東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
地霊殿。忌み嫌われた妖怪たちが集う地底でもとびっきりの嫌われ者が住む館。
そこのとある場所に複数の人影があった。
「ふぃ〜、疲れも吹っ飛ぶぜぇ……」
「地底なんて二度と行かないなんて思ってたけど……ここだけはいい場所ね」
湯に浸かった霊夢と魔理沙はそれぞれの感想を口にする。
漂う湯気に隠された少女たちの裸体。そして岩の囲いの中に沸いている暖かい水。
そう、ここは地霊殿内部にある温泉だった。
ここの持ち主であるさとりによると、お空を止めてくれたお礼らしい。二人はすぐに帰りたかったが、旧灼熱地獄でさんざん汗を流したせいで体中がベトベトになっていたので、遠慮なく使わせてもらうことにした。
そして今に至る。
「いやー、最後にあのカラスのスペカを見たときは今度こそ死んだって思ったぜ」
「ああ、そういえばアンタあそこの近くにいたんだっけか。よかったわね流れ弾をくらわなくて」
「まったくだ。しばらく戦いはこりごりだぜ」
「なぁーにオヤジっぽい顔してんのさ二人とも!」
二人が今日無事生還できたことにため息をついていると、後ろから小さい影が二人の間に飛びついてきた。
こんな馴れ馴れしいやつは楼夢以外だと一人しかいない。
霊夢は振り向かずに謎の声の主に話しかけた。
「はぁ、本当にアンタはいいご身分よね。私たちとは違って他人の不幸を笑い話にして、おまけに何にもしてないのに温泉に入れるなんて」
「違うよ霊夢。
「……なんの言い訳にもならないわよ、萃香」
飛びついてきたのは萃香だった。そしてここにいるのは彼女だけではない。紫にアリスにパチュリーのサポート係だった三人が、別の湯に浸かっていた。
「というか地上の妖怪が地底に来るのはご法度じゃなかったのかしら?」
「ええその通りよ。ただ、知られなければ問題はない。さとりにも口を閉じておくよう交渉したから大丈夫よ」
霊夢の疑問にスキマでいつのまにか彼女の隣に移動していた紫が答える。
「そうそう、今後は地底との条約を緩和することに決定したわ。だから地底の妖怪たちの一部が地上に来ることもあるかもしれないけど、そのときはよろしくね?」
「いやよ。今日みたいな馬鹿どもが束になったらさすがの私でも骨が折れるわ」
「大丈夫よ。あなたは鬼子母神以外のほぼ全ての地底の強者を倒したんだから。今日戦った以上の妖怪はほとんど出ないと思うわ」
逆に言えば、今日という一日にほぼ全ての不幸が集結したという意味にもなるのだが。
霊夢の異変経験の中でも明らかに一、二を争うほど厄介な異変だった。そんなことを考えていると戦闘での傷が疼きだしてしまい、またため息をつく。
お空によって焼かれた彼女の左腕はほぼ元どおりの雪のような色になっていた。紫の治療術式と、彼女が持ってきた永遠亭産の薬のおかげだ。
「そういえば鬼子母神で思い出したんだけど、あれから楼夢はどうなったのよ? 火神たちもいないし」
それを聞くと、紫はさっきまでとは一変して見るからに落ち込んでしまった。
彼女は非常に浮かない顔で答える。
「……行方不明よ。地底から地上まで吹き飛ばされたのはわかってるけど、跡を探しても見つからなかったわ。そのときの衝撃で通信機も大破しちゃってるから正直お手上げね」
そして映像が映らなくなったのを機に火神たちは帰って行ってしまった。相変わらず自由人だなと、心の中で思う。
だが、霊夢には楼夢が倒されるならともかく死んだ姿が想像できなかった。普段はしょっちゅうボロボロになっているが、あれでも最強の妖怪なのだ。仮に命の危機だったとしても本気を出せば大抵のことは解決できるはず。
湯気が頭にまとわりついてくる。それをお湯を頭にかけることで振り払う。
その後は終始ただの雑談だった。
唯一価値のある話といえば、今回の異変の犯人である地獄鴉が生きているらしいということぐらいか。萃香は地獄鴉なんだからマグマに落ちたぐらいじゃ死なないと言っていた。
一時間ほど湯に浸かったあたりで立ち上がり、彼女は温泉の外へ出て行った。
それでもしばらくの間、湯気が彼女の体にしがみつき、離れることはなかった。
♦︎
空が黒に染まっていたころ、どこかの森で俺は横たわっていた。
体は血濡れで、肋骨などがいくつか折れてしまっているのだろう。呼吸をするたびに肺に骨が突き刺さって血を吐き出し、苦しむ。
体を満足に動かすことすらできない。だがそれも当然か。
辛うじて動く首を動かし、目線を俺の近くに空いている底の見えない穴へと向ける。
なにせ俺はあの穴から地上に帰ってきたのだから。
剛に吹き飛ばされたあの後、俺は地中を上へ上へ勢いのまま進んでいた。だがこのままでは体中がズタボロになり、いずれ死んでしまっていただろう。しかし俺がそうならなかったのはタイミングよく指輪が衝撃で壊れてくれたからだ。これにより俺は無事元の姿に戻ることができて、結界を張ることでなんとか生還することができたというわけだ。
助けを呼ぶにも治療するにも、まずは妖力を回復させることが先決だ。さすがに神解の同時解放は無茶しすぎた。もう二度と使ってたまるか。
そのとき、草木が揺れる音が聞こえた。視線だけを向けてその正体を見ようとする。そして絶句した。
——そこには、黒い泥で作られた人型の化け物が立っていた。
「なんだっ、お前は……っ」
『ナンダトハ心外ダ。私ガワカラナイカ?』
「あいにくと、俺の知り合いにそんな聞こえづらい声したやつはいないんでなっ」
なぜだろうか。こいつを見ただけで俺の中に感じたこともないほどの悪寒がはしった。
感じられる妖力は伝説の大妖怪たちと比べると大したことがないもの。なのに冷や汗が止まらない。本能が逃げろ! と叫んでいる。
ほぼ無意識に俺は立ち上がった。さっきまではとても動けるような状態ではなかったのに、こいつを見ただけでアドレナリンが分泌されたのかもしれない。それだけ本能が危機を察知しているということだ。
だが好都合だ。
こいつは放っておけば間違いなく害になる。だからこそここで、殺す!
「『雷光一閃』ッ!!」
落ちていた刀を抜刀気味に構え、雷を纏わせて振り抜く。
雷が落ちたかのような轟音とともに、森林が一直線に切り開かれる。
本来の姿で放たれたその斬撃はまさに光の速さで泥人間を両断した……はずだった。
泥人形の体が二つに分かれ、地面を転がる。だがすぐに何事もなかったかのように二つはくっつき、元どおりとなった。
「再生能力持ちかよ……面倒くせえな!」
『サスガダナ。私ノ現役ヲ遥カ二上回ッテイル。ダガ、ソンナコトヲ気二シテイテ良イノカ?』
その問いかけの意味はすぐにわかった。
いつのまにか、俺が振り抜いた刀にやつと同種のものの泥が付着していたのだ。
気づいたときには遅かった。泥は一瞬で膨れ上がり、瞬く間に俺を拘束する。
ただでさえ非力なのに、怪我して妖力も枯渇しているこの状況じゃ振りほどくことは困難だ。
暴れて泥と悪戦苦闘していると、泥人間が泥を棒状に変化させる。そして
あの構えは、まさか……!?
『”氷結乱舞“』
「ガハァッ!!」
氷を纏った六つの斬撃と一つの突きが俺の体を切り裂き、貫いた。
体と口から赤い液体を噴出する。
泥の棒からは冷気が溢れ、腹部を中心に徐々に体に浸食していく。
間違いない。これは俺の『氷結乱舞』だ。
氷漬けになった体はもう動いてくれることはない。最後の抵抗として泥人間を睨みつける。
だがやつはそんなこと意にも返さず、棒を引き抜き、代わりにとその黒い手を傷口に突っ込んだ。
不思議と腹部に痛みはなかった。だがその代わり俺の中に溢れたのはたまらないほどの不快感。まるで何か異物が頭に流れ込んできたかのような感覚を味わう。
人間を殺せと。妖怪を殺せと。全てを壊せと文字の羅列が延々と脳で繰り返される。
自分が消えていく感覚。
声にならない叫びを上げて、必死にそれに抗おうとするが、徐々に意識が薄れていく。
そのとき俺は悟った。なんでこいつが俺の剣技を繰り出せるのか? なんで俺を狙ってきたのかを。
「お前は……っ、まさかぁっ!? ぐっ、グアアアアアアッ!!」
だ……め……だ……っ。意識がっ、俺が……消えていく……!
徐々に抜けていく力。目を見開いているのに黒く染まっていく視界。
答えにたどり着いたところで、全てが手遅れだった。
最後に見えたのは紫色の絹のような髪と、口元に浮かんだ三日月。
その記憶は
♦︎
「ククク、アハハハハッ!! 戻った! 戻りましたよ!」
名もなき森の中で、狂気に満ちた笑い声が木霊する。
その音源は一人の女性のような男によるものだった。
紫色の腰にまでかかる髪に、黒い巫女服。顔は非常に整っており、絶世の美女と呼ばれても違和感がなかっただろう。
こらえきれない愉悦さゆえに歪んだ口も、彼の妖しさを増すだけだった。
男は腰につけている刀を抜く。
その刀はまるで闇そのものであった。黒い柄に黒い鍔、そして墨汁で染めたかのようなさらに黒い刀身。さらには持ち主の溢れんばかりの影響を受けて赤い電気のようなものがバジバジと刀身から発せられている。
それをまるで棒切れのように軽く振るう。
瞬間、横幅の限界が見えない黒の斬撃が飛び出し、前方に見えていた全ての森の木々を文字通り消しとばした。
「ふふっ、素晴らしいですよ。どうやら贋作はちゃんと自分の仕事をしていたようですね」
目の前で起きた結果に満足する男。
そして今度は目の前の空間を切りつける。すると空間が悲鳴をあげ、ガラスのように砕け散った。割れた先には明らかにこの森の景観とは合わない、摩天楼が映っている。
「これならば、もう一人にも期待できそうです」
ためらいなく、割れた空間の先へ足を進める。
地面は土からコンクリートに、黒かった空は水色に変化する。
世界を越えた先には、二人の人物が立っていた。
一人は男と同じ紫髪を持つ少女。見慣れぬ侵入者に驚いたのか、目を丸くして男を見ている。
そしてもう一人は——全身が白に染められた男。顔立ちは襲撃者と似ているが、こちらは髪が短く、それをオールバックにして固めていた。その姿はどこか見覚えのあるものだった。
目的の獲物を見つけ、襲撃者は狂気の笑みを浮かべる。
それに対抗するように、男も不敵な笑みを浮かべた。
「よぉ、ずいぶん遅い登場じゃねぇか。待ちくたびれて危うく寝るところだったぜ」
「はじめまして贋作。そして安心してください。まもなくあなたの役目は終了し、永遠の眠りを与えられることでしょうから」
白い男はそれを聞くと眉をひそめ、何もない空間に手を突っ込む。そして全長三メートルはあるであろう巨大な刀のような何かがいつのまにか彼に握られていた。
「勝手に人様に役割押し付けてんじゃねぇよ。んなもん渡された覚えはハナからねぇし、あったとして破り捨ててるだろうから覚えてねぇなぁ」
「あなたは人間じゃないでしょうが。偽物が生き物らしく振る舞うのも大概にしなさい」
もはや言葉はいらなかった。
侵入者は刀を抜き、それを正眼に構える。白い男はあまりもの巨大過ぎるその武器を片手で持ち上げ、肩に置く。
そして状況を理解した少女が侵入者と同じように刀を構えた。
「狂夢さん、もしかしてあいつは……」
「お前の想像している通りのクソ野郎だ」
「そうですか……なら、助太刀します。あいつからは楼夢さんの匂いがしますからね」
三人が放つ力によって蜘蛛の巣のようなヒビが三つ、コンクリートの地面にはしる。
「時は満ちた。偽りの神を今日こそ引きずり下ろし、この腐敗した世界に鉄槌を」
「しょーもねーこと言ってんじゃねぇよ。わざわざここまで来てご苦労だったが、テメェの旅路はここでしまいだ」
二人は同時に武器を振るう。
そして黒と白の衝撃波が、この宿主の消えた世界を塗りつぶした。
はいどうも作者です。
毎度ながら現実の都合で向こう一週間以上二週間未満ほど投稿をお休みさせていただきます。
そして次回からは最終章『デザイア・オブ・ネクロファンタジア編』が始まります。どうぞ気長にお待ちください。