Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第14話 遠坂邸へ

「ったく……いくら面識があるっつっても自分のマスターと敵のサーヴァントを一緒にして自分は音沙汰なしなんてするかね普通」

 

「アーチャーの考えてることは俺も分からないから……すまないなランサー、わざわざ案内なんてさせちまって」

 

 本来なら横にいなければならないのだが、現実にはどこにいるのすら分からないアーチャーに不信感剥き出しのランサーに雁夜は頭を下げた。

 

「あ? まあ良いってことよ。元々出迎えに出たのは命令じゃなくて自発的にだしよ」

 

「自発的……?」

 

「そりゃどう考えてもおかしいからな。ここは間違いなく魔術師、それも命のやりとりをする敵対勢力の工房だ。如何に対談を正式な形で申し込んだとしてもお前みたいなひよっこ一人が手ぶらで来るなんて違和感しかねえ。なんか裏があると思うのは当然だろ」

 

「あ――」

 

 一歩前を行く槍兵が振り返ることなく前を向いていたのは雁夜にとって幸運だったといえるだろう。

 もしも振り返っていたなら、己の認識の甘さに羞恥と情けなさで蒼白と紅潮が入り混じったなんと言えば良いのかすら分からない表情を晒すはめになったのだから。

 

「それだけって訳でもねえけどな。逆も考えてた」

 

「逆?」

 

「お前も知っての通り俺のマスターは魔術師らしい魔術師だからな。会談が始まってない以上仮にお前が手ぶらだと確信がいったなら、ここに辿り着くまでに殺しにかかっても何らおかしくはない。ま、霊体化してるかどうか見抜くのは至難の業なうえ、それ自体も何らかの戦略の可能性も否定出来ない以上そんな危ない橋を渡ろうとはしないだろうが」

 

「流石にそれは――」

 

 ない、なんて言いきれない。

 これから顔を突き合わせることになる宿敵の姿を思い浮かべて雁夜の楽観的言葉は一気に萎み、言い切られることはなかった。

 それどころか、あの冷徹漢なら何も躊躇わずにやるだろう。そうに違いないとむしろ逆の方向に納得する。

 すると不思議なことに、今まで嫌悪感から背中に走る虫唾は置いておくとして、それさえなければ幻想的にさえ見えていたこの遠坂邸の長く続く厳粛な雰囲気漂う廊下が、まるでお伽話に出てくる魔王の城のように邪悪かつ汚いものに見えてきて、雁夜は視界をランサーの背中のみで埋め尽くすのに注力する事に決めた。

 

「だろ? バカが勝手に乗り込んできたってんなら死のうが何しようが別に構わねえが、こういう形ならそりゃ興醒めってもんだ。つうわけで俺は時臣の部屋までお前のボディガードも兼ねてるって訳だ」

 

「……ありがとうランサー」

 

「良いってことよ」

 

 ひらひらと右手を振るランサーを流し見ながら、雁夜は何処にいるとも知れないアーチャーに心の中で毒づいた。せめて家出るときに警戒するよう忠告くらいはしてくれてもいいだろうと。

 もしかしたらランサーがこうすることを見越していた可能性もあるが……今考えると不用心にも程があるというものだろう。

 

「にしてもマスター同士の1対1、俺達サーヴァントをも排除しての会談をお望みとは穏やかじゃねえな」

 

「色々あるんだよ、あいつとは」

 

 本当に色々だ。雁夜は無意識に表情が固くなっていることに気がついた。どうやら思っている以上に自分は遠坂時臣という男を嫌っているらしい――自分の中で見極めるための会談だというのに、こんな無駄な先入観があっては話にならないじゃないかと雁夜は数度頭を振った。

 

「ふーん……ま、俺が気にすることでもねえか。人の詮索ってのも趣味じゃねえしな。それに――」

 

「いでっ……あ――」

 

 ごつっと、まるで壁にぶち当たったかのような衝撃を額に感じ雁夜はよろけそうになる。顔を上げたところランサーが振り返って呆れ顔をしているのを見るに、彼が立ち止まったのに気付かずにぶつかったということなのだろう。

 雁夜は直ぐに謝意を込めてランサーに手を上げ……目的地に辿り着いたことに気がついた。

 

「んじゃ、後は2人で気の済むまで話してこいや。お前が出てくる頃には俺も戻ってきてるからよ」

 

「ああ、ありがとな」

 

 それだけ言うとランサーの姿が霞と消える。初めて同じ様なことをアーチャーがした時は知識として知ってはいたものの、実際に見た衝撃は大きくとても驚いたものだが今の雁夜はさしたる感慨を抱くこともなかった――と言うよりも、そんなことに気を取られている余裕がなかったという方が正しいかもしれない。

 

「――」

 

 重厚感溢れる扉の前で、雁夜はごくっと唾を飲んだ。この先には、幾度となく恨んだ宿敵である遠坂時臣の姿があるのだ。様々な思いが爆発しそうになり、それは身体全体へと広がっていく。

 

「まあ1ヶ月も前なら目の前真っ白でとりあえずブチ切れるだけだったろうからなあ……」

 

 ドアノブに手を掛け――その手が震えている事にようやく気がつく。とりあえず1つ深呼吸を入れると雁夜は客観的に自分を見て苦笑せざるを得なかった。

 確かにある意味こちらの方が難しいだろう。好き放題感情を恨み辛みとともにぶつけるのと、理性を保ち相手、それも顔を見るのも嫌な相手の言い分も理解しながら求める答えを出す。後者のほうが楽と応える人物がいたらそれはかなり珍しいはずだ。

 しかし、それにしても対峙する前からこのざまでは身体が持ちそうにもない。

 

「うし……行くか」

 

 そのまま微動だにせず心を落ち着けること数秒。いよいよ決意を固めた雁夜はその扉を開いた。

 

 

 

 

 

「やあ、待っていたよ。間桐のマスター、まさか君のような落伍者にこのような立場で合うことになるとは思いもしなかったがね」

 

「遠坂……時臣……!」

 

 その決意は、現実の前には無力だったのだが。

 

 何か思考する間すらなかった。一瞬にして頭の回路が焼き切れたように真っ白になる。次に雁夜の意識が捉えたのは、自らの拳が時臣の頬にめり込むその瞬間だった。

 

 

 

―――――

 

「遠坂時臣と話がしたい……それも二人でだと?」

 

「ああ」

 

 いつものように何を考えているのか分からないアーチャーの白けた目が雁夜を貫き、それに対して苦笑したのは英霊達の問答の翌朝、雁夜の怒りが沸点に達する前日のことだった。征服王のやることは分からない。あれだけの宝具を見せつけておいて結局「今宵は語り合うだけと言っただろう? このようなだまし討ちで貴様らを討ち取っても何も面白くないわ!」と引っ込めてしまったのだから。

 もはや何ら違和感のない日常になりつつある――同時に見るからにアーチャーがもっとも充実感に溢れている――彼の手料理に彩られる食卓を囲みながら雁夜は一晩考えた結論を彼にぶつけることにした。

 

「――」

 

「あ……桜ちゃんはお部屋に戻っていてくれるかな? おじさんはおじちゃんと大事なお話しがあるんだ」

 

「はい……分かりました。おじさん」

 

 大事な話をする時は大概こうだ。若干の罪悪感を覚えながら、雁夜はぼーっとテレビを見ていた桜に部屋を出るように促し、彼女も何かしら察しているのか文句を言うこともなく――実の父の名前が出たと言うのに反応すらしないというのも悲しい話なのだが――ぺこりと頭を下げると居間を出る――

 

 

 

「何か考えがあってのことなのだろうが……なぜこのタイミングだ? 聖杯戦争はここから苛烈さを増していく。加えて最大の懸念でもあるキャスターの件も未だ蹴りがついていない」

 

「特に理由はないけど……強いて言うなら昨日のお前達を見てたら勝手に踏ん切りがついたというかさ。細かいことでグジグジして行動を先延ばしにするのがバカらしくなっただけだよ」

 

 それを見届けると、また例のごとく部屋の緊張感が増す。真剣になったアーチャーの醸し出す触れたら身が引きちぎれそうな緊張感は何度体感しても慣れそうにない。

 雁夜は急激に乾いた喉に唾を飲むと、そう素直に告白した。

 

「あれか……やはり慣れないことはするものではないということか」

 

「なんだよ。円卓の騎士様の演説はかっこ良かったぞ。なにせあのアレキサンダー大王と渡り合ったんだ。なんなら教科書にアーチャーの写真をデカデカと載せても俺は文句ないくらいだ」

 

「茶化すな。そもそも私はそんな素晴らしい英雄ではない」

 

「じゃあなんでセイバーに肩入れしたんだよ。俺だってお前の性格はいいかげん把握してる。良く見知った仲間でもない限りあんなことするわけないだろ。と言うよりもそうじゃなきゃあんな分かったようなこと言えないっての」

 

「――――」

 

「アーチャー……俺に黙秘しても意味ないだろ……だいたいセイバーが分かんない以上正体はバレようもないんだし」

 

 機嫌の悪そうな仏頂面で無言になるアーチャーに雁夜は大袈裟に嘆息する。

 アーチャーの昨夜の振る舞いは、雁夜が知る限り初めての失態に見えた。あれ程にまでセイバーに肩入れし、することができるのは間違いなく彼女とともに時代を駆けた戦士……実力等も考えると円卓の騎士のいずれかしかありえない。

 そしてそれはどの陣営も感じたことだろうと雁夜は踏んでいた。幸いにしてそれでもセイバーは誰か分かっていなかったようなので、この時点で真名がバレたということはないだろうが。

 

 しかし、何故それを未だマスターである自分にまで隠し、頑なに認めようとしないのか。そこに関しては腑に落ちなかった。

 

 

「……本題に戻ろうか。なるほど、あの場にいたのはどんな末路であろうと自らの道を"やりきった"ということは共通する。そこに感化されたと言うのは確かに分からんことはない」

 

「おい、なんでちょっと当たり強くなってるんだよ」

 

 今回もその方針に変わりはないらしく、アーチャーがまるで今の話は無かったかのように話をもどそうとする。

 

「気のせいだろう。だが雁夜、本当に分かっているのだろうな?」

 

「何がだ?」

 

「遠坂時臣と話すということの意味をだ。私と出会う前の君ならともかく今の君は別だ。もう突き付けられた現実から目を背けるような無様な真似はしないだろう……だがそれは同時に、良くない答え、君にとって最悪の答えが返ってきたとしても逃げ場が無い事も意味する。

 君は……仮に自らの理想を"自らの手で打ち砕く"のが最善だという結論になったとして、その時君自身を保てるか?」

 

「なんだ、心配してくれるのか。アーチャー」

 

 自らの理想は空想だ。雁夜はその事実を、目の前で己を試すように見つめる男にかつて半ば無理矢理自覚させられた。  

 どうあったとしても逃げようのない矛盾。それを知って雁夜が未だ前を向いていられるのは、その結論を、早急にやらなければならないことでもないと先延ばしにすることが出来ていたからである。

 それ自体は決して恥ずかしい事ではない。重要な事であればあるほど人は時間一杯まで悩むものだし、悪い言い方だと遠ざけるのは至って普通の行動だ。

 しかし、今の雁夜がやろうとしている行動は意図的にその時間をゼロにすることに他ならない。

 アーチャーが聞きたかったのはそれなのだろう。そして、雁夜の答えは決まっていた。

 

「けど大丈夫だ、覚悟はある」

 

 それも分かったうえでだ。雁夜はテーブル越しにアーチャーに断言する。

 もとよりいずれ決着をつけなけれならないこと、早ければ早いに越したことはない。ただ、今まではそのきっかけがなかっただけであり、それをあれだけ完璧な形で魅せられた以上渋る理由はどこにも無い。

 

「――そうか。君がそう言うなら私からは何も言うまい……となるとどう接触を図るかということだが」

 

「爺には俺が直接話をつける。あいつの望みが聖杯であり、俺のこの行動もその為である以上交渉の余地くらいはあるだろ」

 

 アーチャーは何も言わない。止めないということは少なくとも反対する訳ではないだろう。その姿を見てから、雁夜は蟲蔵の暗惨たる空気を思い出し陰鬱な気持ちになりながらも席を立つ。

 

「ああ、そうだアーチャー」

 

「なんだね?」

 

「もしも……もしも話した結果、俺が出した答えがアーチャーを裏切るものになったとしたら……アーチャーはどう思う?」

 

「……私も行こう。やはり君だけでは、あの老人に交渉を申し込むのは不安がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 何時の間にか、その鼻持ちなら無い顔を吹き飛ばすイメージが、幻視される程鮮明なものとして出来上がっていた。

 その醜くも耽美なイメージから正気に戻った雁夜は今にも振り上がろうとしていた右腕を全霊を持って抑えつける。

 

「とりあえず座りたまえ。いくら君が下賤な者であったとしても、これが旧知の仲である間桐家からの正式な申し入れによる会談である以上客人として丁重にもてなすのが遠坂の当主としての責務だ。私もそのように振る舞おう」

 

 ――ああ、これだ。この1つ1つがどうしようもなく……腹がたつ。

 雁夜は改めて腸が煮えくり返る思いだった。そのすまし顔で、自分が絶対の正義と信じて疑わず、ただ唯我の為に傲慢に振る舞い人を見下して生きる。それがこの男だと分かっていたはずなのにと。

 

「いいや、茶とかならいらないから早く済ませようぜ。俺から話す事は1つだけだ。それを済ませたら直ぐに消えてやるからよ」

 

 その心情からすれば、普段とは似つかないその言動もかなり理性的に抑えたものと言えるだろう。

 雁夜は掌に爪が食いこむほど強く拳を握りしめながら、いかにも高級そうな椅子へ乱暴に腰を降ろす。

 

「……やはり分からんな。君のような者が聖杯に選ばれるなど……」

 

「御託は良い! さっさと座れ! 時臣!!」

 

 蔑むような感情を隠そうともせずに見下す時臣と、今にも暴走しようとする感情を押さえ込むのに手一杯な雁夜。

 既に会談など決裂したかのように険悪な空気の中、時臣も雁夜の正面に座る。明らかな不快感を隠そうとせず、それでいてもなお優雅さを失わないのは彼の生き方のなせる業なのか。

 

「――」

 

 そして、雁夜にはそれすら癇に障る。

 間桐雁夜は遠坂時臣が嫌いだ。それこそ世界中の誰よりも。だが――それはある意味遠坂時臣という人間の実力を誰よりも認めているからでもある。

 だからこそ気に食わないし怒りは際限無く募る。なぜ、葵さんを泣かせた? 桜ちゃんを苦しめた? お前には彼女達を幸せにする力があると信じていたのに! だから身を引いたのに!――その思いが逆恨みなのも、今の雁夜は理解している。けれども、それでも納得いかないのだ。 

 

「それで、その本題とやらを聞かせてもらおうか」

 

「時臣……貴様、なぜ桜ちゃんを間桐に養子に出した?」

 

 そして、冷たい会談の幕が開く。

 

 

 

 

 

 







トッキーvsカリヤーン、いよいよ直接対決ございます

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