炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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9:列島

 アルにディースとエヴァンジェリンがスイマー城に滞在して五日目の朝。畑担当の妖精の一人が、慌てた様子でリュウの部屋の扉を叩いた。マーロックの使者がスイマー城へとやって来たのだ。

 

「こちらがマーロックさんからのお手紙です」

「どうも」

「相棒、もうチョイ堂々としたらどうでぇ。リーダーっぽくねぇぞ」

「うっさい」

 

 城の前にて。確かに受け渡しました、と言って、使者は足早に去って行く。リュウはとうとう来たかと、半ば召集令状の赤紙を受け取るような気持ちで封を開け、中を覗く。予想の通りそこにはマーロックが取り仕切る、ナギ達とリュウ達との勝負に関する場所と日時の詳細が書かれていた。

 

場所……機械浜国立公園全域

日時……今から四十日後

 

 要約するとこのような趣旨であった。“機械浜国立公園”とは、メガロメセンブリアから直営の魔法バスで十五分ほどの場所にある、とてつもなく広い公園の事だ。元々は使用済みマジックアイテム関係の埋め立て廃棄所で、それを国が市民の憩いの場として再利用したものである。その広大な敷地面積の一切を、一日まるっと貸し切りにするとは何とも太っ腹な話だ。かなりの費用がかかっていそうな辺り、マーロックが相当に入れ込んでいるだろう事が紙面から読み取れる。

 

「四十日たぁ中途半端だなぁ」

「まぁこっちとしては、時間があるに越した事はないけどね」

 

 日時が厳密に一ヵ月後でないのは、マーロックの方で諸々の準備に時間がかかってしまう為らしい。申し訳程度に謝罪する一文が手紙の最後に付け加えられていた。

 

「どうやら詳細が決まったようですね」

「うわっ!?」

「おおう、ビックリさせんなよ兄さん」

「ふふふ」

 

 例によってどこからか嗅ぎ付けたアルが、いつの間にかリュウの真後ろに立っていた。気配の欠片も感じさせないのが彼の流儀である。そのアルはリュウの持つ手紙の中味をしばらく覗き込み、少ししてふうと一息ついた。

 

「……なるほど一ヶ月と少し後、ですね。わかりました。ではそろそろ私もゼクトを探しに行くとしましょうか。いやはやこの城は居心地が良かったので名残惜しいのですが」

「……」

 

 と、いつものスマイルを浮かべてのたまうアル。その顔を見たリュウの脳裏に思い起こされる、ここ数日の城内でのドタバタ劇。アルが楽しかったという事は、つまりイコールで多数の被害者が居るという事に他ならない。

 

 リュウやエヴァンジェリンのみならず、リンプーやステン、レイ、ランド、リン、アースラ等炎の吐息の面子も、彼のからかいターゲットとなっていたのだった。普通に考えて一同から煙たがられてもおかしくないのだが、アルのからかいはギリギリでプッツンラインを超えない絶妙な距離感を保って行われるのが売りである。その為、蛇蝎の如く忌み嫌われていると言う訳でもない。一言で言えば匠の技。一応モモやタペタ、サイアス等の天然又は無関心系には、アルの毒牙も効果が薄いというのがわかったのは大きな収穫だ。

 

「リュウ、あの“約束”忘れないでくださいね。それではまた四十日後にお会いしましょう」

「……」

 

 語尾に気持ち悪いハートマークを付けて、アルはスタスタと城から離れていく。リュウはそんなアルの後ろ姿を渋い顔のままで見送った。話に出た“約束”とは、先日アルが言い出したことだ。「今のままでは私達“紅き翼”はともかく、“炎の吐息”の人達はモチベーションが保てないでしょう?」などと、とても余計な気を回しやがったのだ。そしてその約束の内容とは、“負けた方のチームが罰ゲームをする事”。

 

『……』

『やはり勝負事と言うのは、何かを賭けてこそ本気になれると言う物ですからねぇ』

『じゃあ、こっちの“条件”を飲んでくれるなら、それでもいいよ』

『ほぅ……して、その条件とは?』

『それは……』

 

 と、リュウは自分達が勝負に際して有利になるであろう“とある条件”を提示したのだが……「何だ、そんな事ですか」と、思ったよりあっさりアルに承諾されてしまい、後に引けなくなったのだった。ああ見えてナギ並に頑固な部分が存在するアルである。あの男が言うからには、よほど碌でも無い罰ゲームを課せられるに決まっている。密かにグッと拳を握りしめたリュウは、取り敢えず城内に戻ろうとして。

 

「ん? お前だけか。アルビレオ・イマはどうした」

「あ、エヴァンジェリンさん」

 

 扉から入った玄関の所で、ちょうど上から降りてきたらしいエヴァンジェリンと鉢合わせした。リュウ達と同じく、アルの被害者となっていたエヴァンジェリン。この城に居るアルのターゲットの中で、最も被害に遭っていたのは何を隠そう彼女だった。まさにアルは、彼女からすれば天敵とさえ言える存在だったのかもしれない。

 

「アルなら今しがた行方不明のゼクトさん……あーっと他の仲間を探しに行きました。多分もうここには戻って来ないかと」

「何だと? ……チッ。運のいいヤツだ。ようやくあの男の腐った性根を刈り取る用意が出来たと言うのに……」

「オイ御主人。俺ノ復帰戦相手ハドコダ?」

「あ、チャチャゼロだ」

 

 エヴァンジェリンの隣でケタケタと笑う殺戮人形。闇の福音のパートナーであるこの物騒な人形は、実はスイマー城に来た時点では、バラバラに分解されてオーバーホール中であった。本来ならゆっくり時間をかけて各部の掃除や修理を行うはずだったのだが、エヴァンジェリンが何とかアルに一泡吹かせようと、予定を繰り上げて組み上げ直したのだ。道理で今まで姿が見えなかったはずだと納得のリュウである。

 

「残念だが相手は去ったらしい。お前の不戦勝だ」

「何ダト。……オノレ、腹イセ二ソコノ白イノヲ斬リ刻マセロ!」

「おいこら待て何で俺っちを……」

「そうだ、もし良かったらエヴァンジェリンさんもコレ、見に来ます?」

「ん?」

 

 刃物を振り回して八つ当たりする人形は、標的となったボッシュに丸投げ。そしてリュウは持っている手紙をエヴァンジェリンに差し出した。リュウ達のチームとアル達のチームが戦うらしいというのは、ここ最近で嫌でも耳に入っている。場合によっては面白い見世物になるかとも思えたが、しかしそれでもエヴァンジェリンはあまり気が進まない様だ。

 

「ふん、あの憎きアルビレオ・イマをボコボコにすると断言するなら、まぁ見に行ってやらんでもないが」

「う……それは……」

 

 正直、それはリュウには断言できない。もちろんやるからには勝利を目指す。しかし自分も含め、炎の吐息の面子がこれからの修行でどこまで伸びるかは未知数だ。なので、はっきりとは言えない。

 

「ま、今のお前らでは百パーセント無理だろうがな。どちらにしろ、私はあまり人前に姿を見せたくない。遠慮しておく」

「やっぱそうですよね」

 

 リュウもその辺の事情はわかっているので無理にとは言わない。境遇が似ており、さらにはアルビレオ・イマというある意味共通の敵に苦労したからだろう。エヴァンジェリンのリュウへの態度は、旧世界で会った直後に比べて大分柔らかくなっていた。

 

「……まぁいい機会だ。そろそろ私もここを離れるとしよう。世話になったな」

「っと、わかりました。あ、じゃあディースさんは……?」

「ディースの住処は元々こっちにあるだろうが。これ以上私が面倒を見る義理は無い」

 

 押し付ける気満々なエヴァンジェリン。まぁ全て正論なので、反論のしようも無い。

 

「ああそれと、私の見立てではまだ“アレ”が定着するには時間がかかるだろう。不具合が起きたらディースに聞け」

「あ、“あの件”ですね。了解です」

「それじゃあな。精々元気にやれ」

「ええ。またどこかで」

 

 エヴァンジェリンが何かをしたらしい“あの件”についてはひとまず置いておき……こうして闇の福音もまた、旧世界への帰路に着いたのだった。ちなみにディースは寝坊が常なのでまだ夢の中だ。城の一室は既に彼女の専用個室として占拠されており、ひたすらぐうたら三昧の日々を送っている。その内飽きたら出て行くだろうと言う事で、最早放置がデフォなリュウ達であった。

 

 

 

 

「えーそう言う訳で、以前から皆に伝えていた強化合宿を明日から行いたいと思います」

 

 その日の夜。いつもの様に会議室にメンバーを集めたリュウは、かねてから周知していた修業を明日から行うと発表した。合宿の目的は文字通りに戦力の強化。ひいては打倒・紅き翼だ。一応自分とボッシュもそっちの一員ではあるが、ここは心を鬼にして、何としてもヤツラを打ち倒さなければならない。

 

「愉快だねぇ……あんなバケモンと正面から戦えなんざ、正気じゃねぇや」

「全くだ」

「それもだけど、明日からの修行ってやつの方がおいらは不安だね」

 

 アルが言い残した通りモチベーションが低そうなレイにランド。リュウの言う修行がどんなのかと不安がるステン。彼らの脳裏にあるのは、ナギが来た初日に見せたあの圧倒的な戦闘力だ。アホみたいな魔力に加え、赤子の手を捻る様にあしらわれたガーランドの姿。あれを思い出すと、愚痴が出るのも仕方ないと思えてしまう。

 

「俺としても、皆がそう言う気持ちは痛い程わかります。…………が、もし負けた場合、あのアルから一体どんな罰ゲームが課せられるのか……」

「……」

「……」

「……」

「皆は知らないと思いますが、アルの陰険さは常軌を逸しています。例えばですね……」

 

 リュウは語る。今日に至るまでのアルの意地悪さを。言葉に乗せられた思いは、その場の大勢たる“からかい被害者”達にじわりじわりと浸透していった。勝負に敗北した時、あの腹黒スマイルから一体どんな悪逆非道な命令が飛び出すのか。下手をすると人間としての尊厳すら傷付けられる事になるやも知れない。にわかに会議室に熱気が立ち込めだす。それは本来ならやる気が持てないメンバー達の心をも動かすに至った。そして一つになる、全員の意思。

 

「……と言う訳で、頑張りましょう。主に俺達の精神的安定の為に!」

 

 そう締め括ったリュウの演説に、皆は椅子から立ち上がりスタンディングオベーション。アルの暴挙は断固として阻止しなければならない。皆の心の平穏の為に、やる事は一つ。奇しくもアルがリュウ達のモチベーションを上げるべく用意した策は、リュウの経験談から来る誇張表現も加えられた事で大成功を収めるのだった。ここまでを見越してアルがリュウ達をからかっていたのかどうかは永遠の謎である。

 

 そして、翌日。

 

「じゃあ一か月と少しの間だけど、留守番よろしくね」

「了解よぅ!」

「お土産楽しみにしてるよぅ!」

「こっちはバッチリ任せといて欲しいよぅ!」

「……」

 

 早速リュウ達一行は、全員でサルディン地方を目指して出発する事にした。留守にしている間の城(とディース)の管理は、少し心配だが妖精達に一任である。やたらと彼女らにやる気があるように見えるのは、報酬の前払いとしてリュウの知る料理の中で特に評判の良かったレシピ等を、詳しく紙に書いて譲渡済みだからだ。

 

「フェアリドロップが使えないのは痛いね」

「ま、メンテナンスは大事だぜ相棒」

 

 本来なら引越し時に使ったフェアリドロップ応用の反則技で、城待機組は移動する必要がないはずだった。しかし、あの忍者のように消えるフェアリドロップは妖精的に自信作だったらしく、作り直しにはアイデアの創出も含めて時間がかかるとの事。そういう事なら仕方ないから、今度こそ普通にしてくれとリュウはきっちり念を押し、今回は総勢十二人による大移動となったのだった。

 

「うーん……じゃあまぁ修業なんで、早速走って行きましょうか」

「えーーー!?」

 

 城を出てから数歩歩いた所で、突然思いついたようにそんな事言い出す少年リーダー。静かに漂うスパルタな気配。実はリュウも紅き翼のあのノリに毒されていたのか!? とメンバー一同に緊張が走る。

 

「あ、まぁ走ると言っても、飛行船の発着所があるメガロまでですけどね」

「……」

 

 だがやはりそこは常識的なリュウ。流石にナギのように走って泳いで目的地まで行こうぜ、というアホな事をするつもりはない。走るのはスイマー城からメガロメセンブリアまでと幾分良心的な距離なのだった。

 

「いやーしかしお金があると、なんでこんなに心が安定するんだろうね」

「全くだぜ」

 

 余談だがユンナ式錬金術を駆使したおかげで、リュウ達の資金にはかなりの余裕が出来ていた。具体的には妖精五十人(今もどんどこ増えている)が一人に付き二個から三個の黄金糖を作成。合計で百二十三個の金塊を造る事に成功していたのだ。ファイアスパイスとかきごおりの経費を差し引いても、一個につき約三千ドラクマの儲けがあったので、純利益合計三十六万九千ドラクマという大金が懐に入ったのである。 

 

 チーム全体での資金として二十万ドラクマを確保し、さらにボーナスと称して各々に一万ドラクマずつ配るという大盤振る舞い。手伝ってくれた妖精達にも幾らか配り、残りはヘソクリとリュウ自身の小遣いに当てている。妖精達もお金貰えたし料理が上手くなったしと喜んでおり、この件もあって城(とディース)の管理についてもさほど労せず説き伏せられたのだった。

 

 

 

 

 そんなこんなで道中に目立った問題はなく、飛行船で四日。最寄りの街から徒歩で一日。それだけ掛けて、ようやく目的の地であるサルディン地方の島の一つにリュウ達一行は辿りついた。青い空に白い砂浜。そして宝石のようにキラキラ輝く海。時期が良かったのか自分達以外は誰も居ない。砂浜の後ろには小さな森もあり、そこでは小川もさらさらと流れている。まさに噂に違わぬリゾート地だ。人っ子一人居ないからプライベートビーチと言っても過言ではない。

 

「海だーーーーー!!」

「あちょっと!」

 

 リュウの静止もなんのその。お約束なセリフと共に海へと突撃虎娘。いつの間に用意しておいたのか他の面子も綺麗な砂浜にシートを敷いて、直射日光を避けるパラソルを設置し、南国のリゾートを満喫する準備万端だ。

 

「もー、この辺には修行の為に来たんですけど!」

 

 と、統率するべく真面目に声を張り上げるリュウ。だが、そんなリュウの声も今は何故かあんまり相手にされていない。周りを見ても、妙にニヤニヤされるだけ。ぬるい視線がなんだか気持ち悪い。

 

「な、何ですかこの空気は……?」

「なにって……なぁ?」

「フフン、やはりリュウも人の子だという事だな」

「??」

 

 レイとアースラから向けられている謎のぬるい視線。リュウがそんな周囲の態度の原因がわからず困惑していると、腰のポーチから助け舟が出された。だが心なしかその声もどこか上擦っているような感じだ。

 

「いやぁすまねぇ、相棒」

「……何が?」

「実はおめぇさんがさっきトイレ行ってる時によ、ついうっかり喋っちまってな」

「……何を?」

「相棒が出発前日の夜中によ、「馴染むッ! 実にッ! 馴染むぞッ! フハハハハー!」とか言ってスゲェワクワクした顔して、あの新品の釣り竿握って素振りしてたって事をよ」

「んなぁ!? お、お前何故それを!?」

 

 やはり南国と言うからには、見た事もないような魚がわんさと居る筈。そんな場所での釣りを楽しみに思っていたリュウは新品の釣竿を手に入れた事も重なり、実は一人遠足前の子供のようにはしゃいでいたのだった。先程言われたセリフと行動は部屋に自分以外誰も居ない事を確認しての事だったのに、密かにボッシュに見られていたとはリュウ一生の不覚である。

 

「……」

「いやいや愉快だねぇ、俺ぁ安心したぜ。お前にもそんな可愛い一面があるたぁよ」

「不本意だが私もレイの意見に同意だな」

「……」

 

 ボッシュは笑いを堪え、レイ、アースラ以外の面子にも妙にニヤニヤされている。これは痛い。いたたまれない。顔から火が出るとはこの事だ。キリッとカッコよく修行がどうのとリーダー的に纏めようとしたが、説得力など最初から無いも同然だったのだ。

 

「……ボッシュ……」

 

 こうなったら八つ当たりは暴露した元凶にぶつけるしかない。ゆらりと影を漂わせ、リュウはボッシュをポーチから引きずり出す。そしてその上半身と下半身を別々にガシッと掴んで――――

 

「こんにゃろぉぉぉぉ!!」

「ぎゃぁぁ千切れる! ぶちっと半分に千切れっちまうぅぅっっ!?」

 

 ――――思いっきり雑巾絞りの刑に処していた。

 

「わかりました! じゃあもう初日は思いっきり遊びましょう! 遊ぶからには全力で!」

 

 半分ヤケクソ気味に、リュウはそう宣言する。そんな訳で一行は、修行そっちのけでまずはリゾートを目一杯満喫する事にするのだった。

 

「よーし、一緒に遊ぼーよ!」

「ええ? 私も!?」

「俺はこんなナリだがよ、泳ぐのは結構早いんだぜ?」

「へぇ……じゃあ勝負すっか?」

 

 リンプー(とその近くに居た巻き添えのモモ)は海に突撃してキャッキャとはしゃぎ、レイとランドはどっちが速いかと水泳の競争を始めた。普段は見られない完全にオフな彼らの姿は中々貴重だ。

 

 他にもステンはリンプーとモモにちょっかいを出しに行ってぶっ飛ばされていたり、サイアスは一人木陰にハンモックを吊って優雅に昼寝。タペタは砂浜にスイマー城をモデルにしたやたら凝った砂の城を造ったりと、各々存分に南国気分を味わっているようだ。

 

「やはり、砂地では足場の確保が重要だな」

「そうだね。後は足腰を鍛えておかないと、咄嗟に動くのが辛いね」

「……」

 

 また、アースラとリンは砂場での戦い方について白熱した議論を展開していた。それを見て溜め息を付いたのはゼノだ。

 

「あなた達、休息はきちんと取らないと息切れするといつも言っているでしょう」

「そうだな。気を抜ける時はしっかり休んでおいた方がいいだろう」

 

 と、ゼノに加えガーランドも小言を彼女らに呈している。そんな二人はシートの上に座りパラソルで作った日陰の下で、リラックスして冷やした酒を嗜んでいるようだ。彼らなりの気の抜き方らしい。

 

「あれ? ねぇそう言えばリュウは?」

「リュウなら、さっき遊ぶって宣言した後一目散にあっちの岩場に向かってったよ」

「ふーん…………あれ、ねぇ今何かリュウの笑い声みたいなのが聞こえなかった?」

「気のせいじゃないのー?」

「そうかな……」

 

 という海に浮かんでいるリンプーとステンとモモの会話の通り、リュウは少し前にリンプー達の居る浜辺から離れた岩場に向かっていた。リュウの目は誤魔化せない。一目で潮流を見切った結果、そこが最も魚の集まるポイントであったのだ。

 

「くくく……くっくっく……」

「……」

 

 最近色々とあったから、溜まりまくっていたリュウのストレス。それを全てぶつけるべく、リュウは準備を怠らない。標的は足元に見える、小物から大物まで玉石混合な魚影の数々だ。新品の“匠の竿”を取り出し、ルアーを装着していざ勝負。

 

「ゲハーハハハァ!! さぁ魚達よ! 我が手によって釣られるが良い!!」

「あ、相棒が……おかしくなっちまった……」

 

 一匹。また一匹。さらに一匹。まさに常勝無敗。一度食いつかせれば、どんな相手も逃す事無くスルスルと釣り上げる。久しぶりすぎて楽しすぎて、テンションゲージぶっちぎり。邪悪な顔をして奇声を発するリュウの姿には、流石のボッシュもドン引きだ。そしてリュウの直感通り“匠の竿”の性能は凄まじく、小さなクラゲだろうが巨大なクジラだろうが、それはもうありとあらゆる魚類を容赦なく釣りまくるのであった。

 

「じゃあ今日はみんなでバーベキューにしましょう!」

 

 そして精一杯遊んだ後の夕食は、リュウが釣った魚や持ち込んだ食料で豪快に屋外BBQ。さらにお約束だからと魔法を無駄遣いしてキャンプファイヤー。おまけに季節はずれの怪談話まで。どこの修学旅行だと言いたくなる様な充実した時間を過ごし、修行の事など忘れたかのように思う存分リゾートキャンプを満喫するリュウ達一行なのだった。

 

 

 

 

 そして一夜明けて、翌日。

 

「さて、遊び気分はこの辺ですっぱり断ち切って、まずは情報収集です」

 

 浮かれた空気を引き締めて、リュウ達はサルディン地方で一番大きな村、チクア村を訪ねていた。目的はもちろん、メガロで調べた古龍伝説について話を聞いて回るためだ。手分けして現地の人間に聞いた所、その手の話はとある果物売りの老人が詳しい、という情報を得る事が出来ていた。

 

「あ、あの人かな果物売りの“ヨム”さんて」

「じゃねぇか? 聞いてた通りの見た目だしよぉ」

 

 皺だらけの顔で背が小さく、大きく赤い鼻が特徴的な“ヨム”という名前の老人を尋ねるリュウ達一行。いきなり大人数が目の前に現れた事で、路上に果物を陳列していたヨム老人は警戒色を露わにする。

 

「誰だいお前さん達は。ワシに何か用か」

「あの、この辺の地域に伝わってる、修羅になった古龍の伝説についてお聞きしたいんですが……」

「!」

 

 とリュウがその事について尋ねると、老人は酷く驚いた様だった。

 

「お前さん、その話をどこで……?」

「えっと……し、知り合いの人と古い書物で……」

「……そうか。まさか、その話を知る者が今の世に居るとは思わなんだわ。して、何故その話を聞きたいのだね?」

「実は、ちょっと昔の事に詳しい人に聞いて興味が湧きまして……」

「……」

 

 まさか古龍である神皇フォウルの使い魔からヒントを貰った、なんて言える筈も無いので誤魔化すリュウ。その時、老人の皺だらけで塞がったようにしか見えない細い目に、一瞬だがリュウは射抜くように鋭く見据えられた気がした。そのまま老人は遠くを見るように視線を移して、話をしだす。

 

「はるか昔、この地には龍が居た。その龍は強く、自分を討伐に来たありとあらゆる戦士達を悉く返り討ちにした。そして余りにヒトの返り血を浴び過ぎた龍はついに拳を極め、同時に正気を失い修羅となった。飽く事のない強者との戦い。それのみを求める存在となった龍は世間から忘れ去られた今でも、自らに挑む強者が現れるのを、あそこに見える“獄炎島”で待っている……と、言い伝えられておる」

「……」

 

 話自体は御伽噺等でよくありそうな話だ。だが、リュウは確信した。今話に出た“拳を極めた”という文言は、探している“拳を極めしもの”そのままだ。それに加え、淡々と話す老人が放つ妙な“凄み”。その“凄み”のせいかはわからないが、今の話はただの言い伝えではなく事実であると、何故か直感していた。

 

「その獄炎島、というのは……?」

「……あれだ」

 

 ヨム老人が指し示したのは、僅かに噴煙を吐き出す活火山島。チクア村のある島からそれほど遠くないであろうその火山島は、確かに何か異様な空気を漂わせているようにリュウには見えた。

 

「あそこですか……」

「まさかとは思うが、お前さん達はあの島へ行くつもりなのかね」

「えと……そのつもりですけど……」

「……」

 

 フォウルと同等の修業をするには、その古龍の協力が必要なのだ。リュウの答えを聞いたヨム老人は黙り込んだ。もしかして入れないとか、近づけないとかあるのか? とリュウは思ったが、どうもそうではなく自分を見て何かを推し量っているように感じられる。

 

「あの島はな、海流の関係で海からは近づけず、また火山による乱流が原因で空からもうかつに近づけんのだ」

「え……そうなんですか……」

「そうだ。……だが一つだけ、あの島まで行く方法がある」

「?」

 

 ヨム老人はそこまで言うと、今度はリュウの後ろに居る仲間達の顔を一人一人見つめ出した。じっくり、という程ではないが、何かを観察するような視線を向けている。そして最後まで見た後に、再び老人はリュウを見据えた。

 

「……ふむ。お前さん達には最低限の力はあるようだから、止めはせん」

「?」

 

 謎の独り言を呟いた老人は、今度はチクア村の出口の方を指差した。

 

「この島のちょうど先端から、獄炎島に向けて島が連なっておる。今の時期なら各島の間が浅瀬になっているから、あの島まで歩いて渡れる筈だ」

「なるほど」

「だが……気を付けよ。島の数は最後の獄炎島を含め全部で五十ほどもある。そして、それぞれの島には常識を超えた強力な魔物達が住み着いておるからの」

「……え」

「そう言えば少々前にも屈強そうな男が一人、あの島に向かったのだがな。未だ帰って来てはおらん。恐らくは魔物達のエサにでもなったのだろうて」

「……」

「いつの頃からかここに住む者達は、あの獄炎島へと続く島々をこう呼ぶようになった。その名も――――」

 

 ――――ココン・ホ列島。

 

 それが連なった五十の島の呼び名である。獄炎島に住むと言われる龍の狂気に当てられてか、特にこの列島に住む魔物は強力だった。昔の話だがこの列島を越える事が出来ず、龍の姿を見る事さえなく散っていった挑戦者も数多いのだ。ボッシュはそこまで調べなかったが、実はこの列島はサルディン地方で唯一、悠久の風で超A級の危険地帯として立ち入り禁止区域に指定されていた。

 

「お話、ありがとうございました」

「思い止まる気はなさそうだな」

「まぁ……何とか行ってみます」

「そうか。では期待しているとしよう」

「?」

 

 はて、何をヨム老人が期待するというのだろう。そう思うリュウに背を向け、老人は去っていった。気を取り直して準備を整え装備を確認し、チクア村の先端へと向かうリュウ達。ここに来る前、メガロメセンブリアで回復道具等の補充は十二分に済ませてある。よほどの事がなければ大丈夫なはずだが。

 

「……ホントだ。確かに浅瀬を渡って島がずっと続いてる……」

「何かよくわかんないけど、あの火山の島に居る人に会えばいいんだよね!」

「愉快だねぇ……何が出てくるのやら……」

「……」

 

 五十の島にそれぞれ魔物とは、随分修行向きな場所だ。だけどいくら強力とは言っても所詮は魔物だし、そんな心配するほどでもないんじゃないかな。……そんな風に思ったリュウがその考えを後悔する事になるまで、あと少し。

 


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