ニビシティからしばらく進むとおつきみ山という山があり、その山を越えた先にハナダシティという町がある。そこにはニビシティ同様にポケモンジム……ハナダジムが存在し、水タイプのエキスパートであるジムリーダーがチャレンジャーを待っている。
とある日、そのハナダジムの門が開かれて1人の青年が入ってきた。青年の前に広がるのは、水タイプのポケモンが全力を出せるように作られたジムの中の過半数を占める程の巨大かつ広大なプール……青年はプールサイドを歩き、迷いなく1人の女性……まだ少女と言っても過言ではない見た目のジムリーダーの前にやってきた。
「あんたがジムリーダーかい?」
「ええ、そうよ。私がジムリーダーのカスミ。そういう貴方はチャレンジャーでいいのかしら?」
「そうだ。俺はアンバー……あんたのバッチを頂きにきたぜ」
ニヤァと凶悪な笑みを浮かべ、不遜な態度で告げた青年……アンバーをジムリーダーのカスミは面白そうに見ていた。カスミは少女である故に見た目で侮られることは少なくない。そういった者達に限って身の程を知らずに返り討ちに会うのは世界の真理である。事実、カスミはそういった者達を1人残らず返り討ちにしている。
しかし、だ。目の前の青年は笑みこそ凶悪だが、それは決してカスミを侮っている訳ではない。相手はジムリーダー。だから倒す。言ってしまえばそれだけであり、性別だとか年齢だとかは無視している。カスミとしてはこういった分かりやすい男の方が好感が持てた。
かくして2人はプールを間に挟んでそれぞれの位置に立つ。ここから先は誰にも間に入ることは許されず、勝敗を決するまでジムから出られない。
「私の手持ちは2匹……それを倒しきれば貴方の勝ちよ。ところで、貴方はポリシーはある?」
「ポリシーか……どんな時でもパートナーを信じ、パートナーで勝利する……かな」
「いいポリシーね。私のポリシーは水タイプのポケモンで攻めて、攻めて、攻めまくること。貴方のポリシーと私のポリシー……どっちが強いか勝負といきましょ。さあ行くわよ! マーイステディ!!」
「ヘアッ!!」
カスミが投げたモンスターボールが開かれ、中から現れたのは星、或いはヒトデの形をした、中心にコアと呼ばれる球体があるポケモン、ヒトデマン。別にどこかの地球上で3分しか活動できない光の戦士の親戚ではない。
「さぁ、刮目しな! これが俺のパートナーにして王の中の王! そう!」
アンバーはボールを上に投げ、中からポケモンが出ると同時に戻ってきたボールをキャッチし、右手を人差し指を伸ばしながら天に向ける。自然、かなりの距離があるにも関わらずに見えているカスミは釣られて天を仰ぐ……が、そこには見慣れた天井しかない。
「キングは1匹! このコイだ!!」
カスミはその声を聞いて慌てて視線を正面に戻し、いつのまにか下ろされていたアンバーの指が指し示す場所を見る。
「ココココ!! ココココココココ!!」
「……」
「……」
そこには、必死にヒレを動かしてバシャバシャと水飛沫を撒き散らしている、溺れているようにしか見えないコイの姿があった。
「てめえそれでも魚類かあ!!」
「コッ!?」
「あんた何してんのよ!?」
アンバーは近くにあったビート盤をコイキングに投げ付けた! 急所にあたった! カスミはツッコんだ! しかし無視された!
「泳げないコイなんざ只の非常食だ! そうなりたくなけりゃ泳いでこっちこい!」
「泳げないと分かったポケモンに何無理難題吹っ掛けてんのよ!」
「ココココ!」
「ほら、コイキングも怒って……」
あまりにあんまりなアンバーの言葉に先程感じていた好意的な意識など消え去り、怒って鳴き声を上げたんだとコイキングの方を見てみるカスミ。しかし、カスミが見たのは……右のヒレをビート盤に乗せ、左のヒレを器用に動かしてアンバーの元に健気に泳いで近付いているコイキングの姿だった。その健気な姿に、カスミは思わず目頭が熱くなった。
「コイキング……」
「コ……」
そんな姿にアンバーも感動したのか、優しさを滲ませる声でコイキングを呼んで片膝を付きながらコイキングをプールから抱き上げ、お互いに目を合わせる。
「出来るなら最初からやれえ!!」
「コッ!?」
「血も涙もないわねあんた!?」
「ヘアッ!?」
「ひ、ヒトデマーン!!」
コイキングを床に置いたまま立ち上がり、容赦なく蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたコイキングはプールの水の上を縦に回転しながら突き進み、どこかの岩タイプジムの焼き増しのようにプールにぷかぷかしていたヒトデマンを電動ノコギリの如くギャリギャリ言いながらぶつかり、撥ね飛ばした。
撥ね飛ばされたヒトデマンはカスミの元に落ち、カスミは慌てて駆け寄る。固い背ビレのせいかヒトデマンの体に縦一閃の裂傷があり、コアがゆっくりとしたテンポの点滅を繰り返している。誰がどう見ても瀕死である……ん? デジャヴを感じる? 尺の問題です。また1つ大人になったね。
「くっ……無茶苦茶ねあんた!」
「ありがとう!!」
「褒めてないわよ!! あーもう! 戻ってヒトデマン! 行って、スターミー!」
「フーッ!」
カスミの言葉に対し、アンバーは満面の笑みで返す。その笑顔が無駄にキラキラと輝いているイケメンスマイルだからか、カスミの顔が思わず赤くなる……ところで、アニメのカスミよりもゲームのカスミの方が可愛いと思うのだがどうだろうか?
それはさておき、カスミは顔が赤いままヒトデマンをボールに戻し、最後の1匹であるポケモン……ヒトデマンにもう1匹ヒトデマンをくっ付けて紫色に塗装したような姿をしたスターミーを繰り出す。ヒトデマンに水の石というアイテムを使うとこの姿になる為、別に2匹のヒトデマンがジョグレス進化したという訳ではない。
「さあ、あんたも次のポケモンを出しなさい」
「何を勘違いしてやがる」
「にゃ?」
「まだ俺のコイキングは瀕死になっちゃいねえぜ!」
「まさか!?」
アンバーの自信満々な言葉に、カスミはそんなバカなという気持ちでコイキングの姿を探す。あれだけのダメージ(全てアンバーによるもの)を受けてまだ動けるのか……そう思いつつ視線を動かし続け……そして、見つけた。
「……(ピクピク)」
「……」
「……」
ヒトデマンを轢いても尚突き進んだのであろう、カスミの足下のプールの壁にめり込んでピクピクしているコイキングの姿を。
「スターミー……“サイコキネシス”であいつにぶつけて」
「フーッ!」
とても2番目に戦うことになるジムで使うようなモノではない技……エスパータイプの中で1、2を争う技を使わせ、カスミはコイキングをスターミーの超能力によって壁から引き抜き、アンバーに向かって飛ばす。
時速160km程の速度で主人であるアンバーに自分の意思とは関係なく突っ込むコイキング……そんなコイキングの姿を見て、アンバーは右の拳を握り締め……。
「そぅら絶好球!!」
「コッ!?」
「本っ当に容赦も躊躇いもないわね!?」
拳を振るうことなく右足で蹴りあげた。コイキングは直角に蹴りあげられた結果、天井に突き刺さる。その後重力と自重によってスポッと天井から抜け落ち、アンバーの手の中に落ちる。満足そうな顔でボロボロのコイキングを抱き抱えるアンバー……そんな彼の姿に、とうとうカスミがキレた。
「いい加減にしなさい!! そのコイキングはあんたのパートナーでしょ!? なんでそんな風に暴力を振るったり酷いことしたり出来るのよ! さっきの“どんな時でもパートナーを信じ、パートナーで勝利する”っていうポリシーは嘘なの!?」
「そんなことはない。俺のポリシーはその2つだし……そして、俺がこうしてコイキングを扱ってるのは理由がある」
「理由……?」
それは、ニビジムでのジム戦を終わらせ、タケシの通報を受けてアンバーを捕まえにきたジュンサーさんとねっとりしっぽりと熱い夜を過ごした日の翌日。
アンバーは次のジム戦の為にハナダシティに向かうつもりだった。だが、ニビシティとハナダシティの間にはおつきみ山が存在しており、そこを越えなければならない。勿論アンバーも越えてきた訳だが、その越え方が問題だった。
「いいかコイキング……俺は今からお前を投げる。そして投げたお前の上に乗り、そのままハナダシティに向かう……いいな?」
「コッ!」
今の説明で分からない人達は“タオパイパイ”という名前を調べてみよう。因みに、コイキングはアンバーの言葉に頷いている……縦に。
有言実行、アンバーはコイキングの顔を鷲掴みして全力で空に向かって投げ、投げたコイキングにジャンプして追い付くという人外っぷりを周囲の人間に披露した。
「うおおおおっ!!」
「ココココー!!」
空中にいるコイキング。その少し上に並行に跳ぶアンバーの姿がある。タイミングも位置取りも完璧。そして、アンバーの脚がコイキングの体に触れ……。
「投げる方角間違えたああああ!!」
「コッ!?」
恥ずかしかったのか、それとも悔しかったのか……顔を赤くして泣きながらコイキングを蹴り抜いた。
地面に墜落してクレーターを作り出したコイキングと、特に問題なく着地するアンバー。彼はクレーターに近付き、ヤ無茶しやがってと言いたくなる状態のコイキングを見る。そして気付いた……元から赤い体をしているコイキングが、更に顔を赤くしてハァハァと荒く息をしていることを。
「ま……まさか……」
「そうだ……そのまさかだ」
カスミは顔を青ざめさせ、アンバーに抱き抱えられたコイキングを見る。散々アンバーの理不尽かつ意味不明な暴力に晒されておきながら、その姿に怯えは含まれていない。故に理解した……理解して、しまった。
「コ……♪」
━ このコイキングは……ド M で あ る と ━
「さあ、誤解を解いたところでバトルを再開しようか……さあ行けコイキング!」
「っ! スターミー、“みずのはどう”!」
アンバーはコイキングをプールに投げ入れ、カスミは直ぐ様反応してコイキングが通るであろうルートを予測し、そこに向かってスターミーに技を使うように指示する。その指示にスターミーは応え、みずのはどう……振動している水を体から放った。
そしてそれは……コイキングに当たることはなかった。予測した場所にいなかったことにカスミは驚愕する……が、コイキングの姿を発見したことで、その理由を理解した。
「ココココ! ココココココココ!」
こ の コ イ キ ン グ は 泳 げ な い 。
「スターミー……“こうそくスピン”」
「フーッ!!」
「コッ!」
疲れたように指示するカスミ。スターミーはそれに応えて体を高速で回転させ、溺れているコイキングに突撃する。こうそくスピン……ゲームでは決して威力の高い技ではないが、現実ではポケモンの重量と突撃する速度、更には高速回転とどう考えても殺す気しかない技である。コイキングは泣いていい。
そして溺れているコイキングが避けられるハズもなく直撃し、幸か不幸かアンバーの足下に叩き付けられた。ボロボロの姿は正に瀕死。そんな姿を見て、アンバーは憤怒の表情を浮かべた。
「俺のパートナーをよくも……許さねえぞタツミぃ!!」
「あんたが言うな! それから私はカスミよ! 終わらせるわよスターミー! もう1回“こうそくスピン”!!」
「フーッ!!」
筋違いというかどうしようもないというかそんな感じの怒りを言葉にするアンバー。それに対し、カスミは名前を間違えられた挙げ句納得いかない怒りを向けられ、もう付き合っていられないとばかりにトドメを刺しにかかる。
「ハッ! お前のポケモンが“スター”だっつうんなら……」
「ココココ!?」
スターミーが高速回転しながら向かってくる中、アンバーはコイキングの立派なヒゲを両手で掴んで左右に引っ張り、片足で後方へ押し込む……さながらパチンコのように。そして痛みのせいか泣いているコイキングを無視して限界以上に押し込み……解き放つ。
「こっちは“ロケット”で突っ込んでやらぁ!!」
「ゴッ!?」
「フッ!?」
「スターミー!?」
瞬間、コイキングはさながら“ロケットずつき”のように勢い良く飛んでいき……スターミーの高速回転をモノともせずに真っ向から打ち破った。
その結果としてスターミーは戦闘不能となり、カスミは嫌々、不承不承、仕方なく、ジムバッチであるブルーバッチをアンバーに渡したのだった。
「どうだ。ポリシー通り、パートナー“で”勝利してだろ?」
「パートナーで勝利するってそういうこと!?」
こうしてアンバーとコイキングの第2の戦いは終わった。この後も幾度となく彼らは戦い、その身に傷を負いながらも勝利することを諦めないだろう。負けそうになり、逃げ出したくなることもある……だが、彼らはそれでも尚勝利するのだ。
頑張れアンバー! 負けるなコイキング! 500円の魂を引っ提げて、目指すはポケモンマスター! さあ! 右手の人差し指を伸ばし、天高く掲げて叫べ!
キングは1匹! このコイだ!!
「この後、ジムの壁を突き破ってポケセンに突っ込んだコイキングを抱えて文句を言いに来たジョーイさんとジムの修繕費を要求してきたカスミの2人を言葉巧みに言いくるめ、ジュンサーさんが満足した技術を使って初めての多人数による寝かさない夜を過ごした」
「い、言うなバカァ!!」
壁を殴っても……いいのよ?(ゲス顔
はい、中編のつもりですので戦闘はさっくりです。基本的にアンバーが(コイキングで)ダメージを与えます。コイキングはドMなのでアンバーの理不尽は御褒美です←
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