東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
奇妙な空
「うーん、いつ見てもいい雪だねぇ……」
「……うん、いい雪……」
思わず出た私と舞花のため息が重なる。
縁側から見える枯山水の庭の景色。苔などが生えた岩や砂には真っ白な雪が積もっており、見るもの全ての心を自然と落ち着かせてくれる。
……
守矢が来てからもう数ヶ月。神奈子の予想通り、一度布教が始まると守矢の信者はあっという間に増えていった。
なんせ商売敵が私の白咲神社か博麗神社しかいない世界である。おまけに私の御利益は恋愛運向上と悪霊退散、博麗神社に至っては御利益すらも判明していない。
それに比べてあいつらは武運と土地の豊穣だ。妖怪の対処や外と比べて不安定な農業などで大変な人里の人間どもにとっては非常にありがたい神であろう。現に守矢の信者数はもう白咲神社に追いつき、追い越しつつある。
まあ、そんな友人たちの話はひとまず置いといて。
今は夏。これは確かな情報だ。実際人里では太陽の日差しが強すぎて日傘がなければやってられないと数日前に霊夢が話していたのを覚えている。
しかし、残念ながらここにそんなものはない。あるとしたら日差しの代わりに降り注ぐ雪だけだ。
しかも、問題はここだけじゃない。
鳥居の近くから腹にまで響き渡るような轟音が鳴り響く。それと同時に女性の叫び声も聞こえてきた。
「はぁ……また? 今日で何回目なの。 美夜が雷に撃たれたのは」
「……さあ? 多すぎてわからない」
「お父さんー、お茶淹れたよー」
お盆に三つの容器を乗せた清音が縁側に来る。
途端に曇り空は晴れて、真夏らしい日差しが庭へと差してきた。
……なぜか雪だけは継続して降ってきているが気にしてはいけない。
そこに黒焦げになった着物を着た美夜が合流。
すると今度は黒い雲が空に出現して、庭に雷が降ってきた。
うんうん、気にしない気にしない……って。
「さすがに気にするわボケェ!」
お茶入りの容器を投げ出しながら勢いよく立ち上がる。
いやなんだよこの天気は! 本日は晴れ時々雷時々雪ってか!? 暑いのか寒いのかどっちかにしろよ!
「……あ、ようやく突っ込んだ」
「突っ込みましたね」
「突っ込んだー」
「なんで私そんなに呆れられてんの!? いやたしかに現実に目を背けて異変を無視し続けた私が悪いけどさぁ!」
「原因わかってるじゃないですか……」
非難の目線が私に突き刺さる。
白咲神社は幻想郷のパワーバランスを担う勢力の一つ。だから守矢の件は例外にしてもトップである私の命令以外でむやみに動いてはいけない。でも今回は私がなんも言わなかったから動きたくても動けなかったのだろう。
でもさ、異変って面倒くさいじゃん。特に今の季節は夏。外なんか出たら干からびる自信があるね。
「はぁ……しょうがないですね。これを見たらお父さんも異変に行きたくなるんじゃないですか?」
「うん? 文々。新聞? ……ああ、射命丸の新聞か……」
いつの間にこれに金払ってたんだうちは……。
まあいいや。えーと、なになに……。
「『博麗神社崩壊! 原因は謎の地震か!?』……はぁっ!?」
なんだと……? 私の、私の霊夢の神社が壊れたって……?
詳しく見れば新聞の見出しにはデカデカと崩壊した博麗神社の姿が映っていた。そしてそこの隅で座り込む霊夢の姿も。
「心配ですよね。よかったらお父さんが——」
「霊夢っ!!」
考えるよりも先に体が動いていた。
置いてあった愛刀たちを掴み、大空へと飛び立つ。
途中で雷が降って来たけどお構いなしだ。刀の一振りの元それを消し去りながら風を突き破ってどんどん加速していく。
そして私は今の体に許された最高の速度で博麗神社を目指した。
♦︎
衝撃波を撒き散らしながら地面へと降り立つ。
着地の衝撃で足場が少しくぼんでしまったが、そんな些細なことは私の目には入らなかった。
まず映り込んだのが、すっかりと変わり果てた神社の姿。
昨日までここでお茶を飲んでたのが嘘みたいだ。雲一つない晴天に溶けてしまいそうなほど強い日差し。神社以外は全部全部昨日見たまんまだ。
そして視線をずらすと、瓦礫によって出来上がった日陰に無気力に座り込んでいる霊夢を見つける。
「……霊夢」
「……ん、ああ、あんたね。今日は残念ながら営業してないわよ」
声をかけてみると、霊夢は普段と変わらない感じで返事を返してくる。しかしそれはあくまでそういう風にふるまっているだけだ。
「……なによ、いつにもなく真剣な目で私を見つめてきて」
霊夢は隠してるつもりなんだろうけど、バレバレだよ。
若干赤くなった目。乾きかけたほお。それに霊夢が先ほどまで座っていた地面には黒い斑点がいくつもつけられていた。
「……別に。それにしてもすごい光景だねこりゃ。ずいぶん古かったし、とうとうリフォームでもするつもりなの?」
この子は……まったく。
今気づいたことは黙っておくとしよう。それが今彼女の支えになっているプライドを傷つけさせない唯一の方法だ。
私は能天気に笑う。まるで妖怪の私には関係ないとでも言うように。
まるで道化だ。でも、この子がこの子であるためなら私はいくらでもそれを演じてやろう。
「そう見えたとしたらずいぶんとあなたの頭はお花畑ね。だいたい、昨日の地震のせいに決まってるじゃない!」
「ふぇっ、地震? なんのこと?」
「とぼけるんじゃないわよ。あれだけの地震よ? 知らないわけないじゃない」
いや、ほんとに何も知らないんだけど。
それにしても地震……。それが神社が壊れた原因か。自然のものだったら文句も言えないけど、もしこれが仮に人為的なものだったら……許しちゃおけないね。
「まあいいわ。ちょうど目の前に容疑者候補の妖怪その1がいるんだもの。ここで退治させてもらうわ」
「え、えーと。ちなみになんでそんな結論になっちゃったんですかね?」
「妖怪を退治するのに理由なんて必要あるのかしら?」
「お、横暴だ! 横暴すぎるよこの巫女!」
ええい、こうなればままよ! 最強の妖怪の意地見せてたるわ!
鼻息荒く二つの刀を抜刀する。そして私の斬撃と霊夢のお祓い棒が交差し——。
——数分後。
「ぐふっ……! こ、降参っ! こうさ……もぎゅぶっ!?」
「あら、降参って言ってたの。ごめんなさいね。一撃多かったわ」
ボロボロになって倒れ伏す私。それを女王様のように見下ろす霊夢。
鬼だ……この巫女間違いなく鬼だ……。
勝負が決まったにも関わらず追い討ちをかけてくるとか、しかも棒で思いっきり腹を叩かれたんだけど……。
勝負方法が近接弾幕ごっこだったせいで体のあちこちから鈍痛がする。どうやら相当ストレスが溜まっていたらしい。前戦った時の比じゃないくらいの動きに翻弄されて、全く抵抗できずに一方的にボコられてしまった。
顔に冷たいものが落ちて来る。
雪だ。それも非常に珍しく、日が差した状態でそれらは降って来ている。
『風花』。確かこんな状態の天気をそう言ったはずだ。
起き上がれるようになったころには霊夢の姿はなかった。どうやら異変解決に出かけたらしい。
やれやれ、酷い目にあった……。でもこれで少しでもあの子のストレスが発散できたならいいんだけど。
とりあえず服についた砂を落としていたら、急に当たりが暗くなった。上を見上げれば、そこにはどこからか湧き出た雲が太陽どころか空全体を覆っていた。
「あら楼夢。こんなところで寝転がってどうしたのかしら?」
後ろを振り返る。
声の持ち主は咲夜だった。でもなぜこんなところに?
とりあえずは返答だけでもしておくか。
「見ればわかるでしょ? 霊夢のとばっちりだよ。まったく、前々から異変時は目につく妖怪全てを叩き潰してるって聞いてたけど、実際にそれを味わう日が来るとはね」
「なんとなく想像はついてたわ。……それにしても、まさか神社が倒れていたとはね」
この反応からして、やっぱり咲夜も知らなかったか。
霊夢は確か神社が倒れた原因は地震って言ってた。でもそんだけ大きなものなら私の神社には届かなくてもあちこちで話題にはなるはず。よく人里とかに降りる咲夜なら何か知ってるかと思ったけど……。
「地震? いえ、そんなもの紅魔館には来なかったわ」
「やっぱりか。じゃあなんでここに来たの?」
「それはあなたに用事があったからよ。あいにくとあなたの家は知らないから、ここに来ればいると思ったわ」
うん? 私に用事だって?
咲夜はスカートのポケットから銀色に輝く二つの輪を取り出す。
ガッチャン、という金属同士がぶつかり合った音がした。
「……えーと、なんで私は手錠をはめられてるんですかね?」
「楼夢、あなたを今回の異変に関わった容疑者として逮捕します。……なんちゃって」
「いや冗談じゃ済まないんだけどこれ」
すぐさま能力を発動。手錠の形を歪ませて、楽々とそれを取り外す。そしてすでにガラクタだらけとなった神社跡地に放り投げた。
「さて、なんのつもりかな?」
「まあ、おおむねさっきいった通りよ。今幻想郷中で有力者の周りの天候が荒れに荒れてるのは知ってるでしょ? あなたはそれの記念すべき容疑者に選ばれたの」
「天気が荒れる……なるほど、さっきから不自然に天気が変わるのはそういうわけか」
霊夢がいた時の天気は快晴。しかし彼女が去ってからは風花になった。そして咲夜が来たことで今の天気は曇天となっている。雪は相変わらず降ってはいるが。
「というわけで、大人しく紅魔館まで連行されなさい」
「断るね。そっちの遊びに付き合ってあげるほど、私も暇じゃないんで」
「そう……なら、実力行使よ!」
咲夜はスカートからスペカにも似たカードを取り出すとそれに霊力を込め、体に結界を張る。同じように私も結界カードを取り出して結界を張った。
咲夜が両手の指と指の間にナイフを挟んで構えるのと、私が舞姫と妖桜を抜いて二刀流の構えをとったのはほぼ同時だった。
一瞬の静寂。そして互いに打ち合わせたかのように飛び出し、近接弾幕ごっこが始まった。