東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
幻想郷の空は大樹の影響で相変わらず夜のように暗い。
それに紛れて空を飛んでいく集団が一つ。
彼らの多くはその背中に黒い翼を生やしていた。そして風を味方につけ、飛行機のようにグングン進んでいく。
その集団の名は鴉天狗。言わずとも知れた妖怪の山の支配者たちだ。
その集団に遅れてついていくような形で、早苗は飛行していた。
いつも以上にほおを撫でる風が冷たい。自分でも精一杯飛んでいるつもりなのだが、一向に前の集団との距離が縮まらない。それどころかむしろどんどん離されていっているような気がする。
「さすがですね……天狗の人たちは」
「まあ楼夢とかのせいで霞んじゃいるけど、あれでも種族としてならスピードは日本一だろうからね。だが、今回の戦闘でそれが果たして通じるのかどうか……」
早苗と並んで飛んでいた神奈子はそう言うと、眉をひそめる。
昨晩、事態を重く見た守矢神社は天狗たちと共闘するという条約を交わしていた。だからこそ早苗たちは天狗と一緒にいる。
天狗側の兵は鴉天狗と白狼天狗がそれぞれ三百人ほど。結構な大部隊だ。
「だけど、昨日紫様が数の暴力は同士討ちの危険があるって言ってませんでした?」
「それは通常の妖怪が徒党を組んだ場合だ。だが天狗は違う。彼らは妖怪の中でも極少数の組織力を重視する種族であり、だからこそ連携を取るのが上手い。同士討ちなんてそうそうしないだろうね」
たしかに、あれだけの数が猛スピードで飛んでいるのに誰一人としてぶつかったりする者はいない。これもひとえに天狗が集団行動に秀でている証拠であろう。
とはいえ先行しているのは鴉天狗だけで、白狼天狗は置き去りにされているのに若干の組織の闇を感じるが。
「ほら二人とも、駄弁ってないで気を引き締めて。もうすぐ到着だよ」
神奈子と同じように並列して飛んでいた諏訪子にそう言われ、視線を前に向ける。
辺りは相変わらず暗い。しかししばらく経つと、妖しげな光を自ら放つ大樹が見えてきた。近づくごとにそれは巨大化していく。最初に見えたとき頂上はまっすぐ行けば辿り着くと思っていたのに、いざ近づいてみると目の前に映ったのは木の幹。
上を見上げる。頂上への道はまだ長い。
若干の憂鬱さを感じながら、早苗たちは上昇していった。
♦︎
神楽が待つ魔法陣に、二人の鴉天狗が降りてくる。
一人は外の世界でも見られるような白いシャツを着た女性——射命丸文。もう一人は真逆で、滅多にお目にかかれないような煌びやかな着物を着た女性だ。
「醜いのう。見るに耐えん姿をしておる」
着物の女性は開口一番でそんなことを言い出す。
その目に宿っているのは、人間とも妖怪とも見れない姿に対する侮辱。
神楽の眉がひそめられる。
「先に名乗っておこう。私は天魔。妖怪の山を統べるものなり」
「ごてーねーな自己紹介ありがとう。で、上に群がってる烏の群れはなんだ? まさかあんなのが戦力だなんて言うつもりじゃねえだろうな?」
「そのつもりと言ったらどうする?」
「面白ぇジョークだな。ゴミを漁ることしか脳にない鳥頭どもはいつからそんな気の利いた言葉を言えるようになったんだ?」
「……もはや話すことはないようじゃな」
彼女は腰に差してある紅葉の形をした巨大な団扇を取り出す。
「では……ゆくぞっ!」
気合いのこもった声を出しながら地面を蹴る。すると突風が吹くと同時に彼女は前へ加速した。
その速度はまさしく音速。天狗一だ。
そして妖力を込めた団扇を刃のように振るおうとする。
だが、神楽は翼を広げると、その場から飛び立ってあっさりと彼女の攻撃をかわした。そしてそのまま鴉天狗部隊が待つ空へ上昇していく。
「逃すか! 追うぞ文!」
「は、はい!」
天魔と文は翼を広げ、そのあとを追おうとする。
しかし彼の尻尾の蛇がくわえていた刀が投擲されて床に突き刺さると、広範囲にわたって電磁波のようなものを放った。
飛び立つ前にそれに感電してしまい、二人は倒れこむ。
「くっ……鴉天狗部隊、かかれ! 白狼天狗部隊は床に降りてこい!」
膝たちになりながらも団扇を軍配のように振るい、上空で待機していた部下たちに命令を飛ばす。それに従い、一糸乱れぬ動きで鴉天狗たちは神楽を取り囲み、白狼天狗たちは床に降り立った。
鴉天狗たちによって繰り出された数百もの風の刃が神楽に集中砲火する。
だが、それらは肉体を傷つけるどころか、当たったとたんに逆に弾き返されて消滅した。
痛がる素振りすら見せない神楽に、鴉天狗たちが驚きざわめく。
「嘘だろ……固すぎる……!?」
「くっ、だったら……!」
風ではダメージを与えられないと判断し、十数人ほどの天狗が刀を抜いて接近する。そしてそれぞれ腕や腹部、背中、目などの思い思いの箇所にそれを突き出した。
——だがそれすらも無意味だった。
神楽は天狗が近づいてくるのを見ても微動だにしない。そして彼らの刀が、神楽の肉体に当たる。
だが、それらが突き刺さることはなかった。
まるで鉄の壁でもいい突いたかのような感触とともに、刀が砕け散った。目を狙った者に至っては閉じられた目蓋に当たっただけで壊されている。
唖然とする天狗たち。
その顔に浮かび上がった恐怖を見て、神楽の口が三日月に歪む。
「さて、ボーナスタイムは終了だ。十分に楽しめたか?」
「ひ、ひぃっ!」
最初の犠牲者となったのは、目を狙った天狗だった。
悲鳴をあげて逃げ出そうとするも、虫でも払うような感覚で振るわれた爪によって全身を四つに分解され、そのまま死亡する。
あまりにも一瞬。されど強烈な惨殺現場を目撃した近くの天狗たちは動くことすらできなかった。そしてその時点で彼らの未来は確定してしまう。
神楽は両腕を広げてコマのように高速で回転した。そして呆然としている天狗たちの間を通り抜ける。
何もしてこなかったことに戸惑う天狗たち。だが何も異常はないか確認しようとしたとき、彼らの目にはバラバラになって落ちていく腕が映った。
その瞬間、天狗たちの体はいくつもの肉塊へと分裂し、血とともに魂を噴き出した。
「ヒャハッ! さあ、焼き鳥の時間だ!」
そのおぞましい光景を作り出した本人は高らかに笑うと、尻尾の大蛇を鴉天狗の部隊に向けて突き出す。
そして大蛇の口から、闇を照らすまばゆい炎が吐き出された。
天狗すら逃げ出せない速度で、あっという間にそれは多くの天狗たちを飲み込み、彼らを灰塵と化させる。
鴉天狗の数はたった一撃を持って五割以下にまで減少。部隊は文字通り半壊した。
「こんっ、のぉっ……!」
そのころには痺れが回復した天魔が上空へやって来ていた。そして灰となって消えていく部下たちを目にして、怒りに顔を染めながら突撃する。
しかし神楽は御構いなしに、彼女ごと部隊を狙って再び炎を吐き出した。
「負けるかぁぁぁぁ!!」
全てを飲み込まんと迫る炎に向かって、天魔はありったけの力を込めて団扇を振るう。そして嵐をも思わせる突風が発生し、竜のように唸りながら、炎と激突した。
「ぐぐぐっ……! 今じゃっ、皆の者! 撤退……っ!」
風と炎は互いに動かず、拮抗している。
だが笑みを浮かべいる神楽とは対照的に天魔は苦しげだ。
全力の風を起こしているのに、力の差を見せつけられ、彼女は戦慄する。しかしすぐに撤退の指示を出そうと口を開いた。
だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
天魔は見た。
炎のその奥、神楽の口に青い光が集中していくのを。
すぐに後方を振り返り、叫ぼうとするが、遅かった。
神楽本人の口から、炎とは別で全てを凍てつかせるような冷気のブレスが吐かれた。
それはちょうど天魔の真上を通り過ぎていき、逃げようと背を向けていた鴉天狗のことごとくを凍らせる。
「きっ……さまぁぁぁぁ!! ……がぁっ!?」
次々と落ちていく守りたかったものを目にして、天魔は叫んだ。だが、まるで今まで手加減をしていたとでも言うように炎の勢いが急に強くなり、彼女もまた灼熱の業火に身を包まれる。
「あ……っ、が……っ!」
「ひゅー、美味そうな焼き鳥一丁上がりっと」
炎が過ぎ去り、全身が黒焦げとなって変わり果てた天魔の姿が露わになる。大妖怪ゆえに即死はしなかったが、それでも大ダメージには間違いなかった。
そして彼女は翼を広げることなく、魔法陣の床に落下していく。
敵のいなくなった空から、神楽は見下ろす。
そこには天魔の他、白狼天狗たちが大勢いた。
「さーて、ゴミ掃除のフィナーレといこうじゃねえか!」
本体と尻尾からそれぞれ大きく息を吸い込む。
そして炎と冷気を魔法陣に向かって同時に吐き出した。
「ぐっ……まだ、まだぁっ!」
焼け焦げた体を起こして、天魔は再び団扇を振るう。発生した風は凄まじいことに変わりはなかったが、先ほどと比べると少し弱くなっているように見える。
「私も手伝います!」
文はこのままでは耐え切れないと悟り、自身も風を起こして天魔の補助をする。しかしそれでも炎を抑えるのが精一杯で、もう一つのブレスはとても防げそうにはなかった。
魔方陣の上がだんだんと冷えてくる。迫り来る冷気のブレスを見て、誰もが諦めかけたそのとき——
——どこからともなく天魔のを上回る突風が吹き、冷気を吹き飛ばした。
「……あ?」
突然の出来事に神楽は息を吐くのをやめ、状況を確認しようとする。
しかし風切り音を聞き取り、とっさに左腕を真横に突き出した。
そして黒い鱗に、チャクラムのような鉄の輪が当たった。それは火花を出しながらしばらく回転し続け、弾かれるようにして持ち主の元へ帰っていく。
「ずいぶん、好き勝手やってくれたじゃん」
「……神か」
鉄の輪は小学生ほどの身長しかない少女の手に収まる。
その少女は楼夢の記憶の中でも特に見覚えがあった。
洩矢諏訪子。守矢神社の一柱であり、祟り神でもある。となれば先ほどの突風は……。
その場を見下ろす。
魔法陣には巨大な注連縄のような飾りを背負った女性が仁王立ちして神楽を睨みつけていた。
戦神、八坂神奈子。諏訪子と同じく守矢神社の一柱だ。その側には先日殺し損ねた少女の姿もあった。
神奈子は肩で息をしている天魔の元に歩み寄り、頭を下げる。
「すまなかった。私たちがもう少し早く手助けしていれば……」
「……いや、連携の邪魔になるからと、後方に待機しておくように命じていたのは私じゃ。天狗の力を過信しておった。それがこんな悲劇を呼ぼうとは……」
天魔はうなだれたまま黙り込む。
誰も、彼女に言葉をかけることができなかった。
「……とりあえず、そこの白狼天狗たちは逃げな。ここから先は半端な力じゃ死を招くことになる」
神奈子のその言葉を聞いて、ほぼ全ての白狼天狗たちが我先にと魔方陣の外へ脱出した。
天狗の陣営で残ったのはほんの数人のみ。
先ほどのブレスで生き残った大天狗たちと、射命丸文。そして犬走椛だ。
「椛は逃げないのですか?」
「文さんだって逃げてないじゃないですか。いつもと違って」
「それは……ほらあれよ。天魔様が死んじゃ、今後の私の自由時間が取られてしまいそうですからね」
「嘘ですね。本当は心配なのでしょう? 天魔様のことが」
「……あー! こういうのはキャラじゃないんだけどなぁ……」
恥ずかしそうに文は頭をかじる。あっさりと嘘を暴かれて動揺しているのか、口調が素に戻っていた。
そんな彼女を見て椛はクスリと笑った。
「ふふっ」
「な、なによ……?」
「いいえ。ただ、素直じゃないなぁ、と」
「な、何を言ってるのよ! 私はいつも正直者——」
「そんな貴方を守るために、私はここにいます。あなたは私の大切な友人ですから」
「……はぁ、もう好きにしなさい」
椛のその純粋な目を見て再び気恥ずかしくなったのか、文は顔を背けながらそう答えた。
一方で、天魔の元には彼女の部下である大天狗たち五人が集まっていた。
そんな彼らを見て弱々しく、天魔は口を開く。
「……お前たちも早よ逃げんか……。このまま犬死はしたくないじゃろうて」
「いいえ、逃げません。私たちは最後まで、天魔様にお供していくつもりです」
「お前たち……」
天魔は彼らの顔を見る。
決意に満ちた顔だ。おそらくは生きて帰れないことはわかっているのだろう。それにもかかわらず、彼らは自分についていくと言っている。
「そうか……ならばこの戦いで散っていた若い者たちのため、私も最後の務めを果たすとしよう」
覚悟は決まった。
天魔は血が滲み出るほど強く団扇を握りしめ、空を見上げる。
上空では、諏訪子と神楽が激戦を繰り広げていた。
ただし、押されているのは間違いなく諏訪子だ。その体は全身が爪で引き裂かれてボロボロになっている。
「くっ、この!」
次々と姿を現わしては消える悪魔に翻弄される諏訪子。鉄の輪を投げ続けるも当たらず、逆に神楽の尻尾に巻きつかれ、拘束されてしまう。
「しまった!」
魔法陣の床に向かって諏訪子は投げつけられた。
轟音とともに凄まじい衝撃が背中に襲いかかる。空気が吐き出され、彼女は倒れまましばらく咳き込み続ける。
空気を引っ叩くように翼を動かしながら、神楽は高度を落として魔法陣の床に近づいた。ただし足をつけるようなことはしない。この体では走るより飛んでいた方が速いというのをわかっているからだ。
神楽は全員の顔を眺め、嘲り笑いながら天魔へと話しかける。
「おいおいずいぶんギャラリーが減っちまったなぁ。部下どもに見捨てられて悲しいか?」
「私を信頼してくれる仲間ならここにおる。なら、悲しいはずがなかろうが」
「……へぇ、さっきまでとはずいぶん顔つきが違うんじゃねえの。少し興味が湧いてきたぜ」
神楽は尻尾を伸ばし、魔方陣に突き刺さっていた刀の柄を大蛇にくわえさせて引っこ抜く。そしてその刀身を天魔たちへと向けた。
「さっきまでとどう違うか、試してやるよ!」
まるでフックショットのように、尻尾が突き出された。そして持っている刀で天魔を貫こうと迫る。
だが、刀は盾を持って前に躍り出た椛によって受け流され、再び床に突き刺さる。
「今ですっ!」
椛は尻尾を押さえつけながらそう叫ぶ。
そして諏訪子が鉄の輪を、神奈子が御柱を撃ち出した。
だが、それらは鎧のように強固な鱗が生えた腕によって防がれてしまう。
「まだだよ!」
しかし、諏訪子の攻撃はまだ終わっていなかった。
鉄の輪は腕に当たった後でも回転し続け、なんと腕の上を転がり始めた。そして肩まで上ったところで跳ねて、顔面を切り裂こうとする。
神楽はとっさに顔を背けたが、完全に避け切ることはできなかった。
ほおに切れ込みのような線が刻まれ、そこから少量だが血が流れている。
浅い。かすっただけだ。これではとてもダメージを与えたとは言えないだろう。
しかしあることが諏訪子にはわかった。
「やっぱり、全身の強度にはバラツキがあるんだね。たとえばその腕。鱗が厚くてとても切れたものじゃない。でも少なくとも人間の皮膚が露出している部位には傷を負わせることができる」
「なるほど……なら狙うなら胴体ってことか!」
それを聞いて大天狗たちが風の刃を繰り出す。
しかし神楽の姿はそこからかき消え、風は当たることはなかった。
「きゃあっ!?」
「椛っ!」
そして当然本体が動いたとなれば尻尾も動く。
尻尾を押さえつけていた椛は容易に弾き飛ばされ、逆に蛇の胴体に巻きつかれて拘束されてしまった。
そんなことはお構いなしに、神楽は超スピードで姿を現しては消えることを繰り返して彼女たちを翻弄する。
「たしかこいつはテメェのお友だちなんだってな。お返しするぜ!」
「へっ……がっ!?」
突如横から声がして、文は振り返る。そして砲弾のように投擲された椛とぶつかり、二人仲良く魔法陣の外へ吹き飛んでいく。
そしてその先に神楽が先回りし、その爪を振るう。
文の背中が切り裂かれた。
大量の血を噴き出し、黒い羽根が飛び散る。
翼を傷つけられたことで飛べなくなり、彼女たちはそのまま下へ落ちていった。
ここで二人が退場した。だが神楽は妙な違和感を覚えていた。
先ほどの攻撃。本来なら文ごと椛をバラバラにスライスしていたはずなのだ。それがなぜか文一人の背中を切り裂くだけにとどまっている。
手元が狂ったか? いやそんな感じじゃなかった。もっとこう、未知の力で邪魔されたような……。
……ん、未知の力?
神楽は魔法陣の方へ振り返る。そして思い浮かべた人物がいたのを目にして、一人で納得した。
「なるほどな……奇跡ってやつか……」
神楽が視界に収めたのは早苗だった。
彼女は弾幕を放ちもせずに、ただひたすら幣を掲げて祈っている。
そんな彼女の前に一瞬で移動し、爪を振りかぶる。
だが、突如床から生えてきた御柱が神楽を突き上げた。
「ゴハッ……!?」
「うちの大事な風祝に手を出すんじゃないよ!」
腹部に強烈な一撃が当たり、口から血を吐き出す。そして上空に跳ね上げられるがすぐに体勢を立て直し、再び早苗に接近する。
今度は位置を絞られないために早苗の周囲で姿を現しては消えてみせ、不意を突くような形で爪を振るおうとする。
しかし神奈子はそれに動じず、砕くような勢いで床に手を当てる。
そして早苗を囲うように御柱の壁が生えてきて、再び神楽を突き上げた。
「位置が分からなけりゃ全部に攻撃すればいいってね」
「神奈子だけじゃないよ!」
血を流しながらきりもみに吹き飛んでいく神楽に向かって、諏訪子は鉄の輪を三つ投げつける。
そのうちの二つは爪によって弾かれ、もう一つは尻尾の蛇がくわえている刀によって防がれた。
だが、鉄の輪は止まらずに刀身の上を走り、蛇の顔に当たる。
蛇は腕と同様に鱗に覆われていて傷を負わせることはできなかったが、そのときの衝撃で刀を弾き飛ばすことには成功した。
それはそのまま魔法陣の床から落ちていく。拾うことはもう無理だろう。
「ちぃっ、ならこれはどうだ!」
口が空いた蛇と本体が息を吸い込む。そして同時に炎と冷気を吐き出した。
天狗部隊を壊滅させた二つのブレスが迫る。
だが天魔含めた天狗たちは怯むことなく早苗の前に立つ。そして早苗と神奈子たちとともに巻き込んだもの全てを吹き飛ばすほどの突風を起こした。
氷炎と神風が衝突し、せめぎ合う。
だが最初は均衡していたが、徐々に氷炎のブレスの方が押されていく。
「倍返しだぁぁぁぁ!!」
そしてとうとう、神楽のブレスが跳ね返された。
神風は氷炎を巻き込んだまま神楽の体を飲み込み、吹き飛ばす。
「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
自分の攻撃を返されて、神楽は絶叫する。
氷炎は鱗で守られていない部位を燃やしては凍らせることを繰り返していく。そして神風が収まった頃には、彼の体は一部が欠けてズタボロになっていた。
「どうだい? 自分の技をそのままくらった気分は?」
「ああ……最高だなぁ。最高っにムカついたぜゴミクズどもがっ!!」
神楽は性懲りもせずに再び尻尾から炎を吐き出す。しかし炎はなぜか真下に向かっていった。
魔法陣の床に炎はぶつかり、そこから波のように広がっていく。神楽の姿はその奥に消え、見えなくなった。
「目くらましか……! でも、狙う場所はわかってんだよ!」
神奈子は先ほどと同じように御柱の壁を作り出して早苗を囲う。
しかし一度くらった技を二度受けるほど神楽の頭は悪くない。
天魔たちが風を起こして炎を消したとき、彼の姿は早苗の真上にあった。
「しまったっ!」
それを見て、神奈子が叫ぶ。
御柱の壁はたしかに隙間なく早苗を囲っている。しかし一方向だけには完全に無防備だ。
その方向とは上。現在神楽が飛んでいる場所だ。
「『悪夢の
「き、奇跡よ……きゃっ!?」
紫色のオーラを纏った二つの爪が振り下ろされる。
しかしそれは早苗の祈りのおかげか、彼女に当たることはなかった。……
床に突き刺さった爪を中心に、紫色の巨大な火柱が噴き上がった。
御柱の壁で囲われたこの空間に逃げ場などなく、彼女はそれに巻き込まれ、全身を焼かれながら上に吹き飛ばされる。
そしてそのあまりの痛みに耐えることができず、意識を手放した。
「早苗っ!」
逆さになったまま地面に叩きつけられそうになる寸前で、諏訪子が早苗を受け止める。
しかしその傷を見て、すぐに戦闘を続行することは不可能だと悟った。
「さて、厄介なやつは倒した。後は……」
「うおぉぉぉっ!!」
早苗がやられた今、少しでも気を引きつけようと一人の大天狗が刀を振りかぶって神楽に突撃する。
しかし神楽は笑いながら死神の鎌のような爪を振るい、彼をその魂ごとバラバラに斬り裂いた。
「ヒャハッ! いいぜぇこの感覚! もっとだ! もっと味わわせろ!」
戦況は完全に神楽へ傾いた。そしてそれを覆す鍵となる早苗は戦闘不能。誰も彼を止めることはできなかった。
「ぐあっ!!」
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
二人の大天狗の背後に一瞬で移動し、両爪を振り下ろす。彼らは断末魔をあげて絶命した。
その仇を打とうと、正面から最後の大天狗が斬りかかってきた。
だが突き出された爪によって刀を振るうことなくその体を貫かれ、先ほどの天狗たちと同様生き絶える。
だが、彼は命を賭して最後の役割を果たしてみせた。
天魔は神楽の意識が大天狗に向いている隙を突いて背後から突っ込んでいく。そして彼らの死を無駄にしないために、団扇を振るう。
しかし彼女は忘れていた。神楽の武器は爪だけではないことを。
尻尾の大蛇は彼女の団扇を胴体で受け止めると、その腕に向かって噛みついた。そして肉を骨ごと砕く。
「ああああああああああっ!!」
そのあまりの痛みに絶叫しながら、腕を引き抜こうと天魔はもがく。しかし大蛇がその口を開くことはない。
それどころか、大蛇の口から何か光のようなものが少しずつだが溢れてきた。そして腕に凄まじい熱がこもっていくのを感じ、何をしようとしているのか悟る。
「離せ、離せぇっ!!」
「キヒャハハハハッ! 消し飛びやがれ!」
そして大蛇の口が開き、中から炎が吐き出された。
天魔はとっさに風を起こす。しかしそんなものはもはや通用せず、彼女は炎に飲み込まれながら吹き飛ばされ、姿を消した。
「くっ……神奈子、せめて早苗だけでも脱出させるよ!」
「わかった! ここは私が……ぐはっ!?」
戦友が散ったことに唇を噛み締めながら、諏訪子は早苗を逃がそうと魔法陣の床の端へ駆けていく。
その時間稼ぎをしようと神奈子が立ちはだかったが、気づいたときには目の前まで接近していた神楽の爪によって腕を斬り飛ばされる。そして怯んだ隙を突かれて突破されてしまった。
ギャリギャリと不快な音が諏訪子に迫ってくる。
神楽は床と平行になりながら、左の爪を下に突き立てて飛んでいた。
このままでは追いつかれる。そう判断した諏訪子は早苗を魔法陣の外に向かって思いっきり投げた。
「『竜王の
まるでアッパーのように神楽は左の爪を振り上げ、彼女の体を斬り裂きながら跳ね上げる。そして駄目押しとばかりに空中に浮かぶ彼女の体に右の爪を振り下ろした。
諏訪子の体は上下に分かれ、床に落ちる。そしてしばらくして霧となって彼女の姿は消え、死亡した。
「くっ……! よくも諏訪子を……!」
「大げさだな。神は死んでも生き返るだろうが。それよりもお前一人だけになっちまったが、これからどうすんだ?」
「決まっている。私は神として最後まで、お前と戦うのみだ!」
『ライジングオンバシラ』。
彼女の周囲から数十もの御柱が現れ、敵を砕かんと伸びてくる。だがその先にすでに神楽の姿はなく、ただ虚しく床を叩くだけで終わる。
そしてどこからともなく現れた神楽による爪が神奈子の体を斬り裂いた。
「ヒャハッ! さあ、存分に鳴きやがれ! 俺を楽しませろ!」
反撃しようと睨みつけるも、すでに彼女の視界に神楽はいない。そして再び爪が彼女を斬り裂く。
消えては現れ、そのたびに爪が振るわれて鮮血が舞う。感覚が短いせいで反撃しようとしたときには次の爪によって切られてしまっている。
永琳のときと同じように、神奈子はそのまま体を切り刻まれ続けた。
そして最後に彼女の真上に姿を現し——。
「——『悪夢の鉤爪』」
紫のオーラを纏った両爪を振り下ろした。
邪悪な火柱が立ち上る。そしてそれが消えた跡には、神奈子の姿はなかった。
妖怪の山の連合は今を持って全滅した。魔法陣の床の上には数十もの死体が転がっており、それがおぞましさを醸し出している。
「はぁ……ようやく全滅したか。さて、次の奴らのためにも少しここを掃除しておくかな」
尻尾の大蛇が炎を吐き出し、それらを燃やしていく。火葬というにはあまりにも派手すぎるそれは、転がっている肉塊を骨も残さず消滅させた。
「いい葬式だったなぁ。火葬してやったんだから感謝しろよぉ?」
未だ己を恨んでいるであろう死者たちに向かって、笑みを浮かべながら神楽は言葉を送る。
狂気に染まった笑い声が、大樹の頂上で響いた。