炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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7:同盟

 既に日はとっぷり暮れて、鈴虫にも似た虫の声が少しずつ数を増していく最中。ハイランドシティの郊外にある廃屋の前で、リュウ達一行とレイ、ガーランド、そしてチーム・トリニティは、一緒に焚き火を囲んでいた。

 

「それでこの状況ですか……」

 

 一通り何が起きたかを理解したリュウが、小さな溜息と共に一言そう呟く。

 

 宿でステンとどうするか話した後、たまたま合流したガーランドと共に遅い朝食を取っていたリュウ達。そこへ鬼気迫る勢いで駆け込んできたレイとリンプーにより、トリニティと共に兵に襲われたという情報がもたらされていた。即座にそのまま宿に留まるのは不味かろうという結論に達したリュウ達は、人目を偲んで町外れにあるこの廃屋へと向ったのだった。

 

 一方で約束を反故にされ、街を大量の兵士達に追いたてられていたゼノ達トリニティの面々。次から次に湧いてくる兵士を追い払うため街の中であるにも関わらず、モモのバズーカが火を噴いたりリンの銃からビームの雨が降り注いだり、しまいにはアースラが唱えた魔法の矢が所構わず乱舞したりとかなり派手にやっていた。

 

しかし狙ったのか幸運かはわからないが一般住人にまで被害が及ぶ事はなく。そして彼女達自身も何とか一人も欠けずに兵を撒く事に成功し、この廃屋までやって来たのである。ちなみにリュウ達がほとんど兵に狙われなかったのは、彼女達が意図せずとも街中を引っ掻き回してくれていたおかげだったりする。

 

「……」

「……」

 

 そんな彼女らの顔に浮かんでいるのは、アースラを筆頭に一から十まで不機嫌一色だ。あのモモでさえいつものぽやっとした空気がない。ついでにレイ、リンプーもムスッと納得がいかない様子なのはまぁ置いておくとして。ともかくトリニティの一行からすれば、苦労して取って来たお宝をタダで奪い去られたも同然だ。しかもその犯人は“国”であるために表立って反抗する事も出来ない。このままでは泣き寝入り確定なのだから、それは不機嫌にもなろうというものだ。

 

「あのおばさ……じゃなくて“国”は、一体あの玉で何する気なんだろうねぇ?」

「知らないけど、計画がどうのとかって言ってたわねー」

 

 ふと口を突いて出たステンの疑問に、膨れっ面のモモが聞いた話で補足する。その事を城へ探りに行ったステンだったが、結果はわからず終いで返り討ち。それに加え今あの城の中で具体的に何が起きているのかも不明なこの状況。ピリピリした空気が否応なく立ち込める中、空に浮かぶ二つの衛星と無造作に薪をくべられた焚き火の明りだけが、リュウ達を照らしていた。

 

「……ったく、いい迷惑だぜ。こっちは巻き込まれただけだってのに……」

 

 ガシガシと頭を掻きながらボヤくレイ。それと同時にパチリと弾ける薪が一つ。

 

「いやー人生ってホント、いつなんどき何が起こるかわかったもんじゃないですよねー」

「お前、何でそんな悟りきってんだよ……」

 

 あっはっはと乾いた笑いを浮かべるリュウの達観しきった態度に、呆れたレイが突っ込みを入れる。そこでふと、今のリュウの姿にリンプーは違和感を覚えた。何かがいつもと違うような。そう悩んでみて、すぐにある事に気が付いた。

 

「ねぇ、そう言えばリュウさ、ボッシュが居ないみたいだけど……?」

 

 そう、いつもならリュウの側からべらんめぇ口調の突っ込みがあるハズなのに、それが無い。違和感の正体をリンプーが訪ねると、リュウは乾いた笑いのまま何事も無かったように答えた。

 

「あー、それならもう来ると思いますよ」

「へ?」

 

 言うや否やまさにそのタイミングで、リュウの側の草むらがガサリと揺れた。焚き火を囲む一同の顔にザワッと警戒の色が走る。そして草むらからひょっこりと姿を表したのは、白い体毛に包まれた一匹のフェレット。何処へ行っていたのか、ここまで姿を見せなかったボッシュのお出ましである。

 

「おう相棒、戻ったぜ」

「お疲れ、ボッシュ」

「? そういやさっきも宿に居なかったようだけど、どこ行ってたんだい?」

 

 ステンの尾行後、行方がわからなくなっていたリュウの相棒不死身のフェレット。一体ボッシュはリュウに緊急の念話を送った後で、どこで何をやっていたのか。ステンとしても自分を尾行していたとは聞いたが、何故今まで帰ってこなかったのかという疑問が沸いた。

 

「実はですね……」

「おう、俺っちさっきまであの城ん中に居てよ」

「は!?」

「まぁ奥までは入ってねぇけどな」

 

 どこか余裕ありげなリュウボッシュコンビの突拍子もない発言に、驚きを返すステン。他の面子は何の事かイマイチわかっていないが、特に邪魔をする事も無くボッシュの言葉を黙って聞いている。

 

 実はステンの後を付けていたボッシュはリュウに念話を送った後、ドサクサ紛れに城の中へと入り込んでいたのだった。そこで簡単な情報収集と“とある目的”を達成したボッシュは、その後城内に発生した“トリニティ追跡”というさらなるドタバタの中で、達成した“とある目的”と共に悠々と城から抜け出したのである。

 

 ではそこまでして得たボッシュの“とある目的”とは何なのか。それは説明するまでもなく、ボッシュのすぐ後ろからガサッと顔を出した。

 

「ステン隊長! よくぞご無事で!」

「!? ゲイン!? おま……何でここに!?」

 

 そう“とある目的”の正体とは、何を隠そう城の門番であった兵のゲインだ。城門前で起きた顛末の一部始終を見ていたボッシュは「こいつぁ何かあるな」と睨んだ。だからリュウに“我潜入せし”との念話を送ってその小さな身体を利用して城内に入り込み、その中でステンの味方と思えたこの兵士と接触する事に成功していたのである。

 

「まさか、ここまで追っ手が来るとは……」

「ちっ、仕方ねぇ……悪いが眠ってもら……」

「え、ちょ、待って下さいって! あの人は大丈夫ですから!」

 

 明らかに城の兵であるゲインの姿を見て、あわや殺気立つトリニティとレイにリンプー。唯一その辺の事情を知っているリュウは、何とかそれを抑えようと必死に彼らに取りなしている。何故だかいつも、苦労する立場にいるリュウである。

 

「ゲイン……お前こんな時間にこんな所に来て……大丈夫なのかい?」

「お忘れですか隊長、今は丁度交代の時間なんですよ?」

 

 こうして話している門兵のゲイン自身、最初は突然話し掛けてきた言葉を話すフェレットを怪しみ、聞く耳を持たなかった。だがしかしそんな彼にボッシュが強引に聞かせたこれまでステンと行動を共にしていたという話。城門前での出来事の後、すぐにステンは助けたから安心しろという話を聞き、ゲインは次第に猜疑心が薄らいでいった。そして最終的に「付いて来ればステンに会えるぜ」というボッシュの言葉を信じる事にしたのである。

 

 これが例えば説得にあたったのが見た目の怖いガーランド等だったとしたら、流石にこうまで上手くは行かなかっただろう。しかしそこは見た目だけならば愛らしいフェレット。その姿が警戒心を和らげる事に一役買っていた事は、疑いようも無かった。

 

「だぁから言ったじゃねぇか。俺っちを信じろってよ」

「ああ、疑ってすまなかったな」

 

 もうかなり仲の良い友達であるかのように、ゲインと打ち解けているボッシュ。そんな二人を見てリュウは出来れば兵士の服装じゃなくて適当な私服できて欲しかった! と、殺気立つゼノ達を諌めつつベクトルのおかしい突っ込みを入れていたりする。

 

「そんじゃ、ここでおめぇさんが知ってる限りの事を話してくんねぇかい?」

「ああ。……隊長、聞いてください。今、ハイランド城は大変な事になっているんです」

「……」

 

 ボッシュに促され、ステンの方を向いて真剣に語りだすゲイン。リュウの必死の説得もあり彼は敵ではないと理解したゼノ達も、取り敢えずその会話に耳を傾けだす。その話の内容は中々に複雑なものだったが、大まかに端折ると以下のようになる。

 

 この国からステンが消えた後、後釜に据えられた女将軍のシュプケーは類稀なる才能と貪欲なまでの野心を見せ、城内での存在感を増していった。そして着実に自分のシンパを増やしていった彼女は今では“戦争あるべし”という城内の急進派を率いる程にまでなり、以前から“争いはやめて穏やかに暮らそう”と提唱し続けていた穏健派の王女と強く対立するようになっているのだった。

 

 二つの派閥は危うい均衡を保っていたのだが、しかしつい最近そのバランスが一変する出来事が起こった。穏健派だった筈のもう一人の将軍、トゥルボーが何故か突如として反旗を翻し、シュプケーの軍門に下ってしまったのだ。そのせいで穏健派は勢いを無くし、現在の内部情勢はシュプケー率いる急進派に大きく傾いていて、もう王女もその勢力を抑えるのが難しい状況になっていた。そして最近では、とうとうシュプケーが王女を亡き者にして国を手にしようと画策している、という噂まで聞かれるようになっていた。

 

「————と、いった次第なのです」

「……なるほどね」

 

 話を聞き終え、ステンは思案した。シュプケーの狙いは王女を追放し、自らが国を牛耳ろうという事なのか。いや、どうもそれだけとは思えない。あの宝を一体何に使うつもりなのか。やはりもう一度、直接問い質すしかないだろう。

 

「……」

 

そしてステンは続けて両の目を閉じ、微かに思いを馳せる。それは先刻不意に刃を交えた旧友へのものか、それとも誰かそれ以外の人物へのものか、彼の心中は誰も知らない。

 

「隊長、お願いします。王女を手に掛けようとするなど、最早我慢の限界。シュプケーを止める為に……力を貸してください。私にはあの女の掲げる戦争ありきの理想が、この国の為になるとは思えないのです」

「……」

 

 悲痛なまでの表情で願いを込め、真っ直ぐにステンを見つめるゲイン。ステンはゆっくりと目を開けると、ついで渋い顔を彼に向けた。

 

「……ゲイン。おいらはもう、隊長でも何でもない。だから、いくらお前にそう呼ばれても、おいらにはどうする事も出来ない」

「そんな……」

 

 想像はしていたが、聞きたくは無かったステンの拒否。思わず落胆の声を上げてしまう。しかし諦めきれないゲインは尚も食い付こうとして口を開きかけ、だがそれをステンは遮った。

 

「でも……おいらちょっとあのオバチャンに用ができたんだよね。もっかい会いたいから、良かったら城の中を案内してくれない?」

 

 気が付けばその表情は少し意地の悪さを感じさせる笑みへと変貌し、目には力強さを感じさせるステン。言葉の意味を理解したゲインは、兵としては似つかわしくない笑顔を見せた。

 

「はい! もちろんです隊長!!」

「だから、おいらは隊長じゃないってば……」

 

 どこからか取り出したお茶を啜りながら、二人のやりとりを横目で見るリュウ。密かに心の中で「素直じゃないなぁステンさん」と突っ込みを入れた。

 

「……リュウ、先程からの話は……一体どういう事なのですか?」

 

 と、そんなリュウに疑問を挟んだのはゼノだ。さっきから不思議そうに事の次第を眺めていたが、どうもイマイチその全景が見えていない。

 

「んーそうですね。簡単に言うと、これからちょっとあの城の人達に喧嘩売ろうぜって話です」

「……はい?」

 

 本当に色々な部分を省略し過ぎている訳だが、城の半分以上を占める派閥の長をとっちめようと言うのだからそれで大体あっている。ゼノを含めて話を聞いていたトリニティの女性陣は、一応リュウの言葉の意味はわかった。だがそれをそのまま受け取って良いのかと理性が待ったを掛けたため、少しばかり呆けたような表情を見せている。

 

「その……まさかとは思いますが、あなたと、その彼だけで?」

「はい」

 

 再度の確認に、リュウは全く何の心配も無いように頷いた。きっぱりハッキリたったの二人で城に喧嘩を売ると言い切ったのだ。これには流石のゼノ達も呆れを通り越していた。全く、この少年はやろうとする事が馬鹿げ過ぎている。だが、逆にそれがゼノ達の決断を促した。ゼノは自分のチームのメンバーの顔を見る。そしてやはり、彼女らは全員同じ事を考えていると確信した。

 

「……リュウ」

「何でしょう?」

「その喧嘩、私達にも参加させて下さい」

「え?」

 

 ゼノは……いや、トリニティは、リュウとステンの喧嘩に全員乗り気だった。考えてみれば泣き寝入り等という選択をゼノ達が受け入れる訳がない。まさにこれは彼女達に取って私怨を晴らす絶好の機会なのだ。聊かステンの目的とはズレているが、その辺の話はきちんと伝えておけば無闇に破る彼女達ではないだろう。それに純粋に戦力が増えると言うのは、リュウ達にとってはありがたい話でもある。

 

「私達を敵に回した事を、彼らに後悔させてあげます」

「……」

 

ゼノの力強い宣言に頷く三人の女性。こうしてリュウとステンに、チームトリニティが加わる事になった。さらにそこへ、勢い良く挙手する人影が一つ。

 

「はい! 勿論あたしも手伝うから! よくわかんないけど、やられっぱなしは嫌だし!」

 

 盛り上がる周囲の空気に釣られ、気勢を上げる脳天極楽虎娘。当然のようにリンプーも追加である。段々とステンの顔に困惑の色が広がっているように見えたリュウだが、気が付きながらも軽やかにスルー。しかしそこへ、水を差すように冷やかな男の声が上がる。

 

「愉快だねぇ……お前ら、物好きにも程があるぜ」

 

 幾らなんでも国を相手取って喧嘩はねぇだろ。暗にそう言いたそうなレイ。しかし彼の意見は、もう一人の男によって問答無用で捩じ伏せられる事になる。

 

「レイよ、残念だがお前も手伝うんだ」

「は? ……いや待て何言ってんだおっさん。冗談じゃね……」

「冗談などではない。お前もたまには、リュウの役に立ってみろ」

「うぐっ……」

 

 ジロリと睨むガーランドの、有無を言わせぬ眼光と言葉。弱みとも言えるリュウへの借りを引き合いに出されては、レイに反論など出来ようはずも無い。

 

「そういう訳だ。リュウ、そしてステン。俺とコイツも手を貸そう。遠慮なく使ってやってくれ」

「はぁ……愉快だよ全く……」

「……」

 

 ついにレイとガーランドまでがリュウとステンに協力すると申し出る。つい先日まで面識すらなかった者達だが、とにかくこうして目的を一つとしたおかげで、先程まで充満していたピリピリした空気はほとんどが融けていた。

 

「そういう訳で、皆さん喧嘩に協力して下さるそうです」

「いやぁありがたいね。おいら涙出ちゃうよ」

「しかし……喧嘩、と言っても具体的にはどうするのです?」

「あー、実は最初は俺とステンさんで正面突破でもしようかと思ってたんですが……」

「お前……流石にそれは無茶だろ」

 

 たった二人じゃ小細工も何もなかろうと、かなりノープランだったリュウとステン。だがこの人数で行くならば、そんな無茶をするより作戦を立てた方がはるかに効率が良いし、被害も小さく出来る。なのでリュウ達は、どう城を攻略するか知恵を絞る事にした。

 

 そして会議を始めてから約三十分程して。

 

「……よし、じゃあこのフォーメーションPで行こう。おいらの記憶が確かなら、ハイランド城には非常用の出入り口が二つあったはずさ。だから正面からの一チームと左右ニチームの、合計三チームに別れて乗り込むんだ」

「あれ? 俺てっきり上から一気に標的の居る場所へ行くんだと思ってたんですが?」

「それができれば簡単なんだけど……そうもいかない事情があってね」

「?」

 

 門兵ゲインの話によるとステンの目標であるシュプケーは、王族が代々住居とするはずの棟に大胆にも居を構えているらしい。その棟は城の最奥部であり、リュウは空から直接その棟へと乗り込む気満々であった。しかしステンが言うには、なんとその王家の棟周辺には、永久ループの結界が張ってあるというのだ。“どれだけ飛ぼうとそれが空中である限り絶対に近付けない”という結界のせいで、そこへ侵入するには棟と棟を繋ぐ吹き曝しの石橋を渡るしか手段は無いのだった。

 

「相棒、あん時ヤバかったんじゃねぇか?」

「うん……」

 

 ステンを救出しに飛んで行った時、下手をすればリュウはそれに嵌る可能性があったわけである。変な気を起こさなかった自分の運の良さに、リュウは密かに感謝するのだった。

 

 そうして決まった作戦は、簡単に言えば二重の陽動だ。正面からの第一陣と城の脇にある非常用出入り口からの第二陣で城内の強硬派達を混乱させ、さらにもう一つの非常用出入り口から、本命の第三陣が侵入し手薄になった石橋を渡ってシュプケーを叩くのだ。

 

「うーん、一陣には敵を引き付けるって意味で、見るからに強そうな人が良いんだけど……」

 

 ぐるりと周囲を見渡すステン。その場に居る面子で明らかに強そうな強面と言えばガーランドである。次にレイだが、ガーランドと並ぶとどうしても体格の差でインパクトが薄れる。どうせならもう一人似たような体格の人物でもいれば、道場破りならぬ城破りとしての印象は強固な物になるだろう。

 

「……」

「あ、それなら、あの人に頼んでみたらどうです?」

「あの人って?」

「いやぁ、多分きっとストレス溜まってると思うんですよね……」

 

 リュウの脳裏にあるのは、ガーランドに勝るとも劣らない巨体を誇る亜人だ。今は時間的に休んでいると思われるが、普段はせっせと妖精の里で建築作業に勤しんでいる筈のあの人物。そしてその作業によって、ほぼ間違いなく彼は今イライラしているだろうと想像できる。

 

「あーなるほど。確かに旦那がガーランドの旦那と並び立ったら威圧感バッチリだよねぇ」

「ですよね。ちょっと頼んでみますか」

「いいんじゃない。この際何人でもバッチ来いだよ」

 

 話が決まったのでリュウはポケットから赤い宝石フェアリドロップを取り出し、一人テコテコと焚き火の輪から抜け出て距離を取った。

 

「さて何が出るか……」

 

 今度はどんな転移をする羽目になるのか。緊張半分期待半分なリュウ。そしてリュウの行動の意味がわからない面々は、今度は何する気だ? と不安げに見ている。少しして、覚悟を決めたリュウは意を決して宝石を掲げた。

 

「!!」

 

 宝石から放たれる鋭い閃光。別にそれだけで転移したわけではなさそうだ。そして光が収まった事を確認し、リュウは反射的に閉じた目をゆっくり開けてみる。すると……なんと、目の前にピンク色のドアが現れているではないか。

 

「どこで○ドアかよ!」

「……?」

「相棒、なんでぇこりゃ?」

 

 思わず周囲の疑問を代表して口にしたボッシュ。そのあまりにもアレそっくりなソレに突っ込めるのはリュウしかおらず、全員何アレ? てな状態である。

 

「うーん……偶然? いやでもそれにしては似すぎてるし……うーん……まぁ……いいや。じゃ、ちょっくら呼んできますね」

 

 妖精達の発想なのかよく分からないが取り敢えずスルーし、ガチャッっとノブを回して引いてみるリュウ。するとドアの向こうに広がるのは、予想通り妖精の里の景色だった。痛みも無く心臓に悪い事も無いが、流石にここまでの丸パクリは駄目だろ、と再び妖精にダメ出しする気満々のリュウである。

 

「じゃ行ってきまーす」

 

 そしてそれから数分。

 

「ただいまー」

 

 再びガチャリとピンク色のドアが開き、呑気な声を出しながら戻ってきたリュウ。その後ろには妖精の里で休んでいたはずの巨躯の甲殻族、ランドが居た。さらには何故かサイアス、タペタの姿まである。

 

「スミマセン。何故か二人共付いてきちゃいまして……」

「まぁおいらそうなるような気はしてたけどねぇ」

「おいリュウ。暴れさせてくれるってなぁどこでだ? ここでか?」

「あ、それはこれから説明しますよ」

 

 リュウの予想通り、ちまちまと家を建てていたランドはその作業が退屈でイライラが募っていたらしく、普段とは違い大分目が吊りあがっていた。今ならば十分ガーランドに迫力で対抗出来るだろう。

 

「おーう、麗しのマドモアゼル! ワタクシ、エカル・ホッパ・ド・ぺ・タペタ言いますね!」

「うわ!? な、何だこのカエル!?」

「ノンノン、カエルではないですね。ワタクシ由緒正しき匍匐族(クロウラー)。タペタと呼ぶと良いですねシルブプレ」

「わ、わかった。わかったから寄るな!」

「そちらのお嬢さんも、ワタクシタペタ言いますね! よろしくすると良いですね!」

「あ、ああ……」

「……」

 

 そしてタペタは、やっぱりタペタだった。美人が目に映るや否や、そちらへ一目散に駆け出していってナンパである。突然現れた上から下までどー見てもカエルな亜人に、流石のアースラもリンもまともにリアクションを取れないで硬直している。まぁ放っておいてもいいかな、と思ったリュウだったが突然その反対方向から殺気を感じて、思わず身構えた。

 

「貴様……まさか貴様までが、リュウと共に居たとは驚きだな」

「……!」

 

 出処はガーランドだった。そしてその殺気が向けられている相手は、何とサイアス。ガーランドはそれまでの穏やかな表情を塗り潰し、鋭く尖った視線を送っている。一方のサイアスは目元を隠す前毛のせいで表情が伺えない。しかし刀を握るその手には、僅かに力が篭っていた。

 

「あの……もしかしてお知り合い……だったんですか?」

「こいつとは以前戦った事が数度ある。“知り合い”ではなく“斬り合い”をした仲だ」

「そ、そうなんですか」

「流れの傭兵をしている物とばかり思っていたが……どういう心境の変化だ?」

「……」

 

 ガーランドに聞かれ、だがサイアスは答えない。二人の間には不穏な空気が横たわっているが、そこでリュウは気付いた。以前はわからなかったがサイアスの醸し出す空気は、どことなくステンと似ているような気がするのだ。

 

(もしかすると、サイアスさんも……?)

 

 流れの傭兵。ガーランドの言った事が本当ならば、サイアスも常日頃から戦場に立っていたと言う事である。ではそのサイアスが、ガンツの街で何故ステンと行動を共にしていたのか。きっと二人の間にあったのは、共感のようなものなのではないか? とリュウは勝手に想像していた。

 

「ま、まぁそれはともかくお二人とも、過去の事は水に流して、ココは出来れば穏やかにお願いしたいんですが……」

「……」

「……」

「なぁ相棒、呼ばねぇ方が良かったんじゃねぇか?」

「……言うなよ」

 

 まさに一触即発な雰囲気。精一杯の愛想笑いでかろうじてそれを抑える苦労性なリュウである。ちょっとだけ自分の行動を後悔したとかしなかったとか。

 

「えっと、皆さんにお願いしたいのはですね……」

 

 そのままでは埒が明かないので、リュウは強引に仕切り直した。ナンパに勤しむカエルや不穏な空気をまき散らす武人二人を収め、これから自分達が何をするのかを具体的に説明する事、数分。

 

「……前々から思ってたけど確信したぜ。リュウ、お前馬鹿だろ? 普通そんな所まで首突っ込もうとするか?」

「むぐ……」

 

 極めて一般論的に放たれたランドの一言が、リュウの胸に突き刺さった。その言葉に密かに同意を示すのはレイである。実際の所たったの九人で国を相手に喧嘩しようというのだから正気の沙汰とは思えない。まぁそれが普通の反応と言えよう。

 

「だがまぁ俺は土木作業よりかこっちの方がいいから、参加はするけどな」

「……」

 

 と、何だかんだで協力的なランドである。そしてサイアスは何も言わずに頷いて意思を示し、タペタは女性が居るなら自分も、とあっさり同意。こうして、ここに十二人(+一匹)の即席同盟が発足するのだった。

 

「それじゃあまずはチーム分けを……」

「んな事よりリュウ、俺達晩飯食ってねぇんだけどな?」

「あ、あたしもお腹空いた!」

「そう言えば、私達も何も食べていませんね……」

「……」

 

 腹が減っては戦はできぬ。

 

 全方位からの期待の視線で体が穴だらけになっているのは、やはり料理の腕も一流のリュウである。何故かその腕前を知らない筈のトリニティの面々、レイ、ガーランドさえもが期待の目を向けている。勿論宝を渡しに行く時の道すがら、リンプーが「リュウって実は凄い料理上手いんだよ!」とポロッと話してしまっていたからだが、その事をリュウは知る由もない。

 

「……」

 

 そして自らを押し潰さんばかりのその無言のプレッシャーに、リュウがあっさり押し負けたのは仕方のない事だった。一応これでも空気を読める(自称)男なのだ。誰にも気づかれぬよう心の中で溜息を付いたリュウは、無言でドラゴンズ・ティアから自慢の鍋その他の調理器具を取り出す。この日、保存されていた食材の大半が消えた事をここに記しておくとする。


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