女神達の奇妙な冒険   作:戒 昇

62 / 66
第61話 ルナティック・カームその④

 臨戦態勢をとる出水に対して、敵スタンドは左右に揺れながら攻撃の機会を伺っていた。

この時、彼の心は不思議と落ち着き状況を冷静に把握することができていた、その事に本人は驚きを隠せなかった。

 

  (さっきまでの恐ろしさが嘘みたいだ…)

 

 両手の拳を自身の胸の前まで持ってくる…所謂ボクシングの基本フォームである、断るまでもないが出水自身はボクシングの経験はなく、ましてや過去に本を読んだ事すら無いのだ。

 つまり、体が自然に闘う為の姿勢をとったことになり、本能とも言い換えることができるかもしれない。

 

 

『バァァァッ!!』

 

 「ハッ!」

 

 

 敵スタンドの拳と出水の右拳がぶつかり合う、力が拮抗し互いの拳が弾かれる。

 触手の脚を凪ぎ払う如く横から飛んでくる、それを右腕で受け止めると素早く掴みとり、自分の方に引き寄せる。そして空いた左拳で腹に当たる部分を殴り付ける。

 

 しかし、掴まれた段階でその攻撃を察知していたのか数本の脚で防がれていた。出水は深追いはせず手を離すと、バックステップで距離をとる。

 間髪入れずに敵スタンドの懐に入ると、ひじ打ちを腹に入れ相手がよろめいた所を右手の掌で顎に強い一撃を与える。

 

 

『グッ!』

 

 「これでッ!」

 

 

 動きが止まった隙をついて蹴りを入れて後方へ吹き飛ばし、地面を蹴り上げ空中へ飛び、そのまま飛び蹴りを放つ。

大量の土煙が発生し、視界が遮られるが出水は確かに直撃がしたかと思ったが、手応えがない事に気が付いた。

そして、土煙が晴れると敵スタンドの姿がなくなっていた。

 

 「ッ!、何処に…」

 

 

 

 

 

時間は少し遡る、ここは敵スタンドこと「ルナティック・カーム」の本体である「霧島 洸九郎」がいるビルの屋上である。出水が一人で出てきた事を見て焦りが顔に表れる。

 

 「なッ!もう一人は何処に行きやがった!」

 

急いで周りを見渡すが姿を確認できず、柵の一部を殴り付けて悔しさで顔が歪む。

 

 「ま、まさか…俺の能力が「遠距離操作型」だと気付いたかッ!」

 

 ーーいや、そんなはずはない!

 仮に気付けたとしても場所までは分かる事はない、それに来たとしても来ているのは女の方みたいだからな…俺でも対処はできる。

 

 

「ま、ここが分かる訳がないか…」

 

 

 

 

「…あなたが本体やね」

 

 

不意に聞こえてきた声に驚き、後ろを振り返ると…先ほど姿を消した制服を着た少女が扉の前に立っていた。

時間にして数分程度しか経っていないはず、なのに直ぐに見つけられた事に霧島は怒りを露わにして問いかける。

 

 

「ば、ばかなッ!どうしてここが分かった!!?」

 

「手がかりが色々あったからね…それのおかげと言うべきかな」

 

 

手がかりーーそんな物が有ったのか…?と言わんばかりである顔をする霧島を余所に…

制服を着た少女もとい希は語り始める。

 

 

「まず、さっきのあなたの「スタンド」がうち等を見失った時…

  実は屋根にしがみついていただけなんや…なのに見失った」

 

「と言うことは、本体の位置はあそこから影になって見えない所に限定される…

 まぁ、「自動操縦型」やったら不味かったけどね」

 

 

悪戯っ子ぽく少し舌を出して微笑む希とは対照的に顔色が悪くなってきてる霧島である。

 

 

「次に、その場所からあの神田明神が広く見渡せる所を探した…

 あの位置から影になるのは「北の方角」…そして見渡せるぐらいの場所は、

 

 

    ここ、「アキバ第二商業ビル」の屋上しかない」

 

 

「こ、こんな事が…」

 

「さらに言えば、この下の階には「オデュッセウス・インダストリー社」の第三支部が入っている。

 …ここまで言えばもう分かるよね」

 

 

少女から発せられたとは思えない言葉に呆然としていた霧島だったが、何かを思い出したのかククッと不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「追い詰めたようだが…俺にはまだ策はある」

 

「…?」

 

 

発言の意図が理解できない希を一瞥し、霧島はズボンの右ポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、鋭利な刃を出した。

 

 

「コイツを使わせる事になるとはな…

 癪だがあんたを始末してから、一旦退却するしかないな」

 

「…そんな物騒な物を持ってるとはね」

 

「自分の無用心さを…後悔しなッ!」

 

 

右手に持ったナイフを突き刺すように一直線に向けてくる、それは散発な攻撃で希は容易く横にずれる事で避ける。

 

 

「クソッ!避けんじゃねェッ!」

 

 

避けられた事に腹を立て、今度は真一文字に来たが滅茶苦茶に振り回しているおかげか、攻撃は明後日の方向に飛んでいく。

それでも攻撃の手は緩めず、まだ振り回している…

時に縦に一直線に、再び真一文字や心臓に突き刺してくることもある…がどれも希を捉える事はなかった。

 

(楓さんに護身術を習っておいて正解やったな…)

 

次々と繰り出される攻撃を冷静に避けながらも、希は善意で教えてくれた波紋使いに感謝していた。

 

…それのせいか、または足下を疎かにしたのか一瞬だけ脚が何かに引っ掛かり態勢を崩す。

この隙を逃すことはなく、霧島はナイフを上から斜めに切りつける。

 

着ているブレザーのボタンが弾かれ、その下のシャツまで切れていた。

それに希が怯んだ瞬間、ナイフを振り下ろす…だが若干のタイムラグのおかげか胸に突き刺さる前、両手でナイフを持っている腕を掴めた。

 

 

「へへッ、良く見ればあんた…中々の体をしてんな」

 

「…ッ」

 

「殺す前に…味見でもしてみるかぁ~」

 

 

ゴクリと生唾を呑み込み、さもご馳走を食らう前の猟犬みたいな血走った目で、全身をなめ回す様に希を見た。

そんな視線で見られたか彼女の背中に悪寒が走る。

 

 

「手始めに抵抗出来ない様に、腕の一本でも使えなくしておくかッ!」

 

 

希の手を振りほどき、逆に彼女の右腕を掴んでナイフを突き立てようとする。

その一連の動作に対応出来なかった希は何もできず、その時を待つしかなかった。

 

 

「グ…ァ」

 

「…え?」

 

 

聞こえたのは、うめき声の様なものだった。

見ると顎の所を手で押さえている霧島の姿があった、希はその隙にナイフを右手から強引に奪い取る。

 

 

「あ…し、しまった!」

 

「これは没収やね…もう観念しなよ」

 

「観念……だと…」

 

 

 

 

「馬鹿め…気付かない様だが俺は「スタンド」を回収したんだぜ、あんたを確実に殺す為になぁ!!」

 

「あのガキは始末し損ねるが、仕方がないがな…」

 

 

ーー距離があるせいか、戻るまでには時間は要するが目の前の奴を確実に殺れるからいいだろう、と思っていると希の表情は絶望していないことが見てとれた。

 

 

「…こんな状況で絶望はしないのか」

 

「絶望…?そんなのは感じないよ…

 だって、勝利の構図が出来たやからね!」

 

「そんなハッタリがぁ!」

 

「うちのスタンド「パープル・ヴァローナ」は人以外の生物に憑依して操る能力…

 今までスタンドが出てきてないのは、ある人を誘導(・・)する為、そしてそれはもう終わった…」

 

 

言い終わると同時に、屋上の扉が開かれていく…

そこには、「アイム・ヒーロー」を見に纏う「出水英雄」の姿があった。

 

 

「東條さんッ!」

 

「時間ピッタリやな、出水君」

 

 

…全く予定通りに事が進まず、獲物を追いかける狩人だと思っていたのが今では追い詰めらる側になってしまっていることが霧島のプライドに触れる。

 

 

「お、お、俺は…こんな、違う…俺はァッ!

 

俺はお前等の様な落ちこぼれとは違うッ!!

 

エリートである、この俺が!負ける訳がねェェだろォォッ!!!」

 

 

叫びながら突進してくる…出水は決着をつける為、希の前に立つ。

 

 

「ルナティック・カァァァーム!!!!」

 

「ウォォォリァァァッ!!」

 

 

交差する拳、捉えたのは……

 

 

 

 

出水の拳であった、渾身の右ストレートは顔面のど真ん中に直撃し、骨が折れる様な音が響く。

その一撃は、精神的に疲労していた霧島の意識を刈り取るには十分すぎるものだった。

 

 

 

 

 

 

戦い後は、出水と希は今回の事をスピードワゴン財団と「落合楓」に報告する為に神田明神で休憩をとり、出発する。

そこで、あるミスをしてしまう…普段より厳しい戦いであったゆえ「アイム・ヒーロー」を解除しないまま、神社の境内まで来てしまったのである。

 

希に指摘されて、ようやく解除をしたが……その一部始終を参拝ついで立ち寄った「神崎正樹」に目撃されてしまった。

 

 

「ヒデ……何で、何も言ってくれなかったんだよ…!」

 

 

正体を隠していた事ではなく、自分が出水にとって頼り甲斐がない奴だと思われていた…

その事にショックを受けた彼は、声をかけることもなく走り去ってしまう。

 

空は彼の心と同調するかのように、どんよりとした曇り模様だった。




いかがだったでしょうか?少しお知らせがあります。


本作「女神達の奇妙な冒険」の1話から3話まで、加筆・修正を致しました。
4話以降も順次修正していく予定で、修正が完了した時は活動報告にあげていきます。


感想・ご意見お待ちしています!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。