Girls und Heiligenschein 作:ケツのインゴット
雪原の訓練からさらに6年。
今やSPARTAN候補生たちは、徴兵以前の時間よりも長く訓練を受けている。
その結果は素晴らしく、14歳程度ながら肉体はオリンピック選手と同等に、頭脳は海軍士官学校主席と同等と、非常に高いレベルになっていた。
仲間の絆はさらに強固に、何物にも壊せないほどのものになっている。
マホはそんな自分に満足し、また彼女に付き従うエリカとコウメも自らに自信を持っていた。
そんな日々の中、マホは無駄なものを排した自室で日課の戦術論の教本を読み、時間をつぶしていた。
「リーダー」エリカに呼ばれる「メンデスから招集がかかってますよ」
部隊長はジョンだというのに、相変わらずマホをリーダーと呼ぶエリカ。
「わかった。今行く」
エリカはそれまではマホに対して普通に接していたが、マホが雪原の一件や、その後副長に任命されたことによりコウメの様に敬語で話しかけてくるようになった。他のSPARTANには今までと変わらない態度だったが。
マホはそれを少し寂しく思いながらも、エリカの尊敬に報いる人物になろうと心掛けていた。戦術論の教本もその一環である。
マホは本をたたんでエリカとともに部屋を出る。
部屋の外で待っていたコウメとも合流した。
「それにしても、いったいなんでしょうね」
「さあな。まあ行けばわかるだろう」
そのまま指示された部屋に向かう。思えば一度も入ったことのない部屋だ。
新い訓練だろうか。もしそうでも、私たちに乗り越えられないものは無いとまたも証明することが出来る。
マホは少し高揚しつつも、それを顔に出さずに歩く。ポーカーフェイスは得意技なのだ。
「ここですね」部屋に入りつつコウメが言う「医務室みたいな感じですが…」
コウメの言った通り、そこは医務室のような清潔感と消毒液の匂いがした。
辺りを見ると殆どの兄弟たちが部屋の一角に集まっていた。
「こっちだ」サムに呼ばれた「ここに集まってろってさ」
「なんなのかしらね」とアリサ。
「今回も楽勝だぜ」カークが自信たっぷりに言う。
「まー気楽に行こうよ」お気楽に見えるロン。
「油断しないようにな」フレッドが周りをたしなめる。
兄弟たちがいつも通りで、マホはいかな困難があろうが今回も全員で切り抜けられると強く確信した。
「マホー、何笑ってんの」ルネにからかわれる。
「いや、私たちなら大丈夫だな、とね」
そして十分後。
全員が髪の毛を剃られ、体中にレーザーで何らかのラインを引かれた。
これから何が始まるんだ。
マホはさすがに気になり、不安と好奇心を持った。
処置を終えたメンバーから順番に、ゆりかごのような台の上に横たわるように指示された。カークが最初だ。
横たわった後、カークが麻酔をかけられるのを見てマホは今回の試練が何かを理解した。
手術だ。何のための手術で、した後どうなるかなどは全く読めないが、恐らくはとても重要なことなのだろう。
ついにマホの番が来た。
「リーダー…」
エリカとコウメが不安そうに近づいてきた。
「心配するなエリカ、コウメ。大丈夫だ。先に終わらせるから、後からちゃんとついてくるんだ」
「わかりましたリーダー。ご無事で!」
そしてマホに麻酔が効き始める。
マホは痺れるような感覚に身をゆだね、意識を手放した。
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夢を見ている。これは夢だとはっきりと分かりながら見ている。
夢の中でマホはまほになり、みほと一緒にいた。
ここは…ハーベスト。私の故郷。まだ幼いみほとその面倒を見る私。
畑ではしゃぎまわるみほ。お母様の申し訳なさそうな表情。お手伝いの…菊代さんの横顔。
わたしが守りたいもの。私達が守らなければならないもの。
かんがえがまとまらない…きょうだいたちはどこだ。
いや、わたしのきょうだいは…しまいはいもうとのみほだけだ。
きょうだいとはだれだ。
わたしはだれだ。
わたしはまほ。みほのいいおねえちゃん。
わたしはマホ。あつめられ、くんれんしてきた。
わたしは…私はSPARTAN-212。戦うために選ばれた。
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ひどい頭痛と、全身の凄まじいまでの痛み。それがマホの起き抜けに感じたものだった。
私は一体…そうだ、手術で…。
辺りを見回す。心なしか、周囲がよく見えるような気がする。
ふと手を見ると、手術前にレーザーで記された通りに傷跡が走っていた。まだ血が滲んでいる。
「一体何をされたんだ…」
マホの不安げなつぶやきは、空中に溶けて消えた。
しばらくしてベットから起き上がり、よろよろと他の兄弟たちの様子を見に回った。
まず、すぐ近くにあったフレッドの台を見てみた。
”成功”と台の近くのモニターには映し出されていた。
マホはホッとし、他の台も見てみることにした。
きっと、みんな無事に切り抜けられた事だろう。
フレッドの向かいにあるコウメの台を見てみる。
”成功”
やはり!
マホは気を良くし、そのままコウメの横の台を見た。
この台は確かルネだったな。そう思いマホはルネに視線を移した。
そこで気が付いた。
おかしい。ルネはこんなに肩が大きかったか?こんなに猫背だったか?
こんな…こんな人間とは思えないような骨格だったか?
マホは一気に血の気が引いた。
台のモニターに視線をやると”重大な損傷。バイタルに乱れあり”と映し出されていた。
他にもこうなった兄弟たちがいるかもしれない。
マホは真っ青になって部屋を歩き回った。
そしてマホは見た。
カークは…ルネと同じようになってしまっている。
ファジャドは何度も痙攣を起こしていた。
カサンドラは皮膚がおかしくなっている。象皮病だ。
ソレンは涙と鼻水を絶えず垂れ流している。
カチューシャは全身の手術跡から出血している。
ロン、ミーネ、チェンに至っては”バイタル消失・死亡”とモニターに書かれていた。
あんまりだ。こんなのあんまりじゃないか。
戦えず、使命も果たせず、彼らはこんなところで死んでしまうのか。
”成功”と書かれた兄弟たちは半分強。
まさかこんなところで半分近くが脱落するとは。
マホはのろのろと歩き、まだ確認していない最後の台を見つけた。
エリカの台だ。
見たくない。見たくないが見なくては。
マホは恐る恐るエリカを見た。
見たところ、特におかしくはなってないようだ。
マホは心から安堵し、モニターを見た。
”心臓部の肥大化を検知”
なんだこれは。
どういうことだ。
このままだと戦えなくなるのか。
ルネたちと同じように。
エリカも。
このままだと死んでしまうのか。
ロンたちのように。
させない。
これ以上の犠牲はいらない。
「だれか!だれか来てくれ!彼女はまだ間に合う!他の皆もだ!助けてやってくれ!頼む!」
マホは外部に繋がっているであろうインターフォンのボタンを押し、必死に呼びかけた。
それを聞きつけたのか、ハルゼイ博士たちがやってきた。
マホはそれを見届け、博士たちの麻酔により再び意識を手放した。