東方蛇狐録~超古代に転生した俺のハードライフな冒険記~ 作:キメラテックパチスロ屋
花を、風を奉れ
我が身逝く道に後悔なし
故に、我死し後、汝の涙を奉れ
by白咲楼夢
『立ったところで、その体でどうするつもりなんですかぁ?』
覚悟を決めた楼夢たちに、早奈がそんな声をかける。
彼女の目には、今の自分たちが愚かに映っているだろう。
だが、それでいい。
今はプライドは必要ない。必要なのは……ただの意地だ。
「まあ、一応勝機はゼロじゃねえみたいだな」
『……貴方の目は節穴ですか? いったいどこに勝機なんて……』
「じゃあなんでさっさと攻撃してこないんだ? 俺たちはもうとっくに構えているぜ」
『これは余裕というものです。弱者に先手を取らせてあげるのも、強者の仕事なんですよ?』
「ブラフだな。大方さっきのダメージがきついように見える。攻撃してこないのも、無駄に体力を使わないためだろ?」
『……だったら何か? 私の力にかかれば、こんなダメージ、すぐに再生して……』
「できないんだろ? 再生が。最後に保険をかけておいて正解だったぜ」
グチャグチャと、触手が音を立てる。どうやら再生が始まったようだ。
だが、それが始まって数秒経つと、一気に触手が膨らみ、破裂してしまった。
早奈は原因を急いで特定した。
剣と槍だ。炎の剣が5本、氷の槍が3本、西行妖の幹に深く突き刺さっていた。
この二つが、じわじわと早奈にダメージを与えていたのだ。
どうやら触手は、ダメージを受けている間は再生できないらしい。だが、常時相手にダメージを与えるこの剣であれば、再生を封じることができるというわけだ。
チャンスは今。
雄叫びを上げながら、楼夢は突撃する。
迫り来る枝を、弾幕を、触手を、レーザーを避けながら幹に近づいていく。
そしてある程度近づくと、そこから斬撃を飛ばして西行妖を攻撃した。
『くっ、このぉ! こざっかしいんですよ!!』
ランダムに、無茶苦茶に極大レーザーを複数振り回す。おかげで白玉楼が半壊してしまった。これどうすんだよ……。
その超ランダムな攻撃を見きれず、楼夢は極大レーザーに当たってしまう。
幸い呪いはなかったようだが、今ので足を焼かれ、吹き飛ばされてしまった。
「ガァッ!? ……ぐっ、痛ぅ……!」
『大変なことになってんじゃねえか楼夢! どけ、こいつは俺が殺す』
「……嫌だね」
『……はっ?』
今この場で最も窮地を脱出させられる方法。それを、楼夢は強い口調で断った。
「今回は俺だけで殺る。あいつは、俺の責任だ」
『ふざけんじゃねえぞ! テメエと俺は繋がってるんだ!テメエが死ねば俺も死ぬんだぞ!? わかったらさっさと……』
「あばよ、狂夢。来世で会おうぜ」
プツンと、通信が切れた音が聞こえる。
これは最後の男としての意地だ。自分の力以外で生き残っても意味がない。
だが、そんな強がりをいつまで言っていられるのか。
西行妖の妖力がさらに一段階上がる。どうやらこれが本気の姿のようだ。
西行妖に変わったところはあまりない。
いや、幹の部分に何か深い穴が空いている。
そこから何かが出てきた。
「はぁ……久しぶりに実体化しましたよ。やっぱ外の空気はいいですねぇ〜」
「お前は……早奈なのか?」
穴から出てきたのは、楼夢が知っている当時の早奈だった。
だが、楼夢はそれが本当に早奈なのか戸惑ってしまった。
彼女の容姿に変化はない。いや、着ている服はいつもの守谷の巫女服ではなく、和風の黒い着物のようなものに変わっていた。
だが、楼夢が驚いたのはそこではない。
楼夢の目に映っているのは、明るい緑の髪……
「早奈、その髪はなんだ?」
「ああ、これですか? これは西行妖を吸収する時に、その妖力に染まっちゃって変色しちゃいました! でも、この色でも気に入ってくれるといいなぁ」
西行妖を吸収。その言葉に、さらになぜ自分を狙うのかがわからなくなる。
振られて恨まれているのなら仕方がない。
だが、この早奈の様子。明らかに恨まれているとは思えない。むしろ、それよりももっと狂気で満たされているようにも見える。
「なあ、早奈、教えてくれ。あの後いったいお前に何が起きたんだ?」
「……いいですよ。話してあげましょう。あの後、私がどうしたのかを」
そうして早奈は語りだす。
己の狂気の根源を。
その欲望を。
そして、彼女のその後の全てを。
♦︎
……雪が降っている。悲しい雪だ。
地面に積もったかと思うと、すぐ消えてしまう。まるで今の私のようだ。
結局、楼夢さんは旅立ってしまった。
私を置いて。
私を振って。
なぜ振られたのかは理解できない。いや、理解したくない。
『いくら仲が良かろうが所詮俺は妖怪、お前は人間。それ以上のことを言ってしまえばお前はもう戻れなくなくなる』
それが、彼の最後の言葉だった。
この時ばかりは、私は自分の運命を呪った。
ーーなぜ自分は人間なのか。なぜ私は妖怪じゃなかったのか。
わかっている。こんなことを言ったら諏訪子様やご先祖様に失礼だということに。
でも、この時だけは、恨まずにはいられない。
悔しくて、横に置いてある刀の鞘を握りしめる。
この刀は楼夢さんが、私のためだけに作ってくれたもの。私の宝物だ。
これには中級妖怪なら素人でもいい倒せるぐらいの力が込められている。
……ん? 中級妖怪ぐらいなら。
その時、私の頭にとある案が浮かんだ。
そう、楼夢さんが旅に出て行ってしまったなら、自分も旅立てばいいのだ。
さっそく今夜中に準備しよう。
決行は皆が寝静まったころだ。
♦︎
「離してください! お願いします、諏訪子様! ……離せェェェェェッ!!」
私の目の間には、自分の神社の巫女である早奈がいた。地面に固定されて。
これで六度目だ……彼女が夜に旅立とうとしたのは。
楼夢がいなくなってから数日後、彼女はこうして夜中になる度に出て行こうとする。
だが、楼夢が通る道が通常の道であるわけない。大妖怪以上の存在と、何度も出会うはずだ。
楼夢もそれがわかっていたから、早奈を連れて行かなかった。だが、早奈はそこに気づいていない。
なので、何度もこうやって拘束しながら忠告しているのだが、もはや最近では聞く耳持たなくなってしまった。
最初のころは良かった。見つかって一度忠告するだけで、自分の部屋に戻っていった。
だが、二回三回と数を重ねていくごとに、だんだんと抵抗が激しくなってくる。五回目を超えたあたりからは、神奈子や私にまで襲いかかってきた。
それに昼、彼女の部屋を覗くと、楼夢の名をずっと口にしている光景が目に映った。
狂気。それが、早奈を蝕んでいた。
「分かってほしい。これはお前のためなんだよ」
「うるさいっ! 邪魔するんだったら……容赦しない!」
彼女を固定していた土が一瞬で消滅した。
そして、彼女が何をしたのか気づく。
「早奈……アンタ、呪いをっ!」
「『千年風呪』!」
どこからか、黒い旋風が私を襲う。
土で防ごうにも、あれは触れたものを消滅させてしまう。
つまり、私の能力では、防ぎようがなかった。
痛みを覚悟して、目を瞑る。だが、その時はいつまでたっても来なかった。
私を救ったのは、突如後ろから現れた竜巻だった。
それが黒い旋風とぶつかり合い、相殺したのだ。
「大丈夫かい、諏訪子? ずいぶんこっぴどくやられたね」
「今回ばかりは助かったよ。ありがとう神奈子」
服についた汚れを落としながら、後ろを振り返る。
私を助けたのは、神奈子の竜巻だった。
神奈子の能力は『乾を創造する程度の能力』、つまり天を創造することができる。
それで巨大な竜巻を起こして、早奈の呪いを吹き飛ばしたのだ。
とはいえ、彼女の姿を見失ってしまった。おそらく呪いを放ってすぐ、逃走を開始したのであろう。
「大変だ神奈子! すぐに追わなくちゃ!」
「……いや、追わなくていい。捕まえても、どっちみち彼女はもう巫女ではいられないだろう。だったら、このまま行かせてやったほうがいい」
「でも、それだと早奈がっ!」
「あの子が選んだ道だ。そこに私は責任を持たない」
冷たい声で、私にそう説く神奈子。
何も、言い返せない。
彼女の言っていることは合っている。仮に早奈を捕まえたとしても、また逃げ出されるだけだろう。
なら、このまま放っておくべきなのか?
「なぁ、楼夢。アンタならこんな時どうするんだろうね」
雪降る闇夜の中、どこかで旅している友人に、そう問う。
答えはもちろん、返ってこない。
♦︎
あれからどれほど歩いただろうか。
足が痛い。
体が冷たい。
私が旅に出てから数年。結局、人間の自分では楼夢さんに会うことはできなかった。
産霊桃神美の名は有名だ。出現情報はかなり多い。
だが同時に、行ってみてもすでに立ち去っていたというケースも多かった。
当たり前だ。人間の私と、妖怪の楼夢さんでは歩く速度がそもそも違うのだ。
追いつけるわけなかった。
そして、今まさに私の人生は幕を閉じようとしている。
「……冷たい……痛い……悲しい……」
雪が降っている。雪が積もっている。
私は、その上に倒れていた。
周りには大量の妖怪の死体。緑を奪われ、枯れ果てた森の木々。そして、そのちょうど真ん中に、私はいる。
鮮血でおぼろげな視界が、さらに見えなくなっていく。
景色が見えなくなっていく。
もう、目すら見えなくなってきているようだ。
原因は単純。呪いの使いすぎだ。
私の能力は確かに強力だが、同時に反動も大きい。人間である私が、そんな力を毎日使ったら、こうなるのも当然である。
……ここでも、人間という種族に縛られる。
嗚呼、なんで人間はこんなに弱いのだろうか。
なんで人間はこんなに愚かなのだろうか。
なんで、人間は、人間は、人間は……こんなにも苦しまなければいけないのだろうか。
人間という種に憎悪が溢れる。
私をここまで苦しめたのも人間。あの人に振られたのも人間。
全部人間のせい。
憎い。
人間が憎い。
そして人間である自分も憎い。
だが、この思いも無駄になるだろう。
もう前すら見えない。楼夢さんの顔を二度と見ることができない。
そうやって、悔しさと虚しさに埋もれて、自分は死ぬ。
(最後に……楼夢さんに会いたかったなぁ……)
さよなら、楼夢さん。
私はこのまま消えるでしょう。
ですがこの想いだけは消えることはありません。
できれば来世で、また会えたら嬉しいです。
思うだけ思った。もう終わりにしよう。
かすかに、己の視界に色とりどりの丸い何かが見える。
おそらく、あれは亡霊だろう。私が今殺した妖怪たちの。
嗚呼、なんて綺麗なんだろう……。まるで、消えかけの魂のような輝きが、亡霊たちから溢れている……。
……亡霊?
その時、私の中にかすかな可能性が見えた。
(いける! 術式構築中……。寿命を超えて楼夢さんに会う方法。それは、
呪いは、その気になれば人間を別のものに変えることもできる。
今回はそれを、私に施す。
ただ、こんな術式構築は初めてなので、成功する確率は一割。
そして私は、賭けに勝った。
凄まじい激痛が、私を襲った。
まるで脳をグチャグチャにかき混ぜられているような。
そんな薄れゆく意識の中、私は自身の真下にあるものを見た。
体だ。人生を共にした、私の体が、視界には映っていた。
激痛が収まり始め、だんだん意識がはっきりしてくる。
……成功だ。
私は、とうとう
今の私は、他から見るとそこら辺にいる亡霊のような形をしている。いや、しているのではなく、十中八九そうなったのだろう。
ただ、他と違うのは、普通の亡霊がオレンジやブルーなのに対して、私の色は紫のオーラを纏った黒だった。
視界に、人間、東風谷早奈の体が映る。
憎い。コイツが、私をここまで苦しめた張本人。
『死ね』
能力を発動。
黒い閃光が放たれたかと思うと、次には私の体は消え失せていた。
嗚呼、気持ちいい。
忌々しいものを、浄化したような気分だ。
ふと視界に、百を超える亡霊が辺りをただよっていた。
これらは、生前私が直接葬り去ったものだ。
……そうだ。
これからは力がいる。目の前に立ちふさがるものを全て消せる、圧倒的な力が。
彼らにはその生贄になってもらおう。
『"アバリスレコード"』
次の瞬間、周りにいた有象無象どもが、私を中心に一気に吸い込まれた。
いや、私の前に出現した魔法陣に吸い込まれていった。
直後、力が溢れてくる感覚に襲われる。
今の私の妖力は、成り立ての大妖怪と同じくらいまでになった。
今やったのは、呪いでの魂の吸収だ。
この体と能力のおかげで、私はデメリットなく呪いを使えるようになった。
今回は新しく作った呪いで、周りの亡霊を吸い込んで、妖力に変えたのだ。
だが足りない。
まだ足りない。
もっともっと、魂を吸収しなくては。
そのために、もっともっと殺さなくては。
全てはあの人を愛すために。
私があの人を愛すために。
♦︎
「とまぁ、こんな感じですかねぇ。人間を辞めた経歴なんて。あとは楼夢さんがおそらく想像している通りです。全国各地を回りながら妖怪や人間を殺し回り、その度に力を得た。あっ、神も何回か殺しましたね! 彼等は非常に美味しいので、大好きなんですよぉ。そして数年前に大量の魂を吸って妖怪化したこの桜を吸収して、今に至りますね」
「……俺の、せいか? 俺があの時あんなことを言ったから……」
「楼夢さんのせいではありませんよ? 少なくとも、私は愚かで低脳な人間を辞めれたことに、すっきりしているんですから」
「……そうか」
明るい早奈の声とは対照的に、楼夢の声は低かった。
薄々気づいていた。早奈があんな風になったのは、だいたいそんな感じの理由であったことに。
だが、認めたくない自分もいた。気のせいだと思う自分もいた。
けど現実は非情で、変わりようのない事実を突き付けてくる。
「もう話は終わりですかぁ? ならさっさと始めましょう。大丈夫です、私は楼夢さんの全ての魂を受け止めますから」
何もない空間から、一振りの日本刀が飛び出てきた。
それは、以前楼夢が早奈のために作ったものであった。
唯一以前と違うところは、透き通った水晶のようだった刃が、紫を帯びた邪悪な闇に染まっていたところだ。あそこには、おそらく何らかの呪いがかけられているのだろう。触れただけで、致命傷になりそうだ。
早奈が刀を振るう。それを、舞姫で受け止める。
刹那、剣圧で真下の地面がサイコロステーキにように崩れた。
腕がしびれる。体が硬直してしまう。
その隙を狙って、早奈の蹴りが、腹に直撃した。
そこから、妖力が集っているのがわかった。避けようにも、もう遅い。
閃光が、発射された。
それは体を貫通させると、奥にあるもの全てを貫いた。
無様に地面に転がり、這いつくばる楼夢。
わかっていたことだ。戦力には差がありすぎることを。
だからもう、出し惜しみはしない。
全力を出す。
これを出すと、自分の死は確定するだろう。だが、その覚悟はできた。
「『
それは、閃光というより、ブレスといった方が正しかった。
広範囲を覆い尽くす閃光が、楼夢を包み込む。
だが、それは楼夢に直撃すると同時に弾かれてしまった。
「……神解『
拡散するブレスの代わりに、大量の血しぶきが、文字どおり頭から吹き出す。演算装置はその出力に耐えきれず自壊し、楼夢の脳みそは完全に潰れた。
それと同時に、楼夢の姿も、変化していた。手には純白の刀に炎を宿した陽神剣『ソル』と、漆黒の刃に蒼い氷を纏った月神剣『ルナ』が握られていた。西洋風に刀は変化していて、両方とも美しいオーラが放出されている。
西行妖を圧倒的に超える妖力。それが波となって、周りのものを吹き飛ばす。
だが、楼夢は中々前に進まない。
当然だ。脳が破壊されている今の状態で立っていることすら奇跡なのだ。
桃と藍の髪を血に濡らしたその姿を見た早奈は、徐々に落ち着きを取り戻していく。
「どうやら、その力は完全には制御できないようですね。なら、障害にはなりませ……ッ!?」
歩きながら近づくと、楼夢に左手を向け妖力を集中させた。
その時だった。
西行妖の一部分が、早奈の左腕と共に消し飛んだ。
一瞬のことで何が起きたのか理解できない。だが、直後襲ってきた焼けるような痛みが、彼女を現実に引き戻す。
「アぁァァァァアアァアァァァアッ!!!」
体中が痛みで焼け死ぬようだ。
そんな思考の中、憎々しげに楼夢を睨む。
楼夢は、右腕を振り切った状態で静止していた。そこに握られた剣からはバチバチという炎が、雷のような音を立てていた。
一撃。ただ剣を振っただけで、この威力。
後ろをよく見れば、西行妖を消しとばした遥か先で、巨大な火柱が立っているのが見える。
恐怖。亡霊として生き続けた早奈が初めて感じる感情。そして生前では抱くことの多かった感情。
その時は、仲間がいたからくじけなかった。何度でも立ち上がった。
だが今は独り。完全な孤独だ。支えてくれる者はおろか、声をかけてくれる者すらいない。
「あ、あぁぁ……あ」
静止していた楼夢が動き出す。
両方の剣を構え、爆発的に力を高めていく。
近づいてくる死の気配。
最後に絶望を感じたのは、紛れもなく彼女だった。
「『千華繚乱』」
それが、最後の攻撃だった。
光り輝く二つの剣。その光が爆発したかと思うと、光速の蓮撃が始まった。
斬撃が一撃当たるごとにスパークする。それは早奈の体を西行妖の幹に張り付かせる大きな釘と化した。
斬る、斬る。舞う、舞う。
辺りに朱い花を咲かせながら、千の斬撃が早奈を襲った。
その斬撃をとらえるなら、まさに神速。
紅と蒼のライトが世界を照らす。その度に破壊の刃が西行妖を穿つ。
それは楼夢が生み出した、攻防一体の剣術の完成形。
限界を超えて加速し続ける神経は、もはや音だとかそういったものを全て置き去りにした。
「ァアアアアアアア!!!」
「ふ、ざけるなァアアアアア!!!」
最後に、両方の剣で閃光のような突きを放つ。
だが、早奈は最後のあがきで、悪魔の槍のような突きを繰り出していた。
血しぶきが二つ舞う。
一つは早奈の胸から。
もう一つは……楼夢の胸から。
ソルとルナは、早奈を貫いて西行妖に突き刺さっていた。
だが、同時に漆黒の刃が、楼夢の胸を貫通していた。
握る二つの刃を押し込むと、楼夢は絶叫に似たかけ声を上げた。
「い"ま"だ、や"れ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェ"ッ!!!」
ギョロリと、早奈の瞳がある一点を睨む。そこには、妖忌が幽々子の遺体に刻まれた術式に妖力を注ぎ込んでいた。
ギョッとして、すぐに閃光を放とうとする。
だが、楼夢が剣で体内を抉り、それを阻止した。
光り輝く幽々子の遺体。そこから発動された封印術式に、早奈は見覚えがあった。
「イヤだァァァァァァァア!!!」
封印術式『桜ノ蕾』。早奈を、西行妖を中心に、巨大な桜の花弁が出現した。
それは西行妖を包み込むと光を放ちーー西行妖は活動を停止させる。
同時に、早奈の肉体も西行妖の幹に埋もれていった。
「……これで終わりと思わないでくださいよ? 私は死なない。最後に吸収した、楼夢さんの妖力がある限り。それまでせいぜい楽しんでおいてください。……まあ、その怪我じゃどっちみち助かりませんけどね」
最後の言葉を言い終えると、早奈の肉体は幹に吸い込まれ、消滅した。
同時に、突き刺さった紅と蒼の剣が、光を失い、白と黒の刀に戻る。
楼夢は西行妖の幹に背をかけながら、深いため息をついた。
「終わっ……たのか……?」
「ええ、楼夢殿。終わりましたぞ」
誰にでもなく呟いたその言葉に、妖忌が返す。
血と疲れでぼやけた視界で、妖忌を見つめる。
……ボロボロだ。服などはズタボロになってほぼないものに等しい。体中には大量の斬撃と弾幕を受けた跡。自慢の二本の刀にも、ところどころでヒビが入っていた。
「無様だなぁ……こんな姿じゃカッコつかないぜ」
「全くですな……幽々子様に合わせる顔もございません」
消えそうな声で、ハハッ、と笑う。
……自分はもう死ぬだろう。
神解の影響で思考することができるが、本来楼夢の脳は潰れているのだ。そこから溢れ出た血液だけでも、十分致死量になりえる。
それでなくても、左腕は朽ち果てており、左足は焼かれ、あばら骨は数十本折れ、おまけに閃光が腹を貫通した跡が痛々しく残っている。他にもよく見れば3桁に届くかもしれない傷跡が、ところどころに残っていた。
その中でも致命的なのは、貫かれた心臓だろう。
早奈の最後の相打ちの一撃が、楼夢の死を確定させていた。
もはやこの状態でなぜ生きているのか分からない。だが神解のおかげだということは確かだった。
だがそれももうすぐ終わる。神解もいつまでも続けていられるわけではない。
だんだん思考が薄れていく。視界ももう見えなくなっており、妖忌が前にいることぐらいしかわからなくなった。
そんな視界の中に、空から白い光が舞い降りてきた。
雪だ。
肌にそれらは触れると、熱が溜まった体を冷やすように、心地よく楼夢を安息に誘う。
「……まさか、本当に満月の雪の下で眠ることになるとはな……」
つい最近、西行妖の前で詠んだ歌を思い出す。
『願わくは花の下にて 春死なむ
その如月の 望月のころ』
ーー願うなら、二月の満月の花の下で死にたいものだ。
それが、この歌の意味である。あの時の冗談で詠んだものが、まさか本当になるとは、と楼夢は苦笑する。
そうだ……。歌で終わるなら、残す遺言も歌にしよう。
「妖忌……紫にこう伝えてくれ」
ーー仏には 桜の花を たてまつれ
ーー我が後の世を 人とぶらはば
「頼んだぜ……妖忌……」
虚空をとらえていた瞳が、静かに閉ざされる。
満月の下、白い光と花びらが、楼夢の体に積もっていく。
ーー悔いはない。悔いはないよ。
ーーあばよ、この世界。
こうして、白咲楼夢の命は幕を閉じた。
『仏には 桜の花を たてまつれ《死んだ私に桜の花を供えてください》』
『我が後の世を 人とぶらはば《私の後世を誰か弔ってくれるなら》』
Too be continued……。
#
東風谷早奈(西行妖吸収)
総合戦闘能力値:50万
白咲楼夢
総合戦闘能力値
通常状態:9万
舞姫解放時:18万
全強化術式付与時:30万
天鈿女神解放時:80万
次回、東方蛇狐録あとがき編