Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】 作:faker00
「それではお母様、行って参ります」
「ええ、あの娘──桜にもよろしくね、凛」
桜──その名を呼ぶ前に、いつもと変わらず少し躊躇いが入る母葵、そんな彼女に見えないように、遠坂凛は視線を下に落とし靴を履きながら溜め息を付いた。
今彼女がどんな顔をしているのかは、その表情を全く見ずに靴紐を結びながらでもはっきりと分かる。今はまた仕事で海外へ飛んでいるおじさんもそうだが、母も母で我が親ながらじれったいものだ。
「人間根っこが似た人を好きになるっていうなら、強ちおかしなことでもないのかなー」
「──? 何か言ったかしら?」
「いいえお母様、それでは。今日は衛宮の家に泊まりますので」
「いってらっしゃい」
穏やかに手を振る葵に手を振り返し、真っ赤なボストンバックを肩に抱えて凛は坂道を下る。
最近は随分と日が長くなってきた。夕陽を正面から受けながら、彼女は目を細めるのだった。
「こんにちはー。失礼します」
「お久しぶりです、遠坂様。旦那様より話は聞き及んでおります」
「お出迎えありがとうセラ、切嗣さんも確か仕事でしたっけ?」
「はい、その為今晩屋敷にいるのは私達二人とリーゼリット、イリヤお嬢様と桜お嬢様になります」
「女の園って訳ね。うんうん、やっぱりお泊まりってやつはこうじゃないと」
この家ももう勝手知ったるもの。
外泊と言うよりは、まるで実家への帰省のような気軽さで凛は武家屋敷の門をくぐる。
玄関を空けると、当然のように側で出迎えるセラのエスパー染みた家政婦スキルにも良い加減慣れた。
まるでルーティンの如く流れるようにセラへ荷物を預け、一言二言雑談を交わす。
雁夜がいないのは当然の事として把握していたが、どうやら今日はいつも自分が来る度に猫可愛がりの様相を見せる家主である切嗣も不在であるらしい。
その言葉に、凛は小さくグッと手を握る。
これは都合が良い。彼の事を嫌っているわけではない、むしろ好きな部類ではあるが、今日は女の子だけで集まり、時間を共有すべきなのだ。
男と女の境界線は深く、越えるのは不可能に近い。
それは魔術が魔法を越えられないのと同じように、実質的に普遍の事実なのである。
「イリヤと桜は部活……となると戻ってくるのは夕方になってからよね。今日やらなきゃいけないことはもう終わらせてから出てきたし……」
母屋の一室はほぼ彼女専用になっている。
扉の中心に凛、と書かれたプレートが貼っている現状に誰も文句を言わなければ、違和感もないほどに。
当然部屋の中も既に凛好みに内装からセッティングされており、自室と何も変わらない。
その全体的に濃い赤を基調とした部屋、その一角を締めるベッドに彼女は腰を下ろす。
「あと大体4時間、今日は夜も長いし……」
少し休んでも良いだろう。
ポスン、と柔らかいベッドに沈み込む。
凛がその意識を手放すまでに、そう時間はかからなかった。
────
「と、言うことで、そろそろ会議を始めるわよ!!」
「お、おーう……」
「リンうるさーい。私そろそろ眠いんだけどー」
「シャラップよイリヤ! 士郎から明日部活が休みなのは調べがついているわ!」
時は経ち、夜も9時を過ぎたころ。
気だるそうに布団に寝っ転がるイリヤ、何とも言えない表情で控えめに声を上げる桜
そんな二人を前に凛は高らかに"女子会"の開催を宣言する。
布団が三組敷かれた和室には似合わないホワイトボード、そこには大きな文字で「お母様と雁夜おじさん、良い加減くっつけ大作戦」と半ばやけくそ気味にも思える殴り書き。その文字からは煮え切らない何かへのストレスが沸々と沸き上がっている。誰が主催であるかは明白だ。
「だってー」
「だってもなにもない! あんただって叔父さんがお母様と結婚すればこのエミヤの屋敷に来ることも減る=切嗣さんを独占できる時間が増えるってことで利害一致したはずよ」
「それはそうだけど」
いつもならイリヤと凛のやり取りでここまで一方的にイリヤがやり込められることはほぼない。
この二人のパワーバランスは見事に五分なのだ。しかしながら、今日は違った。
鬼気迫る凛の剣幕に、渋々といった風にイリヤは引き下がる。
「あのー……ねえさん? 一応聞いておきたいのですが私の意思は?」
「桜、貴女の気持ちはよーく分かってる。雁夜おじさんラブの桜にとっては確かに辛いかもしれない
でもね、20年近い半分ストーカーじみた恋路をどうにかするのは無理ってものよ」
「……」
撃墜。
おずおずと手を挙げた桜へ凛からの無慈悲な鉄槌が突き刺さる。それはもうグサグサと。
「うわー、最低のど直球ね」
「でもね桜、貴女にもメリットが無い訳じゃない。お母様と叔父さんが結婚すれば、貴女と叔父さんは父娘の関係。今時の父娘関係は密接よ?
貴女とおじさんなら腕を組んでイチャイチャお買い物デート、なんてのも決して夢物語じゃないわ!!」
「イチャイチャお買い物デート……!!」
そして瞬時に陥落。
昔の、あの第四次聖杯戦争以前の彼女を知る者からすれば想像もつかないような夢見心地に両手を胸の前で合わせると、どこか虚ろ眼に視線を斜め上へ泳がせる。
「ねえさん! 私、協力します!!」
「貴女なら分かってくれると思ってたわ桜!!」
数秒後、固く握手を交わす二人。
内容の不穏さ不自然さを覗けば見るからに仲の良い姉妹そのものである。
そんなよく分からない空気に乗り遅れた人物が一人。急ピッチで展開していく茶番をイリヤは何とも言えない表情で見つめ
「なにこれ」
ほんの僅かばかりの抵抗と呟いた。
「で、実際どうするつもりなの、リン。カリヤのウジウジ具合は問桐の蟲蔵もびっくりの暗さよ。あれがまともな神経してるならもう5年は前にこの問題は終わってると思うのだけど?」
「ふふ、その点は抜かり無いわ。私を誰だと思ってるの? この間空港に迎えに行った時に布石はばっちりよ!」
「流石ねえさん! 頼りになります!」
自信満々の表情で堂々たるサムズアップを決める凛にイリヤは"遂に強行手段に打ってでたわね。それとも脅迫かしら?"と、声にはしない感情の目線をぶつけるだけに留める。
今日のリンは"無駄に"強い。加えて色んな意味で緩衝材の桜まで完全に向こう側の人間だ。細かいところで声を上げるだけ無駄というものだろう。
「取り敢えずいきなりデートはハードル高い……あのおじさんにそんなこと出来るとは思えないから、取り敢えず明日お母様とおじさんを家で会わせるわ」
「あ、そこまで話はついてるのね」
「そ、私達の仕事はここからよ。桜、貴女も明日は家に来なさい」
「私もですか?」
「そうよ。私はおじさんをどうにか上手いこときょうは……もとい、誘導するから、桜にはお母様を動かしてほしいの。おじさんの影に隠れてるけど、お母様の奥手さもぶっちゃけ異常よ。自分だけ幸せになる引け目とかあるんだろうけど……あれからもう10年、御祓には充分すぎるわ。そろそろお母様にも幸せになってもらわないと
けど、私が言ったところで意固地になるのは目に見えてる。でも桜には強く出られない。そこを利用させてもらうわ」
「なるほど……お母様の性格的には変化球気味の方が良いでしょうか? 然り気無くというか」
「いや、お母様はおじさんと違って勘も良ければ頭も良いわ。変なことするよりもストレートに行って諦めさせる方が……」
「ねー、ちょっと良いかしら?」
「「なにかしら(なんでしょうか)?」」
息ぴったりに話を進める凛と桜、その間で一人置いてけぼりになっていたイリヤが手を挙げる。
その表情は、渋い
「この会話、私いる? リンとサクラの二人だけで充分だと思うんだけど」
「そんなことないわよ。イリヤにもちゃんと手伝って貰わないといけないもの」
至極全うに見える問いに、やれやれと言わんばかりに凛は肩を竦める。
それがこの良く分からないテンションによるものだとは分かっている。分かっているのだが……アメリカのジョークコメディを思わせるオーバーさに、イリヤは眉間にシワを寄せる。
「何をよ?」
「切嗣さんの動きを封じておいて欲しいの。おじさんのことだから逃げるとしたらそこ一択。逆にいうと切嗣さんさえ抑えれば、例え察した所でおじさんはもう腹括るしかないわ」
「ふーん、まっ良いけど。やり方は何でも良いのよね?」
「もちろん。はい、どうせそう来ると思って用意してたわ」
「なによこれ?」
「わくわくザブーンのペアチケット。ほんとはプランの1つだったんだけど……冷静に考えたらおじさんには無理ね。お母様の水着姿見たらKO待った無しだし貴女にあげる」
「交渉成立ね。冬木ハイアットホテルの最上階とディナーは抑えておくわ。後はご自由にどうぞ」
「流石は箱入り娘のお嬢様、話が早くて助かるわ」
交渉成立。
いつの間にか布団から這い出たイリヤも凛と拳を合わせる。
議論はここから熱く、加速していき、気が付けば深夜と呼べる時間帯に突入していったのはいうまでもない。
そしてその頃、新都のファミレスでノートパソコンを開いていた雁夜が一つ大きなくしゃみをしたが、お節介な三人娘が自分の将来を勝手に会議していることなどそこからは想像もなかったのも、また一つ必然として言うまでもない事実である。
お久しぶりです
テンションはもはやホロウ
ちょこちょこ短編を……不定期的に更新できればと思います
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