炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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5:ゆめのすこしあと

 ……暗い。

 とても暗い、穴の底に沈んで行くのがわかる。己の内と外を分け隔てている境界線が曖昧になって、意識が溶け出して消えていく。死にかけた事なら、自慢じゃないが何度もあった。けれども、これはその経験のどれとも違う。自分が消える本当の死とは、なるほど静かな物だ。思ったより苦しくないのは、正直な所ありがたい。

 

 ――――――――お前には、悪い事をした

 

 ……何だよ、今更。それを言うならもっと早く言えよ。元を正せばあんたに呼ばれたのが………………あぁ。まぁ、いいや。それなりに楽しかったから、もう、いいよ。

 

 ――――――――未練は、ないのか

 

 そんなの……あるに決まってる。みんなを助けられなかった事。それに結局、自分の力に押し潰された事。ああ、自分の力……というか、あんたの力か。挙句の果てには、自分が世界を脅かす元凶になるとか、全然笑えない。頑張ってみたけど、やっぱり俺みたいな元々普通の人間には、色々無理だったんだよ。話が大き過ぎる。世界とか、デカ過ぎる。

 

 ――――――――お前は、運がいい

 

 自分の手を汚した事がないとは言わない。どっちにしても、魔法世界に戦争を引き起こすきっかけを与えてしまったのは自分だ。だからきっとこうなったのも、因果応報というやつなんだと思う。色々良かれと思ってやってきたけど、このザマだよ。これの、どこが運がいいのさ。

 

 ――――――――もしもお前に、やり直す勇気があるのなら

 

 …………? ……何だろう。さっきから、向こうに光が見える。暖かい感じの光。前は、あの光の下に居た気がする。

 

 ――――――――お前の意思で、進め

 

 ……。

 いいの? ねぇ俺なんかでも、もう一度あの光の下に行ってもいいのかな。

 …………。

 もう声が聞こえない。でも……このままここには居たくない。

 ………………。

 うん。もう一回ぐらい、いいよね。

 

 リュウは少しだけ戸惑った後、暗闇の先に見える光に手を伸ばして――――

 

 

 

 

「うあぁぁ!?」

 

 ようやく太陽が顔を出し始めるかという頃に、リュウはベッドから飛び起きた。息は荒く、寝間着は汗でぐっしょり濡れている。

 

「あ……え……?」

 

 リュウは、まるで今自分がどこに居るのかわからない、と言った風に素っ頓狂な声を上げた。辺りをキョロキョロと見回す。何の変哲も無い、いつもの見慣れた部屋だ。……何だこれは。頭の処理が追い付かない。どうなっている。

 

「……」

 

 しばらく呆然として、思い出したように腕や足の感触を確かめたり、自分の顔をペチペチと叩いてみたり、胸に下げているドラゴンズ・ティアを手にとってみたり。……とにかく混乱の極み、と言った表現が、今のリュウを端的に表している。

 

「ふぁ~ぁ……あんだよ相棒……朝っぱらから……」

「ん~~……リュウさん……? どうかしましたかぁ……?」

「え……」

 

 いきなり響いた目覚ましに反応し、欠伸をしながらもぞもぞ動くボッシュと四分の三程まだ夢の中なミイナが、部屋の主に声を掛ける。ボッシュは前足で器用に眠い目を擦りつつ、妙な声を上げて妙な動作を繰り返しているリュウを見て、ギョッとした。まだ外からの明かりが入ってこなくとも、尋常でないその様子だけはしっかりとわかった。

 

「お、おい相棒大丈夫か? 顔真っ青だぜ?」

「……」

「相棒?」

 

 リュウは、まるで幽霊でも見たような顔でボッシュをじっと見ている。その白い毛並みをした体のどこにも、怪我や血の痕なんかは一片も見当たらない。リュウはボッシュへの確認を終えるとすぐ、その部屋にあるもう一つのベッドの上に居る人物へと目をやった。

 

「ミ、ミイナ……さん……?」

「ふぁ~い……何ですかぁ……」

「……」

 

 目元をぐしぐししながら答えるミイナ。まだ眠気が抜けきっていない、ぽやぽやと間延びした可愛らしい声がやけに耳に残る。彼女は……生きている。間違いなく。幻の類などではない。

 

「何でぇ何でぇ相棒、悪い夢でも見たってのかぁ?」

 

 ボッシュのからかうようなセリフに何の反応も返さず、相変わらずリュウは呆然としたまま、ベッドの上で押し黙った。嘘……夢……だった? あの出来事、全部?

 

 違う。そんな事は、あり得ない。

 

 リュウは、思わず取り乱してしまうようなあの出来事を、ゆっくりとページをめくる様に思い返した。あの、胸の奥をナイフで抉られたような深い悲しみ。その後の、煮え滾る様な感情の昂り。自分が自分でない、別の何かに変わっていくのを止められない恐怖。全てあった事だ。起きた事実だ。覚えている。だがそうだとすると、今自分が居るこの状況は……?

 

 しばらく黙っていたリュウは何を思ったか、いきなり自分で自分の頬を思いっきり殴りつけた。

 

「!? 何やってんだ相棒!?」

「ど、どうしたんですかリュウさん!?」

「いっ……つ」

 

 突如響いたガスッという手加減の無い音。乱心したのか、との視線を寄こす寝起きの二人。そんなボッシュとミイナを尻目に、リュウは頬に走る痛みを噛み締めていた。ここがあの世でない事の証明は出来ない。しかし、夢ではない事を頬のヒリヒリした使者が教えてくれている。この痛みだけは、間違い様のない本物だ。

 

「……」

 

 それに……何だろう。リュウは今の状況と、ほとんど同じ状況を前にも体験している気がした。けれど、どこか。何かが違う。部屋の中の状況に規視感と違和感を同時に覚えたリュウは、頬をさすりながらもう一度部屋の中を見渡して……。

 

「あ……」

 

 ふと、枕元の小さな台の上に目が止まった。夜寝る前、寝間着に着がえた際に取りだしたポケットの中身等が、そこには置かれている。フェアリドロップにサイフィス達の契約カード、眠れなくなるからと外している “竜のなみだ”。そして――――

 

「……!!」

「ど、どうしたよ相棒」

 

 リュウの驚愕に染まった表情を見て、何をそんなに驚いたのかわからないボッシュは怪訝そうに声を上げた。台の上。そこにあるはずの……いや、“あった”はずの物がない。妖精達に昔から伝わっていたという、日頃の感謝の印と貰ったはずの。悪夢を見せる呪いがあるのではと、疑ったはずの。

 

 それは、“時の砂の結晶”。

 

 小さな、髑髏のように見える薄気味の悪い石の塊。“以前は”確かにそこに置いてあったはずのそれが、まるで空気にでも溶けてしまったように消失していた。

 

「……。ボッシュ、そこにさ……妖精達から貰った石、置いたよね」

「あん? ああそういやあったはずだが……お? ねぇな。落ちてもいねぇし……どこ行ったんだ?」

「……」

 

 リュウは理解した。そうだとしたら、辻褄が合う。信じられない。本当に信じられないけれど、そうとしか考えられない。

 

 ……リュウは、“戻った”のだ。妖精達から貰った、時の砂の結晶の力で。まだ、あの出来事の起こる前の朝に。

 

 夢か現か静かに自分が消えていくと思われた、あの闇の中でのやり取り。そこで運がいいと言った、“アイツ”の言葉。あれは、つまりそういう事……だというのか。リュウは少しだけ間を置いて、突然何かを思い出したように寝間着のまま立ち上がり、そのまま部屋の扉をバンと盛大に開け放って外に飛び出ていった。

 

「お、おいちょっと待……相棒!」

「えっと……どうしたんでしょう……リュウさん……?」

「……さぁなぁ」

 

 ポカンとリュウの奇行に唖然とする二人を、部屋に残して。

 

「はっ……はっ……!」

 

 リュウは、猛ダッシュでまず外を目指した。いつもならこんな距離ぐらいで息が上がる事なんてない。しかし、興奮から来る極度の緊張の様なものが、リュウの呼吸を大きく乱していた。

 

「あ……」

 

 外に出て少し走り、振り返ったリュウの目に映るのは、まだ日も差さない明け方のスイマー城。悠然と聳えるその城は、リュウの中にある思い出と何一つ変わってはいない。畑も。湖も。女神によって消されたと思われた存在は、何事もないかのようにそこに鎮座している。

 

「……」

 

 まだだ。まだ、他にも確認しなきゃいけない事がある。リュウは込み上げてくる思いをぐっと心の中に押さえ込み、畑方面へと走った。自分の記憶に間違いがなければ、今外には二人の人物が居るはずだ。いくつかの畑を少しだけ走って周ったところで、野菜の世話をしている大きな体をした男がいるのが見えた。

 

「ん? ……おう、リュウじゃねぇか。早起きだな。どうした?」

「……」

 

 いつも通り。何も変わっていない日常と共に話しかけてくるランド。リュウはその巨体から視線を動かさなかった。心臓が高鳴って動悸が激しく、大した距離を走った訳でもないのにやはり息を切らせている。

 

「おいどうしたんだよ? 黙ってちゃわかんねぇだろうが。何か事件でも起きたか?」

「……」

 

 何かあったのかとしきりに尋ねてくるランドに言葉を返さないまま、リュウはクルッと背を向けると、再び駆け出した。

 

「あ、おい! ……? 何だったんだ?」

 

 訳の分からないリュウの行動に首を傾げるランドは、しばらくその背を見送ったあと、仕方ないので元の野菜の世話に戻った。

 

 リュウは次に、城を挟んで反対側。そこで自主練をしているはずの人物を探した。ズシンと鈍く響き渡る地鳴りのような音が、遠くからでも伝わってくる。近付くにつれて大きくなるその気配の元に、吸い寄せられるように向かう。

 

「む……?」

 

 訓練と称し、大岩を拳一つで粉砕せしめるガーランド。そのすぐ後ろに、やはり息を切らせたリュウが立っていた。

 

「お前が早起きとは珍しいな。何か、俺に用でもあるのか?」

「……」

 

 先程の焼き直しのように、ここに来た理由を尋ねられる。やはり、いつも通り。全く変わらない。……わかっている。でも、まだだ。まだ我慢しなきゃ。リュウは、さらに強く込み上げてくる思いをより強引に胸にしまい込んで、一言も発さずにその場を後にした。

 

「……?」

 

 もう一人の大男と同じくリュウの奇行に首を傾げるガーランドは、まぁ何かあるならそのうち言ってくるだろう、と朝の訓練を再開した。

 

「はっ……はっ……」

 

 そのまま、リュウは止まらずに爆走を続けて城の中に戻る。そして今度は、仲間達の居る部屋を次々に訪問しだした。

 

 ……妖精達の部屋。人数が多いので三部屋ほど使っている。そしてそのどの部屋でも、たくさんの妖精達がスヤスヤと眠っていた。

 

 ……ステンの部屋。

 

「ウキャ!? リ、リュウ!? お、おはよう。何か用かい? おいら別に何も厨房から持って来たりなんてしてないよ!?」

 

 突然の訪問者に慌てた様子を見せるステン。口をモゴモゴさせながら、何かをさっと背中に隠し平静を装っている。普通なら何を隠したのかと問い質す所だが、今のリュウにそんな余裕は無い。

 

 ……リンの部屋。

 

「……何だリュウか。脅かすんじゃないよ全く。危うく引き金を引く所だったじゃないか」

 

 溜め息を付きながら、銃を下ろすリン。ドアを開けた瞬間、リュウはしっかりと銃口を向けられていた。リンは扉の前に来た何者かの気配を察知し、飛び起きたのだ。リュウはそんな状況にさえ、安堵を覚えた。

 

 ……レイの部屋。

 

「あー? ……んだよこんな時間に……」

 

 バンとでかい音で扉を開けられ、完璧に眠っていたレイは目が覚めてしまったらしい。低くドスの効いた声で、不機嫌を露にする。邪険にされた筈のリュウは、ほっと溜め息を付いた。

 

 ……タペタの部屋

 

「zzz……zzz……」

 

 リュウが来た事に全く気付かず、のんきに姿勢よく眠り続けるタペタ。思いっきり開けた扉の音にも全く反応しないその図太さに、リュウは妙な安心感を覚えた。

 

 ……リンプーの部屋。

 

「う〜ん……もう食べらんない……」

 

 タペタと同じく幸せそうに大の字に寝て、さらにはお決まりな寝言をのたまうリンプー。気分に沿ってピョコピョコ動く尻尾を見ていると、リュウの胸に何か暖かい物が満ちて来ていた。

 

 ……ゼノの部屋。

 

「……リュウ。寝起きの女性をじろじろ見るのは、感心しませんよ」

 

 枕元に置いてあった眼鏡をかけ直し、嗜めるゼノ。会わなかった時間はそんなに長くないはずなのに、リュウは随分久しぶりなような気がした。

 

 ……サイアスの部屋。

 

「……」

 

 仰向けに横になっているものの、目元が常に隠れているので寝ているのか起きているのかも分からないサイアス。ただ、時折聞こえてくる静かな呼吸音に、リュウはしっかりとした生を実感した。

 

 ……アースラの部屋。

 

「な、何だ!? 敵!? ……か……?」

 

 ドアを開ける音に驚いて、慌ててベッドの上から離れたテーブル上の銃に手を伸ばすアースラ。リンとは違い、意外と隙だらけだ。そんな姿にリュウはまた一つ、心を緩ませた。

 

 ……モモの部屋。

 

「あらリュウ君。こんな朝早くから、私に何か用ー?」

「早起きは三文の得だからねぇとマスターが言ってます」

 

 徹夜で何かの機械を整備していたらしいモモと、それを手伝っているらしいマスターが、顔を汚したままいつも通りに話しかけてくる。リュウはそろそろ、胸の中に押し込めている気持ちに抗えなくなって来ていた。

 

 ……ディースの部屋。

 

「むにゃむにゃ……オイシソーだな……リュウちゃん……」

 

 タオルケットをベッドの端に追いやり、酒瓶を抱いたまま涎を垂らしてガーガー寝ている大魔道士。あの時の、悲壮な決意を秘めた表情とは、落差の激しすぎる寝姿だ。

 

「……」

 

 全ての部屋を回り、リュウは仲間達全員がそこに居る事を確認した。“戻った”という推測は、やはり間違いない。どこにも、あの出来事を伺わせるような気配は無い。もう我慢は限界だった。最後にリュウは、今誰も居ないはずの会議室へと向かった。

 

「……」

 

 みんな、居る。確かに、生きている。会議室へ辿りつくと、誰にも見られないようにドアをしっかりと閉め、そのままそのドアを背もたれのようにして寄りかかったリュウは……我慢に我慢を重ねたそれを、開放した。

 

「う……うぐ……ぅぅ……」

 

 涙。

 止め処なく溢れてくる、滂沱の涙。

 リュウは嗚咽を隠そうともしない。自分が消えずに済んだ事。勿論それもない訳じゃない。だが、それより何よりあの出来事で一度に仲間を失った大きすぎる悲しみ。そして今、まだ失う前に戻れたという、激しい喜び。冷静になろうとしても、それら正反対の感情がごちゃ混ぜになり、心からの涙となって濁流の様に溢れ出したのだ。

 

「う……うぁ……ぅ……」

 

 リュウ以外誰も居ない会議室に、鼻を啜る音としゃくり上げる音の二つが、交互に響き渡る。涙は止まらない。リュウはぐしゃぐしゃに泣き崩れた顔を抑えながら、自問自答していた。

 

 いいのだろうか。こんな幸運があっていいのだろうか。再びやり直すことが出来るというのか。これは世界中の過去現在未来で、あらゆる人達が願って止まなかった奇跡だ。“もしもあの時に戻れたら”。誰もが願って、そして叶う筈のない奇跡。それが、叶った。あの石をくれた妖精達には、どれだけ感謝してもし足りない。

 

「ぅ……」

 

 少しずつ――まだ鼻を啜ったり等はしているが――少しずつだが落ち着いてきたリュウは、思考をこれからの事に向け始めた。……でも、そうだ。これから……大した時間はかからずに……女神が、ここに来る。

 

「……」

 

 泣いてばかりいられない。戻った事は、あの出来事を回避した、という訳ではない。もう時の砂の結晶はないのだ。この奇跡に次はない。このまま何もしなければ、あの出来事がまた起こってしまう。もう二度と、あんな思いはしたくない。してたまるか。絶対に。

 

 リュウはまだ赤く充血した目のままで、固く決意した。涙を振り払い会議室のドアを開け、とにかく行動に移そうとして……丁度そこに、見慣れた小さな相棒の姿がある事に気付いた。

 

「こんなトコに居やがったか。探したぜ相棒。一体どうしたって……」

「……」

 

 ボッシュはリュウの顔を見ると、茶化そうとしていたのをやめた。直前まで、酷く泣いていたのであろう痕が見て取れる。そして同時に、何か深く重い決意の様なものをリュウから感じ取った。只事じゃない。ボッシュは何も言わずにリュウの肩に飛び乗った。そしてお互い無言のままで、歩き出す。

 

 まずは自分の部屋に戻り、武器やアイテムをしっかりと身に着ける。そしてリュウは、ディースの部屋へと向かう事にした。ディースならば女神について、確実に情報を持っているだろうからだ。

 

「……」

「……」

 

 リュウとボッシュの間に会話はなく。心なしか早いペースの足音だけが廊下に響く。リュウは、僅かにだが震えていた。“やり直す勇気”。暗闇で、“アイツ”に言われた言葉がフラッシュバックする。そう、今自分に必要なのは勇気だ。決意はしたけれど、それでも正直に言えば、怖い。かろうじて意識のある時に放った凄まじい威力のD-ブレスでさえ、全く通用しなかった。これから相対するであろう女神の力は、底が知れない。

 

「……」

「……」

 

 自分が何も出来なければ、あの思いを二度も味わう事になる。また全てを失うのではないか。抗っても、結局無駄に終わるのではないか。自分一人で、どうすれば、あの途方もない力に対抗出来るのか。考えれば考えるほど深みに嵌まり込んでしまい、徐々に足が重たくなる。良くない想像ばかりが先に立ち、歩く速度は次第に落ちていき……とうとう、リュウの足はディースの部屋へと続く廊下の途中で、止まってしまっていた。

 

「……」

「……なぁ、相棒」

 

 不意に口を開いたのは、悲壮な雰囲気のリュウの機微に気付いたボッシュだ。

 

「俺っちにゃ、相棒が何をそんなに気負ってんのかさっぱりわからねぇが……」

「……」

「困った時ゃよ、周りに頼ってもいいんだぜ。……後ろを見てみろよ」

 

 そう促され、そこでリュウはようやく気付いた。自分の後ろにある、複数の気配に。

 

「リュウ!」

 

 元気良く声を掛けられ、振り向いたリュウの視線の先には……ズラッと立ち並ぶ、総勢十二人の仲間達が居た。さらには、ミイナの姿まである。

 

「あ……」

「よぅ大将。俺達ぁ、そんなに頼りねぇか?」

 

 レイが肩を竦めながら、皮肉交じりに口火を切る。

 

「リュウよ、お前が何を背負っているのかは知らない。しかしそろそろ俺達にも、少しくらいその荷を分けてくれてもいいのではないか?」

「そーそ。あたし達みんな、仲間じゃん。困ってるなら、助け合おーよ」

「あの……私もその……何かお役に立てれば……」

 

 リュウの仲間達はみな、ついさっきのリュウのおかしな様子に何かあると察していた。そして各々は、そんなリュウに何かをしてやりたいと思った。そこに打算のような気持ちは一切ない。ただ純粋に、共に過ごした仲間として……リュウという人物の、力になりたいと思ったのだ。

 

「みん……な……」

「それによ、相棒。俺っち達にゃ、まだ他にも仲間が居るじゃねぇか」

「……」

「あいつらにも助けを要請したってよ、恥でも何でもねぇんだぜ」

「……」

 

 リュウの脳裏に、あの赤い髪をした勝気な顔の少年が思い浮かんだ。そして怪しい微笑を携えた優男を。無愛想で老人のような喋り方をする少年を。生真面目で剣の達人である面長の青年を。

 

「……」

 

 リュウは無意識に、ドラゴンズ・ティアから取り出していたテレコーダーを強く握り締めた。気を引き締めたはずなのに、ふとした拍子にまた緩みそうになる涙腺を必死に押さえて、リュウはそれを見られまいと前を向いた。

 

「……ありがとう」

 

 リュウの両足は、また歩く力を取り戻した。今度はいくつもの足音が、リュウの後を付いていく。不思議と、さっきまでの暗い考えは吹き飛んでいた。きっと、何か解決方法がある。なかったとしたら、作るまでだ。みんなと一緒なら、きっと出来る。リュウ達は全員で、ディースの部屋へ向かった。

 

「おわ!? な、なんだい何事だい!? こんな朝から大所帯でゾロゾロとまぁ……」

 

 流石のディースも十人を超える数が集まる気配に、目を覚まさざるを得なかった。一つの部屋にこれだけ集まると、やはり少し手狭だ。特にディースの部屋は酒瓶やツマミの皿が散乱していて、足の踏み場がない。ディースは起きぬけの所へ雪崩れ込んできたリュウ達に、面食らっていた。

 

「ディースさん」

「な、何さリュウちゃん」

 

 リュウにおちゃらけた雰囲気が一切ない事で、ディースも真面目な表情になる。

 

「……これから、ここに女神が来ます」

「!? 何だって!?」

 

 リュウの言葉は、ディースの想像の垣根を大きく超えていた。ディースの驚愕ぶりに酷く大変な事態が起きた事を感じた仲間達は、気持ちを引き締める。

 

「時間がないんです。何でもいいんで、女神についてディースさんの知っている事、教えてください」

「ちょ、ちょっと待ちなよ。一体どうして、そんな事がわかるんだい!?」

「それは……」

 

 リュウはある種の予知夢という事にして、出来れば二度と思い出したくもないあの出来事を……覚えている限りの事を、ディースと仲間達の前で語った。にわかには信じられない話だが、リュウの鬼気迫る表情に仲間達は騒然となる。その過程で女神がディースを姉と呼んでいた、という事実については、微かに匂わせる程度に留めた。ディースだけが、リュウがその事を知っていると気付く程度に。

 

「……それで、女神には、俺の力が全く通用しない可能性が高いんです」

「そんな……あの姿のリュウでも歯が立たないなんて……」

 

 リュウの話が本当だとすると、手の施しようがないという事実が浮き彫りになった。一挙に場が暗くなる。対抗策がないのだ。炎の吐息で最も強力なリュウが通用しないとなると、全員で協力したとしても、対抗するのは難しいと思えた。

 

「……。リュウちゃん。今の話の確認だけど、女神はリュウちゃんの力を“捻じ曲げた”んだね?」

「そう……です。妙な形の杖を掲げて」

「……」

 

 リュウだけは、あの杖の正体が何かわかっている。冷静になって何とか思い出す事が出来た。あれは魔法世界の理を司る杖。“マスターキー”だ。あの杖がある限り、魔法世界人である炎の吐息の面々では、女神に指一本触れる事が出来ない可能性が高い。アーウェルンクスの言っていた、女神に渡した素敵なプレゼント、というのが恐らくあの杖なのだろう。

 

「……リュウちゃん、あたしの放った魔法は、どんな風に消されたって?」

「それは……確か……障壁のような物に当たって、爆発せずに霧散して……」

「……」

 

 ディースは目を瞑って何事か考え、そして改めてリュウの目を見た。ディースは話を聞いた限りでの、大雑把に纏めた自分の見解を語り始めた。

 

「いいかい。よく聞くんだ」

「……はい」

「あたしの知る限り、女神には龍の民の力を捻じ曲げるなんて芸当は出来なかった筈なんだ。つまり、それは後から付け足された力なんだと思う。恐らくは……その妙な杖が原因だろうね」

「……」

 

 リュウ達は、黙って聞き入っていた。ディースの言う事が推測である事は百も承知。本人もそのつもりで喋っている。だが現状、推測だろうとディースの情報しか縋るものがないのだ。

 

「きっと、その杖は対龍の民用に特化しているんだと思う。だからまずは、リュウちゃんの力以外の力で、その杖を破壊するんだ。そうすればきっと、リュウちゃんの力も通じるようになる筈さ」

「でも……」

「あたしの魔法を杖で捻じ曲げたんじゃなく、障壁で止めたっていうのがその証さ。リュウちゃんの力以外には、多分出来ないんだ。障壁を破れなかったのは……悔しいけど、単純にあたしの魔力が足りてなかったんだよ」

 

 ディースはそこまで言うと、少し暗い顔をした。自分の力が及ばないという事は、自分では女神を止められないと宣告されたに等しいからだ。リュウ達の間でも、やはり希望を持てるような空気ではなかった。ディースの魔法の腕でも無理となると、それ以上の魔力の使い手はリュウ達の中には居ない。

 

「……どうしたら……」

「方法なら、一つだけある。ここに居るリュウちゃん以外の全員の力を……一つにするんだ」

「? それは……?」

 

 ディースにリュウ達全員から、どういう意味か、との視線が飛ぶ。

 

「リュウちゃんの背負ってるその剣。確かそれには、リュウちゃんの力を蓄えておく機能があるって聞いてる。だからその剣に、ここに居る全員分の力を集結させる。それで、何とかして女神の障壁を破って、杖を砕くんだ」

「え、でも、コレは俺の力しか吸収は……」

「大丈夫、あたしがその剣を一時的に“騙して”、みんなの力をリュウちゃんの力だと誤解させるよ。大魔道士の名に賭けてね。ただし、全員が一度にやったら恐らく剣がもたない。……そうだね、数人ずつ、ゆっくり力を込めるんだ」

 

 それしかない。直感的にそう理解したリュウ達は、黙って頷いた。

 

「時間がない。早速始めるよ。……あと、マスター。お前には別の仕事をしてもらう」

「了解だそうです」

 

 ディースの指示の元、言葉少なくリュウ達は動き出す。残された時間で、出来得る限りの策を。未来に抗う為に。

 

 ……脅威は、すぐそこまでやって来ていた。


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