炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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10:挑戦

 一日目。

 

「ねぇリュウ、これって魔物……なの? なんか可愛いんだけど」

「……」

 

 困ったようなリンプーの問いに、リュウは答えられない。何故ならリュウにもそれが魔物かどうか判断できなかったからだ。ハッキリ言って拍子抜けだった。どれほどの魔物が潜んでいるのかと気を張っていたのに、蓋を開けてみればこれである。強力な魔物が住み着いているとヨム老人から聞いていたココン・ホ列島。その最初の島へと踏み込んだリュウ達を出迎えたのは、巨大なトカゲの親玉でもなければ、発達した四肢や強靭な角を持った魔獣でもなかった。

 

 それは、小さな鳥のような生物だった。

 

 大きさはリュウの膝までくらい。紺色の毛むくじゃらで人懐こく、何より大人しい。犬をあやす様に手を出せば、何かを期待したように寄ってきてふんふんと鼻を近づける。魔力は感じられず、力も一般の動物と大差ない。正直、可愛い。リンプーが無警戒にあやしているのを見て、メンバー達の一部は緊張を解き、ほっと大きく息を吐いていた。

 

「何だよ……これのどこがつえぇ魔物だってんだ?」

「油断するな貴様ら。ひょっとしたらとてつもない力を持っているやも……」

「……これでか?」

「おーう、ワタクシ一匹持って帰りたいのですねー」

「……」

 

 肩を竦めるレイと、注意を促し警戒を解こうとしないアースラ。そんな二人の前には、既に周囲を鳥らしき生物に囲まれて、とても楽しそうにしているタペタの姿がある。ほろっくほろっくと可愛く喉を鳴らす鳥達の姿には、どこにも危険を感じる要素はない。

 

「か……可愛……い」

「ふむ……最初の島だ。こんなものなのだろう」

 

 リンプーやタペタと同じく鳥を頭に乗せて和んでいるサイアス。腕を組んで観察し、冷静に意見を述べるガーランド。しばらく様子を見ていたが、どうやらこの島にはこの鳥らしき生物の他に魔物は居ないようだ。リーダーとして警戒を続けていたリュウは、皆に声を掛けた。

 

「ガーランドさんの言う通り、危険は無いみたいです。ここはとっとと次の島へ行くとしましょう」

 

 島は全部で五十もある。修行にもならなそうだし、ゆっくりしてはいられない。リュウは心の中で「最初がザコとは何と言うセオリー通りな……」という突っ込みを入れた後、皆で次の島へと向かう事にした。鳥達を避けて、島の中央部分にある茂った林の中を真っ直ぐに突っ切っていく。やけに纏わり付いてくる鳥達を気遣うのも一苦労だ。

 

「おっといけね」

 

 そんな中、ランドが不意に一羽の鳥を蹴飛ばしてしまった。体の大きい彼は、どうしても足元の注意が疎かになる。足が当たる直前に気付き、勢いを緩めたのがせめてもの抵抗だ。

 

「すまねぇ」

 

 言葉が理解できるとは思えないが、蹴飛ばした鳥にランドは謝る。だがその時、蹴られた鳥はけたたましく鳴きだした。連鎖するように、周囲に居た鳥達も一斉に鳴きだす。ぴーぴーと、非常に耳に障る鳴き声だ。

 

「お、おいおいどうしたのさ……」

「何? 何なのー?」

 

 混乱するステンに、おろおろするモモ。周囲の鳥達は、鳴き喚くのを止めそうもない。嫌な予感を覚えたリュウは、足を早く進めるようにメンバー達に声を掛けた。誰ともなく、林の中を走りだす。

 

「ふぅ……何とか抜けた……」

 

 林を抜けると、入って来た時と同じような砂浜がまた広がっている。そしてその向こうに、浅瀬の海と次の島が見えていた。いつの間にかあの鳴き喚いていた鳥達は居なくなっている。とにかく、何も起こらない内にさっさと次の島へ行こうとして……先頭のリュウは足を止めた。

 

「!」

 

 一羽。先程の鳥達よりも二回り程大きな鳥が、砂浜の上でリュウ達の行く手を遮っていた。リュウの背と同じくらいの大きさ。紺色の毛むくじゃらなのは変わらないが、胸の辺りだけがブーメランのような形で白い。

 

「……」

「……」

 

 リュウは直感した。これは恐らく、さっきの鳥達の親か何かだろう。鳴き声に反応して現れたという所か。という事は、危害を加えてしまった自分達相手に、やる気だろうか……? あくまで念の為、リュウは“剛剣”マンジカブラをドラゴンズ・ティアから取り出して抜刀。一歩、二歩。間合いを詰めてみる。鳥は、動かない。

 

「……」

「……」

 

 視線だけはリュウとずっと合ったままだ。しかし表情は無く、何をしてくる気配もない。その為、リュウは自分から手を出す気にはなれなかった。何もしてこないならまぁ、別にいい。

 

「……」

「……無駄に煽らない様、少し遠回り気味に行きましょう」

 

 ここは最初の島だ。この鳥が何かはわからないが、もし何かしたとしてもそんなに大事にはならない筈。それに見た目は可愛いから、いきなり斬りかかるのも気が引ける。そんな思いを抱きつつ、リュウ達がその脇を通ろうとして、鳥の真横に来た瞬間。

 

 ……鳥は、魔法を放った。

 

「!?」

 

 曇る空。轟く雷鳴。リュウ達の頭上に降り注ぐ数多の雷。……油断。最初の島だから弱い魔物が住む、というのはリュウ達の完全な思い込みであった。何故なら鳥が放った魔法は“千の雷”。雷系魔法の中でも最上級の攻撃魔法だったからだ。

 

「うおおおお!?」

「きゃーー!!」

 

 想定外の攻撃に、リュウ達の足並みは乱れた。空気を弾け散らし、落ちて来る雷は執拗にリュウ達を狙い続ける。放った鳥は今ので魔力を使ったせいだろうか、その場から動いていない。かろうじて雷の直撃を避けたリュウは、即座に反転して鳥目掛けて距離を詰める。そして刃を返した剛剣の峰で、棒立ちの鳥を強烈に打ち据えた。一撃で気絶した鳥はクッションのように砂浜を転がり、大荒れになっていた空模様は、一転して青を取り戻していた。

 

「ふう」

 

 ヒヤリとした冷たい汗をぬぐい、後ろを振り向くリュウ。メンバーの半分程が、雷により大きなダメージを受けているらしい。危うく初っ端から全滅する所だった。正直言って、えげつない。最初の島でいきなりこれとは。認識が甘かった。回復道具の薬草や元気玉には限りがあるので、ここはリュウの治癒魔法を使い、回復を図る。

 

「すまんな」

「いえ。それより、皆もう大丈夫ですか?」

「何とか。しかしどうやらこの列島は、一筋縄では行きそうもないようですね」

「……」

 

 ガーランドやゼノも、自分達の甘さを痛感しているらしい。ここから先は、今まで以上に気を引き締める必要があるだろう。ココン・ホ列島の洗礼を浴びたリュウ達は緊張を取り戻して、次の島へと足を進めていった。

 

 

 

 

 その日リュウ達は、十番目の島まで攻略した所で夜を迎えた。ゴブリンのような容姿で知性の低い魔物や、体だけ大きな一つ目の化物など。最初の島以外は力押しの魔物が多く生息していた。正面からのゴリ押しならば、リュウ達も負けはしない。まずは危なげなく攻略する事が出来、日が落ちたので大事を取って休む事にしたのだ。

 

「相棒、今日は妙に大人しかったじゃねぇか」

「いや、全部俺が出しゃばったら皆の修業にならないからね」

 

 ちょっと上から目線な言い方だが、リュウは最初の鳥以外、極力敵には手を出さず後方支援に努めていた。補助魔法や回復魔法だけを使い、徹底的なサポートに回ったのだ。理由は味方の戦力を少しでも鍛える為。勿論皆で手に負えない相手が出てきたら参戦するつもりだが、自分の修業も考えて極力“変身”は封印するのが基本だ。そして二日目。夜を明かしたリュウ達は、朝早くから列島の攻略を再開した。それぞれの島に住む魔物の構成は、徐々に苛烈になっていく……。

 

 十二番目の島。

 そこでは巨大な岩石のような魔物がごろごろしていた。近付いても、攻撃を加えても動かない。道を遮る巨岩は非常に邪魔だったため、一掃しようとアースラがそれらに向け、魔法の射手・火の矢を放つ。すると岩石魔物は動き出し、大噴火を起こして火山岩を撒き散らし始めた。

 

「な、何だこいつらは!」

「マズイな。どうやら火は大好物だったらしいぞ」

 

 焦るアースラにガーランドが冷静な分析結果を告げる。撒かれた火山岩を浴び、連鎖的に動き出す他の岩石魔物達。火属性の攻撃を受けると動きだす、という事に気付いた時には遅かった。降り止まない火山岩の雨がリュウ達を襲い続ける。再び壊滅の危機に陥りそうになったが、そこでチームの最大戦力であるリュウが最前線で奮闘。ギリギリの所で制圧に成功した。

 

 十八番目の島。

 ドロドロのマグマを人の形に固めたような魔物がうようよ居た。明らかに火属性の攻撃を吸収しそうな見た目だ。今度は絶対火系の攻撃はしないと決めてかかるリュウ達。だがその作戦を嘲笑うように、魔物達は縄張りに侵入したリュウ達を敵と判断すると、自分達同士互いに炎の魔法を掛けあいだした。

 

「硬い……!!」

「ちっ、見た目にゃ寄らねぇって事かよ……!」

 

 リンの銃撃でも、レイの斬撃でもダメージを与えられない程に強固になってしまったマグマ人形達。互いに炎の魔法を吸収し合った事で、攻撃力、防御力、素早さが極限までパワーアップしていたのだ。またしてもリュウ達は半壊の憂き目に会い、最後はリュウが炎以外の竜召喚を使い果たして、なんとか突破に成功する。気が付けば既に、辺りは暗闇に支配されていた。

 

 三日目。ここからはサポート等と言ってはおれず、リュウも積極的に戦闘に参加していた。さらに、ボッシュの魔法すらも戦力として数える事に。そうしなければならない程、生息する魔物達は強くなっていたのだ。

 

 二十五番目の島。

 生息していたのはまずハエの魔物。次に鳥の頭だけが分離した様な見た目の魔物。そしてグミのような胴体の上に、目玉らしきものがポヨンポヨンと跳ねている魔物の計三種。今更、こんなザコ然とした魔物に負けるはずがない。リュウ達はそう思っただろう。ここがココン・ホ列島という特殊な環境でなければ。

 

「で……」

「でけぇな。こんなでけぇ魔物は初めて見たぜ……」

 

 呆気に取られるステンとランド。リュウ達の誰一人として、魔物をザコだなどと見下せる者はいなかった。そこにいる全ての魔物は、巨大だったのだ。一体一体が十メートルはあろうかという大きさを誇っている。敵は妙な小細工を用いる事はなく、純粋にその重量で押し潰しに来るのだ。リュウ達は全力を振り絞り、一匹ずつ確実に殲滅していった。

 

 二十九番目の島。

 以前にゼノ達が探し求めたという魔物、体が金で出来た“カナクイ”の最上位種が、そこには大量に生息していた。

 

「何て早さだよ……!」

「全然当たらないわねー」

 

 リュウですら舌を巻く速度で動き回るカナクイ達に、モモが適当に撃つバズーカが当たる訳もない。早さを捉える修行とついでに金にもなるからと、リュウ達は倒そうと躍起になる。がしかし、本当に素早い。滅多な事では攻撃が当たらない。ようやく全てを倒した頃には、とうの昔に日が暮れていた。

 

「……」

「相棒、口数が少なくなってきたな」

 

 四日目。列島も後半に入り、生息する魔物の強さも常軌を逸したレベルになっていく。一つの島を越える毎に、リュウ達は幾度もの回復魔法と大量の道具を消費していた。

 

 三十三番目の島。

 三つ首の食虫植物、同じく三つ首のトカゲ、そしてケルベロスのような三つ首の狼。その島は三種の三つ首魔物達が支配している島だった。

 

「おーう、ワタクシでもそんなに遅い攻撃には当たらないのですね」

「愉快だねぇ……避けたと思ったが後ろにもいやが…………!?!」

 

 三つ首のトカゲが、それぞれの頭から三種の魔法を放つ。リュウ達がそれをかわすと、背後に忍び寄っていた食虫植物と狼が、その魔法の魔力を吸収して力を上げる。まさに無駄のないコンビネーションだ。こいつらには魔法そのものが通用しないらしい。そうとわかるとリュウ達は補助魔法を駆使し、斬撃、打撃、銃撃を中心に攻め立てていく。的確な連携プレーを取る魔物達との一進一退の攻防の末、最後に立っていたのはリュウ達であった。

 

 四十番目の島。

 その島にはそれまでのように、雑多な魔物が大量に存在する、という事はなかった。ミノタウロスのような化け物。一目で強敵とわかる魔物が、たった一体で待ち受けていたのだ。

 

「っ!?」

「馬鹿な、攻撃が効かんだと……!」

 

 サイアスの居合が弾き返され、アースラの銃弾も通じない。まず、化物には攻撃が一切効かなかった。見た事もない強固な魔法障壁が幾重にも展開されていたからだ。そして振り回す斧の威力も尋常ではない。攻守共に隙の無い相手だった。だからリュウ達は力を合わせた。相手の攻撃が終わった直後の隙に、全員で持てる力を一点に集中。息も付かせぬ怒涛の連続攻撃を浴びせ続けた果てに、障壁を突破して撃破する。時刻は既に夜を指し示していた。

 

 五日目。残る島の数は十。あと少し。ここまで来たら、絶対に獄炎島に到着してやる。リュウ達は団結し、気勢を上げる。

 

 四十五番目の島。

 あの本体の上で目玉が跳ねる、グミのような魔物が集団で現れた。今度は特に大きくはない。リュウ達にもまるで関心を示さず、攻撃をしてくる気配もない。これ幸いと、リュウ達は相手にせずに通り過ぎようとする。

 

「よっと……何だこりゃ……“青りんご”か?」

 

 だがすれ違い様、手癖の良くないレイが何もしてこないグミの持っていた青りんごを掠め取った瞬間、環境が激変した。突如としてリュウ達を炎が、吹雪が、竜巻が襲ったのだ。グミは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の虎人どもを除かねばならぬと決意した。グミは、グミの中の王であった。盗みに対して、とても敏感だった。こうしてリュウ達はグミのオウの集団と死力を尽くした全面対決を繰り広げ、辛くも勝利をもぎ取った。

 

 四十九番目の島。

 

「おいおいこりゃあ……」

「オールスターってやつかい」

 

 ステンの呟きにリンが同意する。最初の島に居たゴブリンのような魔物の最上位種。カナクイの最上位種。グミのオウ。三つ首の狼。ミノタウロスの化け物。巨大なハエ。それまで苦戦した全ての魔物が、一同に集結していた。まるで今まで倒された魔物の怨念を晴らすかのように、リュウ達に襲い掛かる。だが、リュウ達もここまでの経験で力を上げている。それに相手の攻略法もわかっている。負ける要素は無いはず。死闘は夜中まで続き、リュウ達は、勝ち残った。

 

 

 

 

 六日目。何度も全滅の危機に瀕しながら、とうとう最後の獄炎島へとリュウ達は到達した。この先にあるのは天国などではない。伝説を信じるなら、古来より強者を待ち望む古龍が住んでいるはずである。言ってみれば、ようやくスタートラインに立ったに過ぎない。

 

「私達ボロボロよねー」

「まぁでも、何とかなりますよ」

 

 とうの昔に回復道具は底をついている。もしも古龍と出会って戦いを挑まれたら、自分達は勝てるだろうか。そんな不安は勿論ある。だが列島を踏破して得た莫大な経験、そして文字通り苦楽を共にした仲間達との絆。その二つが、リュウ達にとって大きな自信になっていた。皆で挑めば、きっと負けない。思いを一つに、その最後の島に足を踏み入れた。

 

「これは……」

 

 むき出しの土くれ。所々に沸き立つ泉のような物が点在している。火山の熱で沸騰しているのだろう。霧のように湯気が漂っていて視界が悪い。そして、只ならぬ気配が辺りに充満している。気配の正体は掴めないが、何者かが奥に居るのは確かなようだ。リュウを先頭に、周囲を警戒しながら歩みを進める一行。

 

「!!」

 

 湯気の漂う大きく開けた場所に出て、リュウ達は足を止めた。中央に、何かが居る。背を向けているらしく、湯気のせいで未だ正体がハッキリしない。全員が武器を取り出し、構えた。あれが伝説の古龍だろうか。いきなり襲い掛かるか。いや、ここは正々堂々と戦いを挑むべきだ。不意を突いて勝っても意味が無い。意を決してリュウが声を掛けようとしたその時――――ソレは、振りかえった。

 

「よくぞ来た! 強者達よ!」

 

 服など要らぬと上半身! 炎天下の下曝け出された見事なマッソゥ! 照りつける太陽光線を真っ向から跳ね返す、眩しすぎるヘッド! 全身から匂い立つ漢剥き出しの暑苦しさ! その振るまいたるや堂々の仁王立ち……! 

 

 彼こそ列強犇めくココン・ホ列島の主!

 圧倒的な存在感でお送りするヲトコの中のヲトコ!

 

「天知る地知る人が知る! 我こそは全世界最強の漢! ラ・カー……」

「魔法の射手・連弾・氷の443矢!!」

「ぬわーーーー!?」

 

 危なかった。どうやら幻覚に幻聴を患ってしまったようだ。俺も少し疲れているらしい。リュウは今のをなかった事にした。考えるより早く半ば条件反射的に氷の矢を放ち、そこに居た“何か”を存在した事実ごと抹消したのだ。魔法の矢は間違いなくその何かに直撃。待ち受けていたのが“ソレ”という最悪の事態だけは阻止する事に成功した。……かに思われた。

 

「ムゥゥゥン! 何のこれしきぃぃい!!」

「!?」

 

 だがまさかのどんでん返し。“何か”は全身からむわっと発するオーラで、自らに殺到する氷の矢をぶつかる直前で全て蒸発させたのだ。予想外の展開に、思わずしっかりと前を見てしまったリュウ。三秒も耐えられずに目を逸らす。しかし最早手遅れ。そこに居るのは幻覚等と言う生易しいモノではない。

 

「……」

「ふふん、誰かと思えば貴様か。やはり貴様ら“紅き翼”は、このラ・カーンが打ち倒さねばならない壁であるようだな!」

 

 こんがりと小麦色に焼けたヤツのマッソゥが、リュウの網膜に焼きついてしまって離れない。だからリュウは諦めた。試合終了。思い切り顔を引き攣らせながら、脳裏に浮かんだのはこの列島に来る前のヨム老人の言葉。

 

「……そう言えば……ここに挑んだ男が一人居て帰って来てないってヨムさんが言ってたような……まさか……お前が……?」

「ほぉう、良く知っているな! その問いにはYESと答えてやろう!」

「…………で、伝説の古龍……は……?」

「ぬふぅん! 見てわからんか! この島にはこれこの通り何もおらぬわ!!」

「……」

 

 リュウが絞り出すような震える声で尋ねると、カーンの暑苦しい顔から暑苦しい答えが紡ぎ出された。つい先程、島に入る時に仲間達と確認し合った決意やら何やらが、何かもースゴイ勢いでガラガラと崩れ去っていく。史上最悪の台無し魔人、ここに見参。

 

「ふっ、だが案ずる事は無いぞ! お前達はこの俺という、新たな伝説誕生の瞬間を! その目で見ることが出来るのだからなぁ! ふん! ぬおああああああああああ!!」

 

 カーンのふいうち!

 カーンは雄叫びをあげながら見事なマッスルポーズを放った!

 気温が上がった。

 湿度が上がった。

 不快指数がぐーんと上がった。

 

「げふぅっ」

 

 リュウの精神に500のダメージ!

 

「思い起こせば幾星霜……貴様に負け……師匠に捨てられ……一条の光すら注さぬ地獄のような日々。……だが! 神は俺を見捨ててはいなかった! これこそ運命(さだめ)よ! さぁ我が好敵手! 今日こそお前と俺との、決着を着けようではないか! ぬん! はぁぁぁぁぁ!!」

 

 再びカーンの攻撃!

 カーンは雄叫びをあげながら会心のマッスルポーズを見せつけた!

 

「ぐふぁっ」

 

 クリティカル!

 リュウの精神に9999のダメージ!

 戦う前から満身創痍だ!

 

(ないない。これはないよ。あり得ないよ。ナニコレ。苦労してここまで辿りついた結果がコレ? いやいやそりゃないでしょいくらなんでもさ。空気とかさ、読もうよホラ。ていうか俺っていつからコイツの好敵手になったの? ねぇちょっと誰か。教えてくれない? ねぇもうホントさ……勘弁してください……)

 

 朦朧とする意識をギリギリで保ち、がくりと地面に手を付いて落ち込むリュウ。その目からは、キラリと輝く心の雫が数滴滑り落ちた。だがその後、沸々と心に湧いてくる。それは怒りだ。リュウは無意識にガンとばしを発動しながら立ち上がると、この今までで一番の理不尽を、思いっきりぶっ飛ばす事に決めた。

 

「魔法の射手・連弾・氷の499矢!」

 

 この列島にてさらに鍛えられた氷の矢。基本魔法とは言え、その威力は大幅に上がっている。並大抵の相手ならば十分過ぎる破壊力だ。最早カーンが針山の様に串刺しになる未来しか見えない。

 

「甘い甘いぞぉぉぉ! ンンンンファイィィヤーーーー!!!」

「!?」

 

 だがそこで、何と驚くべき事にカーンの顔から火が発生した。より正確には力んだ“目”から火炎放射の如く炎が発射されたのだ。正真正銘、汚物は消毒だーと言わんばかりの炎だ。それは次々と氷の矢を掻き消していく。何と言う暑苦しい顔面ファイヤー。一体どうやれば生身の人間が、目から火を吐く荒技を身に付けられるというのだろう。色々と突っ込み所が満載だが、しかし炎は着実にリュウの目前へと迫っている。

 

「おわぁ!?」

「ぬぅ、かわしたか! ならば次はこれだ! くらぇぇぇい!」

「!?」

 

 火炎放射をかわしたリュウへ、カーンは激しく跳躍する。そして天高く舞い上がると眩しく照らす太陽を背にし、そのまま急降下。テッカテカの肉体を直接浴びせるべくフライングボディプレスを敢行したのだ。なんという恐ろしい、本気で嫌過ぎる一撃であろうか。直撃しようものなら再起不能(精神的に)は確実だ。

 

「ぎゃーーーー!!」

「まだまだぁ!」

 

 リュウが避ける! カーンが跳ぶ! ボディプレス! 何度も何度も繰り返される身の毛もよだつ恐るべきワルツ。少年に上から襲いかかる半裸の筋肉男という絵的にアウトなこの光景。しかしリュウはカーンに触りたくない故か、一心不乱に逃げまくる。中々当たらない事が、むしろますます彼の心に火を付けた。

 

「おのれ小癪な、ならば妙技! カーン・ダイナミィィィィック!!」

「!?」

 

 掛け声一発! 飛び散る汗! 跳躍してボディプレスの姿勢になったカーンはそのまま、ヘリコプターの如く全身を回転させて謎の上昇気流を身に纏いだした。そして運動エネルギーを的確にコントロールし、何とラジコンモジュールの如くリュウを追尾し始めたのだ。まさに悪夢。周囲の気温を上げまくり、カーンの筋肉が舞い踊る。

 

「いやーーーーーー!」

「ぬわーはっはっは!」

 

 逃げるリュウも、これには認識を改めざるを得ない。流石にココン・ホ列島をここまで自力で突破したという事なのであろう。ヤツは、今までのカーンとは一味も二味も違う。物凄くその力が進化している。それも凄く嫌な方向に!

 

 余談だがカーンはリュウだけを標的に絞っている。そしてリュウの仲間達もまた、一切手を出さず傍観を決め込んでいた。何故か? そこには培ってきた信頼があるからだ。リュウならば一人でも大丈夫だと。そう、皆がリーダーの力を信じているが故なのだ。決して“アレとは関わりたくないなー”、等と思って距離を取っている訳ではないのだ!

 

「いい加減その気色悪い追尾やめろてめー! 魔法の射手・連弾・氷の547矢!!」

「フンハァー、甘いわ! 飛び道具なぞ使ってんじゃねぇ! 秘技! 灼熱のカーン・ストライクゥゥ!!」

「!?」

 

 かつては己も“散烈拳”という飛び道具を使っていた過去を全否定するカーン。ヘリコプターの様な回転から、今度は身体を丸めて野球ボールの様な回転に変化。さらにそのまま目から炎を放出し、カーンは一個の火炎弾と化す。何故かスピードを増してリュウへと迫り、五百を超える氷の矢さえもカーンの勢いを殺すには至らない。まさに炎と筋肉が生み出す奇跡のコラボレーションだ。

 

「うおわああっ!?」

 

 燃え盛りながら迫るカーンを、リュウはズシャーとヘッドスライディングの要領で伏せて何とか回避。軌道が一直線だったのが幸運だった。カーンは手応えがなかった事に気付き、炎と回転を止めて着地する。

 

「ぬふぅ、またしても避けたか。だがそれでこそ我が好敵手よ。ではさらにゆくぞぉ! 秘拳! カーン・ナッコォゥ!!」

「!?」

 

 今度は右拳にオーラを集め、それをリュウに向けて突き出すカーン。そしてそのまま地を蹴ると、まるでワイヤーアクションで引っ張られているような不自然な加速でリュウに突っ込んで来た。ホントにもうどこから突っ込んでいいのかわからない。

 

「んなんとぉー!」

 

 当たりたくない。絶対に。そんなリュウの無意識が身体を動かす。伏せた姿勢から飛び起きると、強く地面を蹴り横へ緊急回避。先程からカーンはあの回転ボディプレス以外は直線的な動きばかりだ。避けるのは容易い。だがカーンは即座にUターン!

 

「馬鹿め! 掛かりおったなぁ!」

「!?」

 

 今度は方向転換が早い。物理法則を無視したかのように、カクッと鋭い角度を描いて戻ってくるカーン。これにはリュウも驚きだ。色んな意味でしつこさG級。何が何でも触れたくないから、掠らせもしないようにリュウは回避に全力を上げている。まるで一筆書きで五芒星でも描くかのように、拳を突き出して行ったり来たりするカーン。リュウはもう翻弄されまくりだ。

 

「くふぁーっはっはっはぁ! いいぞそうだ慄け! 貴様に味わわせてやるぞぉ! このラ・カーン……いやさ、カーン・ザ・グレェトの恐ろしさをなぁ!」

(なんか名前パワーアップしてるー!?)

 

 どうやらリュウが回避ばかりで反撃をあまりしてない為に、カーンはますます調子に乗ってしまったらしい。憎たらしい。何かマジでムカつく。段々イライラしてきたリュウの怒りゲージは、急上昇の一途を辿る。

 

「レイギルレイギルレイギルレイギルゥ!!」

 

 ムカつくが、しかしカーンの攻撃は無駄に素早い。懐からあんちょこを取り出して、呪文を唱える時間すら惜しい。故に選択したのは即効で発動するリュウ特有中級氷魔法の連打だ。無数の鋭利なツララが取り囲むようにカーンの四方八方に出現。串刺しにするべく一気に迫る。

 

「フェイラァァァ! まだわからんかぁぁ!!」

 

 けれど最早カーンはなんでもアリ。気合と共に目から炎が迸り、両の拳を包み込む。そしてカーンは宙へ跳び、激しく横回転。全身から飛び散る熱き漢のしずくが、迫ってきたツララ全てを溶かしていく。自分にまでしずくが掛かりそうになったリュウは、二つの意味で引いた。ちなみに拳を燃やした意味は全く無い。

 

「キモッ!」

「遊びは終わりよぉ! カーン流古武術奥義! 禁千弐百拾壱式・八稚漢(ヤヲトコ)!」

 

 全身にむわっとオーラを溜め込んで、闘牛の如くリュウ目掛けて駆けてくるカーン。なんかこう掴まれたらヤバいっぽい気配が濃厚だ。きっと恐ろしい目に会うに違いない。自分で作った癖に“古”武術を名乗るふてぶてしさが非常にイラつく。しかし突っ込みを入れる暇が無いからか、リュウの怒りゲージは最大値まで溜まっていた。

 

「いい加減にしろこのボユゲェ!」

 

 こうなったら触りたくないなんて言っている場合ではない。全力で相手をしなければ、何か大事な物を無くす事になりそうだ。癪だが今のカーンは恐怖の的である事を認め、リュウは両手に龍の力を集中させる。発動させるのは“大防御”+“カウンター”+“三連撃”。これらを同時に使いこなせば、一瞬でケリがつく。

 

「天地!」

 

 左の掌に集めた龍の力。それは大防御を一点集中させた重厚な盾だ。その掌圧が、全体重を乗せていたカーンの突進をピタリと受け止めた。カーン流古武術奥義、不発。

 

「なにぃ!?」

「魔闘ぉぉぉぉ!」

 

 間髪入れずに龍の力を溜めた右の掌を手刀とし、袈裟懸けに一撃。強烈なダメージと共に上空へ激しく打ち上がるカーン。さらにそこへ無詠唱の魔法の射手・氷の271矢が、伸ばしたリュウの両手から放たれる。

 

「ほべべべらぁぁぁ!?」

「んもぉぉぉ何か触った手がベチャっとした! 何かベチャッとしたからぁぁぁ!」

 

 涙目なリュウの嘆きはさておいて、とにかく瞬時に決まった防御・攻撃・魔法の三動作。カーンはお手玉のように空中で弾んだ後、力なくドシャリと落ちてきた。どうやら攻撃にのみ力を集中していたらしく、防御はからっきしだったようだ。見かけ倒しで打たれ弱い。流石はカーン。期待を裏切らない。

 

「ぐぐ……お、おのれぇ……」

「……」

 

 それでも立ち上がるカーンを見て、リュウは静かに懐からあんちょこを取り出した。ここは一つ、きっちり戦闘不能にしておくべし。でないとまたぞろ空気を読まずにしゃしゃり出てくるかもしれない。流石に情けを掛けるつもりは今のリュウにはない。

 

「ソル・ファル・リ・エータ・リギエンダ!【来たれ氷精、闇の精】」

 

 使える事は使えるが、使用回数自体は少ないこの魔法。トドメにも魔法を使う辺り、やはりどうあっても触りたくないらしい。呪文の詠唱にちょっと時間がかかるのは御愛嬌だ。

 

「【闇を従え吹雪け常世の氷雪】」

 

 唱えながらリュウは掌をカーンに向ける。一応命を奪うまではいかないよう、微妙に軸をずらして。呪文はほぼ完成した。カーンは動けない。絶好のトドメシチュエーション。

 

「おのれぇ……!!」

「もーいいからお前はちょっとそこで寝てろ!【闇の吹……】」

 

 ……が。

 そこでリュウは魔法の使用を中断した。それと同時に、驚愕に目を見開いた。

 

「待ち侘びたぞ」

「!!」

 

 目を逸らしていた訳ではない。注意を怠っていたわけでもない。そのはずなのに、気が付いたらカーンの前に、見覚えのある人物が立っていたのだ。

 

「ヨ……ヨム……さん!?」

「……」

 

 いつの間にか現れた、小柄な老人。チクア村でリュウ達に昔話をしたヨム老人が、何故今ここに現れたのか。戸惑うリュウとその仲間達を覗き込む老人の瞳は、紅玉のように真っ赤に染まっていた。


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