東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
「私、花を育てるのが好きなのよね」
唐突に、幽香は語りかけるように話し出した。
「鮮やかで、香りも良くて。そんな花たちをいつも愛でていたわ。でも今日の朝花たちの様子を見に行ったら、悲しいことに全部枯れていたのよ」
彼女の声のボルテージがだんだんと強くなっていく。それに比例して彼女から溢れる妖力も徐々に高まっていった。
「原因はすぐにわかったわ。昨日の夜から発生した謎の霧が含んでいた高密度の妖力。それが花たちには毒になって、彼らを死に至らしめた。じゃあここで問題。その霧の発生源はどこでしょうか?」
「……ハッ、大げさなやつだな。そんなくだらねえこと一つで本気になれるテメェのお花畑みたいな脳みそが羨ましいぜ」
「くだらないこと、ですって……?」
爆発でも起きたかのように、幽香の妖力が急上昇した。
その量は凄まじく、ゆうに美夜や幽々子を超えている。しかし龍の尾を踏んだ神楽はそれでもなお、邪悪な笑みを浮かべ続けている。
「くだらないに決まってるだろ。花なんてのは使い捨ての量産品。いくらでも作れるものにマジになってるんだからな」
「……今決定したわ。あなたは殺す。手足をもいで首を切り落とし、その上で地獄の苦しみを味あわせてから殺してやる……!」
「ほぉ ——やれるものならやってみな?」
会話が途切れた瞬間、二人の姿が立っていた場所から消えた。そして一秒ほど後に彼らは持っていた自身の武器をぶつけ合い、凄まじい衝撃波を発生させる。
「ぐっ、なかなか……っ、やるじゃない、の……っ!」
「馬鹿がっ、……俺の力はこんなもんじゃっ……ねえよっ!!」
たためられた日傘と刀で二人は鍔迫り合いをする。
先ほどの美夜たちとは違って、幽香はしっかり神楽の馬鹿力にも対抗することができていた。
しかし大声を上げると神楽の力はさらに高まり、彼女は数メートル後ろまで弾き飛ばされた。
「ちぃっ!」
追い打ちをかけるために神楽が迫ってくる。
幽香は着地すると同時に傘を振り払った。しかしそれは空気をえぐるだけで終わる。
「こっちだウスノロ!」
神楽は幽香の傘を目で追うことが不可能なほどの速さで避け、彼女が敵を見失っている隙に横から斬撃を繰り出し、その体を斬り裂く。
「ぐっ!」
「ハッ、おいおいどうしたんだよさっきまでの威勢はよ!? オラオラ! ドンドンくれてやっからこれぐらいで死ぬんじゃねえぞ!?」
形勢は一気に神楽へ傾いた。
不快な笑い声とともに目にも留まらぬ斬撃が幾度となく繰り出される。数十、いや数百。見えないものを避けることなどできるわけがなく、彼女の体が切り刻まれていく。
おびただしい量の血しぶきが流れる。
まるで赤子扱いされているようだ。
あの風見幽香までもが一方的にいたぶられていく様を見て、美夜は改めて神楽の恐ろしさを垣間見たような気がした。
「っ、なめてんじゃっ……ないわよっ!!」
それはほぼ勘だったのだろう。
雄叫びをあげてむりやり前に突き出した傘が偶然斬撃を食い止めた。そして再び鍔迫り合いとなる。
千載一遇のチャンスと見て、幽香はありったけの力を傘に込める。
しかしここでも神楽の方が上手だった。
神楽は傘を刀で上から押さえつけると、それを巻き込んで反時計回りに刀身で円を描いた。
前へ押すことばかり考えていた幽香は突然横から加えられた力に対応できず、あっさりと傘を絡め取られてしまう。
そして神楽は六時から十二時に向かうときに思いっきり刀を振り上げ、彼女の傘を弾き飛ばした。
鍔迫り合いもまた剣術の一種だ。ならば技を極めている分神楽に軍配が上がるのは自明の理。
両腕を上げて無防備な状態になっている幽香へ、後ろ蹴りが叩き込まれた。
凄まじい衝撃波が発生する。
しかし幽香は吹き飛んではいなかった。腰を深く落とし、床にヒビが入るほど足に強く力をかけて立っている。
そして彼女は狂った笑みを浮かべると、自分の腹部にめり込んでいる足を両腕で掴んだ。
「つ〜か〜ま〜え〜たっ……!!」
「……それで? たしかに身動きは取れないが、それじゃあテメェも攻撃できないだろうが」
「それはどうかしら? ——花よっ!」
幽香がそう叫ぶと、彼女の胸ポケットから何かが飛び出してくる。
それは植物のツタだった。ツタはムチのようにしなり、神楽の右手が握っている刀をはたき落とす。
「武器がなくなれば弱くなるのは楼夢のでわかってるのよ!」
幽香は狂気のこもった笑い声をあげながら、神楽の片足を持ったままジャイアントスイングのように回転し始める。そしてその遠心力を利用して彼を地面に投げ飛ばした。
神楽は背中を思いっきり打ち付けて仰向けに倒れる。
顔を上げると、幽香が上から降ってくるのが見えた。
彼女は全体重を込めた右拳を神楽へと叩きつけようとする。しかし神楽が首を曲げて顔の位置をズラしたことでそれは外れ、代わりに右拳のカウンターが幽香の顔に突き刺さった。
強烈な一撃を食らったことで意識が一瞬だけ飛んでしまう。そこに間髪入れずに神楽の蹴りが命中し、彼女は吹き飛ばされた。
「ちっ……調子に乗るなァ!!」
体をむりやりひねって地面に着地する。と同時に地面を蹴って幽香は再び神楽に飛びかかり、右拳を振るう。しかしまたしてもカウンターが彼女に突き刺さった。
「ガッ……ァァアアアアアアアアアアッ!!!」
なんとかその場に踏みとどまり、雄叫びをあげる。そして気力が続く限り何度でも何度でも幽香は拳を振るう。
しかしそれらは全て受け流され、同じ数だけカウンターとなって彼女に返ってきた。
「ぶっ……!!」
鼻から血が噴き出す。
数えきれないほど殴られて、とうとう彼女はよろけ、後ろに数歩退いた。しかし逃がさないとばかりに神楽の右ストレートが彼女の顎を打ち抜く。
足に力が入っていないところに強烈な一撃を受けて、彼女はさらに後ろに後退した。
それを見た神楽は前に駆け出し、攻守が交代する。
前進する勢いを利用した右の掌底が幽香の腹に突き刺さった。そして彼女の体がくの字に曲がったところを、引き抜いた右の掌底でかち上げる。そこに今度は左拳での突きが再び彼女の腹に叩き込まれ、そこからマシンガンのような両拳でのラッシュが彼女を張り付けにした。
「拳だったら俺に勝てるとでも思ったか? ——見通しが甘いんだよバカがっ!!」
その言葉とともに振り抜かれた右拳が顔面を打ち抜き、とうとう幽香は仰向けに倒れたまま、立たなくなった。
神楽が腕を振るうと、床に突き刺さっていた黒塗りの刀が一人でに彼の手の中へと飛んでいった。
それを握りしめ、肩に担ぎながら死体と見間違えるほどボロボロになった幽香の元へ歩いていく。
彼女はピクピクと震えるだけで戦う体力は残されていないようだった。だがその眼球は光を失っておらず、絶えず神楽を睨み続けている。
「そう睨むなよ。恨むならテメェの弱さを恨むんだな!」
刀が振り下ろされる。
しかし幽香の首をはねる寸前で何かが間に割って入り、それは急に止まった。
「ぐっ……さすがに……重いです、ね……っ!」
二人の間に入ったのは美夜だった。
両手で握られた刀が神楽の刀を受け止めている。しかし彼女の顔は険しく、額からは玉のような汗が溢れている。
それほどまでにその一撃は重かった。
「今さら何の用だ? どけ、テメェじゃ話にならねえ」
「そういうわけにもいかないんですよ……!」
二人が会話していたそのとき、神楽の背後からレーザーが放たれた。
放ったのは幽々子だろう。
そう決めつけ、彼は透明な壁を背中の前に作り出す。
「『羽衣水鏡』」
かくして、閃光は壁にぶつかり胡散した。だが散った光の中から誰かが飛び出してきたのを見て、神楽は目を見開くこととなる。
幽々子はレーザーを撃つ際に、その中に妖夢を隠していたのだ。そのような芸当ができたのは彼女の並外れた妖力操作の賜物だろう。
「『未来……永劫斬』ッ!!」
「なっ……!?」
羽衣水鏡は遠距離攻撃に滅法強い分、打撃には弱い。透明な壁は妖夢の斬撃によって砕かれた。
それで終わらず、何度も妖夢は神楽の背中を斬りつける。それもただ闇雲に振るうわけではない。同じ箇所を釘を打つように執拗に斬り続けた。
それに怯んでいると、視界の端で不自然な光が見えた。
慌てて神楽は振り返る。そこには倒れながらも、手のひらにありったけの妖力を集中させている幽香の姿が。
「『マスタァ……ッ、スパァァァァク』ッ!!!」
極太のレーザーが解き放たれた。だがそれは神楽が立っている場所の真横をすり抜けていく。
「バカが……どこ狙ってるんだ?」
「ふっ、これでっ……いいのよ……っ」
「あ……?」
神楽は訝しげに先ほど通り過ぎた閃光を目で追う。その射線上には、美夜が刀を掲げていた。
そして閃光が刀と衝突した。だが不思議なことに美夜は吹き飛ぶことはなく、それどころか光が自ら纏わりつくように彼女の刀に宿る。
それを見て、神楽は彼女たちの狙いを悟った。
「『ギガスラッシュ』ッ!!」
「っ、『森羅万象斬』ッ!! ——ガァァァアアアッ!!!」
美夜はその状態の刀で森羅万象斬に似た斬撃を繰り出してくる。
神楽もとっさに黒い霊力を刀に纏わせて刃を巨大化させ、それにぶつける。しかし数秒後に黒の刀身は粉々に砕け散り、光が肩から腹にかけて、肉をえぐった。
獣のような絶叫が空に響き渡る。
熱い。たまらないほどに熱い。神楽はかきむしるように斜め一文字に刻まれた線を手で押さえる。
あまりのダメージの深さによろけるが、意地でも倒れることはしなかった。歯を食いしばり、鬼の形相となって美夜を睨みつける。
溢れ出たかつてないほどの殺気に美夜は当てられ、一瞬だけ棒立ちになってしまう。
その隙を突かれて、神速の蹴りが彼女の顔に叩き込まれた。
それは今までよりもさらに強烈な一撃だった。
彼女はその攻撃を認識することすらできず、気づいたら口や鼻から血を流して倒れていた。
「美夜さんっ!」
妖夢が駆け寄り、彼女を肩で担ぐ。
妖夢に迷いはなかった。すぐさま踵を返して、そのまま神楽とは真反対の方向へと駆けていく。
だが、その背中には神楽の手が突きつけられていた。
黒い妖力がそこに集中していき、それが解き放たれようとする。
だがそのとき、無数の蝶がどこからともなく出現して彼の視界を埋め尽くした。
「ちっ、『
腕の向きをそのままにして黒い閃光を放つ。しかし蝶の壁を切り裂いた先には彼女たちの姿はなかった。
「くそったれがっ!」
「あら、よそ見してる暇はあるのかしら〜?」
間の抜けた幽々子の声に反応して振り返る。
彼女は妖夢が逃げた場所と真反対の魔法陣の床の
「テメェ……いつの間に!」
「あらかじめ決めてたのよ。幽香と美夜がやられた場合はすぐに退散するってね」
「っ、逃すかァ!」
神楽が駆け出すも、間に合わず。
幽々子は幽香を連れて大空へ身を投げ出した。
数秒遅れて神楽は彼女が先ほどまで立っていた場所にたどり着き、下を覗き込む。だがそれすら見越していたようで、あらかじめ配置されていたと思われる蝶の大群がまたもや彼の視界を遮った。
「ふっざけんじゃねぇぞクソ野郎がァァァアア!!!」
怒りに我を忘れ、神楽は刀を投げ捨てる。
そして両手合わせて十本の指を前に突き出し、そこから黒い閃光を何十と撃ち込んだ。
しかしその結果は確認できず、蝶が消滅して視界が戻ったころには彼女たちの姿はもうなかった。
「舐めやがって……っ! 今すぐ下に降りてあいつを……ぐっ!?」
幽々子たちを追おうとしたが、興奮して忘れていた痛みが戻ってきたことによって顔をしかめる。
傷はかなり深い。治療するにはそれなりの時間が必要だろう。
「……癪だが、しゃあねえな。まあどうせ今日までの命だ。無理に追う必要はねえか」
最終的に、無理に追うよりも傷を治したほうがよいと判断して、神楽は踵を返した。
未だに収まらない怒りが、戦場に残った。