Girls und Heiligenschein   作:ケツのインゴット

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閑話一 地吹雪

 

 

マホ達が拉致されてから3ヶ月後のある日。

 

 

「ノンナ!ノンナどこにいるの!返事しなさい!」

 

「ノンナは今自分のベッドに引きこもっちゃってるよ」

 

拉致されてからずっと過ごしている基地内、その廊下で二人の声が反響する。

 

一人は大股で歩きながら大声で人探しをし、もう一人はそれに追いすがりつつ答える。

 

 

「引きこもってる?どういうこと」

 

大声で叫んでいた人物…カチューシャがもう一人に聞く。

 

それに年齢の割にかなり大柄な少年ジョージが答える。

 

「彼女はその…ホームシックみたいなんだ。リーチが…ヴィエリーが懐かしい、帰りたいって」

 

「いまさら?」カチューシャが小ばかにしたように言う「ずいぶん鈍感なのね。カチューシャはとっくに泣いたわ!」

 

「それって自信満々に言う事じゃないと思うよ…」

 

 

 

彼女らは自分たちのいる基地が、まさしく惑星リーチの大地の上に建設されていることを知らない。

 

拉致される際、薬品などで意識を失わせ、まるで他の惑星に来てしまったかの様に思わせられていたのだ。

 

さらに彼女らの家族はONIによりリーチから退去させられており、万が一にも家族との再会などは起きえないようになっている。

 

 

「カチューシャとあんたもリーチ出身でしょ?これはどうきょー?のカチューシャたちがどうにかしないとね!」

 

カチューシャはそれが自分に課せられた任務かのように言う。

 

「ぼくとしては」ジョージがおずおずと言う「こういうときはそっとしてあげた方がいいと思うけどなぁ。一人になりたい時って、やっぱりあると思うし」

 

「あらぁ、ノンナもジョージみたいにほっとかれて、おねしょしてもいいってわけ?あんた見かけによらず、ひどいわね」

 

「カ、カチューシャだってお漏らししてたじゃないか!シーツを隠すのにぼくとノンナをこき使ったのは誰だっけ!」

 

「うっさい!…とにかくノンナのベッドに行くわよ」

 

「でも、消灯時間まであと五分だよ。ぼくは部屋が遠いからもう戻らないと」

 

 

 

そう言って、ジョージは自分のベットのある部屋に戻ってしまう。

 

カチューシャは廊下にぽつんと取り残されてしまった。

 

ため息をつき、辺りを見回すと、部屋があった。

 

部屋のすぐそばには、他の候補生の名前とともに〈Nonna‐102〉と書いてある。

 

これだ!カチューシャは自分の運の良さに改めて自信を持ち、その部屋に忍び込んだ。

 

 

 

中に入ると部屋はすでに消灯されており、多数の寝息が聞こえる。

 

その中を忍び足で進み、ついにノンナのベッドの前にたどり着く。

 

それまでは寝息しか聞こえなかったが、こうしてノンナのベッドの前に立つとすすり泣きのような声が聞こえる。

 

このベッドの持ち主のものだろう。

 

カチューシャは意を決してベッドの中に潜り込んだ。

 

 

 

「ぐすっ…うう…」

 

「ねえ」

 

「ひゃっ…!ムグ…」

 

急に話しかけられ、思わず声を漏らしたノンナの口をあわてて塞ぐカチューシャ。

 

「どうして…泣いてるの?このカチューシャ様に話してみなさい」

 

声のボリュームを落として聞く。

 

「その…ヒッグ…訓練が終わって…いろいろ考えていたら…急に不安になって…ぐずっ、お母さんとかおばあちゃんがどうしてるかって考えたら…うぐぅぅぅ、涙がとまらなくなってぇ」

 

「……」カチューシャは黙って聞いている。

 

「も、もう会えないって言われた…家族にも…友達にも。わたしはずっと独りぼっちなんだぁ」

 

「うっさいわね!」カチューシャは黙って聞くのをやめた。

 

「カチューシャだって悲しいわよ!ママにも、パパにも会えないだなんて!でもね、ここへはそれよりも大切な、もっと大きな使命のために集められたの!」

 

「使命なんて…知らない…。知らない人のために戦いたくない・・・」

 

「じゃあ」カチューシャは叩きつけるように言う「カチューシャのために戦いなさいよ!そうすればノンナの家族にも友達でもママにでも子供にもなってあげるわよ!」

 

ノンナはその言葉に呆然としていた。

 

「だからね」カチューシャはふっと微笑む「泣くのはやめなさい」

 

「あ…りがとう。ありがとうございます、カチューシャ」

 

ノンナの目には深い尊敬と羨望の念が込められていた。

 

「もっと感謝してもいーのよ!」

 

「でも…お母さんとか子どもになってもらわなくていいですよ」

 

「余計なこといわないの!」

 

ややあって、二人はこらえきれずベッドの中でくすくすと笑いあった

 

 

 

 

 

「あの、カチューシャ」ノンナがおずおずと言う。

 

「なにかしら、ノンナ」

 

「その…お話、しませんか」

 

「もちろん!」

 

 

 

 

二人はたくさんの事を話した。

 

家族の事、リーチの事、嫌いな食べ物や好きな食べ物。

 

それは年頃の女の子たちがするものと何ら変わりはなかった。

 

 

 

 

「ふふふ、それ、本当ですか?」

 

「本当よ。でね、その後…」

 

「訓練生!」

 

「わっ」「ひゃっ」

 

メンデスの声だ。

 

たまらずノンナとカチューシャはベッドから飛び出る。

 

「073番、102番…貴様らは就寝時間も守れんのか!今何時だと思っている!3時だぞこの馬鹿どもが!それに勝手に別室のベッドに入るとは!」

 

「す、すみません!」ノンナがあわてて謝る。

 

「貴様ら二人ともに罰を与える。朝飯抜きと訓練場の清掃だ!」

 

わたしのせいだ。ノンナは深い後悔に駆られた。わたしがカチューシャに甘えたから…。

 

 

 

「すみません。わたしがカチューシャを」

 

そこにカチューシャが割り込んだ。

 

「カチューシャがノンナを起こしてたのよ。寝れなくて、暇だったからね!文句ある?」

 

「…そうか。お前は暇だったから102番の睡眠の邪魔をしたのか」

 

ちがう、わたしのせいだ。

 

「そう言ってるじゃない」悪びれずに言う。

 

「よくわかった。073番、お前には二人分の罰を受けてもらう。朝食ぬきと訓練場の清掃だ。終わるまで飯はない。それと一人でやれ」

 

「なんでそんなことしなくちゃなんないのよ!」

 

「これは命令だ、訓練生」

 

「…わかったわよ」カチューシャはしぶしぶ答えた「命拾いしたわねノン…102番!」

 

違う…違う…。カチューシャは何も悪くないのにわたしのせいで。

 

「では解散!073番、速やかに自室に戻れ」

 

それにカチューシャは素直に従い、部屋を出て行った。

 

結局、ノンナは言い出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

朝の訓練と授業を終え、週一回の自由時間。

 

その時間にカチューシャは一人で訓練所の清掃をしていた。ノンナ以外、誰にも知られずに。

 

一人で黙々と清掃するカチューシャ。それを物陰から覗いているノンナ。

 

訓練所にはその二つの人影があった。

 

ノンナは強烈な自己嫌悪と罪悪感に苛まれている。

 

あの時とっさに自分のせいだとメンデスに言っていれば…。

 

あんなに良くしてもらったのに、結局は自分がかわいいのか…。

 

そんな考えが頭の中をぐるぐるとまわり続けていた。

 

 

 

カチューシャはあんなにくたくたになっても清掃を続けている。

 

わたしはぬくぬくと安全な場所からそれを眺めているだけ。

 

これでいいのか。本当にこれでいいのか。

 

ノンナがそう自問しているとき、それは起こった。

 

カチューシャがついに倒れてしまったのだ。

 

朝も昼も食べず、さらには寝不足。ついでに訓練生で一番の小柄。

 

こうなるのは最早必然だったと言える。

 

ノンナは最早物陰から見ていることはできなくなり、たまらずカチューシャのもとに駆け寄った。

 

 

 

「カチューシャ!」ノンナは叫ぶ「大丈夫ですか!」

 

「おなか…すいた」

 

「早く医務室に!」

 

「いや…だからおなかがすいただけ…」

 

「だれかー!」ノンナは完全に混乱していた。

 

「人を呼んできます」

 

「ノンナ?あんた人見知りだったじゃない」

 

「そんなこと言ってる場合じゃありません!すぐにでも清掃を終わらせて、ご飯を食べなければ!」

 

 

 

ノンナはそう言うと走り出した。

 

確かこの時間、他の子供たちが集まっているのは…。

 

居た!デジャの授業部屋だ!

 

そこでは子供たちが思い思いに歴史のVidを見たり、チェスなどの知能遊戯で遊んでいた。

 

「あー…ノンナ?どうしたんだ息を切らせて」

 

ノンナに真っ先に気が付いたサムが尋ねる。

 

「カチューシャが訓練所の清掃で倒れて…早く医療の人を呼ばないと」

 

「なんだって?!どうして清掃なんて…おれたち聞いてないぞ」ジョンが困惑している。

 

「わたしが…」ノンナは息を詰まらせながら答える「私のせいなのに、カチューシャが私の代わりに…!」

 

「詳しい話は後で聞こう。カチューシャを助けないと!」ジョージが力強く言う。

 

「でも…みんなが罰を受けるかも…医療の人を呼んだ方が…」

 

「水臭いこと言うなよな!」とカーク「俺たちは仲間だ!」

 

「そうだな」マホも言う「こんな時こそ助けあわないと。さあ急ぐぞ」

 

 

 

 

 

結局、全員で訓練所を清掃した。

 

全員でやったおかげで、あっという間に終わった。

 

ノンナはカチューシャにベンチで休むように言ったが、自分だけここから離れるわけにはいかないと言って聞かない。

 

仕方がないのでノンナはカチューシャを肩車し、そのまま清掃した。

 

当のカチューシャはノンナの肩車をいたく気に入り、その後も頻繁にねだるようになる。

 

 

 

 

 

「訓練生!何をしている」

 

清掃が終わり、皆で一息をついていると、訓練所にメンデスの大声がこだました。

 

「仲間を助けているのであります!」ジョンが勇ましく答える。

 

「チーフは仲間を決して見捨てるなと仰られました。それを実践しているところです」マホもそれに続く。

 

「むう…そうか。だが俺は073番に一人でやれと言ったが」

 

今こそ恩を返す時だ。

 

「わたしが皆を連れて行きました。カチューシャは悪くありません!」ノンナが今までにないほど大声を張り上げた。

 

「ノンナ…」

 

「そうです。俺たちも自分でついて行っただけです、カチューシャに言われたわけじゃないです!」カークも声を張り上げた。

 

「自分で決めて行動しました!」とロン。

 

「そうか…」メンデスは頷く「では073番を除いた全員に罰だ!訓練所20周!始め!」

 

「「「はい!」」」

 

 

 

「みんな馬鹿よ…」

 

「なあ073番」メンデスはいつになく柔らかい声で言う「いい仲間を持ったな。お前が仲間を見捨てなかったからこそ、誰もお前を見捨てなかった」

 

「うん…」

 

「うん、ではなくはい、だ。073番。さあ、食堂に行け。お前の分の飯は取ってある」

 

メンデスが食堂のある方に顎で示す。

 

しかしカチューシャは首を横に振った。

 

「ううん…みんなが走り終わるまでここで待ってる」

 

「そうか。…今度は消灯時間を守れよ」

 

カチューシャは、どこか誇らしげな表情で走り続けるノンナたちを眺め続けるのであった。

 

 

 

 

 

 


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