炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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4:盗人の墓(後)

「……」

 

 リュウは壁から顔を覗かせた所で、ピタリとその動きを止めた。正確に言えば止めざるを得なかった。何故ならば“ゴツッ”と、突き出した額に何かが強く当たったからだ。それは固くて、とても冷たいモノだった。

 

(…………。よし、まずは落ち着こう)

 

 タラリとこめかみから汗が滑り落ち、次々と浮かんでは消えていく「どうしよう」の言葉達。今の状況をどう打破するか、リュウの脳内は一気にフル回転状態となった。闇に目が慣れてきているおかげで、朧げながら今自分がどういう状況か見えてくる。ゆっくりと視線を横へとずらしてみれば、そこには薄らと人の形。リュウの目の前……というか、覗きこんだ壁の影に気配を殺して隠れていたようだ。

 

「……」

「……」

 

 シルエットから、その人影は女性とわかる。表情までは暗くて見えない。そしてその女性が今何をしているのかと言うと————現在進行形で、突き出したリュウの額にピッタリと銃口を突き付けているのだった。額に伝わる冷たい感触。マジで撃たれる五秒前。いくら頑丈なリュウだとて、脳天をゼロ距離で撃たれては耐えられると思えない。

 

「あの……俺は……怪しい……者では……決して……」

「……」

 

 自分で言っておいて何だが、こんな所に現れる子供が怪しくない訳がない。精一杯落ち着いた結果出たセリフがあまりに月並過ぎて、リュウは自分で自嘲の嵐だ。しかし今この場ではそう言うしかない。実際の正体はどうあれ、リュウはモンスター等ではないのだ。いきなり頭に風穴を開けられては堪らない。

 

「……」

 

 女性は、その言葉に全く反応を示さない。それにしてもまさかすぐそこにまで来ていたとは、リュウとしては少々予想外であった。どうも目で空間を確認しようとしたのが甘かったようだ。それと同時にこの女性の気配の殺し方に関しても、一流だと思わず唸ってしまう。

 

「……何者だい」

 

 一切の無駄を排除した端的な質問。抑揚自体は冷え切っているが、全体的にトーンの高い声が女性から紡がれた。女性はリュウの額に銃口を突きつけたままで、慌てず騒がず冷静だ。どう答えればいいかと悩むリュウの頭に、ボッシュから念話が飛んでくる。どうやら背後でリンプーとステンが臨戦態勢を取っているのだが、それをガーランドが抑えているらしい。

 

「……」

 

 ガーランドが手を出そうとしないのは、話せばわかる相手かもしれない、という可能性からだとのボッシュの声。リュウもその意見には同意である。だからリュウは、下手な嘘はつかずに真っ直ぐに答える事にした。人間何事も正直が一番だ。

 

「えっと……俺はリュウと言いまして……この遺跡のどこかに居るはずの“トリニティ”さんと、とあるフーレンの男の人を探してここまで……」

「リュウ……だって!?」

 

 リュウの名を聞いた途端、女性から驚愕の声が発せられた。その反応から、この女性は自分の事を知っているらしいとリュウは気付く。“紅き翼”という名ならいざ知らず、それに属する“リュウ”の事を知っている人間はそう多くないはず。そんな人間にこんな場所で出会うとしたら、それは今探しているトリニティの人達くらいしか有り得ない。

 

「あの……そういう訳なので……出来れば銃口を向けないで頂けるとありがたいのですが……」

「……」

 

 リュウはそう言って、暗闇の中でも精一杯に笑顔を浮かべてみた。流石にこの状況では顔の筋肉が引き攣っているのを自覚出来てしまうが仕方ない。なるべく相手に良い印象を持ってもらえるようにするのがリュウ式世渡り戦法なのだ。まぁ暗くてよく見えないせいで、ほとんど無駄な努力だったりするが。

 

「あの……ホント敵とかじゃないので……」

「……」

 

 リュウは、この女性が目撃証言で聞いたトリニティの最後の一人だと睨んでいた。自分の事を知っている可能性があって、尚且つリュウと直接的な面識のない相手というとそれくらいしか思いつかない。少しの沈黙の後、カチャッという音がしてリュウの額から圧迫感が消えた。女性は銃を下ろしたようだ。

 

「……」

「あの……信じて貰えましたでしょうか」

 

 ホッとしてリュウはそう口に出す。勿論自分も取り出していたフィランギをヒュパッとドラゴンズ・ティアの中に格納だ。緊張感自体はまだそこにあったが、それも女性が大袈裟に溜め息をついてみせた事で次第に小さくなっていく。それに伴いリュウは少しずつ手に魔法の明かりを宿し、自分の姿を曝け出していった。

 

「! ……青い髪……なるほど、聞いていた通りの背格好だね」

「……?」

「知ってるよ、“紅き翼”のリュウだろ? まさか、こんな場所で実際に会う事が出来るなんて思ってもいなかったよ」

「……はぁ、あなたはその……ゼノさん達の……?」

「ああ、私の名前はリン。新しくこのチーム……トリニティに入った者さ」

 

 そう言って女性……リンは、肩の力を抜いた。魔法の明かりに浮かび上がるその容姿は、リュウの昔の記憶に引っ掛かりを覚えさせる。水色を基調とした、体のラインに沿った服。オレンジ色の前髪がフードのような帽子から覗き、腰にはホルスター付きのベルトが巻かれている。帽子にある二カ所の出っ張りと、ふわふわした長い尻尾が後ろに見えている事から、恐らく野馳せり族であろう。キリリとした顔立ちで、目の大きい美人だ。

 

「やはり、話の通じる相手だったか」

「ええ」

「!!」

 

 リュウの背後からまず出てきたのはガーランドだ。そしてその巨体と顔を見て、リンが警戒色を激しく高める。リュウがそれに対して一緒にここに来た人達ですからと宥める事で、何とか空気をそのままに保つ。

 

「リュウ大丈夫だった?」

「まぁなんとか」

「おいらはリュウなら何とかすると思ってたよ、うん」

「……あんた達は……!?」

 

 ガーランドに続き、リンプーとステンも出てくる。流石に全部で四人も来ているとはわからなかったリンは、どうしていいか混乱していた。それもリュウがまぁまぁと抑える事で、かろうじて均衡が保たれる。もしもガーランドがリンプー達を抑えていなかったら、バトルが勃発して話が拗れていた可能性は高いだろう。

 

「いきなりで悪いが一つ聞きたい。ここにレイという名のフーレン族の男は居るか?」

「あんたは……?」

「俺の名はガーランドと言う。レイと旅をしている者だ」

「!」

「もしも心当たりが無いならば、それで構わんが……」

「……。その男なら、ここに居るよ」

 

 まだ完全に警戒を解いた訳ではないが、嘘を言っても仕方ないと思ったのだろう。リンは自分の後ろの空間に向かった。そこにある、足元に置かれた今にも燃え尽きそうな小さなロウソクに火を灯して、空間の全景を浮かび上がらせる。そこにはテントのように幕が張られていた。大きな布を吊るし、屋根代わりにして三角形に覆っているだけの簡素な代物である。そしてリンはそのテントのような物体に近付いていく。

 

「……こいつだろ」

「!!」

 

 リンはその幕を開き、中をリュウ達に見せた。……リュウ達は絶句した。そこにはほぼ全身に包帯を巻いた状態のレイと、そしてもう一人女性が横たわっていたのだ。リュウだけは、それがあのアースラであるとわかった。寝かせられた二人とも胸が規則正しく上下しており、生きている事は理解出来た。モモとゼノの姿はどこにも見当たらない。

 

「男の方は、今は薬で寝てる。色々あってご覧の有様さ」

「……お前達がやったのか?」

「違う。こいつは……あたし達を庇って、こうなったんだ」

「……」

 

 話の筋が見えない。どうもレイとこのリン……ひいてはトリニティとの間に、何かがあったらしい。だがそれよりも、リュウは横たわる二人の容態の方が気になった。よく見れば包帯は大分血で汚れており、何日もこのままの状態だと言う事がわかる。

 

「怪我をしてから、かなり時間が過ぎてますね」

「仕方なかったんだ。ここまで来るのに、用意した道具はほとんど尽きてたから……あれくらいしか、出来ないんだよ」

 

 リンは悔しそうだった。大怪我を負っている二人に何もしてやれない事への苛立ちだ。やっと会えたから話を聞きたいと思っていたリュウだが、それよりも優先しなければならない事が出来た。即ち、二人の治癒だ。

 

「ちょっと失礼します」

「え……な、何を……!」

 

 リュウはスタスタとテントの中に入っていくと、レイとアースラの傍にしゃがみ込み、まずはレイの胴体に巻かれている、血塗れの包帯をいきなり剥がし始めた。慌ててリンが止めに入る。

 

「……俺、治癒の魔法使えます。少し待ってて下さい。二人共治してみせますから」

「治癒……本当なのか!?」

「ええ、任せてください」

 

 力強いリュウの言葉。一刻も早く治さなければ。レイとアースラの容態は素人目でも危険な状態だとわかる。レイの包帯を外すと、傷跡は化膿していた。録な医薬品が無いならば、そうなるのも当然だ。

 

「ボッシュ、薬草すり潰しといて」

「おうよ」

「!? イ、イタチが喋ってる!?」

「俺っちはフェレットだっての。何か久々だなぁその反応」

 

 展開の速さとボッシュのせいで、リンは頭の回転が追いつかないらしい。取り敢えずそちらはガーランド達に任せて、リュウは早速治癒魔法を二人にかけ始めた。ボッシュにすり潰してもらった薬草は、特に酷く傷が化膿している部分に塗りつけておく。中級の“アプリフ”では追いつかないと見ると、リュウは消毒も兼ねて“ヤプリフ”を主に使いだした。これならば治癒の効果もアプリフより高い。

 

「……」

 

 レイの容態は、本当に酷いの一言だった。肋骨はいくつか折れ、腕や足の骨に至っては砕けて複雑骨折のようになっている。さらに問題なのは足の“腱”。完全に断裂しており、歩く事も厳しいだろう。アースラも見てみたが、それよりはまだマシだ。どうしてこんな酷い怪我をこの二人だけが負っているのだろうか。

 

「ねぇ、リン……って言ったよね。この人達に何があったの?」

「リュウが二人の傷を治す間、話を聞かせて貰えないだろうか」

「……」

 

 テントの外では、リンプー達三人がリンに疑問を投げかけていた。少なくとも自分達に危害を加える気はなさそうだと理解したリンは、どこか申し訳なさそうな雰囲気と共に重い口を開きだした。

 

「あんた達もここへ来たって事は、あの落とし穴に落ちたんだろ?」

「ああ。正確には落ちたではなく降りてきた、だがな」

「そう。情けない話だけど私達トリニティは、あの落とし穴に引っ掛かってね。その時、穴の底に激突する寸前で、今そこに寝ている二人が身を呈して庇ってくれたんだ。だから私達はなんとか軽傷で済んだんだよ」

 

 そこまで言うと、リンはちらりとテントの中に目を向けた。

 

「あの二人って……でもあの高さで? 一体どうやったの?」

「……。そっちの男が突然大きなトラに変身して、私達の下敷きになってくれたんだ。もう一人はみんなを守るように魔法障壁を展開していたんだけど、まだ慣れていなかったからバランスを崩して、トラと一緒に底に叩きつけられてね……」

「……」

 

 治癒魔法を使いつつ聞き耳を立てていたリュウは、今の話を聞いて大体の合点が行っていた。

 

(なるほど、ワータイガーと魔法障壁であの高さの落下に耐えたのか……)

 

 あの落とし穴にあった血飛沫、引き摺った痕、そしてレイの大怪我の具合。全てが繋がった気がした。その後も少しずつ外から聞こえて来るリンの話をBGMにして、リュウは治癒を行っていく。アースラさん魔法覚えたのか、とかそういやリンさんとアースラさんて声そっくりだよなぁとか、時折関係ない事を考えながら。

 

 

 

 

 四、五十分程で大体の治癒を終えて、リュウはテントから這い出した。流石にずっと魔法を使い続けたので少し疲れを感じる。テントの外では燃え尽きたロウソクの代わりに松明を囲んで、リンを含めた四人が座り込んでいた。

 

「あ、リュウ。あの二人は?」

「大丈夫です、ほぼ治せました。まぁレイさんの方は血が足りないと思うんで、多少貧血気味だと思いますが……」

 

 よく治癒魔法を使うからか、素人なりにそういう事がわかるようになって来ているリュウ。近頃は治癒魔法って魔法の中で一番役に立つのではないかと思うくらいだ。

 

「そう……良かった……」

 

 リンは二人の命が助かった事を感謝するように、リュウに小さく頭を下げた。何だか照れくさいので、気にしないで下さいとぷらぷら手を振る。そろっと松明を囲む輪に入って座り、リュウは先ほど聞きたかった事をリンに聞く事にした。

 

「すみませんが、良かったらここまでの経緯とか、あとゼノさんとモモさんの行方とか教えてもらえませんか……?」

「ああ、そうだね」

 

 もうほとんど警戒心が無くなったリンは語った。まず今から二週間前にハイランドの将軍側近を名乗る人間から、この遺跡の宝を取って来て欲しいと依頼された事。何故か非公式で極秘にとの事だったので、悠久の風を通さない直接の話だった事。ここまでは大体ズルスルの話と一致していた。

 

「あの罠の破壊はリンさん達が……?」

「ああ」

「やっぱり。まぁあれのおかげで俺達迷わずここまで来れたんですけどね」

 

 リンの話は続く。それから遺跡へ入ったはいいが、想像以上のモンスターとトラップの群れで苦労した事。何とかあの通路まで漕ぎ着けた所で例の落とし穴に嵌り、落ちてしまった事。そしてレイに助けられたというのは先ほどと同じだ。話の途中、“国の将軍”と言う単語が出た途端ステンの雰囲気がまた一瞬だけ変わったので、リュウはそれを頭の片隅に留めておいた。

 

 リンが言うには、ここは場所柄かなり深いせいで奥に水が染み出している箇所があるらしい。それのおかげで水分は確保できたので、細々と食料を分けて粘っていたそうだ。ゼノとモモは今、この場を打開する術はないかとさらに奥の方を探索中との事。

 

「そう言えば、レイさんとは一緒に行動していたんですか?」

「いや、あの男とは遺跡の中で鉢合わせしたんだ。目的が同じだったから互いに排除しようとしたんだけど、そこへモンスターの軍団が現れてね。人間同士で争ってる場合じゃないって事で一時休戦って形になったのさ」

「へぇ……」

 

 確かにあの際限無しモンスター軍団の前じゃ、下手に争ってたらやられちゃうよなぁ、と納得するリュウ達。つまりレイも彼女らに同行していたという事だ。それにしても最初は反目していた癖に、落とし穴で庇ったという辺りにレイの人柄が滲み出ている気がするリュウである。

 

「じゃあ今度はこっちから聞かせて貰うよ。どうしてあんた達はこんな所へ来たんだい?」

「あ、それなんですが実は……」

 

 そしてリュウは、かくかくしかじかとここまでの自分達の経緯を説明した。説明が進むにつれて、徐々にリンの表情が呆れモードに移行しているようにリュウには見えた。

 

「それじゃ、わざわざ私達を探しに……?」

「はい」

「……よくまぁ、そんな理由でここに入ろうだなんて思ったね。危ない場所だって聞いてなかったのかい?」

「まぁ一応用意はして来たんでなんとかなるかな、と」

「……。まぁ私達としては正直な所ありがたいけどね……」

 

 リュウのノープラン全開で向こう見ずっぽい答えに、微妙に呆れ顔が加速しているリンである。そんな感じで打ち解けていると、リュウ達がやってきたのとは違う方からコツコツという音が聞こえてきた。足音だ。数は恐らく二人。

 

「!」

「ああ大丈夫。隊長達さ」

 

 徐々に弱々しい明りがリュウ達の方に近付いてくる。そして姿を見せたのは、リンの言う通り銀髪メガネのゼノとおっとりメガネのモモであった。二人とも服が血と泥で汚れており、憔悴した様子がここまでの苦労を雄弁に物語っている。

 

「! 誰です……!?」

「どうも、お久しぶりです」

「え? ……もしかしてリュウ君!?」

 

 いきなり現れた集団に警戒し、次にその中にリュウの姿を発見して驚きに固まる美女二人。そのリアクションはまぁ、リュウの想定の範囲内と言った所だ。ビックリしたままの二人にリンが事情を話し、リュウ達とも紹介を終える。するとステンは先程一瞬見せた鋭い雰囲気はどこへやら、妙にテンション高くなっていた。

 

「いやぁ、こんな美人さん方と知り合えるなんてね! おいらリュウについてきてよかったよホント!」

(流石ステンさんだ。冷たい視線を浴びようが何ともないぜ)

 

 この猿はこんな所まで来て何をナンパな事を言い出すのかと、明らかにゼノ達の視線が冷えて来ている。ともかくそんなステンはさておき、リュウはレイとアースラを治療した事や、ここへ来た目的をゼノ達に説明した。一度に目的の両方が見つかったのは運がいい。これでもう、リュウ達からすればここに用はない。

 

「そんな訳なんで、早速ここから出ませんか?」

「……」

「……あれ?」

 

 だがリュウの提案に、ゼノはどこか神妙な顔を寄越した。

 

「……どうかしました?」

「いえ。私達を助けに来てくれたと言う事には、素直に感謝します」

「?」

「……ですがその、もう少しだけ待っては貰えませんか?」

「何かあるんですか?」

「それは……」

「実はねー、ついさっきなんだけどこの先の行き止まりの向こうに、強力なエネルギーを放つ“何か”がある事がわかったの」

 

 と、俯くゼノの代わりに横から説明してくれたのはモモだ。彼女はどこからともなく卓上電卓のような機械を取りだし、何やら操作している。それは電卓ならば液晶画面が存在する箇所に、代わりに体重計のようなメモリが付けられた代物だ。中心で針がゆらゆらしている。

 

「これ、簡単に言えば“物体”のエネルギーを測る機械なんだけど、これが向こうの行き止まりの所で凄い反応を示したのね。だからもしかしたら……」

 

 そこまでを聞き、リュウはゼノが戸惑っている理由を大まかに察した。

 

「要するに、その行き止まりの向うに目的のお宝があるのかもしれない、という事ですか?」

「……」

 

 ゼノはリュウの言葉を否定しなかった。つまりはそういう事なのだろう。

 

(うーん……)

 

 リュウ個人としては、怪我を治療したとはいえ未だ寝ている二人を一刻も早く地上に連れ帰った方がいいと思えた。だがしかし、今のゼノの気持ちもわからないではない。散々な犠牲を払ってここまで辿りつき、やっとゴールに手が届くかもしれないのに引き返す、というのは確かに心情的に悔しい物があるだろう。

 

 そしてリュウ達が来た事で、無事に脱出できる可能性が高まった。その事が逆に、今すぐ帰ろうとゼノを説得する事を難しくさせている。半分は大怪我をしたアースラとレイへの仇討ちのような気持ちなのだろう。いざとなったら自分一人残ってでも……と言いだしておかしくない。

 

「……」

 

 自分だけの意見で決めるのもアレかと思ったリュウは、一緒にここまでやってきた三人に尋ねる事にした。

 

「……どうします?」

「あたしは進むのでも帰るのでもどっちでも構わないかなー」

「おいらはもし本当にここのお宝ってヤツが見れるなら見てみたい所だね」

「俺は早めに戻った方がいいと思うが……まぁここまで来れたのはお前のおかげだ。お前の判断に任せるとしよう」

「……」

 

 結果、何故か決定権はリュウにあるらしい。そうとなればリュウの中で話は決まった。普通ならすぐにでも引き返した方が、命を守るという意味ならいいに決まっているのだが……リュウはその選択を選ぶつもりはなかった。勿論他人の命をないがしろにしてでも宝が欲しいから……などと言う理由ではない。

 

「ボッシュ、アレ出来るよね?」

「おう、問題ないぜ」

「よし」

 

 実はダンジョンの脱出に関しては、非常に簡単な方法があるのだった。以前エヴァンジェリンの下での修行の時、戯れにボッシュがディースから覚えさせられた技。その中に、このような“途中で抜け出られない場所”から一瞬にして帰る術、というのがあるのである。ダンジョンからの脱出はいつでも出来るのだから、先に進んでも何も心配は要らない。その術の存在こそ、リュウが“自分達も遭難するかも知れない可能性”を考えずにここへ挑んだ最大の理由なのだった。

 

「わかりました。じゃあその行き止まりの向こうまで、俺達も一緒に行きます」

「……いいのですか?」

「はい。まぁこっちにも、後で少し頼みたい事がありますし……」

「……ありがとう」

「いえ……」

 

 打算的な事があるので、ちょっとリュウは心が痛んだとか。そんなわけでレイをガーランドが、アースラをリンが背負い、テントを片付けてリュウ達は進む事にした。幸いこの地下空間にはモンスターが出て来ないので、特に苦労はしない。怪しい計測機械を片手のモモに案内されながら、奥へとくねった道を行く事数十分。行き止まりが見えてきた所で、モモ達はストップした。そして足元に、白い何かがあるのがわかる。

 

「あ……これは……」

「恐らく、この人物がここまで掘ったのでしょう」

 

 それは一つだけの白骨死体だった。どれほど前なのかはわからないが、何かの拍子にあの落とし穴に落ちた人物が生きていたのだろう。きっとこの人が、その執念であの地下空間とここへの道を作ったのか。リュウ達は志半ばで力尽きたのであろうその骸に、思わず黙祷を捧げた。

 

「ほらこれ見て。この先に凄い反応があるでしょー」

 

 そして行き止まりに向けたモモの機械は、針を左右に物凄い勢いで振りまくり、まるで壊れたかと思うような様相を見せていた。とにかく、この壁の先に何かがある。モモとゼノは自分達の荷物からスコップをいそいそと取りだしたが、相当な時間が掛かりそうだと思ったリュウはそれを遮った。

 

「すみません、ちょっと下がってて下さい」

「え、リュウ君……?」

 

 行き止まりと言えど、所詮は石と土で出来た壁である。ならばそれを掘り進むには“地”の力を持つ彼に頼むのが最も適切であろう。リュウはポケットからカードを一枚取り出すと、額に近付けた。

 

「ザムディン、起きてる?」

≪……なんだよ≫

 

 珍しく寝息以外の反応が返ってくる。失礼にもちょっと驚くリュウである。

 

「この壁にさ、俺達が通れるくらいの穴を開けてもらえないかな?」

≪……まぁ……構わねぇが≫

 

 気乗りしなそうだが一応その言葉をYESと受け取り、リュウはカードを“前”に掲げた。狭くて頭の上には呼び出せる程のスペースがないからだ。

 

「ザムディン!!」

 

 狭い通路の中、カードから眩い閃光が発せられる。すると先頭に立つリュウの前に、長い体を器用に折り畳んだ黄色い龍が現れた。

 

「じゃあお願い」

≪……ちょっと待ってな≫

 

 ザムディンは壁目掛け、口を開ける。すると高域の振動波のような物が、そこから放出されだした。その波に激しく共鳴した壁はみるみるウチにボロボロと崩れ始め、落ちた土や石はどういうわけか分解消滅していく。原理などが全くわからない地龍ザムディンの力である。

 

 そしてあっと言う間に振動波は先の先まで貫通し、そこに即席のトンネルが出来あがったのだった。奥の方からは光が漏れて来ている。

 

「ありがと」

≪ああ、じゃあな≫

 

 そしてスマートにカードへと戻っていくザムディン。起きてさえいれば話のわかる良いヒトなんだけど……と思いつつリュウは黒くなったカードをポケットにしまった。

 

「相変わらず……非常識ですね」

「? そうですか?」

 

 と、リュウのあまりの便利能力ぶりに呆れたゼノが言葉を投げかける。それに生返事を返し、さらにその後ろの人達をチラッと見るリュウ。竜召喚を見た事があるメンツはゼノと似たような呆れ顔だったが、初めて見たであろうリンと、そしてガーランドは驚きに固まっていた。

 

「リュウよ、お前は召喚魔法が出来たのか」

「あれ? 前に言いませんでしたっけ?」

「聞いていないな」

 

 そうでしたっけウフフと適当に答えつつ、気を取り直して開けたトンネルの中をリュウ達は進みだした。長さは目算で数十mといった所か。そんな距離から壁越しでもエネルギーが計測されるとか、一体何がこの先にあるのかと徐々にリュウ達にも興味が湧いてくる。

 

「うおっ! 眩しっ……」

 

 そしてついにそのトンネルを抜け出ると、そこはまるで神殿の様に神々しい空間だった。小奇麗に磨かれた壁に細かな装飾を施された蜀台がいくつも飾られ、部屋の真ん中は祭壇のように高くなっている。どうもその中心から謎の光が放たれているらしい。ここが“盗人の墓”の一番深い場所である事は間違いなさそうである。

 

「……しかし、我ながら見事な横穴……」

「完璧に泥棒だよなぁ俺っち達……」

 

 当然だがリュウ達のそれは本来の入り口とは全く違い、その部屋の側面に大穴を開けてブチ抜いたといった格好だ。泥棒のお手本とでも言うべき反則ぶり。恐らく、正規のルートならばまだ色んな罠や敵が配置されていたのだろう。リュウはここを作ったと言われている伝説の盗賊さんに、心の中でごめんなさいと謝った。

 

「桁違いのエネルギーだわ……間違いなさそう……」

「モモ、ではあれが……?」

 

 ゼノとモモが、祭壇の上にある光の発生源に注目している。モモの持つ計測機は既に針が振り切れており、どうやら壊れてしまったらしい。リュウ達は周囲を警戒しつつ、その祭壇へと近付いていった。用心したが、特にこの部屋にボス等は居ないらしい。ひょっとしたら正規ルートに居るのかもしれないが、出会わなくていいならそれでいい。

 

「ピカピカして綺麗……それで、これって何なの?」

「へぇ、これが盗人の墓のお宝か……」

 

 リンプーとステンが、その不思議な物体を見て感想を漏らす。祭壇の上に浮かんでいるのは、ソフトボール大の玉だった。色は白く、穏やかな光を放ちながら呼吸するようにそこに浮いている。

 

「これが盗人の墓の宝、“盗賊の魂”……」

「“盗賊の魂”?」

「ええ。私達に依頼した方の言葉によれば、“恒久的なエネルギー発生装置”だそう」

「へぇ……」

「相棒、俺っちにも見せてくれ!」

 

 ゼノの説明を、どこか興味なさげに聞くリュウ。リュウとしては伝説の武器とか幻の鎧とか、そういうのを心のどこかで期待していたからまぁ仕方ない。それに引換えボッシュの食い付きは凄かった。知識を総動員しても分からない事が多いようで、モモと一緒になって色んな角度から見たり、専門用語を飛び交わせて議論したりと、その他の面子を置いてけぼりで盛り上がっている。

 

「ふんふん……なるほどねー。これ多分ゴースト鉱の結晶ね。それも超々高純度の……」

「ゴースト鉱? ……って何でしょう解説のボッシュさん」

「ゴースト鉱ってなぁな、魔力を持った生物の死骸が何かの原因で一部に魔力を残存させたまんま、長い年月を掛けて化石んなった鉱石の事だぜ」

「へぇ」

 

 リュウの振りにしっかりと答える辺り、ボッシュの知識は流石である。まぁ聞いたリュウ本人だが、正直な所あんまり興味は無かった。何だか難しい事を話してそうだなと、早々にリタイアしたリンプーが後ろで欠伸をしている。

 

「ゴースト鉱って世界でも埋蔵量が少なくて凄い貴重なの。掘り出してもほんの小さな欠片だったりするのがほとんどなのよー? それをこの大きさと密度だなんて……明らかに人工物だし、昔の人は一体どうやってコレを作ったのかしら?」

「俺っちでもわからねぇ……これこそロマンってやつだなぁ」

「はぁ」

 

 興奮気味に説明を続けるボッシュとモモ。なんかちょっと不気味だなと思うリュウである。

 

「それで、その“盗賊の魂”でしたっけ? 持って帰って大丈夫なんですかね? 何かここから取るとこの遺跡が崩れるとか、そういう仕掛けがあったりは……」

「……モモ」

「あ、そうね……えーっとぉ…………うん、大丈夫だと思うわー」

 

 ちょっと不安だがずっと見てても仕方ない。モモのお墨付きをもらったゼノは、恐る恐るその光る玉に手を伸ばす。特に痛み等を受ける事もなく、玉は驚くほどすんなりその掌に収まった。発光自体は多少弱まったがエネルギー自体が収まった訳ではなく、玉は変わらず凄い存在感を放っている。

 

「……ふう。これで、私達の目的は達成ですね」

「良かったー。でももしリュウ君達が来てくれなかったら、私達どうなってたかしらねー」

「……」

 

 さらりと怖い発言をするモモ。確かにかなり危ない所だったのは間違いない。ゼノは若干顔を引き攣らせたが、リュウはスルーした。

 

「じゃあもうこれで本当に用はなくなりましたし、とっとと脱出するとしましょう」

 

 ここから帰るのかーとステンやリンプーが少しボヤいている。リュウはそんな彼女ら全員に、何故か手を繋ぐようにお願いした。意味不明なお願いだが、リュウからすれば脱出の準備はぶっちゃけこれだけでOKだ。

 

「? さっきの道を戻るんじゃないの?」

「いえいえ、そんな面倒なことしなくてもいいんですよ。ねぇボッシュ?」

「おうともよ。俺っちに任せときな」

「……?」

 

 リュウとボッシュ以外の頭に浮かぶハテナマークをスルーし、ボッシュはリュウの肩へと飛び移った。そして何やら意識を集中しだす。この脱出技、非常に便利だとリュウは思うのだが、何故かディースはあまり使いたがらないようだった。理由は「使ってみればわかる」の一点張りで教えてくれなかったが、きっとこの技の名前が“デルダン”というそのまんまなネーミングで恥ずかしいからだろう、とリュウは思っている。

 

「みんな手を繋ぎましたね。……じゃ、頼んだボッシュ」

「おうよ……行くぜ! “デルダンッ”」

 

 ボッシュが呪文を唱えた瞬間、ぐにゃりとリュウ達を包む空間が歪んだ。そして視界が暗転していき、まるで車でうねった山道を延々走るような絶妙な不快感がリュウ達を襲う。そして空中にボヤけた明かりのような物が見えてきたと感じた時には、既にリュウ達は遺跡の前に居た。見えた明かりは空に浮かぶ二つの衛星だ。辺りは真っ暗で、恐らくもう日付を跨いでいるぐらいの時間だろう。

 

「う……気持ち悪……」

「俺っちもだ……まさかこんな副作用があるたぁな……」

 

 脱出時の不快感。あのぐにゃっとした感じが、どうやらリュウ達の三半規管にダメージを残しているらしい。リュウ達同様、皆どこか気持ち悪そうに顔を青くしている。こういう理由でディースは使いたくなかったのかと、リュウは理解していた。

 

(うう……出来れば事前に教えておいて欲しかった……)

 

 ちょっとディースの意地悪ぶりに恨み言を吐くリュウ。まぁなんとか一応外に出られはしたので良しとする。目的の人達の救出と、ついでに宝も取れたので結果オーライだ。

 

「……さて、じゃあハイランドシティに戻るとしましょう。今度は歩いてですが」

「……」

 

 と、帰ろうとしたリュウ達だが、しかしゼノ達一行の足取りは重かった。

 

「どうかしました? ひょっとしてまだ何か……?」

「いえ、その……ですね……」

「?」

 

 ゼノは、何かを言い辛そうにしていた。さっきのような意地の決意などではなく、何かに恥のような物を感じているらしい。しかし流石にリュウにはそれが何かまではわからない。そうしていると、横からまたモモがフォローを出した。

 

「ごめんねリュウ君、私達今お金ないの」

「!!」

 

 途端、ゼノとリンの顔が暗闇でもわかるくらいに赤くなった。アースラが起きていたら確実に怒鳴っていただろう。リュウは凄く庶民的な理由だったからか、うんうんなるほどと強く共感を示した。

 

「モモ! あなたはどうしてそう……!」

「……色々、大変なんですね……」

「う……」

 

 なんとも世知辛い世の中である。しかし折角助け出したのに野宿、というのも気が引けたリュウは、無理にでも帰るよう説得する事にした。

 

「まぁ宿代くらいなら俺が出しますから、行きましょうよ。困った時はお互い様ってやつで」

「……。その好意は嬉しいのですが……しかし……そこまで世話になるのも……」

「なーに心配要らないよ、リュウはお金持ちだから大丈夫だって」

「そうだよ。それにみんなボロボロじゃん。ちゃんと休んだ方が絶対いいよ?」

「……」

 

 リンプーとステンによる援護射撃。しかしゼノは頷かない。そしてそこへ、溜息とともにガーランドが加勢した。

 

「抵抗を感じる気持ちはわからないでもないが、そう意地を張る事もあるまい。借りだと思うなら、後で返せば良いのだからな」

「! ……そう……ですね。わかりました。リュウ、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 怒涛の説得攻めにより、ゼノは折れた。実際疲れもかなり溜まっているだろうし、今だって無理して気を張っているというのが肌で感じ取れる。こうしてリュウ達は目的を達成して盗人の墓を後にし、空が薄らと白み始めた頃に再びハイランドシティへと戻ってきたのだった。


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