東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
吹雪は時間とともに過ぎ去った。
だが、空は依然暗いままだ。月も太陽も見えない。まるで夜のようだった。
その原因は突如天空で発生した闇の霧。それが幻想郷中を覆っている。それだけではなく、雨すら降っていないのに紫色の雷が絶えず竜のように天空を泳ぎ、唸りを上げている。
そしてその全ての原因は、突如出現した巨大な樹木にあった。
「お嬢様、出撃の準備が整いました」
「ご苦労、咲夜。さあ、我が居城の目の前にあんな不恰好なものを作ったこと、後悔させてあげるわ」
それを見て、ある者は不敵に微笑み、
「妖夢〜、お茶」
「はぁ……これから戦いに行くんですから、少しは制限してください」
ある者は、普段通りに過ごし、
「鈴仙、これも入れておいてちょうだい」
「ふ、ぐっ……! いくら私でもこの量はきついですよ……!」
またある者は、入念に準備を整えていた。
その他にも、様々な者たちが慌ただしく動いていた。
まるで幻想郷中がうごめいているかのようだ。
それらを大樹の上から見下ろす影が一つ。
神楽はもうすぐ破滅する世界を見つめて、笑みを深めた。
「さあ始めようじゃねえか。戦争の始まりだ」
♦︎
倒壊した博麗神社に彼女たちはいた。
紫、霊夢、魔理沙、早奈、そして岡崎の五人。早苗は守矢神社に残っている。
そこに紫の式である藍がスキマから登場し、この場にいる全員に状況を伝える。
「全勢力、それぞれ動き出したようです。ただ出撃の時間はそれぞれバラバラ。しかし位置の関係上、紅魔勢が最初に到着しそうです」
「わかったわ藍。あなたは引き続き監視をお願い。私たちも準備が出来次第、大樹に向かうわ」
「御意に」
最後にそう返事をして藍は消え去った。
代わりに魔理沙が紫の近くへと歩み寄る。
「なあ、なんで各勢力のやつらに神楽に楼夢が取り込まれたこと以外の情報を渡さなかったんだぜ? 情報を共有すれば、勢力間の連携も取れやすいって思うんだが……」
「無理よ。私たち妖怪は本来個々で動くものなの。勢力間での連携なんて不可能に近いわ」
妖怪は基本自分の好き勝手に動く。それはどんなに力が強くても、いやむしろ力が増せば増すほどその傾向にあると言える。もはやそれは妖怪に刻まれた本能そのものだ。
「だから情報を渡さなかったの。出撃する時間も戦闘に入る時間もバラバラ。でもバラバラだからこそ、昨日立てた作戦の、戦力を分けた状態での連続戦闘という状況を作り出すことができる」
「なるほど……他のやつらがやられまくった後に、満を持して登場するってわけか。相変わらずやってることが汚いな」
「お褒めに預かり光栄よ」
二人は皮肉を言いつつ笑い合う。
「それにしても他の勢力のやつらもやつらだよな。プライドの高いレミリアたちならともかく、妖怪の山とかは正直動かないかと思ったぜ」
「それはこの異変に参加しなかった場合、組織の評価が著しく下がるのを懸念しているからよ。もし勢力の消耗を恐れて引きこもったりしたものなら、臆病者としてこの異変の後で一生後ろ指を指され続けることになるわ。この世界は弱肉強食、舐められた時点で組織としておしまいなのよ」
「なんかヤクザみたいね」
その話を聞いた岡崎がつぶやく。
魔理沙は首を傾げたが、紫は意味を知っていたらしく「言い得てるわね」と少し笑いながら返した。
「それで、そこの亡霊の傷は完治したのかしら?」
そして話を百八十度変えて、紫は早奈に問いかける。
彼女の返事は歯切れが悪かった。
「……正直、本気で戦える状態じゃありませんね。これじゃあ神楽どころか他の伝説の大妖怪たちとすらまともに戦えないでしょう」
早奈は元々神楽に挑んで命からがら生き延びた身だ。当然その体の傷は一日やちょっとでは治るものではない。
だが早奈の目に絶望はなかった。
「だから私、昨日の夜考えて決心しました」
何を? と紫が聞き返す前に早奈は歩み出す。そして霊夢の目の前で止まった。
「霊夢、お願いがあります。私と契約して、共に戦ってください」
「……はあ?」
早奈は頭を下げて、そう言った。
霊夢は困惑して思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
彼女から見て早奈というのは安易に頭を下げるような性格ではない。それがこうして自分に頭を下げてまで頼み込んでいる。
早奈はその理由を説明した。
「私はご存知の通り楼夢さんの妖魔刀です。でもその楼夢さんも消えてしまい、さらには傷のせいで全力が出せません」
「それはさっき聞いたわ」
「でも妖魔刀の新しい契約者がいれば、私の力を全てその人に貸すことができます。そしてそれを操れる人間は霊夢、あなたしかいないんです」
早奈の妖力は膨大で、それでいて常人が触れるにはあまりに害悪なものだ。だが彼女は楼夢すらしのぐほどの才を持つこの少女ならそれを御することができると信じていた。
「……私は刀なんて使ったことがないわよ?」
「大丈夫です。私が持っている記憶とあなたの才能ならすぐに楼夢さんに匹敵する剣士になれます」
霊夢はしばらく黙り込んだが、やがてゆっくりとうなづいた。
「……わかったわ。なってやるわよ、あなたの主人に」
「ありがとうございます、霊夢。でも私たちはあくまで協力関係、私のご主人様は永遠に楼夢さんなのであしからず」
最後にそう忠告してから、早奈は霊夢の両手を握った。
そして彼女の姿がだんだん薄れていき、霧のようになってから手を伝って霊夢の中へ入っていく。
「うっ……! これは……結構キツイわね……!」
早奈を吸収してから流れ込んできた、あまりの妖力に霊夢は膝をついてしまう。呼吸は荒くなり、額からは玉のような汗が流れた。
「おいおい、本当に大丈夫かよ」
「いえ、たしかに力が跳ね上がってるのは事実よ」
その様子を見ていた魔理沙が少しだけ早奈を疑うが、霊夢本人がそれを否定した。
「ただ、すぐには戦えそうにないわ。長くて一時間は体に馴染ませないと……」
「一時間……正直微妙ね。紅魔勢とかが長く持てばいいんだけど……」
「おやおや、決戦前に怪我人かい?」
全員が霊夢に視線を集中させているとき、鳥居がある方向から幼い声が聞こえてきた。
紫が振り返ると、そこには白いウサギの耳を生やした少女が壺を抱えて立っていた。
知らない顔だ。岡崎は言わずもがな、紫はそう思った。
だが魔理沙だけは知っていたらしい。彼女を見ると非常に驚いた顔をしていた。
「お前は……永遠亭の兎!」
「……ああ、思い出したわ。そういえばあそこ下っ端の兎がいるんだっけか」
「因幡てゐだよ! なんでそこの金髪はわかったような口を聴きながら名前を覚えてないんだよ! そしてついでに私は下っ端なんかじゃない!」
因幡てゐ。実は一万歳を超えるかなりの長生きをしている妖怪。しかしその割には妖力が成長しなくてイマイチパッとしない妖怪だったので、紫は完全に失念していた。
そんな兎が博麗神社に何の用か。そう聞こうとする前にてゐは自分から話し出した。
「まあいいや。見たところ、あんたらずいぶんとボロボロだねぇ。やっぱうちの師匠の読みは当たってたか」
てゐは壺を置いて中身をいくつか取り出す。
なにかの液体が入った瓶だ。そのほかにも包帯やらの治療器具がぎっしり詰まっている。
「師匠が、あんたらが怪我してたらこれで治してやれってさ。普段患者には使わない秘伝の薬だからそのくらいの怪我はほぼ一瞬で治るはずだよ」
「あら、それはすごいわね。参考資料としていくつかもらっておきたいくらいだわ」
外の世界の医学もびっくりな効果を聞いて岡崎が興味を示す。しかしさすがに決戦前に治療薬を奪うような愚行はしないようだ。
てゐは蓋を開けた瓶を傾けて液体を手のひらに垂らす。どうやら塗り薬のようだ。彼女はそれを紫たちに一人ずつ塗っていく。
布に隠れた箇所も多かったので服を一旦脱ぐ羽目になったが、幸いにもここには女性しかいないので大丈夫だろう。若干の羞恥心を犠牲にして彼女たちは傷を回復させることができた。
「あら、こんだけ大事になってるのに拠点で回復なんて、ずいぶんのんびりしてるじゃない。地上のやつらは相変わらずね」
彼女たちが体の回復具合に驚いていると、またもや鳥居の方から声が聞こえてきた。しかし振り向いても鳥居の下には誰もいない。
「こっちよ、こっち」
声は上から聞こえてきた。
紫たちは視線を上げる。鳥居の上にはある少女が腕を組んで佇んでいた。
てゐのときとは違って、それを見た紫、霊夢、魔理沙はすぐに彼女の名前を頭に浮かべることができた。
青い髪に桃の飾りをつけた特徴的な帽子。忘れたくとも忘れられない事件を起こした張本人。
「あんた、生きていたのね……天子」
「ふっ、とーぜんじゃない。私があんなのでくたばるわけないでしょ?」
霊夢が憎々しげにその名前をつぶやく。
比那名居天子。博麗神社を倒壊させ、天候をめちゃくちゃにする赤い霧を出現させた天人。しかしそれにブチ切れた楼夢に消し飛ばされて生死不明になっていたため、世間では彼女は死んだものとして扱われていた。
それが今こうしてノコノコと目の前に立っている。
「……で、何しにきたの? 態度次第では楼夢のときみたいになるわよ?」
「そう、それなのよ」
「……はっ?」
天子は鳥居から飛び降りてまっすぐ霊夢たちと対峙する。
「あのときの敗北はたしかに認めるわ。でもあんだけ一方的にやられちゃこっちの気が収まらないってわけ。だから私はあの異変のあと、生まれてこのかたないほどに修行に励んだわ。そして今日、私は復讐を果たすためにここに来たの」
「……呆れたわ。まさかまた楼夢と戦うつもりなの?」
「もちろんそのつもりよ。大地を使って情報を集めたんだけど、あのセンスのない観賞植物を作ったのはあいつなんでしょ? しかも今は幻想郷中が敵に回っている。だからこれはチャンスだと思ってね。だから貴方たちのところに来たの」
「……一応聞いておくけど、どうして私たちが神楽の消耗を狙っているってのがわかったのかしら?」
「普通に考えればわかるわよ。ま、私の普通が貴方たちの異常って言うのなら仕方ないけどね」
相変わらず偉そうなやつだと、霊夢は舌打ちをする。
天子の狙いは霊夢たちに便乗して楼夢、いや神楽を打つことだ。それも身勝手な理由で。
正直、今すぐここで彼女をはっ倒してやりたい。だが今の状態の霊夢にそんな余裕はないし、下手をすれば神楽と戦う前に消耗しかねない。
「どうするんだ霊夢? 私はお前の意見を尊重するぜ」
「……こんなうざいやつでも実力だけはたしかだわ」
それだけ言うと霊夢は背中を向けてそっぽを向いてしまった。
これは了承したということでいいのだろう。紫も彼女と同意見だったので、あえて何も言わなかった。事情を知らない岡崎も断る理由がない。
かくして、天子の参戦は決定した。
彼女は笑みを深めると、大樹の方へ視線を向けた。
「さてと、それじゃあ神風特攻隊たちの奮闘でも見守ろうかしらね」
いつもなら不快感しかないはずのそのセリフは、仲間になった影響か頼もしさを全員が感じていた。