「
その詠唱と共に真が想像するのは二つの双剣。
否、厳密に言えば少年には戦闘に仕える投影で生み出せる武器は自分が生み出したオリジナルの双剣しかない。
少年の魔術回路はそういう意味では父程おかしく偏った適正ではないからだ。
父の魔術は固有結界で、それのみを成立させる為の魔術回路だ。
それ以外は出来ないし、それ以外の結果に見える者は固有結界の魔術を応用してでっち上げたものだ。
父のように属性に剣が追加されたとしても、自分にはあの領域の剣製は不可能だし、目指すものではない。
だから、自分は父のように無限の剣製ではなく────ただ一つの剣に拘っただけだ。
無論、その投影も父の出来に比べれば更にランクも落ちるし、そもそも宝具でもない。
ただの魔術礼装で宝具ではないから何とか成立させている、とも言えるが。
というか宝具なんて投影しようとしたら頭が破裂するわ。うちの親はそういった所が規格外なんで常識人の俺はそこら辺、普通に生きたいものである。
故に自分が錬鉄したものは実に普通で、俺が作り出した双剣を単純に118本ほどあるだけの有りがちなネタであった。
そんな宝石で出来た偽物の刀剣に対して突きつけられた魔術師の態度は苦笑だった。
「随分と燃費の悪い魔術を主流にするものじゃのぅ……」
それに対しては結構同意出来るので思わず頷きかけたが、それはそれとして遠慮なく発射する。
「
全ての刃が主の言葉に応えるかのように敵対者に向かって発射される。
単純な数の攻撃に臓硯はコン、と杖で地面を叩く。
すると
「────」
木々の中に隠れていたのか、おびただしい数の蟲の大群が全ての剣に群がるように食み始めた。
ああ、そういえば支配の魔術が間桐の真骨頂だよな、と思い、打破の呪文を告げながら、瞳を閉じる。
「
本物と違い魔力で編まれた刀剣に父も使う魔術が発動する。
「むっ……!」
剣弾に群がっていた蟲は光に飲まれた。
投影剣として編まれた魔力が起爆して、巻き込まれた結果に己の魔術が相手の蟲に対して十分に対抗出来る事を確認しながら、突然の光に目を眩まないように閉じていた瞳を再び開く。
見ると爺が突然の爆音と光に飲まれるのを見、即座に腰の偽・干将莫邪を引き抜く。
身体強化された肉体からしたらこの程度の距離なぞ抱きしめれるレベルに近い。
故に行こうと片足で地面を踏み締め
「──あ?」
踏み締めた足が無くなった空虚を味わった。
咄嗟に見た視界に映った自分の足は面積が小さくなっていた。
肉所か骨すらも見える己の足。
確かにそれでは上手く踏み締める事も出来ないし、立つことにも支障が来る大怪我。
そして何よりも問題なのはそんな風になった原因が地面から生まれるかのように表れた巨大な蟲が直ぐ近くにいるという事であった。
「っ、あああ……!」
視界に映ったからか爆発的な生まれる痛みと熱を無理矢理無視し、倒れそうになる動きに逆らわずに左の莫邪を振り切り、自分の知識でも覚えのない蟲の首を切り落とす。
そしてそのまま地面に倒れながら、無様に転がってでもその場から離れる。
さっきの蟲が一匹限りであるかは不明だし、魔術を発動するのに立っている必要はないからだ。
「
礼装に魔力と詠唱をぶち込む。
魔術回路に
「ぬっ」
間桐臓硯も視て理解出来るほどの魔力の奔流。
その出所を見れば、何時の間にか自分を加工用に五つの点が存在している事を確認する。
それらを繋ぎ合わせると自分の知識と参照すれば一つの図形が出来上がるのを理解し、口が引き攣る。
それは
「五芒星を利用して炎熱とするか……!」
守護と破邪の意味を与えられる星から炎の奔流が生まれる。
退魔の炎として生まれた炎は間桐臓硯に対しては超厭らしくも残酷な火葬場となるだろう。
焼け死ぬとどれだけの苦痛を味わうかは知らないが、そこで止まるような半端な生き方は生憎だが周りにはいなかった。
「
焦熱地獄は膨れ上がる。
炎に囲まれている相手が見えなくなるが、構わずに手を握りしめる。
間桐臓硯のいる中心に向かって回転して近づき、炎同士が激突し、最大の膨張を見せ、破裂する。
魔力によって編まれた炎は術者の命を確かに、果たした。
が、しかし
「──ちっ」
舌打ち一つで即座に双剣を構え──弾丸のように発射されてきた蟲の全てを切り落とす。
残像すら残す自分の速度で切り落とした蟲の数など数える義務は無い。
何時の間にか再生された足を確認して、少しぞっとしない気持ちになりつつも残り火の中……ではなく少し外れた場所に立っている爺を見る。
「カカカッ、惜しい惜しい」
爺の話す言葉は有利になるような言葉以外は一切耳に入れないようにしているのでどうでもいい。
我が専心は老害を殺す事に向ける。
そして今回炎の浄火から逃れられた理由は単純に五芒星の陣を崩され、術式に魔力による改竄をされた結果であると理解する。
これはむしろ間桐の能力と言うより癪な事だが、これは間桐臓硯の培ってきた経験と術技によるものだろうと思い、内心で再度舌打ちする。
能力的な事なら負けちゃあいないんだろうけど……経験で完璧に補われてやがる……
そうなるとこの手の輩に喰らわせる方法は有りがちなネタだ。
未経験の手段を見せて、ぶち殺す。
「しかし、遠坂は随分と後継者に恵まれたものじゃのう。羨ましい事よ」
「…………」
別に答える必要はないのだが、しかし一つだけ反論したい事があるのでそれについてだけは答えといた。
「能力はどうだか知らないが──少なくとも母さんの方の爺はどうしようもないうっかり馬鹿であるからそうでもねえな」
「最近の若者は故人を容易く貶めるのぅ」
「貶められたくなければ最低でも愚痴程度で済ませる生き方をしとくべきだな」
まぁ、親父の方の爺もドアホウなのだが、そこはそれだ。
だって明らかに母の方の爺はミスをしている。
遠坂の魔術師として発展させるのならば、何をどう見ても桜さんは遠坂の魔術を教えた方が良かった。
感情抜きで俺はそう思う。
さっきはこっちから攻撃をしていなかったから舐めプをしていると思われるかもしれなかったが、内心では舌を巻いた。
魔術刻印を持って無く、且つ無理矢理に改造された能力であれ程の強靭さがあったのだ。
海に無理矢理適応させられた鳥が、他の魚よりも早く泳げているようなものだ。
もしも真っ当に修練させていたのならばもしかしては母よりもやばかったんじゃないかってマジで思う。
それをまさかあそこまで貶める選択肢を取らせるとは。
本気で感情抜きなのに嘆かわしいって考えてしまう。
もしもそれが聖杯戦争対策だったとしても母が愚痴混じりで言う、エーデルフェルト家のように双子で挑ませていたのならばもっと勝算があるだろうに。
全く
「どいつもこいつも俺にケツ拭き任せやがって……」
最悪な事にどいつもこいつも無意識や運で押し付けているから文句が言い辛い。
言い辛いから今度、親父には夢の国系のを、母には洗濯機の説明書でもぶつけて憂さ晴らししてやろうと思いつつ、魔術回路の回転率を上げていく。
今も泣いているのに泣けない人に手を伸ばす為に。
ライダーは心底恐ろしい、と思う。
自分の体中に走る痛みの問題ではない。
魔眼の後遺症である頭痛も自分が違うモノになっていく怖気も酷いレベルにはなっているが、まだ耐えられるレベルだ。
無論、自分にとって最大の恐怖は怪物になる自分を見る事と、"彼女"が自分のようになってしまう事ではあるのだが、それに勝るとも劣らない。
何せ自分よりも遥かに小柄で可愛らしい少女が己と暗殺者。
そんな英霊相手にして劣る所か全てに勝って打倒していく姿何て敵側からしたら悪夢でしかない……!
「……っ!」
「……!」
正面から多数の釘を召喚しての攻撃。
背後からはセイバーの意識の死角に乗せたダークの一射。
正面からの自分の攻撃も背後のアサシンのまるで葉っぱが落ちて来ただけにしか思えない一射も並みの英霊でも十分に脅威である攻撃のはずだ。
なのに、目の前の少女は
「────」
息を吸い込み、炉心を回し──瞳を開ける。
そんな行為一つで少女はヒトから竜へと変貌する。
アーサー・ペンドラゴン。
英国における誉れ高き騎士王。
最後には国を滅ぼした王。
そんな少女の伝承の中で間違いなく一番知名度が高いのは彼女の剣であるエクスカリバーと円卓の騎士の存在だろう。
彼女の手であり足であり目であり頭でもあった円卓の騎士。
その中には王でもあり騎士でもあったアルトリアを超える騎士がいた。
最優の騎士ランスロットなどがその筆頭であった。
その剣技はアルトリアですらもアルトリアを超える力量であったと納得する技量であった。
その他にも騎士としてではなくても何かしらの能力が己よりも勝っている。そんな人間が集まったのが円卓の騎士であった。
ではその集団を纏めあげたアーサー……アルトリア・ペンドラゴンは何をもって彼らを従えれたか。
地位、カリスマ、血筋、恩、王としての能力などがあったのは確かだ。
王の仕事は能力や地位が無ければ出来ない事ではあるから当たり前だ。
では、円卓の騎士は王の能力のみに傅いた騎士達であったのか。
この場にそれを断言出来る者はいない。
円卓の王であったアルトリアも騎士達が自分をどう思っていたのかは考えないようにしている。
だから、例えに出すのはもしもこの場にマスターである少年が激昂せず、余裕のある状態で見ていればという仮定ならば少年は恐らくこう結論を出していただろう。
これなら確かに傑物ばかりであったろう円卓を纏めるに値する王様だったのだろう、と。
「────」
姿を隠形で隠しているアサシンは自分達の攻撃が風の一撃で全て粉砕されたのを見て、素直に恐ろしいと感じた。
同時に自分が大きな思い違いをしている事も悟った。
自分達は目の前の少女を高名な王であり騎士であると思っていた。
だが、違う。
普段はどうかは知らないが、戦闘時の少女のスタイルは人や騎士なんって枠内に収まっていない。
これは最早竜そのものだ。
聖剣の役割は竜の爪といったところだろう。
流麗にして荘厳な風の竜だ。
中心点である彼女と彼女の近しい人以外には一度攻撃範囲に入れば肉も骨も引き裂かれる暴風竜。
つまるところ、自分達には速度や技能云々というよりも決定的に攻撃力が欠けている。
冷静に己の戦力を闇の中で考える。
ダークは現在、敵の出方を見る為に抑えていた為に余裕はまだある。
ただあの風の前では自分は加護があるからいいが、加護はダークにまでは及ばない故に投射武器としてはほぼ使えない。
体術も不得意というわけではないが、あの少女の形をした竜に組打つなど正気の沙汰ではない。
そもそもの話、状況が既にもうアサシンの領域ではないのだ。
アサシンのクラスはサーヴァント同士で戦う為のクラスでは無く、マスターを暗殺するクラスだ。
だから先程は己の力を正しく発揮出来たのだが、まさか人間の魔術師に心臓を粉砕されても生き延びる術があるというのは予想外の問題だ。
無論、この腕はその気になれば英霊の心臓も握る事は可能ではある一撃必殺の奇蹟の御業だが、とてもじゃないがアレに不意を打っても当たるとは思えないのだ。
………ならば何時も通りに
アサシンは気配を消しながら段取りに必要な事を行いに行った。
「──ライダー殿」
「……っ!?」
直ぐ近くで唐突に出された言葉にライダーは咄嗟に武器を投げつける所であったが、寸での所で抑えた。
その後に起きるのは怒りであったが、そんな事をしていると木々を動き回っている自分にあの騎士は即座に切り落としに来るのを知っている。
だが、その怒りも次の言葉を聞いた瞬間に霧散した。
「──宝具の開帳をお願いしたい」
「────」
ライダーは警戒を緩めないまま……というよりはこの仮面の暗殺者に対しての警戒も高めて敢えて何も言わなかった。
宝具なら既に使っているなどという馬鹿な言葉を吐くつもりはない。
自分の真名はこの暗殺者やあの怪物にも伝わっているのだ。
こちらから伝えずとも察すること自体は可能だろう。
何よりも自分のクラスはライダーなのだ。
だが、それを仮初の共闘とはいえサーヴァントに支持される謂れはない。
その事を察したのか、アサシンは姿を現さないまま意外と丁寧な言葉使いで説明を始める。
「視線も言葉も発さずに結構。そのまま聞く事のみに専念してもらいたい。方法は単純。貴公が宝具を使うとセイバーも宝具を使わざるを得ない。その隙に背後から私の宝具でセイバーを暗殺するのみ」
成程、確かに馬鹿らしいくらいに単純だと内心で嘲笑する。
まさかその程度の単純な方法であの騎士に打ち勝てるつもりなのか、と。
そもそも前提条件である宝具の発動時間すらも絶望的なのに、ライダーの宝具では恐らくだがあの聖剣に打ち勝てないのだ。
自分の宝具とてライダーに相応しい破壊力を持っているという自負はあるのだが、流石に人類史における最強の聖剣に勝てるなどと夢は見ていない。
桜の為ならば命は惜しくないが、無意味な自殺をするほどお人好しではない。
無視するかと考え始めているとまた次の言葉でこちらの考えを破壊される。
「──マスターに頼み、宝具の即時解放と威力の底上げの令呪を使えば拮抗は可能でしょう」
「──何ですって?」
条件反射で思わず声を上げて掴みかかろうとしかけた所を、セイバーの視線と刃がこちらに追いつきかけ、慌てて速度を上げる。
足の骨にまで罅が走った感覚に唇を噛み、痛みを意思で無理矢理洗い流した後に殺意が籠った視線でそれらしい場所に向ける。
他人のマスターに対して令呪を使えなど言語道断所か言う方が馬鹿である。
だが、今回の狂った聖杯戦争ならば共闘というのは有り得る選択肢だから那由他の彼方の歩数くらい譲って有りとして、だ。
問題は令呪はもうこっちには二つしかないのだ。
一つ目を自分の手際の甘さから無駄に使った為、もう二画は慎重に使うしかないのに、ここで全てを使い潰すなどそれこそ阿呆の極みでしかない。
そんな思考を
「勝てば、その後にセイバーのマスターから令呪を補填すればいいでしょう」
「…………」
ライダーは思わず内心で盛大に舌打ちする。
確かにその手段を忘却していた。
それならば、こちらの令呪はプラマイゼロの結果にはなる。
そしてそうならば確かに切り札を懸ける価値はある。
純粋な威力では負けてもブーストが入るのならば勝つ事は難しいかもしれないが、拮抗にならば持ち込めるかもしれない。
無論、相手も令呪を使ってきた場合はどうなるかは知らないが、流石にこればかりは予測は出来ない。
だが勝算は高い、と冷静にそう思える。
弱みとしてはセイバーもアサシンの存在を知っている事だ。
奇襲してくる事が分かっているのに隙を作るとすればそんなの罠一択でしかない。
だが、宝具である以上、セイバーも生半可な事は出来ないはずだ。
だけどそれをするには余りにもあの翁とこの暗殺者は
何故ならこの暗殺者の目的は知らないが、あの怪物の目的は完全な利己だ。
桜の事など私というサーヴァントを上手く利用出来るための駒くらいにしか思っていないはずだ。
逆にそうでなければ私が
これで愛故にとかほざいたら自分の手は間違いなくあのくたびれて耄碌した肉体を粉砕していただろう。
そんな怪物の手下のサーヴァントの提案で桜の全令呪を使い潰すなど出来るものか。
それならばまだ玉砕覚悟で令呪無しで特攻した方がまだマシだ。
そうすればセイバーは自分事アサシンを倒した後にあの怪物も打倒せるだろう、とそこまで考え唇を再度強く嚙む。
改めて無意識の自分が告げた答えを見て、己の思考が今、どういう風にブレているのかを認識した。
今の自分はあの少年なら、と思い始めているのだ。
流石に最初の桜を助けよう発言は頭が沸いているだけの偽善者の発言だと思ったが、心臓を握り潰された後にも同じことを言われたら流石に認識が変わる。
文字通り命を潰された後にも同じ事を言ったのならば、間違いなく間桐臓硯よりも遥かにマシだ。
そしてついさっき
あれなら桜を間違いなく救える。
救えるのだ。
だが、それこそ傲慢だ。
3度以上殺そうとした相手をどうして信用してもらえるか。
それこそそこのアサシンよりも傲慢で自儘な提案だ。
今から裏切るので
辛いのはあの少年ならそんな愚かを実行するのではという甘い期待を抱いてしまう所だ。
中途半端に魅惑を断ち切れない為にどうしても迷いが生じてしまう。
どうすればいい
このまま不確かな希望に縋るより、勝つ為にアサシンの案に乗ってセイバーを倒すべきなのか。
それともこのまま近くにいるアサシンを裏切ってセイバーに土下座でも何でもして桜を救うのを頼むべきなのか。
もしくはどっちの案にも乗らずに、このまま時間を稼いで時間に身を任せた方がいいのか。
どれが最適だ。
どれを選んでも自分は死ぬ、という程度ならば私は喜んで死のう。
しかし、桜はどの選択肢を選べば救えるのだ。
英霊などと言われても私は
魔眼と怪力の代償の頭痛が激しさを増す。
まるで選べ、と警告しているかのように。
そして結果、ライダーは
間桐桜はこの戦闘の中で、恐らくこの場にいる誰もが気付いていない事を察したのではないかと勝手に思い込んだ。
何故そんなに自分の感じた事を信じられるのかは分からない。
この世でもっとも間桐桜が信じていないのは間桐桜だというのに。
でも、もう確信の域まで自分が感じた事を信じてしまっているのだ。
それはたった一つ。
今も御爺様相手に一歩も引かずに魔術戦をしている凄い少年は実は本当は
今も勇猛果敢に戦っている少年に対してそんな妄想のレベルにになりそうな事を確信してしまうのは
全てにおいて蚊帳の外にいたからこそ見えたモノ。
それは間桐臓硯に殴りかかる数秒前。
少年は破れた心臓の治療後に、まるで己を鼓舞するかのように手を開けて、閉じてを繰り返して───しかし本当に刹那の間だけ
無論、震えているように見えたのは錯覚ではないかと言われたらそうかもしれない。
心臓が破壊された直後なのだ。
心が強いとか弱いとかそういうのでなくても体の反応で肉体が震えただけかもしれない。
なのにどうして自分はここまで恐怖によるものではないかと思っているのだ。
……分かっている。
本当はその理由にどうしようもなく理解出来るものがあるからだ。
拳を意味なく握ったり、またはスカートの裾を握ったり、目を閉じたりなどと様々な違いはあれどそのような動作をしてしまうのは
「これからの恐怖に対する覚悟をしていたから……?」
桜も今までの人生で似たようなことを何度もしてきた。
桜と少年の違いは桜が諦めによる覚悟ならば、少年はやらなければいけない事の為の覚悟であるくらいだろう。
どちらの方がマシかと第三者に問われればどうなるだろう?
ただ私の視点からしたらそれはとてつもなく怖い事ではないのだろうかと他人事のように思う。
だって私は最初こそ覚悟も何も無く絶望するしかなかったが、その後は慣れる事が無いと思っていた地獄が慣れていってしまう作業になった。
無論、それらは第三者からしたら悲惨な過去とでも言われるのだろうけど。
でも少年の方は恐れている事を自分からしようとする事だ。
死を恐れている人間がナイフを首に当てて引くのと何が違う。
──かつてそんな風に生きていた剣のような人がいた。
真っ当な人間なら成立しない破綻した生き方を、その人は理想に全てを捧げた事によって成立した。
しかし、この少年はそんな事は出来なかった。
だから、代わりに
でも、そんなの
結局、自分を殺してしまっている……
「どうして……?」
どうして自分を殺してまで戦おうとするの?
否、どうして自分を殺してまで私を助けると叫んでくれるの?
先輩みたいに貴方も正義を志しているから?
息子だからそこまで父親に似るのかと言われたら桜からしたら肯定も否定も出来ないが、あそこまでの人間に息子だからといって成れるはずだ、とは到底思えない。
分からない。
どうしてそこまで自分を助けようとしてくれるのか。
どうしてそこまで自分を救おうとしてくれるのか。
知りたいと思う。
教えて欲しいと思う。
そしてその答えをまるで応えてくれるように似たような問いをかけてくれる怪物がいた。
「それにしても意味が分からないのぉ。遠坂の現当主よ。どうしてそこまで桜に固執するのかの?」
「……」
少年は無視の態度を崩しはしないが、御爺様が言葉を告げる度に分かり易く不快な表情を浮かべている。
もしも鼓膜を潰さない方法以外の聴覚を意図的に閉じる方法があれば教えて欲しいと言わんばかりの表情に御爺様は一切考慮しない。
発言をしている間も魔術戦には一切手を抜いていないのだが、構わずに問答を勧める。
「ここで桜を取り戻してお主に何の益があるのかね? 桜に価値があるのは稀有な魔術の才と胎盤の機能くらいじゃぞ? む、いやそうかそうか……次代の子供の為に再び胎盤として才能がある桜を取り戻して次代の才を築こうとしているわけじゃな?」
この程度も読めないとは耄碌したもんじゃのぅ、と苦笑しながら蟲を襲い掛からせている翁。
蟲と台詞の事さえ無ければ好々爺のようにも見えるが、前提の条件のせいで酷く歪んでいるようにしか見えない。
だが、御爺様の言葉も決して間違っているわけでは無いのだ。
間桐桜に価値があるのはその程度くらいなのだ。
少なくとも魔術師の視線からしたらそれだけが価値だ。
ここまでの発言で少年が普通の魔術師から逸脱しているのは承知の上だが、それでもこの戦いは余りにも彼にとってリターンが少ない。
聖杯戦争なのだから当たり前なのかもしれないが、聖杯戦争であるならばそれこそマスターである私を殺してしまえば彼にとっての不安材料は一つ大きく減るのだ。
だから私も彼に答えがどんなのか興味を持ったのだが……当の本人は無視……の態度から変わって言語で評するのなら……凄く白けた顔と言うような表情であった。
御爺様の口から洩れるのならばそれは素晴らしい大言でも、おぞましい悪意であって等価値と言わんばかりの表情。
だが、それでも何かを答える気になったのか。息を吸う初動を行い
「だから
「……?」
思わず御爺様と一緒に首を傾げる。
お前ら? ら?
私も含めて、という事なのだろうか。
いや……漠然とした予想なのだが……彼が纏め上げたのはそんな小さな集まりではなく……もっと大きいモノに対してのどうしようもないやるせない感情とそれを許せない怒りをブレンドした力が籠っており、そして本人は何でこんなちっせぇ事も分からないんだという口調で
「
「──え?」
桜はふと視界がぼんやりとしているのを知覚して条件反射で目元に指を置くと湿りを感じてそれを見る。
指は濡れていた。
そこまで考え、自分が何をしているのか分かった。
「わ、わた、し……何で……」
今更涙何て……
当の昔に枯れ果てたと思いきっていたモノが勝手に溢れ出してきた。
何で、と言ってが本当は気付いている。
今、少年は誰からでもはっきりと傲慢であると言われる言葉を吐いた。
彼は自分の価値観で間桐桜は幸せになる価値があるから生きていい。
だが、つまり自分の価値観にそぐわない人間はどうでもいい、と酷く勝手な事を一切気後れせずに吐き出したのだ。
状況によっては間違いなく不平等を叫んだどうしようもない戯言であった。
でも、でもだ。
そんな言葉を逆に捉えれば
──この少年は本当に間桐桜という人間が
信じているのではない。願っているのでもない。
そんな曖昧な言葉を吐いて誤魔化す気はない。
かといって理由があるのではない。
本当に何の根拠もない未来を、当たり前の確定事項であるべきだと勝手に決めつけているのだ。
とんでもない傲慢。呆れる程の自儘。
100人中100人が今の台詞に対して嘲りか嘲笑を浮かべても言い訳が出来ない程の発言。
でも、でも
幸福を願ってくれた人は私にもいたけど──────こんなにも無遠慮に幸福を押し付けてくるような馬鹿な人なんているはずがなかった。
ああ……でもこれで断言出来る。
彼はきっと先輩ではない。
あの人なら絶対にそんな台詞は言わない。
集団の秩序を重んじ、生きる事を救いと思っていた人は個人の所感で善悪を決めたりなんかしない。
この子のは正義でも、ましては悪でもない。
ただの……自分勝手な男の子だ。
「うん、でも──」
それで十分だった。
これで十分だった。
これ以上は罰が当たるのはもう確定だ。
本当なら自分はずっと暗闇の中にいるはずだったのだ。
なのにこんな風に地下には絶対に届かない場所に自分から勝手に踏み込んで暴れて、そして勝手に光る光を見せられた。
要らない、と何度も振り払ったのに、振り払う手を勝手に掴んで無理矢理光の方に連れて行こうとする。
十分だ。
それに……もしもこんな自分でも一つ許せれるのならば格好つけれる言い訳を吐かせて欲しい。
言われたのだ。
親子、姉妹ではなくても家族であると示す言葉を。
本人からしたら何の気なしに事実を言っただけなのかもしれないが、私はそう言われたのだ。
女としては少し複雑ではあるけれど、それでもそう言われたのだ。
そして自分よりも年下の子供が命を懸けているのに動かない、というのはあらゆる物語が否定している。
うん。
だから私は不相応な光を見せてくれた小さく我儘な子の為に、私はこの獲得した
"ライダー、お願い……来て……!"
唐突な桜からの念話に、ライダーは先程まで考えていた考えを全て放棄した。
「──サクラ!?」
即座に身を翻す。
背後からセイバーの怒鳴り声やアサシンが何かをしている雰囲気がするが知った事か。
ライダーの第一はあくまでサクラだ。
それ以外は全て些末事だ。
今こそライダーの最高速をもってマスターの命を完徹させた。
「サクラ!」
時間にして数秒程。
たったそれだけの時間でライダーは森を抜け、サクラ達がいる広場に戻ってきた。
セイバーのマスターと間桐臓硯がこちらの唐突な出現に互いに一瞬、こちらを見て来たのを感知するが今はどうでもいい。
彼女が今、視るべきは己のマスターのみ。
そう思い、彼女を見ると、拍子抜けなくらいに特に何も問題がない姿であった。
見た感じだと傷もそうだが呪いとか何かをされた様子もない。
そうなると間桐臓硯の命によって自分は呼ばれたのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないようだ。
どうであろうともサクラが呼んだのならば自分がここに来るのは当然だ。
「大丈夫ですか、サクラ」
「うん……ごめんねライダー」
「謝らずとも。貴方の頼みなら私が断る理由がありません」
嘘ではない事と安心をさせる為に笑みを浮かべる。
それがサクラの幸福と命の安全を得れるものならば私の力と命を幾らでも懸ける、という言葉は私は絶対に嘘に変えない。
だから、安心して欲しいと思ったのだが
「……」
「サクラ?」
サクラが自分を見つめる。
平和の状況ならご褒美なのだが流石にこの場でレッツベッドメイキング……! をするわけにはいかないので欲望はとりあえず頭の隅に封印しておく。
己、臓硯……!
その怒りもとりあえず
何れ必ず滅多刺しにしてくれる、という誓いを立ててサクラの視線に付き合っていると
「ねぇ、ライダー……どうしてライダーは私なんかの為にここまで助けてくれるの……?」
一瞬、眉を動かす。
理由としては単純にこの場で聞くような事ではないからだ。
サクラは確かにこのような修羅場には慣れてはいないが、聡い子だ。
そういった事を話す余裕も無ければ状況でもない事は察しているはずだ。
だけどその瞳を見れば、本人が現状に不安を抱いているから、とかこちらを信用できないからというわけでは無かった。
むしろこの戦いに行く前よりも遥かに強さを秘めているのを感じて、違和感を感じるがサクラが質問の答えを望んでいるのは理解した。
そしてそれに答えない理由はライダーには無かった。
「サクラ。私の逸話は知っていますね」
「それは……」
サクラが口ごもる理由は分かっている。
その優しさにライダーは警戒を解かないまま、しかしこちらも口元を微笑の形にして気にしないで欲しい、と伝え
「今でこそ私は
「そんな……だってライダーは何も悪い事なんて……」
優しい言葉に、もしかしてサクラは夢を通して自分の過去を見てしまっていたのかもしれない、と思った。
それ自体には申し訳ない、と思うが状況が状況故に謝罪を省いて先を進ませてもらう。
「ありがとうございます。ですが、血に酔ってしまったのは間違いなく私の弱さなのです。」
そうだ。それだけは間違いない。
だって自分はあの時一人では無かったのだ。
意地悪でどうしようもない──しかし優しい姉が二人いたのだ。
彼女達は自分を決して見捨てなかった。
最初から最後までずっと私を案じてくれた。
どちらを取るべきかだったなんて明白であった。
なのに私は大事なモノではなく飢えた欲望を望んだ。
結果が
あの島で、自分達は望めば
後悔する事なんて山ほどあるが、最も強い後悔はこんな馬鹿の自分を、それでも姉達が見捨てなかった事というのは余りにも自儘だろう。
だから、ライダーには望みは無い。
──でも強く思う願い事はあった。
目の前にいる髪も肌もやつれ、瞳の色ですら元々の色じゃなくなってしまった被害者の女。
自分は彼女に触媒で呼ばれたが、それだけでは私との縁は薄かった。
だから彼女に二度も呼ばれたのは私と彼女が辿るかもしれない末路という縁であった。
被害者のまま怪物に陥るその無残さ。
他の誰よりも知っている。
例え、それがアーサー王であっても他の大英雄であっても私の方が知っていると豪語出来る。
誰よりも普通の温もりを望んでいたはずが、自らの手で温もりを破壊してしまう悲劇を私は知っている。
だから、私は彼女の手を何時までも握り続ける事を誓った。
怪物となり、何もかもを否定するしかいない私でもまだ助けれるものがあった、と自分はもうどうしようもないが同じ末路が待っている彼女の運命を守る事は出来る。
妖怪の目論見など知らない。
それが正義に、世界に反する行いであっても構うものか。
今もずっと耐えてきたそんな愚かな少女の精一杯の強がりを私は深く愛しているのだ────
だから、私はそんな誓いをおくびに出さずに、眼前の彼女に届けという想いを込めて、告げる。
「要は私の勝手な自己満足です。サクラ。貴方の幸福が私にとってはかつての弱さを否定出来、何よりも私が嬉しいのです。だから、私なんかなどと言わないで欲しい──貴方は幸福になれる自分を選んでいいのです」
「──」
サクラの瞳から漏れるモノを見て、自然と指でそれを抄う。
そして自然に思った。
ああ、私でもこんな風に人を泣かせる事が出来るのか、と。
悲鳴や苦痛ではなくこんな風に泣いてくれるような事を出来たのかと。
なら、絶対に有り得ない話だが、もしもこの話を姉二人にすれば喜んでくれるだろうか? ──いえ多分、即座に
「あら? マスターを泣かすなんて駄メドゥーサは一体どこまで落ちれば気が済むのかしらね? ね、
「駄目よ
というような事になるに違いない。
だから、悲しいがとりあえず妄想の姉二人を跳ねのけて……いえ諸に土下座しましたがそこは置いといて現在の状況に戻る。
話した時間は数秒でしかないないが、サーヴァントしての感覚がセイバーの急接近を感知している。
このままではサクラも巻き込みかねないので、ライダーは出来るだけ安心できる声音と表情を意識しながら
「サクラ。そろそろここはまた危険になります。離れていてください」
そうしてライダーはサクラの肩に手を置いて避難を促そうとした。
だが、するりと彼女はこちらの手に触れないように一歩離れた。
「……サクラ?」
思わず呼びかける。
たった一つの動作なのに一瞬でライダーの嫌な予感という感覚が倍増した。
私の忠告を聞いてただ離れただけなのなら別に何もおかしくない。
何もおかしくない。
でも、何故サクラは今、
今、何故令呪が必要になる。
もう何もかもが嫌でここから逃げる為に令呪を切るというのならば喜んで負け犬の汚名を被ろう。
もしもサクラがここで全てを断ち切って欲しいと願うなら私は喜んで私の仔を呼び、蹂躙しよう。
この背筋を震わす悪寒は口に出すこともしたくないあの時の悪寒。
怪物に身を変じてしまった──
いけない、と思って言葉よりも早く体を動かそうと思えば唐突に体が重くなる。
否、力が入らなくなる。
原因は明白。
この身を構成し、力とする魔力が一瞬、減少させられたからだ。
魔力供給を極最低限なレベルに落とされたと気付く。
結界の効果で多少は魔力の供給はあるが、この結界は多人数から吸い出すのを得意とはしているが、一人に対して一気に吸い上げるような即時性には欠けている。
今まで送られてきた魔力があるから即座に消えるわけでは無いのだが、力を入れようとしていた自分には致命的なロスであった。
そしてサクラは何時の間にか自分から一歩所か5,6歩くらい離れた場所におり、
そして────
遠坂真も空気の流れが変わったのを察知した。
否、遠坂真所か相対していた間桐臓硯も、今さっきこの広場に辿り着いたセイバーも、恐らくどこかで伺っているであろうアサシンも含めて場の流れとでも言うモノが自分の手から離れたのを察知した。
そして場の中心にいるのは英霊である3人でもなく、戦っていた魔術師二人でもなく
ただずっと今まで耐えてきた女に全てが集まった。
間桐桜が胸に手を当て、その手を逆の手で握りしめ、必死の表情でまるでもう逃げないと言わんばかりの姿勢でポツリと漏らした。
「ずっと……ずっと考えてた……私が生きている理由があるのかなって……」
大きな声ではなかった。
しかし、それは消え入りそうな声というわけでは断じてなかった。
むしろその言葉に込められた熱量は聞いている自分所か見えている英霊二人すら少し息を呑む値がを出していた。
「死ぬのは怖かった。生きるのは辛かった。願いも望みも叶わないのを知っていた」
────
その言葉に最早目の前の爺程度では収まりがつかない怒りが─────湧くのを無視して
知っている。自分は知っているはずだ、と
ガチガチガチガチ、と何かがぶつかり合っている音が聞こえる。
脳がそれは自分の歯から発せられる音だと理解を寄越すが、受け取る自分が何も読み取れていない。
致命的に自分の頭の巡りが遅い事を理解しているのに、何を察知しようとしているのかがわからない為、何も出来ないでいる。
そして不幸を謳っていた女の口が、堅くはあったが、でも笑みの形になり
「でも────そんな意味も持たない自分にも────」
温もりをくれた人がいた。
繋がりをくれた人がいた。
支えになってくれる人がいた。
強さをくれた人がいた。
「生きる意味も、意義も持たない私に、でも一時でも未来があると信じさせてくれた……だから──」
そして桜さんの視線はこちらに向き──────そして微笑んだ。
既視感が遂に確かに記憶となって自分の視界を現在と過去でダブらせた。
右目には現在の桜さんの笑みを。
そして左目には──誰かの為にあるのが幸福だと、そんな綺麗な言葉だけで本当に幸福そうに笑っていた正義の味方がいた。
そう思う前に既に両足は動いていた。
動いていたが、とてもじゃないが桜さんの元に辿り着くには距離が離れすぎている。
ああ、なんだこの愚図な両足は!
間に合わせるために足があるのに、間に合わないのなら無価値過ぎる。
だから、せめて言葉だけでも届けて押し止めようとして──自分よりも早く桜さんの声が届いた。
「ごめんなさい……二人とも」
令呪の輝きが極限にまで輝き、そして
「ライダー。令呪に告げます──
令呪の一画が消費され、命令は正しく実行される。
対魔力もなく、直前に魔力供給をほぼ断たれていたライダーに抗う術はなく、流星のような速度は今こそ主の命令を忠実に現実に生み出した。
肉を貫き、血が噴き出す音が聞こえる。
まるで吸血鬼の心臓に刺す為の杭となった釘剣の先には主の心臓が今も鼓動を打っているのを確認した。
余りの速度に心臓は今も体内にあると錯覚している。
遠坂真の強化された眼球に見えるのはその心臓に気色の悪い蟲のようなモノが取りついているのを確認して、
「ああ──
と自身の無能さにもう殺意も沸かなかった。
つまる所、自分は全くこれっぽっちも桜さんの事、間桐臓硯がどれ程生に固執していたかも分かっていなかった。
こんなの自分の怒りに酔って何もかもに迷惑をかけたクソガキの尻拭いを桜さんに任せてしまっただけではないか。
これならば親父の方が数億倍マシである。
自分だけ満足して、他の全てが死んで、遠坂真君は見事日常に戻れてこれから幸福に暮らせました。めでたしめでたし。
しかし、強化した視界のお陰で。
余計な表情ばかりが全て目に焼き付いてしまった。
間桐臓硯のそんな馬鹿な、という表情。
ライダーの喪失感と悲哀が刻まれた表情。
セイバーの驚愕と歯を噛んだ表情。
そして桜さんのこれで本当に良かった、と満足した表情。
「────────────────ふっざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
そんな自己犠牲一切認めない。
あの正義を否定した時から、自分にはその行為を認める事だけは許されない。
自分を犠牲にして他者を救うというその身勝手で美しい行為は完全否定する。
例えそれによって救われるのが自分の身であろうとも否定しなければいけない。
心臓を貫かれて死に抱かれようとする桜さんを絶対助ける、と決定事項を下す。
心臓を貫かれ、露出している人間を救う術など現代医術は当然として、魔術には方法はあっても材料が無い今、世迷い事に普通にはなるが
──────奇蹟はこの身に宿っている。
「
投影の詠唱だが、工程はほぼ別物になる魔術行使を行う。
自身の投影はあくまでも普通の投影だ。
他の人間よりは剣のみ幾らか手際がいいが、親父のように逸脱した極みには程遠い。
例え今回の投影が、
親父ならこんなの普段の投影より少し工夫を凝らさなければいけない程度なんだろうけど、それは際物芸だ。
だが、やる。
それを行う。
幸い両親に自分の中にあるものを教えられた時にセイバーからも記憶の追体験で実物を見せさせて貰った。
そしてそれは脳ではなく魂に焼き付いている。
行うのに出来るだけ身体が接触しているのが望ましく、額と額が触れ合って目の前に超綺麗で可愛い顔があるわ、すっごいいい匂いがするわ、心臓がさっき破裂させた時と似たような感覚を作るわ、母が嗤うわ、父が微笑ましそうに笑うわしてもう前半は色々とありがとうございました。
後半は説明書と夢の国に連れ出してやるわ、と覚悟を色々作ったがそれはそれ。
だから不可能ではない。
失敗は許されない。
バッドエンド主義なんて知ったことか。
それに何より──彼女の理想がこんな結末を許すはずがない……!
「あ、あああああ……!」
魔術回路が荒れる。
総数三桁を超える魔術回路は、しかし今こそ歓喜に震えた。
今、自分達が酷使されているというおぞましい感触を初めて味わったが故の未知の恐怖であり歓喜だ。
魔術師ならば涙すら流しそうな感覚に、遠坂真は全て知らんし、どうでもいいと切り払った。
必要なのは歓喜でも恐怖でもない。
必要なのは理解だ。
今から摘出するものへの理解。
それのみを念頭に魔術回路を集中させる。
瞬間、脳に溢れるのはそれに込められた願いで会った。
たった一つ、それだけを願った。それだけを望んだ。それだけを欲した。
そうして欲したモノによって得れた笑顔を見る事だけは私の幸福であった。
人々がそうして笑っている光景を思えば、戦場の恐怖も、王の重責も何の負担でもない。
そう──自分の原初の思いはただ一つ
─────多くの人が笑っていました。
それはきっと間違っていないと思います。
だから鞘は私の理想の具現。
人々が願い、祈り、挫け、しかし諦めきれない夢の形。
例え届かぬ夢想の類であったとしても、それでもという想いで歩んで進む先。
その名も
「───
聖剣エクスカリバーの鞘にして永久の守り。
アルトリア・ペンドラゴンが願って、辿り着けなかった理想郷。
五つの魔法も寄せ付けず、所持者のありとあらゆる不浄を祓い清める絶対の守り。
セイバーが失った究極の宝具であった。
遠坂真は手元に現れた触れるのも躊躇われる美麗な鞘を、しかし一瞬だけ憎々しい思いで見つめてしまった。
何故なら分かってしまったからだ。
少女がどんな風に人生を駆けたのかを。
それに対して本当なら本人にも、周りの奴らにも物申したいが、流石に今はそんな事に囚われている場合はないと知っている。
だから即座にセイバーとアイコンタクトをし、セイバーも頷いてこちらにコンマ一秒で近付き、桜さんの祖座にまで運び、セイバーと一緒に倒れる桜に鞘事押し付ける。
「俺の目の前でそんな勝手に死ねると思うなよ……!」
貴方にそんな悲劇のヒロインのように死に方なんて許すか。
貴方はもっと平凡で普通でどうでもいい死に方がお似合いだ。
一発母にぶちかましてやって、それで二人仲良く笑い合ってどっちかが看取って死ぬ。
そんな
……ふぅ……もう、何も言う事がありません……
ははは、19000字とか自分何やってんの……と、とりあえず楽しんでくれれば幸いです……!
うーーん、英字にルビが出来てない……どうすれば出来たんでしょうか? 出来れば知っている人ご教授をお願いします。