炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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10:炎の吐息

 急ぎ階段を駆け上がり、出口に辿り着いたリュウ達の目に飛び込んできたのは、吸い込まれるほどに綺麗な青空だった。穏やかな日の光を遮る無粋な障害物など何一つ無く。はるか遠くの山々やケルベラス大樹林が一望出来る絶景が展開されている。

 

「うおお!? し、城が飛んでやがる……!?」

「こりゃぁやばいね……」

 

 王家の棟は現在、ものの見事に空中を浮遊していた。いや、浮いていると言うよりは進行形で上昇し続けていると言った方が正しい。眼下に見えるハイランド城のもう一つの棟が、僅かずつだが小さくなっていっている。もう既にかなりの高度に達しているようだ。

 

「何が起きるかわかりません。とっとと降りましょう!」

 

 リュウはそう叫ぶと、答えを聞くより早く行動に出た。トゥルボーを無理やり背負い、王女を抱えたステンの両脇を抱え、浮遊魔法を発動させつつ城から飛び降りたのだ。リュウが空を飛べると知らないトゥルボーが取り乱したが、すぐにふわふわゆっくり降りている事に気が付いて押し黙る。リュウの頭に“潰れっちまうよ!”と背中に居るボッシュから抗議の念話が飛んでくるが、例によって華麗にスルーだ。

 

「……」

 

 リュウは空を降りながら、首だけを動かして城の方をチラリと見た。シュプケーとやらは、恐らく死んだのだろう。だが気になるのはあの女が最後に押したボタンだ。赤いランプが点灯した部屋の雰囲気や状況からすれば、あれは“自爆ボタン”である可能性が高いとリュウは見ていた。もしもまだ城が地上にあるままだったなら、何とかして止めようと苦心していた筈だ。しかしおあつらえ向きにここは空。だからリュウは逃げの一手を選択していた。これほどの高さなら、例え城が爆発しても地上にまで影響は無いだろうと思えたからだ。

 

「……あっちは、みんな無事だったみたいですね」

 

 徐々に近付いてくるもう一つの棟の屋上。そこには穏健派のハイランダー兵達と、城に攻め入ったメンバー全員が集合していた。一陣のガーランド達はみな一様に埃まみれで、薬草が足りなかったのかあちこちに怪我を拵えている。二陣のゼノ達は傷こそあまり負っていないものの、かなり疲労しているらしい事が見て取れる。そして残り二人のフーレン族は、片方は溜息。もう片方は元気一杯にリュウ達に向けブンブン手を振っていた。

 

「やれやれ、随分大事になっちゃったねぇ」

「まぁ終わりよければ全て良しって事で」

 

 ハイランド城内を二分していた勢力の内、片方の頂点にいたシュプケーは恐らく死亡。残りの兵達も大半が壊滅状態。これではもう強硬派だけでの建て直しは不可能だ。城の実権は、実質的に王女率いる穏健派が握る事になるだろう。とにかくこれで大団円かな、などと考えるリュウやステンを、穏健派のハイランダー兵とガーランド達が歓声と共に迎え入れようとする。だが……

 

「……どうかしました?」

 

 降り立とうとしたリュウ達は、ガーランドらが自分達ではなくもっと上を見て固まっている事に気付いた。釣られたように、リュウ達も空の方を振り向く。……そして、背筋に言い様のない悪寒が走る感覚を覚えた。あのままはるか上空へと消えていくか、もしくは爆発するのだろうと思われた王家の棟。それが薄い紫色の幕のようなもので覆われ、球体になっていたのだ。

 

「な、何だよありゃ……?」

 

 真っ先に怪訝な声を上げたのはトゥルボーだ。同じ感想をリュウ達も抱いていたが、城の兵である彼でさえ知らない物が、リュウ達にわかる道理はない。

 

「…………モモ、大至急、あれのエネルギーを解析して」

「え? あ、りょーかい」

 

 リュウ達と同じく、悪寒を覚えたのだろう。ゼノはモモにあの球体の調査を依頼した。スカウターのような道具を取り出し、照準を上空に合わせて計測しては、電卓のような機械のパネルを叩き始めるモモ。徐々に、その顔からはいつもののんびりとした表情が消え失せていく。

 

「……これは……」

「モモ、どのような結果が出たのですか」

「その……言い辛いんだけどー……」

「構わないから言ってくれ。私も気になる」

 

 先を促すアースラ。リュウ達やゼノだけではない。その場に居る穏健派の兵を含めた全員が、あの空に浮かぶ紫色の球体に言い知れぬ不気味さを感じていたのだ。だからか皆モモの解析結果を聞こうとして、耳を澄ませている。

 

「えっとぉ……あれ多分、“盗賊の魂”のエネルギーを増幅させて形にしているみたいなの。例えて言うなら、魔法障壁が一番近いわ。でも普通のとは出力が桁違いで……言ってみれば魔法障壁を越えた、“超魔障壁”って所ねー」

「……」

「それともう一つ、あの障壁の中にはすっごいエネルギーが溜まってると見て間違いないわ。どうしてかはわからないけど、内部で“盗賊の魂”の力が暴走でもして漏れてるんじゃないかしらー?」

「……えーと、それはその……つまり?」

「つまり、あれは今大きな爆弾みたくなってるって事」

 

 結論を求めたリュウに、そうモモはさらりと答えた。爆弾。なるほど、悪寒の正体はそれだったか。……けれど、そうだとして何か問題があるのか? 結果を聞いた穏健派の兵士達はそう思った。何故ならあの城は自分達から離れ、ずっと上昇し続けている……筈なのだから。

 

「なぁ……今気付いたんだがアレ、止まってねぇか?」

 

 その言葉を発したのはランドだ。止まってる? どういう事だ? 大丈夫だと安心しようとしていた兵士達はすぐにまた、空に視線を移す。そして理解した。つい先程まではそれなりの速度で遠ざかり、遠近法によって確実に小さくなっていた筈の球体が、一定の大きさから全く小さくならなくなっている。いや、それ所かむしろ……

 

「おい待てよ……まさか……」

 

 レイの呟きは、まさに今の皆の意識を代弁したものだ。非常にゆっくりではあるが、確実に空に浮かぶ球体が大きくなってきている。つまり今、あの球体は落下を始めている、という事だった。

 

「もしかして……シュプケーがまだ生きて……!?」

 

 ステンとトゥルボーは、同時にその可能性に思い当たっていた。あまりにも狙ったようなタイミング。そしてあの女が今際の際に発した“詰めが甘い”という言葉。そうとしか考えられない。その場に居る全ての人間の顔に、緊張が走っていた。

 

 ……シュプケーが浮遊装置を全開にした事は、結果として道連れをという彼女の願いを叶える最後の“幸運”に繋がる事になった。シュプケーが装置を出力最大に入れた事で、内部を伝わるエネルギーが極度に増し、何とその伝達回路が焼き切れてしまっていたのである。長年放置されていた浮遊装置の回路は経年劣化を起こし、耐久性能を著しく低下させていたのだ。その結果、盗賊の魂から尽きる事無く供給されるエネルギーは行き場を失い、ドンドンとその装置の中に溜まっていく事になったのだった。

 

 そこへさらにシュプケーの死による三つめの要素、城を取り巻く究極の盾である紫色のバリアが発動。そちらの装置の回路は出力が安定しており問題なく働き、だが内に篭った浮遊用の力は動力に伝達されず。そうして膨大なエネルギーを溜め込んだ城は、落ちる事しか出来なくなったのだった。

 

 ……果たして、最後の最後に起きたそれは本当に偶然なのか。それとも機械に吸い上げられたシュプケーの執念が、回路にまで影響を及ぼしたのか。真相は永遠に闇の中なのだろう。だが原因は何であれ、実際に盗賊の魂が暴走し、かつ城が落ちて来ているという事実には変わりない。

 

「負傷のない兵を集め、あの球体へ集中砲火をかけよ!」

 

 巨大な爆弾と化した王家の棟が落下してきていると理解した王女は、すぐさまその場に集まっていた穏健派の兵に向けて号令を出した。穏健と言えど彼らも兵。機敏な動作で備え付けられていた火薬の大砲や魔法の大砲の砲口を上空へ向け、破壊するべく一斉に射撃を始める。怒涛の砲撃が次々に直撃し、紫色の球体を爆炎が覆い隠していく。

 

「……」

 

 辺りに響く連続した砲撃音。立ち込める煙と硝煙の匂い。紫色の球体は入道雲の如き爆煙に包まれ、見えない。いくら強固な障壁だろうと、あれだけ浴びせればひとたまりもないだろうと思わせるまさしく集中砲火。そして大規模な砲撃が止み、徐々に煙が晴れていく。その場の全員が固唾を飲んで見守る中、爆炎の中から姿を表した城は――――全くの無傷だった。

 

「効いていない!?」

「そんな……!?」

 

 砲撃を行っていた兵達はそう声を上げ、驚愕と落胆に包まれる。悪い意味での予想通り。文字通りの無駄な抵抗であった。モモが“超魔障壁”とまで名付けたそれは、やはり簡単に壊せるような代物ではないと確認するだけの結果に終わっていた。

 

「やっぱり……あれは“壊せない”わ」

「!」

「あの障壁を破るのは、魔法世界にあるどんな兵器や魔法でも無理よ。だって、凡そ考えられる人や物が出せる力を完全に超えているもの。あれを壊す術は……ないわ」

「……」

 

 絶句する一同。モモの言う通りならば、それはつまり自分達にはアレが落ちてくるのを、指を咥えて待つしか出来ないという事になる。そこへさらにモモは「それと……」という接続詞で言葉を続けた。この上まだ良くない情報があるのか、もう止めてくれと言う兵士達の視線を真っ向から受け止め、追い打ちのような事実を告げる。

 

「多分、このままのペースだと落ちてくる頃に丁度、暴走が臨界に達する筈ね」

「りんかい? それって……爆発するって事?」

「そう。そしてその時の爆発の規模は……恐らくこの大陸の半分が消えるくらいかしら」

「!?」

 

 要するに、あの球体は空に浮かぶ超巨大な時限爆弾だと言う事だ。仮に今この場から逃げるとしても、大陸の半分を消し飛ばす程の威力から短時間で逃れられるとは思えない。つまりは城が球体となって落下を始めた時点で、最早ハイランドという国は“詰み”だったというのか。このままでは無関係なこの大陸に住まう人々まで巻き添えになるだろう。しかしあの障壁を何とかできない以上、どうしようもない。

 

「……打つ手なし……か」

「そんな……こんな事になるなんて……」

「……」

 

 ガーランドは、紫色の物体を見上げて拳を震わせていた。例えここから自らの必殺技である会心撃を放ったとしても、あの障壁には傷一つ付けられないだろう。そしてそれはガーランドだけではない。ゼノ達トリニティも、ランドやサイアス、レイやリンプーも、同じく己の無力を恨む事しか出来なかった。そして項垂れる王女の嘆きに、ステンもまた励ます事すら出来ずに居る。   

 

 ここまで来て自分達は、シュプケーの怨念に勝てないと言うのか。彼女と共に、地獄に落ちるしか道はないのか。それも全てを終えたと思った直後の、最後の最後にとびっきりの絶望を味わわされるというおまけ付きで。

 

「……手ならあります」

 

 だが、そこで一人。絶望とは違う決意の目で空を睨む者が居た。それは青い髪の少年、リュウだ。誰もが希望を手放すところに、たった一人で異を唱えた。

 

「……リュウ」

「手ってそんな……いくらリュウでもあれは……」

 

 いつもの力強さが失せたガーランドとリンプーの声が、リュウへと向けられる。二人はリュウの顔を見て、不思議に思った。何故リュウには絶望がないのだろう。リュウの瞳にあるのは決意だ。“あの力”を使おうという決意。“あの力”ならば何とか出来る気がするという漠然とした感覚が、リュウの中にはあった。

 

「幸い、まだ落ちてくる速度はそんなに早くないみたいなんで……」

「……」

「今からもう一度あそこの中に入って、“盗賊の魂”を探して装置と切り離すなりして爆発の危険を無くして、それから城の落下先を変えるなり破壊なりする。……で、順番合ってますよね」

「……」

 

 確かに順序は合っているだろうが……。一同は再び絶句した。こいつは何を言っているんだ。それが不可能だから、絶望しているんだろうが。そんな空気が辺りに満ちる。

 

「お前、あの障壁が見えてないのかよ。まさか気でも触れたのか……?」

 

 最初に我に返ったトゥルボーが、そうリュウに言葉をぶつけた。けれどリュウは相変わらず落ち着き払った様子で、事も無げに反応して見せる。

 

「いえ、俺は至って正常ですよ」

 

 そう言えばいつだったか。火山を止めようとした時にもナギ達に冗談を言うなと言われた気がする。その時も同じようなセリフを吐いた事を思い出し、リュウはふっと小さく笑った。それがまた、トゥルボーや兵士達には不気味に思えた。この状況で笑うなど、本当に気が触れたようにしか見えない。

 

「……リュウよ、確かにお前は強い。それは認めよう。だがそれでもアレをどうにか出来るとは思えん」

「それは……やってみなくちゃわからないですよ」

「……」

「ボッシュ」

「おうよ」

 

 ポーチから全てを理解しているボッシュがピョンと飛び出て、リュウから距離を取る。ガーランドの言葉も、思い留まらせるには至らない。そしてリュウは、一歩二歩と前へ出た。

 

「……」

 

 正直、“あの力”に抱いている“使いたくない”という気持ちが、何故か最近少しずつ大きくなっている事にリュウは小さな不安を覚える。だが、今はそれはいい。この場に居るみんなを死なせたくない。自分だって死にたくない。だからリュウは決めたのだ。自分にやれる事をやるのだと。“あの力”なら、多分それが出来る。

 

 今考えれば、城から脱出する時だったらまだ何とか出来た筈。それを見逃したのは俺のミス。だからこれは、俺の仕事。そう自分の中で理由付けをして。

 

「……」

 

 一人進み出るリュウを、その場に居る誰もが止められなかった。止めた所で、他に何とかする術がある訳ではない。それにリュウから滲み出ている自信のような何か。決してハッタリではないと思わせる何かが、皆の心にあるリュウを止めようとする気持ちを封じ込めていた。

 

「……!」

 

 そしてリュウは自分の中に語りかける。自らの内面に浮かび上がるスイッチ。同時に足元から吹き上げる火柱のような赤いオーラ。太陽にも負けない光が周囲一帯を染め上げる。

 

「オォォォォッ!!!

「!!」

 

 強烈な閃光と共にリュウを包んでいたオーラが弾け飛び、同時に猛烈な風が吹き荒れた。耐えられず、その場に居るものは皆一瞬目を閉じる。そして光と風が収まった頃、開けた彼らの目に映る、半人半龍の姿。青い髪から白い髪へ。真っ赤なオーラを吹きだす背中の突起物に、妙な紋様と角のような物体。両手両足を甲殻が覆い、少年の面影が全くない異型。

 

 ――――ドラゴナイズドフォームが、降臨した。

 

「……」

 

 リンプー、ランド、ステン、サイアス、タペタ、リンは、まるで別人のような圧倒的威圧感を放つリュウの変身した姿を、今この時始めて目の当たりにした。その為か、皆一様に同じ反応をしている。即ち、唖然。

 

「リュウ、お前のその姿が強えってのは……知ってる。けどそれでも、アレをどうにかできるとは……」

 

 そう告げるのはレイだ。実際に変身したリュウの鬼神の如き強さを見た事があるが、それでもその力で、あの障壁を打ち破れるとは思えなかった。

 

「俺も、レイと同じ意見だ」

「……」

 

 レイに追随するガーランド。そしてゼノ、アースラ、モモも同じ事を言いたげにしている。特に計測器を持つモモが顕著だ。要するに、ドラゴナイズドフォームを持ってしてもあの紫色のバリアは越えるのは不可能だ、と彼等彼女等の顔には書かれているのだ。

 

「……」

 

 だがリュウは止めない。両腕に龍の力を込め、上空の球体に掌を向ける。それは大砲の砲口よりはるかに小さく、しかし集う力は大砲以上の代物である。

 

「ウオォォォォッッ!!」

 

 凝縮された龍の力の熱線D-ブレス。リュウの両掌から放たれた青白く輝く極光が空を貫き、薄い紫色のバリアと激しく衝突する。

 

「……っ!」

 

 小さな砲口から発せられた、大砲など足元にも及ばない威力を誇るその光。けれど光が止んだ後、そこには無傷のまま依然ゆっくりと落ちてくる球体の姿があった。

 

「おーう、駄目みたいですね」

「……」

 

 理解しているのかいないのか、イマイチ暢気なタペタの言葉。D-ブレスも効かない。その事実はリュウの肩に重く圧し掛かって……は、いなかった。

 

「……」

 

 リュウは特に気落ちしていなかった。むしろやっぱりな、と納得気味ですらある。元々折込済みではあったのだ。最強の障壁、仮にも“超魔障壁”などとモモが名付けるほどの障壁だ。それがあっさりD-ブレスで片が付く程度だとは初めから思っていない。

 

 ではリュウは、何の為にD-ブレスを撃ったのか。今のは“確認”なのだ。己の手で破壊できるかどうかの。そして確信を得た。“今以上”の力なら、きっと破壊出来ると。そうつまりボッシュ以外のこの場にいる誰もが見た事のない、リュウの中に眠る真の力ならば。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

 後ろに居る共に戦った仲間達とハイランドの全員に向け、リュウは言い放つ。今の凄まじいビームのような攻撃だって通じなかったのに、あのリュウの自信の元は一体何なのだろう。リュウの背中を見る皆の胸には、ある気持ちが生まれていた。根拠はない。ないが、何か途方もない事をしてくれそうな。そんな気持ちが。

 

「……」

 

 そしてリュウは、自分のさらに奥深くへと意識を巡らせ、呼び覚ます竜因子(ジーン)を選択する。相手は強固な障壁。必要なのはそれをぶち壊す、何者にも負けない“力”。

 

【パワー】力

【トランス】覚醒

 

 ――――その時、リュウは膨れ上がる力に混じって、自分の内側から一瞬だけ“声”が聞こえた気がした。

 

「でぇぇやあぁぁぁぁ!」

 

 上空から、リュウへと飛来する紫苑の雷。轟音と共にリュウに直撃したそれは、漆黒の球を形成してリュウの身体を包み込んだ。表面には緑色に輝く魔法陣が浮かび、バチバチと火花が散っている。球は静かに宙へ浮かびあがると、四方に罅が入り、光と共に砕け散る。

 

 ウ オ ォ ォ ォ ォ ! !

 

 咆哮と共に球から現れ出でたのは、人の形をした“何か”だ。一見するとドラゴナイズドフォームに似ているが、しかし細部は全く違う。背にはバーニアではなく蝙蝠のような翼。腰からは爬虫類を連想させる尾を生やし、肌の色は朱に近く頭髪は白でなく薄い黄色をしている。さらには成人を思わせる、長身。

 

 それは半人半龍とは違う完全な“人型のドラゴン”。“ウォリア”と呼ばれるパワーを重視した形態の、さらに上位の形態“ウォリアセカンド”だ。単純な力、と言う意味では他のドラゴンと一線を画す、まさに力そのものを具現化させた姿である。

 

「……」

 

 上空に在る目標をしっかり見据え、一対の翼をはためかせるウォリアセカンド。移動開始。初速から既に最高速だ。空気を切り裂き、真空の渦を巻き起こして、紫色の球体へ突っ込んでいく。そしてその眼前に立ちはだかるは、全ての攻撃を跳ね返す超魔障壁。

 

「ゥオァァァッ!!」

 

 勢いに乗せて拳を突き出し、ウォリアは迫る。何の小細工も必要無い。この拳は何物にも負けないから。一筋の光の矢と化したウォリアと、球体を形創る障壁がぶつかったと思ったその瞬間。

 

 ……パリンッと、軽い音を立て、バリアは砕けていた。

 

「う……嘘……だろ……」

「あり得ない……」

 

 呆然とするレイとモモ、そしてそれ以外の全員。開いた口が塞がらない。どんな生物、物体にも貫く事は不可能と思われたハイランド城の究極の盾、超魔障壁。それをリュウは正面から、強引に、何の小細工も用いず、たったの拳一つで打ち破って見せたのだ。過去の英知。古の科学技術。オーパーツとも言えるゴースト鉱の結晶。その全てが、たった一人のドラゴンに叶わなかった瞬間。

 

 それは奇跡でも、偶然でも幸運でもない。固い壁に、その耐久能力を超える威力の攻撃を加えた結果。つまりは単なる力技。だがそれでも、破った事は紛れもない事実。

 

「……あの辺だった筈……」

 

 障壁を拳一つで突破し、再び王家の棟内部へ侵入したウォリア。障壁の内側では、激しく暴走するエネルギーが常にウォリアを攻め立てていた。目標は地下。あの時破壊しなかった左の扉の奥に、恐らく“盗賊の魂”が収められている筈だ。

 

「……」

 

 バチバチと荒い音を立て、肌を撫でる火花。決して生物を寄せ付ける事のない、エネルギーの海。行く手を阻むそれらは、しかしウォリアにとって障害にすらなり得ない。平然と、悠々と歩き、中を進んでいく。そして地下の扉の前に立つと、ウォリアはその扉に手を掛けて……無造作に、捻り切った。

 

「……あった」

 

 溢れるパワーに任せ、鋼鉄の扉をまるで飴細工か何かのように千切って放るウォリア。開け放った部屋の中央には、妙なカプセルの中心で耀き続ける丸い物体があった。侵入者への警告を表すブザーが盛大に鳴り響き、けれどウォリアは止まらない。暴走するエネルギーは盗賊の魂を守るように、一層強烈にウォリアの肌を撫でる。圧倒的に力不足で、何の意味も成さないが。

 

「……よっ……と」

 

 保護している透明なカプセルを指先で軽く引き裂き、ウォリアはエネルギーを放出し続ける“盗賊の魂”を、掻っ攫う様に無理矢理手に取った。瞬間、何かが切れたように城がガクンと大きく揺れる。それは何の抵抗も出来ずに動力源を奪い去られた王家の棟の、最後の嘆きか断末魔か。

 

「後は……」

 

 リュウは手にした“盗賊の魂”を落とさないようしっかり握ると、狭い地下室で背中の翼をはためかせ、舞い上がった。天井をぶち抜き、棟の上階へ出るために。そうして……恐らく棟の中間辺りだろうか。少し広めの部屋に出たウォリアは大きく息を吸い込み、体内に龍の力を集中させた。どうすればいいのかはわかっている。力を集め、それを一気に解放するだけ。

 

「ハァァッ!!」

 

 気合一閃。ウォリアの全身から光が放たれ、それは輪となり全包囲に向けて放射されていく。棟の建築材は何の抵抗もなく砕かれ、光の輪は城を貫通し空に咲く一輪の花火のように広がっていった。今放ったのは“オーラバースト”と呼ばれるウォリアセカンドのドラゴンブレス。凝縮した龍の力を、自分を中心にした全方位に向けて叩きつけるものである。

 

「オァァッ!!」

 

 もう一発“オーラバースト”が放たれる。まだ終わらない。さらにもう一発。まだ。さらに一発。さらに……。

 

 崩壊に次ぐ崩壊が城を襲い続けた。次々に放たれる“オーラバースト”による蹂躙は留まる所を知らない。城の内側から幾度も幾度も輪のような龍の力が拡散していく。時には真横に。時には垂直に。原動力を失った無人の城は、その荒れ狂った“力”に抗う事など出来ようはずもなく、形を無くして砕けるばかり。

 

 障壁を発生させていた機械――シュプケーの亡骸をカプセルに抱く地下の装置は、その余波を受けて完膚無きまでに破壊されていた。城を覆う究極の盾は、こうして呆気ない最期を遂げたのである。

 

「……」

 

 地上に居る者達は、まるで夢でも見ているかのような呆けた表情をしていた。唖然呆然、桁が違うなんてレベルの話ではない。城を砕いて広がる花火を、ただ見ているだけであった。

 

「ふう……」

 

 一通り内部を破壊し、しかし腐っても城ではあるのかまだ一応の形を残す王家の棟。落下のスピードは徐々に早まり、地上へ到達するのは最早時間の問題だろう。ウォリアは再び翼を操り、一端城を飛び出て宙に身を躍らせた。そこで浮遊を止め、ボロボロの城と同じスピードで落下しながら様子を見る。

 

「……」

 

 城に巣食っていたエネルギーはほぼ霧散している。爆発の危険性は無くなったと見て良いだろう。けれどこのままではまだ残骸が落下し、無事な城の方に被害が及ぶ事になる。パワー重視のウォリアの弱点、それは“サイズ”だ。対人、対モンスターならばとっくに決着は付いていただろう。だが、こういった大きすぎる物体を相手にするには、手に余るのも事実だった。

 

「よし……」

 

 リュウはウォリアセカンドへの変身を解き、光に包まれドラゴナイズドフォームへと戻った。ドウと襲ってくる疲れを無理やり抑え込み、手に持っていた盗賊の魂をドラゴンズ・ティア内部に収納する。そしてもう一度、己の中へと意識を巡らせた。新たに目覚めさせる竜因子(ジーン)を選択し、その力を解放させていく。

 

【フレイム】炎

【シャープ】特徴強化

【グロース】能力強化

【イグニス】火飛竜

 

 かつての【アクエリアス】とは相反する炎の力を強く引き出し、リュウは吼える。

 

「でぇぇやぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 二度目の轟音。落雷がリュウへとぶつかり、その周囲に漆黒の球体が広がった。一度目の変身時よりもはるかに大きいその球体の表面には、やはり緑色の魔方陣が浮かび脈動するようにバチバチと火花が散っている。

 

「!?」

 

 奇妙な縁でリュウと知り合った仲間達は、再び見る事になったその球体にまたも目を奪われていた。これから何が起こるのか。リュウは一体何になるのか。唖然としたまま、その光景に見入っている。そして球体には上部から罅が入り、砕け散る。

 

 ジ ュ ォ ォ ォ ォ ォ ! !

 

「ド……ッ!?」

「ドラゴン……ッ!?」

 

 それは誰の呟きだったか。宙に浮かぶ一頭のドラゴン。一度目の姿は人の形を成していた為、それが何の生物であるのか地上に居る者達は認識出来ていなかった。だが、今の姿は一目でわかる。まさかリュウ本人がドラゴンになるとは、その場に居る誰もが想像だにすらしていなかった。

 

≪……≫

 

 茶色がかった身体を揺らし、凶悪な眼で城を見つめる飛竜。その姿はかつて火山を止めた“水飛竜(ジャバウォック)”と対を成す、“火飛竜(ジャブジブ)”と呼ばれる形態である。徐々に落下するスピードを上げていく城を上から見下ろし、ジャブジブは炎が漏れ出る凶悪な口を開けた。

 

≪……これで……終わり!≫

 

 ジャブジブは溜める。体内を巡る炎の力を。身体の深くで吸い込んだ息と混ぜ合わせ、膨大過ぎる熱量が変換、生成されていく。自分の身体も爆発するのではとさえ思える強大な力の照準を、落ちていく城にしっかりと合わせて。

 

≪ジャブジブのドラゴンブレス、ギガ=フレイムッ!!≫

 

 ――――そして、炎が放たれた。

 

 それは万物一切の存在を許さない地獄の業火。

 ブレスは空気を赤で塗り潰しながら、崩壊し落ち行く城を容易くその奔流の中に飲み込んでいく。木材、石材、ガラス、鉄骨、そして古の機械の残骸達。城を構成するありとあらゆる物質は、その膨大な熱量に抗う事など出来ず、灼熱により文字通り灰塵と化していくのみ。シュプケーの怨念も度重なる偶然も何もかもを、分け隔てなく、全くの平等に焼き尽くす。それはまさしく炎の宴。

 

≪……ふう……≫

 

 赤と熱が消え、落ちていくそれは数瞬前まで確かに城だった物体。今や見る影も無く黒ずんだ塵の塊と化し、風に吹かれてボロボロと崩れ、細やかな灰となって堀の中へと降り注いでいく。

 

「……愉快……だねぇ……」

 

 最後の始末を付けた事を確認してジャブジブは大きな翼を揺らし、残った城の屋上へ降り立った。炎の名残で肌がひり付き、なお唖然とするそこに居る者達。そんな彼らの中で、レイは理解の追いつかない精神を落ち着かせるように、無意識にいつもの口癖を呟いていたのだった。

 

 

 

 

 その後、巨大な飛竜は光に包まれ元のリュウに戻った瞬間、力尽きたようにポテッと倒れてしまっていた。その場にいた面々は呆然としながらも、取りあえずそのままでは不味かろうと言う事で一致。ハイランド兵以外のメンバーも合わせて、城の無事な部屋へ案内される運びとなったのだった。

 

 また、ハイランドシティへとトリニティ捜索に駆り出されていた強硬派の兵達。彼らはトラウトからの伝令で戻ってくるや、丁度巨大な竜が城を焼き尽くしている場面に出くわしていた。あわや一悶着あるかとなったが、そこで王女が語ったシュプケーの野望の全容。そして真摯に説得に当たる穏健派の兵と正気に戻ったトゥルボーにより、ショックを受けながらも現状を受け入れる事にしたのだった。

 

 こうなった以上、穏健派も強硬派もわだかまりはあるにせよ、再び国家を守る兵として一丸となっていくだろう。ハイランドの歴史上他に類を見ない規模にまで発展した今回の騒動も、何はともあれ一応の区切りがついたわけである。ちなみにガーランド達は暴れていたとは言え、城内の強硬派の兵達を殺めるまでには至っておらず、リュウを寝かせた後は、負傷した兵の手当てに積極的に参加したりしていた。

 

 そんなこんなであっという間に時刻は夕刻。

 

 まだまだ瓦礫や破壊の痕が目立つ城の内部は、あれだけの争いが嘘のようにシンと静まり返っていた。耳を澄ませば至る所から穏やかな寝息が聞えてくる。まるで城自体が戦いそのものに疲れ果て、眠ってしまっているかのような穏やかな時間は、日が一周して再び顔を覗かせるまで続いたのだった。

 

 そして翌日。

 既に兵達は起きだし、復興に向けてにわかに活気付く城内。王女が直に再建への命を部下達に下していると、そこに幾人かのハイランダーがやって来た。彼らは王女を通してリュウに向け、“あれだけの事が出来るのなら、王家の棟を崩壊させずに何とかする事も出来たのではないか” と、後になってから無責任にも言い出してきたのだ。

 

 しかし王女は、それらを全て一言で切って捨てた。曰く、「あの城の古代機械はこれからのハイランドには必要無い物だから、あれで良かったのだ」と。王女にそう言われてしまえば、誰も反論などしなかった。意外とあっさり引いたその手の連中だったが、実はそこにもリュウの行った行為が関係している。

 

 実の所ほぼ全ての兵が、“戦う”という事自体にどこか馬鹿らしさというか、空しさのような物を感じてしまっていた。原因は容易く障壁を貫き城を焼き尽くしたドラゴンの、自分達など及びも付かない圧倒的過ぎる力を目の当たりにしたからだ。そう感じた事が良いか悪いかは別として、とにかくこれからのハイランドという国は、戦いに傾倒する事はなくなるだろう。

 

「ステン……やはり行ってしまうのですか……?」

「……」

「何とか言えよこのモンキー野郎! 姫様はずっとお前を……っ!」

「……良いのです。トゥルボー」

「っ! ですが……」

「……悪いね。エルファーラン。おいらはやっぱり……」

「いえ、構いません。いつか戻ってきてくだされば、それで……」

「ったく何でお前みたいなヤツを……」

 

 一通り部下への指示を出し終え、城の上階ではトゥルボーとステンが王女を交えて話をしていた。ステンは城に戻る事を選択せずにまだしばらく気ままな生活がしたいと言い、王女は胸の内を明かす事無く、それを笑って送り出す。歯痒い感情を表に出すトゥルボーに謝りながら、ステンは己の融通の利かなさを自嘲しているのだった。

 

「あ、おはよー」

「む……」

 

 リュウが運ばれた部屋の前で鉢合わせしたのは、ガーランドとモモだ。二人ともリュウからあの変身した姿について話を聞こうと思い、この部屋の前にやってきていた。

 

「リュウ、起きてるかしらねー?」

「……もう昼近い。起きていて貰わないと困るな」

 

 一応今回共に戦った仲間である二人。なんとなくお互いがどういう人間か理解してはいるが、モモはともかくガーランドは進んで話すタイプではない。そのまま微妙な空気の中に無言で居るのもなんなので、ガーランドは気を取り直して目の前のドアをノックした。

 

「……」

「……」

 

 ……反応は返ってこない。まだ寝ているのか、と溜め息と共にガーランドがドアノブに手を掛けた時だった。中から何か、妙な声が聞える事に二人は気付いた。

 

『う……あっ……ボッシュ、お願いだから……もうちょっと……優しく……』

『おいおい相棒、これでも十分優しくしてやってんじゃねぇかよ』

「!」

 

 聞えてきたのはリュウの悩ましげな声と、ボッシュの呆れたような声の二つ。どうやらノックの音は届かなかったようだ。それはともかく、彼らは一体中で何をしているのだろう。気になってドアノブを回す事を忘れ、さらに聞き耳を立てる出歯亀の二人。

 

『あっ……いっ……痛ッ……待って待ってソレはマジで痛いって……!』

『あぁん? ……男は度胸、何でも試してみるもんだぜ!』

『ちょっ!? アッーー!』

「!?」

 

 聞えてきた会話が何だか非常にアヤしげな方向に向かっていると感じたガーランドは、お前ら一体何をしているのだ! と、盛大にドアを開け放った。脇からは、何故かどこかワクワクしているモモがしっかり覗き込んでいる。そしてそんな彼等が見たものは……

 

「……お? なんでぃおめぇら」

「ボッシュお前……も少し……優しく貼れっての……」

「……?」

 

 ……貸し与えられたベッドの上に突っ伏し、背中や腕、足に至るまでびっしりと湿布を貼られて喘いでいるリュウの姿だった。ボッシュの方は剥がした湿布のゴミをくしゃくしゃと器用に丸めている。まぁ考えてみれば当たり前の話だ。直前に聞えてきた会話で何かヘンな事を想像した人は、きっと心が汚れているのではないだろうか。

 

「……コホン」

 

 モモは何故か目を逸らした。

 

「……どうしたのだ?」

「見ての通り、相棒は全身筋肉痛なんだとよ」

「……こんな感じで、動くのがやっとっす……」

 

 ギギギッと油が切れたような緩慢な動作で腕を動かして見せるリュウ。それだけの動作なのに顔をしかめ、心底辛そうである。二連続の竜変身は、やはりリュウの体に凄まじい疲労を残していたのだった。それが祟ってこの有様だ。ウォリアだけで何とかするべきだったかと、リュウは乱暴に湿布薬を貼ったボッシュを恨めしげに見ながら、少し後悔している。

 

「……」

「……」

 

 昨日の凄まじい迫力だったあのドラゴンと、ボッシュにさえやり込められている今のリュウの情けない姿。あまりにかけ離れたその二つを比べて、“あれは見間違いか何かだったのだろうか?”とモモとガーランドは本気で首を傾げるのだった。

 

 それから一日ほど。リュウ達は自分らが壊した個所の修理や負傷した人達の手当てを自発的に手伝い、キリが付いた所でハイランドを後にする事にした。色々とあったこの猿の国とも、ここでお別れである。余談だがハイランド城は今のままではバランスが悪いので、王家の棟に変る新たな棟を建設することになったとの事だ。

 

「ステンさん……いいんですか?」

「ん? ……まぁいいじゃない。ウキャキャ」

 

 ステンはやはり城に残るつもりはないらしく、リュウ達と一緒に城から出て来ていた。ぞろぞろと歩いて移動する総勢十二人の集団。なんだかんだで忘れそうだったが、本来のリュウの目的はモモに腕輪捜索の協力を依頼する事なのだ。例によって大きく遠回りしまくりである。

 

「結局、まぁたリュウに借りを増やしちまったって訳か」

「まぁその辺はお気になさらず」

 

 歩きながらボヤくレイに、いつもの調子でリュウは笑って見せる。そんな風に歩いていると何かを我慢しきれなくなったのか、ピョコピョコ歩いていた虎娘が一歩リュウ達の前に踊り出た。正確にはレイとガーランドの前に、だ。

 

「ね、ね、二人ともさ、どうせならあたし達と一緒に来ない?」

「はぁ?」

「いいじゃん。あたしさー、今回みたく大勢で何かするのって初めてで、凄く楽しかったんだよね!」

「……」

 

 何を言い出すんだコイツはと、レイはリンプーを細めた目で見ていた。何か企んでやがるのかとも考えたが、すぐに「んな事ぁないな」と改める。リンプーがそういう計画とかを考える人間でない事は、僅かな付き合いのレイにだってわかる。性格ゆえか勧誘に渋って見せるレイだが、もう一人は最初から態度が違った。

 

「……迷惑ではないのか?」

「おいおいおっさん、まさか付いてく気じゃねーだろうな?」

 

 意外にもガーランドは乗り気らしい。彼はリュウがあれほどの力を持っているのに、それを決して暴力として使わない事に興味が湧いていた。それに加え己の武者修行にも最近は停滞感を覚えているから、いっそリュウが所属するという“紅き翼”に接触してみるのもいいかと考えたのだ。

 

「お前は嫌なのか?」

「いや俺ぁ別に……その……どっちでも……」

 

 レイは元来一匹狼。こうして大勢で集まるのは得意という訳ではない。だが、今回少し楽しいと感じたのも事実だった。戸惑ってこそいたが、本気の拒絶は出てきていない。

 

「ねーリュウ、迷惑かな?」

「え? あーいや、俺は構わない……と思いますけど……」

「やた! じゃ、決定!」

 

 リンプーの強引さにより、ガーランドとレイがリュウ達に同行する事が決定していた。しかしここで、そんなリンプーの言葉に違和感を覚えた者が居る。チーム・トリニティのリーダー、ゼノだ。

 

「その、あなたの言う“あたし達”には、ひょっとして私達も入っているのですか?」

「え? 勿論だけど?」

「おい、何故我らまで一括りにされているんだ」

「だって元々、あなた達はあたし達に付いてくる予定なんでしょ? リュウから聞いてるよ?」

「……」

 

 どうやらリュウの用事でモモを借りると言う事が、リンプーには何故かトリニティ丸ごと一緒に行動する、と脳内変換されているらしい。普段なら違う、とゼノ達は声を上げただろう。しかしゼノ達からも、何故かそれに対する本気の拒絶は出て来なかった。

 

 ゼノ達は少し気持ちが落ち込んでいた。自分達が軽々と今回の依頼を受けたりしなければ、ハイランドでの騒動ももっと小さな物で済んだだろう。そう考えると責任を感じてしまい、リュウ達に付いていってみるのも悪くないかな、と強く反対する気力が起きなかったのだ。

 

 ちなみにリンプーの中では、リュウは言うに及ばずランドやステン、サイアス、タペタがとっくに仲間として認識されている。

 

(うーむ、何か段々話が変な方向に……)

 

 その様子をギギギっと見ながら、内心で一番戸惑っていたのは他ならぬリュウであった。何やらリンプーはチームでも作ろうとしているかのような勢いだ。しかし自分は“紅き翼”に属しているわけで。この場に居ては、自分もそのチームの一員に数えられかねない。……最初から数えられている気がしないでもないが、取り敢えずその事は置いておく。

 

「……ちょっと失礼……」

 

 どうしようかと考えた挙句、リュウはさりげなくドラゴンズ・ティアからテレコーダーを取り出し、誰かと連絡を取るフリをし始めた。今更手遅れ感が半端無い訳だが、それでも小賢しくちょっと距離を置くつもりらしい。

 

「よーっし、じゃあここに居るみんなでこれから動く訳だし、なんかチーム名みたいなのを付けようよ! カッコいいやつ!」

(……ホラ来た!)

 

 楽しそうにそう宣言する強引マイウェイ虎娘。えー、とか、いや私達はトリニティだ、とかの文句が飛び交いつつも、何故か真面目に考え出すリュウ以外の十一人。見た目も種族もほとんどバラバラだが、だからこそ逆にバランスが取れているようにリュウには見えた。

 

 さて、そんなちょっと予想外な事態にリュウはどうしようと必死に頭を回転させる。チーム名と言われると、いや自分は“紅き翼”だしー、と思いながらもついつい少し考えてしまう。ここに居る顔触れを見回してみれば、これしかないよなと“とある名”が浮かんでくるが、いやいや何言ってんだと頭の片隅に追いやる。

 

「ねーねー、確かリュウのチームって“紅き翼”って言うんだよね?」

「え、まぁそうですけど……」

 

 電話がフリだと見破られているのか。それとも電話していようがお構いなしなのか。リュウは大声で話し掛けてくるリンプーに、思わず素で答えてしまっていた。

 

「それってさー、どーゆー由来?」

「あーそれは……その……」

 

 リュウは眼を逸らした。“紅き翼”の名はナギが俺の変身後の姿を見て名付けたんですよー、なんて口が裂けても言えない。もし言ってしまうと、こっちもそれに倣って名付けよう的な話になる気がしたからだ。そうなったら自分が祭り上げられたも同然だ。

 

「ああ“紅き翼”ってなぁな、相棒が変身したドラゴンの姿から取ったんだぜ」

「へー」

「ちょ!? ボッシュ!?」

 

 けれど残念、リュウの腰に居るフェレットは空気を読まなかった。いや、むしろこの場合リュウの方が空気を読んでいないのか。ボッシュは特に深く考えては無い。楽しければ何でも良いのだ。

 

「なるほど、確かにあの姿にあやかろうという気持ちは理解できる」

「おーう、ではそのように名前を付ければ良いですね」

「でもよ、竜とかドラゴンってそのまんまじゃぁあんまりセンスねぇよな」

 

 ガーランドにタペタ、ランドまでもが何故か真面目に名前を考えている。ポツンと一人輪から外れ、自ら仲間ハズレな位置に居るリュウ。何とかチームの結成は阻止出来ないかと頭はフル回転状態だ。

 

「ん~、竜の騎兵隊(ドラグナー)とか?」

「あんまり強そうに感じねぇな」

「じゃあさ、タイガー&ドラゴンなんてどうだろ」

「タイガーは俺とお前しかいねーだろ」

「む~……じゃ、チーム5D'sとか!」

「悪くねーがパクリっぽい匂いがする」

「…………」

 

 口を挟もうにも輪から外れているためタイミングが掴めない。リュウは電話作戦が裏目に出ている事に内心で舌打ちした。そしてついつい聞えてくるチーム名候補に対して、脳内であれやこれやダメ出ししていたりする。あーでもないこーでもないと、少しばかり離れた所で盛り上がるチーム名発表会。ざわざしている今なら誰にも聞こえないだろうと、ついにリュウの独り言がそこへ炸裂した。

 

「そこはやっぱり“炎の吐息(ブレスオブファイア)”でしょ……」

「……」

「あ」

 

 タイミングが良いのか悪いのか。思わず口を突いて出たリュウの独り言は、何故か会話の途切れた谷間。しーんとした一瞬にやたらとハッキリ染み渡るのだった。

 

「……いいなそれ」

「うん! 何かカッコいい!!」

「なるほど、姿を表す“紅き翼”に対して力を示す“炎の吐息”か。中々洒落ているな」

「確かにあのブレスを思い出すと、それ以上の物はないわねー」

(し、しまった……!)

 

 何で今だけみんな黙ったんだよ! とリュウは自分の間の悪さを全力で嘆いた。しかし最早後の祭り。後悔後先考えず。

 

「よーしそれじゃ、発案者だしリーダーはリュウで決定ね!」

「ぶっ!?」

「賛成」「異議はない」「うむ」

「え、ちょ、何でぇ!?」

 

 自分は“紅き翼”の一員であるのに、そんな集団のリーダーなんか兼業出来る訳がない。必死に断ろうとするリュウだが、十一対一という数の暴力で責められては分が悪い。押し負けるのは時間の問題……というか、既に決定したも同然だった。

 

「マジで……」

「かっかっか。難儀だなぁ相棒」

「お前も困れよ」

「ナギっこ達なら、話せば通じんじゃね?」

「んーな他人事みてーに……」

 

 こうなっては仕方がない。こちらを拒否出来そうにないのなら、あちらを極力誤魔化してやる! ナギ達に極力会わないようにし、騙し騙しお茶を濁しながら行こうと、速攻でリュウは脳内戦略を立て直す。

 

 ……だが、しかし。世の中はそんなリュウに優しくなかった。なんとまさに今、この劇的なタイミングで、リュウの手に持つ物体はけたたましくブルブル震えだしたのだ。

 

「!? ま……まさか……」

 

 電話するフリのために取り出したハズだったテレコーダー。激しく震えるディスプレイに浮かび上がる文字列。それが“ナギ・スプリングフィールド”でない事を心の底から願うリュウ。しかしその願いは無情にも届かない。恐る恐る見てみれば、今一番見たくない名前がそこにあった。

 

「……勘弁してよ……」

 

 よりによってこんな時に連絡して来なくてもいいのに。

 

 台風でも起きるんじゃないかってくらいに激しいリュウと周りの温度差。リュウ以外は楽しげにワイワイ盛り上がり、その横で一人だけどんよりと顔に暗い影を落としている。そんなリュウの掌の上では、ディスプレイに映し出される“ナギ・スプリングフィールド”の文字が、いつまでもいつまでもその存在を主張しているのだった。

 

 

 続く


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