炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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3:在り方

 結論から言えば、見応えバッチリだった空中戦はあっさりとナギの負けで終わった。良い勝負を繰り広げているように傍からは見えたものの、実際にはナギが銀髪の男にほとんど攻撃を当てられていないという一方的なワンサイドゲーム。

 

 最終的にムキになったナギは一瞬の隙を付かれて銀髪の男から首に一撃貰い、ストンと意識を飛ばされたのだった。最初から最後まであまりに見事すぎる銀髪の男の動きに、リュウはボッシュに言われるまで、落下していくナギに気が回らない程だったという。

 

「……はっ!?」

「あ、起きた?」

「……あ……? 俺は……どうしたんだっけ……?」

 

 危うく墜落すると思われた所を何とか受け止め泉のほとりに寝かせていると、程なくしてナギは意識を取り戻した。キッチリ数分で目覚める辺りはまさしく職人技だ。流石は銀髪の男である。

 

「ナギ、今回“も”あなたの負けです。それはもう見事に気絶させられましたね」

「気絶……そうだった! あーちくしょー! 今度こそ行けるって思ったのに!!」

「……」

 

 がばっと上半身を起こすと横に居るリュウの存在を軽くスルーし、心底悔しがってみせるナギ。リュウはこれほど見事にナギが打ち負かされる所を見たのは初めてかもしれない。今のやり取りと先程の会話から想像するに、もうかなりの数挑んで、尚且つ同じ数だけ返り討ちにされているのだろう。リュウとボッシュには何となくわかった。

 

「おーいナギー? とりあえず何がどうなってんのか教えてくんねー?」

「あの男とおめぇさんの関係とか、ここで何やってんのかとか、俺っち達を呼んだ理由とかをだなぁ……」

 

 ナギの前でひらひら手を振ってみるも、反応がなくてちょっと寂しいリュウである。ちなみにナギを軽く蹴散らした銀髪の男は、リュウ達から少し離れた場所にいつの間にか降り立っていた。何となくその視線が自分を見ている気がしないでもないリュウだが、なんか怖いのでなるべくそっちを見ないようにしている。

 

「まぁいつまでも悔しがってても仕方ねぇな。 次こそ勝つ! ……で、久しぶりだなリュウにボッシュ」

「遅っ!」

「なんつーか、相変わらずだなぁ」

 

 切り替え素早くナギはシュタッと立ち上がると、リュウとボッシュにようやく目を向けた。相変わらずのマイペースぶりである。そして、リュウはナギの立ち姿を改めて見て、ふとそこに違和感を覚えた。前は同じぐらいだったのに、今は目線の高さが違う。

 

「あれ……ナギって……」

「んあ?」

「ひょっとして……背、伸びた?」

「そうか? 自分じゃわかんねーな。お前が縮んだんじゃねーの?」

「確かにナギッ子前よりデカくなってんな」

 

 二人で並んでみるとよく分かる。前までナギはリュウと同じくらいの身長だったのだが、現在はその均衡が明らかに崩れていた。色々な意味で伸び盛りなナギである。それに対してリュウの見た目は、以前と全く変っていない。

 

「そう言えば、リュウはあまり背が伸びているようには見えませんね?」

「あー……ほら俺“龍の民”って種族だから、成長遅い……らしいよ」

「へー、そうなのか」

 

 本当は成長が“遅い”のではなく、成長“しない”。リュウはユンナの幻影に言われたから、自分では理解していたつもりだった。しかしこう現実としてその事実と直面すると、何だか自分だけが時間に取り残されていくような、良く分からない寂しさを感じてしまう。

 

「さてナギ。世間話も良いですが、そろそろ先程のリュウ達の質問に答えては?」

「あー……何だっけ?」

「……あれは誰でここは何でナギは何やってんの? って」

「そうだった。えーとな、あそこに居るのは“フォウル”って名前のメチャクチャつえーヤツで、ここはアイツが作ったっていう変な場所で、俺はアイツに勝つためにここで修行してるって訳だな。以上!」

「……。何とも端的な説明で……」

 

 ナギに説明を求めると言葉が足らず、アルに説明を求めると肝心な所ではぐらかされる。久しぶりに“紅き翼”の良心、青山詠春に助けを求めたくなるリュウであった。まぁ一応ここに来るまでのアルの話も統合して、ある程度の理解は出来る。納得した所でリュウは次に、テレコーダーで言っていた“話”とは何なのかを訪ねようとして……

 

「そうそう、リュウ少しよろしいでしょうか。実は私からあなたに、折り入ってお聞きしたい事があるのですが」

「え、何……?」

 

 ……胡散臭さ限界突破のアルビレオ・イマに出鼻を挫かれた。そんなに改まって一体何を聞きたいと言うのだろう。心なしか、わざわざタイミングを計っていたような気配も感じる。この男がかしこまる時は大抵碌な事ではないという過去からの経験則が、リュウの脳内で警鐘を掻き鳴らす。

 

「実はですね、三日ほど前悠久の風支部に立ち寄った際に、そこで面白い噂を耳にしまして……何でも、青い髪の子供が新しくチームを立ち上げたらしいという……」

「!?」

 

 マズイ。リュウの顔には思いっ切りそう書かれていた。噂と言うものは本当にどこで誰が聞いているか分かったものではない。まさか、既に自分が“炎の吐息”というチームのリーダーに祭り上げられている事を知っているとは。アルは何という地獄耳であるのか。

 

 直後、色々な考えがリュウの頭を駆け巡る。先手を取られてしまった以上、アルに話を続けられるのは非常によろしくない。こうなったら取れる手段は二つ。即ち、今のうちに笑って認めちゃうか、または全力で誤魔化すかだ。そしてリュウは――――

 

「そ……」

「その子供はペットのフェレットらしき生物といつも一緒だそうで……いやぁ、偶然とは言えとてもリュウに似ているとは思いませんか?」

「…………。ソ、ソウデスネ……」

 

 残念、リュウには喋る隙すら与えられなかった。もうリュウの背中は嫌な汗でびしょびしょである。アルが居る限り、誤魔化したりなどの逃げ道は封じられたも同然だ。悠久の風に登録されている人物で、青い髪をした子供。さらに常日頃からフェレットと一緒に居る。そんなのはよっぽどの偶然でもない限りリュウしかいない。アルは全てを分かった上で言っているのだろう。何だかそのエセスマイルがいつもの十倍黒く見える。

 

「おいリュウ……今の話、どういう事だ……?」

「あー、えーと……その……」

 

 ユラリと何故か前髪で目元を隠し、それが余計にプレッシャーを増幅させるナギ・スプリングフィールド。まさに万事休すとはこの事だ。何しろナギからすれば、自分のチームのメンバーだと思ってたヤツが勝手によそで新しいチームを作り、しかもそのリーダーをやっているというこの状況。背信と言われて後ろから刺されても、文句は言えない。

 

「お前、この俺に一言も言わずに、新しくチームなんか作ったってーのか?」

「……。ハイ……その……な、成り行きで……」

 

 成り行き。確かにその時はそうだったかもしれない。……しかし、である。リュウは“炎の吐息”のリーダー就任を拒否する素振りを一応は見せた。だがそれは本当に本気で拒絶したのかと問われると、リュウは言葉に詰まる。そうつまり、リュウ自身も心の奥では、“それも悪くない”と思っていたのだ。

 

 それゆえ、リュウは気付いた。もし今そんなの辞めろと言われたら、自分はどうするだろう。正直に言えば、嫌だと。それが紛れもない自分の意志。リュウは今、はっきりと自覚したのだ。そして同時に、覚悟を決めた。これはどう考えても百パーセント自分に非がある。ぶん殴られても仕方がない。だけど、それでも辞めたくはないのだ。だからリュウはぐっと目を閉じ、歯を食いしばる。まずはとにかく、誠心誠意謝罪をしようと決めた。意を決してリュウが頭を下げるのと、ナギが口を開いたのは同時だった。

 

「ご、ごめんなさ――」

「でかした!」

「――い……。…………?」

 

 はて。何だろう。今何か“でかした”と聞こえたような。でかした? それってどういう意味? ああ、“仕出かした”を聞き間違えたか? いやでもそれだと文法としておかしいし。

 

 リュウは頭を下げて目を瞑ったまま、まず自分の耳を疑った。次に聞えた単語がどこか知らない国の言葉なのかと疑い、そして最後に己の脳の異常を疑った。聞えてきた言葉を頭の中でそれとわかる意味に噛み砕くのに、聊か時間がかかっていた。

 

「……?」

 

 そして少し待ってみても殴られる気配がないので、リュウは恐る恐る顔を上げて目を開けてみる。するとナギは、何とグッと親指を立てていた。さらにはグッジョブ! と言わんばかりな満面の笑みによる追い打ちである。どうやら“でかした”という言葉はそのままの意味らしい。

 

「俺が頼むより前にもうチームを作ってるたぁよ。流石はリュウだぜ!」

「???」

 

 そうして何故かやたら嬉しそうに、バシバシリュウの背中を叩くナギ。全く持って訳がわからない。何で俺誉められてんの? と、今日この日一番のアホ面を晒すリュウ。残念ながらこの混乱は、“竜のなみだ”も防いではくれないらしい。

 

「?????」

 

 ここに鳩が豆マシンガンを避けずに食らいまくったような、非常に間の抜けた顔をするリュウとボッシュという図が完成したのだった。そんな二人の様子を静かに伺って、とても満足そうにニヤニヤしているのは先ほど話を振った全ての元凶、ドス黒スマイルアルビレオ・イマである。

 

「あの……どういう……?」

「ふふふ、わかりませんか? つまりナギは最初から、あなたに頼むつもりだったのですよ。私達“紅き翼”のライバルに成りうるチームの結成を、ね」

「……」

 

 そう、それこそがナギが言っていた“話”の中身。要するに、ナギは自分達の“ライバル”が欲しくなったのだった。理由は単純だ。ナギはここで、これまでの人生の中でも最強の相手である神皇フォウルを相手に修行している。続ければ、自らの思い描く最強に限りなく近づけるだろう。だが、そこでナギは気付いてしまった。考えてみれば自分には、フォウルに出会うまでまともに戦える相手が居なかった。もしもこれで彼を越えてしまったら、また目標が無くなってしまう。

 

 だからナギは考えた。“いないなら、作ればいい”と。

 

 仲良くなった(とナギは一方的に思っている)フォウルには、“神皇”と呼ばれだすよりもはるか以前、強敵と書いてライバルと読む相手が居たとナギは聞いた。なら自分達にもそういう存在が居れば、お互いにお互いを超えようとして無限に高みへと昇って行ける。そう考えたのだ。

 

 ちなみに余談だが、フォウルは自身の事についてはほとんど語っていない。ライバルが居たという話は、ナギが狛犬二頭から聞いた話を自分に都合の良い様に解釈したものである。それと軽々しくフォウルを“越えたら”と言うが、それはそれで果てしなく高いハードルだったりする。……という以上二点は強調して付け加えておかねばなるまい。

 

「……で、つまりそのライバル役を俺にやれと?」

「おう。いやよ、アルは嫌だっつーし、詠春はまだあっちだし、お師匠は行方不明だし。そうなるとお前に頼むのが一番だと思ってな。まぁでも、まさかもう既に作ってるとは思ってなかったけどよ」

「……」

 

 別にナギの為に結成された訳ではないのだが、こうまで機嫌が良くなっているなら言い訳は必要あるまい。それにしてもてっきり責められると思っていたのに、まさかまさかのナギ公認と来た。とにかくこれで正式に許可が出され、リュウは晴れて“炎の吐息”のリーダーに何の憂いもなく就任出来る事になったと言う訳だ。何だか一人であーうー悩んだのが馬鹿みたいで、リュウはドッと疲れを表に出した。

 

「……」

 

 色々と突っ込みたい気持ちもある。しかし何かもう我儘を突き通すナギを見ていると、それならそれでその事はいいやと、ありのまま受け入れる事にリュウは決めた。物事が丸く収まると言うなら、わざわざ自分から話を混ぜっ返したりする事もない。

 

 ……ただし、どうしても納得行かない事が一つある。それは目の前の、やたらとニヤニヤしたエセ笑いが目に付く男の事だ。明らかにリュウを非難するような形で話を持って行き、しかしナギの本心を最初から知っていたはずのその男。リュウは自分の疲れの元凶へ向けて、ギヌロっとガン飛ばしを発動した。

 

「……アルさ……全部知ってて、それでさっきみたいな言い方した訳?」

「はっはっは。いやぁリュウの慌てふためく反応とその後のどんでん返しを喰らった時の表情。実に素晴らしい。やはりリュウはこうでなくてはいけません。いやいや一粒で二度美味しいとはまさにこの事ですよねぇ」

「……」

 

 リュウのガン飛ばしを右から左へ受け流し、カラカラと上機嫌に笑うアル。先程の支部で聞いた噂話だとかリュウに似た人間がどうの、という話の流れは全て、リュウをからかう為の伏線でした。と堂々とアルは言ってのけたも同然だ。リュウの心に、久しぶりにアルの手のひらの上で踊らされた事による怒りの念が激しく湧き上がるのだった。

 

「んぬぁーーー!! 性格WARYYYYY!!」

「いえいえそれほどでも」

「誉めてぬぇEEEEEEE!!」

「はっはっは」

 

 ちゅどーんと憤慨するリュウ。前より性格の悪さだけがパワーアップしてんじゃねーの!? という疑惑の視線を、笑って否定しないアルである。そこには久しぶりに見る“紅き翼”の和気藹々としたやり取りが広がっているのだった。そうしてリュウが散々アルに文句を言い、暖簾に腕押しでゼーゼーと荒く息を吐いていると……それを一段落付いたと見なして近付いてくる銀髪の男。

 

「話は済んだようだな」

「おう、まぁな。そーだ、紹介するぜ。こいつが俺の仲間のリュウだ」

「!?」

 

 興奮冷めやらぬ状態のままズイっとナギに押し出され、リュウはフォウルと真正面から相対する。その途端、場の空気が凍った。フォウルは全てを見通すかのようにリュウの瞳をじっと見つめ、リュウはそれだけで全身を射抜かれたような錯覚を覚えたのだ。あの二頭の狛犬の威嚇にも耐えたリュウだが、今は、間違い無く気圧されていた。一見するとタダの人間に見えるフォウルに、一瞬で呑まれてしまっている。

 

「……」

「……」

 

 アルもナギも何も喋らない。何か割って入れない一種独特の雰囲気が形成されて、リュウとフォウルを包んでいるためだ。少し前のふざけた空気は、跡形もない程に冷えきっている。

 

「……」

「……」

 

 無言の空間は流れる時の速度を引き下げたんじゃないかと感じられるほどに重い。息が詰まり、呼吸をするのも一苦労だ。リュウにはフォウルが何を考えているのか全くわからない。だがこうして相対しているだけでも、リュウの中に漠然とした畏怖の念のようなモノが芽生えていた。言い換えればそれはフォウルの“カリスマ”だ。なるほど、“神皇”という呼び名は伊達ではないらしい。

 

「……」

「……面白いな」

 

 沈黙を破りフォウルは一言そう言うと、ふっと小さく笑みを浮かべた。同時に場を包んでいた独特な雰囲気は失せ、どこからともなくフォウルの背後に、あの白と青の二頭の狛犬が駆け下りて来る。

 

「オンクー、アーター、丁重に持て成せ」

「御意」

「仰せのままに」

 

 した事と言えばひたすらにリュウの目を見続けただけ。だがそれで何かを理解したのか、フォウルは背を向けてリュウ達三人から離れていく。そこでようやくリュウはプレッシャーから解放され、ぶはーと盛大に息を吐いて見せた。

 

「良かったなリュウ。お前あいつに気に入られたみてーだぞ?」

「ふふふ、流石はリュウですね」

「あ……そうなの?」

 

 一体今のやり取りのどこを見て、気に入られたとかわかるのだろう。別に戦った訳でもないのにやたらと疲れを感じるリュウは、無駄かもしれないと思いつつ二人に解説を頼むのだった。

 

 

 

 

 フォウルの作り出した空間は、何故か外の世界と時を同じとしているらしい。要はここには“昼夜”の概念があるのだった。段々と空を支配している七色のオーロラから出る光が弱くなり、代わりに闇が増えていく。リュウとボッシュはナギとアル、そして二頭の狛犬に連れられて、小屋のような建物へと案内されていた。この空間へやって来た時のようなオンボロではなく、それなりに立派な山小屋らしき建物だ。そこでナギ達は寝泊りしているらしい。

 

「食料だ」

「神皇様の慈悲に感謝して食すが良い」

 

 そして二頭の狛犬はどこから調達したのか不明だが、とにかく新鮮な肉や魚、大量の野菜や果物の入った籠を咥えてきていた。フォウルが言った“丁重に”という言葉を彼らなりに解釈した結果だろうか。

 

「スゲェ! 今日はいつにも増してごちそうじゃねぇか!」

「いつもいつも、すみませんねぇ」

「構わぬ」

「……」

 

 早速、とナギとアルは手馴れた仕草でそれらを手に取り、魔法で火を起こして焼いて食べようとする。……だがそこで、リュウがゴホンとわざとらしい咳払いを一つ。何だ? と反応する二人の前で、素早くドラゴンズ・ティアから取り出したエプロンを装着。まぁ見てなさいと自信たっぷりに告げてから、リュウは続けて取り出した料理道具一式を華麗に操り始めるのだった。

 

~数十分後~

 

「んめぇ! 何だこの魚っ! まるで舌の上でシャッキリポンと踊るようだぜ!」

「ふぅむ……このスープ……口の中に広がる濃厚で芳醇な素材の旨み……それでいてスッキリと爽やかな喉越しをも両立させるとは……」

「おいおいリュウお前スゲェじゃねぇか! いつの間にこんな料理上手くなりやがったんだよ!」

「驚きましたね。あのカレーくらいしか作れなかったリュウに、まさかこれ程の才能があったとは」

「ふふん、まぁ色々あってそっちの修行も万事抜かりなく」

 

 エプロン姿でおたま片手に腕を組み、ドヤっと自慢顔なリュウである。そんな訳で、ナギとアルはリュウの作った絶品料理に舌鼓を打っていた。食えればいいやとあまり料理に興味が向かないナギと面倒くさがりなアルは、連日材料をただ焼いただけという“男の料理”を食べていたらしい。そこへ闇の福音の修業やらジンメルの店やらで鍛えられたリュウの料理は、がしっと胃袋鷲掴みだったようだ。

 

「くっそーこんなうめぇ料理が食えるんなら、やっぱリュウにライバル役任せんの止めて詠春辺りにでも頼むかなー」

「いやいやいやいや」

 

 今更何言ってんの、と冗談めかして突っ込むリュウだが、ナギは割と真剣にそんな事を言うのだった。そうして全力で食い散らかすナギが空き皿を積み上げていく中、リュウはこんがりと良い色に焼きあげた肉の塊を二つほど皿に乗せ、それを持って歩き出した。目的地は仲良くお座りしてリュウ達を見ている、あの二頭の狛犬の所だ。

 

「何用か」

「あ、これご飯なんで……その、良かったら」

「……」

 

 リュウは狛犬二頭の分も作って差し出していた。材料を持ってきてくれたのは彼等なのだから、そのお礼の意味も込めての事である。二頭は少しの間、置かれた肉の塊にふんふんと鼻を近づけて警戒していたが、危険はないと判断したのだろう。すぐにガブリと食い付いた。美味いメシというものは、万国共通で場の空気を和ませる効果があると信じるリュウ。がっつく様に食べている二頭の様子を見て少しは仲良くなれたかと思い、小さくガッツポーズをするのだった。

 

「ふぁーあ……さて、食ったから寝るか!」

「うわ凄い健康的な生活……」

 

 良く戦い、良く食べ、そして良く眠る。ナギはその辺、実に理想的な生活サイクルを送っていた。あれだけ暴れてこれだけ食って寝れば、そりゃ強さも身長も伸びるだろうとリュウが呆れるほどだ。山小屋の中に入り、そこに何枚かある毛布に包まり、リュウ達は寝る事にする。

 

「……」

 

 夜も更けて、毛布を蹴飛ばし大の字になって眠るナギと、すやすやと規則正しい寝息を立てるアル。そしてリュウは横になりながら、まだ起きていた。このフォウルが作ったという不思議な空間に月はない。しかしそれと同じ程度には、外は明るいらしい。疲れている筈なのに何となく寝付けずどうしようと思ったリュウは、足元で丸くなっている相棒に気をつけながら、ふらっと小屋の外へと出てみる事にした。

 

「……」

 

 まぁ別に、外に出たからどうだと言うわけではない。ひんやりとした空気に晒されて、余計に目も冴えてしまう。眠れない時に取る行動としては、あまり正解とは言えないようだ。

 

「どうした」

 

 と、突然背後から声が聞えて、リュウの心臓は跳ねた。外に出た時は、確実に周りには誰も居なかった筈だ。穏やかで何気ない一言にさえ、ズシリと腹に響くような重厚さが伴っている。恐る恐る声の聞こえた方向に振り返れば、そこに立っていたのは予想の通り、“フォウル”だった。

 

「こ、こんばんは……」

 

 その姿を見たリュウは、改めて昔の記憶を手繰っていた。記憶の中で“フォウル”は、単独で世界を滅ぼせる程の凄まじい力を持つ存在とある。ヒトと言う生き物に迷い、迷った挙句に絶望して、全てを無に帰そうとする神のような存在であったとも。

 

「……」

「……」

 

 しかしリュウは今目の前に居る人物からは、記憶にある様な物騒な気配は感じていなかった。確かに相対するだけで凄まじいまでの威圧感を受けるが、それが自分に対して害しようとするものでない事はわかる。

 

「……」

「……」

 

 昼間の再現VTRのように、二人の間には又もや沈黙が訪れた。だがその時程の重圧は今はなく、その為リュウには少しだが余裕があった。だから“今日は月が綺麗ですね”等と適当な世間話でもしようと思ったのだが、良く考えたらこの場所で月は出ていない。とにかく無言で居るのは精神的に堪えるので、必死に会話の取っ掛かりを探すリュウ。だが意外にも、先に口を開いたのはフォウルだった。

 

「お前は……“何”だ?」

「……? えと……何だ……と言われましても……」

 

 開いた口から紡ぎ出されたのは疑問符だ。そしてその内容は、極めて漠然とした問い掛けである。いきなり何だと訪ねられても、リュウ的にはどう答えればいいのかわからない。

 

「お前は“龍”か、“ヒト”か。それとも全く別の“何か”か。お前ほど異質な存在を、私は初めて見る」

「……」

 

 リュウは直感した。フォウルは、リュウが何者なのか大体分かっている。分かった上で、問い掛けているのだ。ユンナにより改造を施された龍の民の身体と、人間である魂が合わさった今の“リュウ”が、自分を何者だと認識しているのか。リュウが自分で思うその在り方を、フォウルは問うたのだ。

 

「……」

「……答える気はない、か」

「あ、いえ……」

 

 別に言いたくないという訳ではない。なんと説明したら良いか、言葉が見つからなかっただけだ。自分は何かと聞かれたら、一体どれが本物なのだろう。龍の民の恨みの結晶である生物兵器? 元はただの人間? それとも、いつか闇の福音に言った様に“俺は俺だぞ”とでも言えばいいのか? 改めて問われると、難しい質問だった。

 

「では…………お前は、ヒトをどう思っている」

「ヒト……って、人間に対してって事ですよね……?」

「そうだ」

 

 リュウは迷った。“元々の自分”は人間だ。“今の自分”も竜変身が行える龍の民だと言ったって、基本的には人間であると思いたい。口ぶりから察するとフォウルは、やはり人間に対してあまり良い感情を抱いてはいないようだ。けれどだからといってその期待通りの言葉を口に出す気には、リュウはならなかった。人間には確かに否定的な面がある事は認めるが、肯定的な面だってあるのだ。

 

「その……良いばかりではないと思います。けど……」

「けど、なんだ……?」

「あ、その……」

 

 良いばかりではないが悪いばかりでもない。そんな風な事を言おうとして、鋭く射抜くフォウルの眼光に少し言葉が詰まる。リュウが僅かにたじろいだのを見て、フォウルは静かに言葉を続けた。

 

「ヒトは……無知で、傲慢で……偽り、傷つけ、殺し……どこまでも、愚かだ」

「……」

「身勝手で残忍で、守るに値しない。……そうだろう?」

「そんな事は、ない……と思います」

「……」

 

 リュウは少し強い口調で、フォウルの言葉を否定した。フォウルの言には、全てに“重み”が感じられる。一体どれほど壮絶な過去を背負えば、これだけの“重み”を言葉に含ませられるのか。想像すらつかない。だからその重たい言葉を否定するには、せめて自分の中にある記憶や思い出全てを、同じく言葉に乗せて対抗するしかないと悟ったのだ。

 

 正直、勝ち負けで言えば勝てるとは思えない。それでもフォウルの言葉を認めて肯定するのは嫌だという気持ちの方が強かった。それはリュウが人間であるからこその、譲れない一線だとも言い換えられる。

 

「……」

「……」

 

 僅かだが、フォウルが放つ重圧が増す。三度訪れる沈黙の世界。ピンと耳を付く静寂の音。そしてお互いに瞳を見続けて、フォウルは――――笑った。

 

「フ……やはり、面白いな。どうやらお前は龍であり、同時にヒトでもあるらしい」

 

 そう言うとフォウルは、光り輝く“何か”をリュウに向かって放り投げた。

 

「おわ……っと。……? ……あの……これは?」

 

 闇に映える放物線を描いてリュウの手元に落ちたそれは、金色に光り輝く林檎のような形の果実だった。とても不思議な力が感じられる。しかしそれがどのような効力を持っているのか。そしてどういう意図でこれを投げて寄こしたのか。リュウにはわからない事だらけだ。

 

「それは“アンブローシア”。神の果実だ。もしもお前がヒトで居る事に飽いたら、使うがいい」

「……使うと……どうなるんですか?」

「それは龍という存在を爆発的に活性化させる。お前はその時、身も心も真に龍となるだろう」

「!!」

 

 “真”とは何か、リュウには分かった。余計な事だけはすぐに分かってしまった。この果実を口にしたら、恐らく自分は龍そのものになる。その時“自分”がどうなるのか。聞かずともわかってしまったし、聞きたくもない。

 

「なんでこんなモノを……俺に……」

「お前もいつか気付くだろう。ヒトの愚かさに、な。その時になっても、お前はその在り方で居られるか……」

「……」

「しかし……お前のような者との出会いに繋がる、か。なるほど。たまには妙な人間に付き合うというのも、悪くないものだな」

 

 “妙な人間”と言うのはナギの事だと察しはつく。しかしやはりフォウルが何を思ってこの果実を渡したのかが気になり、リュウが視線を果実から正面へと戻すと…………既に、そこにフォウルの姿はなかった。

 

「……。まぁ、くれるって言うなら、貰うけど……」

 

 でもこんなもん、使う事はないだろうけどね、と心の中で付け加える。僅かな時間に疲れを倍増させた感のあるリュウは、溜め息を付いてアンブローシアと言う名の果実をドラゴンズ・ティアにしまう。そして今なら絶対に寝付けるだろうなという確信と共に、ナギ達の居る小屋へと戻るのだった。


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