もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
夕食が終わり、日もすっかり暮れてしまっている時間帯。自分は今リビングでナナに借りた本を読んでくつろぎ中。学校の宿題も終わり、一日で一番ゆっくりできるひと時。美柑は夕食の片付けと明日の準備を台所でしている。今このリビングには自分とヤミだけ。
「…………」
互いに無言のまま本を読み続ける。特におかしくはない、いつも通りの光景。なのに何故か居心地は悪い。そう感じているのは自分だけなのかもしれないが。最近のヤミの様子と先日の古手川との会話。意識しないという方が無理だろう。どうしたものかと頭を悩ませている中
「あーさっぱりした! お待たせリト、お風呂空いたよ!」
全く違う意味での悩み事がリビングに登場する。風呂上りというこれ以上にない状態。もはや見るまでもない。きっと見慣れた全裸のララがそこにいるのだろう。
「分かった。そこに着替え置いてるから。早く着替えないと風邪ひくぞ」
「うん! ありがとうリト!」
決して視線を向けず、本を見つめたままララに着替えを促す。慣れた様子でララもまたいそいそと着替えを始めている。もはや阿吽の呼吸。知らない人が見れば目を疑うようなやり取り。
「なんかもう夫婦って感じだね、リト。恥ずかしさとか感じないの?」
「それはララに言ってくれ。このぐらいであたふたしてたら体が保たないし、裸自体は別に見慣れてるし」
「……知らない間に遠いところに行っちゃってるね、リト」
呆れているのか本当に感心しているのか。台所からやってきた美柑はそんな感想を聞かせてくれる。決して恥かしくない訳ではないが、ララと付き合い始めてもう半年。変な耐性ができてしまった。とらぶるや予想外の出来事でもない限り、表面上は落ち着けるぐらいには自分もこの生活に慣れてしまったということだろう。いいかどうかは別にして。
「でも一緒には入ってくれないよね、リト。どうして?」
「入れるわけないだろ!? 大体狭くて無理だっつーの!」
「そうかなー? だったらうちのお風呂なら大丈夫だよ! すっごく広いんだから!」
「それは知ってるけど……遠慮しとく。あんまりいい思い出もないし……」
よくよく考えたらお風呂に関しては碌な思い出がない。ララの襲来、モモとナナの乱入、デビルーク王たちとの裸の付き合い。ララからすれば妹たちと一緒に入るような感覚なのだろう。ある意味ララらしいといえばらしい。逆に言えば自分はまったく男として見られていないということ。喜べばいいのか悲しめばいいのか。
「今日は久しぶりのお泊りだから楽しみにしてたんだー! 何して遊ぼっか、美柑? ヤミちゃんは何したい?」
「プリンセスにお任せします。えっちぃことでなければ構いません」
「じゃあ占いでもする? 学校で流行ってて、友達に本借りてきたのがあるから」
「ほんと? 面白そう! リトも一緒にするでしょ?」
「あ、ああ……とりあえず、お風呂に入ってからな……あ」
今日はお泊りで遊ぶことになっているララは元気いっぱい。デビルーク王には許可をもらってきているらしい。ララらしくない根回しの良さ。きっとモモあたりの入れ知恵に違いない。そんな中、ふと思い出す。
「どうしたの、リト?」
「そういえばオレのシャンプー切らしてたんだった。ちょっとコンビニで買ってくる」
「今から? わたしの貸してあげるよ?」
「いや、いい。どうせ買わなきゃいけない物だし、すぐに帰ってくるから」
美柑の提案を断りながら足早にリビングを後にする。言っていることは嘘ではないが、ちょっと外出して気分を変えたいというのが本音。
「ふぅ……やっぱり疲れてんのかな、オレ」
玄関を後にして、知らず溜息を吐いてしまう。どうにも最近調子が良くない。体調ではなく、精神的に。ストレスが溜まっているのか、妙に胸がそわそわするというか落ち着かない感じがある。それも決まってヤミのことを考えている時。とにかく、早く普段通りに戻らなくては。そんなことを考えていると
「……いつまでそこに突っ立っているんですか。早くコンビニに行かないと帰りが遅くなりますよ」
まるで最初からそこにいたかのような自然さでヤミが後ろに立っている。ちょっとしたホラーのような怖さ。元殺し屋らしく気配を消していたのか、それとも気づかないほど自分が考え事をしていたのか。
「っ!? や、ヤミっ!? いつの間に……っていうかなんでいるんだ!?」
「護衛に決まっているでしょう。以前、同じような状況で攫われたのを忘れたんですか?」
「そ、それは……でも、もうメアたちはその気はないみたいだし、大丈夫なんじゃ……」
「同じ轍は二度踏みませんから。どうしても嫌なら私が代わりに買ってきてもいいですよ、リト?」
完璧に論破され、ぐうの音も出ない。すっかり忘れてしまっていたが自分は狙われているのだから。もっとも狙っていたメア達にその気がなさそうなので必要ない気もするが仕方ない。
「う……わ、分かった。一緒に来てくれ、ヤ……イ、イヴ」
言いかけてようやく今、ヤミと二人っきりだと気づき慌ててイヴと言い直す。そういえば二人きりになるのは本当に久しぶり。今更ながら自分で頼んだこととはいえ、名前で呼び合うのは何だが気恥ずかしい。それを悟られないように顔を背けながらコンビニへ。ひょんなことからイヴとの夜の散歩に出かけることになったのだった――――
長い。ただひたすらに長い。コンビニは家から十分もかからないところにあるのに、そこまでが果てしなく遠く感じる。理由は単純。
「…………」
無言だった。ただひたすらに沈黙。もくもくと目的地を目指している自分とイヴ。しかもイヴはとらぶるのために、少し後ろに離れながら付いてきている。知らない人が見たら他人だと思われそうな状況。もしイヴが先行していたら自分がストーカーに見えかねない。ようするに、あまりにも気まずい。
(き、気まずい……な、何か楽しい話題とかないか……!?)
嫌な汗を背中ににじませながら必死に話題を考えるも
(イヴが好きそうな話って……人体の急所とか……? い、いや、オレが戦闘の話についていけるわけないだろ!? 他には何か……)
出てくるのは物騒な話題ばかり。とても自分がついていける話ではない。イヴが嫌いそうな話題は山ほどある(とらぶる関係)が好きそうな話題が全く出てこない。もしかしたら気まずさを感じているのは自分だけなのかもしれない。そんな風に思い始めたのだが
「……リト、最近学校はどうですか、楽しいですか?」
「え?」
ぽつりとイヴの方から話題を振ってくる。その内容もまるで父親が普段話してない息子とコミュニケーションをとろうとしているようなもの。その証拠にイヴの表情が若干引きつっている。明らかに無理をしているのが丸分かり。どうやらイヴも今の自分と全く同じ気まずさを感じていたらしい。
「で、ですから学校です。二学期が始まってしばらく経ちますが、その……どうですか?」
「え? あ、ああ! 最初はララとメアに振り回されっぱなしだったけど、最近は慣れてきたかな!」
「そうですか……ならいいですが。それに、最近は他のクラスメイトとも話せるようになってきたようですが」
「そうだな……まだ全員ってわけじゃないけど、挨拶ぐらいはできるようになったかな」
とりあえずイヴの振ってくれた話題に乗ることにする。自分の学校生活。ララとメアの転入というサプライズから始まった二学期だがどうにか最近は馴染んできた。加えてララのおかげでクラスメイトとも交流が図れてきている。当たり前の、それでもずっと自分が夢見ていたことが現実になりつつある。何より
「それに、古手川と仲直りもできたし……ただ、怒られるのは変わってないけど」
自分にとってはトラウマでもあった、古手川と仲直りすることができた。それが一番自分にとっては意味があること。もっとも、それでも風紀委員である彼女から怒られることは多々あるのだが、自業自得なので仕方ない。
「貴方がえっちぃのは変わりませんから。ですが仲直りができたのなら何よりです」
いつものようにこちらの痛いところを突くイヴ。でもその声色は微かに違っていた。自分でもわかるくらい、優しい声色。振り返ったら微笑んでいるのではと思えるような空気がある。本当ならありがとうと伝えたいところだが、古手川に口止めされているので口にはできない。ただ古手川から聞かされたように、イヴが自分を大切に思ってくれていることは間違いない。
「え、えっと……そうだ! イヴこそ最近はどうなんだ? こっちの生活も半年近くになるけど……」
気恥ずかしさを誤魔化す意味での問いかけ。そっくりそのままお返しするような形。
「特にはなにも。いつも通りの毎日です。プリンセスやメアが来てから騒がしくなりましたが、それも想定の内です」
「そ、そうか……はは……」
いつも通りのセメントのように冷たい反応にどこか安心すら感じてしまう。若干及び腰になってしまうが、いつもの調子に戻ってきているということだろう。しかし
「ただ……時折考えます。私はいつまでここにいられるのだろうか、と」
「え?」
ぽつりと、呟くのようにイヴはそんなよく分からないことを口にする。からかっているわけではない、本当に心からの本音が漏れた、そんな一言。
「いつまでって……何の話だ?」
「そのままの意味です。この街にいつまでいることができるだろうか、と。元々私はここにいるような存在ではない。それを忘れてしまうぐらい、ここでの生活に慣れてしまっている自分に驚いていると言った方が正しいでしょうか」
淡々と、自己分析をするようにイヴは告げてくる。自分もすっかり忘れかけてしまっていたイヴのこれまで、金色の闇としての彼女の在り方。
「それは……イヴはここでの生活は嫌なのか? それとも、オレの護衛がしんどいとか……」
「……そういうわけではありません。ただ、メアやネメシスについてはもう貴方を狙ってくるようなことはなさそうですし、学校にはプリンセスもいる。私の役目はほとんど終わったと言ってもいいでしょう。なら――――」
「そ、そんなことないって!」
気づけばイヴに詰め寄っていた。イヴがその先を言うよりも早く。もしかしたらその先が聞きたくなかったのかもしれない。
「っ!? リ、リト……?」
「デビルーク王との契約はまだ続いてるんだろ!? なら、ここにいればいいって! その方が美柑やララも喜ぶし、メアだってまだ来たばかりだしさ! それに護衛じゃなきゃ、ここにいちゃいけないなんてことないんだし」
「す、少し落ち着いてください、リト。とらぶるが起こりますよ?」
知らず焦っていたのか、そこでようやく自分がイヴの肩を掴んでいることに気づく。とらぶるの範囲の踏み込んでしまっているのに、それに気づかないほど自分は興奮してしまっていたらしい。
「ご、ごめん! すぐ離れるから!?」
「いえ……」
我に返り、すぐさまその場を離れるもあたふたするのは止められない。いくらなんでもさっきにはやりすぎだった。まだ五回目が終わっていないのにあんなことをしてしまうなんて。イヴもどこか驚いた表情で固まってしまっている。どうしたものかと途方に暮れていると
「なぜ……ですか?」
「え……?」
イヴが尋ねてくる。どうしてなのか、と。
「なぜ貴方は……私にここにいてほしいと思っているんですか?」
どうしてイヴにここにいてほしいと思っているのか。そう、イヴは自分の護衛のために地球にいる。なら、それが必要なくなればここにとどまる理由もない。なのにどうして自分はそれを引き留めようとしているのか。
「それは……」
友達だから。きっとそれが答え。なのにそれを口に出すことができない。自分自身分からない。友達だと思っている。だからここにいてほしい。でも、それだけじゃない気がする。知らず心臓が高鳴っている。顔が赤くなって、のどが渇く。同時に思い出す。以前も、夜の街で同じような感情に襲われたことがある。あれは誰のことを考えていた時だったのか。
それが思い出せないまま。自分でも分からない何かを口にしかけた時
「なんだ。いつまで経っても動かないのでは面白くないぞ、結城リト? 前メアと交尾しようとしていた時のケダモノっぷりはどこにいった?」
いつからそこにいたのか、聞いたことのある声によって自分もイヴも固まってしまう。黒の浴衣に、手にはみたらし団子を持って塀に座っている小さな猫のような幼女がそこにいた。
「ネ、ネメシス……!? い、いつからそこに……?」
「最初からさ。初めは幽霊の振りをして驚かしてやろうかと思ったのだが、もっと面白そうなことをしていたのでな。鑑賞させてもらっていたのだが、流石にいつまでも動かないので飽きたぞ」
よっと、と言いながらネメシスは地面に降り立ち、てくてくとこちらに近づいてくる。久しぶりの再会にもかかわらずその女王様気質は全く変わっていないらしい。
「だが流石は次期デビルーク王候補。まさか金色の闇とも名前で呼び合うような仲だったとは。女好きなのがデビルーク王になる条件なのか?」
「そ、そんなわけないだろ!?」
「照れる照れるな。それにしてもプリンセスの婚約者候補を横取りとは、なかなかやるじゃないか、イヴ?」
「…………言いたいことはそれだけですか、ネメシス。ここであの時の続きをしてもいいんですよ?」
どこまで本気なのか。へらへらしているネメシスに向かってヤミは臨戦態勢。理由は分からないが、本気で怒っているのは間違いない。ざわついている金の髪からもそれは明らか。
「おおぅ怖い怖い。心配しなくても、もうその名では呼ばんよ、金色の闇。それは結城リトだけの特権といったところだろう?」
「……」
「ヤ、ヤミも落ち着けって! ネメシスこそどうしたんだ? オレを攫いに来たってわけじゃなさそうだけど……」
「ふむ、それも悪くないが今はまだ時期尚早だな。お前が私の下僕になりたいと思ったらすぐに言うといい。私とお前なら銀河を手にすることもできるぞ」
ふははは!と、上機嫌に高笑いしているネメシス。相変わらずの唯我独尊っぷり。とりあえず争うために来たわけでなさそうなのは唯一の救いだろう。
「まあ、それはいずれとして。メアに会いに来たのさ。そろそろ体の維持が厳しくなってきたので宿借りにな。今メアはどこにいる? お前の家か?」
「い、いや……駅近くのマンションに住んでるよ。ここからだと歩いて二十分くらいかな」
そのままネメシスに詳しくメアの居場所を教えていく。どうやらメアの居場所を聞くためにオレの家に向かう途中だったらしい。
「なるほど、分かった。ならこの辺で失礼しよう。馬に蹴られたくはないからな」
「そうか……その、もしかして、ネメシスも転入してくる気なのか?」
「ん? なるほど、その手もあったか。転入するならこんなカンジかな?」
言いながらネメシスは変身によって高校生ぐらいの少女になってしまう。ショートヘアに白い肌。セーラー服というベタなもの。だがその眼付きからドSさが滲み出ている。どうやら転入してくる気はなかったのに、自分は余計なことを言ってしまったのかもしれない。
「はは、そんなに心配するな。私は人見知りだからな、直接転入したりはせんよ」
「間接的にはする、ということですね」
「うむ、理解が速くて助かる。ではまた明日な。おっとそうだ。プリンセスにも伝えておいてくれ、お茶会に来たとな」
言いたいことを言って満足したのか。そのままネメシスは黒い霧になりながら夜の闇に消えていく。あとには茫然とした自分とイヴが残されてしまう。互いに心境は全く同じ。
「……明日から、大変そうだな」
「そうですね……古手川が寝込まないか心配です」
メアだけでなく、ネメシスまでやってくるなんてこの先どうなってしまうのか。とりあえず古手川の常識がまた一つ壊されてしまうのは間違いない。とにもかくにもコンビニに行かなくては。そう思い歩き出した瞬間、それは起こった。
「……え?」
それは果たしてどちらの声だったのか。ただ互いに一瞬で理解する。今まさに、とらぶるが起こってしまったのだと。だがあり得ない。
(な、なんで……!? ちゃんと離れて歩いてたのに……!?)
自分とイヴは距離を取っていた。メアがいつか言っていたように自分はともかく、イヴがそれを見誤るなんてあり得ない。なら、答えは一つ。
自分がまた、射程距離というもう一つの限界突破を成し遂げてしまったということ。
(マ、マズイ……!? このままじゃイヴをとらぶるに巻き込んで……!?)
もはや逃げ場はない。とらぶるは避けられない。ただここは街中。どこに人目があるか分からない。今の自分のとらぶるは一回で相手を裸にしてしまうレベル。何とかそれは避けなくては。その一心でもう一つのとらぶるを発動させる。
逆ラッキースケベ。
自分は恥ずかしい思いをするが、最低でもイヴを裸にすることはない。股間を見られてしまうが、それは我慢してもらうしかない。文字通り緊急退避。そのままイヴと絡み合いながら転んでしまう。あとはいつものようにえっちぃのは嫌いです、というお約束とともにビンタされるだけ。だが、いつまでたっても痛みはやってこなかった。
「…………?」
それどころか股間が露出している感覚すらない。恐る恐る目を開けたそこには
自分と同じように混乱している、赤い瞳が目と鼻の先にあった。
「――――」
イヴは完全に固まってしまっている。服を脱がされているわけでもなく、自分は胸も恥部も触ってはいない。
ただ、その唇が互いに触れ合ってしまっているだけ。
それが結城リトにとっての、人生で初めての女の子とのファーストキスだった――――
作者です。今回はネメシスの再登場とリトとヤミの事故キスまでとなっています。原作の春菜との事故キスのオマージュです。ただ原作はその後、告白が失敗し全く進展しませんでしたがこのSSでは大きな転機になります。楽しみにしてもらえると嬉しいです。では。