もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第四十三話 「恋」

「…………はあ」

 

 

今日何度目になるか分からない溜息。ここ最近ずっとのような気がする。顔をあげると情けない表情をしている見慣れた自分の顔が鏡に映し出されている。今自分は風呂場で座り込んだまま。今の自分にとってはお風呂とトイレが唯一気を抜くことができる聖域と化している。まるでララが来る前に戻ってしまったかのよう。

 

 

(あれからもう三日か……やっぱりヤミ、怒ってるんだろうな……)

 

 

両手で顔を覆いながらがっくり肩を落とすしかない。思い出すのはあの夜、とらぶるにヤミを巻き込んでしまったこと。それ自体は別に珍しいことではない。最近はほとんどなくなっていたが、一学期は何度もあった。それ自体が問題のような気もするがまだそれはいい。問題はその結果。

 

 

(キス……しちゃったんだよな、オレ……)

 

 

キス。体のどこかではなく、唇同士のれっきとしたもの。自分にとっては三度目でありながらのファーストキス。事故とはいえ女の子とは初めてのこと。だが自分のことはもはやどうでもいい。

 

 

(ヤミも……初めてだったのかな……だったらオレ、とんでもないことしちゃったんじゃ……)

 

 

考えるのはヤミの事。聞いたことはないが、きっとヤミもファーストキスだったはず。それを事故とはいえ自分は奪ってしまった。恋愛には疎い自分でも女の子にとってそれがどれだけ大切なものかは何となく分かる。だからこそ今まで、とらぶるの中でもそれだけは絶対にしないように注意してきたのにこの有様。すぐにその場で謝り、ヤミも気にしないでいいと言ってくれたものの気にしているのは明らか。その証拠にここ三日はほとんど会話どころか目も合わせてもらえない。

 

 

(オレ……嫌われちゃったのかな……)

 

 

ただ落ち込むしかない。まるで中学時代に古手川を泣かせてしまったトラウマの再来。もしかしたらあれ以上かもしれない。最近すっかり忘れてしまっていたが、やっぱり自分はとらぶるがある限り、女の子には嫌われてしまう運命なのだろう。ただ、ヤミに嫌われてしまったのは辛い。だがそこでようやく気付く。

 

 

(あれ……? そういえばオレ……)

 

 

ヤミにキスしてしまったことに罪悪感を感じているが、キス自体を嫌だと思っていないことに。ふいに思い出すのはキスの感触。知らず自分の指が唇に伸びるかというところに

 

 

「一緒に入ろ! リト♪」

 

 

いきなりドアを開けながら嬉しそうにララが浴室に乱入してくる。当然、一糸まとわぬ全裸。それ自体は構わない……と思っている時点で自分もおかしいが問題はそこではない。マズいのは自分も今、裸になってしまっているということ。

 

 

「ラ、ララっ!? な、なんでこんなところに……帰ったんじゃなかったのか!?」

「えへへ、リトをびっくりさせようと思ったの♪」

「びっくりって……もう十分びっくりしたから出て行ってくれ!?」

「えー、いいじゃん。わたし、リトと一緒にお風呂に入ったことなかったし。モモやナナとは一緒に入ったことがあるんでしょ?」

「そ、それは……」

 

 

何とか必死に視線をそらすも鏡があったことに気づき、目を閉じるしかない。てっきり帰ったとばかり思っていたのにまさか振りだったとは。悪戯にしても度が過ぎている。出て行ってもらおうとするがいつかのナナとモモのことを引き合いに出されて思わず黙り込んでしまう。というかどちらが漏らしたのか。

 

 

「いいからいいから♪ それに今出て行ったら美柑にバレちゃうよ?」

「っ!? そ、それは勘弁してくれ……はあ、その代わり身体洗ったらすぐに出ていくんだぞ」

「やったー! じゃああの時みたいに背中洗ってくれる? もう一度してほしいなって思ってたの。わたしもリトの背中洗ってあげるから!」

 

 

嬉しそうな声を上げながら当然のようにララは自分の前に座り込んでしまう。その白い背中とふくよかなヒップが露わになってしまっている。尻尾はララの喜びを表すようにくねくねと動いている。こうなったらテコでも動かないので自分が折れるしかない。できるのは一刻も早く背中の洗いっこを終わらせることだけ。

 

 

「ん~気持ちいい~♪ ありがとーリト♪」

「そ、そうか……」

 

 

石鹸で泡立てたタオルでこするたびに満足気な声をあげるお姫様。どこか声がどんどん艶めかしくなっているような気がするのは気のせいだと思いたい。端から見ればえっちぃことこの上ない光景だが悲しいかな、これが自分とララの関係なのだろう。だが突然の乱入からの混乱で気づけなかったがようやく違和感に気づく。お風呂とトイレは自分にとっては聖域だがそれはララも例外ではない。最初の頃、頻繁に入ってこようとしてきたこともあってお風呂とトイレの時は侵入禁止の条約が締結されている。なのにそれを破ってまで来るなんて。

 

 

「そういえばリト、最近ヤミちゃんと何かあったの?」

「え? 何かって……特に何もないぞ……」

「嘘ついてもダメだよ? あの夜、ヤミちゃんと買い物に行ってから二人ともおかしいもん。みんな心配してるんだから」

「そ、それは……その、途中でとらぶるしちゃってさ。それで喧嘩しちゃってて……」

「とらぶるはいつものことでしょ? ヤミちゃんもそれぐらいじゃあんな風にはならないよ。ね、教えてリト。二人がこのままじゃ学校に行っても楽しくないもん」

「わ、分かった! 分かったから胸を押し付けるな!?」

 

 

無意識なのか、いつの間にか自分の背中に回り込み、洗ってくれていたはずのララはスポンジの代わりにその胸を押し付けてきている。その圧倒的な柔らかさと弾力に何かが反応しそうになるのを必死に耐える。狙ってやってるのだとしたら恐ろしい脅迫。いや、狙っていないからこそ恐ろしい。それに屈するように前かがみになりながら渋々あの日の出来事を告白する。しかし、知らず後ろめたさのようなものがあった。

 

 

(ララ、前にキスをせがんできたからな……もしかして、怒ってるのかな……?)

 

 

話し終わった後、ララは黙り込んでしまう。そんな反応に思わずそんなことを考えてしまう。しかし

 

 

「なんだ、良かったー! じゃあヤミちゃんと喧嘩しているわけじゃないんだね!」

 

 

そんな心配など全く必要なかったかのように満面の笑みを浮かべているララ。もしかしたらファーストキスの重要性を分かっていないのかもしれない。

 

 

「い、いや……でも怒ってるのは間違いないぞ。あれから全然話してくれないし……」

「そんなことないよ? だってヤミちゃんが本当に怒ってるならリト、今頃お仕置きされてないとおかしいもん」

「……た、確かに」

 

 

でしょ? と言ってくるララの言葉にはこれ以上にない説得力がある。いつもならえっちぃのは嫌いですと変身によるお仕置きがあるのがお約束。だが、それがないからこそ戦々恐々としているのだがララには伝わっていないのだろう。どうしたものかと悩んでいると

 

 

「んー……」

「っ!? な、何だララ……どうかしたのか……?」

 

 

いつのまにか自分の正面にやってきているララにのけ反ってしまう。だがそんな自分の反応も気にせずに、どこか難しそうな顔をしながらララはこっちを見つめている。一体どうしたのか。しかししばらくしてようやく気付く。ララの視線が、自分の唇に向けられていることに。

 

 

「ラ、ララ……?」

「前リト言ってたよね、キスしたことないって。じゃあ、ヤミちゃんとの事故キスがリトのファーストキス?」

「う……そ、そうなるのかな……事故だけど……」

 

 

言ってて自分で悲しくなってくる。親友と親衛隊長に続いて今度は女の子とはいえ護衛との事故キス。果たしてまともなキスができるのはいつになるのか。自分のこれからに一抹の不安を抱いていると

 

 

「そっか……なら、わたしにもキスして? リト♪」

「え……?」

 

 

そのままララは目を閉じながら自分に向かって唇を差し出してくる。あまりにも自然な動き。そうするのが当たり前だと言わんばかりの流れ。対して自分は固まったまま。一体何が起こっているのかわからない。

 

ララは瞳を閉じたまま、ただじっと待っている。お風呂のせいか、頬は赤く染まってしまっている。本当ならその裸体に目を奪われるはずなのに、今はその唇にしか目が行かない。

 

可愛い。

 

ララが美少女なのはもちろん知っている。でも、それとは違う、今まで感じたことのない雰囲気が、感情がそこにはある。思わず見惚れてしまうぐらい。そのピンクの唇には吸い込まれてしまうような魅力がある。そのまま、熱に浮かされるようにララの唇に自らの唇を近づけようとするも

 

 

「――っ!? だ、ダメだって!? 何考えてんだ、ララ!?」

 

 

寸でのところで思いとどまり、両手でララの肩を掴み、自分から引き離す。本当に危なかった。もしかしたら、今みたいなのを本能というのかもしれない。今まで心のどこかで知らないふりをしていた、ララの女の子としての魅力。

 

 

「えー? だって、ヤミちゃんにはキスしたんでしょ? ならわたしにしてくれても」

「な、なんでそうなるっ!? あ、あれは事故だから! それに前言っただろ? キスは本当に好きな人とするものだって!」

「じゃあ、リトはわたしが嫌いなの?」

「そ、そんなことないけど……」

「じゃあ好き? だったらわたしとキスしてくれてもいいでしょ?」

 

 

子供のようにに純粋なララの問いかけにうまく答えることができない。だがそこで自分も気づく。自分はララのことをどう思っているのか。嫌いではない。ララを嫌うことなんてあり得ない。間違いなく好きだ。でも、その言葉を今この瞬間口に出すことができない。いつかララに言った言葉がそのまま自分に跳ね返ってくる。セフィさんがララに諭していた本当の『好き』という感情。ララはもちろん、他ならぬ自分自身がそれがどんなものか分かっていないのだと。

 

 

「と、とにかく……今、オレは誰ともキスする気はないから……」

 

 

情けない本音を吐露する。自分の気持ちが分からない。古手川にも言われたことがある。自分の気持ちが分からないなんて当たり前。でも、ずっとそのままではいけないのだと分かっている。それでも、今はこれ以上の答えが出せない。

 

 

「そっか……ならわたしもしてもらえるの待ってるからね、事故キス♪」

 

 

しばらく自分の顔を見つめた後、いつものように楽しそうにしながらララはそんなことを言ってくる。何かが根本的におかしい。分かるのはこれからはとらぶるよりも事故キスの心配をしなければいけなくなる、ということだけ。

 

 

「じゃあわたし、そろそろ帰るね! また明日、リト!」

 

 

一通り満足したのか、そのままララは浴室から出て行ってしまう。当然のように裸のまま。慌てて忘れているペケを渡してどうにかするも、いつも通りのララに安堵する有様。くたくたになりながらも改めてお風呂に入りなおす羽目になるのだった――――

 

 

 

 

(やっぱりリトとヤミさん、何かあったのかな……)

 

 

台所の後片付けも終わり、リビングでくつろぎながら美柑は頭を悩ませている。考えているのは自らの兄と同居人である親友のこと。三日ほど前から明らかに様子がおかしい。二人に聞いても何でもないとはぐらかされるだけ。だがおおよその予想はついていた。

 

 

(もしかしてヤミさん……リトに告白したのかな? ならあの態度も……)

 

 

ヤミさんがリトに恋心を抱いている。一学期の頃からうすうす感づいていたが、夏休みのデビルーク滞在中にほぼ確信している。当のリトは全く気付いていないのは流石というべきか。自らの兄ながら情けなさの極み。それはともかく、告白してあの態度ならリトは断ったということなのだろうか。とすればリトが断る理由なんて一つしか思いつかない。

 

 

「あれ……ララさん? もう帰ったんじゃなかったの?」

 

 

思わず言葉に詰まってしまうようなタイミングでその理由となり得る女の子が廊下を歩いている。確か夕食後に帰ったはずなのにどうしているのか。

 

 

「あ、美柑。ちょっと忘れ物しちゃってたの! もう帰るからまた明日よろしくね!」

 

 

わたしに見られていることに気づいたのか、いつものように笑顔を見せながらララさんは元気よく二階に上がって行ってしまう。だがその髪が濡れている。しかも出てきた方向は浴室しかない。そして今はリトが入浴中だったはず。これ以上にない状況証拠。

 

 

(流石ララさん……でもちゃんと注意するべきかな。主にリトのために……)

 

 

ララさんに疚しい気持ちはなくてもリトはその限りではない。一緒にお風呂なんていくらなんでもやりすぎだろう。色々な意味で大変な兄のことを考えながらもふと気づく。すぐには気づかなかった違和感。それは

 

 

(そういえば……さっき、ララさんの尻尾が下がってたような……気のせいかな……?)

 

 

ララさんの尻尾が下がっていたこと。いつも元気に動いて上を向いている尻尾が下がっていたような気がする。あのララさんが落ち込むようなことがあるのだろうか。きっと見間違いだろう。

 

 

その後、お風呂に入ったはずなのにクタクタになっているリトはリビングで美柑からお説教を受ける羽目に。

 

 

だがリトはまだ知らない。今夜、それ以上の出来事が待ち受けていることを――――

 

 

 

 

 

 

 

 


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