
殺意に反応した残った炎が即座に略奪者に対して裁きの炎として焼き付くそうとするが、彼が袖からブラックダイヤモンドを取り出すと同時に
「
コンコン、と足先で己の影をノックするように叩き、ブラックダイヤモンドから魔力による黒い輝きが生まれたと同時に────詠唱通りに少年の影が立ち上がった。
己の知る宝石魔術からは余りにも程遠い魔術の形態を見て、しかし即座にその中身を悟る。
「虚数魔術!?」
「────そこまで立派に言えるような代物ではないけどな」
特に誇る事も無く、しかしのっぺりとした影は迫る炎を抱きしめるかのように掴みかかり、しかし
「────舐めてますの!!」
魔術回路の回転数が上がる。
正直、修行の時ですら上げた事があるかないかのレベルにまで行使され、シルヴィアですら幻痛を感じるレベルだが、知った事ではない。
やるべき事はあの影を一欠けらも残さず、散らす事。
元より闇を払うは火の役目。
シルヴィアの魔術回路がかつてない程の回転と光を発するが、むしろそれこそ我が望みなり、と言わんばかりの笑みを浮かべて炎に魔力を注ぎ込み
結果、影の巨人は逆に炎に包まれ、そのまま燃え尽きる。
その勢いで奥にいた少年事焼いたが、人を舐めた結果としては当然、だと思おうとして
「────違う!?」
思考ではなく、感覚が真実を囁く。
今、焼けた者は遠坂真ではない、と。
根拠のない感覚を、しかしシルヴィアは即座に信じた。
何故ならば、いるからだ。
今、己の形を作った影を囮にして、身体強化と隠形を持って背後から己に斬りかかろうとしている本物が。
「不埒者…………!!」
背後を取った事、取られた事で吐き出された罵倒を、しかし当然だが敵対者は聞く気は無い。
死を覚悟せざるを得ない寒気が─────しかし、背後ではなく前からも現れた。
「二人纏めて死になさい……………!!」
クラリスが全身に施された令呪を輝かせながら、単純かつ絶大な魔力の塊をこちらに向けて放ったからだ。
術式のじの字も無い下らない攻撃手段だが、当たれば死ぬことを考えれば十分に最悪だ。
しかし、この場に限って言えば、シルヴィアにとっては天の恵みにも等しい手助けであった。
クラリスの攻撃によって一瞬、背後にいる少年が迷ったのを感覚で察知したからだ。
「───────隙あり!」
即座に左に一歩ずれ、身体に強化の魔術を施し、己の脇を通り過ぎていく腕と襟首を掴み、力づくで前方に引っ張りつつ、足を突き出し、少年の足を払う。
あっと思わせる間もなく、少年を魔弾に放り投げた。
げっ、と恨めしそうにこっちを見る少年に、御免遊ばせ、とウィンクを一つ投げる。
少年に逃げ道は無い。
未だ宙を浮いているのだ。
足は勿論として、迎撃も間に合わないと見て取れた。
だから、魔弾に触れた瞬間、ガッツポーズでも取りかねないテンションになり─────次のガラスが割れるような音ともに魔弾が飛散した現象に品の無い舌打ちをしてしまった。
「対魔力……………!?」
あれ程の濃度の魔力を相手に一切、揺るがない対魔力とはどれだけだ、と唇を噛む。
だが、とりあえず一つだけ判明したことがある。
この場にいる全員が一流という領域を超えた敵対者という事を。
クラリスははぁー、と一つ吐息と共に荒げようとする息を隠しながら、事実を受け止めた。
……………この中で一番戦闘力が劣っているのは私だ…………
戦闘タイプのホムンクルスでは無いのだから当たり前だ、と普通なら言うのかもしれないが、マスターである以上、そんなのは弱音でしかない。
故に、これは仕方がない事であると共に諦める必要がない事柄とする。
これは聖杯戦争だ。
魔術師同士の殺し合いなんていうものではない。
マスターである私の力が劣っていてもサーヴァントで打ち勝てば問題は無い。
勿論、それも二人に従う英霊が超級である故、油断は出来ないが、決して己のサーヴァントが負けない、という信頼がある。
例え、相手が神様であったとしても─────私のアーチャーが最強だ。
だけど、それはそれとして最強を支える以上、その魔力供給をする自分がしっかりしないといけないのだが。
そして
……………多分、それもお兄ちゃんに余裕がある理由。
少年のサーヴァントも見たが、マスターの目を見ても、あのセイバーはやはりアーチャーに勝るとも劣らない大英雄だ。
どのステータスも基本、Aランクに等しかった。
なのに、私や、乱入してきたシルヴィアでさえ恐らく同じ魔力不足で少し息を整えているというのに、少年は未だ余裕を残している。
ここまで来ると、もしかしたらあのセイバーに何らかのスキルか、もしくは宝具があって魔力消費に余裕があるのかもしれない、と考える。
いや、もしかしたら………………逆にそんな宝具が無いから、こっちよりも魔力に余裕があるのかもしれない。
最強のマスターとして調節されたこの体だからこそアーチャーは動けているが、宝具が無くてもアーチャーは一流の魔術師を容易く枯渇させる。
それに加え十二の試練を使うとなると一流の魔術師が10人以上いても、残るのは干からびたミイラのような魔術師の死体が並ぶだけだろう。
私ですら十二の試練という常時発動宝具を使っていたら、アーチャーが所持している他の宝具なんて一つか、よくて二つくらいしか使えない。
不甲斐ないマスターね、と自嘲しながら──────しかし、という疑念が途切れない。
理論は今までので十分に筋が通っている。
この場にいる敵がマスターもサーヴァントも含めて超を超えた次元にいる事も感情抜きで認めている。
しかし、あの少年は本当に、そんなレベルにいる生き物なのだろうか? という感覚がこびり付いている。
水源だけを見れば川にも湖にも見える物が、視線を上げれば実は海だった、のような感覚。
本当に─────あの少年に余裕があるのはサーヴァントの性質だけだろうか?
根拠のない恐怖を廃絶できない事を感じながら、しかしクラリスは首を振るう。
今はそんな事はどうでもいい。
少なくとも、あの少年はアーチャーの弓に怯え、そして死ぬ存在だ。
そして、マスターである以上、見逃す事も出来なければ、逃げる事も考えない。
疲労を押し殺し、第3ラウンドに向かおうとし
『マスター!!』
己が最も信頼する声が念話として届いた瞬間、その声と第六感に従い、己と、ついでに他の二人も伏せるのを見たが、それ以上の事が起きた為、そんな事はどうでもよくなった。
赤い線が空港の建物まで縦に一直線に走ったかと思った、次の瞬間に、線が通った場所が爆発し、焼き、吹き飛んだのだ。
「──────しまった」
魔術によって人払いをしているとはいえ、あの建物は人を空飛ぶ翼によって運ぶ偉大なる場所だと聞いている。
翼までは焼いてはいないとは思うが、ここを利用する者達には心底申し訳ない事をしたと思う。
『ランサー!! やり過ぎですのよ!?』
『面目ない。罰は後で必ず受けよう』
マスターの叱りも当然だな、と受け入れつつ、しかし即座に槍を構える。
派手さを望んで、ブラフマーストラを使ったわけでは無い。
そのくらいのレベルを使わなければ、攻撃が届かない、と判断したために使用を決断したのだ。
炎熱によって発生した煙をまず貫いたのは、58の死の矢。
脳天に16。
胴体に15。
両手両足に27本の矢が恐ろしい程の正確さで穿とうとしている。
どの矢も音など軽く置いた速度で、且つ、わざと着弾時間をずらした、最早神業ではなく魔技としか言いようがない鋭さを、カルナはマスターから魔力を拝借し、魔力放出による炎熱で大多数を燃やし尽くす。
勿論、どれ程の矢であったとしても父から与えられた鎧を貫通できる物ではない、と見て取れたが、鎧は傷は防げても衝撃は防げない。
衝撃に構っていたら、次に煙を破って突撃するセイバーの一斬を受ける。
己よりも腕一本分程の高さを砲弾のような速度と回転で斬りかかろうとするセイバーが現れる。
一切の迷いなく顔面を狙ってくる刃に、即座に首を振るが、頬を斬られ、血が流れる感触を得る。
「───────見事」
そんな場合ではないとは重々承知だが、ランサーをしてこれは畏敬の念を禁じ得ない状況なのだ。
これは三つ巴。
一度甘さを見せた相手こそを狙うのが常套の戦。
故にこうして二人同時に狙われる事に絶望は感じない──────ただ歓喜を感じるだけであった。
油断も慢心も決してしないと誓った身だが、己の技と鎧の自負から死の予感というのは生前を含めてもそう経験した事は無かったが、今回は違う。
セイバーもアーチャーも間違いなく己を殺す事が出来る存在だ、と事実として受け止める。
現に己の不死性が鎧である事を即座に悟った二人は諦めではなく、即座に次のアプローチを行った。
鎧が不滅だと言うのならば、鎧に覆われていない箇所はどうだ、という当然の帰結。
結果はこれだ。
如何に堅硬な鎧があろうとも、覆われていない箇所までもが堅硬になるわけではない。
多少の干渉は出来るが、あの聖剣と極めた矢を前にすれば無意味か、と納得する。
故に必要なのは己が培った技と力だけ、というのが非常に清々しい。
「何時の時代、どんな形であったとしても、好敵手とはやはり得難いモノだ」
余裕から来る笑みではなく、己の幸運を噛み締めたが故に生まれた笑みを形作りながら、自分を中心に、煙から現れた大英雄と背後で着地した騎士王を感じ取る。
不利なのは己。
しかし、それだけで勝利を投げ出すのは
ランサーのクラスにおいて、鎧に次ぐ第二の宝具の開帳を視野に入れている間に──────聞き慣れない音が耳に届いた。
己の時代では聞いた事もない振動と音。
現代におけるものか、とは思うが、ここは今や魔術師によって張られた結界の中だ。
その中でそういった物を扱うには当然、人が必要であり、今、この場における人はマスター達3人以外を置いて他にいない。
マスターに何かあったか、という疑念が一瞬の油断を生んだ。
────────即座に唸りと圧を広げたのはブリテンの勝利の王
セイバーは己の魔力炉心を即座に最大解放する。
セイバーは今こそ、己の手で形作られた第一宝具に膨大な魔力を注ぎ込む。
風王結界は今こそ、その名の通り、本来の剣の刀身を超え、長さだけで60mを超えた刃と化す。
勿論、刀身自体が伸びたのではなく、纏わせる風を単純に増やしただけの結果だが、ここまで巨大となるのは生前にしか覚えのない事ではあった。
即座に二人の大英雄がこちらに振り向き、各自の武器を構えるが遅い。
何故ならこれは三つ巴が起きた時に既にマスターと一緒にすべきだ、と思って提案した事─────逃走の開始だ。
どちらも不滅を謳う大英雄。
倒せないとは言わないが、倒すにはこちらの切り札を全て晒す覚悟を持たなければ、というのが大前提。
ハイリスク過ぎる相手に対して、セイバーが考えたのは逃走。
何時かは倒さなければいけない相手なのだとしても、ここで全てをいきなり出し尽すのは問題だ、と見ようによっては弱気と謗られても仕方がない判断を、しかし真は全く同意見だ、という返事と共に逃げる事を了承した。
その後に、少年はこちらに伝えた。
──────絶対、他の二人がしないような合図をするからその時に
曖昧な指示だが、アーチャーに当てないようにするというのは十二の試練の事を考えれば、成程、と素直に同意し、今まで合図を待っていたのだ。
そしてその合図が来た。
他の英霊は全くその合図を理解していなかったが、一度、
そんな事までは話した覚えは無いので、運だとは思うのだが、本当にあのマスターは良くも悪くも狙いが良過ぎる、と内心で苦笑し──────聖剣では無い、アーサー王が持つ神秘の刃を解放する。
「
セイバーに手によって纏められていた風が、今こそ自由と暴虐による局地的なハリケーンとなり、ランサーを、次いでアーチャーに続く風の通り道となる。
「ぬっ………………!」
ランサーは己の敏捷では躱せないと即座に判断し、己の傍に浮いていある鎧の一部を、立ち上げ、腕で露出した部分を庇う。
「っ………………!」
アーチャーはこの攻撃は威力ではなく、衝撃を中心としている事を悟り、敵の意図に気付くが、流石のアーチャーであったとしてもこれ程の乱気流で矢を撃っても余り威力とならない事を悟り、回避に徹した
上空から見れば、ハリケーンのような風が、一直線に突破したように見えるだろう一撃は、バスターミナルをものの見事に両断した。
しかし、セイバーはその成果を見る事はせず──────この攻撃によって隠された、先程の音の正体─────バイクに乗った遠坂真が、こちらに手を伸ばして走って来たのだ。
「セイバー!!」
少年の声に、即座に反応し、ジャンプする。
狙いは当然、運転席。
あれ? という少年の顔を無視して、慌てて少年が引くのを見届ける中、走っているバイクに座り、引いた為に倒れそうになる少年を片腕で引っ張り、そのまま腕をこちらの腹に巻きつかせるようにしておく。
「では捕まって下さい、シン。急加速しますよ」
「あっれーーー? ここは男らしく、こう、セイバーが俺の後ろに回って抱きついてくれる所だと………………」
支離滅裂な台詞を吐いているので、即座に鎧をパージし、バイクに装着し───────己の魔力放出によって本来の加速を超えた速度でセイバーは少年の悲鳴を聞きながら、戦場を離脱した。
「逃がさん」
即座にアーチャーが遠ざかる背中に矢を番えようとし─────衝撃に吹き飛ばされたランサーが目の前に現れ、即座に狙いを変えるが、ランサー即座に警戒に入った為、射っても意味なしを理解する。
だから、つい呆れと共に、ランサーに話しかける。
「その地点に誘導されたか? ランサー」
「そのようだな。俺が防御に入り、お前が回避した瞬間を、セイバーは捉えていた」
成程、とセイバーを過小評価していた事を深く恥ながら、アーチャーは一切の油断がないまま、殺意も込めずに口を開く。
「続きを望むか? 日輪を背負う英雄よ」
「無論だ─────と言いたいが、マスターからの命令だ。俺もここで引かせて貰おう」
乱入者が語ると酷く傲慢に聞こえるが、アーチャーの心眼では正しく、この英雄が口に出した言葉以上の意味を込めていない事を悟った為、そうかと頷くだけにした。
こちらも深入りは避けたい。
クラリスにかかる負担を考えれば、正しくこのタイミングが引き際だ。
正しく、あの剣の主従は最高のタイミングで引いたのだ、と苦笑し、弓を肩に担ぎながら
「いずれ」
─────また相まみえよう。
無言の闘志を示し、ヘラクレスは己のマスターに向かって歩き出した。
敵を前に背を向ける行為に、しかしランサーも同じく背を向けながら
「────確約しよう、ギリシャの大英雄よ。我がマスターもそのつもりだろうしな──────そして願わくば」
あの主従とも、と残して霊体化していく気配に、己も頷きながら霊体化する。
後に残ったのは建物の形だけを留めた空港であり、魔術の影響が消えた今、それは一般人にとっては悪夢と思うような結果だけが残されることになった。
色々ありましたが、更新しましたFateも。
クロの部分も消したため、クロの方の話はとりあえず読者の方では無かったことでお願いします。
とりあえず空港編は終わりです。
ドイツ編の主軸はとりあえず、この3大英雄とそのマスターです。
これで楽しんで頂ければ幸いです(実はトーク段階ではそれにもう一人大英雄がいた事は黙りつつ)。
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