炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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6:想い

『目標を視認……だそうです』

「来たか……よし、確認場所に急行。撃って撃って撃ちまくりな!」

『了解です!』

 

 スイマー城から離れた広い草原。遮蔽物など一切ないその原っぱの中心で、ディースが傍らに置かれた通信機に向かって叫んでいる。了解の意を示すマスターの返答から若干の間を置いて……遠目に見える森林地帯から、次々と砲撃音と爆音、そして閃光が届き始めた。

 

「……!」

「リュウちゃん、わかってると思うけど」

「……」

 

 リュウはディースの側で魔方陣の上に翳したドラゴンブレイドの柄を握り、必死に自分を抑えていた。今、この剣にはリュウの仲間達が注ぎ込んだ力が満ち満ちている。この場で剣に力を放出し続けているのはディースとボッシュ、そしてミイナの三人だ。彼女達が作業を終えれば、正真正銘今リュウを除いた状態で彼らに出来る、最大の力となるだろう。

 

 リュウの仲間達がドラゴンブレイドに力を注ぐ作業自体は、驚くほど迅速に行えた。結界など、多少の小細工の準備も出来た。少ない時間の中で、よくここまで漕ぎ着けたと思えるだけの、見事なチームワークだ。

 

 だが、それでも時間は足りなかった。力の蓄積を行う中でボッシュとディースが最後になったのは、万が一を考えた場合に僅かでも抵抗できる可能性がある旧世界出身者だから。そこに非戦闘員のミイナが加わりギリギリまでこの作業を行っているのは、私も力になりたいという彼女のたっての願いによるものだ。そして、その三人はつい今しがた、力を注ぎ始めたばかり。

 

 警戒に当たっていたマスターからの報告通り、ディースが周囲に敷いた結界に女神が足を踏み入れたのなら、力の蓄積を終えるより早く、リュウ達の元に到達するだろう。このままでは、最後の三人の作業完了に恐らく間に合わない。

 

 リュウ達の居る場所から離れた森林地帯の方で、多数の光の帯が空中の一点に向かって放たれているのがわかる。爆発の光や音も伝わってくる。同時に、それらが全く功を成していない事も、リュウ達にはよくわかってしまっていた。

 

「あの……マスターさんの攻撃は……通用しているのでしょうか……」

「してないだろうね」

「え……」

 

 なお止む事無く響いてくる爆音。ミイナは、いくらなんでもあれだけやれば多少の損害は与えられるだろうと思った。だがディースは、冷徹な一言でその希望を否定する。

 

「あの程度で女神を倒せるなら、苦労はないよ」

「そんな……」

 

 それなら何でマスターに、そんな無駄な事をさせるのか。ミイナはそう言いたかった。ディースはミイナが言わんとしている事を読み取り、目を瞑る。

 

「意味なら、あるよ。時間稼ぎと……女神の力を僅かにでも削ぐ事が出来れば、恩の字ってもんさ」

「でも……」

「いいから、それより手元に集中しな。一秒でも早く終わらせるんだ」

 

 リュウはナギ達にも連絡を取って助けを求め、皆はそれに快く助力を申し出てくれた。しかし全員はるか遠方に散らばっていた為、この場には間に合わないだろう。さらにリュウの仲間達は今、剣にほとんどの力を注いだ為、満足に戦う事は出来ない。疲弊した状態で、妖精達と一緒に城の中に避難している。ミイナも、力の収束後すぐにフェアリドロップを使って城に退避する手筈になっているのだ。

 

 女神の狙いはリュウだけである事を周知した上で、城周辺を戦場にしたくないリュウの願いにより、この原っぱを迎え撃つ地と決めた。唯一の戦闘手段を持つマスターが、せめてもの抵抗と時間稼ぎ。そして城から女神の注意を逸らす役割を担っていた。

 

「……うふふふー。全然駄目なようです」

 

 女神と思しき存在を感知した森林地帯へ急行し、即座に攻撃に移ったマスター。だがその攻撃は、ディースの結界を易々と越えてきた光の玉に、何ら影響を与える事は出来ていなかった。

 

 射程距離に補足するのと同時に放った、物干し竿の様に長い砲身を持つ超長距離砲マスターランチャー。光子実弾兵器マスターミサイル。マスターライフルの強化版メガマスターライフルなど……。マスターに搭載されている火器のほとんどが直撃しても、光の玉の進行速度は、全く変わらなかったのだ。

 

「足止めすら出来ないのは、悔しいとマスターは思います」

 

 盗賊の魂から供給されるエネルギーは無尽蔵とは言え、マスター本体には金属疲労が蓄積する。メンテナンスなしでエネルギーを使い続けるのは負担が大きい。様々な火器を使用したマスターは、まるで人間のように肩を上下させ、高温となった内部のガス交換を行っていた。

 

「あれは……」

 

 マスターのアイカメラの先。砲撃によって木々が開けた空間に、光の玉が降り立つ。光は徐々に形を変えて行き、それは背に豊かな翼を携えた美しい女性の姿へと変わった。ディースの結界内部に入った事で、飛行に僅かな抵抗感を感じた為だろう。マスターは、そこで穏やかな威圧感という物を始めて感じた。機械であるのに、目の前にいる女性は逆らってはならない存在だと、瞬時に主記憶メモリに刻み込まれた。

 

「……」

 

 女神は、マスターなど見てさえいない。穏やかな表情のまま、遠く離れた広場に居るリュウ……龍の民のみをその眼に捉え、静かに歩み出す。マスターから見て前方およそ百メートル。脅威は、止まらない。

 

「マスター、RB-MK-17の使用許可を。…………うふふー、無茶なのは承知です」

 

 マスターが己の主たるAIに宿る人格へ許可を求めると、人格はそれを笑って許した。マスターの頭が開き、中から一つの大砲と、薄く黒いパネルの様な物が飛び出る。それは未だ試作の域を出ていない未完成の兵器。テスト用の簡素な造りの砲身。モモとボッシュの無茶な発想の賜物。パネルをマントのように、マスターの背にセット。腹部のスロットに大砲から伸びるケーブルを接続し、砲口を女神へと向け、両のマニピュレーターでグリップを握り固定する。

 

「チャージ開始」

 

 徐々に、パネルが発光しだす。その正体は太陽光。自然の力を取り込み、吸収。さらに増幅。元々は盗賊の魂からのエネルギーが、何らかの原因で減少した場合の対処用だった。パネルから吸収する太陽光を高効率で変換し、予備の動力または“ソーラーブリット”と呼ばれる外部供給式ビーム砲として、使う為のモノだった。だがボッシュとモモの発想はいつしか、そのエネルギーをさらに盗賊の魂から供給するエネルギーと混ぜ合わせたらどうなるか、という無茶な高みへと変わっていった。

 

「40%……60%……」

 

 盗賊の魂からのエネルギーと増幅させた太陽光エネルギーを合成し、撃ち出す兵器。マスターの外装甲は、この想定外の力に耐えられるようには設計されていない。試し撃ちさえしていないため、撃った瞬間砲身が持たず自爆する可能性も捨てきれない。そんな兵器を、マスターは持ち出す。何のためか。マスターは自分を生みだしてくれた場所と、そして周りの人間達が好きだった。言わば、リュウ達が居るこの環境こそが、マスターにとっての故郷なのだ。それを壊させはしない。だから、戦う。マスターも、既に立派な炎の吐息の一員なのだから。

 

「90%……95%……」

 

 内部に収まりきらないエネルギーが漏れ出し、マスターのボディを赤い光が包み込む。それはある種、リュウ達のセブンスセンスの輝きと似ていた。装甲が膨大なエネルギーに耐えられず、徐々に融け出していく。ボディ内部の圧力が増して振動が発生し、グリップを握るアームが揺れて照準がブレそうになる。それでもマスターは、しっかりと前を見ていた。女神という名の、脅威を。

 

「発……射!」

 

 マスターは、躊躇無くトリガーを引き絞った。極限まで溜まった力が……二色のエネルギーが爆音と共に弾き出され、交差して駆け巡る。現在使用できるマスターの最大火力、開発コードRB-MK-17。またの名を、“クロスチャージ・スパイラルクラッシュバスター”。未完成の為“マスター”の名は付いていない。螺旋を駆ける二つの光は一つに重なり、狙い通りに女神へと吸い込まれ……

 

「……」

 

 女神は、そこで初めて障壁を展開した。先程の光の玉と同じように見える、薄い光の膜を。マスターの放った巨大な光の螺旋は障壁に激突し……女神の足を、歩みを、僅かに止めた。時間にして数秒。僅かと言えど足止めする事に成功したのだ。徐々に光が弱まると、そこには足を止めた以外、何一つ変わらない女神の姿があった。だが意地を見せたマスターの姿は、そこにはない。

 

「限……界……の……よう……です……」

 

 マスターはボロボロの状態で、後方の彼方に転がり飛んでいた。マスターのフットパーツでは、その強力過ぎる反動を吸収しきれなかったのだ。兵器の砲身は発射と同時に砕け散っており、ボディの至る所から蒸気の様なものが吹き出ている。オーバーヒート寸前。マスターは、今にも目の光が途絶えそうになっていた。

 

「マ、マスターさんが……」

「マスター……!」

 

 一際強烈な閃光。それはマスターが敗れた事実を、リュウ達に知らせていた。マスターは無事なのか。リュウは、誰にも無茶をして欲しくなかった。剣の柄を握る手がギリギリと音を立てる。出来れば今すぐあそこへ向かいたい。でもまだ、残り三人分の力の収束が完了していないこのドラゴンブレイドでは、女神に通じるかわからない。葛藤は続く。そして、これで女神とリュウ達の間を遮る物は無くなった。

 

「……ここまでだね。……ミイナ、早くここから退避し……」

「ま、待って下さい。あそこを……!?」

 

 これ以上は危険だと判断したディースが、ミイナの避難を促そうとしたその時。ミイナは剣にかざす手を止めないまま、女神とマスターが交戦したであろう箇所を驚嘆の表情で見ていた。リュウ達もそこを注視して……皆の表情が、驚きに変わった。

 

「良くやったな」

「……?」

 

 ボロボロの状態で尚立ち上がろうとするマスターは、ノイズの混ざるモニターに影が映っている事に気が付いた。それに、ボディが誰かに抱えられている。アイカメラを影の方に向け、そこに居る人物が一体誰なのか、マスターはすぐに記憶領域から引き上げる。検索を掛けるまでも無い。

 

「う……ふふ……ふー……マスター……は、嬉しい……そうです……」

 

 そこに居たのは巨大な体を持つ甲殻族の青年、ランドだ。未だ煙を吹き上げる高温状態の装甲を、ランドは意にも介さず持ち上げている。さらにはもう二つ、彼の両隣りに影がある事に、マスターは気がついた。

 

「皆……は……城で、休んでいた筈……と……マスター……が」

「やっぱりさー、リュウだけに任せて待つのって、性に合わないんだよねー」

「愉快だねぇ……ま、そういう訳だ」

 

 リンプー、レイ。二人の虎人(フーレン)族。ランドと共に、マスターを庇うようにその前に進み出た。正面から近付いてくる圧倒的な力を前にしても、三人は物怖じしない。

 

「さて、リュウ達の作業が終わるまでの時間稼ぎだな」

「よーするに、あそこにいるヤツをぶっ飛ばせばいーんでしょ? 簡単じゃん」

「……。ったくなんつーか……お前の単純ぶりがたまに羨ましくなるぜ」

 

 停止寸前のマスターを横に移動させ、女神の進路を遮る様に、三人は立ち塞がった。女神はゆっくりと、だが確実に近づいてきている。三人が気を引き締めると、突如としてその心に、柔らかな女性の声が響いた。

 

≪何故、あなた達は龍の民に味方するのです。ランド、リンプー、レイ。虎人族の若者と、甲殻族の青年よ≫

『!?』

 

 女神は、ごく自然に三人の名を言った。彼女にとって、思考から名を読み取る事など造作も無い。ましてや相手は魔法世界人。女神が手に持つマスターキーは、魔法世界の理そのものなのだから。三人は、その言葉に気圧された。思わず頭を垂れそうになった。逆らってはいけない。本能がそう囁いている。絶対に勝てない相手だと、一瞬の内に悟ってしまった。

 

≪龍の民などに関わらず、健やかに、大人しく日々を過ごしていれば良いのです。今すぐそこから立ち去るならば、見逃してあげましょう≫

「へっ…………やなこった」

 

 レイは肩を竦めて、女神からの慈愛に満ちた誘いを一蹴した。レイは、誰かに指図されるのが嫌いである。ガーランドと二人旅をしていた時も、その事でしょっちゅう喧嘩した。自分でも、自分が捻くれている事くらい、わかっている。けれどそんな捻ねくれた自分を、リュウと、そして仲間達とこの場所は、受け入れてくれた。居場所が出来た。だから、今ならばハッキリと言える。それを壊そうとする奴こそが、この世で一番嫌いなのだと。

 

「……じっとしろ、って言われたら……暴れたくなるんだよ。ガキだからな……!」

 

 レイが吼える。その身体を光の柱が包みこむ。セブンスセンス。ドラゴンブレイドに全力は注いだ。だから今は、精一杯の強がりに等しい。それでもワータイガーへと姿を変え、レイは近付いてくる女神を睨む。

 

「リュウはさ、今までずっと、あたし達みんなを助けてくれてた。だから、今度はあたし達がリュウの力になる番だ。お前みたいなのの言いなりになんか、なるもんか!」

 

 リンプーも、残り僅かな力と気力を振り絞ってセブンスセンスを発動させる。リンプーにとって、リュウは憧れに近かった。ちょっと背は小さいけれど、料理は上手いし、偉ぶらないし、何より強い。自分にない物をたくさん持っている。そんなリュウと、そして一緒になった仲間達と戦ってこれて、リンプーは嬉しかったし、楽しかった。勿論、まだまだ一緒に居たい。その為には、力を惜しむ事はない。

 

「アンタがどれだけ偉かろうと、俺らにゃ関係ねぇな。リュウに手を出そうってんなら、抵抗させて貰うぜ」

 

 ランドは、既にセブンスセンスの発動を終えている。ランドは今が楽しかった。リュウ達にはなし崩し的に付いて来たようなもので、死に掛けたり散々な目にもあったりした。だがこうして仲間、という括りに自分が属しているのは、掛け替えのない物だと最近思うようになった。こんな気持ち、きっと田舎で適当に過ごしていたら、一生知らなかっただろう。ランドは、その掛け替えのない中の誰か一人でも欠けるのが、嫌なのだ。

 

「……」

 

 女神は、歩く足を止めない。セブンスセンスにより姿を変えた三人と対峙する距離にまで近付いて、そこでようやく、僅かにだが足を止めた。

 

「ウゥゥゥゥォォォォ!」

「やぁぁぁぁぁ!」

「オラァッ!」

 

 三人の気迫は、万全の状態と比較して何ら落ち度を見せる物ではない。少ない力だとは微塵も感じさせない勢いを持って、女神へと肉薄する。

 

「……」

 

 そして三人は薄い障壁に阻まれ…………パキリと、澄んだ音が響き渡った。

 女神に飛び掛った姿勢のままで、三人は突然現れた水晶の柱の中に、囚われていた。

 

「!!」

 

 リュウは遠目からその光景を見て……頭の中にある “あの光景”と重なって、戦慄した。今すぐに、あの三人を助けに行かなければ。ドラゴンブレイドから手を離してでも、その場へ急行しようとして……

 

「駄目だリュウちゃん!」

 

 ……ディースがリュウの腕を掴み、それを抑えた。

 

「離し……」

「落ち着きな! この剣はリュウちゃんが握っていないと駄目だって事、忘れたのかい!」

「……!」

 

 ドラゴンブレイドは、融通が利かなかった。ディースが描いた魔法陣の上で、さらにリュウが握り続けている事によって、ようやく力の誤魔化しを受け付けたのだ。それがリュウがこの場から動けない理由だ。ディースに腕を掴まれ、リュウは歯軋りした。何で来たんだ。こうなって欲しくなかったから、城に居てくれと頼んだのに。

 

「でもみんなを、助けないと……!!」

 

 リュウの中の、あの苦い記憶が蘇る。砕け散った水晶の柱。あの惨劇が。思い出すだけで、心をどす黒い感情が支配する。涙さえ浮かんでくる。そんなリュウの気持ちを痛い程分かっていて、それでもディースは、リュウの腕を掴んで離さない。

 

「あのコ達なら、恐らくまだ大丈夫。ミリアは……あれ以上はしない」

「!? 何で、そんなこ……!」

「いいから聞きな。ミリアの目的は、リュウちゃんだけなんだ。アイツにとっては、リュウちゃんの仲間なんて取るに足らない、どうでもいい存在なんだよ」

「……!」

 

 ディースのあまりに無体な物言いに、リュウは激昂しかかった。しかしディースの険しい表情は、そんなリュウに口を挟ませない。

 

「逆に言えば、アイツにはあれ以上手を出す理由が無いって事さ。もしも予知夢の中であいつがあのコ達に何かをしたってのなら、それはきっとリュウちゃんの目の前で、見せ付ける為だけにしたんだ。どっちにしても、まともに戦う手段がなければ、今のあたし達にはどうしようもないんだよ!」

「……っ!」

 

 冷徹なディース。リュウにはそう思えて、納得できなかった。すぐに目を仲間達の方へと向ける。そこではディースの言葉を裏付けるように、女神が水晶の柱を放置して、リュウ達の方に歩みを再開していた。リュウは、かろうじてあの悲劇が起きていない事に安堵した。その手は、血が滴る程に剣の柄を握り締めている。

 

「……」

 

 ディースにとっても、今言った事は半分は賭けに近かった。女神が龍の民以外には固執しない事は知っていたが、それでも万一という事がある。もし、あの場であれ以上リュウの仲間に何かをしていたら、恐らく自分が飛び出していただろう。ディースも、葛藤していたのだ。

 

「とにかく、もう限界だよ。ミイナ、今度こそ城に戻……」

「……」

「……ミイナ?」

 

 ミイナは、女神の方を見たまま固まっていた。その態度ですぐに、リュウ達は察した。まさか。その予感は、的中していた。再び、女神の前に立ち塞がる者達が居たのだ。

 

≪……あなた達も、邪魔をするというのですか。ガーランド、リン、ゼノ≫

 

 女神の進路上。その前に現れ、立ち塞がるリュウの仲間達。いずれもリンプー達と同じくセブンスセンスを発動させ、疲弊を微塵も感じさせない臨戦態勢を取っている。目の前の存在との力の差に震える者は、一人もいない。

 

「リュウは俺達のリーダーだ。リーダーを守るのは、チームの一員として当然の事だ」

 

 ガーランドは、リュウを尊敬していた。強さを求めるのはいい。だがその強さを何のために使うのか。実験に巻き込まれたという酷い出自にも関わらずリュウは、少なくとも自分の知る限りでは、あれほどの力を人の為に使おうとしていた。無駄に見せびらかしたりしなかった。何と謙虚な事か。力を持つ側の責任を、しっかりと理解している。ガーランドは、リュウの傍に居ながら自分もそうしようと思った。その尊敬に値する人物に仇を為すというなら、武器を取るまでだ。

 

「悪いけど、リュウはやらせないよ。あいつには、返しきれないぐらいの、恩があるんでね」

 

 リンは、あの盗賊の墓の落とし穴の底でリュウと会った時の事を思い出していた。ハッキリ言って死を覚悟していた。でも、そんな場所にリュウはやってきた。話には聞いていたけど子供の癖に妙に強くて、何の見返りも求めずに自分達を助けてくれた。共に過ごすうちにちょっと生意気だけど、とても頼れる弟のような気さえしていた。あの時の借りを返すのと、仲間である弟を守るという事。そのたった二つの理由だけで、銃を向けるには十分過ぎる。

 

「そう、私達からリュウを奪おうというのなら、断固として戦うまで。例え相手が誰であろうと」

 

 ゼノは、最初リュウに会った時は嫉妬を覚えた。紅き翼の活躍と、その見た目の幼さのギャップに言い知れぬ苛立ちを感じた。だがそんなリュウと妙な縁で再び会い、一時とは言え協力しあった。そして気付いた。何の事は無い、リュウも中身は普通の人間だとわかった。気が付けば同じ仲間として行動を共にし、その隣に立てる程の力を身に着ける事も出来た。今は、ただ感謝している。彼の為に力を振るう事に、躊躇いは無い。

 

「……」

≪あなたも、そうなのですか。戦場を渡り歩く傭兵、サイアス。あなたにとって、龍の民はそれほど大事なのですか?≫

 

 油断無く女神を見据える仲間達から僅かに下がり、一人佇むサイアス。女神の言葉を受け、サイアスは徐に天を仰いだ。自分は戦いの中で剣を振るって生きてきた。金の為。生きるためだ。今、血生臭い戦乱の世が近付いている事はわかっている。ただ、もうその中で生きて行こうとは思わない。戦乱を阻止しようとしていたこの仲間達と過ごすのは、悪くなかった。そしてその中心に居るリュウが頑張っていた事も、サイアスは知っている。

 

「わ……分からない……ただ……」

 

 だから、サイアスはこう言うのだ。

 リュウが大事かという女神の問いに、こう答えるのだ。

 

「そんな……気がした……」

 

 ニッと、サイアスは笑った。ガーランド達も、同じくニヤリと笑った。武器を構え、少ない力を滾らせる。女神は足を止め……僅かに、ほんの僅かにだが、表情を堅くした。

 

「……」

 

 気迫を乗せて、一斉に飛び掛る四人。女神は僅かに曇った表情を、ようやく彼らの方へと向けて……

 

 ――――パキッ

 

「……」

 

 四つの水晶の柱が、そこに現れていた。

 

「っ!!」

「我慢……するんだリュウちゃん……あと……少し……」

 

 リュウは、もう我慢の限界だった。ディースも、とても苦しそうな顔をしている。もうわかっている。彼らは、仲間達は、捨て駒となってリュウ達の作業が終わるまでの時を稼いでくれている。おかげで、あと少しで収束を終えられる。その“あと少し”も、きっと……。リュウは、必死に涙を堪えていた。

 

≪……。何故です。ステン、モモ、タペタ、アースラ。あなた達は龍の民とは関係ない。今その場に立っている事さえ、怖い、恐ろしいと心の底では感じていながら……何故?≫

 

 直接脳裏に響く女神の優し過ぎる声。そんな圧倒的強者からの甘い囁きも、立ち塞がる彼らの闘志を萎えさせるには至らない。

 

「関係なくなんてないよ美人のお姉さん。仲間同士助け合う。普通の事だからねぇ。ウキャキャ」

 

 ステンはリュウに多大な恩と、そして友情を感じていた。ハイランドでリュウに嫌いではないと言われた時、嬉しかった。自分も、リュウを嫌いではない。仲間達も、勿論嫌いじゃない。何だかんだで、この居心地の良い生活が気に入っている。それを壊すというなら、例え誰に何と言われようと、自分は戦うのだ。あの時リュウがそう言った様に、自分がそうしたいから。

 

「そうそう、私達は仲間だもの。リュウ君には指一本触れさせないわー」

 

 モモにとって、リュウは可能性と矛盾の塊だった。学者としても一人の人間としても不可能であるという結論に達した物事の悉くを、リュウが覆すのを目の当たりにした。凄く強くて何でも出来そうな割に、結構弱点も多い。そんなちぐはぐなリュウを、モモは好ましく思う。それにリュウの周りに溢れる見た事も無い未知の技術、知識の数々に触れて、リュウや仲間達の役に立つ事の、何と楽しい事か。モモは、リュウの行く先々に付いていきたいと思った。その為の障害は、全力全壊で排除するのみ。

 

「マドモアゼルあなた、寂しい目をしていますね。しかし、ワタクシ達のムッシュ・リュウに何かするというのであれば、このエカル・ホッパ・ド・ペ・タペタがお相手するのですね」

 

 タペタは、女神を前にして何ら動じていない。タペタは、己の欲望に正直だ。料理も歌も絵も、全て自分が好きだからしてきた。そんな彼がこの“炎の吐息”というチームに感じているのは、“誇り”である。だから、そのリーダーであるリュウを守るというのは、己の欲求に素直に従った極々自然な行為なのだ。キザを気取り、どこか間の抜けた凛々しいカエルは、誇りを守る為剣を取った。

 

「リュウか……。あいつは……自分では常識的だと思っているようだが、案外馬鹿だからな。あの馬鹿さが、私達にも移ったのかもしれん」

 

 アースラは、そう言って自嘲気味に笑った。以前までの自分なら、こんな圧倒的力量差を感じたら、即座に撤退を意識していただろう。戦場で生きるとは、そういう事だからだ。しかしそんな自分が、今は我が身を盾にさえしようとしている。言った通りリュウの、そして仲間達の影響だ。けれど悪い気はしていない。むしろ心地良いとさえ感じている。いつからだろう。全く、私もとんだ馬鹿になったものだ。アースラは、笑った。

 

「……」

 

 女神は、またも足を止めた。魔力による威圧をどれだけ与えても、立ち塞がる四人にそこから退く気配は無い。まるで言う事を聞かない子供に対するそれのように、女神の表情は凍りついた。

 

「……あなた達の行動は、勇気でも何でもありません。……愚か、と言うのです」

 

 ――――パキッ

 

 そして四つの水晶の柱に、リュウの仲間達は捕えられた。

 

「……!!」

 

 リュウはもう、爆発寸前だった。女神は目前まで迫っている。みんなが時間を稼いでくれたおかげで、ドラゴンブレイドの力は極限まで高める事が出来た。決して仕損じてはならない。事は冷静に当たらなければならない。わかっている。冷静だ。冷静に――――なれるか。仲間が殺されそうになって、冷静になんかなれっこない。

 

「……」

 

 ミイナは、何も出来ない無力さを感じていた。あんなに強い炎の吐息の人達が何も出来なかったのだ。そんな相手に、非力な自分が何か出来る訳も無い。逃げる事は何も恥ずかしい事じゃないとディースから事前に言われてはいたが、それでもやはり、悔しいのも事実だった。せめて、見届けたい。怖いけれど、どうしてもここを離れたくは無かった。

 

「あの……リュウさん……」

「……」

「皆さんは、リュウさんに居なくなって欲しくないんだと、思います。……私も、そう思います」

「……」

「だから、その……負けないで……ください」

 

 ミイナは魔力を限界まで剣に吸わせたせいで足元がふらついている。それでも気丈に振舞い、そしてフェアリドロップを使おうとはしなかった。邪魔にならないように、その場から下がるだけ。しかしディースもリュウも、その事を非難したりはしない。リュウは静かにボッシュへと視線を送る。魔力の放出を同じく限界まで行ったボッシュは黙って頷き、せめてものボディーガードとしてミイナの後をついていった。……準備は、整った。

 

「あたしが隙を作る。……後は、頼むよリュウちゃん」

「……」

 

 剣の下に敷かれていた魔法陣が消え、杖を取り出したディースと、そしてリュウは、女神と相対した。

 

「罪深き龍の民よ」

「!」

 

 女神が、その指先をリュウへと向ける。凄まじいまでの密度を持った魔力の弾丸が放たれ……しかしディースがリュウの盾となるように魔法障壁を展開。一点のみに魔力を集中させた高圧の障壁を生成し、何とかその光弾を防いだ。

 

「っ……いい加減にしな! ミリア!」

「姉さん……龍の民は滅ぼすべき、他の生物とは相容れない存在だと、何故わからないのです」

「確かに……龍の民はずっとずっと昔、酷い事をしたよ。でもあんたはやりすぎだ! あんたが龍の民を滅ぼしたあの時には、もう彼らはただ静かに暮らしていただけなんだ! それに、このリュウちゃんは違う!」

「……」

 

 何を言っても、女神には通用しない。とても古い記憶の中で、ディースは嫌というほどその事を理解している。ただ会う事のなかった長い時間は、女神の考えを変えさせるに足りたのではないか。そんな微かな希望を、心の底に持っていた。

 

「……。わかりました。あなたと語る言葉はもう、ありません」

「!!」

 

 女神は、細い指先を再び向けた。取り付く島も無い。それはディースの希望が、儚く散った事を意味する。ディースは小さく首を振ると、吹っ切った用に女神を見据え、杖を構えなおす。

 

「そう簡単にあたしをやれると……思わない事だね……!」

 

 ディースは、チラリとリュウの方に目だけを向けた。リュウはそれに応じるように、小さく頷く。キッ、と鋭く女神を睨んだディースは、何と浮遊魔法を発動させて、一直線に女神へ突っ込んで行く。

 

「……。血迷ったのですか。そのような見苦しい特攻など……」

「……!」

 

 女神の指先が光る。ディースを正面から打ち砕こうと、魔力の弾丸が放たれる。しかしディースは障壁で防御する素振りすら見せずにその弾丸を……片腕からの瞬間的な魔力の噴射を持って、自らの勢いを殺さず避けてみせた。

 

「くぅっ……!」

 

 正確には、それは紙一重などではない。圧倒的な魔力を込められた攻撃に対して、そのあまりに強引な回避は無理があった。噴射を行った片腕までは、弾丸の進路から抜け出せなかったのだ。ディースの片腕の肩から先は、無残に千切れ飛んでいた。

 

「……舐めんじゃ、ないよ!」

 

 それは作戦ミスか。答えは否だ。ディースの狙いに、腕は二本も必要ない。片腕を捨てて、ディースは女神の手前まで接近する事に成功した。残る腕に握る杖を、その場所へと付き立てる。

 

「ベリ・ルス・ル・ビルス・ウロボロス!」

「!」

 

 杖の先から複雑極まりない魔法陣が展開され、女神の足を絡め取り、埋め尽くしていく。ディースのそれは攻撃などではなかった。後に続く一撃を、万が一にも避けさせないための布石。ディースさえも、足止めに過ぎない。

 

「リュウちゃん!」

 

 そうディースが叫ぶよりも早く、既にリュウは、動いていた。

 

「うおおおおおお!」

「……!」

 

 ディースを飛び越え、両手にドラゴンブレイドを握りしめ、振り上げたリュウが女神へと迫る。咆哮に呼応するように、炎の吐息全員の力とミイナ、ディースの力を結集させたドラゴンブレイドが、七色に輝いた。

 

「……」

 

 展開された障壁の向こうで、女神は冷静に杖を掲げる。これがある限り何をしようと、龍の民の牙が自分に届く事はない。女神は杖に魔力を通す。それでこの茶番は終り。……の、筈だった。しかし振り下ろされるドラゴンブレイドは、そのスピードを緩めない。矛先は逸れない。女神は、そこで初めて僅かな驚嘆の意を示した。

 

「これは……」

「っ!」

 

 薄い桃色の障壁とドラゴンブレイドがかち合い、発生する凄まじいスパーク。杖が何も効果を発揮しない事で、女神はその力が何なのかを、ハッキリと理解した。

 

「この力は……龍の力では……!」

「うおお……おああああ!」

 

 リュウが吼える。

 

 負けない。皆が、己を犠牲にしてまで稼いでくれた時間の全て。負けられない。その時間で集約した力が、みんなの思いが、これには篭っている。だから、負ける訳がない! 虹を纏うドラゴンブレイドが、圧倒的な力を有する女神の障壁に、徐々にめり込んでいき……

 

「ああああ!」

「!」

 

 ……一閃。ドラゴンブレイドは振り切られ、障壁を斬り裂いた。そしてその狙いである女神の杖……マスターキーを、粉々に打ち砕く。剣に纏っていた虹色の光は、まるで相打ったかのように、その光を弱めていく。

 

「……」

 

 それは、ほんの一瞬だった。そんな筈は。マスターキーを砕かれた事に、僅かにだけ女神が目を取られた、刹那の時。その千分の一秒にも満たない様な、一瞬の間に……

 

「くおおおお!」

 

 リュウは、次の行動を起こしていた。虹の光が消え去ったドラゴンブレイドに、滾る己の龍の力を込め直し――――

 

「ずあああ!」

「……!」

 

 障壁を再構築する間も与えない、リュウ渾身のテラブレイク。そして女神は、ディースの放った足を絡め取る魔法陣を砕け散らし、剣を避けた。その場から飛び退いたのだ。渾身の一撃を避けられ、リュウはしかし落胆を示さない。リュウは確信した。龍の力による攻撃が、逸らされなかったのだ。力が通じる。これでようやく、自分の力が女神に届くようになった。本当に、みんなのおかげだ。

 

「……」

 

 剣を握る手に力が籠る。女神を倒せば、きっとあの水晶の柱は消える。みんなはまだ生きている。なら、やってやる。あんな未来は、来させない。やっと、やっと掴んだチャンスだ。絶対にみんなを元に戻す。どんな事をしても。

 

 リュウは、あの時のように全身の細胞から込み上げてくる黒い感情を抑え込み、決して負けない決意を持って剣を女神に向けた。片腕のみとなったディースも、気丈な瞳でリュウの隣に立ち、女神を睨んでいる。

 

「お前には、お前にだけは……!」

「……」

 

 だがマスターキーを砕かれた女神は、只々冷徹な瞳を、リュウ達へと向けるだけ。

 

「……愚かな龍の民。いいでしょう。ならば、お前に絶望を与えてあげましょう」

 

 それは油断だったのか。いや、そうではない。忘れていた訳でもない。リュウは女神に攻撃を加える隙を伺っていた。だからそれは、相手の動きに注意を払うという、いくつもの戦闘経験の結果であった。そうリュウは一瞬だけ……怪しく光る女神の眼を、見てしまったのだ。

 

「!? しまっ……!」

 

 体が固まり、金縛りに掛かった様に全身の自由が奪われる。動けない。リュウは、女神の術中に落ちたのだ。

 

「リュウちゃん!?」

 

 リュウに何が起こったか。一瞬とは言えそちらを向いてしまったディース。その瞬間、女神の指から放たれた魔力の光弾が……ディースの腹を、貫いた。

 

「が……は……」

「!! ディース……さん……くっ……!」

「……」

 

 前のめりに倒れるディース。貫通したものの、急所からはかろうじて外れてくれたらしい。しかし腕の出血と相まって、最早虫の息とすら言える。その傍で固まりもがくリュウを捨ておき女神は……今度は二人のはるか後方。邪魔にならないようにと下がったミイナを、その眼に捕えた。

 

「!? 危ねぇ!」

「キャッ!?」

 

 ――――パキッ

 

 澄んだ音を伴い、ミイナが寸前まで居た場所に水晶の柱が生える。女神が自分達の方を向いている事に気付いたボッシュが咄嗟に体当たりを慣行し、ミイナを強引にその場からどかせた。間一髪、ミイナは柱に閉じ込められずに済んでいた。

 

「……」

 

 女神は、それ以上ミイナに手を出さず冷たい顔をリュウへと向けた。飛翼族の少女一人、塵芥の一粒も同然。固執する意味も無い。

 

「……そこで見ているがいい。龍の民。お前が仲間と呼び、お前を仲間と呼ぶ愚か者達の、魂が砕け行く様を……!」

「!!」

 

 もうマスターキーはない。つまり、完全なる世界に魂を送る事は出来ない。あの水晶を砕くという事は、言葉そのままの意味。そこまで察してしまったリュウは、凍り付いた。

 

「……」

 

 ゆっくりと、女神は後ろへ振り向いた。視線の先。その足跡を示すように犇く、いくつもの水晶の柱を視界に収めて。

 

「や、やめろ……」

 

 リュウの目には、今見ている現実と、“あの時”の光景が一つになったように見えた。嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ。これでは何のために……自分は何のために戻ったんだ。何の為に。動け! 動け!!

 

「……」

「やめ……!」

 

 女神が、その白い手を上へと掲げる。そこに集中していく、桁外れの魔力。リュウはもう、形振り構わない。ドラゴナイズドすら飛び越えて、あの恐ろしい力でさえも発動させようとして……しかし、思うように動かない。……金縛りは、解けない。

 

「……」

 

 そして女神は静かにその掌を……生成された美しく輝く魔力の塊を、水晶の柱達へと向けて――――

 

「や……やめろおおおおお!!」

 

 

 ――――瞬間、雷鳴が轟いた。

 

 

「!」

 

 突如として天空から降り注ぐ数多の雷。女神は、動作を中断せざるを得なかった。その中でも一際巨大な雷が、女神目掛けて飛来したのだ。咄嗟に集めた魔力を障壁に変換して、それを防ぐ。

 

「リュウゥゥゥゥゥ!!」

「!!」

 

 リュウの耳に、聞き慣れた少年の声が届いた。同時に、ふっと金縛りが解けて身体に自由が戻る。今の声はまさか。上空からリュウの目の前に降り立ったのは、赤い髪の小さな姿。身長よりも長い杖を持つ、勝ち気な顔の少年。

 

「……ナ……ギ……?」

「わりぃ! 待たせた!」

 

 ナギはそう言って、不適にリュウへと笑いかけた。リュウは、信じられない物を見たような顔をしていた。連絡した時のナギは、とてつもなく遠くに居たはずだった。とてもこんな短時間で来れるような距離じゃない。連絡時に嘘を言ったとも思えない。

 

「おま……どうして……」

「あ? “どうして”だぁ? おめーが助けてくれっつったから、急いで飛んで来てやったんじゃねーか。何寝ぼけてやがる」

 

 ナギはリュウからの連絡を受けてから、全速力でここまで飛んで来ていた。ナギは、リュウを信頼している。ナギにとってリュウは仲間であり、ライバルであり、そして対等に付き合える友達なのだ。そのリュウが自分を頼り、助けを求めてきた。なら、どんなに離れていようと駆け付けるに決まってるだろうが。ナギは照れ隠しのように、ぶっきらぼうな態度を取った。

 

「……ナギ」

「あんだよ」

「…………ありがと」

「おう」

 

 そんな僅かなやり取りで、リュウの感謝の想いは確かにナギに伝わったのだろう。そしてリュウは、再び真っ直ぐに女神を見据えた。周りにある水晶の柱達は、傷一つ付いていないまま、まだそこに確かに存在している。並び立つ赤い髪と青い髪の少年二人。リュウは剣を女神へと向け、ナギは周囲の状況をいぶかしみながら、同じく杖の先端を女神に向けた。

 

「あいつは……」

「……」

 

 女神は、リュウの横に立つ少年を冷ややかに見ていた。リュウの仲間を砕け散らせる事よりも、何故かそちらの事の方に気が向いている。ナギは大まかに現状を察した。つまり、こいつがリュウと、炎の吐息の連中の敵なのだと判断した。

 

「誰だか知らねぇが、俺のダチ連中によくも手ぇ出しやがったな! 来やがれ! 次はこの千の呪文の男(サウザンドマスター)、ナギ・スプリングフィールド様が相手になってやる!」

「……」

 

 威勢の良いナギの姿。それを見た女神は、リュウに向けていた冷たい表情を…………柔らかな笑顔に、一変させた。

 

「私は、“ヒト”と争うつもりはありませんよ。ナギ・スプリングフィールド」

「!?」

 

 それは、リュウに対するものとは正反対の……とても優しさに溢れた声色だった。まるでそれまでに見せた非道な振る舞いが、幻であったような気さえしてくる。

 

≪龍の民……いえ、リュウ≫

「!」

 

 リュウの脳裏に、女神の声が響き渡った。ナギに対する表情とはまるで違う。それまで以上に冷たい、威厳に満ちた言葉が。

 

≪お前に、覚悟があるのなら……聖都オスティアまで、一人で来なさい≫

「……!」

≪待っていますよ。リュウ≫

 

 そこまで言うと、ふっ……と、女神の姿は掻き消えた。それまでの出来事が、嘘のように、静かに。

 

「……? お、おいリュウ。一体……」

 

 ナギは混乱した。一体、何がどうなっているんだ? 何で今のヤツは、戦わずに居なくなったんだ? まるで状況がわからない。そんな中リュウは、周囲にそれまであった女神の気配が、本当に、完全に消えて無くなっている事を確認した。途端、ドウと全身に汗が吹き上げ、プレッシャーを自覚する。頭ではナギと同じく、まだ現状を飲み込めていない。

 

「あ、おい! 大丈夫か! 蛇のねーちゃん!!」

「! そうだ、ディースさん!!」

「……う……」

 

 

 ……脅威は、去った。

 後に疑問と、十一の水晶の柱だけを残して。


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