東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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VS妖々夢+α

「これは……」

 

 霧の湖にたどり着いたアリスは、水面に浮かんでいる紫色の何かを見て目を見開いた。

 

「パチュリーっ!」

 

 そこにはなんと、彼女の友人であるパチュリーが血だらけで水に浮かんでいた。

 アリスは魔力で編んだ糸を操り、彼女を陸地にまで引っ張り上げる。そしてすぐさま回復の魔法をかけた。

 だが傷口はかなり深く、すぐに癒すのは無理そうだ。

 

「うっ、うぅ……! あ、り……す……?」

「っ、よかった気がついたのね! 待っていなさい! 今すぐ治してあげるから!」

「私よりも……美、鈴を……っ」

 

 その言葉で、パチュリーがいるならほかにも紅魔館の誰かがいるはずだと気づき、再び湖を見つめる。

 薄暗い霧がかかっていてかなり見づらい。それでも諦めずに探していると、大樹の根元になにかが引っかかっている美鈴の顔を見つけた。

 パチュリーと同様に美鈴を陸地に引き上げようとする。そしてその途中で目に入った彼女の姿に、アリスは顔を青くした。

 

「ひっ……か、体が……!」

 

 美鈴の体は上半身だけしか残っていなかった。そこから止めどない血が溢れ続けており、死が近づいて来ているのを嫌でもアリスに理解させた。

 

 すぐにアリスは回復魔法をかける。しかし傷は塞がらず、血も止まってくれない。

 アリスはもともと回復魔法は専門外だ。だがそれでもこうして力不足を突きつけられると悔しくて仕方がなくなってくる。

 もう一刻の時間もない……! どうしたら……! 

 

「『ベホマ』」

 

 アリスが自問自答していたそのとき、後ろから何かが唱えられた。

 そして光が美鈴を包み込み、傷口をみるみる塞いでいく。出血も止まっていた。

 

 アリスは後ろを振り返る。そこには知っている人物たちが立っていた。

 白咲美夜、清音、舞花。

 白咲神社に住む三姉妹であり、その彼女ら全員が大妖怪と呼ぶにふさわしい実力を持っている。

 その中の清音が前へ出て、声をかけてきた。

 

「一応傷口は塞がったけど、下半身はすぐに再生できそうにないね……」

「……いえ、十分よ。パチュリーの方は私がなんとかするから、貴方たちはやるべきことをやってきなさい」

「あらあら、みんなお揃いね〜」

 

 三姉妹とは別で、さらに別の声が響いた。

 そしてピンク色の髪を持った人物が近づいてきた。

 

「……幽々子までいるなんて」

 

 登場してきたのは冥界の管理人である西行寺幽々子だった。その後ろにはお付きである魂魄妖夢もいる。

 

「ちょうどよかったわー。さすがに私たちだけじゃあれを相手にできそうにないから、困ってたところなの」

「それは幽々子様も参戦なさるということですか?」

「紫が頑張ってるのに、私が逃げるわけにもいかないでしょ? そういうことでよろしくね?」

 

 美夜の問いかけに、幽々子はいつも通りの笑顔で答えた。

 

「私はここで怪我の治療をしながら他のやつらがいないか見てるわ。付いていっても足手まといになるだけだと思うし」

 

 アリスはそう言い切る。

 本当は彼女も戦いに加わる予定だった。だがパチュリーや美鈴がこうも酷い怪我を負うほどの相手に自分が敵うわけがないと冷静に判断を下す。

 

「わかりました。では、怪我人の方々を頼みます」

 

 美夜は丁寧に頭を下げると、背を向ける。

 そして彼女たちはアリスを残して、大樹の頂上めがけて飛んでいった。

 

 

 ♦︎

 

 

「『メラゾーマ』!」

 

 頂上にたどり着いていきなり、清音は巨大な炎の球を撃ち出した。

 その軌道の先には刀を地面に突き刺し、背中に黒い翼を生やした神楽が立っている。

 

「『羽衣水鏡』」

 

 炎球が神楽に当たる直前で透明な壁が出現し、炎を無効化する。

 神楽は口を三日月に歪めながら、戦場に降り立った者たちの顔を見定めた。

 

「おいおい、挨拶もなしにいきなり攻撃かよ。ったく、親からどんな教育を受けたんだテメーはよ?」

「格上にはどんな手を使ってでも勝つ。それがお父さんの教えだよー」

「なるほど、いいこと言うじゃねえか」

 

 ここで初めて、彼は体を美夜たちに向き合わせた。

 そして地面に突き刺してある刀を抜き、それを肩で担ぐ。

 

「だが足りねえな。テメェらじゃ俺を相手にするには全然足りねえよ」

「そう決めつけたのを後悔してください……いきますよ、妖夢!」

「はいっ!」

 

 美夜と妖夢は同時に駆け出した。

 そして二人とも居合の構えを取り、それぞれの刀に妖力を込める。

 

「『雷光一閃』!!」

「『現世斬』!!」

 

 それぞれ稲妻と疾風を思わせる居合斬りが繰り出される。

 しかし神楽はそれに即座に反応すると、片手で持った刀一つで彼女たちの斬撃を受け止めた。

 ジリジリと鍔迫り合いとなり、二人は腕に力を込めるも、彼はピクリとも動かない。

 

「まるでお笑いだぜ。その程度の剣術で俺に勝とうなんてな!」

「ぐあっ……!」

「きゃっ……!?」

 

 今度は神楽が力を込めると、まるで障害物などなかったかのように刀が振り切れられ、美夜たちは弾かれて床に叩きつけられる。

 追い打ちをかけようとしたとき、一匹の蝶が彼の視界に入り込んだ。その数は二匹、三匹、四匹とだんだん増えていく。

 

「出力最大の私の能力よ。これで終わればいいんだけど——やっぱりそうもいかないわよね」

 

 やがて無数の蝶が彼を取り囲んだ。

 視界の全てを埋めつくすほどのそれはもはや圧巻の一言としか言い表せないだろう。

 だが神楽はそれを気にせず、蝶の群れの中を歩いていく。

 

 一匹の蝶が神楽に触れた。

 通常ならばその時点で生物は死ぬはずだ。なぜならばそれが幽々子の持つ『死を操る程度の能力』なのだから。

 だが、神楽の動きが止まることはなかった。その後も何十匹が彼に触れたが、何も起こりはしない。

 

「ハッ、相手を即死させる能力……たしかに厄介だがよ、同じ死者なら効果はねえよなぁ?」

「まさか同類だったとはびっくり。でもこれはちょっとまずいかもしれないわね……」

 

 幽々子は他の大妖怪などと比べて、威力の高い攻撃をもちあわせていなかった。その理由は能力が強すぎるせいで、そんな技を開発する必要がなかったのだ。しかし今回はそれが仇となっている。

 試しに複数レーザーを放ってみるが、やはり効果はなかったようだ。刀を使うまでもなく、左手で弾かれてしまった。

 どうやら本当に自分にできることは少ないらしい。神楽も害なしと見てから、彼女に見向きもしなくなった。

 幽々子は今までの己を少し悔やんだ。

 

 一方の美夜と妖夢は、幽々子が蝶を作り出したときにその場から退避することに成功していた。

 

「『バイキルト』」

「『ピオリム』、『スクルト』」

 

 清音と舞花はそんな二人に身体能力を強化する魔法をかける。

 効果はそれぞれ筋力増強に速度上昇、防御力上昇だ。体中から力が湧き上がってくるのを二人は感じた。

 

「しかし、この状態でもあの人を打ち破るのは難しいでしょうね」

「はい……私たちの剣術が全然通じません……っ」

「でもやるしかないでしょう。清音、舞花。近接攻撃が全く当たらない以上、貴方たちが頼りです」

「まっかせてよー!」

「……うん、了解」

 

 美夜と妖夢は再び神楽に接近するために駆け出した。

 その後ろに立っていた舞花が魔法陣を描き、中から巨大な氷柱をいくつか召喚する。

 

「『マヒャド』」

 

 尖った氷柱が美夜の上を通り過ぎて、神楽に迫る。

 しかし相変わらず余裕の表情で『羽衣水鏡』を発動させ、透明な壁を作り出す。

 氷柱はそれに当たって全て砕け散ってしまった。

 

 美夜たちとの距離はあとわずか。

 彼女たちは先ほどと同じように、刀も抜かず手で柄を握ったまま走ってくる。先ほどと同じ居合斬りを放つつもりなのだろう。

 神楽は余裕を持って身構えた。

 

 しかし両側の距離が寸前まで近づいていったそのとき、神楽と美夜たちとの間に太いレーザーが通り過ぎた。

 

「ふふ、私を忘れちゃいけないわよ〜」

 

 それによって一瞬だが神楽の視界が潰されてしまう。しかしその一瞬は二人にとっては十分な時間だった。

 

「『桜花閃々』っ!!」

 

 妖夢は両手で抜いた二つの刀でレーザーを切り裂きながら、高速の連続攻撃を繰り出す。

 それは見事に全て命中し、神楽の腹部から少し血の雫が飛んだ。

 

「『雷光一閃』!!」

 

 今度は雷を纏った美夜の攻撃が、神楽を切り裂いた。しかしその手に伝わってきた感触に、思わず顔をしかめる。

 

(予想以上に……硬い……っ!?)

「ずいぶんとぬるい剣だな」

 

 先ほどの一撃で、本当は体を両断するつもりだった。しかし現実は体に切り込みを一つ入れただけ。妖夢がつけた傷も同じように浅い。

 神楽はそんな彼女たちを鼻で笑うと、刀に風を纏わせる。

 

「テメェらに教えてやるよ。剣術ってのは……こういうのを言うんだ! 『風乱(かざみだれ)』!!」

 

 それは美夜にでも使える、楼華閃の基本的な技……のはずだった。

 彼女の瞳には刀が二、三度振るわれてから、地面に突き刺さる姿が映る。

 だが次の瞬間、美夜たちの体には数十もの線が刻まれ、同時に発生した嵐を思わせる突風になすすべなく吹き飛ばされた。

 

 ありえない、とその一部始終を見ていた舞花は呟く。

 大妖怪である自分たちが全く目で捉えることができなかった。それだけの速度だったのだ、あの斬撃は。そしてそれによって発生した風圧で斬ると同時に吹き飛ばす。

 それはもはや彼女たちの知っている『風乱』ではなかった。

 

 舞花は次の神楽の行動に備えるため、魔法の術式を練り上げようとする。しかし彼女の視界にはすでに彼の姿はなかった。

 

「楽しそうにどこ見てんだ? なあ、俺にも教えてくれよ?」

「っ、『マヒャ——ガッ!?」

 

 突如背中に走る悪寒。

 気づいたら脳が考えるよりも先に体が動いていた。

 後ろを振り返ると同時に、狙いも定めず魔法を放とうとする。しかしそれよりも早く神楽の膝蹴りがみぞおちに食い込み、彼女の体は宙へ浮かび上がった。

 

「オラよ、もういっちょっ!!」

 

 先ほどとは反対の足が舞花の顔に向かって振り抜かれる。

 衝撃の際に空気を吐き出して身動きが取れなくなっていた彼女はそれを避けることはできず、顎の骨を砕かれながら床の端まで吹き飛ばされる。

 

「『メラガイアー』!!」

「『羽衣水鏡』」

 

 妹を守ろうと清音が倒れた舞花の前に立ちはだかり、先ほどとは比にならないくらい巨大な炎球を神楽に落とす。

 現れた透明な壁の前で炎球は爆発し、清音の視界全てを炎の海に変える。それのせいで彼の姿は確認できなかった。

 

「『雷光一閃突き』」

「へっ……? ガハッ……!?」

 

 一瞬何かが炎の奥で光ったかと思うと、炎の海はモーゼが起こした奇跡のように真っ二つに分断されていた。

 そして一拍遅れて、清音はなにかが自分の体を貫いていることに気づく。

 最後に彼女が見たのは黒い柄と、それを握る男の姿だった。

 

「『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

 

 清音の体を貫通したまま、神楽の刀から黒い閃光が放たれた。

 それは清音はもちろん、後ろにいた舞花まで飲み込むと、空の彼方まで進んでいく。

 閃光が通り過ぎた後に、彼女らの姿はなかった。

 

「清音、舞花っ!」

「他人の心配とはずいぶん余裕じゃねえかよっ!」

 

 美夜は妹たちがやられたことに動揺するが、神楽の声を聞いてすぐに刀を構え直す。

 しかしどこにも、彼の姿は見当たらない。柄を握る両手から血がしたたるほど力を込めて辺りを警戒する。すると彼女の顔に黒い影が重なった。

 

「上っ!?」

「ぶっ潰れろ! 『森羅万象斬』!!」

「っ、『森羅万象斬』……ッ!!」

 

 巨大化した黒い刃と黄色い刃がぶつかり合った。

 だが同じ技といえど、威力の差は歴然。美夜の体はズルズルと後ろに押されていく。そして黄色い刃が砕け散り、彼女はそのときの衝撃波で後方に弾かれて倒れた。

 

 黒い刃が床に突き刺さる。

 美夜は運良くそれに当たることはなかった。だが起き上がろうとしたとき、その顔に黒塗りの刃が突きつけられる。

 

「終わりだな。安心しろ、すぐに妹らと同じところに送ってやるからよ」

「くっ……!」

「美夜さんっ!」

 

 妖夢が駆けつけてくるのが見えたが、到底間に合いそうにない距離だ。

 この状態ではどんな攻撃を繰り出そうが、それよりも早く神楽の刀は首を貫くだろう。

 万事休す。

 打つ手はもうないと、美夜は諦めて目を瞑る。

 

「——『マスタースパーク』」

 

 しかしそのとき、神楽のにも引けを取らないほど巨大な閃光が真横から彼に襲いかかった。

 

「っ、『羽衣水鏡』ッ!!」

 

 神楽は左手を突き出し、閃光が来る方向へ透明な壁を作り出す。そして一拍遅れて閃光が壁にぶつかった。

 だが閃光は衰える気配を見せず、逆に壁からはギャリギャリと石で削られているような音が聞こえてくる。そしてしばらくその状態が続いた後に、とうとう壁がガラスのような音を立てて砕け散った。

 

「ぐっ……がぁぁっ!?」

 

 ここで初めて、神楽は閃光を受けて吹き飛んだ。背中を一度打ち付け、再び打ち上げられたときに体勢を立て直して着地する。その額からは決して少なくない血が流れていた。

 

「あら、私の全力を受けて五体満足なんてずいぶんと硬いのね。でもその分、いじめ甲斐があるわ」

「あ、あなたは……っ」

 

 彼女の足音がやけに耳に響く。誰も声を出すことができない。それほどまでに彼女の登場は全員にとって驚愕ものだった。

 

「風見……幽香……」

 

 美夜は声を絞り出して彼女の名を呟く。

 幽香は先っぽから煙を出していた日傘を広げると、楽しそうに口を三日月に歪めた。


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