炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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第十一章
1:引越し


「はぁ……」

「まぁ元気出せって相棒」

「お前ね……」

 

 雲一つない穏やかな青空。なだらかな斜面を小川がせせらぎ、草木はそよ風にさざめいて柔らかな音を奏でている。そこは普段ならスカッと爽やかな気持ちになりそうな早朝の渓谷。リュウは川べりの岩に腰を降ろし、やたら疲れた目をして釣り竿を握り溜息をついていた。

 

「いっその事全部放り出して逃げちゃおーかなー……」

「相棒はそういう事言いながら、結局やるこたやるタイプなんじゃねぇのかい?」

「……」

 

 先程からちゃぷちゃぷとルアーを水面に浮かばせているものの、一度もアタリが来ない事で溜息二連発。そんなリュウのすぐ隣からは、なんだかんだでそれなりに付き合いが長くなってきたボッシュのセリフ。したり顔でそんな事を言われると、なんだか少しむかつくのは仕方ない。

 

「ていうかさー、何でこんな一気に色々起きんの?」

「別に突然って程じゃねぇだろ。まぁ妖精達のアレは予想外だったけどなぁ」

「……はぁ」

 

 僅かな間に三度目の溜息。これだけ付けば、本当に幸せが逃げてしまいそうだ。そして何故かピクリとも動く気配を見せない釣り糸。さて、何故リュウがこんなにグダグダしているかというと、話は前日に遡る。

 

 

 

 

 あの後リュウ達は、一旦妖精の里に場所を移していた。ハイランド城へ続く道の途中で騒ぐと色々な意味で目立ち過ぎる。リュウは取り敢えずナギからのしつこいコールに根負けしてテレコーダーに出て話をしたあと、フェアリドロップを使って全員纏めて移動する事にしたのだ。

 

 ちなみにその時のフェアリドロップは、使った瞬間凄まじいスモークが発生した。リュウ達をいかにも毒々しい緑色の煙がモクモクと包み、一寸先さえ見えなくなった所でサァッと煙が消えると、何故かそこは妖精の里だった。

 

 アレと言えば確かにアレな仕様な今回のフェアリドロップ。しかしもーこれでよくね? みたいに妥協する気持ちがリュウの中にないでもなかった。けれど何だろう。ここまで来ると、逆に次はどんなネタで来るのだろうかと若干楽しみになってきている気がする。そんな自分を必死に否定しつつも、やっぱり作り直しを要求する気のリュウだったりする。

 

「あれ?」

「ねぇリュウ、妖精ちゃん達……居なくない?」

「……?」

 

 そうして妖精の里についた十二人の一行だったが、そこは何やら様子がおかしかった。いつもなら何人か暇そうにゴロゴロしているはずの妖精達が、一人も見当たらなかったのだ。物珍しそうにキョロキョロしている初めて来た数人は取り敢えずそのまま。ランドとステンは家の仕上げ。サイアスとタペタはその手伝い。そしてリュウとリンプーは、消えた妖精達を探してみる事にした。すると草敷き屋根から少し離れた所で、よろよろと弱ったいつもの妖精三人を見つけたのだった。只事ではない様子に急いで駆け寄って何があったか聞くと、その口からは思いも寄らない言葉が。

 

「りゅ、リュウのヒト……」

「お腹……空いた……よぅ……」

「獲物が全然見つからないのよぅ……」

「……はい?」

 

 ここで第一の問題発生。妖精達はその増殖ペースから来るあまりの食欲旺盛ぶりに、なんと付近の森の獲物や木の実、魚なんかをほぼ食い尽くしてしまっていたのだ。最早その辺一帯は不毛の大地。長い時間を掛けてゆっくり環境を修復するしかない土地となってしまったのである。げに恐ろしきは底なしの食欲だ。

 

「……」

 

 それはまぁともかくとして。今現在飢え死にしそう(と見せかけて実はただ怠けているヤツも多数)な妖精が総勢三十人程+卵がゴロゴロ。何か一気に増えた気がするが、一々突っ込んでいたらもう追いつかないのでスルー。そんな妖精の群れをどうすればいいのか、と言うのが第一の問題である。

 

 うーん、とリュウが頭を悩ませていると、その背後につつつと忍び寄る白い影が一つ。正体はモモだ。何用かと言えば、今ランド達が仕上げている家について。あの家は精々一般常識的な別荘と思って大差なく、それだと腕輪を探す機械を作るにはスペース不足で設備も不足。しかもこのような辺鄙な場所では部品の調達もままならないからどうしよう、との事。

 

 第二の問題発生。この場所での機械の作成は不可能。ううーん、とさらに頭を捻るリュウ。そんなリュウの側にのっしのっしとやってくる二つの巨体。ランドとガーランドここにあり。彼ら曰く、もうほぼ完成形であるその家だが前述の通り一般常識的な別荘なので、巨体の彼らでは寝起きするには窮屈であるらしい。その上あれほど増えるとは予想していなかった妖精達を、全員収容する事は100%できない、と。

 

 第三の問題発生。せっかく建てた家がその役割を果たせそうにない。うううーん、と悩みに悩む事になったリュウ。この上ナギからの一方的な話まで加わってしまい、思考回路はショート寸前。今すぐ逃げたいよ。という訳で、リュウは本当に逃げた。

 

 即行で一人ハイランドの街に戻り、若干ヤケ気味に有り金の四分の三程を使って食材を買い込み、すぐに戻ってきてガーッと全員分の飯を作り、食って、そして寝たのだ。もーいいからとにかく全部先送り。明日は明日の風が吹く。きっと寝ている間に妖精さんが全部片付けてくれるさ。あ、妖精さんてこいつらじゃん。じゃ駄目じゃん。等と、うとうとしながら考えたり考えなかったり。

 

 そして翌朝目が覚めて、寝ぼけ眼に飛び込んできたのは卵から孵化したばかりらしい妖精四人の姿。何とかしてくれる所か余計に増えた食い扶持に、やってられっかボケー! と谷間へ向かってI can fly! して冒頭に至るのであった。

 

 

 

 

 そんなこんなでリュウは今、数十分ほど釣り竿を握ってボーっとしているのだった。勿論妖精達の食欲の餌食となったので、一向に魚が掛かる気配はない。それは気分もズンドコに沈もうというものである。

 

「いーからよ、やっぱ魚もいねぇみてぇだし、戻ろうぜ相棒」

「……」

 

 確かにウダウダしてても仕方がないっちゃ仕方ない。わかってはいるのだ。だけど俺だって、少しぐらいクダ巻いたっていいじゃない。と心の中で色々文句を言ったあとリュウは渋々……本当に渋々釣具をしまい込んだ。そしてよたよたと、力無い浮遊魔法で家の所まで上がっていく。結局はどうするか地道に考えるしかないよな、とやっと腹を括る気持ちになったのだった。

 

「……あれ?」

「お?」

 

 力無く家の裏手に降り立ったリュウが表に回ってみると、そこでは既に新生チーム“炎の吐息”のメンバーが集まっていた。何やらざわざわと少し騒がしい様子だ。何かあったのかと思いながら近付いていくリュウ。最初に気付いたリンプーがてててっと寄ってくる。

 

「リュウおはよ!」

「おはようございます。早速ですけど何かあったんですか?」

「うん実はね……あーまぁとにかく、タペタから話を聞いてやってよ」

「?」

 

 なんのこっちゃ? とリュウとボッシュは頭の上にハテナを浮かべて、その集まりの傍へとやって来た。輪の中心にいるのはリンプーの言う通り、タペタのようだ。

 

「おーう、ムッシュ・リュウ、今日は良い朝なのですね」

「おはようございます。えっと、何か話があるとか?」

「それなんだがな……」

 

 やたらとご機嫌なタペタと、その横に居るどこか神妙な顔をしたランドが説明しだした。と言っても話は至極単純明快。要はタペタがこの家が駄目ならば、自分が持っている“別荘”へみんなで来ないか、と言い出したらしいのだ。長い事使っていない場所だが、それで良ければ是非使ってくれとのありがたい申し出である。

 

「別荘、ですか?」

「ウィ。あそこでしたら皆さん全員入っても、まだまだ大丈夫なのですね」

「何かねー、そこはここよりずっと広いから機械も沢山置けるんだってー」

「へぇ……」

 

 言われてみればタペタの実家は金持ちである。別荘の一つや二つ持っていたとしても何もおかしくはないだろう。尤もその“別荘”とはどこかの闇の福音が持っていたような“別荘”ではなく、本物のリゾート的物件の事であろうが。

 

「そこ周りに結構自然があるみたいだから、妖精ちゃん達にもいいんじゃないかなーってあたしは思うんだけど」

「なるほど、いいかも知れないですね」

「……」

 

 ゼノ達にレイとガーランドは、よくわからないからそれで良いと言った雰囲気だ。だがランドやステン、サイアスはどこか納得行かない空気を醸し出している。彼らとしては自分達が苦労して建てたこの家を、一度も使いすらせずに放棄するというのが嫌だった。このまま全員でここに留まるのは無理だと理解しているから、声高に主張したりはしない。けれど顔は不満色で一杯だ。

 

「リュウよぉ、これでも俺達が一から建てた家なんだ。俺としちゃ、何とか使って欲しいんだがよ」

「おいらも旦那の意見に一票」

「……俺……も……」

「うーん……」

 

 又もやリュウの頭を悩ます問題発生。だが何とか彼らを説得し、タペタの言う別荘に妖精達も全部ひっくるめて引っ越す事が出来れば、食料問題も住めない問題も機械の問題も全て解決する。なのでリュウは、何とかランド達が納得する方法はないだろうかと無い知恵を絞り始めた。

 

(あーもう、ナギとの約束もあるのに……)

 

 説得の材料を捜していると、ナギからの伝言まで思い出されてしまい眉間に皺が寄ってしまう。だが、そのナギがリュウの脳内に輝かしいアイデアを与えてくれた。“ナギ”と言えば記憶の中で“紅き翼”は、どこかに隠れ家を持っていた気がする。この家なら立地的にもオリンポス山中とかいう秘境である事だし、まさに知る人ぞ知る“隠れ家”になるのではないだろうか。つまりこの家を、リュウ達でなくナギ達に使ってもらうのだ。そこまで考えたリュウはこれしかない、という顔をしてランド達の方を向いた。

 

「“紅き翼”で、この家を一種の隠れ家として使えないか提案してみます。何とかして売り込むので、それで手を打って貰えないですかね……?」

「……」

 

 その言葉にランド達三人は顔を見合わせた。確かにこんな場所であるし、隠れ家として使うなら持って来いだろう。自分達にも、それ以外に何か良い案がある訳ではない。それに元々の依頼主も、一応金を出したのもリュウだ。ごねているのは自分達の我侭だという引け目もある。それにリュウがいけると言うなら、信用しても大丈夫だろう。と言った風に三人は納得し、その申し出を受け入れる事にした。

 

「……わかった。悪いな、よろしく頼むぜ」

「ええ、そこんとこは任しといてください」

 

 そう言う訳で話は纏まり、リュウ達は妖精軍団も含めてタペタの別荘へと、大規模に引越す事にするのだった。……ちなみにランドやステン・サイアスは、この時点で契約と言うか、リュウからの“家を建てる”という依頼が達成されたので、別れる選択を取る事も出来た。けれど彼らにそうする気はないらしい。理由は何となくだとか興味があるだとか面白そうだとかで三者三様だが。

 

「と言ってもどうやってこの人数で移動しよう……妖精含めるとえらい数だし……」

「おいおい相棒、頭使おうぜ。フェアリドロップを利用すりゃいいじゃねぇか」

「…………どうやって?」

「ったくしょうがねぇなぁ。いいか、まずは……」

 

 ボッシュのアイデアにより、引越しには大した手間はかからない事が判明した。まずリュウ達が少人数で新天地へ移動し、そこでフェアリドロップを使ってまたここへ戻ってくる。そして今度は妖精達や待機している人らも連れて、その新天地へフェアリドロップの機能を使って戻るというだけだ。それで人的資源の引越しは完了。今後はその場所を基準にして、妖精達にフェアリドロップをチューンして貰えばいいのである。

 

「べ、別にそれくらいすぐに思いついてたしー」

「そうかい。じゃあそういう事にしといてやるぜ相棒」

「……。じゃあそう言うわけで、別荘までの案内よろしくお願いしますタペタさん」

「ウィ。では皆さん、ワタクシに付いて来るといいのですねシルブプレ」

 

 そうしてリュウ達は妖精の里に残るメンバーと、新天地へ足で向かうメンバーを挙手で決めた。移動するのはリュウとタペタにリンプー、ガーランド、サイアスの三人が立候補。リンプーは色んな場所を見るのが好きだからという理由で、ガーランドとサイアスも大体似たような目的らしい。だがよりによってこの二人が被ってしまった事で、微妙にピリピリした空気がリュウパーティに蔓延するのだった。

 

「取り敢えず引越しが終わるまではこの煙いフェアリドロップ使うけど、ちゃんと新しいの用意しておいてよ。普通でいいから普通で」

「はぁーい」

「ねぇねぇ次はどんなのにする?」

「じゃあ次のコンセプトは“普通に格好良い”で行くよぅ!」

「……」

 

 変な演出はしないで欲しいとリュウが言っても、妖精達の悪戯心には大した効果はないようだ。そんなこんなでパーティ内の空気に気を揉みつつも、リュウ達一行はハイランド地方へ戻りタペタの案内で移動する事にした。目指す別荘は、メガロメセンブリアの北辺りにあるらしい。そうとなれば例によってぶらり空の旅だ。幾つか大陸を跨がなければならないから、飛行船で移動するのが手っ取り早い。

 

「うあー金がついに……」

「そろそろ真面目に考えねぇとなぁ」

 

 飛行船内にて、リュウはメッキリ軽くなってしまった財布を見て嘆いていた。今回の飛行船の代金を払ったら、残りは薬草が一個買えるかどうかというレベルである。ある程度纏まってチームとして動くなら、何かと金という物は必要だ。先を考えて溜息しきりなリュウ。そんなリュウをよそにタペタとリンプーはのんびり景色を楽しみ、ガーランドとサイアスは少しずつではあったが徐々に会話をかわしているようだった。

 

 大体丸二日ほど飛行船に揺られた後、メガロメセンブリアに着いたリュウ達はそこからさらに一日ほどタペタに連れられて北へ向かった。そしてついに、その場所へと到着。タペタが得意満面な笑みで“これなのですね”と指を差すその建物は、リュウにとって物凄く見覚えのある大きな西洋風の古城だ。

 

「凄ーい! お城じゃん! これがタペタの別荘なの!?」

「ウィ。そうなのですね」

「……」

「……」

 

 リンプーは興奮気味で、サイアスとガーランドは言葉がないようだ。案外この二人は似ているのかもしれない。そして注目を浴びて得意気になるタペタは、自らの腰に手を当ててふんぞり返っている。

 

「ワタクシ、少し前にこの城を土地ごと父上から譲り受けたのですね」

「ねぇ、これって何とか城、みたいに名前付いてるの?」

「ウィ。この城は……」

「あのー、これってスイマー城……ですよね?」

「!! おーう、その通り。ムッシュ・リュウはよく知っているのですね」

「何でリュウ名前知ってるの?」

「……」

 

 スイマー城。ここはかつてリュウと詠春が、幽霊退治の依頼を受けてやって来た城である。そこでリュウは魔法発動体兼状態異常防止のアイテム、“竜のなみだ”を手に入れたのだ。確かその時は、ここはエカル伯爵の持ち物だったハズ。それがタペタの持ち物になっているとは、正直驚きなリュウである。

 

「ね、ホントにここ使っていーの?」

「勿論ですね。皆さんのお役に立てるなら、ワタクシとても嬉しいのですね」

 

 こんな城をポーンと一つ丸々使っていいだなんて、どこまで心が広いのだろうこの人は。そんなリュウからタペタへの感謝の念はさておき、とにかくその城を観察してみる一向。リュウが詠春と共に住み着いた悪霊を退治して以来、周囲に漂っていた不気味な雰囲気は払拭されている。年代物なので観光の一環としてか、チラホラ遠巻きに見物客も来ているようだ。

 

「でもさ、ちょっと中汚そうだよね」

「所々ぶっ壊れてる個所もあるみてぇだしなぁ」

「ふむ。ここを使うとなると、人海戦術で掃除や修繕をする必要がありそうだな……」

「掃……除……」

「まぁそれはそれとして、そろそろみんなを呼んで来ましょうか」

 

 そしてリュウは改良していないフェアリドロップで妖精達の場所へと移動し、そこから全員纏めてスイマー城の前へと戻ってくるのだった。タペタの別荘スイマー城を前にして、「おー」と声を上げて感心する他のメンバーである。

 

「凄い! お城よぅ!」

「“私達の”お城!」

「これでついに私達も、一国一城の主になったのよぅ!」

「いやあの、君らね……」

 

 何故かこの城は自分達の物じゃーと、やたら黒い野望を覗かせる妖精リーダー三人。取り敢えずリュウがそれに突っ込みを入れると、その後みんなで中を見てみようという話になった。ぞろぞろと入口から足を踏み入れるメンバー達。内部は明かりがないから暗く、まだちょっとひんやりとした空気が立ち込めている。そしてリュウは少し躊躇しながら、何故かパーティの最後尾に回り恐る恐る入っていった。

 

「……? リュウどしたの?」

「いえ、別に……」

 

 やたらと足元をキョロキョロし、ピンと気を張って警戒を怠らないリュウ。その怪しい姿に誰しもが何だ何だ? と思うのはまぁ当然といえば当然であろう。

 

「……なんだよ、何か足元にいんのか?」

「…………Gが」

「G?」

 

 リュウがポロっと言ったその単語。聞き返したレイは何の事だか全くその意味がわかっていない。しかしただ一人、その単語の意味を正しく理解して、同時にピキッと音を立てて空気を凍らせる人物が居た。

 

「おい、待て貴様……その“G”とは……まさか……」

「……多分、その想像通りですよアースラさん」

「!?」

 

 そう、アースラである。普段から軍人気質で強気な彼女の唯一にして最大の弱点。それはゴキブリやフナムシ等の蟲なのである。故にリュウの示したGと言う単語の意味をいち早く理解したのだった。

 

「……おい……その……大きさは?」

「それが……めっちゃデカイです。具体的には1mくらい……」

「ヒッ……!?」

 

 顔を青くしたまま呟くリュウ。思い出したくもないあの巨大Gの大きさと速度たるや、リュウの中の“出来れば二度と見たくない物体ランキング”堂々の第一位にランクインしているのだ。そんな聞きたくなかった情報を受けとってしまったアースラは、顔から一気に血の気が失せていた。早撃ち真っ青な速度で腰の銃を引き抜き、足元にチャキッと銃口を向ける。幸い今は何も見当たらないが、物音でもしようものなら反射的にぶっ放してしまいそうな勢いだ。

 

「リュウお前、あんなつえー癖にゴキブリが苦手なのかよ」

「……人には色々と得手不得手があるんですよ」

「愉快だねぇ……」

 

 呆れたレイに返す言葉に、あんまり余裕がないリュウ。アースラも勇んでいた足が完全に止まってしまい、最後尾にいるリュウの所にまで下がって来ている。

 

「大丈夫ですアースラさん、こっちにはこれだけの人数が居るんですから」

「そ、そうだな……」

 

 強気に振舞っているが声が震えている。しかしそこは敢えてスルーするのが優しさというものである。

 

「常に緊張を保ち、発見即撃破を心掛け、警戒しながら行けばヤツラ如き恐るるに足らないはずです!」

「わかった。確かにその通りだ。ならば背中は頼んだぞ!」

「了解です!」

 

 ビシィッと背を合わせて死角を消し、周囲を鋭く伺いまるで戦場を行くかのような鬼気迫る表情の二人。おめぇら一体何やってんだよ、というボッシュの呟きが、暗闇に響き渡った。

 

 その後、何とかスイマー城内の散策を終えたリュウ達。所々の壊れた個所(アースラの過剰反応による破壊含む)の修理や汚い場所の掃除を行えば、十分使用に足る環境である事を確認した。その為リュウ達は総出で、新たな拠点となるスイマー城の手入れを行う事にするのだった。

 

 

 

 

「……と言うわけで今度からは、君達に“農作”も行ってもらいます」

「えー……」

「ブーたれないの。また食べ物無くなったら大変でしょうが」

 

 そんな中、リュウは妖精リーダー三人に新たな仕事を提案していた。農作。理由はもちろん食料確保の為である。狩猟生活ではまたも限界を迎える事が大いに有り得るので、今後は自給自足を目指すのだ。日々増えていく妖精達の人手があれば、この広い土地でも十分可能と言う計算だ。ちなみに講師は実家が農家のランドである。この辺一帯はほとんどがエカル伯爵経由でタペタの土地らしいので、権利などは何ら問題ないのだった。

 

「しかしまさか、我らの最初の仕事が掃除とはな……」

「誰かさんが無闇に発砲しなければ、もう少し楽だった気がするんだけどね」

「うっ……」

「アースラって、前からあれだけはダメなのよねー」

「はいおしゃべりはそこまで。皆、手が止まっていますよ」

 

 スイマー城はなかなかに大きな城であったが、それでも修繕や掃除を行うと、徐々にだが往年の姿を取り戻していった。あの崖の上に建てた家とは逆に、リュウ達全員と妖精軍団全てを収納しても尚、部屋数が多数余るほどの広さだ。一階のホールなどは、綺麗にしてそのまま放置するのが勿体無く感じるくらい見栄えが良い。時間はかかるだろうが明りの設置や上下水道の配管工事、寝具の搬入を行えば、豪華な一流ホテルにも負けないくらいになるだろう。

 

「それじゃ、ちょっと行って来ますね」

「悪ぃけどよ、よろしく頼むぜおめぇら」

 

 そして皆が忙しく働くなか、何故かリーダー的地位である筈のリュウとその相棒ボッシュは、どこかへ行くような準備をしていた。既に皆からの了解は得ており、仕方ないと説得済みである。

 

「あー、出来ればあたしも行きたかったなー」

「まぁまぁアネさん。リュウにも都合はあるんだし、おいら達はちゃちゃっと掃除しとこ」

「む~……」

 

 城の手入れを皆に任せ、リュウ達二人が目指す場所。そこには先日リュウに連絡を入れた“紅き翼”のリーダー、ナギ・スプリングフィールドが待っている。しばらく会ってなかったしどれくらい強くなってるんだろうという興味と、今の自分の立場をどう説明しようかという憂鬱な気分が混在するリュウ。新たにこの城へ戻ってこれる様チューンされたフェアリドロップをポケットにしまい、リュウはナギに指定された場所を目指して、てくてく歩き出すのだった。


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