炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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11:師

「……」

「何で……」

 

 何でヨムさんがここに居るのか。そう言い掛けて、リュウは止めた。何故このタイミングで。何故この場所に。まさか。湧水のように浮かんでくる想像を、リュウの頭はまだ認めようとしない。けれどそんな理性とは裏腹に、ヨム老人の紅い目を見た事による身体の反応は顕著だった。鼓動が早まり、汗が噴き出る。この感覚は、普通じゃない。

 

「みんな! 構えて!」

 

 リュウはヨム老人から目を逸らさず、後方に待機している仲間達へ向けて叫んだ。額から浮き出た汗が、頬を伝って滴り落ちる。リュウが言うまでもなく、仲間達は尋常でない空気が渦巻く今の状況に警戒していた。皆、薄々わかっている。あの老人が何なのか。

 

「……うぬらは……我が渇きを満たせるか」

「……!」

 

 ヨム老人の、声そのものが変わった。先程までの、しわがれた老人然としたものではない。ゾクッ、とリュウが背に感じたそれは、“殺意”。純然たる“殺意”が、小柄な老人から放たれている。動けない。動いたら殺られる。リュウは気付いた。この老人が放つ威圧感には、覚えがあると。そうこれは、あの神皇フォウルと同等か……いや、それ以上の……。

 

「ぐ……ご老人、どこから来たかは知らないが、ここは危ない。早く安全な場所へ……」

「! ば……やめ……!」

 

 カーンは、ヨムの気配の変化に気付いていなかった。リュウが止めようとするよりも早く、カーンの手がヨムの肩に置かれようとした瞬間、それは起きた。

 

「……無粋!」

 

 ――――閃光。

 

 ほんの、ほんの一瞬だった。瞬きよりも短く。まさに刹那と呼ぶに相応しい一瞬。その一瞬の閃光がリュウ達の目に届いた直後。……カーンは、地に伏していた。全身から、(おびただ)しい量の血を流して。

 

「……!!」

 

 一瞬千撃。リュウの頭にそんな言葉が浮かんだ。カーンの体の至る所に、先程自分の攻撃で与えた物とは違う、無数の傷跡が見受けられる。今の一瞬でこれほどの打撃を加えたというのか。全く見えなかった。

 

「あ……」

 

 倒れたカーンの前に、一人の男が佇んでいる。リュウ達に己の背中を見せ付けるように立つその者は、閃光が走る前までは確かに老人の姿だった。だが今は、違う。

 

「お……お前……は……」

 

 リュウはもう、確信した。やはり。この男が。ヨム老人の正体である、この存在こそが。

 この列島の、真の主――――

 

「我は」

 

 血のように紅く逆立った髪。巨大な数珠を首から下げ。

 

「拳を極めし者」

 

 肌の色は浅黒く。纏う道着は漆黒。

 

「うぬらの無力さ」

 

 瞳は紅く。滾るオーラは禍々しく強大。

 その背に浮かぶ、“天”の一文字。

 

「その身体で知れぃ!」

 

 膨れ上がる殺意。

 その姿、まさに……修羅。

 

「みんな、避け……!」

「滅殺!」

 

 豪!

 修羅の掌より放たれた強大な波動。全てを飲み込む、リュウのD-ブレスに酷似する力の奔流。凄まじい密度で放たれたそれは、リュウの立っていた箇所から後方全てを一挙に薙ぎ払った。地を削り、海を削り、空を削り、波動はどこまでも突き進む。

 

「! タペタさん! アースラさん!」

 

 直撃する寸前に脇へと逃れた時、リュウは見てしまった。光に飲まれる二人の仲間の姿を。一瞬の判断の遅れ。逃げ遅れたタペタとアースラは、修羅の放った波動を避けられなかったのだ。悲鳴をあげる間もなく、はるか後方にまで吹き飛ばされる二人。ボロクズのように転がって倒れたまま、動かなくなる。タペタとアースラ、戦闘不能。

 

「ちっ……冗談じゃ……ねぇ!」

「……斬る」

 

 俊足を誇るレイとサイアス。息を合わせ、左右に別れての同時攻撃。力の差がわからない訳ではない。恐怖が無い訳でもない。だが仲間がやられて尻尾を震わせて逃げるなど、言語道断。ならば殺られる前に、殺るしかない。波動を放ってから動きを見せない修羅へ。右手からレイが、左手からサイアスが。己の信じる得物を手に、その首を獲らんと刃を振り下ろ――――

 

「滅殺!」

 

 豪!

 修羅のそれは、天を貫く昇竜の如き拳であった。紫炎を纏い、空を切り裂く鬼の拳が、容赦なくその牙を剥いたのだ。直撃。攻撃態勢だった二人。かわす事、叶わず。

 

「うがぁ!?」

「!? ……ッ!」

 

 大きく弧を描いて宙を舞い、グシャァ、と、嫌な音と共に地に転がる。たった一撃。たったの一撃で、ここまで築き上げた全てをへし折られてしまった。レイとサイアス、戦闘不能。

 

「レイさん! サイアスさん!」

「リュウ! 前!」

「!!」

 

 レイとサイアスの危機にリュウが気を逸らしたその時。すでに修羅は、次の行動を起こしていた。リンプーの声に我に返ったリュウと仲間達の眼前。中空。両の掌をリュウ達へと向ける修羅。強大な力をそこに集中させて。

 

「天魔!」

 

 気弾の雨。……否、暴風雨。最初に撃った波動を戦艦の主砲に例えるなら、今度は秒間数百発のガトリング砲。一発一発が地面を抉り、クレーターを作る。降り注ぐ気弾に、隙間など在りはしない。恐ろしく正確に、リュウ達へと飛来する。

 

「うおおおお!」

「がああああ!」

 

 ランドとガーランド。巨体二人がその身を盾に、やらせはせぬと仲間を庇った。猛烈な気弾の暴風雨に晒され続けた末……猛威が止んだ後、リュウ達の中でも屈指のタフネスを誇る彼らは、ボロボロの無残な姿となってその身を地に横たえた。ランドとガーランド、戦闘不能。

 

「くっ……!」

「……」

 

 着地した修羅は変わらぬ殺意を放ち、リュウ達を見据えている。リュウ達がどう出るか、様子を見ているのだろう。今のは、時間にして十秒に満たなかった。たったそれだけの間に、大幅に力を上げた筈の仲間が六人倒された。これまでの比ではない。あれだけ苦戦した列島の魔物達が、生まれたての子猫であったかのようにさえ思えてくる。リュウは今、思い知らされていた。これが、これがフォウルのライバル、“拳を極めし者(ラグナライダー)”の力。

 

「逃げだ!」

 

 リュウは即断した。このままでは全滅だ。倒れている仲間はまだ息がある。見殺しにする訳にはいかない。だから、彼らを助けるにはこの場をどうにかして引くしかないのだ。……けれど、修羅がそれを易々と見逃してくれるとは、とても思えない。

 

「ボッシュ!」

 

 リュウは、相棒に念話を飛ばした。今即興で練った策を、念波に乗せて一方的に送りつける。飛んでくる内容を理解するごとに、苦虫を噛み潰したような険しい表情となるボッシュ。本当は、そんな策許容したくない。しかし、頷くしかない。今の状況ではそれが最善としか思えなかった。これは賭けだ。仲間達の命が助かる確率の一番高い賭けだ。それに乗るしかもう道はないと、ボッシュは腹を括った。

 

「皆は、倒れてるみんなを集めてボッシュの周りへ!」

「!?」

 

 リュウの周囲に残っているのはリンプー、モモ、ゼノ、ステン、リンの五人。逃げるというのはわかる。倒れている者を集めるというのもわかる。

 ……でも、どうやって?

 この修羅は、それを見逃してくれる程甘い相手ではない。そんな隙が、どこにあると言うのか。

 

「……」

 

 修羅は、リュウの判断の正確さに賞賛と……怒りを感じていた。成る程、正しい。この場で逃げの選択は全く正しい。

 だが、許さん。

 まさかこれほどあっさり負けを認める愚者であったとは。失望だ。どうやら期待はずれであった様だ。死合う価値もない。ならばこれ以上無様な姿を晒す前に、我が手で地獄へと葬り去る事こそが、せめてもの情け。

 

「逃さぬ! 恥を知れぃ!」

 

 修羅の放つ威圧が増す。凶暴なまでの殺意が辺りに渦巻く。リュウ以外、足が竦む程に。殺される。皆がそう感じた。しかしリュウだけはその殺意の渦中にあって、僅かに不敵な表情を浮かべて見せた。リュウは、フォウルと戦った事がある。だから、耐えられた。そして次に言うセリフ。それがリュウが皆の命を救えるかどうかの、一か八かの賭けになる。

 

「俺が、“フォウルと引き分けた事がある”って言ったら……信じてくれる?」

「……!」

 

 ……掛かった。修羅の動きが止まった。威圧が緩む。殺意が薄まる。千載一遇のチャンス。その僅かな緩みの隙に、リュウの仲間は一斉に動いた。震える足を無理矢理動かし、気絶した仲間達の元に素早く行って抱きかかえ、リュウから離れたボッシュの元に集まったのだ。その中にはカーンの姿もある。

 

(よし……!)

 

 一つ間違えば、動いた瞬間に標的にされていただろう。今の修羅の空気が緩んだ瞬間に合わせ、仲間が動いてくれるという確証もリュウにはなかった。だが、リュウは皆が動いてくれるはずと信じていた。皆も、リュウが逃げるための何かをするのだと信じていた。そしてやるべき時に、やるべき事をやった。リュウ達の信頼が、この結果に結び付いたのだ。

 

 ――すまねぇ相棒――

 ――いいよ。さっきの全部任したから――

 ――おうよ――

 

 策が成った事を確認したボッシュはそう念話で話し……

 

「デルダン!!」

 

 ダンジョン脱出の魔法を使った。リュウだけを、その場に残して。ぐにゃりと、ボッシュ達の周囲の空間が捻じ曲がる。リュウは、賭けに勝った。修羅の注意を自分に引き付けて、皆を逃がす事に成功したのだ。デルダンが機能した事は、兼ねてからの予想通りだ。何故ならデルダンは“途中で抜け出られない場所から一瞬で帰る”術。海からも空からも離脱不可能という列島の特殊な環境ならば、むしろ発動しない理由がない。

 

最強を求めし者(ペイルライダー)と、引き分けた……だと」

「……」

 

 修羅の目には、最早リュウのみしか映っていなかった。その後ろの、歪んだ空間の向こうに消えていく者達など、どうでもいい。フォウル……随分懐かしい名を聞いた。その名を知っている者が、只者である筈がない。引き分けたと言うのが真実だとしたら、一層の興味が湧く。

 

「……ならば、うぬが秘めし真なる力、見せてみよ!」

「……!」

 

 修羅は言う。リュウがフォウルと引き分けた力とやらを見せろと。それは即ち、修羅はリュウが変身するまでの時間を許してくれているという事だ。リュウは、素直にありがたいと思った。そして、気を引き締める。ここまでは上手くいった。咄嗟にしては上出来すぎる程だ。だがここからだ。ここからが、自分の勝負どころだ。

 

「……」

 

 リュウはボッシュに託していた。そして仲間を信じていた。きっと皆なら、もう一度ここへ来てくれる筈。だから、自分はそれまでに出来る事をする。みんなが来てくれるまでに自分は、目の前の修羅を、何としても――――。

 

「……」

 

 ……全く損だ。ああ損だ。仲間を守る。修行もする。両方やらなくっちゃぁならないのがリーダーの辛い所だ。全く損な役回りだ。……だが仕方ない。そうすると自分で決めたのだから、仕方がない。

 

 自嘲する心の声とは裏腹に、リュウの顔に我が身を嘆くような表情は一片たりとも浮かんでいなかった。そしてリュウは、自分の中へと意識を巡らせる。火柱にも似たオーラに包まれ、ドラゴナイズドフォームへと姿を変える。

 

「……!」

 

 修羅は、リュウに対する評価を改めた。

 一人で我と戦うつもりか。成る程、それだけの力もあるようだ。“最強を求めし者”と引き分けたと言うのも、あながち嘘ではないらしい。愚者と断じた先程の非礼は詫びよう。

 

「小童……名乗れ」

「…………リュウ」

 

 修羅は、久方ぶりの覚えるに値する者としてその名を心に留めた。ニィと口の端を吊り上げる。相手は名乗った。ならば自分も名乗る。それが修羅の知る、戦前の礼儀だから。

 

「我が真の名は、ドヴァーなり!」

「!」

 

 返答するように名乗り構えを取る修羅を見て、リュウは思った。少しは認められたのか。ならばついでにもう一つ。ここまで来たんだ。言うだけ言って、やるだけやる。怖い物なんて何も無い。毒を食らわば、皿まで。

 

「戦う前に一つ。……もしも俺が勝つか、俺が倒れるより前に俺の仲間がまたこの島に来る事が出来たら……あんたに、俺達の師匠になって貰う!」

「!」

 

 この者は、どこまで本気か。この島に来るのもやっとだった連中が。ほんの数分前に、我に完膚なきまでにやられて逃げた連中が、再びこの島へ来ると言うのか。しかも、その中で最も強者であろう、この小童抜きで。そんな事が起こり得るというのか。まるで子供の絵空事だ。

 

「……」

 

 だが、だからこそ面白い。いいだろう。我に向かい、そこまで言える気迫は見事なり。

 

「よかろう。だが――――」

「……」

 

 自らの願いが通った事に、僅かにリュウは安堵する。だが次の瞬間、ドヴァーの放つ殺意がさらに増した。張り詰めた空気が弾けたように感じ、リュウは気が遠くなりそうになる。

 

「我が滅殺の拳! うぬに耐えられるか!」

「……!」

 

 裂帛の気合いが当たりを染め上げ、空気そのものが熱を帯びていく。

 ……リュウは、溢れる龍の力を抑えない。そんな生易しい事を言っていたら殺される。最初から、全力。後の事は後で考えるしかない。皆を信じて、気力の続く限り。

 ……ドヴァーは、構えを崩さない。まさか“最強を求めし者”と同等の力を持つ者に出会うとは。待っていた。これぞ愉悦。我が望み。この者との死合いを、心行くまで堪能するのだ。

 

「……」

「……」

 

 二人の間に緊張が高まる。

 大地が揺れる。

 大気が震える。

 火山がそれに耐えきれないと嘆き、地上の至る所から蒸気が噴き出す。

 そして――――

 

「滅殺!」

「ヴィールヒ!」

 

 ――――二人の竜が、激突を開始した。

 

 

 

 

「う……」

「お、気が付いたみてぇだな」

 

 薄らと、瞼を持ち上げる。ムカつくくらいに青い空が、その眼に飛び込んでくる。ハッと思い、レイは身を起こした。周りにはまだ寝ている仲間が数名と、起きている仲間が数名。足元の白いフェレットが、訳知り顔で自分の顔を覗き込んでいる。

 

「……おい、ボッシュ、何がどう……」

「わかってる。全員目が覚めたら、全部話してやっからちっと待ってな」

「……」

 

 ボッシュはそう言うと、まだ寝ている面子の方に目を移した。そこまでで何も言えなくなったレイは、仕方なく自分の体の具合を確かめる。

 

 傷は……塞がっている。治癒の魔法か、薬草か。ここはどこだ。そう言えば見覚えがある。……チクア村の一角だ。俺が気を失ってから、どれくらい経った。……まだ日は高い。それほど時間は経ってない。……そういや、リュウが居ねぇ。リュウはどこに……。

 

 わからない事だらけだが、何となく察しはついた。きっとまた、自分はあの少年に命を救われたのだ。今すぐにでもレイはその事をボッシュに問い質したかったが、出来なかった。起きている面子も神妙な顔をして黙りこくり、妙な雰囲気が漂っている。全員起きたら話すと言ったボッシュの言葉を頭の中で反芻し、レイは座ったまま大人しく時間を過ごす事にした。

 

「う……」

「ん~……」

 

 タペタ、ランドが目を覚まし、続いてサイアス、アースラ、ガーランドが目を覚ます。彼らの体の傷も、既にチクア村で買った回復道具で癒し終えている。起きだした面々は、ほぼ感づいていた。あの状況でこうして全員無事で居るなど、どう考えてもあり得ない。この場に居ないリュウが、何かをしたのだ。明確な回答を得る為に、ボッシュの言葉を待つ。

 

「……」

 

 ボッシュは、全員の視線が自分に向いている事を確認し、重々しく口を開いた。

 

「今、あの島で相棒は……一人であのヤローの相手をしてる」

 

 誰も驚かなかった。やはり、という空気があった。ボッシュは特に気に留める様子はない。

 

「あのまんまだったら、確実に全員死んでたからよ。そういう意味じゃ、仕方なかったんだ」

「……」

 

 皆、黙っている。確かにその通りだ。また自分達はリュウの世話になってしまった。あの場を見ていたリンプー達も、気を失ったレイ達も、同じ気持ちがそこにあった。修羅への恐怖。殺意に竦み、役に立てなかった己への不甲斐なさ。粉々に打ち砕かれた自信。

 

「あたし達、何も出来なかった……」

 

 リンプーが、落ち込みながらそう告げる。普段の元気が、今は見る影も無い。

 

「私達は、ずっとリュウの足手纏いでしかないのでしょうか……」

 

 眼鏡の奥に悲しそうな色を浮かべて、ゼノもそれに続く。誰もそれを否定する言葉を発さない。暗く沈んだ雰囲気を、しかし振り払うようにボッシュは活を入れた。

 

「おいおい何暗くなってやがんだ。相棒がおめぇらを足手纏いだなんて一言でも言ったかっての。むしろ今、相棒は俺っち達が来るのを今か今かとあの島で待ってんだぜ?」

「……」

 

 ボッシュの言葉は、逆にメンバーからの不信を買った。待ってる? リュウが? 全く役に立てなかった自分達を? 一体何のために。そう思った者が大半であった。納得いかない表情の仲間達に小さく溜め息をついたボッシュは、仕方ねぇなと再び口を開く。

 

「……わかった。あん時、あのヤローと対峙した時、相棒が俺っちに、なんつったと思うね?」

「……」

「相棒はな、あのヤローを“説得”しておくからよろしく……っつったんだぜ?」

「!?」

 

 説得? あの修羅を説得? 何の事だ? 一体何を説得すると言うんだ? 皆の顔にはそう書かれていた。それを理解したボッシュは、さらに話を続ける。

 

「何を説得するんだ、って顔すんなよ。そりゃおめぇ、あのヤローに俺っち達全員の“師匠”になってくれってのに決まってんじゃねぇか」

「はぁ!?」

 

 リンプーは、思わず素っ頓狂な声をあげた。“正気か”とも思った。それはそこにいた全員の心の声を代弁したものだ。一体これで何度目だろうか。リュウの正気を疑うのは。

 

「ま、確かに何言ってんだって感じだがよ。相棒がやるっつって、出来なかった事が今まであったかね?」

「……」

 

 促され、仲間達はこれまでの事を思い返してみる。

 ……ない。

 いざという時、必ずリュウはどうにかしていた。こういう時に言った事は必ず実行していた。それを思いだし、皆理解した。……そうか。そうだった。じゃあもういい加減、疑うのはやめよう。リュウは本気だ。本気であの修羅を師にするつもりなんだ、と。誰もがその結論に達したと見て、ボッシュは少し真面目な顔をした。

 

「俺っち達ゃよ、あの列島を越えて強くなった。そりゃもうかなりのもんの筈だ」

「……」

 

 それは事実。今のレイやリンプー、タペタに至ってさえ、ここに挑む前の自分達とは比べ物にならないくらい強くなっているだろう。今更、改めて言われるまでも無い事だ。だがそれでも、とボッシュは続けた。

 

「だけどよ、想像してみてくれ。ナギッ子が……“紅き翼”がもしあの列島に挑んだとしたら、俺っち達ほど苦戦したかね?」

「……」

 

 そう言われて、皆言葉に詰まった。苦戦している姿が想像出来ない。あのナギならばあんな列島くらい、単独かつ無傷で突破していても何もおかしくない。自分達があれだけ苦戦したあの列島を、だ。

 

「……な? つまりまだそんだけ、俺っち達と“紅き翼”との間にゃ絶対的な差があるんだって、相棒は言ってたぜ」

「……」

 

 ボッシュはそう言って、自嘲気味にフッと笑った。リュウから託された話はもう少しオブラートに包んだものだったが、これくらい言っても問題ねぇだろ、と大雑把に自分の言葉に置き換えていた。

 

「だからよ、相棒抜きであの列島を越えんのは、まぁ言ってみりゃ最低ラインってヤツだな。んで相棒は、俺っち達ならそんなもん楽々クリアして、またあの島まで来てくれるって信じてんのさ」

「……」

 

 リュウは信じている。仲間達が、自分を信じてあの島まで来てくれると信じている。その後に、皆を次の段階へ進ませるために、あの修羅と戦っているのだ。そこまで考えて、仲間達は思った。

 

 全く、馬鹿だ。ああ馬鹿だ。どこが常識的だ。あれほど常識外れだと思った“紅き翼”のリーダーナギも、かくやという程に馬鹿じゃないか。……だけど、こうまで素直に信じられたら、こっちだって信じるしかないだろう。答えるしかないだろう。でなければ、“炎の吐息”の一員として、合わせる顔が無いではないか。

 

「……行きましょう」

「うむ。これ以上リュウに負担を掛けるのは忍びないからな」

 

 ゼノが、ガーランドが立ち上がった。その顔には、先程までの鬱屈とした表情は浮かんでいない。

 

「愉快だねぇ……ま、そういう事ならやるしかねぇな」

「ウキャキャ。そんじゃーおいらもたまには頑張っちゃおうかね」

「お……同じく……」

 

 レイが、ステンが、サイアスが立ち上がった。ぐっ、とその足取りには今まで以上の力強さを感じさせて。

 

「はぁ……俺達、大変なリーダーに付いてきちまったみたいだな」

「全くだね。でもそう言うアンタだって、行かないってわけじゃないんだろ?」

「……まぁな」

 

 立ち上がり、ニヤリと笑うリン。同じく立ち上がったランドは、照れ臭そうにそっぽを向いている。

 

「ワタクシ、ムッシュ・リュウの為にお腹一杯のご馳走用意していくのですね」

「心意気は買うが、貴様には絶っっっっ対に料理はさせんからな」

「それなら私が代わりに何か作るわねー。爆弾とかでいいかしら?」

 

 言いながらタペタとアースラ、モモも立ち上がる。アースラがチャキッと銃に手を掛けてタペタを脅し、タペタは「何故ですね!?」と嘆いているのだが、スルー。

 

「そっか……よっし! じゃあ、みんなでとっととリュウの所へ行こう!」

「おうともよ。待ってな相棒!」

 

 リンプーがいつもの元気を取り戻して立ち上がり、そして最後に、ボッシュが立ちあがった。リュウの仲間は皆、再び列島を越える決意をした。自分達のリーダーを、リュウを信じて。

 

 

 

 

 リュウの仲間達は、再びココン・ホ列島へと足を踏み入れた。士気高く、出てくる相手の弱点を把握し、地力も最初より上がっている彼らにとって、リュウ抜きと言えど最早列島の魔物は物の数ではなかった。

 

 岩石魔物を粉砕し、三つ首魔物をぶっ飛ばし、グミのオウを蜂の巣にし、集結した魔物どもを力でねじ伏せる。前回以上に一丸となった結果、驚くべきスピードで四十九の島を踏破することに成功する。所要時間、僅か二日。

 

 道中、魔法の訓練をしていた幾人かが弱い治癒の術を使えるようになった。だがチクア村で購入した回復道具は早々に使い切り、最終的にはやはり傷だらけとなった炎の吐息の面々。それでも、彼らは到着した。リュウ抜き。僅か二日という短期間で、再び獄炎島へと到着したのだ。

 

「こ、こいつぁ……」

「何……ここ……ここが本当にあの島なの……」

 

 そして彼らは、その光景に絶句した。ある程度予想してはいたが、それでも想像以上に獄炎島の環境が一変していたのだ。

 

 大地には深い地割れが幾重にも走り、点在していた泉は全て干上がってみすぼらしい姿を晒している。僅かにあった植物は一切がその姿を消し、火山に至っては火口の縁がボロボロに欠け、中腹に抉られたような大穴が幾つも開いている。まるで地獄。島がその全貌を保っているのが、不思議なくらいに思える惨状だった。

 

「滅殺!」

「ウゥオオォォォッ!」

「!」

 

 空中でチカチカと光る、赤い何かをボッシュ達は捉えた。それが二人の修羅であると理解するのに、時間はかからなかった。

 

「相棒!」

 

 リュウとドヴァーは、二日の間休む事なく闘い続けていた。今もまだ、闘いは続いている。リュウが拳をドヴァーの頬に叩き込めば、ドヴァーの肘がリュウの顎を捉える。ドヴァーが螺旋を描く蹴りの乱舞を放てば、リュウは爪の連打でそれを真っ向から相殺する。

 

 熾烈。

 

 まるで今始めたとしか思えない動きで、二人は拳を交え続けていた。紛れもないバケモノ同士。この“拳を極めし者”が、かつてフォウルと世界を二分して争ったという話が、ボッシュの脳裏に思い起こされる。それは決して誇張ではないと、この光景を見れば誰もが確信するだろう。そして、それと拮抗する相棒のデタラメさに、改めて驚いていた。

 

「相棒! 来たぜ! 相棒!」

 

 ボッシュが空中で激突する光に向け、声を荒げる。

 二人は、闘いを止めない。……聞こえていない。

 

「ウゥォォォォ!!」

 

 ――――リュウは、限界だった。長く変身を解かずにいた為、ドラゴンズ・ティアの効果も最早薄れている。変身している間、今まで感じていた“使いたくない気持ち”がどんどん増していき、一日目を過ぎた辺りで現れた激しい破壊衝動。さらにドラゴナイズドの体にさえ容赦なくダメージを与えてくる、ドヴァーの猛攻にも耐えながら。

 

 皮肉にも、リュウはその半暴走とも言える状態のおかげで今もドヴァーと戦えてはいる。しかし心身ともにもう限界だった。きっともうすぐ。もうすぐ皆が来るはず。そんな仲間への信頼が、最後の一線をギリギリの所で耐えさせていた。

 

「ヌゥアアアッ!!」

 

 ――――ドヴァーは満足し、そしてそれ以上に飢えていた。この小童は、拳を交えるごとに激しく力を増して来ている。まさか今の世にこれほどの相手が居るとは思いもしなかった。これだ。この気の昂り。久しく味わえなかった高揚感。我が求めていたのはこれなのだ。もっとだ。もっと。我を楽しませよ。どちらかが、死そうとも。

 

「ウオォア!」

「ヌゥリァ!」

 

 二人の激突は止まらない。ドヴァーが地に拳を打ち込み、リュウ目掛けて天高く波動を噴出させる。それに対しリュウは空に手を掲げ、上空から極大の雷の柱を何本もドヴァーへ落とす。……苛烈さは、増していくばかりだった。

 

「おい! みんな叫べ! 相棒に俺っち達が来た事を知らせるんだよ!」

「!」

 

 念話を送っても反応が無い。ボッシュには、リュウが暴走しかけているという事がわかった。だがこうなった時の対処法なんて知らない。出来る事と言ったらただ単純に、ひたすらに、名前を呼びかける事。リュウを信じて、気付かせるくらいしかない。

 

「相棒!」

「リュウ!!」

 

 各々が、空に向けて大声を出す。ここまで来たぞと声を張る。喉を潰す程の勢いで。ありったけの大音量で。爆音に掻き消されようと、付近に流れ弾が着弾して吹き飛ばされようと、声を出す事を止めようとはしない。そして、その声は……届いた。

 

「ウ……」

「天衝!」

「!」

 

 一瞬だけ、リュウの動きが鈍った。それと同時にドヴァーの渾身の蹴りが、リュウの鳩尾に食い込んだ。強烈な痛みが、リュウの全身を駆け巡る。

 ――――今のは……聞こえた。確かに。

 襲い来る破壊衝動。そして痛みと戦いながら、リュウは声の聞こえた方向に目だけを動かした。

 ――――ああ、居た。みんなだ。やっぱり、来てくれた。

 

 蹴りの勢いで激しく地面に激突したリュウ。気力を振り絞ってよろよろと起き上がると、かろうじて残っている意思と全神経を集中させ、変身を解いた。その途端、どっと凄まじい疲労感が襲ってくる。竜変身の時よりも、今は何倍も酷い。さらに痛みが全身を支配して、すでに感覚が無くなっている。指一本動かせない。気を抜かなくても、倒れる事しか出来な――――

 

「リュウ!!」

「相棒!」

 

 仲間達が駆け寄り、今にも倒れる所だったリュウの体をしっかりと支えた。……何とか、助かった。ホント、持つべき物は仲間だ。心底リュウはそう思った。でも、まだ意識を失う訳にはいかない。コイツに、ドヴァーに明確な了承を得るまでは。支えてくれる仲間に全体重を預けながら、リュウは必死に顔を動かした。自分達の目前に降り立ち、じっと睨み続けているドヴァーに向け、掠れた声を絞り出す。

 

「……俺……の……勝ち……で…………」

「……」

 

 ドヴァーは考える。

 ここで終りか。口惜しい。だが約束を違えるは恥。我が言に、二言は無い。

 ……いいだろう。

 どうやらこの連中、思ったよりは骨があるらしい。この者も含め、成長を見るというのも中々に心躍る。我が力に耐え得る強者を自ら育てる。それもまた、一興よ。

 

「よかろう……我が極意、しかと継いで見せよ!」

「!」

 

 仲間達は驚いた。まさか本当に、この修羅を説き伏せるなんて。尋常じゃないこの相手とずっと闘い続けていた事といい……うちのリーダーは、とんでもなさ過ぎる。そんな呆れにも似た尊敬の念を一身に浴びるリュウ。仲間達の腕の中で、身動き一つしない。

 

「お、おい……相棒?」

「リュウ? ……リュウってば!」

 

 声を上げ、揺すってみてもリュウの反応は無い。まさか、力尽きて……? と皆が一瞬青くなった所で……

 

「……zzz……zzz……」

 

 ……静かな寝息が、聞こえてきていた。

 

「眠って……いるようですね」

「……焦らせんなよこの野郎……」

 

 ドヴァーの答えを聞いた瞬間、リュウの緊張の糸はぷつりと切れていた。仲間達に囲まれた事で、安心しきったのだろう。健やかな寝息を立てながら、リュウは先程までドヴァーと互角に戦っていたとはとても思えない、あどけない寝顔を晒しているのだった。

 

 こうして、リュウ達は“拳を極めし者”ドヴァーという強力な師を得て、文字通り必死の修行を行う事になる。“紅き翼”との全面対決まで、あと一ヶ月と少し……。

 

 

 

 続く


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