東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~   作:キメラテックパチスロ屋

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どんなものにも良し悪しがある

地上は汚く、騒がしい

月は綺麗で、何もない

ただ、どんなに汚れていようとも

私たちが愛せれば、それでいいのだ


by宇佐見蓮子


薄汚れた地上、浄化し尽くされた月

 

 

  目を開く。

  すると、眩しい光が入ってきた。

  それに刺激されて、全身も目覚め始めた。

  さて、とりあえず一言。

 

「……どこだよ、ここ……?」

 

  目に映るのは、見たこともないほど綺麗な家具が置かれた、和風似の部屋。

  その床に布団が敷かれており、現在俺はそこに寝ていた。

 

  そういえば、と確認するように目線を下に向ける。そこには戦闘でボロボロになったフード付きパーカーはなく、代わりに病人が着るような白い浴衣を着ていた。

 

  さて、うすうす俺も気がついてはいた。

  ここは、地上ではない。月の世界だ。

  おそらく、あの後捕まえられて、捕虜としてここにいるのだろう。

  だが、少し不可解なことがある。

  それは、俺の愛刀【黒月夜】が、納められた状態で横に置いてあったことだ。

  普通、捕虜に武器を渡したりしない。よっぽどここの警備に自信があるのか、はたまた別の理由があるのか……。

 

  深い思考にはまりかけていると、奥の一見木製に見える扉がスライドした。

 

「あら、目が覚めたのね」

 

  そこから入ってきたのは、金髪の上に白い帽子をかぶった女性だ。

  彼女は桃が入った籠を手に抱えており、それを一つ取り出すと、俺に手渡した。

 

「はい。あなたの分よ」

「……ああ、ありがたくもらっておく」

 

  差し出された桃を、確認もせずにかじると、女性は意外そうな顔をした。

  なんだか、見た目より幼い感じがするなぁ……。

 

「……どうした?」

「いえ、ちょっと意外に思っちゃって。敵から受け取った物を食べるなんて」

「想像するに、今の俺は捕虜だ。そもそも殺すんだったら寝てる時に殺れたはずだ。要するに、今俺を毒にかける必要がない」

「あら、中々頭が切れるのねぇ〜。お姉さん、感動しちゃった」

 

  嬉しそうにはしゃぐと、座布団を敷いてそこに座り込み、俺と目線の高さを合わせてきた。

  いや、近いよアンタ……。俺が思春期の男だったら迷わず飛びついてしまいそうだ。

  いや、そもそも俺に思春期が来た思い出すらないんだが。

 

「私の名前は綿月豊姫っていうの。あなたの名前は?」

「白咲楼華だ……って、綿月ってことはまさか……?」

「ご名答〜。依姫ちゃんの姉よ。よろしくね」

 

  顔を寄せてウィンクしながら豊姫は自己紹介をした。

  いや、だから近いって……色々と。

  桃をかじるの集中して、目の前の雑念を追い払う。心頭滅却、心頭滅却。

 

「やっぱり美味しそうねぇ。しばらく桃は我慢してたけど、今日はいいかな」

 

  そう判断するやいなや、豊姫は部屋に設置されたタブレットをポチポチと弄る。

  そして数秒後、床から白い皿と果物ナイフが出現した。

 

  そこに桃を置いて、皮を剥き始める。が、普段は別の人にやらせていたのか、中々手間取っているようだった。

 

「はぁ……ったく、貸せ」

「え? 何を……?」

 

  果物ナイフと桃を受け取る。

  そして桃を空中に放り投げると、目にも止まらぬナイフさばきを繰り出した。

  そして桃が白い皿に着地するころには、皮は剥かれただけではなく、食べやすいようにスライスされていた。

 

「おらよ」

「あ、ありがとう……。それにしても、すごいナイフさばきね。依姫ちゃんが倒されるのも無理ないわ」

「こんなんで倒れるのなら苦労はしねえよ」

 

  桃を一人で剥けなかったことの恥ずかしさを隠すため、豊姫は依姫の話題を出してきた。

  それに適当に答えておくが、一つ重要なことに気がついた。

 

「……そう言えば、メリーと蓮子はどうなった?」

「ああ、あの娘たちね。心配しないで、今映すわ」

 

  再びタブレットを弄ると、今度は上から大きなスクリーンが降りてきた。

  そこに映し出されたのは、同じく和室で某有名カードゲームで遊んでいる二人の姿だった。

 

「そう言えば、あなたたちの立場を教えてなかったわね。あなたたちは私が上にお願いして、月の都の客人にしてもらうことにしたわ」

「……はっ? いやいやおかしいだろ。月の都の最強兵器倒した男を、客人に、て」

「そのことが問題なのよねぇ。できれば上も争いごと避けたいみたいだし、案外あっさりと許可が取れたわ」

「そ、そうか……じゃあここは病室なのか?」

「いえ、私の部屋よ」

「……へっ?」

 

  今なんと……?

  改めて部屋を見渡してみると、確かにプライベートっぽい家具がいくつも置かれている。

  てことは本当に……?

 

「なんでそんなとこに俺が寝てるんだ! 病院連れてけ!」

「病院は遠いし、宮殿に近いから許可が出なかったのよ〜。だから、次に医療器具が揃ってる私の家にしたってわけ」

「依姫はなんも言わなかったのか!?」

「文句を言いそうだったから、腹パンで寝かせといたわ。しばらくは起きないでしょうね〜」

「依姫ェェェェェ!!」

 

  今この時ほど、俺が依姫と会いたかったことはない。

  だが哀れ依姫。彼女はすでにこの現実から離脱したようだ。

 

「まあまあ。せっかく塞いだ傷が開いちゃうわ。はい、あーん」

「おい。なぜ桃を俺に突き出す?」

「桃を切ってくれたお礼よ。それに、二人で食べた方が美味しいしね」

「わかったから俺の上に乗るな! 近い近い!」

 

  中々桃を受け取らない俺を見て、豊姫は口をへの字に曲げた後、意地になって俺の体の上に覆い被さってきた。

  いやだから近いって! この人天然すぎだろ!?

  当の豊姫は何も恥ずかしがらず、ぐいぐいと桃が刺さったフォークを突き出してくる。

  ええい、ままよ!

 

「あ、やっと食べてくれた!」

「ああ。食ったからいい加減ここをどいてくれ……」

「じゃあ、二個目いこっか!」

「話を聞いてねェェェェェ!!」

 

  再び、俺の口に桃がねじ込まれる。

  と、同時に、扉がスライドした。

  中から出てきたのはーー

 

 

「……姉さん? 何をしてるのかしらぁ?」

「楼夢くーん? 私たちが心配してる中、何をやっていたのかしらぁ?」

「め、メリーが修羅と化してる……逃げるんだぁ……!」

 

  ものすごくドス黒いオーラを纏った、メリーと依姫、そして怯えている蓮子だった。

 

「依姫ェ! 早くお前の姉をブゴファァッ!?」

 

  助けを求めた瞬間、メリーの強烈なサッカーボールシュートが腹に炸裂する。

  豊姫は豊姫で、依姫に強引に俺から離れさせられていた。

 

「危険人物相手に何やってるんですか貴方は!?」

「何って……桃を食べさせてあげただけだけど?」

「なぜ姉さんは彼に覆い被さってたのって聞いているのだけれど?」

 

  豊姫はチラリと俺の顔を見ると、すぐに逸らして依姫を真正面に捉えた。

 

「まあまあ。いい男性が目の前にいるのなら、捕まえたいと思うのが女の心情じゃない?」

「ふぁっ!? 何言って……って、腕が、腕が折れるゥゥゥゥ!!」

「いやいや、地上の人間とかありえませんから」

「もう、そんなこと言ってるから婚期を逃しちゃうのよ?」

「それは姉さんもでしょうが!」

 

  依姫が怒鳴る一方、こちらもだいぶカオスになっていた。

  というより、メリーが俺の腕を関節とは逆に折り曲げようとしているのだ。

 

「楼夢君。いったい私たちが目を離した数十分の間に何が起きたのかしら?」

「誤解ですってメリーさん! ほんと死んじゃうから止めて!」

「というわけで楼夢君。これからお姉さんとよろしくね?」

「アンタもややこしい事言うんじゃねェァアアアアアアア!!!」

「あら、フラれちゃった。残念」

 

  ギシギシと俺の体が軋みをあげている。

  おい蓮子! 助けてくれ!

  そう言おうとしたが、蓮子は逃げるように依姫との会話に夢中になっていた。

 

「でも、あなたの事をかっこいいと思ってるのは本当よ?」

「な、楼夢君は外見だけじゃないわよ!」

「あら? 誰が外見だけと言ったのかしら?」

 

  ……なんかヤバい雰囲気だ。

  とりあえず依姫の元に緊急脱出。そして蓮子の話に加わることにした。

 

「そういえば依姫。俺たちは結局帰れるのか?」

「ええ。貴方の傷が癒えたことだし、この後姉さんが帰してくれるはずよ」

「これも月の技術力ってわけか」

「ええ。おかげで貴方に切られた部分も消えたわ」

「いや……なんかすまんな」

「いいえ。剣士の戦いで傷がつくのは当然よ。私を馬鹿にしてるのかしら?」

「いや、そういうのじゃなくてだな。女の肌を傷つけちまったってことに、俺は謝りたかったんだ」

「……ふん。まあ、その言葉だけでも受け取っておくわ」

 

  俺の急な謝罪に、依姫は一瞬固まったがその後そっぽを向いて愛想なくそう言った。

 

「……わーお。天然女タラシってすごい……」

 

  蓮子のそんな言葉が聞こえたが、俺は気にしない。

 

 

  そして、その後、俺たちは豊姫の能力【海と山を繋ぐ程度の能力】によって、地上へと帰された。

 

  結局、豊姫には最後まで月の都に残らないか? と言われたが、今の俺にはこいつらがいるし、地上の方が楽しい。そう言って、なんとか説得した。

  とはいえ、豊姫が今度は「じゃあ、地上に飽きたらいらっしゃい。歓迎するわ」と言っていたので、諦めるつもりはないらしいが。

 

  驚いたのが、なんとあの依姫までもが「き、機会があったら、また来てもいいわ」と言っていたことだった。

 

  まあなんにせよ、こうして俺たちは無事に戻ってこれた。

  そしてーーーーー

 

 

 

 ♦︎

 

 

「ふぅ。今回は特に大変だったね」

「ああ、今回ばかりは死を覚悟したな」

 

  いつも通りに、秘封倶楽部のサークル部屋で俺たちはくつろいでいた。……一名を除いて。

 

「うわーん! レポートを終わらないよぉ〜!」

「……またか」

「ええ、またね」

 

  とはいえ、こんなことはよくあることだ。

  彼女が書いているのは、今月の月の都での出来事の一部だ。

  大学生のレポートとしては大問題だが、あいにくとうちの顧問はオカルトオタクの岡崎だ。彼女としては、実に興味深い資料になるし、大切にしまわれることだろう。

 

「そういえば楼夢君って、今もあの……神降ろしって使えるの?」

「いいや。あれはただ単に月が聖なる力で満ちていたからだ。こんな薄汚れた地上じゃ、神と交信することすらできねえよ」

「月の人たちには、やっぱりここは穢らわしく見えるのかな?」

「そうだろうな。だが、俺はこの汚れた世界が好きだ。それで充分なんよ」

 

  そういえばと、俺は付け足す。

 

「あのとき、助けてくれてありがとな。正直二人が力を貸してくれなかったら確実に負けていた」

「ふふ、当然のことをしたまでよ。なんてったって私たちはーー」

「ーー三人揃っての秘封倶楽部なんだからね!」

 

  いつの間にか会話に加わっていた蓮子を見て、つい笑みが浮かんでしまう。

  やっぱり、ここは楽しい。できればいつまでもここに……。

 

「おい、レポートは終わったのか?」

「ふふん。ついさっき終わったばっかだよ!」

「あら珍しい。じゃあ暇だし、何か三人で買い物でもして行きましょ?」

 

  だが、この日々はいつか終わるのはわかっている。

  そのとき、俺は……どうなるのだろうか。

 

 

  俺たちを背景に、時計の針は今日も動いている。

 

 

 

 






「とうとう大空魔術編終わりました! そしていよいよ今章が終わりに近づいてきました! 最後までお楽しみください! 作者です」

「あれ、秘封倶楽部の話はまだまだあるだろ? なんで書かないんだ? 狂夢だ」



「それで、さっきも言った通り、秘封倶楽部の話の残りを書かないのはなんでだ?」

「ちょうどいい区切りと言いますか……実は、この過去編、おそらく私が今まで書いてきた章で一番長いんですよ」

「ああ、そりゃ問題だな」

「というわけで、残念ながらこれから先の原作のストーリーは書きません。次はオリジナルになります」

「まあ、何度でも言うが、この小説の主人公を覚えているやつがいるのかどうかは疑わしいがな」

「火神さんや紫さんより、最近じゃ本編に出てませんからね。彼の今後の活躍に期待しましょう」

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