Girls und Heiligenschein 作:ケツのインゴット
授業と聞き、まほを含めた数人の候補生たちが不満のうめき声をあげた。
「授業を受けたくないなら、そのまま朝の運動を続けてもらっても構わないのよ」
まほ他数名は急いで階段を駆け上った。
建物の中は涼しく、快適だった。
しかもクラッカーがたっぷり乗ったトレーと、牛乳一パック丸々がひとりひとりに用意されていたのだ。
まほはクラッカーをかっくらい、牛乳をがぶ飲みした。今度はむせないように気を付けながら。
このまま寝てしまおうかとも思っていたが、デジャの授業が始まるとそんなものは吹き飛んでしまう。
教室全体がホログラムによってどこかの田舎のような光景に変わったのだ。子供たちはミニチュアの自然に興味を持ち、小さな山や海岸のあたりを歩き回った。
まほにとって豊かな自然はハーベストを想起させるもので、ホログラムを見て故郷が恋しくならないようにあまりじっくり見ないようにした。
そこに山や川と同じ比率の小さな兵隊がテルモピュライに進軍していく姿が見えた。
デジャがいうには彼ら三百人はみなスパルタンで、歴史上最高で最強の兵士だという。
まほや他の子供たちはペルシャ兵をなぎ倒していくスパルタンにすっかり夢中になってしまった。
だがまほがスパルタンに熱中している間、隣に座っていた丸刈りの男の子がまほのクラッカーをこっそり摘まんでいた。
まほはそれに気づき、お返しにと彼が気を取られている隙に牛乳をすっかり飲みきってやった。
丸刈りの男の子――ジョン‐117と服に書いてあった――がそれに気づき抗議しようとしたが、スパルタンが勝利したのを見届けた子供たちの歓声に遮られ、声を上げることはなかった。
デジャが「次は遊び場よ」というので、まほはようやく普通に遊べると安堵し、部屋から急いで出て行った。
メンデスの言う「すぐそこ」にあった遊び場は、金属製のポールと頑丈なロープで出来たジャングルの様な物だった。
メンデスが子供たちを集め、三列を作れと指示を出した
今度は皆素早く列を作ることができた。
「最前列はチーム1だ」メンデスは言う「その後ろがチーム2その後ろがチーム3…後は分かるな」
まほは自分がチーム6と呼ばれることを確認した後、両隣を見た。
右は今朝訓練に抗議して電磁警棒で殴られた女の子で、色素の薄い髪の色をし、勝ち気な釣り目が印象的だ。トレーナーに書いてある名前は〈Erika‐050〉とある。
左は昨日扇形の部屋に集められたとき、その場から逃げ出そうとしていた女の子だ。癖毛で優しげな瞳。その瞳には今は涙を浮かべていたが。同じくトレーナーに書いてある名前は〈Koume‐014〉。
全員女子だ。周りを見ると、男子だけのチームや女子はいても2人までがほとんどで、まほのチームのように三人ともが女子のチームは少なかった。
「今日の遊びは”ベルを鳴らせ”だ」メンデスが指差した先は、ポールとロープのジャングルのてっぺんにある、10メートルはありそうなポールの上に付いたベルだった。
「あの鐘にたどり着く方法はたくさんある。どんな方法でもいいので、チーム全員で鐘を鳴らすんだ」
全員か…。まほは思った。
全員で協力しなければ。
そうだ、ここで一番にベルを鳴らしたチームになれば二人と仲良くなれるし、より早く強くなる事ができるかもしれない。
まほはそう打算的に考えた。
ジョンが突然メンデスに質問した。
「勝ったら何をもらえるの?
メンデスはジョンを計るように見つめた「夕飯だ、訓練生」
「チョコレートケーキもある」子供たちは歓声を上げた「ただし、最下位は飯抜きだ」
それは困る。
まほは周りに挨拶をした。
「わたしはまほ。きみたちは?」
右の子は「エリカよ。足引っ張らないでよね!」と答えたが、左の子はこちらを見るだけで何も言わなかった。
「用意しろ」メンデスの号令。
「なあ」
「何よ」とエリカ。
「考えがあるんだ」まほは言う「まずわたしが一気に走って行ってベルの近くまで行く。そこで他の皆をじゃまするから、二人は右と左の道から別々にベルに向かい、鳴らしてほしい。鳴らした後はわたしを引っ張り上げてくれないか」
エリカたちはあまり乗り気ではないように見える。
「一位になれば、ケーキを二人にあげよう」とっておきの切り札だ。
「やるわ!」エリカは目を輝かせる「あなたもやるでしょ」
左の癖毛の子もうなずく。よし、うまくいったぞ。
「始め!」メンデスが叫ぶ。
まほは2人話した通りに真っ先にベルにかけて行った。障害物はたくさんあったが、どうにか切り抜けていく。
半ばを少し過ぎた辺りで気が付いた。すぐ横に自分と同じように味方を置いてベルめがけて走っている男の子がいた。
ジョンだ。どうやらまほと同じ考えのようだ。
またこいつか!まほは少しうんざりしていた。
ここでジョンに抜けられるとチームが一位を逃してしまう。こうなったらジョンが上った後、ジョンが自分のチームメイトを引き上げるところを妨害するしかない。
まほはそう決め、いったんペースを落としてジョンの後ろに付いた。
ジョンがベルの付いたポールを上り始めるのを見て、まほはジョンの後ろからポールをよじ登り始めた。
ポールの途中には一旦休める台のような物があり、まほはそこに陣取ってポールを登る子供たちの妨害を始めた。
「なにするんだよ」「いたい!」
妨害を受け、次々と下のマットに落ちていく子供たち。
5人目を落とした辺りでエリカと癖毛の子がベルの下にたどり着いた。
思った通り。左右の道は意図的に障害物が少なく置いてあった。
そこを通れば遠回りにはなるが、安全に、そして確実にベルの下にたどり着くことができる。
まほは6人目をたたき落としながら再びポールにしがみつき、チームメイトの手助けをし始めた。
「わたしの手をとれ!」息を切らしたエリカは素直にまほの手をつかみ、登っていった。
続いて癖毛の子。
だがなかなか上がってこない。顔を真っ青にしている。
どうやら高所恐怖症のようだ。
まほは歯噛みする。このままだと妨害した子供たちが復帰してしまう。
そこでまほは自分から降りて「おい、棒をつかむだけでいい」と言うと、癖毛の子もそれに従った。
まほは彼女を肩車するようにしてポールを登り、彼女は押し出されるようにポールを登っていく。
休める台を過ぎた辺りで上から声がした。
「つかまって!」エリカの声だ「早く!」
癖毛の子は上と下からの助けにより、ようやくベルにたどり着いた。
またも息絶え絶え。それでも最後の力を振り絞りベルを鳴らす。癖毛の子もだ。
やがて全員がベルを鳴らした。
ジョンのチームメイトは最後尾だった。どうやらチームメイトを置いて1人だけでベルを鳴らして、チームメイトは置き去りにしてしまったようだ。
「みんなよくやった」メンデスがねぎらう「全員頑張ったが、とくに一位のチーム6!妨害はいただけないが、チームメイトのために身を削ってよく手助けをしたな」
それにジョンが食って掛かる「ぼくが一位だぞ!」
「ああ、おまえは、な」メンデスはジョンを睨みながら続ける「だが残りは最後だった。だから飯抜きだ」
メンデスは周りの皆にも説明した。
「これだけは忘れるな。チームの負けは、みんなの負けだ。チームメンバーを犠牲にして1人だけ勝っても、それは負けだ」
まほは自分のしたことが正しいことだったと確信し、思わず笑顔になった。
それをエリカと癖毛の子が、どこかうっとりとした表情で見つめているのに、まほは気づかなかった。
「では夕飯にしよう!」
豪華な夕飯だった。ターキーのローストだの、カップのアイスクリームだの…
空腹の子供たちにとって、まさしく天国のような光景だった。ジョンのチーム3を除いては。
「じゃあ約束通り」チームメイトに言う「わたしのチョコケーキをあげよう」
しかし2人は受け取ろうとしない。
「遠慮しなくていいんだぞ」
「いやよ!あんたの…いや、リーダーのおかげで一位になってご飯も食べられたのよ。これ以上は悪いわよ」
「うん…わたしもいらない」癖毛の子も言う「リーダーのおかげで食べられるんです。だから逆に私がケーキをあげないと」
「わたしもそうする!はいリーダー!」
二人からケーキを差し出される。
まほは困ってしまった。甘えられることはあっても、施されたことはないのだ。
「わかった」まほは唸る「でも後からケーキを返せと言われても返さないぞ」
「うん!」「わかりました!」
二人の満面の笑み。
まほは心動かされた。妹の笑顔と重なって見えたのだ。顔は似ても似つかないというのに。
まほは頭を振り払い、その考えを消すと立ち上がって他の席に向かう。
妨害してたたき落としてしまった子供たちに、お詫びとしてケーキを献上しようとしたのだが、またも断られてしまった。
妨害された側は、結局夕飯は食べられたしそれも作戦の一部だと言い、特に気にしていないとまほに告げた。
自室に戻る途中。
「あの」癖毛の子が言う「まだ自己紹介してませんでした」
「小梅…いや、コウメです」
「コウメね」エリカもそれに続く
「わたしはエリカよ。…最後はリーダーね」
いつの間にか自分がリーダーになってしまっていた事に今更気づく。
その事実に咳払いしつつも、最後にまほが自己紹介する。
「改めて、わたしはまほ…いや…そうだな。マホだ。これからもよろしく頼む、エリカ、コウメ」
禁句[マホって…コウメって…]
人種の概念がほぼ完全に消えているので、グローバル感あるカタカナの名前を名乗らせました
※ジョンて誰?―Haloシリーズ主人公、マスターチーフの若かりし頃