リュウの部屋に居た二人の女性は一体誰で、リュウとはどんな関係なのか。スキャンダル真っ最中のリーダーは何とかそれを釈明しようとしていたのだが、口を開く度に騒ぎを聞きつけた新たな仲間がやってくる、の繰り返しで話の腰を折られまくっていた。もうどうにも収拾が着かなくなったので、リュウは何度目になるのか、会議室に全員を集めて公式会見を開く事にしたのだった。
「……えー、というわけで、この人達は俺が魔法とかの修行でお世話になった人達なんです。決してそういうやましい事とかはないですから!」
大まかに要点だけを掻い摘み、自分と女性二人について説明する事数十分。誠実な態度で釈明を行った結果、思ったよりも簡単に事態は収束に向かった。特にその事への疑惑追及などはなく、仲間達はリュウの説明を受け入れてあっさり納得したのだ。
「ま、そんな事じゃねぇかとは思ったけどな」
「だろうな。幾らリュウが見た目に似合わず大人びてると言っても、これは流石にあり得ないとわかる」
ランドやアースラの言葉からわかるように、彼らはリュウの言葉を全く疑っていない。もしも仮にリュウが普段から素行の悪い人間だったならば、これほど簡単には行かなかっただろう。まさに日頃の行いの賜物。リュウの人徳の成せる技と言える。まぁ子供なリュウがハードな色恋沙汰というのは流石にないだろ、という先入観も手伝っている事は否めないが。
「へー、リュウちゃんって人望あるのねぇ」
「……」
自分達の事なのに、他人事万歳なディース。そんなちょっと感心した風な彼女の呟きに、リュウは例によって苦笑いを返すくらいしか出来なかった。そして随分あっさり片付いたせいで、微妙に消化不良っぽい顔をしている重力魔法使いが脇に一人。
「さて。それじゃリュウちゃんの話も一段落したみたいだし、いちおー自己紹介しとこうかね。あたしの名はディース。泣く子も黙る
「……」
「……」
「……」
(うわぁ何この光景超デジャヴ……)
何となく胡散臭げ~な視線を受けようが、全然気にせずフフンとふんぞり返るディース。つい先日見たどこかのリーダー自己紹介時とそっくりな、規視感MAXな光景を目にしてリュウは溜息しきりだ。流石に二回目となるとリュウの仲間達にも免疫が出来ており、もう深く突っ込まずに“あ、またこの手のタイプなんだな”と一発でどんな性格か看破しているようだ。
「それで、そっちの金髪の女の子は何者なんだい?」
その言葉を発したのは、レーザーサイトのように鋭い視線を飛ばすリンだ。今までの釈明会見などに一切口を出さず、傲岸不遜な雰囲気で成り行きを見ていた謎の女の子。只ならぬ気配を撒き散らす彼女は一体何者なのか。
「私は……」
勿論そんな視線如き何ら意に介す様子のないエヴァンジェリン。この時彼女は頭の中で、さてどうするかと微妙に悩んでいた。本名を告げても自分にとって別に問題はないが、魔法世界でこの名前は120%騒ぎになる事が目に見えている。特に争いを好む訳ではないし、ぶっちゃけ一々相手をするのも面倒くさい。そう考えた末、エヴァンジェリンは適当にはぐらかす事に決めた。……筈だったのだが。
「あーこの子はあたしのツレで、キティって名前なの。ちょっと無愛想だけど、みんな仲良くしてあげてねー」
「んな!?」
いきなり話を遮って、横から口出ししたのは勿論ディースである。出足を挫かれ思わずつんのめるエヴァンジェリン。それが随分とこなれた漫才チックに見えたのは、リュウとボッシュだけではないかもしれない。
「おいディース貴様……!」
「何よー。いいじゃないキティ。そんないつまでも仏頂面してないで、あなたも社交性ってもんを身に付けなさいな」
「大きなお世話だ!」
「……」
“あーもうどうしてこう……”というリュウの心の声が二人に聞こえるはずもない。そしてディースの余計な気遣いが、この小さな吸血鬼の真祖さんの癪に障らない訳がなかった。
人前でキティと呼ぶな! それにその言い方も気に食わない! 私がどう自分の事を言おうと、私の勝手だろうが! ……しかし、何を考えて私の発言を遮ったのかはわかっている。私がもしも正体を晒したら、大変な事になるからだろう。混乱を避けると言う意味では、まぁ正しい判断だと言えなくもない。
だが断る!
このエヴァンジェリンの最も好きな事の一つは、押しつけがましいお節介に、NOと言ってやることなのだ!
「ふ……ふっふっふ……いいだろう。……貴様ら! 耳の穴をかっぽじってよぉく聞けぃ! 我こそは最強最悪の魔法使い!“
ディースへの当てつけの為か微妙に魔力を放出し、腕を組み目を吊り上げて高々と言い放つエヴァンジェリン。さぁ恐れろ敬え媚び諂え愚民共めふはははは! と、その様相はまさに魔王。漏れ出す魔力の威圧感も相まって、これ以上ない完璧な名乗りっぷりだ。そこに一般人が居たならば、恐怖のあまり震え上がっても全くおかしくない。
「ふはははは…………む?」
「……」
「……」
「……」
が、この時ばかりはその限りではなかった。対象となっているのは既にナギ、そして直前のディースという、とても似通った自己紹介を受けている“炎の吐息”のメンバーなのだ。多少魔力による威圧が増えた所で、少々派手な演出の域から出る事はない。“あ、結局この娘もこういうノリなのね”と前述二人の同類としか、彼ら彼女らの目には映っていなかった。
「まぁ……強者に憧れるのはわからんでもないがな」
「でも本当にあなたがあの“童姿の闇の魔王”だったとしたら、そんな堂々と名乗ったり何てしないと思うのよねー」
「……」
ガーランドやモモの呟きから、第一印象こそ「人形みたいな大人しい子」だったのに、今や「あの有名な賞金首“闇の福音”に憧れてるちょっと可哀想な感じの女の子」と、あらぬ方向に印象が上書き修正されている事がわかる。どうも炎の吐息の面々はリュウと紅き翼に関わるようになってから、その辺の感覚がマヒして来ているらしい。
「ふぅむキティさんと仰るのですか。いやはや実に可愛らしいお名前ですね」
しかし、そんな周囲の空気を全く読まない毛色の違う彼だけは、思いっきりその自己紹介に食いついた。と言ってもエヴァンジェリン渾身の名乗りの方ではなく、ディースの言った“キティ”と言う名前の方にである。彼こそは“紅き翼”が誇る性悪魔法使いアルビレオ・イマ。リュウの件が消化不良だった彼は、あろうことかその矛先をエヴァンジェリンへと向けたのだ。無論アルは、目の前の少女が本当に“闇の福音”である事など最初から知っていた。
「……」
「おや、どうしましたそのような怖い顔をして。私が何か気に障る事でも?」
アルはわかっていてこういう態度をとっている。相手が誰であろうと、その脳かどっかに搭載されている“なんかコイツからかいやすそうセンサー”がビビビと反応を示した事の方がむしろ重要。というかそっちが全てなのだ。当然、予想と違う反応が返ってきて唯でさえ良くなかったエヴァンジェリンの機嫌は、見る見るうちに急降下していった。
ぐぬぬディースに言われるのは百億歩譲って不本意ながら我慢するとしても、初対面で見ず知らずのこんな優男にキティと呼ばれるのは非常に腹が立つ。……だが、しかしよく考えたらここでさらに激昂しては、それこそまさに子供そのものだ。この程度軽く流せないようでは、悪の魔法使いとしての沽券に関わる。これ以上舐められないためにも静かに、しかし威厳たっぷりに大人な対応を取るのがベターと言わざるを得まい。
「……貴様、確かアルビレオとか言ったな。二度とその名で私を呼ぶな。一度目は許してやるが次はないぞ」
最初だけは許してやる。なんと大人な対応か。さぁ恐れろ跪けこの下郎が!
そんな風にナチュラルにガンを飛ばしながら、精一杯の低い声で告げるエヴァンジェリン。しかし今日、彼女の運はすこぶる悪いらしい。何しろ相手はアルビレオ・イマ。他人をからかうのが三度の飯より好きな曲者中の曲者である。
「おやそんな物騒な事を仰らないで下さいキティさん。可愛らしいお名前なのに、何が不服なのですかねぇ?」
「……」
(うーわ。アルの顔超イキイキしとる……)
リュウはアルの表情の裏に潜む感情を正確に読み取りながら、ビキッと音を立ててエヴァンジェリンのこめかみに怒りマークが浮かんだのを見逃していない。が、もうこれらはスルー。色々身内への釈明とかで疲れてるし、なんとなくアルならあしらっちゃいそうだし、というのが理由だ。
「貴様、二度目はないと言ったはず……」
「何よそれくらい、いいじゃないキティ。……あ、でも待って。良く考えたらキティ“ちゃん”の方が可愛いかしら?」
「おお、それはいいですねぇ。ではこれよりあなたの事は、親しみを込めて“キティちゃん”と呼ばせてもらいましょう。そういう訳でよろしくお願いしますねキティちゃん」
天然ディース&腹黒アルの波状攻撃! はい無理。限界。爆発。精一杯取り繕ってはみたものの、エヴァンジェリンの低い沸点は誤魔化しようがないのだった。
「ぬがぁぁぁ! ディース貴様、いい加減にしろ! それとアルビレオ! 貴様のような無礼な輩は、今この場でこの私が直々に地獄へ送り込んでくれるわ!」
「んもー、全く我が儘ねぇ、何が気に入らないのよー」
「はっはっは、私の事は気軽に“アル”と呼んで下さって結構ですよ。それと、もう少しお淑やかな言葉遣いのほうが可愛らしいですよキティちゃん?」
「うなぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あのー、あんたらそろそろ漫才はその辺にしといてくださいコンチクショウ……」
怒りボルテージが一瞬で振り切れたエヴァンジェリン。このままだと折角直したばかりの城をぶっ壊されてしまいそうなので、喧嘩は外でやれ、と呆れながら投げ出すリュウ。
歴史上、これが吸血鬼の真祖vs紅き翼の腹黒男の初対戦であった。結果はぷちっと切れてしまったエヴァンジェリンの黒星。この後、この男とは二度と会うまいと誓ったエヴァンジェリンだったが、何だかんだで延々と未来までからかわれ続けるという事を、この時は知る由も無い。
「リュウってさ、日頃から苦労してたんだね……」
「全くだ。こんな連中の中に居たんじゃあな」
「……はい?」
一方リンプーやレイの言葉に代表されるように、リュウはリュウで“炎の吐息”の仲間達から、何故だかとても生暖かな同情的眼差しを送られていた。ナギやらアルやらこの二人やら、なるほどリュウは普段から色々振り回されてたんだろうなぁ。子供なのに妙に落ち着いてるのも頷ける話だ。せめて自分達くらいは常識を守ってやらないとなぁ。等といった、酷い憐れみがその視線には込められていたという。
「ウキャキャ! それにしてもリュウってば、美人さんの知り合い多くてホント羨ましいねぇ」
「ディースさんを見ていると、ワタクシ何故だか体に電気が走ったようになるのですね」
「は、はぁ……」
美人である事に盛り上がってる猿の人とカエルの人はさておき。何はともあれリュウの魔法の師匠という事とあけすけな雰囲気のおかげで、ディースは問題なく受け入れられていた。エヴァンジェリンの方も態度が偉そうでちょっとアレな娘、という共通認識が広まっており、アルやディースとの間の抜けたやり取りのおかげで誰も真面目に“闇の福音”だなどとは信じていない。
「貴様! 待たんかぁ!」
「はっはっは、“貴様”等とそんな他人行儀に仰らずに、アルと呼んで下さいよキティちゃん」
そんな訳で、ふわふわと窓から外へ退避していくアルを追いかけ、空中魔法合戦を始めてしまう闇の福音。別の意味で収拾が着かなくなったので、そちらは一旦放置し取り敢えずその場は解散となるのだった。
「あれ? タペタさんどうかしました?」
「おーう、ムッシュ・リュウ……ワタクシ、助けて欲しいのですね」
ゾロゾロと人が出ていく会議室にて……何故か一歩も動く気配のないタペタ。その彼は今、痺れていた。……別に比喩でもなんでもなく、事実として“麻痺”していた。何とか動く口で彼が言うには、先ほどディースと目が合った時、体に電気が走ったと感じたら本当に痺れてしまっていたらしい。
「……。ああ、コレがホントの……」
「蛇に睨まれたカエル……って奴だなぁ」
諺の成り立ちを律儀に実践してくれたタペタ。さっきから色々と呆れっ放しのリュウである。
「……ヤクリフ」
「! ……おーう身体が動く……痺れが取れたのですね。メルシー、リュウ」
「原因はわかったんで、次からは気を付けてくださいね」
「了解ですね」
状態異常だけを回復させる魔法でタペタを治し、溜め息を付きつつ部屋へと戻るリュウ。懲りずにディースに話しかけにいって、再びタペタが麻痺したと言う情報をリンプーが持ってくるのは、そのすぐ後だった。
*
「妖精達のおかげで、今日の夕食はなんとかなったね」
「あいつらもやるようになったよなぁ」
夕刻近くになって、昼間妖精達が運良く狩りで大物を仕留めていたおかげで、何とかその日の食い扶持は確保できていた。ディースの持ってきたお土産に城に残っていた備蓄食料を放出し、思ったよりは豪勢だった夕食を終える事が出来たリュウ達。食後の自由な時間になって、早速リュウはボッシュから“錬金術”とやらの詳細を聞きだそうとしていた。
「そういうのも研究してたんだ」
「まぁな。俺っちがクソジジイにとっ捕まるよりもさらに前らしいけどよ」
悔しいが天才だったユンナ。彼は“うつろわざるもの”の研究過程で、錬金術の分野にも手を出していた。複雑すぎる理論を構築し、難解すぎる高度な計算を行い、そして数多の実験を経て、とうとう彼は“金を作る方法”を導き出すに至っていた……らしい。
「曖昧なのは何で?」
「ま、机上の計算は上手くいっても、現実はそうじゃなかったってこった」
だが、いざ導き出した方法通りの実験を行っても、金は生成出来なかった。何度繰り返し実験をしても金は出来ず。構築した理論や計算には、どれだけ見直しても誤りはない。即ち、原因不明。
「それで?」
「そこまでさ。あいつにとっちゃ錬金術なんてなぁ、通過点に過ぎなかったからなぁ」
ユンナにとって錬金術を追求する事は、本来の目的の為の足掛かりの一つに過ぎなかった。それ故に、錬金術自体に時間を取られるという事は、全く持ってナンセンスであった。よって、己の研究に必要なノウハウを得られた後は、最後までその成功を見ることなく、錬金術の研究は凍結されていた、というのがボッシュが語る知識の内容である。
「へー。それでさ、肝心のその手順って、俺でも出来んの?」
「おう。つーか、最終的な理論じゃ誰にでも出来るくれぇに簡単なモンになってやがってよ」
「ほほう……」
偉そうに錬金術の詳細を細かく垂れていたボッシュだが、リュウの頭じゃ百分の一も理解できないので適当に聞き流していた。とにかく、色々とユンナが煮詰めたという錬金術は、大変簡略化された手順であるらしい。それこそ「馬鹿でも出来る金の造り方」とまで言えるほどにである。
「で……それは一体どのようにやるんでしょうかボッシュさん……」
「相棒、何か目が血走ってんぞ。まぁまずは場所を移すぜ」
「了解であります!」
ボッシュが言う事が真実ならば、これは世紀の大発見だ。上手く出来れば、金銭問題解決どころか一生左団扇も夢ではない。そんな欲望全開で目の色を変えて迫るリュウを諌めながら、ボッシュがどこでやるのかと聞かれて案内した場所は何と……厨房。
「え……いやいや……え、まさかここでやんの?」
「おうよ」
「……」
念のため確認すると、事も無げにそうだと頷くボッシュ。途端になんか信憑性が薄れてきたなとテンションダダ下がりのリュウである。
「で、どうやるって?」
「そう投げ槍になんなっての。まずは――――」
ボッシュの語る錬金術の手順は本当に単純だった。必要なモノはとある二つの道具だけというシンプルさ。あまりの簡単さに、そんな所まで煮詰めまくったユンナの努力そのものを疑うリュウである。
「一応、今持ってる事は持ってるけど……」
必要な物1、ファイアスパイス。言わずと知れた火炎魔法の効果を秘めた粉だ。
必要な物2、かきごおり。シャリシャリした食感で、冷たくて食べるとこめかみがキーンとするアレ……ではない。ファイアスパイスと対を成す、氷系魔法の効果を秘めた粉である。何故そんな名称なのかは謎だ。たまたま以前ハイランドで買い込んだ道具の中に、まだ一度も使っていないこれらはあった。
「これをどうすんの?」
「その二つを混ぜてから、熱を加えんだぜ」
「……」
説明を受けてリュウは思った。馬鹿か、と。相反する魔力が詰まったアイテム同士を掛け合わせたところで、消滅するか爆発するに決まってるだろ、と。リュウの常識的な思考回路は、そんな予想を立てていた。しかしまぁ実際にやってみた事なんてないし、もしかしたら出来るのかもしれない。半信半疑で取り敢えず言われて通りにしてみるリュウ。隣で料理の練習をしていた一般妖精達から興味津々にねだられたので、そちらにもアイテムを分けてやりながら。
「さてと……」
アイテムの瓶を開け、爆発しても良いように古いフライパンの上でドザッと混ぜ合わせる。そして火に掛けて熱を加えた途端、輝きだす二色の粉。やばい爆発するかと身を潜めたリュウだったが、粉は輝いたあと、綺麗さっぱりその場から消え去っていた。
「……ま、そういう訳だぜ相棒」
「いやわけわかんねーし。どういう訳?」
「それがよ……」
色々とこの二つの道具を選んだ理由や、どうして熱を加えるのか等の理由もあるのだが、細かい事は無視。とにかく手順はこれだけだった。計算通りなら消滅せず、この方法で“ある物質”が出来るハズらしい。ユンナもこの消滅という結果が不可思議だったが、結局どうにもならなかったそうだ。何だそりゃ、とリュウは肩を落とし、やっぱ人間楽を求めちゃいかんのだな。あほくさ、やっぱバイトでも探すかと厨房を後にしようとする。
その時だった。
「な、なんか変なのできちゃったよぅ」
「うーん、どう見ても“おこげ”じゃないよぅ」
「!?」
隣に居た妖精の焦った様子が、リュウとボッシュの足を止めさせた。みるみる内に顔色が変わっていくボッシュ。妖精の一人が見様見真似で混ぜ合わせてた二つの粉が、明らかに元の物質の面影のない、不思議なピンク色の毛玉のようなモノになっていたのだ。
「こ……こ……こいつぁ……まさか……」
ボッシュは驚愕に目を見開いた。知識の中の理論上にだけその存在が予言されていた物体が、紛れもなく今目の前にある。ここまでの驚愕は、ここ最近記憶にない。
「お、おいおめぇら! コイツをもっともっと作ってくれ!」
興奮したボッシュが、キョトンとした妖精達に捲し立てている。只事じゃないと察したリュウは手持ちにある全てのファイアスパイスとかきごおりを妖精達に手渡し、今さっきやったのと同じようにしてみて、と促した。恐る恐る妖精達が同様の手順を行うと、ピンク色の毛玉が次々に生産されていく。手持ちのアイテムが尽きた頃、出来た毛玉の数は全部で十二個に達していた。
「……相棒」
「何?」
「そいつを今度は、三つ一緒にして炒ってみてくれ」
「?」
ボッシュに言われた通り、リュウはそのピンク色の毛玉を三つ、フライパンの上で火に掛けて炒ってみた。……が、後に残ったのは真っ黒い“おこげ”が一つ。
「先生、駄目でした」
「……」
その結果を受けて何事か考え、次にボッシュは先程の妖精達に、全く同じように三つの毛玉を炒るように依頼した。
「うんしょ」
「ふらいぱん重いよぅ」
妖精二人掛りでフライパンをゆする。しばらくすると、融け合った毛玉が徐々に個体を形成しだし、それに伴い徐々に光沢のようなモノが現れる。
「ま、またなんか変になっちゃったよぅ」
「これって何なのよぅリュウのヒト」
「え、まさか……」
「……」
気が付けば、それは眩く輝く黄金色。コンペイトウのような形状をした、妖精の掌に収まるくらいの小さな金の塊が、フライパンの上に乗っていた。
「嘘……金……本物……?」
「間違い……ねぇなぁ……」
一度として成功した事の無かった錬金術が今、数十年の時を経て日の目を見た瞬間であった。続けて残りの毛玉も妖精が炒ると、それは同じく金の塊へと変わった。金で出来たコンペイトウ。“黄金糖”とでも言うべきか。
「本当にこんな簡単に……金が……?」
手にしてみると、小さいがズシリとした確かな重量感を感じる。初めて見る本物の金塊に、興奮冷めやらぬリュウ。一方ボッシュはどうして妖精達がやると出来て、リュウがやったら失敗したのかを考察していた。フェレットの癖に顎に手をやり、眉間に皺を寄せて唸るのは中々シュールである。
「もう手持ちのアイテムもお金もないし……これ売れるかな……」
「……」
「ボッシュ、俺ちょっとメガロまで飛んで行ってどっかで売れないか探してくる」
「……」
兎にも角にもこれを逃す手は無い。浮遊魔法全力全開超ダッシュで、リュウはメガロメセンブリアへ赴いた。方々を駆け回り、ギリギリ開いてた貴金属店に“黄金糖”を持ち込んだ所、純度が極めて高い金塊であったため、小さくてもかなりの高額で引き取って貰えたのだ。そしてリュウは適当な道具屋で、ありったけのファイアスパイスとかきごおりを購入。フェアリドロップを使って即座にスイマー城へ帰還する。
「悪いんだけどさ、これでもう一回さっきのお願い」
「わかったよぅ」
リュウからの頼みに妖精達は頷き、全く同じ手順で“黄金糖”を創りだす。これぞまさに錬金術。一個、また一個と造り出される金塊に、頼んだリュウはむしろ何となく怖いような、そんな漠然とした気持ちが浮かんできていた。やはり根は小市民だという事か。
「あれ? さっきみたくならないよぅ」
「失敗しちゃったよぅ」
「ん?」
……ところが、そんなリュウの不安もすぐに終焉を迎える事となる。いくつか金塊が出来た所で全く同じ手順であるハズなのに、何故か妖精達もピンク色の毛玉を精製出来なくなったのだ。先程のリュウと同じく、二つの粉を混ぜ合わせた所で消滅してしまう。
「どういう事……?」
「……」
自分達のせい? と、しゅんとする妖精達に大丈夫と気を使う。そうしていると厨房に、ふよふよと別の妖精グループがやってきた。ローテーションの時間が過ぎたので、今までの妖精は新しい妖精達と交代しなければいけないのだ。
「リュウのヒト達は、ココで何やってたの?」
「いや、実はね……」
新たにやってきた妖精達も興味津々にリュウに話を聞き、自分達もやってみたいと言い出す。そこでリュウとボッシュは彼女らに駄目元で先程の手順をやらせてみると――――何故か、成功するのだった。
「もー、訳わかんね。なんで同じ手順なのに出来たり出来なかったするのこれ」
「……おう、さっきのおめぇらよ」
混乱するリュウの隣から、ボッシュは帰ろうとしていた先程の妖精達を呼び止めていた。そして何故か急に、目玉焼きを作ってみてくれと言い出す。妖精達が言われた通りに目玉焼きを作ってみると、それはすんなり完成していた。今までの妖精達の料理のように“おこげ”にはならず、見た目はあまり良くないが一応目玉焼きと言える物にはなっていたのだ。
「今のって、何がしたかったん?」
「……。なるほどな。多分……わかったぜ相棒」
「何が?」
ボッシュは信じられないという顔をしていたが、この一連の現象の結論が出たらしい。 それは――――
「どうやらこの錬金術……壊滅的な料理ベタじゃねぇと成功しねぇようだぜ」
「は?」
どういう理屈かは不明だが、料理が出来る者がやると金は精製出来ない、と言うのがボッシュ博士の結論だった。言われてみれば、確かにユンナは料理の出来る人間だ。同様にリュウも言わずもがなだ。逆に妖精達は、脇に積まれたおこげの山から察してください、な所である。
「じゃあ、妖精達が途中から出来なくなったのは何でなの?」
「ありゃぁあいつらの料理の腕が上がっちまったからだな」
「……」
その事を確認するために、ボッシュは目玉焼きを作らせたのだ。結果は見ての通り。無茶苦茶だが一応辻褄は合っていなくもない。何となくそうなのかとリュウは納得しそうになったが。
「……って事は、その理論で行くと俺には絶対無理じゃん」
「そうなるなぁ」
少しでも料理のレベルが上がってしまえばもうアウト。つまりプロレベルの腕を持つリュウには、金を造りだす事は出来ないのだ。まさかここまで上達した自分の料理の腕が逆に仇になるなんて……と、結構ショックを受けるリュウである。
「……まぁ、実際出来ないもんは仕方ないか」
残念だと後ろ髪を引かれつつ、リュウは思考を切り替えて仲間達の事を思い出す。“炎の吐息”のメンバーは、誰しも最低限の料理は出来る。壊滅的に下手と言える人材は残念ながら居ない。ボッシュの仮説が正しいとすると必然的に金を造りだせる数は、現在の妖精達の人数×いくつか、が限界となる。
「……あれ? ……でもさ、そうなると丁度今、うってつけの人が来てるよね」
「おう、相棒も同じ事考えてやがったか」
壊滅的な料理ベタ。幸か不幸か今この城には、その代名詞的存在が泊まっている。恐らくもうガーガーイビキを掻いて寝てそうな彼女ならば、黄金糖の量産も夢ではないのではないか。
「あの人はあんまりお金に固執とかなさそうだし……じゃ、早速明日にでも頼んでみようか」
「おう、楽しみだなぁ」
「これで俺達魔法世界屈指の大金持ちに成れるやも……」
まるで時代劇物の悪代官と悪商人のように、お主も悪よのぅくっくっくと互いに笑い合うリュウとボッシュ。その姿は妖精達から大層気味悪がられたとか何とか。そうして翌日、早速寝起きのディースを、リュウは厨房へと招いていた。
「何よぉリュウちゃん……こんな朝早くに……」
「ホントすいません。少しの間で良いので、今から俺の言う通りの事をして貰えませんか」
「んもー、なんなのよー……」
目を擦り半分寝ぼけているディースにお願いして、昨日の通りに“ファイアスパイス”と“かきごおり”を混ぜ合わせてもらう。ピンク色の毛玉が出来て、さらにそれを三つ合わせて黄金糖を……と野望に目が眩むリュウであったが。
「え」
「お」
突然の、爆音。
ディースの手元にあったそれは、全ての理論だの実験だのを超越し、爆発した。それはもう盛大に爆発した。
「ケホッ……な、なんで……」
煤けて面白アフロと化したリュウは、改めて思った。どうもこのお人の場合は流石のユンナの知識すらも通用しない、料理下手とかそういうレベルではないらしい。やっぱり人は楽をしようとするとダメなんだなという事を、文字通り身を持って実感するハメになったのであった。