もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第六十話 「黒猫」

――――デビルーク王が敗北した。

 

 

その衝撃は瞬く間に銀河中に広がった。宇宙を統一しているデビルーク星の王であり、銀河最強の男の敗北。もちろん、すぐにそれを人々が信じたわけではない。それほどまでにギドの強さは知れ渡っている。あのデビルーク王が負けるわけがない。何かの間違いだろう、タチの悪い冗談だと誰もが信じた。だが、それが真実なのだと認めざるを得ない事件が起こる。

 

 

エヴァ・セイバーハーゲンの復活。

 

 

かつてこの宇宙を二分し、デビルーク王と唯一渡り合ったとされる存在。先の大戦で倒されたとされたエヴァが復活したのだ。その手腕は全く衰えておらず、すぐさまかつて彼女が率いていた星たちを傘下にし、デビルークの統治に不満を抱いていた反乱分子を取り込みながら連合軍を結成。デビルークへ宣戦布告。

 

 

宇宙の混乱をそのままに今、第七次銀河大戦が勃発したのだった――――

 

 

 

「第七班、報告はどうなっている!? 敵の総数は把握できたのか!?」

「第一班より緊急連絡! 損耗率が20%を超えています! 撤退の指示を!」

 

 

怒号のような声が錯綜し、まるでその場が戦場であるかのように会議室は混乱に陥っている。デビルークで一番大きな会議室。普段であればその豪華な装飾品や雰囲気から迎え入れた相手を癒す場所なのだが今はもはや見る影もない。今この場はもう一つの戦場。戦時の指令室となっているのだから。

 

その中に、およそその場にいるのが似つかわしくない女性がいた。ドレスを身に纏った宇宙で一番美しいとされる女性、王妃セフィ・ミカエラ・デビルーク。だがその纏っている雰囲気はいつものそれではない。ヴェールをしていなくても、その顔が険しくなっていることをその場の誰もが悟っていた。

 

 

「王妃、ただいま戻りました」

「ザスティン……状況は?」

「は! 命令通り第三次防衛線を構築。我が軍の兵士たちの奮闘もあり、劣勢を覆したのですが……すぐさま、防衛線は突破されました。あの女一人の手によって」

「そう……やはり、そうなるわね」

「このままでは最終防衛線も……そうなれば後は同盟国であるメモルゼ星だけに……」

 

 

頭を下げながら親衛隊長のザスティンが報告してくる内容をただ黙って聞くことしかできない。ザスティンは表情が苦渋に満ちているのは隠しきれてない。だがそれは自分も同じ。こうなることは自明の理。しかし、それ以外に打つ手がないのが今の現状。

 

 

(やはりエヴァね……あまりにも動きが早すぎる。それにこの布陣と状況……間違いない、最初からこの時を想定していたのね)

 

 

そのままスクリーンに映し出されている現在の状況を確認する。戦力の総数はこちらに分がある。確かに反乱軍の数は多いがそれでもこちらは銀河最強と謳われているデビルーク。兵の数も、練度も反乱軍を上回っている。しかし、反乱を起こしている星の位置や数が問題だった。その全てがこちらにとって警備が手薄な、急所となり得る地点。かつてエヴァが率いていた者たちだけではなく、それ以外の星たちもデビルークに反旗を翻してきている。とても昨日今日でできるものではない。もしかしたら先の大戦すら、この大戦を見越した布石だったのかもしれない。深謀遠慮。かつて魔人とまで恐れられたエヴァの恐ろしさ。

 

だがそれに臆していたわけではない。確かにエヴァには及ばないものの、自分もまた知略、指揮能力には長けている。この盤面でも勝つことはできなくとも、膠着させることは可能。そう、エヴァ自身という最強の札がなければ。

 

 

(いくらこちらが戦略的優位を築いても、たった一人にそれを崩されてしまう……これが、デビルークの恐ろしさ……)

 

 

背中に伝う汗の冷たさに戦慄するしかない。今のエヴァはデビルークの力を手にしている。それによってエヴァはこちらが突破しようとしている場所、戦力を集めようとしている場所をピンポイントに襲撃し、こちらの戦線を崩壊させ続けている。どんなにこちらが知略を巡らせ、優位を得ようと一瞬してそれは消し飛ばされてしまう。希代の天才と呼ばれたエヴァによるそれはまさに反則と呼ぶに相応しい。

 

かつてはギドという札がこちらにはあった。だがそれは今はない。相手にそれと同等の札があることの恐ろしさ。同時にこれまでその状況でこちらに対抗していたエヴァの恐ろしさ。

 

ギドが力で自分が知。それがこれまでデビルークが宇宙を統一できていた理由。その片翼がもがれてしまった今、崩壊するのは時間の問題。

 

 

(ギド……ララ……)

 

 

ただここにはいない、愛する夫と娘を案じる。本当ならこの場を捨てでも助けに行きたい。でもそれはできない。そんな力は今の自分にはない。何よりもここには残された娘たちが、星の住民たちがいる。それを守ることが今の私の役目。

 

 

妻として、母としての自分を律しながら、デビルーク王妃としてセフィ・ミカエラ・デビルークは指令室という名の戦場で戦い続けるのだった――――

 

 

 

厳戒態勢になり、誰もいなくなってしまっているデビルークの庭園で一人の少女がうずくまってしまっている。ただ聞こえてくるのはその泣き声だけ。

 

 

「うぅ……ぐすっ……ひんっ……」

 

 

少女、ナナはただ泣き続けている。悲しいことがあるとここで泣いてしまうのがナナの癖。だがその姿は今までの物とは違っていた。

 

 

「っ!? ナナ、こんなところで何してるの!? シェルターに避難するように指示があったでしょう!?」

 

 

そんなナナをようやく見つけたモモは慌ててナナへと近づいていく。だがその表情は苦悶と焦りに満ちている。とてもいつものモモが見せるような姿ではない。だがそれも無理のないこと。今、デビルーク星は戦時体制にあるのだから。

 

 

「さあ、早く! いつここが危なくなるか分からないんだから……」

「もういい! どこにいたって一緒だろ!? あたしだってそのぐらい分かる! 父上も、姉上もいなくなって……もうあたしたちはおしまいなんだってことは!!」

「ナナ……貴方……」

 

 

掴もうとした手をはねのけられて、モモはそのまま立ち尽くすしかない。見れば、ナナは体を震わせている。怖いのだろう。当たり前だ。年でいえば中学生の子供。戦争が始まり、父であるギド、姉であるララを失ってしまった。それだけではない。

 

 

「リトも大怪我して……もう一週間も目を覚ましてないんだぞ……なんで、こんなことになっちゃったんだ……?」

 

 

結城リトもまた、エヴァの襲来によって大怪我を負ってしまった。命に別状はないが、それでも目を覚ましていない。ナナやモモにとってリトは日常の象徴でもある存在。そんなリトがこんな目に遭ってしまっている。その事実が、否応なくナナを絶望させている。だがそれはモモも同じだった。

 

 

(あれから一週間……戦争が収まる気配はない。情報は規制されていて入ってこないけど……こちらが劣勢なのは間違いない。後はもう時間の問題ね……)

 

 

聡明なモモは誰よりも今の状況を察していた。大局は決してしまったのだと。敗戦国、星の王族である自分たちは決して見逃されることはないだろう。エヴァという人物の噂が本当なら尚のこと。それでも

 

 

「仕方ないわね……じゃあわたしもここで付き合ってあげるわ」

 

 

モモはいつも通り、ナナの隣に座りながらその手を握る。まるでそうすることで、ナナが安心できるように。

 

 

「……ふん、でかいこと言ってても、自分だって震えてるじゃないか」

「わたしは泣いてませんから。その分、わたしの方がお姉さんね」

 

 

そのままモモはナナを頭を撫でながら抱きしめる。自らの不安と恐怖を押し込めながら。ナナもそれで少しは落ち着いたのか、そのまま目を閉じてしまう。

 

 

(リトさん……)

 

 

モモはただ願う。自らの想い人に、幸運が訪れることを――――

 

 

 

 

(着替えはこれでいいとして……あとはわたしの分があれば……)

 

 

メモしてきた紙とにらめっこをしながら買い物かごに商品を放り込んでいく。周りにはわたしと同じように忙しそうに買い物をしている人たち。ひときわ目立つのはその中に白衣やナースの格好をした人たちも紛れているということ。ここは病院から近くにあるスーパー。今自分は自らの兄であるリトの着替えや必要なものを買い出しに来ている最中。それがここ一週間のわたしの日常だった。

 

 

(もう一週間か……みんな、大丈夫なのかな……)

 

 

病院への帰り道を歩きながらも考えるのはそのことばかり。あの日、クリスマス・イヴからわたしたちの日常は一変してしまった。ララさんとギドさんは攫われ、リトは大怪我をしてしまった。今、デビルークは、宇宙は戦争状態にあるという。辺境の星である地球には影響は今のところないが、それでもその異常性は感じ取れた。一体どうなってしまうのか。そんな不安を胸に抱えていると

 

 

「美柑……大丈夫ですか? 顔色が優れないようですか」

「え? ヤ、ヤミさん!? もう出歩いて大丈夫なの!?」

 

 

向かいの道路から見慣れた服を着たヤミさんがやってくる。たった一週間なのにずっと会ってなかったような気がする。それほどこの一週間は長かったということなのだろう。

 

 

「はい。元々ナノマシンで治療できるので……一応ミカドにも診てもらったので心配いりません」

「そうなんだ……よかった」

 

 

ひとまずヤミさんの安否が確認できて安堵する。だが万全ではないのか、包帯や傷がところどころに見られる。だがそれ以上にヤミさんの表情は暗く曇ったまま。伏し目がちになってしまっている理由はもはや聞くまでもない。

 

 

「結城リトは……まだ?」

「うん、まだ眠ったまま。あ、でも心配しなくても怪我自体はもう何の問題もないって。お医者さんは一時的な昏睡状態だろうって」

 

 

リトの状態。それがヤミさんが落ち込んでしまっている原因。戦闘に巻き込まれて大怪我を負ったものの、そのほとんどはデビルークの医療技術によって完治している。ただ戦争状態にあるデビルークよりは地球のほうが安全だろうと地球の病院に移っている。ただそれからリトは目覚めることはない。まるで長い夢を見ているかのように。

 

 

「……すみませんでした、美柑。私のせいで……結城リトをこんな目に遭わせてしまって……」

「え? そ、そんなことないって! ヤミさんがいなきゃリト、ほんとに死んじゃってたかもしれないし……」

 

 

頭を下げて謝罪してくるヤミさんに慌てながら対応するもヤミさんはそのまま動こうとしない。だがそんなことをする必要なんて全くない。もしヤミさんが庇ってくれなければきっとリトは命を落としていたのだから。怪我の度合いではヤミさんの方がよっぽど危なかったはず。

 

 

「それでも、です……結城リトがとらぶるを持っていなければ、こんなことには……」

「ヤミさん……それは違うよ。とらぶるがなかったらわたし、ヤミさんやララさんに会えなかったんだから。きっとリトも同じことを言うんじゃないかな」

 

 

ヤミさんが気に病んでいるのはその一点。とらぶる、という変身兵器の都合にリトを巻き込んでしまったこと。そのせいでリトが怪我したことを気にしている。だけど、そんなこときっとリトは気にしないだろう。それに

 

 

「それに、とらぶるって元々は幸運を運ぶものなんでしょ? だったら、きっと大丈夫」

 

 

とらぶる。リトにとってはずっと悩まされ続けてきた、人生を大きく変えられてしまった能力。でも、それは元々、誰かを幸福にするためのもの。それが何のために生み出されたかなんて関係ない。大切なのは、これからどうしていくのか。

 

そのまま半ば強引にヤミさんを説得し、病室へと向かう。もしかしたらヤミさんを連れていけばリトもすぐ目が覚めるかもしれない。でもドアを開けた病室には

 

 

「リト……?」

 

 

リトの姿はなかった。あるのは誰もいないベッドだけ。窓から吹き込んでくる風がカーテンを揺らしている、主のいない部屋。だが不思議と焦りはなかった。あるのは信頼だけ。自らの兄である結城リトが立ち上がったのだということ。あの時のようにララさんに手を引かれてではなく、自分の意志と、両足で――――

 

 

 

「むー……」

 

 

ただそわそわしながらベッドをゴロゴロ転がり続ける。だがどんなに繰り返しても、胸のモワモワはなくならない。仕方なく上半身を起こし、胡坐をかきながら窓に目を向ける。そこにはあたしにとってのご主人様がいた。傍目には小さな女の子にしか見えない存在。マスターネメシス。だがどうにもおかしい。

 

 

「ねえ、マスター……いつまでもそうしてていいの? ダークネスが発現して、エヴァって人が復活したんでしょ?」

 

 

一週間前、ヤミお姉ちゃんの中のダークネスが発現し、あたしたちにとっての創造主らしいエヴァという人が復活した。本当ならその場にいきたかったのだが、変身の共鳴、ダークネスの影響であたしは動けなくなり直接その場に行くことはできなかった。マスターが面倒を見てくれたので特に問題もなかったが、その後もマスターは全く動く気配がない。まるで黒猫のように、窓に腰掛けたまま黄昏てしまっている。うん、全然いつもマスターらしくない。

 

 

「なんだ、創造主にお仕えしたいというわけか? なら止めはせんぞ。好きするといい」

「ち、違うよ! あたしのマスターはマスターだけだし……それよりも、デビルークも大変みたいだよ。デビルーク王も倒されちゃって、あのララって人もエヴァに乗っ取られちゃって」

「ふむ、心配しているのか、メア? お前、デビルークやプリンセスが嫌いではなかったのか?」

「っ!? そ、そうだけど……あたしが心配しているのはお兄ちゃんのこと! 怪我しちゃって、今はずっと寝ちゃってるんだって……」

 

 

よくわからない感情があたしの中を渦巻いている。デビルークはあたしたちの敵。そのためにあたしたちは生まれてきた。なのに、どうしてこんなにも気分が良くないのか。ララという人だって、デビルークで、お姉ちゃんの恋敵。でも、お兄ちゃんやお姉ちゃんにとっては大切な人。友達になったナナちゃんとももう会えなくなってしまった。戦争が始まってしまったせいで、何もかもが変わってしまった。

 

 

「ねえ、マスター……これがマスターの言ってた、兵器(わたしたち)の幸福ってやつなの……?」

 

 

かつてマスターが言っていたこと。ダークネスが発現することで、創造主が復活することで変身兵器にとっての幸福が訪れるのだと。確かに、戦いは始まった。戦争、戦場という、あたしたちの生きる場所が。なのに、それがちっとも嬉しくないのはどうしてなのか。それどころか、悲しくなってくる。それがどうしてなのか、分からない。

 

チリンと、マスターの着けている首輪の鈴の音が鳴る。知らず、自分の首にある首輪に手を当てる。マスターの下僕であるという証。なら、マスターが着けている首輪はいったい何なのか。

 

 

「さてな……それはともかく、お客さんがやってきようだ」

「え?」

 

 

そんな中、マスターの言葉通りにマンションのドアがノックされ、お客さんがやってくる。それは

 

 

「……やっぱりここにいたのか、ネメシス、メア」

「お兄ちゃん!? もう目が覚めたの!? 怪我は大丈夫なの!?」

「っ!? だ、大丈夫だからそれ以上近づくな! 眠ってる間全然とらぶるできなくて溜まってるんだ!」

 

 

リトお兄ちゃん。まるで病院から抜け出してきたような格好だが元気そうなので一安心。でも抱き着こうしたのを止められてしまったのはいただけない。一体何回分のとらぶるが溜まっているのか、考えただけでも素敵なのに。

 

 

「ぶー、お兄ちゃんのいじわる。でも元気そうでよかった♪ それで何の用でここに来たの? お姉ちゃんならここにはいないよ?」

「分かってる……オレは、ネメシスに用があってきたんだ」

「マスターに……?」

 

 

状況が理解できずにぽかんとするしかない。マスターに何の用があるのか。でもお兄ちゃんの様子は真剣そのもの。とても茶々を入れれるような空気ではない。

 

 

「ほう、私をご指名か。指名料は高くつくぞ、結城リト?」

 

 

くくく、といつも通り素敵な笑みを浮かべているマスター。うん、やっぱりマスターはこうでなくっちゃ。でも心なしか、マスターの雰囲気もいつもと違う。

 

 

「ネメシス……教えてほしい。お前は、ダークネスのことも、エヴァのことも全部知ってたのか……?」

「なんだ? 知っていたのにどうして教えなかったのか、と糾弾したいわけか?」

「そうじゃない。ただ……知りたいだけだ」

「ふむ……半分正解と言ったところか。正確にこういうものだろうと分かっていたわけではないが……おおよその予想はついていた。創造主とは少しばかり因縁があってな。思考をトレースすれば簡単だったよ」

 

 

お兄ちゃんとマスターは互いに見つめ合いながら対話している。その内容は難しくて理解はできないけど、何となく雰囲気で察していた。お兄ちゃんが、マスターに何かを問いただしたいのだと。

 

 

「なら、ネメシスは……エヴァの味方なのか?」

 

 

深呼吸しながら、お兄ちゃんはマスターに問いかける。きっとそれがお兄ちゃんが一番聞きたかったこと。

 

 

「まさか。私は誰の味方でもない。前に言っただろう? 私を飼えるのは私だけ。私は自分のしたいようにするだけさ」

 

 

それがマスターの答え。唯我独尊。黒猫のように気まぐれで、誰の指図も受けない自由な存在。その答えに思わずあたしも喜んでしまう。やはりマスターはあたしの大好きなマスターのままだったのだと。

 

その答えを聞いた瞬間、一度目を閉じた後、お兄ちゃんは胸から一つの物を取り出す。それは首輪。今あたしが着けているものと全く同じ。マスターの下僕になる証。それを迷いなく、お兄ちゃんは自分の首にはめてしまう。

 

 

「お兄ちゃん、それって……?」

「ほう……とうとう私の下僕になる気になったということか?」

「ああ……オレはネメシスの下僕になる。その代わり……ララを、助けてほしいんだ」

 

 

そのままお兄ちゃんは首輪を着けたまま、マスターにお願いする。ララを助けてほしいと。その代わり、自分を下僕にしてもかまわない。そんな交換条件。

 

 

「プリンセスを……?」

「そうだ。前、ネメシス言ってたろ? オレのとらぶる……テュケとネメシスが一つになれば、デビルーク王を超える強さが手に入るって」

 

 

お兄ちゃん言葉によってあたしも思い出す。お兄ちゃんのとらぶる、テュケとマスターの力が一つになれば、デビルーク王を超える力が手に入る。創造主が提唱していた『強さ』と『運』を兼ね備えた『真の強者』 だが

 

 

「その通りだが……忘れたのか? 私は拒絶されてお前に変身融合することはできん。お前の提案は破綻しているぞ?」

「眠っている間に……分かったんだ。あれは、オレのせいだったんだって。オレの弱さが……覚悟のなさが、ネメシスを拒絶してたんだって」

「ほう……なら、今は違うというのか?」

 

 

そのままお兄ちゃんは無言のままマスターと対峙している。その瞳が物語っている。それでもマスターは値踏みする。まるでそれが自分の役目だといわんばかりに。

 

 

「それが本当だったとしても……本気であのエヴァに勝てると思っているのか? 強さでいえばデビルーク王を超える存在だ。お前も直にそれを見たはずだ。怖くはないのか?」

 

 

マスターはただ淡々と問いかける。容赦ない現実。覆しようのない差。それによってお兄ちゃんは大怪我をした。どうにもならない絶望を与えられたはず。

 

 

「……怖いさ。今でも思い出しただけで体が震える……あんなに痛かったのも……怖かったのも……生まれて初めてだった。もう二度とあんな思いはしたくない」

 

 

顔を伏せ、心からの本音をお兄ちゃんは吐露する。怖かったのだと。当たり前だ。あたしやマスターと違って、お兄ちゃんはただの地球人。それが生死の境をさまよって、怖くない訳がない。逃げたって誰も責めたりはしない。なのに

 

 

「でも……好きな女の子を助けられるかもしれないのに、それをしなかったら……オレはこの先男として、妹にも親にも顔向けできねー……!! それだけだ!!」

 

 

お兄ちゃんは迷うことなく、ただ自らの心を宣言する。例え怖くても、それだけは譲れない。今まで守られてばかりだった、お兄ちゃんの男としての意地。その瞳に嘘はない。精神接続をしなくて分かるほどの、お兄ちゃんの心。あの時とは比べ物にならない、素敵な眼。

 

 

瞬間、あたしの心臓が跳ねる。知らず頬が紅潮し、体が震える。まるで達してしまったかのように、感情が抑えきれない。知らず涙が流れている。あたしは知っている。この感情を。『恋』という、ずっと憧れていた素敵な感情。それを自分が持つことがどれだけ素敵なことか。もしそれを自分に向けてくれたらどんなに幸せか。

 

 

「――――素敵♪」

 

 

ただその言葉しか出てこない。やっと分かった。兵器としてではない、あたしの幸福はきっと、地球(ここ)にあるのだと。

 

 

「なるほど……本気なのは分かった。だが、それで私に何のメリットがある? プリンセスを助けて、お前を下僕にして、私には一体何が残るのかな?」

 

 

お兄ちゃんの覚悟を見ながらも、マスターはさらに問いかける。きっとそれが最後の質問。マスターからすれば当然の疑問。お兄ちゃんを下僕にして、ララを助けて一体何のメリットがあるのかと。マスターが何を欲しているのか。その答えを

 

 

「……暇つぶし」

 

 

お兄ちゃんは迷うことなく口にする。はっきりと。思わずあたしだけでなく、マスターも目を丸くしている。

 

 

「前言ってただろ……この世は所詮は暇つぶしだって……あれからずっと考えてたんだ。ネメシスは何を探してるんだろうって……」

 

 

思い出しながらお兄ちゃんは一言ずつ、言葉を選びながら話していく。マスターが何を望んでいたのか。マスター自身も気づいていない、その答え。

 

 

「お前はずっと、楽しいことを探してたんだ。退屈なことが嫌で、ただ楽しく生きることを。だから……オレが、お前を楽しませてやる! それがオレがお前にしてやれることだ!」

 

 

楽しいこと。退屈から逃れることを、ずっとマスターは望んでいた。変身兵器としてのマスターではない、マスター個人の願望。人としての幸福。

 

 

そのままマスターは動きを止めてしまう。まるで時間が止まってしまったように。お兄ちゃんもまたそれ以上何もできずに立ち尽くすだけ。それがいつまで続いたのか

 

 

「くく……はは、ハハハハハ!! なるほど、そういうことか! やるではないか、我が下僕……いや、リトよ! 私の負けだ、しかしここまで楽しいのは生まれて初めてだよ!」

 

 

心底可笑しいとばかりにマスターはその場に笑い転げてしまう。今まで見たことのないようなマスターの姿。涙を流しながらマスターはただ笑っている。

 

 

「ネメシス……それって」

「ああ……望み通り、お前を私の下僕にしてやる。プリンセスも救い出して見せよう。その代わり、お前は私を楽しませる。それでいいな?」

「でもマスター……さっき、エヴァには敵わないって」

「ん? あれはただの嘘だ。リトの本気を確かめるためのな。心配するな、言っただろう? 私とお前が手を組めば、銀河すら手に入れられるとな」

 

 

いつも以上に嗜虐的な笑みを浮かべ、ぴょんと窓際から飛び降りながらてくてくとマスターは歩き始める。ドアの向こう側、そこがどこであるかなどもはや言うまでもない。その背中がついてこいと告げている。

 

 

「さて……では囚われのお姫様(プリンセス)を助けに行くとしようか……私は……そうだな、創造主(ご主人)様に不吉を届けに、な」

 

 

黒猫(ネメシス)黒鳥(テュケ)。相反する存在でありながら、ただ同じ目的のために。今、王子様(結城リト)の下に、全ての幸運が揃った――――

 

 

 


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