Girls und Heiligenschein 作:ケツのインゴット
ハーベストの戦いの始まりから十年。人類は必死の抵抗の甲斐なく、次々と植民星を破壊され続けていた。
地上戦では比較的互角に戦い、時には勝利することも出来た人類であったが、艦隊戦で勝利できなければ意味は無かった。結局、軌道上などの高高度からのエネルギープロジェクターにより植民星はガラス化され、地上戦の戦果に関わらず制圧されてしまうからだ。
もしコヴナントが植民星を占領したがったのなら話は違った。しかしコヴナントは占領や統治に一切の興味を示さず、ただ星々を破壊していった。これは彼らの宗教観によるもので、人類を絶滅させんとする行動原理でもあるようだ。
コヴナントは徐々にインナーコロニーへとその触手を伸ばし、五年の月日をかけて奪還したハーベストも戦略的価値を失うほど押し込まれてしまっていた。
SPARTAN達は確かには多大な戦果を挙げた。しかしただ地上で戦っても戦況は変えられない。そこでONIセクション3はコヴナント高官の暗殺計画を始動する。劣勢の軍隊にありがちな計画と言えるが、うまく行けばコヴナントの指揮系統に混乱を生じさせ、場合によっては権力闘争や内乱を引き起こせる可能性もある。ONI肝いりの計画だった。そしてこの作戦にはSPARTANがよく派遣されていた。
既に何件かは成功し、その倍は失敗した。成功した作戦の殆どがSPARTANによるもので、失敗した作戦にはSPARTANは参加していなかった。
最新の計画は、コヴナント上層部にのみ存在する種族「プロフェット」に対する初の暗殺計画であった。
これまでも何度か実行に移されかけたものの、非常に厳重な警護により断念されてきた対象だ。
この事から、この暗殺計画はSPARTANの中でも随一の戦闘能力を持つブラックチームに任されることとなったのだ。
「目標はプロフェット族の〈善意の大臣〉。こいつが上空のCCS級戦闘巡洋艦から降下し、将兵達に演説するところを狙えとのことだ」マホはONIクロウラー内でメンバーに作戦内容を再確認させる。
従軍してから随分と時間が経った筈だが、マホ含め他のスパルタンたちも老化しているようには見えない。
これには理由がある。SPARTAN達は基本的には戦闘中以外は殆どの時間をコールドスリープをして過ごす。その上、老化による能力劣化を避けるため、薬物や遺伝子操作で老化を抑えられているためだ。兵士としてではなく、機甲戦力や兵器として数えられる、SPARTANならではの理由である。
「こいつは大量のエリート近衛に警護され、さらには頭上に多くのバンシー戦闘機とスピリット降下艇が固めている。馬鹿正直に突っ込んでは無駄死にだ。狙撃も当然対策されているだろう」マホは作戦内容の変更を通達する。
「そこで私はCCS級に目を付けた。この船のリアクターを破壊し、そのまま超質量の爆弾として大臣の脳天に叩き落とす作戦だ。ONIのデスクワーカーには思いつかないだろうな」
マホは大真面目に言い、それに二人は忍び笑いを漏らす。
「大臣とやらには馬鹿でかい墓標になるでしょうね」エリカがにやりと笑う。
「そうだ、ブラック2」エリカに向きつつ言う「おまけに下には大臣以外にも数千の兵士がいる」
「しかし、どうやってCCS級に潜入しましょうか」コウメが疑問を呈す。
「それについては考えがある。ONIから受領したこのクロウラーのステルスで付近の敵前哨基地に接近し、ファントム降下艇を奪う。IFFを偽装した上で護衛団に紛れて艦内に潜入し、リアクターにフューリー小型戦術核を設置、素早く離脱する」
「なるほど。しかしCCS級を襲撃中、艦から地上の大臣に警告を送られてしまうのでは」
「それについても大丈夫だ、ブラック3」マホはコウメに説明する「ONIから新型ジャミング装置を借りてきた。これで通信を妨害する」
「といっても不審には思われるでしょうから、おおよそ30分で目的を達成しないといけませんね」エリカが注釈する。
「そうだな。いつも通り、迅速にかつ確実に行くぞ」
その日、紫のアーマーに身を包んだコヴナント防衛隊隊長 ウスゼ・タハミーは不機嫌だった。
興味のない教義とやらに振り回され上官の不興を買い、人類への攻撃部隊から外され、指揮下の部隊もろともいけ好かないプロフェットの警護に駆り出されてしまったからだ。
もちろん、軍人としては命令に異議を唱えたりはしない。だがエリートとしては、そして肉体の強さと気高い精神を重んじるウスゼにとっては、そのどちらも備えていないプロフェットは個人的に気に入らなかった。自分の身は自分で守るべきだと、身を守れもしないものに要職は過ぎたものだと常日頃思っている。
「防衛隊長…どうして儂を地上に降ろさせようとせんのだ!儂の説教を無学な輩に広めよと、大祭司殿から仰せつかっているのだぞ!」善意の大臣は何度目になるかわからない文句を吐いた。
「お言葉ですが大臣殿」ウスゼはこれもまた幾度となく繰り返した反論を言う「これは艦隊司令部が決めたことです。それに私達はあなたの警護を大祭司殿から仰せつかっているのです。近頃、コヴナント高官が頻繁に暗殺されています。まして大臣殿は次期大祭司候補の一人だというではないですか。安全策を取るのは当然です」
いい加減この問答にも飽きてきた。ウスゼはCCS級のブリッジ前瞑想室で密かにため息をついた。
司令部の作戦は単純だ。
地上に降ろす大臣は本物ではなく、精巧なホログラムを用いるのだ。説教はこの艦の瞑想室で生放送し、スピーカーから流す。
ホログラムは遠距離からは判別できないほど精巧なもので、狙撃できる距離からだと判別はまず不可能。敵がホログラムに狙撃した場合は、発射位置を割り出して爆撃すればいい。これで最も警戒すべき狙撃の対策は取れた。
後はホログラムがばれた場合だが、気づいた時点で接近している暗殺部隊は堅牢な防護に恐れをなして撤退するだろう。
堅実だが、確実な防御策であった。
それでもウスゼは警戒は絶対に解くなと地上の部下に通達している。
だが唯一の懸念はこのCCS級巡洋艦”トゥルース・アンド・アゴニィ”の腑抜けた乗員である。先ほど艦内を見回った時、グラントは当然としてもエリートまでもが気怠げだった。確かにこの艦に敵が乗り付けてくる事はあり得ないかもしれないが、人類は突飛な戦術で幾度となくこちらに戦術的勝利を重ねてきた。油断はできない。
ウスゼは人類に対し畏敬の念を持ち、その粘り強さを称賛していた。
それ故に人類を殺害するときは出来る限りソードで、と決めていた。エリート族にとって、ソードによる死は高潔死とされているからだ。
「艦長、先ほど着艦したファントムですが、どのベイに移動しましょうか?」
CICが怠そうに”トゥルース”艦長に報告する。
「そうだな…第3ベイに空きが…」
「今何と言った!」ウスゼが突如激怒する「”先ほど着艦した”だと?なぜその場で判断を仰がなかった!」
あまりの剣幕にブリッジの人員に緊張が走る。
「ど、どうしたのだ隊長。それぐらいのことで」大臣までも思わず動揺する。
「大臣殿、護衛を付けますので安全な場所に避難してください。敵が侵入した可能性がありますですがご安心を。すぐに始末してまいります」
「なんだと!?…わかった、すぐに片付けるのだ」大臣は努めて冷静にふるまった。
「おそらく敵は凄腕だ。艦長、ベイに繋がる通路のドアを封鎖しろ。ヴェゾ、リ・テ、敵を探して来い。そこのムガレクゴロは入り口を固めろ」ウスゼは素早く周囲に指示を飛ばした。
「敵には優秀な指揮官がいるようだ。ばれずに終われると思ったんだがな」
帰り道のドアが一斉に閉まるのを見て、マホは軽く舌打ちする。
「フューリーは後15分足らずで起爆します。その前にここを出ないとまずいです」コウメが言う。
「ブリッジ近くには脱出艇があるようです。それをいただきましょう」エリカが提案する。
「採用だ。時間がない、一気に進むぞ。どうせほとんど一本道だ。敵はブリッジに来るとは予想していまい」
「コヴナント共の予想を裏切るのは最高ですね」
「全くだブラック2。さあ武器を取れ、正面突破だ。そう遠くは無い」
グラントやジャッカルではもはや足止めにもならず、次々と葬られていく。
しかしもうすぐブリッジに到着するといった所で、瞑想室前のドアを守るように立つ二人組の巨人と遭遇する。ハンターだ。
「厄介だな…ブラック2・3、右のハンターを頼む。左側は私がやる」
二人からシグナルの点滅で”了解”の意を伝えられる。
二人が右側のハンターに向かうのを確認し、マホは自分が担当するハンターに意識を集中させた。
ミミズの様な生物の集合体で構成されるハンターは、正面からだと厚い装甲に破壊不可能な盾を構え、まさに難攻不落。ロケットランチャーですら数発耐えるほどだ。
しかし一方で背面は柔軟性を確保するためか装甲面積が少なく、特に腰は内部のワーム集合体がそのまま露出している。ここが弱点だ。通常はそれをカバーするためにツーマンセルで行動しているが、今回はそれぞれが各個に対応するため、それも無くなった。
マホはハンターにまっすぐ接近し、ハンターに盾での打撃を誘発させた。ハンター地面に盾を叩きつけている隙にその体を一気に駆け上がると、露出している頭部に相当する部位に手を突っ込み、ワームを一掴み握ると、力いっぱいに引きちぎる。
そこらじゅうに飛び散るオレンジ色の体液。ハンターは悲鳴を上げて大きくよろける。その隙に背後に回り込み、艦内のウェポンラックから盗んだ4つのプラズマグレネードをまとめてハンターの腰にねじりこんだ。
ハンターはようやく悲鳴を上げるのをやめ、背後を振り返る。そしてマホを怒りに任せ右腕のアサルトキャノンで蒸発させようとした刹那、グレネードが起爆しハンターは装甲だけ残して中身は蒸発してしまった。
「流石です、隊長」
エリカたちも終わらせたようだ。体液の海に沈むもう一体のハンターを跨ぎながら向かってきた。
「もう障害は殆ど無いだろう。さあこの部屋の脱出艇に…」
「私からも称賛を送らせてもらうぞ、人間よ」
ブラックチームは素早く声のする場所に銃口を向けた。
アクティブカモフラージュ…エリートが主に使用する工学迷彩を解きながらソードを持ったエリートが3体現れる。
「全く素晴らしい、ここまで来るとはな。予想以上だぞ人間」中央に立つウスゼは敬意を籠めて語る「だがここで貴様らは死ぬ。しかし私が永久に記憶しておくことを誓おう」
そう言うとウスゼは愛用のエナジーソード”レイヴニング・スリヴァー”を出力した。
「来るぞ。散開」
二人はその指示を聞くと素早く左右のエリートに攻撃を加え始めた。左右のエリートも応射するが、ハンターの死体を隠れ蓑にされてしまい、命中させられない。
マホは瞑想室への入り口傍の壁を背に立つ。中央の紫のエリートが再び姿を隠すのを確認すると、プラズマライフルを両手に一挺ずつ持ち、前方に一斉にばら撒いた。プラズマの雨に曝され、また数発が掠めてウスゼは姿を現す。しかし姿を現したときには殆どソードの範囲内だった。
そこでマホは射撃をやめ、姿勢を低くしウスゼの腹部にタックルをかまして倒れ込んだ。ウスゼは右手のソードを自分のマウントを取ったマホに突き刺そうとするが、マホはソードの持ち手を渾身の力で殴打。ウスゼはそれでもソードを手放さなかったが右腕は痺れた様で、代わりに左の拳をマホの側頭部に叩きこもうとする。
それをぎりぎりで避けたマホは、マウントポジションをやめて立ち上がり、ウスゼの左足を踏み折った。
ウスゼはそれに激昂し、折れたはずの足で立ち上がり、マホを抱え上げて壁に叩きつけた。
マホは咳込みつつ立ち上がり、ウスゼを睨みつける。ウスゼも膝立ちながらも同様にマホを睨みつけた。
膠着状態。
そんな中、艦内のモニターとドア越しからヒステリックな声が響いた。
「防衛隊長!ウスゼ・タハミー!何をしている、さっさと敵を排除するのではなかったのか!この儂に嘘をつくつもりか!」
モニターに映るのは枯れ木の様な醜悪ともいえる老人のエイリアン。プロフェットだ。
マホは地上にいるのが偽物の大臣だと理解し、しかしドア越しの瞑想室内に本物がいることを知った。
どうにか瞑想室内に押し入り、殺害すれば目的は達成される。
「大臣殿!私は安全な場所に移動しろと言ったではないか!」ウスゼが大声を上げる。
「貴様がすぐに片付けると言ったからではないか!儂のせいではない、貴様の責だ!」
「老いぼれが…!」ウスゼがモニターを叩き壊す「恥ずかしいところを見せたな、人間。続けよう」
「いや、残念だがそうはいかないな」マホはウスゼから踵を返すとハンターの死体に向かって疾走し、鎧に装着されたアサルトキャノンのトリガーを引き、瞑想室への扉を破壊した。
「何だと!」
ウスゼが驚愕するのを尻目にマホは瞑想室の中に突入する。
しかしウスゼも折れた足で必死に追いすがり、護衛のジャッカルを殺し、今まさに大臣も殺そうとしているマホの前に立ち塞がった。
「させん!」レイヴニング・スリヴァーを上段に構えつつ迎撃しようとするウスゼ。
マホは爆弾起爆までのタイムリミットを確認する。
残り2分47秒。
エリカたちはウスゼの連れていたエリートを片付け、後方から来る敵を押しとどめていた。
このままだと艦ごとブラックチームは死んでしまう。
大臣にも逃げ出されかねない。
マホは一つ決断する。
この戦いに勝つには犠牲を受け入れなくては。
マホはヘルメットのバイザー越しの瞳を一度閉じ、そして開くと同時にハンドガンとプラズマライフルの二挺をアキンボスタイルで構え、眼前のウスゼに吶喊した。
ウスゼは叫び声とともにマホの正中線にソードを振り下ろした。
これは刀身に質量のないエナジーソードならではの戦い方であり、敵が振り下ろしを避けても、すぐさま横なぎに移れる振り方だった。
だがマホはウスゼの予想を超えた。
体を右側にそらしつつ左腕のプラズマライフルの銃口でソードを受け止めて押し返しつつ発砲。ウスゼはソードとプラズマ弾の干渉による高熱と閃光を至近距離で受け両目を焦がされた。
しかしそこまでだった。プラズマライフルは1発撃った後ついにマホの左肩ごとソードで切断された。
マホは凄まじい激痛に歯を食いしばりつつもウスゼが行動不能のうちに大臣に肉薄し、残った右腕のハンドガンで大臣の頭部を三度撃ち抜き、殺害した。
「隊長!いま運びます!」エリカが必死に近づいてくる。
「ブラックチーム…脱出しろ…」マホは無くなった左肩を抑えつつ言う「私はいい」
「良くないですよ!」コウメが珍しく声を荒げる「絶対に見捨てたりはしません!それにこの悪趣味な艦を自分の墓石にするなんていい趣味とは言えませんよ」
それにマホはふっと笑い、頷いた「…そう、だな。すまないが脱出艇まで運んでくれ。時間が無い」
「「了解!」」
こうして、ブラックチームはどうにかフューリーの起爆前に離脱できた。
「見てください、隊長。コヴナントども、下敷きですよ」エリカが脱出艇を操縦しつつ”トゥルース”の爆発を確認した。
「ブラックチームの戦闘力がまた評価されちゃいますね」コウメが誇らしげに言う。
「ああ…そうだな…あの爆発は…まるで……」混濁する意識の中でマホはどうにか答える。
「隊長?隊長!しっかりしてください!エリカさん、UNSCの医療施設のある惑星はあとどのくらいです!?」
「クロウラーに乗り換えてジャンプして…短くても3時間。でもスリープポッドまで隊長を運べばどうにかなるはずよ!」
「隊長!頑張ってください!」
「そんな…隊長!」
二人の必死な声が、マホにはどこか遠くに聞こえる。
まるで…そうだ、思い出した…ハーベストの新年祝いの祭りの花火だ…はぐれたみほを叱って…その後手をつないで一緒に…
その時みほと約束した。『もう二度と離ればなれにならない』と…
どうしてこんな大切なことを忘れていたんだ…
わたしは…あねとしてとうぜんのことができなかった…
やくそくをまもれなかった…
すまなかった…みほ