東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
ガタガタと、座席が揺れる。
板が腐蝕してボロボロに見えるようにペイントされたトロッコは、外観に見合わぬ馬力で線路の引かれた坂を、重力に逆らって登っていく。
高まっていく緊張感。ほおを撫でる風の感覚と目の前に広がる高所からの眺めは、連鎖したトロッコに乗る全ての客たちの言葉をかき消した。
やがて、トロッコは定められた位置に着くと、一度完全に停車した。
そして……。
「キャアアアアアッ!!」
「ちょ、紫さん!? 怖いからって抱きつき過ぎだ! 安全装置がミシミシ音立ててるんだが!?」
猛スピードで落下していくトロッコの列。
ご覧の通りとなりの賢者様は恐怖のあまり叫びながら、目を必死に閉じて景色を見ないようにしている。いや、逆に見ないのも怖いとは思うんだがな……。
そんでもって先ほども言った通り、紫は今現在俺に抱きついてきている。だがいくら貧弱であっても妖怪は妖怪。加減を忘れて思いっきり力を込めればどうなることくらい簡単に予測できる。
そう、安全装置が壊れる……前に俺の体が壊れる。
おいそこ、情けないとか言うんじゃねえよ! こちとらスピードに能力値を全振りしたみたいな身体性能なんだぞ!? 防御力1で耐えられるかこんなもん!
そう心の中で叫んだところで、ゴギィッ、という嫌な音が俺の腰から響いた。
あっ……終わった……。
「いでででっ! ちょっ、紫お願いだから離してくれ! 腰があ……!」
「嫌よ! 絶対に離さないわ!」
「どうしてこうなったああああ!?」
その数分後、俺はようやくジェットコースターと言う名の悪夢から解放された。
現在はベンチに座って腰の痛みを術式でこっそり直している。ただでさえ人が多いんだ。術式を見られないように警戒しておくに越したことはない。
「楼夢ー! クレープ買ってきたわよー!」
「ああ、すまねえな紫」
「いいわよこのくらい。それに、しばらく動けなくなっちゃったのは明らかに私のせいだし……」
ジェットコースターのあと、まず俺が最初にした行動はその場で倒れこむことだった。
調べてみて感触でわかったんだけど、どうやら腰の骨が少し曲がってしまったらしい。そのせいで歩こうとすると激痛が走った。
だがこの程度なら術式ですぐに治せるだろう。だから気にすんなと彼女に声をかけ、渡されたクレープにかじりつく。
デートの定番として遊園地を選んでみたんだが、正しかったようだ。紫も普段は行かない場所で遊べて楽しんでるようにも見える。……さっきのジェットコースターにはグロッキーだったが。
「というかよ。空飛べるくせになんでジェットコースターでビビるんだ?」
「自分で飛ぶのと他人に飛ばされるのじゃ全然違うのよ。ジェットコースターは人じゃないけど。それに、私はスキマ移動ばっかだから空を飛ぶことなんて普段ないし……」
「能力に頼りすぎってことだ。もうちょっと体鍛えてみたらどうだ?」
「遠慮しとくわ。それにあなただってほとんど修行とかしないじゃないの」
「昔は毎日みたいにやってたんだがな……。今じゃ戦うことも少ないし、月一回刀振っとくだけで十分だ」
幻想郷に移住してから俺がずっと幼体化した姿のままでいられるのも、ひとえに今が平和だからに他ならない。旅してた時代なんてほんとどこからでも敵が湧いてきたし、紙装甲だから油断したらすぐに死んじまうからな。
もっとも、俺が修行をやめたのは、自分の力に限界を感じ始めたってところもあるんだけど。
自分で言うのも臭いが、俺は今まで自分以上の強敵と戦うことで強くなってきた。火神の時も剛の時も、早奈の時もだ。
しかし今じゃそう言う敵がそもそも存在しない。強くなったと実感できたのは妖桜を手にした時が最後だと思う。
まあ、それが平和ということなのだろう。仮に今の俺以上の敵なんかが出てきたら戦闘の余波だけで幻想郷が滅んでしまいそうだし、今がちょうどいいのだ。きっと。
そういえば霊夢と娘たちはどうしてるだろうか。
いずれ俺の正体がバレる時が来る。その時に白咲神社と博麗神社はより親密な関係になるだろうし、今のうちに仲良くしておいて欲しいんだけど。
♦︎
「ぎゃあああああっ!!」
「姉さぁぁぁぁんっ!?」
断末魔が秋の空に響き渡る。
悲痛な叫び声を上げながら、二組の少女のうちの片割れは地面へ落下していった。
「おのれ、よくも姉さんを! こうなったら私が——」
「恋符『マスタースパーク』!」
右拳を握りしめて姉の復讐を誓うもう一人の方の少女。しかしその誓いは叶うことなく、背後からゼロ距離で発射された巨大閃光に呑み込まれて姉と似た末路を辿ることになった。
「ふぅ……神って自称してたから本気でやったけど……案外大したことなかったな」
「秋の食べ物と紅葉とかについてしか喋ってなかったし、多分豊穣神とかだったのじゃないかしら」
豊穣神とは、言ってしまえば農作物などを司る神だ。そのため嫌でも農業をしなければならない人間たちには人気があるのだが、種族の関係上、戦闘がからっきしという弱点が存在する。まあその危険度の低さも人気の理由の一つなのだが。
霊夢の説明を聞いて魔理沙は失望したかのような目線を地面に倒れている二人に向ける。
「なんだ。神って偉そうに名乗るけど、全部が強いわけじゃないんだな」
「八百万とか称されるくらい神なんているんだし当たり前よ。もしそうだったらこの世は征服されて今ごろ神様パラダイスでしょうね」
そんなことよりさっさと行くわよ、と言い残して霊夢は魔理沙を放って空を進み始める。その後ろを慌てて魔理沙が追いかけているうちに、前方の景色に巨大な山が映り込み始めた。
「妖怪の山か……。できればあまり行きたくなかったわね」
「おい霊夢、こんな真正面から突っ込んでバレやしないのか?」
「安心しなさい。その対策もすでに一つあるから」
「おっ、さすがだな霊夢。頼りになるぜ」
「そこの人間共! 止まれ!」
「……って、言ってる側からさっそくのお出ましだな」
山の森林部分に入る手前で霊夢たちは立ち止まる。
なぜなら、目の前には十人以上もの獣耳と尻尾をそれぞれ生やした集団が待ち構えていたからだ。
そのうちの一人、おそらくはこの集団のリーダーに当たるであろう少女が盾と剣を構えて一歩前へ出て来る。
「人間共。ここより先は我ら天狗が治める妖怪の山だ。お前たちの侵入は認められない」
「ふん、そう言うだろうと思ってたわよ。それにしても随分な人数ね。あらかじめ私たちがここに来ることを予測していたのかしら?」
「私の目は千里眼と言ってな。文字通り、千里を見通すことができる。それによってお前たちを見つけたというわけだ」
「なるほど。だから、あなたがここの見張りを任されてるってわけね」
霊夢がお札とお祓い棒を袖から取り出す。それを見た見張りたちも、それぞれの剣を構えた。
「なあ、さっきここは『我ら天狗が治める妖怪の山だ』って言ってたよな?」
「……? たしかに、そう言ったが……」
「でもお前たち天狗じゃなくないか? 羽も生えてないし」
その魔理沙の一言で、周りの空気が一気に凍りついた。そして辺りを埋め尽くすように殺気が天狗? たちから湧いて来る。
それとは逆に、突然のツッコミに霊夢は大爆笑していた。
「アハッ、アハハハハッ!! 言われちゃってるわ、
「我らは白狼天狗という、これでも立派な天狗の一種だ! よくも愚弄してくれたな……!」
「え、いや、私はそんなつもりじゃ……」
「問答無用! その侮辱、死をもって償え!」
言うが否や、少女は魔理沙へと切りかかってきた。
しかしすぐさま霊夢が前に出てお祓い棒でそれを受け止め、前蹴りを繰り出すことで彼女を吹き飛ばす。
だが白狼天狗の少女も少女でかなりの腕らしく、空中で宙返りをすることでバランスを整え、両足でしっかり着地してダメージを受け流した。
「おおっ、さすが霊夢だぜ! そのままやっちまえ!」
「……それじゃあ作戦通り、あとは頼んだわよ魔理沙」
「……へっ?」
ポンっと肩を叩かれたと同時に耳に入ったその言葉に、思わず魔理沙の思考は一旦フリーズしてしまう。
霊夢はそんな彼女を無視してレーザーを放ち、陣形の間にできた穴を通って山の森林へと入っていった。
「……お、おい霊夢? 冗談だよな? いや冗談だと言って霊夢さん!」
しかし返答は返ってこない。
当然だ。霊夢は今この場にはいないのだから。
「くっ、博麗の巫女は私が追う! お前たちはこの魔法使いの相手をしろ!」
隊長らしき白狼天狗の少女はそう部下に命令すると、まさに獣のような素早さでこの場を去って行く。
残されたのは魔理沙と白狼天狗の部隊のみ。しかも地雷発言をした本人が相手であるため、天狗たちの殺気は高まっていた。
「霊夢あのやろう! 本当に私を弾除けにするつもりだったのかよ!?」
魔理沙が思い返すのは博麗神社の境内での会話。
あの時霊夢はそんな発言をしていて、魔理沙もジョークだと思う笑っていたのだが……まさか本気だったとは。
「くそっ、あとで覚えてろよ霊夢! 酒奢ってもらうだけじゃ済まさないからな!」
迫り来る白狼天狗たちの攻撃を箒に乗り込んで高速で移動することで避け続ける。
そしてミニ八卦炉を構えると、そこに魔力を注ぎ込んだ。
「『マスタースパーク』!」
七色に光り輝く巨大光線。
それが魔理沙を包囲していた天狗たちの半数以上をなぎ払い、吹き飛ばした。
♦︎
「森が騒がしいねー。何かあったのかなー?」
「これは……霊夢たちでしょうね。なるほど、博麗神社もあの手紙をもらっていたというわけですか」
霊夢たちが妖怪の山でドンパチやっている中、白咲三姉妹はすでに潜り込むことに成功していた。
方法は簡単である。ただ単純に妖力と姿を術式で隠す。
三姉妹には術式の天才である清音がいるのだ。それくらいは容易い。
たとえ千里眼を持ってたとしても、見えないものは見えないのだ。
「まあおかげで警備が薄くなりましたし、これを機に一気に登るべきなのかもしれませんね」
「……同感。天狗鋭い。いくら清音姉さんといえども、いつまでも誤魔化しきれるものじゃない」
「決まったねー。じゃあここからは進むペースを上げるよー」
三人は徒歩をやめて、森の中をダッシュし始めた。
白狼天狗は翼がない代わりに五感が鋭く、このような木々の間を駆け回ることができる。なら同じイヌ科である狐が元となった妖狐にも同じことができても不思議じゃない。
しかし、足音などはどうしても消せるものじゃない。
彼女らが天狗に見つかったのは、この数分後であった。
山に現れた五人の侵入者。
それに合わせて守矢神社の件で、天狗の長である天魔が胃を痛めるのはまた別のお話。