東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
世界が割れたのかと錯覚するほどの轟音が幻想郷中に響いた。
二足歩行の黒龍——神楽は魔法陣の外に吹き飛ばされる。翼を広げて体勢を立て直し、先ほど立っていた場所を見つめる。そこには拳を振り切ったままの状態で固まっている剛と火神の姿があった。
「単純な力は俺より上だな、ありゃ」
「しかし儂よりかは下のようじゃのう」
拳から伝わって来た衝撃から彼らはそう分析する。
——相変わらずの馬鹿力だ。
隣に立っている女を見ながら火神は思った。
彼女がいなければ今の拳のぶつかり合いはとても勝つことができなかっただろう。それほどまでに敵は強い。
久しぶりに血が騒いでくるのを感じる。
「出し惜しみはなしだ。——侵食しろ『ニュイルミエル』」
『りょーかい』
その名を唱えると、頭の中でルーミアの声が聞こえてきた。
直後に光すら飲み込みそうな闇が背中から溢れ出し、目の前に集中していく。
出来上がったのは、刃の部分が血のような赤に塗られ、他は全て黒に染められた片手剣だった。それを握りしめ、軽く振るう。
すると地面に弧が刻まれ、そこから炎の壁が立ち上った。
「うわちちっ! 早よ火を消さんか! お主の炎はシャレにならん!」
「大げさだな。それよりも……くるぞ」
呼びかけた次の瞬間、炎の壁が突き破られた。
奥から姿を現した黒龍は鋭い爪を振り下ろす。
前に出た火神は剣を縦に構えてそれを受け止めた。しかしその衝撃はやはり大きい。力負けして、床に足をつけながら後方に吹き飛ばされていく。
爪を振り切った状態を狙って、剛は回し蹴りを繰り出す。
神楽は巨体に似合わぬ軽やかな動きで跳躍するようにそれを避け、口を下に向けたままブレスを吐き出す。
「効かぬわこんなものっ!」
『オーロラブレス』。
炎と氷を合わせることで、対消滅を起こさせる『メドローア』の原理を利用した攻撃。
だが剛には無意味だったようだ。
彼女は跳躍して突っ込み、息を体で突き破る。そして天を貫く勢いでアッパーを放った。
鎧のような黒い鱗もさすがに彼女の力を打ち消すことはできず、神楽の顎が体ごとかちあげられる。
一瞬意識が遠のいていく。だが踏みとどまり、逆に彼女に向かって紫のオーラをまとった両爪を振り下ろした。
『“悪夢の
破壊の鉄槌が剛に落ち、魔法陣の床に背中を叩きつけられた。それでも勢いは止まらず、床はミシミシと悲鳴をあげる。そしてとうとうガラスのように割れて、彼女の体は空の底へ落下していった。
入れ替わるように、火神が背中から六枚の炎の翼を生やして飛んでくる。
迎撃のために尻尾の大蛇たちがそれぞれブレスを放つ。だが火神はそれと同じ数の炎の竜を作り出し、相殺させた。
だったらと、神楽は爪を振りかぶる。しかし振り下ろそうとしたときには、火神の姿は視界から消えていた。
「『バニシング・シャドウ』」
背後から声とともに刃が突き出される。それは分厚い鱗を貫通して神楽の背中に突き刺さった。だがそれで終わらず、剣が光ったかと思うと、そこから放たれた超高温の閃光が体内から腹を突き破った。
「へっ、闇はテメェの専売特許じゃねェんだよ!」
『ガッ……! てんめぇ……!』
反撃の爪が来るも、再びバニシング・シャドウを利用して逃げる。
それを追って神楽も高速で移動する。
姿を現しては剣と爪をぶつけ合い、また消えては現れてぶつかり合う。
火花が散り、空気が震える。
だが常に消えたかのような速度で動いている神楽と、いちいち姿を現さなければならない火神では、前者が僅かだが有利だ。そしてその違いがやがて明確に現れ始める。
姿を現したとたんに振り下ろされた爪が火神の体を浅く切り裂く。剣を振り返すもそれは空振り、発せられた炎の斬撃が空の彼方を燃やすだけで終わる。
そして死角から突如伸びてきた爪が、とうとう彼を貫いた。
「っ、『火炎大蛇』!」
痛みで叫ぶ間すら惜しい。
火神は自身を貫いている爪を逃がさないように握りしめながら、口から炎を吐き出した。
ただの炎ではない。この世で火神しか作ることのできない、灼熱の炎だ。その熱量はお空の核エネルギーを上回っている。
それを一身に受け、神楽の体は焦げによってさらに真っ黒となる。たまらず人間のものではない咆哮をあげながら後退した。
火神は爪を引き抜くと神楽の頭上に飛び乗り、足を天高く掲げた。そこに膨大な妖力と熱が集中していく。
「『ブレイクスルー』!」
妖力によって強化されたかかと落としが脳天を砕く。そして神楽の体はひび割れていた魔法陣を完璧に壊して、大樹の幹に沿って落ちていった。
だが、落下先にも火神はいた。例の闇を一瞬で渡る技を使ったのだ。
彼の右足は赤い光に包まれていた。それが再び、今度は横薙ぎに繰り出される。
「『ブレイクスルー』!」
ハンマーのようなその蹴りが胴体を捉えた。
撃ち出されたように神楽の体が吹っ飛んでいき、大樹の幹に背中が当たる。
さらなる一撃を加えるため火神が迫る。空を飛ぶ速度を利用しての両足飛び蹴り。
だが神楽は左の手のひらを盾にして受け止めると、そのまま掴んで逆に火神を大樹へと叩きつけた。
追い打ちの拳を振り切る。これも直撃し、火神の体が大きく跳ねる。
最後に両拳を組み合わせてハンマーのように振り下ろし、彼を地上まで叩き落とした。
しかし、次の瞬間には神楽もまた空から突き落とされていた。
定まらない視界のまま上を見上げると、そこには剛の姿がある。ここで初めて頭から激痛がするのに気がついた。
やがて地上が見えてくる。だが湖の姿はなかった。代わりにあるのは真っ赤に燃え盛るマグマの海。と、その上に立つ火神の姿。
「戦う前に雑魚どもを退けておいて正解だったぜ! おかげで思う存分暴れられる! ——『火炎竜』!」
彼の号令のあと、マグマが柱のように伸びて竜を象っていく。敵を焼き尽くさんとばかりに火神と同時に神楽に向かってきた。また、剛が落ちてきて、拳を振るうのも見えた。
『“竜王の
神楽はアッパー気味に左の爪を振り切り、炎の竜を爆散させ、さらに頭上にいた剛を切り裂く。返す刀で反対の爪を振り下ろして、火神の体に爪の跡を刻んだ。
「ガッ……!?」
「カハッ!!」
二種類の鮮血が宙を舞い、落ちていく。
神楽の剛腕によって振るわれた爪は剛を上空に打ち上げ、火神を吹き飛ばした。
あまりの風圧に体勢を立て直すこともできない。視界がぐるぐると回ってどこを飛んでいるのか把握もできないまま、壁らしきものを突き破って地上に落ちる。
「ぐっ……ここは……?」
火神が倒れていたのは室内だった。とはいえ外と内とを分ける境界線は彼がぶち破ってしまったため真に室内と言えることはわからないが。
西洋風の広い空間に赤い床、赤い壁、シャンデリアに赤い飾り。
ここまで奇抜なデザインは幻想郷でも一箇所しかない。
どうやら霧の湖を超えて紅魔館にまで飛ばされてしまったらしい。ここはエントランスのようだ。
状況を確認していると、突如天井がブレスか何かでまるごと消し飛ばされた。ハゲてしまった上空から黒龍が降りてくる。
「しつこいやつだな! 『バニシング……!」
『光よ、辺りを照らせ』
剣を構え、闇に移動しようとする火神。だがそれよりも先に神楽の周囲に光の玉が複数出現し、それが辺りを明るく照らし出した。
こうなってしまっては『バニシング・シャドウ』の範囲は極限にまで絞られてしまう。しかし一箇所だけ確実に闇ができる場所を火神は知っている。
迷いは一瞬。
彼は技の名をつぶやき、自身の影に飛び込んだ。
再び出てきた時の場所は神楽の背後——つまりは彼の影の中だ。
しかし、神楽もそのことを理解していたようで、火神の姿が消えた瞬間に迷わず爪を背後へ振るった。
火神の賭けは失敗に終わった。視界が明るくなると同時に眼前に現れた爪に対応できず、顔面を切り裂かれてそのまま床に叩きつけられる。
絨毯が弾け飛び、代わりに後頭部から流れる血が床を赤く染める。
体が床にめり込んでいた。
勝利を謳うような咆哮が響く。歪んだ視界に八匹の大蛇が大きく息を吸い込んでいるのが見える。
「くそったれが!」
『“カオスブレス”』
閃光が紅魔館中を満たす。
爆発がそこを消し飛ばした。
その中心にいるのは神楽と火神。神楽は八つの大蛇から消滅のブレスを、火神は手のひらから灼熱の炎を放出している。
だがただでさえ不安定な状態な上にとっさのことだったので火神の炎は安定していない。徐々に押し込まれていき、ブレスが目と鼻の先まで近づいてきたそのとき、
「『空拳』ッ!」
突如強烈な衝撃波が神楽の横顔に襲いかかった。
あまりの威力に龍の体勢が横に傾く。ブレスが斜めに逸れて空の彼方まで伸びてゆく。
抑えるものがなくなった炎が神楽を飲み込んだ。
『ガァァァァァァァァッ!!』
身体中を炎に包まれ絶叫する。
その隙に剛は火神の元へと駆け寄る。
「ちっ、余計な真似を……あれぐらい俺一人でも大丈夫だったってのによ」
「顔中真っ赤になっとるやつのセリフじゃないのう」
「テメェだって身体中血まみれだろうが」
火神の顔には斜めに爪跡が刻まれており、そこから溢れ出た血が顔面を染めていた。
服の袖でそれを拭き取り、彼は立ち上がる。
神楽はもう火を消し終えていた。
「さて、敵もそろそろ立ち直ったようじゃし、儂は勝手に行かせてもらうぞ」
「好きにしろ。もとよりテメェと協力するつもりなんざ毛頭ねェ」
剛が駆け出す。同時に火神が剣を地面に突き刺す。すると神楽の周囲の地面から炎の柱が複数噴き上がり、彼を取り囲んだ。
『“カオスブレス”!』
「効かぬと言っておるじゃろうが! 『空拳』!」
再び大蛇たちからブレスが吐かれる。それは剛の拳によって繰り出された衝撃波に相殺される。
彼女は好機と見て、神楽の腹部めがけて跳び上がった。その拳に電気が集中していく。
だが神楽もまた、両方の爪に紫色のオーラを纏わせていた。
四メートルもの巨体の彼と剛では腕のリーチは断然前者の方が長い。よって攻撃が同時に繰り出されたとしても先に当たるのは神楽の爪だ。
しかし、神楽は忘れていた。敵は剛の他にもいるということを。
空中に浮かぶ彼女の体がブレて、後ろから来ていた火神の姿が露わになる。
「人間大砲だ! くらいやがれ!」
声とともに繰り出された蹴りがなんと剛の足の裏に命中する。
大砲でも撃ったかのような音が響いたあと、彼女は撃ち出されたかのように加速して一気に神楽との距離をゼロに近づけた。
その勢いを利用した雷を纏った一撃が振るわれる。
「『雷神拳』!」
雷のごときスピードと破壊力を秘めた拳が腹部に突き刺さり、一度間を置いたあと神楽がぶっ飛んだ。それも半端な距離ではなく、途中山を三つほど貫いてもまだ止まらなかった。
あまりの風圧に翼をはためかせることもできない。
「ヒャハッ! 『ブレイクスルー』!」
闇を伝って神楽が飛んでいる直線上に回り込んだ火神はその背中を先ほどまで進んでいた方向とは正反対に蹴り飛ばす。
負けじと剛は両の手を組んでハンマーを作り出し、神楽を真下の地面に叩き落とした。それで終わらずに空気を蹴って加速し、倒れている体に向かって両足で勢いよく踏みつけて着地した。
クレーターが広がるとともに神楽の口から大量の赤い液体が吐き出された。それが彼女にかかったことで偶然目隠しとなる。視界が一瞬潰れたところを狙って爪を振るい、彼女の身体を切り裂きながら吹き飛ばす。
『ハァッ、ハァッ……ガハッ……!』
あちこちの鱗を砕かれ、身体中から血を流しながら辺りを見回す。
近くに大樹の根元が見えた。つまりここは霧の湖の中だ。とはいえ湖と定義するのに必要不可欠な水は火神がマグマを発生させた時点で中の生物ともども蒸発してしまっており、今では深くくぼんだ大地となっている。
火神からの奇襲を警戒し、紅魔館で作った光の玉をあらかじめ出現させておく。闇に閉ざされた大地を光はよく照らした。
若干離れた場所に火神が姿を現した。復帰した剛も彼のとなりに並び立つ。
「ほんと……ここ数百年で一番しんどい戦いじゃのう……っ」
「まったくだっ、二人揃って、このザマ、だしな……っ」
二人の体はすでにボロボロだった。身体中が血まみれになっており、骨折も何箇所かしているだろう。しかしその目に宿る炎は一度たりとも色あせてはいない。
これで終わらせてやるとでも言うようにあげられた咆哮が衝撃波となる。二人は身体を吹き飛ばされそうになるも無理やり踏ん張り、前へ突っ込んだ。
最初にたどり着いた剛が拳を振るう。だが神楽はそれを防ごうとはせず、得意のスピードを使って回避し、反撃の爪をくらわす。
「『ジャックミスト』!」」
火神が地面に剣を突き刺し、黒い霧を発生させる。
闇が辺りを包み込み、神楽に触れた瞬間、身体が切り刻まれて血が噴き出した。
『っ、“オーロラブレス”!』
神楽は口から消滅のブレスを地面に吐き、霧を一掃する。
だが闇がはれた瞬間に飛び出して来た剛の拳が彼を殴りつけた。
『ガッ……“カオスブレス”!』
後方に勢いよく後退しながら尻尾を前方に向け、極大のブレスを吐く。
剛もまたそれに対抗するように、先ほど振るったのとは反対の拳を前に突き出した。
「『空拳』!」
衝撃波とブレスがぶつかり合う。
しかし継続的に攻撃することのできるブレスと違って、衝撃波というのは刹那的なものだ。
徐々に威力が衰えていき、ブレスが剛に迫っていく。
だが、神楽は剛に集中するあまり気づいていなかった。
光の玉が闇の霧によって壊されていたことに。そして自身の背後の闇から誰かが現れたことに。
「いい加減その目障りな尻尾を落としやがれ! 『
炎を纏った剣が八つの尻尾全てが繋がっている根元に落とされる。
刹那、湖の端から端までに巨大な線が刻まれ、そこから炎の壁が天高く伸びた。
『ガアアアアアアアアアアッ!!!』
八匹の大蛇が地面に落ち、陸に引き上げられた魚のようにしばらくうねり、やがて動かなくなる。
あまりの痛みに神楽は絶叫し、めちゃくちゃに爪を振り回す。
だが好機と見た剛の蹴りがカウンターとなり、彼の顎を上に向かせた。
無防備となった神楽との距離はわずか一メートルほど。
両方の拳に電撃が走る。
「『流星、砕き』ィィィィッ!!」
音すら置き去りにするほどの速度で破壊の拳が延々と神楽の腹部に叩き込まれ続けた。
息を吸い込む暇も、血を吐き出す時間もない。
黒い鱗なんてものはもはや鎧にすらなりはしない。砕かれて塵と化していく。
背中に拳のシルエットが何十個も浮かび上がった。まるで卵から生まれたばかりの生物のように、背中という名の殻を破るため必死についばみ続ける。
あまりの疲労に、剛は永遠に拳を振るっているかのような感覚に襲われた。だがそれは錯覚だ。終わりの時はいずれ来る。
やがて彼女はゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちない動きを繰り返したあと、最後の拳を振り切ったところで完全に停止した。
『アッ……アァ……!』
ヘドロのように粘ついた、大量の鮮血が神楽の口から吐き出された。
胴体は歪みに歪み、拳の跡が無数に残っている。内部の骨は粉々に砕け散っているだろう。
それでも歯を食いしばり、目の前の動かなくなったガラクタに引導を渡してやろうと爪を振りかぶった。
だがそれは振り下ろされることはない。
「よくやった。あとは俺の仕事だ」
その声は神楽の前方から聞こえた。
顔から溢れる血をワックスがわりに髪を逆立てたあと、火神は黒い炎を纏った剣を空中に放り投げる。
そしてそれを、全力全身の蹴りによって撃ち出した。
「『ブレイクオーバー』ッ!!」
剣は飛翔しながら炎に包まれ、やがて漆黒の槍へと変化していく。
全身の骨を砕かれた神楽に、高速で迫るそれを避ける術はなかった。
そして黒龍の喉に大きな風穴が空いた。
『ァ“ァ”ァ“ァ”ァ“ァ”ァ“ッ!!!』
断末魔が響き渡る。
しかしそれは弱々しいものに変わっていき、最後には音にすらならなくなって空中に溶けていった。
槍の衝撃が決め手となり、身体中の剛に付けられた傷から血が溢れ出す。神楽は自分の真下に出来上がった血の池に、ゆっくりと沈んでいった。
しばらくの間、沈黙が辺りを支配した。
火神は龍の死骸をずっと見つめ続ける。立ち上がってこないのを確認すると、ようやく地面に横になった。
同じくらいのタイミングで剛が倒れる。
「……ダメだ。もう立てねェ……」
「わ……し……もじゃ……っ。さすがに……無茶しすぎた……わ……っ」
それ以上、二人は会話する気にはなれなかった。上から光が差し込んできたのが見え、彼らは空を見上げる。
黒い雲がどんどん消えていく。そして姿を現した空は——明るい紫色の光に染まっていた。
「なんだ……っ、ありゃっ……?」
『……ク、ククッ。ようやく来たか……ッ!』
身体を震えさせながら、黒龍が立ち上がった。喉を潰されているにもかかわらず声がきちんと出ている。おそらく実際に喉を使って話しているのではないのだろう。
「テメェ……さっきまで動けなかったくせに……!」
『ああ、動けなかったな。だが空から降り注ぐ俺の妖力が、僅かだが身体を回復させたのさ』
「テメェの妖力だと? どういう意味だ!」
怒りに身を任せて火神は立ち上がる。しかしすぐにふらついてしまう。呼び寄せた剣を杖代わりにして立つことで精一杯だ。
剛も同じようにして身体を起こしている。
『教えてやるよ。俺は昨晩、宇宙に巨大なエネルギーを固めた星を作り出した。それは流れ星みたいに加速させて落とすことでこの星を太陽系もろとも消滅させるほどの威力となる。だがいかんせんでかすぎてコントロールが効かなくてな。考えたのが地上に星を引き寄せるためのビーコンを設置することだった』
「まさか、それが……」
『そう、それこそがこの世界樹だ。……とはいえ、もう土星をとっくに通り過ぎたころだろう。ここまで近づけば、こいつはもう用済みだな』
神楽はおぼつかない足取りで世界樹へ歩いていき、手をかざす。
するとそれは黒い粒子となって弾け飛び、彼の手の中で再構築を始めた。
『“デスバルハート”』
出来上がったのは、斧にも鉈のようにも見える、漆黒の大剣だった。
全長は神楽の三分の二をしめるほど長く、刃は分厚い。
明らかにそれは人を叩き斬るためのサイズではなかった。
「妖魔刀……ここに来てかよ……」
『さあ正真正銘、これが俺の本気だ……! 死ぬ気で受け取ってみろやァ!』
かけ声とともに大剣がいきなり投擲された。
飛んでいく先には剛の姿がある。だが彼女は極度の疲労のせいで反応できず、あっさりと端まで吹き飛ばされて刃と壁との間に挟まれて、崩れ落ちる。
「っ、上等だァァ!」
雄叫びをあげながら剣を持ち上げ、火神は突っ込む。
たしかに回復はしているようだが、神楽の身体が満身創痍であるのは確かだ。現に無防備であんな大剣をまともにくらったのにも関わらず剛は原型をとどめている。つまりは弱体化している。
そこを突けば——。
しかし神楽の姿はすでに視界にはなかった。
神楽は彼の真上にいた。それも火神は見えていて、すぐに対応しようとする。しかし身体が追いついてくれず、結局とっさに動くことができなかった。
『たしかに、ダメージのせいで俺は全力を出せないでいる。だがそれはテメェも同じだろうが』
神楽が手の中に大剣を引き寄せ、それを振り下ろす動作が、死の淵に立っていることも相まって火神にはスローモーションに見えた。
だが何もしない。何もできない。
ゆっくりとコマ送りのように流れていく世界をただ眺めていることしかできない。
大剣が火神ごと地面に叩きつけられた。
衝撃波と砂埃が彼の身体と一緒に宙に投げ出され、遠くに落ちる。火神はそれっきり動くことはなかった。
伝説の大妖怪の敗北。
それを機に紫の空から溢れる光が一層強くなった。地球と破壊の星との距離が順調に縮まっている証拠だ。
視線を感じて上を振り向く。そこには見覚えのある少女たちの集団があった。
『メインディッシュのあとはデザートだな。さあ、破滅の時が来るまで遊ぼうじゃねえか』
伝説の大妖怪を倒したことによって、神楽にはすでに目標の達成感が湧いていた。不敵にそんな言葉を言う。
遠くにいる彼女らにそれは聞こえることはなかった。
だがなにかを感じたのか、少女たちは空から戦場へと降りて来ようとして来た。
対峙する紫たちと神楽。
決着の時は近い……。
今回は接続詞を自分で可能な限り削って書いてみました。
いつもより読みやすかったり違和感を覚えたなどなどがあった場合は、ぜひ感想をお聞かせください。