東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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戦いの瞳

 

 

「いやー、母様から聞いてたけど、ほんとにちっこくなってるとはね」

「色々あったんだよ。色々……」

 

 じろじろと勇儀は私を眺め、思い出したかのように噴き出す。

 笑うな笑うな。まったく、相変わらず妖怪というのは人の不幸が大好物で嫌になる。自由に元に戻れる前の状態だったら殴り飛ばしてたところだ。

 ……まあ私も妖怪なんだけど。

 

 でも、こんな風に彼女と再会したのは通常ならば不幸なのだが、この場合はある意味幸運かもしれない。

 妖怪の山時代に、剛は鬼の頭領ではあるが、面倒くさがりで他の鬼どもをまとめるのは全部勇儀に回していた。おそらくそれは今も変わらないはず。だったら彼女からはかなりの情報が得られるはずだ。

 

「ねえ勇儀。私たちは今地上に旧地獄の怨霊が発生した事件について調べてるんだけど、何か知らない?」

「地上に怨霊? そんな話聞いたことがないけど、事実だったら大問題だね」

 

 この話を聞いて初めて勇儀は顔をしかめた。おそらく地上との条約について考えていたのだろう。

 引き続き、質問を続ける。

 

「そっ、大問題なの。だからさ、なにか役に立つ情報はないかな?」

「うーん、と言っても私たち鬼が管理するのは妖怪であって怨霊じゃないからなあ」

「じゃあ誰が管理してるのさ」

「それだったらわかるよ。地霊殿っていう屋敷に住むさとりって妖怪さ。ほら、この街の中心に建ってるあれだ」

 

 勇儀はそう言ってとある方向に指を指すが、残念ながら私の身長じゃなにも見えなかった。おまけに人混みもある。

 なので適当な家の屋根に飛び乗り、改めて勇儀が指した方向を見る。すると和風なこの街の雰囲気とは少しズレた、西洋風の館が見えた。

 

「あそこは灼熱地獄の真上に建てられている。だから怨霊を管理するにはうってつけの場所ってことさ」

 

 方角は覚えたので、あとは適当に進めばいずれは着くはずだ。

 これ以上は見る必要はないと判断し、私は屋根を降りて表通りに戻った。

 

「なるほどね。ありがとう、それじゃあ私たちは先を急ぐことにするよ」

 

 これ以上関わるのは危険だ。

 そう思い、素早くこの場から逃げ出そうと背を向けるのだけれど、

 

「おっと、ちょっと待ちな。こんだけ聞いといてタダで帰る気じゃないだろうね」

 

 ……ああ、やっぱりか。現実はそう甘くはない。

 心の中で舌打ちをしながら、振り返る。

 勇儀の目は燃えるような闘気で輝いていた。

 

 彼女の言いたいことはもう察しがついている。

 なのですぐに刀を引き抜き、戦闘の構えをとった。

 

「……はいはい。戦えばいいんでしょ戦えば。最初から覚悟してたことさ。だからかかってきな」

「ちょっと、トントン拍子で話を進めないでくれる?」

「霊夢、ここは私がやる。だからあなたたちは先に行ってて」

 

 文句を言ってきた霊夢だが、その言葉を聞くとあっさり引き下がってくれた。

 この中で一番鬼を知っているのは私だ。なら私が戦うのがもっとも効率がよく、体力を温存できる。

 

 しかし私たちのその考えは、勇儀の一言で打ち砕かれた。

 

「いや、楼夢、お前はダメだ。私はそこの人間とやりたい」

「なっ……!?」

 

 予想外の要求に私たちは目を見開いた。

 なぜだ。この中で一番鬼を楽しませられる存在は私のはずだ。そんな私を差し置いて、どうして霊夢と戦いたがる。

 

 その理由は、彼女の口から直接語られた。

 

「楼夢、私たち鬼が昔人間との戦いを何よりの楽しみにしてたのは知ってるよな?」

 

 その通りだ。今は人間というか強者ならば誰でもいいという感じだけど、昔の鬼は急な速度で成長していく人間との勝負をするのが大好きだった。

 

 その勝負のために鬼は人をさらい、駆けつけてきた別の人間が来るたびに真剣勝負を申し込んでいた。

 

 だけど人間は鬼と違ってバカじゃない。だいたい鬼と人間の勝負なんて文明が発達していったとはいえ、当時は結果がわかりきったものとしての印象が強かったはずだ。もちろん鬼の勝利という結果が。

 

 だからこそ、人間は知恵を振り絞って鬼を騙し討ちで殺すことに決めた。

 それを悪い選択だったとは思わない。むしろ私としては当然だったとさえ思っている。

 分の悪い勝負に乗るなんてバカの所業だ。おまけに負ければ全てを失う。なら最初っから勝負を盤面ごとひっくり返してしまった方が手っ取り早く、生き残る確率は高い。

 

 だけどそこに、鬼たちが求めるものはなかった。

 罠。毒殺。いろいろだ。鬼たちが思いつかないような、いろいろな手を使って人間たちは次々と鬼を殺していった。逆に鬼は一回も相手に触れることなく死んでいった。

 

 それはとても喧嘩と呼べるものじゃなかった。

 だからこそ鬼は人間たちに失望し、地上から姿を消した。

 

「しかしだ。そこの人間はなんの小細工もなしに拳だけで鬼を倒してみせた! それを見たとたんに弾けたよ! 私はこいつと喧嘩がしたいってな!」

「……同じく(いにしえ)より生きるものとして共感できる部分はある。だけど勝手な言い分だね。少なくとも私がいるうちは、霊夢に手を出させやしない」

「……ふーん、そうかい。だったら私は私で母様でも呼ぼうかね」

「……っ!?」

 

 この野郎……! なんて爆弾発言をしてくれやがる……! 

 明らかに歪んだ私の顔を見て、勇儀は口角をつり上げる。

 それに腹が立って彼女を睨みつけるが、結局は殴るどころか何か言うことすらできなかった。

 

 彼女の言葉はハッタリではない。たとえ離れた場所にいても、やつなら十分聞き取ることが可能なはずだ。

 だけど霊夢を勇儀と戦わせたくはない。そうなると剛が私たちのところに来ることも踏まえて、作戦を模索していくがなにも浮かび上がらない。

 

 まずは私と勇儀が戦った場合。そうなると剛が来て結局私は彼女の対処に回らなくちゃならない。その隙に勇儀は霊夢に勝負をしかけることができるというわけだ。

 

 なら最初っから戦わずに逃げ出したら? これも難しい。

 まず剛が呼ばれた時点で私が逃げ切ることはほぼ不可能だ。そうなると結局は霊夢と魔理沙の二人だけで逃げ回ることになる。が、地の利はあちらにあるため、捕まる可能性の方が圧倒的に高い。

 

 くそ、どうすれば、どうすれば……!? 

 ストレスとともに刀を握る手に力がこもっていく。しかしそれを発散する方法はない。私が動いたら、それでおしまいだ。

 

 迷いに迷う。気分の悪いものが頭の中をグルグルと回って、それでも答えは出てこない。

 しかし、最終的に私が決断を下すことはなかった。

 

 力んでいた肩にポンっと手が置かれた。

 振り返ると、そこには曇りのない目で勇儀たちを見つめる霊夢の姿が。

 この時点で私は彼女がなにをするのかわかってしまった。しかし止めるすべはなかった。

 

「私がやるわ」

 

 そう、勇儀の前へと出てきて彼女は宣言した。

 途端に勇儀の笑顔が深まる。歪んだ三日月は限界まで張られ、今にも弾け飛んでしまいそうだ。

 

「はは、感謝するよ人間! さあ、やろうじゃないか!」

「ちょうどいい運動よ。食後にはぴったりだわ」

 

 霊夢は他人のために自らを犠牲にするような性格ではない。それなのに前に出た理由は、きっと私と同じ考えだったからだろう。

 そう、この局面を最小限の犠牲で済ますには霊夢が戦うしかないという考えに。

 

 だけど、それを素直に認めるわけにはいかないんだよ、私はっ。

 霊夢を引き止めようと袖を引っ張る。

 彼女は振り向きはしなかった。ただし返答の代わりに来たのは、デコピンだった。

 

「痛っ! なにするのさ!」

「アンタ、いい加減にうっとうしいのよ。保護者かなんかのつもり?」

「いや、そう言うわけじゃないけど……」

「ならこの際はっきり言っておくわ。私が進む道は私自身が決める。誰かに指図されるなんてお断りよ。……それとも、アンタは私がこの程度の敵に負けるとでも思っているのかしら?」

 

 そう言い切った彼女の目はまっすぐだった。負けることなんてこれっぽっちもない。むしろ絶対的な自信と揺るがない意志で満ち溢れている。

 

 その目を見て、気づいた。

 なんだかんだと言いつつも、一番霊夢のことを理解できていなかったのは私なのかもしれない。力量的に彼女の強さを認めながらも、精神的にまだ未熟と思って子供扱いをしていた。

 でも、それももうおしまいだ。

 彼女の目は覚悟の目だ。そしてそれをすることができるということは、彼女はもう子供ではないということ。

 彼女は少女である前に戦士だったのだ。

 

 それがわかったなら、もう言うべきことはない。

 

「ふっ、私もまだまだだね……」

「なによ、急に笑い出して。とうとう頭がイかれたのかしら?」

「なんでもないさ。ただ……改めて自分のことしか見れない自分に心底失望しただけ」

「……やっぱり意味不明よ」

 

 わからなくていいさ。

 酔っ払ってあまり身動きができなくなっている魔理沙を担ぎ上げ、建物の屋根へと飛び乗る。

 

「頑張りなよ霊夢。今回の私は傍観者。あなたの成長、見せてちょうだい」

「忘れたなら嫌でも見せてあげるわよ。博麗の巫女の恐ろしさってやつをね」

 

 それが、最後に彼女と交わした言葉だった。

 霊夢は改めて勇儀と向かい合う。

 両者から炎のように霊力と妖力のオーラが立ち上っているのが見える。それはつまり、具現化してしまうほど二人の力が高まっているという証拠だ。

 やっぱり、弾幕ごっこで済ませるつもはないらしい。

 

「なあ、知ってるか? 楼夢はよく喋るやつだけど、本当の意味で人のことを思ったことは全くないんだ」

 

 ……ああ、自分でもよくわかってる。

 

「その楼夢がこれほどまでに過保護になる人間。考えただけでよだれが垂れてきそうだよ……!」

「お腹が減ってるんならそこの居酒屋で食っていなさい。暇つぶしに付き合うつもりはないわ。鬼だろうが楼夢だろうが異変の首謀者だろうがさっさと退治して、それでおしまいよ」

「言ってくれるじゃないか……人間ッ!」

 

 戦闘の火蓋が切って落とされた。

 両者は同時に地を蹴り、拳を振るう。

 そして凄まじい衝撃波を放ちながら、二人の拳が交差した。

 

 


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