炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

85 / 103
SOL: ~マスター誕生秘話~

 それはリュウ達がサルディン地方へと出立するより前の話。まだマーロックから紅き翼との対決の日程が知らされておらず、アルとエヴァンジェリンが城に滞在していた時の事。

 

「あ、居た居た。ねぇリュウ君後でちょっと私のラボに来てもらっていいー? ボッシュはもう先に来てるから、手が空いたらお願いねー」

「?」

 

 探していたように厨房にやって来て、そうリュウに告げたのはモモだ。リュウが自室でナギ達との勝負の時に使う小道具を作成し、息抜き代わりに妖精達へ料理(と、金の作成)を指導しているとボッシュから聞いたのだろう。

 

(なんだろ……?)

 

 区切りの良い所まで妖精達の相手をし、テクテクとモモの部屋へと向かい出すリュウ。歩きながら彼女に呼び出される理由をしばし考えて、思い当たったのはあの“人を操る腕輪の探知装置”についてだ。ボッシュがもう居るという事は、その話である可能性が高い。そうと予想が付くと自然に歩く速度も早まり、徐々にモモの部屋が近づいてくる。

 

「ここか……」

 

 ディースが料理している時と並んで、度々スイマー城に爆音を響かせるモモの部屋。今も角を曲がった所で、そこからはボンと大きめな破裂音が聞こえてきていた。恐る恐る扉に近付いたリュウは軽くノックをしてみるが、反応はない。

 

「……? 入りますよー……?」

 

 ドアノブを回してみると、鍵は掛かっていないらしくスルリと開いた。仕方なく顔を指し込んで隙間から覗いてみる。部屋の中には少しの煙と、試験管やら三角フラスコやら妙な設計書類やらが乱雑に転がっていた。他にはどう繋がっているのかわからない配線や、謎の計器類も至る所に配置されている。女性の部屋とはとても思えない、かなりマッドな内装である。

 

「あ! リュウ君!! ごめんねー! 今ちょっと散らかっちゃってー!」

「来ました……って、何もそんなでかい声出さなくても……」

「えー! なーにー! 聞こえないー!」

「……」

 

 どうやら寸前に起きた小爆発のせいで、モモは耳がキーンとしているらしい。大きな声で話さないと、自分の声すら聞こえないようだ。よく見ればモモは服と頬の辺りが黒く煤けている。窓を空けて煙を逃がしたりなどして落ち着いた所で、リュウはモモから何用か聞く事にした。

 

「あの、俺をここに呼んだって事はひょっとして、あの腕輪の?」

「うん、そうなの。実はあと一息でリュウ君から頼まれてたレーダーが完成するんだけどー……まぁとにかく、あっちの部屋にみんな待ってるから行きましょー」

「……?」

 

 最近色々とありすぎて、若干忘れそうになっていたあの“人を操る腕輪”の探知装置。予想通り、モモはその事でリュウを呼んだらしい。しかし彼女は、そこから先を少し言い辛そうにしていた。よく分からないまま、モモはリュウを部屋の奥へと案内する。そこにはもう一つドアがあり、隣の部屋に続いているようだ。言われるままにリュウがドアを開けて中へ入って見ると……そこにはボッシュと、何故かディースとエヴァンジェリンが待機していた。

 

「あれ? なんでお二人がここに?」

「あらリュウちゃん。あたしとキティは、こっちのおチビちゃんにお呼ばれよ」

「フン、何故この私がこんな茶番に付き合わなければならんのだ全く」

「まぁまぁ、頼むぜご両人」

「……?」

 

 どうもボッシュがディースとエヴァンジェリンに何かを頼んだらしい。リュウは気にはなったが、話を進める為にそちらは一旦スルーする事にして部屋の中央に目をやった。そこにあるのは白い幕をかけられた大きな物体だ。リュウの後に入ってきたモモはその物体の近くに寄ると、幕の端をしっかりと掴んだ。

 

「見てリュウ君。これが私とボッシュが合同で作成した“腕輪の探索装置”なのー」

「……」

 

 バサッと幕を剥ぎ取り、「じゃーん!」と得意げにモモが見せるその物体。リュウは思わず目が点になった。どう見ても、鉄の塊だ。リュウ位の大きさの人間なら入れるかも、というくらいのポリバケツみたいな物体がそこにあった。一応手足らしきものと、上部の炊飯器の蓋のような頭っぽい部分に目らしき丸いガラス玉が二つ付いている。

 

「……。あの……それが探知機、ですか?」

「そうよー」

「レーダー、なんですか?」

「そうよー」

「……」

 

 探知機じゃない。どう見てもそれは探知機なんかじゃない。リュウの脳内で探知機というのは、こう手のひらに収まるくらいのサイズで自分を中心にして周囲にある腕輪の位置がピコンピコンと反応するような物の事である。要はドラ○ンレーダー的な物体を想像していた訳だ。なのにまさかそれとはかけ離れた人型チックなロボット兵器が作られていたとは。驚きを通り越して呆れモードにチェンジするしかない。

 

「ボッシュ……お前、探知機がこんな事になってるって知ってたなら言えよ。もっと早くに」

「いやぁすまねぇ。俺っち最近相棒の驚いた顔を見んのが楽しくてよぉ」

「……」

 

 何気にボッシュもアルに影響されているのか、性格が邪悪よりになっている気がする。まぁそれはさておくとして。リュウは溜息と共に鉄の塊の方に目をやった。ずんぐりむっくりの物体はまだ動力に火が入っていないのか、動く気配を見せない。後ろを見ても電源ケーブルが付いている訳でもないし、まさか電池か何かで動くのか? と訝しがる。

 

「これ、どうやって動かすんです?」

「あ、それいい質問ねー。実はその為にリュウ君を呼んだの」

「?」

 

 まるで意味が分からないと首を傾げるリュウ。すると鉄の塊の所に居たボッシュがぴょんとリュウの肩に飛び乗り、何かを説得するかのように話しだした。

 

「実はよぉ相棒。そのドラゴンズ・ティアに入ってる“アレ”をよ、こいつの動力源にしようってな話になっててな」

「“アレ”って……?」

 

 今ドラゴンズ・ティアに入っている物で、何か動力になりそうな物なんてあったか? とリュウは考えて、ハッとした。そんな事に使えるかも知れないお宝が一つ、そう言えばこのペンダントの中に入っている。

 

「まさか……」

「おうよ。“盗賊の魂”だ」

「いやお前何考えてんの!?」

 

 かつてハイランドの騒動で手に入れる事になった“盗賊の魂”。白く輝くソフトボール大の球。正体は超高純度のゴースト鉱の結晶であり、恒久的エネルギー発生装置である。城一つを宙に浮かせて強力なバリアを展開させ、もしも爆発すれば大陸の半分以上を消し飛ばせてしまえる、恐ろしい代物だ。そんな“盗賊の魂”を動力にするなどとは、流石にリュウは躊躇した。まかり間違って爆発でもしたら本気で洒落にならないのだ。

 

「そんなん駄目に決まってんじゃん!」

「まぁ相棒ならそう言うだろうと思ってよ。その為に、そっちのご両人にスタンバイしてもらってんだけどな」

「意味分からん!」

「まぁ聞けよ相棒。おめぇさんの懸念もよく分かるがよ……」

 

 ボッシュが言うにはこの金属の塊、実は“盗賊の魂”を厳重に内部に封じる為の言わば“鎧”でもあるらしい。万一爆発したとしても、その被害を最小限に抑える設計や封印術式が、内部に構築済みであるのだ。そして、最も重要な点はこの鎧が“自律式”になるという事。もし“盗賊の魂”を誰かが悪用しようとしても、この鎧に組み込むAIが自らそれを拒むという。そのAI……人間における脳の部分を、エヴァンジェリンとディースという大魔法使いの技で作り出して、安全に運用しようというのがボッシュとモモの提案である。

 

「ってな訳だが、どうだい相棒」

「……。それって、じゃあ最初っから“盗賊の魂”を動力にする気だったって訳?」

「う、ま、まぁな……」

「リュウ君達には使い道ないみたいだし、それならいいかなーって……」

「……」

 

 これだから学者は、とリュウのジト目がボッシュ博士とモモ先生に突き刺さる。この機械……腕輪の探索装置は、既に“盗賊の魂”を使う事が前提になっているのだった。設計の段階からそれ以外の動力じゃ起動さえしない事になっており、もうこれはリュウが“盗賊の魂”を渡さなければ、どうにもならないという事なのだ。後戻りできない退路を断った状態で使用許可を求めてくる辺り、ボッシュはやはり性格が悪くなってんじゃないかと思うリュウである。

 

「……もー……絶対に爆発とかしないようにしてよ」

「おう。それに関しちゃバッチリだぜ。大船に乗った気で居てくれや相棒」

「……」

 

 しぶしぶドラゴンズ・ティアから“盗賊の魂”をヒュパッと取り出すリュウ。その凄まじいエネルギーを放つ白く輝く球体に食いついたのは、傍らでボーッとしていた魔法使いの二人だ。

 

「ほぅ……貴様、そんな大それたモノを隠し持っていたとはな」

「へぇー凄いわねソレ。大きな力がビンビン伝わってくるわー」

 

 触ってみたくてうずうずしているディースと、どこか物欲しそうに見るエヴァンジェリンを牽制し、リュウは“盗賊の魂”をモモに手渡した。受け取ったモモとボッシュは、早速それを“鎧”の内部最奥にある窪みへと設置する。

 

「……ふう、これで良し。後は内部のAIに人格を宿せば動き出すはずよー」

「つうわけで、頼むぜご両人」

 

 しっかりと頭なのか蓋なのか分からない場所を閉めて、次にAIが入っている部分を外部に露出させると、“鎧”から離れる博士二人。既に“鎧”の下には魔法陣が描かれており、ディースとエヴァンジェリンが魔力を開放すると、それが俄かに輝きだす。

 

「機械についてはさっぱりわからんが……こと“人形”に関してという事ならば、この私の右に出る者は存在しない!」

「ま、あたしもここらで大魔導士(マジックマスター)としての威厳を見せとかないとね」

 

 そして構える二人の魔法使い。エヴァンジェリンは指輪。ディースは双頭の蛇が絡みついた杖。両者は魔法発動体に魔力を通し、鎧に向けて手をかざす。呼応するように魔方陣の輝きが増していく。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

「ベリ・ルス・ル・ビルス・ウロボロス!」

 

 二人の魔法使いが呪文を唱えると魔法陣から強烈な閃光が放たれ、モモの部屋を膨大な魔力の輝きが満たしていく。溢れ出た魔力はディースとエヴァンジェリンの指揮の元、徐々に露出したAIへ集い収束し、吸い込まれる。そして満ちていた輝きの全てが鎧の中に入り込むと、部屋はそれまでの光が嘘だったように、元の落ち着きを取り戻すのだった。

 

「……さて、これで良いはずだがな」

「うーん……失敗しちゃったかしら?」

「……」

 

 冷静に仕事を終えたエヴァンジェリンとさらっと怖い事を言うディース。魔法を使ってから特に変化の見えない鎧を静かに取り囲むリュウ達。取り敢えず様子を見て待つ事数分。突如“ヴンッ!”と駆動音のような物が部屋一杯に響き、鎧の目に光が灯った。

 

「おはよう……と、マスターは言ってます」

「……?」

 

 頭部分を左右に動かし、いきなり喋りだしたその鎧。リュウ達全員の頭の上に、はてなマークが浮かぶ。

 

「…うしたんだい? と、マスターは言ってます」

「……ねぇその“マスター”って、あなたの名前なのー?」

「名前? いえ、マスターは、マスターですよ。うふふー…………笑う所合ってますか?」

「……」

 

 どうやら人格を宿す事については一応成功したらしい。しかし何だかちょっとおかしな態度を取る“鎧”。リュウ達がどうするべきかと困惑した顔で互いを見やった直後、またもや部屋一杯に音が響いた。今度は“ブツンッ”というまさに電源が切れたような音である。

 

「あれ?」

「おい、どうしたしっかりしねぇか、おい」

 

 ボッシュが近くで声を掛けてみたり、ペチペチと頭を叩いたりしたが、“鎧”はウンともスンとも言わない。

 

「……どうやら、まだ人格が定着しきっていないようだな」

「あー、なんか不安定な事になっちゃってるみたいね」

 

 そんな無責任な事を言うディースとエヴァンジェリン。その後魔法使い二人が改めて言うには、今の状態はAIと人格の間で接着剤が乾いていないような状況らしい。しばらくこのまま安静にしていれば、その内落ち着くのではないかという事だった。

 

「よし、まぁ取り敢えず成功は成功ってわけだなぁ」

「そうね。それじゃ、この子の名前を決めてあげましょー。私としては“ハニー”か“ぷかぎゅる”なんて良いと思うのだけどー」

「……」

 

 流石にこの寸胴な見た目に対してそのネーミングはどうだろう……と、その場に居たモモ以外は思ったとか。その後、軽く話し合った結果鎧が最初に名乗ったモノを名前にしよう、という事になった。が、しかしリュウがこの機械の本来の役割も名前に込めたいと言ったため、最終的に

 

“マ”ジで

“ス”ゴイ

“タ”ンサク

 マスィ“ー”ン

 

 を略した形での“マスター”という名前になったのだった。リュウは納得していたが、ハッキリ言ってそのネーミングセンスもどうかと思うボッシュである。

 

「はぁ~慣れない事したもんだから疲れたわー。部屋で休もっと」

「じゃあ、俺は小道具を作る続きしよっと」

 

 もう自分の仕事は終わったと部屋を出ていくリュウとディース。リュウは対“紅き翼”戦で必要になるかもわからない小道具の作成を。ディースはごろ寝する為。それぞれがモモの部屋から去っていく。そして鎧改めマスターの調整をボッシュとモモが行っていると……何故か、腕を組んだまま意味深にその作業をじっと見つめるエヴァンジェリン。

 

「おい」

「何ー?」

「この人形の武装はどうなっている」

「武装? まだほとんど実装してないわねー。一応構想はあるのだけれどー」

「武装かぁ。あの“盗賊の魂”の出力なら、結構なモンが出来ると思うけどなぁ」

「……そうか」

 

 二人の答えを聞いたエヴァンジェリンは、ニマァと彼女の十八番とも言える真っ黒凶悪な笑みを浮かべた。そしてモモ先生とボッシュ博士に、己が内に秘めていた腹案をぽつぽつと話し出す。

 

「……なるほどそいつぁいいなぁ」

「面白そうねー。それは是非搭載したいわ。やっぱり世の中火力よねー」

「そうだ。何事も最終的には火力が全てだ。貴様中々わかっているじゃないか」

 

 こうして、妙な方向で意気投合したモモ先生とエヴァンジェリン。超監督“闇の福音”監修の元、マスターに様々な特殊機能が付け加えられているという事を、リュウが知るのはもっと後になる。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。