炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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7:混沌

 思考の迷路を何巡かして、考え抜いた揚句に結局腹を括るしかないと決断したリュウの行動は早かった。シェドの街から帰る途中、わざわざメガロメセンブリアにまで足を伸ばし、悠久の風本部に直行して保存されているデータベースを片っ端から漁りだしたのだ。

 

「ねぇリュウ、一体何を調べればいーの?」

「世界中に伝わる“古龍に関する伝説”をお願いします!」

 

 いきなりそんな場所へ連れて来られて混乱しているリンプー達に、リュウは目的のみを簡潔に述べる。求める情報は“古龍”に関する情報だ。フォウルの正体を、ハルフィールは“古龍”だと言った。後日改めて他の三体の龍達にも確認したら、それは間違いないと言う。フォウルが古龍であるなら、その相手として世界を二つに分けた “拳を極めし者(ラグナライダー)”という存在も同じ“古龍”なのではないか。リュウはそう考えた。魔法世界において古龍とは最も強い生物の一種であり、同時にとても希少な存在である。闇雲に探しただけでは、まずもって御目にかかれるものではない。

 

「リュウ、やはり古龍の情報と言うとヘラス帝国に居る“龍樹”の事くらいしか見当たりませんね。私達も以前興味から探した事がありますが、その時と比較しても新しい情報などはないようです」

「マジすか。ゼノさんがそう言うって事は、これ以上は無理かな……」

「ああ、それなら良い事を教えてあげましょう。リュウ、あちらの書庫に、端末に入力されていない古い資料が残っているそうですよ」

「……それだ。それを調べよう。アルも協力して」

 

 一通りデータベースに登録されている情報を漁り、そこに目ぼしい物がないとわかると、さらにリュウはデータ化されていない古呆けた文献にまで手を伸ばした。直接的には関係のないアルまで巻き込んで、古龍に関する情報をひたすら捜索する。夕暮れ手前にメガロに到着した後、資料の捜索は深夜にまで及んだ。

 

「あ、あたし……もうダメ……」

「……ぐぅ……」

 

 まず訳も分からず巻き込まれたサイアスやリンプーが、難しい文字の多さに目を回してダウン。次にゼノが静かに睡魔に屈し、日付が変わって少し経った頃には、とうとうリュウもぶっ倒れた。流石に二日続けての徹夜+文字だらけの本攻撃には耐えられず、本を開いたまま突っ伏して眠りこけていた。

 

「おや、ボッシュは平気なのですか?」

「俺っちこういうのは得意分野さ」

「そうですか。では残りは半々で行きましょうか」

「おうよ」

 

 リュウ達一行がそれぞれ妙な体勢で眠りに落ちる中で、やれやれと溜め息を付きつつ作業を継いだアルとボッシュは、黙々と信じられない速度で文献を読破していく。そして翌朝、リュウ達がゆっくりと起きだした頃には、残っていたはずの書物は全て片付けられていた。

 

「おう、俺っちと兄さんで全部目を通しといたぜ相棒」

「……え? マジで!?」

「おうよ」

 

 そう言って少し眠そうに欠伸をするボッシュと、全く変わらない微笑みを浮かべるアル。アルはともかくユンナの膨大な知識を継いでいるボッシュも、これくらいの量の本ならば朝飯前なのだ。

 

「じゃあその中で何か良い情報は……」

「ねぇねぇリュウ、そんな事よりさ、まずは帰ろうよ」

「私もその意見に賛成です」

「そ、そうですね……」

 

 今すぐその場で聞き出したいリュウだったが、リンプーやゼノからの抗議を受けたため空気を読んで即時退散。なんだかんだで午前の内にはスイマー城に帰り着く。そうして巻き込んだリンプー達に礼と謝罪を述べてから自室へと戻ってくると、リュウは早速相棒に尋ねていた。

 

「でさ、どうだった? 俺が調べた範囲じゃそれらしいのなかったんだけど」

 

 リュウが読んだ中では特に古龍の情報はなく、リンプーやサイアス、ゼノにアルが調べた所でも、ガセとしか思えないような物や抽象的過ぎて意味のわからない伝説くらいしかなかった。一応念のためそれらのメモは残してあるが、とても手掛かりになりそうな情報ではない。

 

「おう、俺っちが読んだ中に一つだけだがな、該当すんのがあったぜ」

「マジか。でもあれだけ全部読んで一個だけって……」

 

 定位置のクッションの上で丸くなり、したり顔で語りだすボッシュ。その内容とは「サルディンという地方で古くから語り継がれる、修羅となった龍の話」というもの。古めかしい文献の隅っこに小さく載っていた、極めてローカルな民間伝承だ。“修羅”という辺りにリュウが欲する情報と近そうな気配を感じ、地元の住民にでも聞けばもっとよくわかるんじゃねぇの? と言うのがボッシュの見解だ。

 

「サルディン……ねぇ。そこって遠いの?」

「遠いみてぇだなぁ。こっからだと結構かかるんじゃねぇか?」

 

 ついでにボッシュが調べた所では、“サルディン”というのは大小様々な島から成る温帯地方の名称で年中暖かく、海が綺麗で景色も良い南国リゾートのような行楽地らしい。にも関わらず外との交流が多くない為、意外と知られていない穴場スポットなのだとか。

 

「こうなったらもうそこへ直接行って探すしかないかな」

「そいつぁいいが、どうやって行くってんだ相棒」

「それだよね」

 

 リュウとしては早速明日にでも全員引き連れて向かいたい所だったが、問題はもちろんある。サルディン地方へ行く途中には山があり、海があり、いくつもの大陸を経由していかなければならない。つまり、またもや首をもたげてくる金銭問題だ。

 

 借金を帳消しにしてもらったとは言え、それはマイナスが消えたというだけ。手持ちの資金自体は限りなくゼロに近い。無い袖は振れないわけで、到底そこまでの交通費なんて捻り出せそうもないのだ。ン十万ドラクマが今すぐ必要、という訳ではないので幾分気が楽なのは確かだが。

 

「何かどっかで一日バイトとかするしかないかな」

「堅実だねぇ相棒」

 

 リュウはベッドに、ボッシュはクッションに横になりながら、しまった悠久の風でなんか依頼とかも見てくれば良かったかも、等と適当に話をしていると。会話が少し途切れた良いタイミングで、“グゥゥ”という音が一人と一匹のお腹から同時に聞こえてきた。

 

「……」

「……」

「まずはとにかく飯食おうか」

「だな」

 

 よく考えてみたら昨日から何も食べていない。となれば最優先事項は腹拵えだ。リュウの肩にピョンとボッシュが飛び乗ると、二人は部屋を出て厨房を目指した。

 

「う~ん、上手く行かないよぅ」

「全然ダメダメだよぅ」

「お、やってるなぁ妖精達」

 

 やってきた厨房では、一般妖精達が数人集まってローテーションを組み、料理に挑戦している姿があった。美味しい物を作ろうと悪戦苦闘している光景は微笑ましい。ゴミ箱に大量の“おこげ”が山積みで放置されているような気がするが、リュウはそっと見て見ぬふりをする。そんなリュウの姿に気付いた妖精達からの質問に答えつつ、リュウは空いてるコンロを確保して、ドラゴンズ・ティアから食材を取り出した。

 

「この中に入ってる食材もコレが最後か……」

「流石になんとかしねぇとなぁ」

「あーあ。どっかに金の成る木とか金の塊とか落ちてないかなー」

「……」

 

 クダを巻きつつ取り出したのは、キャベツがゴロっと丸ごと一つと豚バラ肉の塊が一つ。これが正真正銘、今ドラゴンズ・ティア内部に貯蔵されている全食材である。最近忙しくて釣りもしていないから、魚さえ無い。リュウの呟きを聞いていたボッシュがどこか妙な顔を一瞬だけ見せたが、リュウは気付かなかった。

 

「……よし、回鍋肉(ホイコーロー)にしよう。ていうかそれしか出来ない」

「期待してんぜ」

「任せろ」

 

 前に日本で密かに買っておいた味噌で味付けする事を決め、早速リュウは調理を開始する。手早く材料を切り、お気に入りの中華鍋を火に掛けて熱し、油を敷いて、順に放りこんでいく。強火にして短時間で炒めるのがポイントだ。

 

「凄いよぅ! どうすればそんな格好よく出来るのよぅ!」

「これはまぁ練習あるのみ、かな。頑張ればその内出来るようになるって」

 

 小さな体に似合わない大きさの鍋を豪快に振り、厨房中にジュウジュウという空腹を促進させる音を響かせるリュウ。手元を覗き込んでくる妖精達に一言二言アドバイスを送り、出来上がった物を手近な皿に盛りつける。そしてサッと使った器具を軽く洗ったリュウは、広間へ向かった。厨房には座れるようなスペースがないためだ。

 

「はいこれボッシュの分」

「おう、悪ぃな」

「さーてそれじゃ、いただきまー……」

「なんか美味そうな匂いがすると思ったらここに居やがったなリュウ!」

「!」

 

 シャキシャキとしたキャベツの歯応えと甘味。そして豚肉の脂の旨みが、コクのある味噌ダレとしっとり絡み、互いが互いを引き立て合う。珠玉の出来と言って良いリュウ特製の回鍋肉。その香ばしい匂いに釣られて現れたのは赤毛のツンツン頭だ。隣には先程まで一緒に居た、なんちゃってスマイル紳士も居る。

 

「うお、何だそれすげーうまそ……」

「断る!」

 

 見事な展開予測。リュウの先制攻撃がナギの言おうとした台詞の続きをバッサリと両断。先読みされて言葉を無くしたナギは、「まだなんも言ってねーじゃねーかよー」と小声で文句を言っている。

 

「ナギ、つまみ食いしに来た訳ではないでしょう?」

「あーっとそうだった。リュウよぉ、アルから聞いたぜ?」

 

 箸を動かして料理を口にしながら、リュウはちらりとそちらを見た。ナギはやたらとつやつやした血色のいい顔をしている。そのはち切れんばかりの眼差しにどういう意味が込められているのか。リュウにはすぐにわかった。

 

「一ヶ月後……期待していいんだよな?」

「まぁ、何とか頑張ってみる」

「よっし良い返事だ。……あーそうだ、それともう一つ……」

 

 リュウの前向きな返事に満足げな笑みを浮かべたかと思うと、今度は微妙に真顔になるナギ。顎に手をやり、うむむとわざとらしく唸りながら何かを考えているらしい。

 

「一応俺なりに色々考えてみたんだけどよ、やっぱここはリュウの意見を聞いとかねーといけねーかと思ってな」

「?」

 

 何をそんなに真面目に考えたのだろう。と、箸を持つ手を止めリュウも釣られて真顔になった。

 

「“千の龍の男(サウザンド・ドラゴン)”……なんてどうだ?」

「…………は?」

「いや二つ名だよ二つ名! ほら、一応お前の変身から取ってみたんだけどどうだ? 結構良くねーか?」

「……」

「あのステン……だっけ? とかからは、“魔竜王(カオス・ドラゴン)”なんてのもいいんじゃねーかって話が……」

「いやいやいや何言ってんの……?」

 

 昨日フォウルの所に帰る予定のナギだったが、リュウとアルが中々帰って来ないのでとても暇だった。それはもう暇だった。あまりに暇だったので、城内をうろうろしていたステンやタペタをとっ捕まえて、一昨日の夕食時に話していたリュウの二つ名について、何か良いアイデアはないかと相談していたのだ。そこに悪ノリしたステンと生真面目だけどどこかズレたタペタが案を出した結果、他にも色々と二つ名候補が挙がったらしい。

 

「そうですねぇ、それでしたらリュウの髪の色から取って“蒼き流星(レイズナー)”などもいいのでは?」

「おお、それも格好良いな」

「……」

 

 そこへ完全に空気を読み切ったアルが嬉々として食いついてくる。リュウの反応を見てからかうのが好きな彼にとっては格好の話題だ。こうなってしまうともう下手な突っ込みは逆効果。早々に抵抗を諦めて、話しが過ぎ去るまで我慢せざるを得ないと察するリュウ。当事者置いてけぼりで盛り上がるナギとアルの二人である。

 

「……」

『お、おい、あれは“蒼き流星”じゃないか?』

『まさか、あいつがあの“魔竜王”!?』

 

 例えば街で買い物をしている時、後ろの方からそんな痛い二つ名で指を差される事になったとしたら耐えられるだろうか。…………答えはNO。どうあってもNO。考えただけで鳥肌モノだ。そして、ふとそんな想像をしてしまったリュウは――――

 

「いぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!」

 

 ――――頭を抱えて盛大に悶え転がるのだった。

 

 

 

 

「じゃ、そろそろ俺はフォウルんとこへ戻るぜ」

 

 所変わってここは城の前。例のバトル話を聞いたナギは、そうと決まれば修行も再開しないとな、と意気込んでいた。そんな訳でそろそろ帰ると言い出したナギを見送りに、その場にはリュウの仲間達が揃っている。ナギは不敵な笑みを浮かべてグッと拳を突き出し、それにリュウも複雑そうな表情で、ゴツッと拳を当てた。

 

「うんまぁ……なんとかやってみる」

「おう」

 

 リュウの言葉に頷き、次に会う時を楽しみにしてるぜと言い残すと、何とナギはその場から猛スピードで北の方に向かって走り出した。これも修行の一環。陸は走り、海は泳ぎ、魔物を蹴散らして行くのもいいのでは? とアルに言われて、ナギは特に難しく考えずにそれを実行したのだ。フェアリドロップの元の場所に戻る機能を使えば一瞬で行ける、という事の説明を忘れていたリュウは罪悪感を感じそうになったが、なんかもう割とどーでもいいかと投げやりになっている。

 

「……」

「……」

「……」

 

 終始自分のペースを貫き通し、常識何それ食えるのって具合だったナギという名の台風。それを見送り、リュウの仲間達は皆やれやれと言った表情をしていた。噂に聞く“紅き翼”のリーダーのとんでもなさっぷりを、改めて噛み締めているのだろうか。

 

「……そういや、アルはどうすんの?」

「私はナギとは別に、マーロックさんから日時の詳細を頂いてからにしようかと」

 

 相変わらずの微笑みを携えて、アルはそう答えた。確かにフォウルの空間に居たら連絡なんて取れないので、正しいと言えば正しい選択だ。だがそれはつまり、しばらくここに厄介になると言う意味か? とリュウは瞬時に察した。

 

「ええ、そうなりますね」

「……。お願いだから心を読むの止めて」

 

 勿論それは本当の読心術なんてものではなく、リュウの顔にありありと書いてあったものをただ読み上げただけだ。まぁ断る理由は特にないので、もうどうにでもして状態のリュウである。

 

 こうして大型で非常に強い台風ナギ号は過ぎ去り、リュウは皆と共に城の中に戻りながら、これからの資金と食料の調達についてどうしようかと頭を切り替えていた。妖精達が頑張っている農場も形にはなっている。魔法という反則技のおかげか植物の成長が早いので、そろそろ収穫も見えて来ているのだが、今すぐにというものではない。

 

「うーん……」

 

 ついつい足を止めて腕を組み、城の入口辺りで一人だけになって考え込んでしまう。何か楽して手っ取り早く稼げる良い方法はないだろうか。そんな風にリュウがちょっとダメ人間な方向に思考を傾けていると――――

 

「あ、いたいた! おーいリュウちゃーん!!」

「!?」

 

 遠くの方から、何だかとっても聞き覚えのある女性の声が耳に飛び込んできた。「あーあー聞こえなーい」と耳を塞ぎたい気持ちに少しなりながら、リュウは声が聞こえた方向に振り返る。するとそこには青紫の長髪をポニーテールに纏めた下半身が蛇の女性、かの大魔導士(マジックマスター)ディースが、満面の笑みでぶんぶん手を振っていた。

 

 千客万来。一難去ってまた一難。そう簡単に台風一過とならないこれこそリュウのクオリティ。ナギとの入れ違いぶりはまるで狙ったかのようだ。

 

「ディースさん!? 何でここに!?」

「ふっふーん、あたしの辞書に不可能の文字はないのよ。それにしても久々だわねー」

 

 自慢するように大きな胸を張ってふんぞり返るディース。久しぶりに会うその姿は、態度も含めて前に魔法を教えて貰った時とまっっっったく変わっていなかった。

 

「へぇーなるほど、このお城がリュウちゃんのアジトな訳ね」

「アジト……うーんまぁそういう事になりますかね」

 

 ディースは傍までやってくると、スイマー城を見上げて感嘆の声を漏らす。と、ここでリュウははたと気が付いた。ディースの後ろを、見慣れぬ女性が付いてきている。金髪ロングで黒いドレスを着た、見事なスタイルの女性。言わずもがな美人だ。

 

「あの、そちらの方は?」

「……なんだ貴様、まさかこの私の顔を見忘れたとでも言うんじゃないだろうな」

「あ」

 

 その喋り方でリュウとボッシュはすぐに察した。まさかこっちの世界で伝説の化物とまで呼ばれている存在が、こうも普通にやって来るとは思ってなかった。そのために頭の中から抜け落ちていたのだ。

 

「エヴァンジェリンさんじゃないですか。お久しぶりです」

「あー駄目よリュウちゃん。その名前はこっちじゃご法度だからね」

「っとそうでした」

「フン。聞く所によると貴様、何やらお山の大将をしているそうじゃぁないか。偉くなったもんだな。んん?」

「お山の……」

 

 こちらもこちらで相変わらず。微妙に言い返せなくて言葉に詰まるリュウ。どうしてこう自分の周りにはゴーイングマイウェイなお人が多いのだろうと、リュウはちょっぴり現実逃避をしたくなった。

 

「えーと……何でその辺の話しを知ってらっしゃるんでしょうか……?」

「まーネタばらししちゃうとね、ちょっとリュウちゃん探してあちこち話を聞いて回ったってだけ」

「あちこち……ってエヴ……あーこちらの人も連れてですか?」

「ククク……全くな。目の前に高額の賞金首が居ると言うのに、悠久の風の人間がご丁寧に色々と教えてくれたよ。男というのはつくづく馬鹿な生き物だな」

「……」

 

 そう言ってとてもブラックな笑みを浮かべるエヴァンジェリン。ディースも変装しているエヴァンジェリンも、黙っていれば確かに超絶美人なのだ。男が彼女らから話しかけられたら、そりゃ舞い上がっていらん事まで喋るだろうな、とリュウは非常に具体的に想像した。

 

「あーそれにしても疲れたわー。……ってわけで、ちょおっとお邪魔してもいい?」

「あ、そうですね、どうぞどうぞ。こっちです」

「相変わらず貴様は気が利かんな」

「う……すみません」

 

 修行時にお世話になってからと言うもの、この二人には色んな意味で頭が上がらない。そんな訳で突然現れた客人二人を城へと招く事にするリュウ。運がいいのか悪いのかはわからないが、たまたま誰ともすれ違う事もなく、自分の部屋まで案内出来ていた。

 

「へー、中々いい部屋じゃない」

「ふむ悪くないな。貴様には勿体ないくらいだ」

「……」

 

 いきなり訪ねてきていきなりの駄目出し。この二人には強く出られないので、リュウは何というか涙目である。一応人数分のお茶を用意すると、備え付けのテーブルにカップを置いていく。ちなみにエヴァンジェリンは周りに誰も居ない事を確認したので、ポンと変装魔法を解いた。

 

「あ、そーだ。リュウちゃんにお土産あったのよ。んーと……はいコレ」

「これは……」

 

 シュタッとディースから手渡されたのは、黒い固形物の絵がでかでかと描かれた長方形の箱。どう見てもチョコレートだ。マカダミアナッツと書かれているので、本当にハワイかどこかのおみやげ用の物のようである。

 

「それとコレとコレ……あとコレでしょ……あ、コレもあげる!」

「??」

 

 次から次へと出るわ出るわ土産物の数々。絵や文字から判断するにヨーロッパ、ソビエト、南北アメリカ、アフリカ、エジプトetc 。食べ物だったり置き物だったり、一体どこに持っていたんだと疑いたくなる程の量だ。おまけにその種類たるや、旧世界一周旅行でもしてきたのか思えるくらいの豊富な品揃え。店が開ける勢いである。

 

「どうしたんですかこれ……」

「お前と別れた後、結局私達は旧世界をぐるっと周るハメになったんだよ。コイツが何をしたかったのかは全くわからんがな」

「え、じゃあホントに世界一周してきたんですか」

 

 エヴァンジェリンは椅子に深く腰掛け、心底うんざり疲れた顔をしていた。リュウと別れてからずっとディースに連れ回されていたらしい。まぁしかし文句を言っている割には最後まで何だかんだと付き合ったようで、案外楽しかったんじゃないのかと勘繰るリュウである。

 

「はい、これで全部、っと。あー重かったー」

「しっかしスゲェ量だなぁこりゃ……」

 

 世界中で購入したと思われる土産物を全て出し終え、トントン自分の肩を叩くディース。山のようになっているその量に呆れるボッシュのセリフも、彼女の耳には届いてないようだ。

 

「それで、一体どういったご用件なんでしょう?」

 

 まさかこの山みたいな土産を渡す為だけじゃないよな、と疑うリュウ。普通ならそんな事はないだろうが、彼女は“あの”ディースである。あり得ないとも言い切れないのが怖い所だ。

 

「そうね。あっちを隅々まで回って分かった事があるから、一応リュウちゃんの耳に入れておこうと思って」

「?」

 

 改まって何用か尋ねると、ディースは意外な程に真面目な顔になった。それまでのノホホンとしていた空気が冷え固まり、シリアスモード全開だ。

 

「あっちの世界に…………ミリアの気配がなかった」

「え……それって……」

「こっちに戻ってきて良く分かったわ。どういう訳か知らないけど、あいつは今こっちに居る」

 

 ディースは、何とも言えない苦い表情をしていた。向うに残って世界を回ったのは、決して旅行がしたかったと言う訳ではなく、女神の気配を探す為だったのだ。

 

「そうですか……」

「あいつがこっちに居るのは、リュウちゃんに無関係じゃない気がしてね。それを伝えようと思って、こうしてはるばるやって来たって訳」

 

 なるほど、とリュウは頷いた。ミリアは元々旧世界の女神。魔法世界に来ている理由はわからないが、敵視しているだろう龍の民の生き残りであるリュウに関係している可能性は、高いかも知れない。

 

「忠告ありがとうございます」

「ま、リュウちゃんが無事な所を見ると、別にちょっかい出してきたってわけじゃないみたいね」

「……」

 

 暗に手を出して来ていたら、確実に無事では済まないとディースは言っていた。少々雰囲気が暗くなるリュウ達。そこへ、蚊帳の外に居たエヴァンジェリンが飲み干したカップをカチャリとテーブルに置いた。

 

「私にとっては貴様の話などどーでもいい。興味も無いしな。所で、私達は今日の寝床がない。見た所この城には、随分と部屋が余ってそうじゃあないか」

「脅迫ですよねそれ……。まぁ確かに部屋ならあるんで、泊まってって貰っても問題な……」

 

 半ば脅しのようなエヴァンジェリンの睨みに負けたリュウ。しかしここで重要な事に気付いた。今、この城にはとてもお持て成し出来る程の食料は無い。買ってくるだけのお金もない。以前なら良かったかもしれないが、今は易々とボランティア的に受け入れる訳にはいかないのだ。泊めるならせめて何か対価のような物が欲しいな……と、打算を計算する事僅か0.2秒。

 

「……」

「何だ。まさかダメとでも言うつもりか貴様?」

 

 さて、今何が欲しいかと言うと、第一に金である。だがそのまま頂戴と言ったところで、特にエヴァンジェリンが出してくれるとは思えない。何とかする方法はないか。そう言えばこの二人は最高峰の魔法使い。魔法使いでお金と言えば何かないか……と、僅かな間に考えて考えて、リュウは思いついた。

 

「……話しは変わりますが、お二人は“錬金術”とかなんてご存知ないですか?」

「?」

「?」

 

 魔法使いでお金と言えばそう、錬金術。楽して稼ぎたいというダメ人間的思考から飛び出た短絡的で突拍子もない発想。けれど意外とこの二人なら可能性はあるんじゃないかとリュウは思った。しかしそれを聞いたエヴァンジェリンは鼻で笑い、ディースは呆れた顔をしている。

 

「あー駄目駄目、そういうのあたしの性分じゃないのよねー」

「ディースは馬鹿だから知らんのも当然だろうがな。悪いが、私も錬金術には詳しくない。魔法というより科学に近いしな。それに、お前が想像しているように金を作り出すなんて事は、恐らく出来んぞ?」

「……」

 

 頭ごなしに馬鹿にされるかと思ったが、結構すんなり話が通じた事に逆にビックリするリュウである。まぁほぼダメ元で聞いただけなので、ガッカリする程でもない。それによく考えたら、知り合いとはいえ“闇の福音”に借りを作るというのも、後でどんな目に会うか知れた物ではない。

 

「……」

 

 色々と冷静になったリュウは、結局それ以上食い下がるのを止めた。目の前では馬鹿と言われたディースがエヴァンジェリンに挑発をし返し、歴戦の魔法使いにあるまじき子供じみた取っ組み合いを始めている。まずはそちらを早々に仲裁しなければ。以前修行時に多々あった光景なので慣れっこだ。

 

「まぁそうだよね。普通に考えて錬金術なんてある訳……」

 

 ですよねーと溜め息をついた所でリュウは、ふとクッションで丸くなってる相棒に目が留まった。先ほどエヴァンジェリンは錬金術を科学の範疇と言った。科学と言えばそう、ユンナの知識。そういやこいつの頭の中には、そんなのはないのかな、と。

 

「なぁボッシュ。お前の知識ん中にさ、錬金術とかってない?」

「……」

 

 ダメ元パートⅡ。藁にも縋るとはこの事か。勿論リュウも期待はしていない。なんとなく聞いてみただけである。

 

「……あるぜ」

「だよね。やっぱそんなもんある訳……ん?」

「……」

「え、ちょっと待って……え……あんの? 錬金術だよ?」

「おうよ」

 

 何事も無いかのように、ボッシュは言う。しつこくもう一度確認すると、それでもしっかりと頷いた。一瞬、リュウの時が止まる。厨房でリュウが金のなる木がどうのと言った時に、ボッシュはそれを思い出していたのだ。そして次にリュウの口から出てきたのは、喧嘩中だったディースとエヴァンジェリンさえビクッとして止まるほど大きな、「それならもっと早く言ってくれよ!」という突っ込みだった。

 

「大きな声で……一体何事です……か……」

「あ」

 

 リュウのそれは、城全体に響き渡るくらいの大声だった。だから何事かと面白事探索センサーが反応したらしいアルが、思いっきりリュウの部屋のドアを開けて現れたのだ。その後ろには何かあったのかと、同じく野次馬根性丸出しのリンプーやらランドやらも来ている。

 

 さて、ここで今のリュウの部屋の状況を整理してみよう。

 

 リュウが居る。ボッシュが居る。元々露出度が高い上に着衣の乱れた謎の美女が一人。同じく着ているゴスロリ服が乱雑になった謎の美幼女が一人。リュウが自分の部屋に女を連れ込んだ、と見られても言い訳が出来ないこの状況。しかも二人。リュウ自身が子供の容姿とはいえ、片方は犯罪レベルだ。アルはディースに会った事があり、勿論彼女の事は覚えている。だがアルにとっては、事態が面白くなる事の方がはるかに重要だ。リュウのフォローになど回る訳がない。

 

「おやおやこれは……皆さん、リュウの部屋の中が実に面白い事になっていますよ。是非御覧になってはいかがです?」

「え、あ、ちょ、待って――――」

 

 抵抗空しく、野次馬達に全面公開されてしまった部屋の中。まるでスキャンダルが発覚した芸能人のごとく、怒涛の質問攻めにされるリュウ。騒げば騒ぐ程他の面子が集まってきてしまい、事態が収束する気配の欠片も見えてこない。そんな訳で非常にカオスな事態に陥るスイマー城であった。

 


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