炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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2:猿の国

 支部の受付嬢に聞いた所、ウルカン・タパから“ハイランド”へ向かうには飛行船を使うのが手っ取り早いらしい。コースとしては一旦アリアドネーへ向かい、そこで直行便に乗り換えるのがベターなようだ。それを聞いて思ったよりも長旅になりそうだと感じたリュウは、飛行船に乗る前にまず食料を買い漁る事にした。妖精の住処に戻って、ランド達のご機嫌を取る為である。

 

「さてこのフェアリドロップ……今度こそまともになってるはず……」

「どうだかなぁ。あの妖精達がそんな素直にするもんかね」

「……」

 

 一通りの食材買い込み後。ウルカン・タパの町外れにて。リュウは妖精曰く普通になったという触れ込みのフェアリドロップを恐る恐る使った。すると今度は宝石がキラリと輝いた瞬間、突然ブラックホールのような穴が空中に形成された。そしてリュウ達は抵抗する間もなく穴が発する強烈な吸引力により、排水口に流れていく水の如く吸い込まれたのだった。気が付けば、やっぱりあの山の上に到着である。

 

「あービックリした……」

「しっかし毎度毎度手が込んでやがんなぁ……」

「何ていうか、妖精ちゃん達って結構凄いよね」

「凄いと言えば凄いですけど……極めて無駄な方向にですよね」

 

 確かにリュウがリクエストした通り痛みはないし、今までよりは割と普通に思える今回のフェアリドロップ。だがしかし何の前触れも無く、「うわっ」等と言う暇もない程に突然過ぎる上に人を何だか排泄物扱いしているようなのは頂けない。正直少し心臓に悪かったので、やっぱりリテイクだなと密かに決めるリュウである。

 

「よお、戻ったか」

「どうもランドさん……って、え、そこにあるのって……?」

「あん? こりゃぁ家の土台部分だ。何か変か?」

「いやその……」

 

 ランド達の方に行ってみて、リュウは驚愕した。目を離した期間は僅かに三日程だったはず。それにも関わらず、何とランド達は既に家の土台部分を完成させていたのだ。リュウの常識に照らし合わせるととんでもないスピードだと思えるのだが、ランドの反応からするに普通らしい。まぁ突っ込んだ所でもう出来ちゃってるんだし、別にいいかとリュウはあんまり深く考えない事にした。

 

「……? おい、誰か連れて来るんじゃなかったのか? お前ら以外誰もいないじゃねーか」

「いやその……すみません。実はその人達を探しにまたすぐ行く事になりまして」

「何だよ、やっとまともな飯が食えると思ったのにな」

 

 ほぼ予想通りのランドの言葉に、リュウは平謝りだ。この為に色々と買ってきた食材を取り出して、何とか機嫌を取る。そしてふと、リュウはランドの隣でステンも作業をしているのが目に入った。もうあの悲劇からは復活したらしく、作業着姿で頑張っている。

 

「ステンさん、元気になったんですね」

「ああそれな、実は……」

「?」

 

 と、ランドが少し複雑そうな顔をして説明に入ろうとすると、横から遮る人影が。

 

「おーう、ワタクシの看病、効きましたね。ムッシュ・ステンの為に、ワタクシ精魂込めてたくさんの料理作ったのでした。元気になって良かったのですね」

「……って訳だ」

「なるほど……」

 

 リュウはその、ランドが浮かべる激しく微妙そうな顔で全てを察した。タペタがステンの為に“美味しい”料理を作って、それを食べたステンは元気になった。そう素直に取れれば美しい話なのだが当然違う。要はタペタが看病にかこつけてあのG料理を山ほど持ってくるから、ステンは嫌でも元気になったフリをしないとならなかった、という訳だ。

 

「ステンさん、大丈夫ですか?」

「ははは……ぜーんぜん平気さ。矢でも鉄砲でも持ってこいだよ」

「……相棒、アレ目の焦点があってなくねぇかい……」

「うん……」

 

 つまり、今作業をしているステンは空元気。最早半分ヤケっぱち気味なのである。尤もタペタの様子からするに、ステンは頭ごなしに要らないと拒否しなかったのだろう。その辺にステンのイイ人ぶりが垣間見えて、心の中で涙がちょちょ切れるリュウである。

 

「じゃあ、お茶入れるんでちょっと休憩しませんか?」

「おういいぜ。ちょうどこっちはキリがいいしな」

 

 そうしてランド達の労をねぎらい、リュウ達は一息つく事にした。買ってきておいたお菓子を配り、ついでに妖精達にもお土産として渡す。フェアリドロップについてもやり直しを言い渡すのを忘れない。ちなみにその妖精達だが、数えてみるとさらに一人増えていた。もうそろそろめんどいから数えるの止めようかな、と思うリュウである。

 

「……で、色々あって次に行く所は“ハイランド”っていう場所なんです」

「ぶっ!?」

 

 休憩中に話の流れで、次にどこへ行くのか聞かれたリュウは素直に答えた。そしてそれを聞いて思いっきりお茶を噴き出したのはステンだ。

 

「どうしました?」

「いやぁ……ねぇ。ハイランドっていや、一応おいらの地元だからねぇ……」

「へー、そうなんですか」

「お前そこ出身だったのか」

 

 ステンの種族は言わずもがなの高山族(ハイランダー)。なるほど、言われてみればハイランドという国名も非常にそれっぽい。それに何となく、リュウはその国の名が昔の記憶に引っ掛かる気がした。

 

「しかし……“ハイランダーの人が住んでる”からハイランドなんですかね?」

「え、“ハイランドに住んでる”からハイランダーなんじゃないの?」

「うむむ……」

「……。なぁ相棒に嬢ちゃんよ、どっちでもいいじゃねぇかそんな事ぁ……」

 

 と、リュウとリンプーは二人して腕を組み、同レベルの事を云々考えている。卵が先か鶏が先かみたいな極めてどうでもいい問題だ。ボッシュの呆れにも頷けるというものである。

 

「あ、じゃあステンさん、地元でしたら色々場所とか案内して貰えません?」

「ん? あー……うーん……まぁ……いいけど……」

「何か都合悪かったりします?」

「いや、うん、いいよ。案内ぐらいなら」

 

 どこかあんまり気が乗らなそうなステンだが、地元なら彼に頼むのが一番早いはずだ。リュウは何とかステンに同行をお願いする事にした。しかしその話にあんまりいい顔をしていないのはランドだ。

 

「いやちょっと待てよ、ステン連れて行かれるとこっちの手が足りなくなるんだけどよ」

「あ……」

「まぁ別にこれからの作業には器用さはいらねぇから……代わりにサイアスでもいいけどな」

「……」

「すみませんサイアスさん……お願い……出来ません?」

「……」

 

 と、ステンの代わりの人手として人身御供にされるサイアス。無言の雰囲気で何となく拒否しているのがわかったが、結局身代わりに差し出されるのだった。リュウは今度、お土産にサイアスの好きな酒を買ってこようと少し思った。

 

 そういう訳で、リュウは引き続きのリンプーと案内役のステンを伴い、改めてハイランドへと向う事にした。これは余談だがタペタは久しぶりに料理熱が再燃したらしくやる気を出しており、あまり長居するとあの身の毛もよだつ料理を食わされそうだった、というのがリュウ達が足を早めた一因である。勿論新しいフェアリドロップは妖精から調達済みだ。

 

 そんなこんなでメンバーを入れ替えてウルカン・タパに戻ったリュウ達は、早速飛行船へと飛び乗るのだった。乗り換え含め、大体二日程で目的地には到着出来るらしい。

 

「うわースゴイ! あたし飛行船初めて乗った!」

「アネさんてさ、意外と田舎もんだよね」

「う、うるさいな! 別にいいじゃんか!」

 

 飛行船からの良い眺めにテンションを上げるリンプー。ステンにからかわれて顔を赤くしつつも、楽しさは隠せないようで尻尾がふりふりしている。喜んで貰えてるようで何よりだなぁとリュウは思ったとか。

 

 ところで近頃リュウは湯水の如くお金を使っている訳だが、まだガトウに貰った小遣いが残っているので極めて余裕だった。下世話だが、リュウの様子を見るに財布の余裕は心の余裕に繋がるもんだなぁと感心するボッシュである。

 

 そんな感じで快適な空の旅を楽しんだリュウ達は、エリジウム大陸はハイランドにやって来たのだった。この大陸は、古代の遺跡やケルベラス大樹林という熱帯雨林が広範囲を占める大陸だ。ハイランドは大樹林から離れて北へ行った所にある、城と城下町に分かれた小さな国家である。城の方は高く強固な壁と深い堀で囲まれており、まさに“城塞”だ。鼠一匹入る隙もないだろう。

 

「うわ、ホントにステンと似た人ばっかり……」

「流石にステンさんの地元ですねー」

 

 そんな訳で早速城下町であるハイランドシティに入ったリュウ達。やはり名前の通り、そこでは老若男女の高山族(ハイランダー)が非常に多く見受けられた。一応人間やその他の亜人も居る事は居るが多くはない。要するに猿だらけだ。街の外観としては機械と自然が半々と見えて、調和の取れた均整な街並みと言えるだろう。だが初めての地なのでそれなりにワクワク気味なリュウやリンプーと違い、ステンは妙にテンションが低い。

 

「…………」

「なんか暗いですねステンさん」

「あ、ひょっとしてまだタペタのアレ引き摺ってるとか?」

「いやぁ……まぁおいらにも色々と事情ってもんがありましてね。ていうかアネさん、お願いだからそれは忘れさせて……」

「……」

 

 どうもステンは自分の地元に対して何か後ろ暗い事があるらしい。リュウはハイランドと言う国とステンについて、少し昔の記憶を掘ってみた。確か地元であるという事以外に何かあったような気がする……が、まぁ本人も言いたくなさそうだしそれは別にいいかなと、そこで中途半端に思い出すのを止めるのだった。

 

「で、どうするの?」

「まずはレンジャー……じゃなくてトリニティの情報を集めてみましょう。まだ昼なんで酒場は空いてないから……ステンさん、どこか情報が集まりそうな場所とかって知ってます?」

「幾つか知ってるよ。適当に当たってみるかい?」

「お願いします」

 

 このハイランドシティには、悠久の風の支部は無い。なのでウルカン・タパで得られた情報から、ゼノ達“トリニティ”は支部のあった町からこの街へ向かったと仮定する。その場合移動時間と滞在時間を考慮して、大体二週間〜三週間前の情報を中心に集める必要があるだろう。そしてリュウ達は観光もそこそこに、ステンに案内されながら街を徘徊するのだった。

 

 

 

 

 そうして、三時間後。

 

「手掛かりなしって……」

「まぁそりゃ仕方ねぇんじゃねぇのかね」

 

 日が沈み、そろそろと腹の虫が鳴き始める頃。リュウ達の情報集めはいきなり座礁しかかっていた。流石に二、三週間も前の話となるとあまり覚えている人が居なかったのだ。道行く冒険者や武器屋などでも聞き込みしてみたが、特に有力な情報は得られていなかった。こうなったら残る頼みは酒場突入しかない。今回は子供のリュウだけで行く訳ではないから、変に話が拗れるような事はないだろう。

 

「着いたよ、ここがおいらの知ってる限りで一番大きな酒場さ」

「よーしじゃあ気合い入れて行きましょう」

「あたしお酒ってあんまり好きじゃないなー苦いし」

「……」

 

 かつて魔法修業をしている時、ディースに「私の酒が飲めないのかー!」と言われて飲まされた苦い記憶を思い出し、そう言えば魔法世界じゃ未成年とかって関係ないのか? なんてどうでも良い疑問を抱くリュウ。それはさておきステンを先頭にして、リュウ達は酒場の中へと入っていった。ぐるっと見渡してみると当然ハイランダーが多いが、それ以外の種族もそこそこいるようである。素行が悪い者は特に見受けられず、割と健全な酔っ払いばかりだ。

 

「おや? あそこのテーブルだけ妙に人が少ないねぇ」

「あ、ホントですね…………って、あれ?」

 

 ステンが言う方向に視線をやり、リュウはそこにとても見覚えのある姿を見つけた。人の少ないと言うか一人しか居ないテーブル。そこでリュウ達の居る入口に背を向けて酒を飲んでいる人物。それは標準的な体型のハイランダーの中にあって、とても目立つ身体の大きい亜人だった。リュウ達から顔は見えないが、どうもその巨体が怖い為に、周りの客達は近付きたがらないらしい。

 

≪なぁおい相棒、あいつぁひょっとして……≫

≪……やっぱお前もそう思う? 他人の空似ってレベルじゃないよね≫

 

 リュウとボッシュはその大きな背中を見てピンと来た。ピンク色の鱗肌に頑丈そうな鎧を纏い、長い尻尾を持った巨躯の亜人。そんな人物を、リュウとボッシュは一人だけ知っている。リュウの知る最後に見た“あの人”との相違点と言えば、背負っているのが斧でなく巨大な槍になっている事だ。しかしあの独特の気配というか、周囲に伝播する寡黙な雰囲気は、間違いなく以前会った“あの人”であるとわかる。

 

「まさかこんな所でまた会うとは……」

「いやぁ人の縁ってやつぁ不思議なもんだなぁ」

「?」

 

 リュウとボッシュの呟きに、ステンとリンプーは首を傾げている。そんな訳でほぼ確信を抱いたリュウは、物怖じせずにその人物目掛けて歩き出した。人の居ないテーブルに座る、巨大な背中へと。

 

「お、おいリュウ……」

 

 迷いなく歩みを進めるリュウの後に続きながら、怪訝な声を掛けるステン。リュウはそれに特に返事をせず、大きな背中の亜人の真後ろまで来て足を止めた。

 

「お久しぶりです。ガーランドさん」

「……!」

 

 リュウの声に振り返る巨躯の亜人。僅かに驚いたような表情を覗かせるその人は、やはり以前ウールオルの街でお世話になったあのガーランドであった。まぁここで本当に他人の空似だったとしたら、自信満々な分リュウは恥ずかしい所の話じゃないだろうが。

 

「……リュウ、か」

 

 相変わらずの巨体なため、手に持つ酒の入ったジョッキがやけに小さく見える。そう言えば初めて話し掛けた時も似たようなシチュエーションだった事を思い出し、内心で苦笑するリュウである。

 

「久しいな。まさかこんな場所でお前と会うとは……」

 

 そう言ってジョッキの酒を一気に飲み干し、表情を緩めるガーランド。それ、俺も思いましたとリュウは心の中で同意を示した。久々に会うガーランドは相変わらずの厳しい雰囲気と、相反する穏やかな空気を纏っている。後ろでステンが「ゲェー!? 鰐の獣人!?」等とリアクションを取っているが、リュウは特に突っ込まなかった。

 

「ねぇリュウ。このランドみたいなおっきい人、知り合いなの?」

 

 偏見もなく、怖いもの知らずなリンプー。見た目超怖い鰐の獣人であるガーランドを、思いっきり指差してこの人呼ばわりである。やべぇ機嫌を損ねないかとちょっと思ったリュウだが、ガーランドはそんな小さな事を気にする様子はない。

 

「えっと、こちらはガーランドさんって言って、ちょっと前に俺が世話になった人なんですよ」

「へー」

「なーんだリュウの知り合いだったのかぁ。それにしてもランドの旦那に勝るとも劣らない巨体だねぇ」

「……」

 

 そんなリンプーとステンのコメントを静かに聞きながら、ガーランドはリュウではなくその二人の方を若干不思議そうに見ていた。

 

「……しばらく見ない間に妙なツレが出来たんだな。それともその連中が前に言っていた“紅き翼”とやらか?」

「あーいえ違います。ちょっと色々と複雑な事情がありまして……」

「……」

 

 何やら顎に手を置き、今度はリュウを不思議な物を見るような目で見るガーランド。どこか「まぁリュウだしな」とでも言いたげなようにリュウには見えた。そこでぶつっと会話が途切れたので、今度はリュウからガーランドに疑問を投げる事にした。

 

「ガーランドさんは、この街で何を……?」

「それは…………む?」

「え?」

 

 その時だった。突然、ガーランドの表情が強張ったのだ。視線はリュウの後ろのさらに後ろ、酒場の入り口付近に向けられている。

 

「リュウ、悪いが話は後だ!」

「え、ガーランドさん!?」

 

 表情を一変させたガーランドはガタンと立ち上がると、いきなり入口の方へと駆け出した。巨躯を誇るガーランドが突っ込んでいく姿はまるでダンプカーのような迫力だ。それでも一応他の客を避けている辺りはある意味職人芸か。

 

「ちょっ!? どうしたんですか!?」

 

 リュウはすぐに、ガーランドがずっと視線の先に捉えている物が何かを探した。すると酒場の入り口付近に、今しがたやって来たらしい客が一人、居る事に気付いた。深緑色のローブで全身を覆った正体不明の人物。頭までスッポリとフードを被っているから、男か女かすらわからない。ガーランドの目的は、どうもその人物であるらしい。

 

「ヒィッ!? な、なんだぁ!?」

 

 当たり前だが、そのローブの人物は恐怖に駆られた。恐ろしい形相をした鰐の獣人が、自分目掛けて突っ込んできているのだ。後ろを向き、酒場から一目散に逃げ出すのは当然だろう。

 

「逃がさんぞズルスル!」

 

 ガーランドは、そのままローブの人物を追いかけて店の外へと出ていった。ポカンとするリュウ達と、あまりの迫力に酔いが醒めてしまった客達が、しーんとしたまま入り口の方を呆然と見ている。まさに何がなんだかわからない、という言葉が相応しい。

 

「お、おい相棒、取りあえず追いかけようぜ!」

「……あ、うん。そうしよう」

 

 一番最初に再起動したボッシュに促され、リュウ達はガーランドの後を追おうと慌てて店の入口に近付いていく。が、その入口の前でリュウは止められた。そこに立っていたのは店の主人と思わしき人物。何かと思えば、出ていくならガーランドの飲んでいた分の料金を払え、と。

 

「……はい」

「確かに、頂きましたよ」

 

 ガーランドに勝るとも劣らない圧力を出す主人に睨まれ、リュウは普通にお金を支払ったのだった。あんな事態でも慌てない主人の冷静さは凄いが、もう少し空気を読んで欲しいなーとリュウが思うのは我儘だろうか。

 

「やべ、どこいったガーランドさん」

「……相棒、あっちの路地から何か物音がすんぜ」

 

 一見するとわからないような細い路地。ボッシュに言われてそこに入っていったリュウ達は、妙な光景と出くわした。ガーランドが先程の正体不明な人物の首根っこを後ろから捕まえ、片手で持ち上げているのだ。

 

「吐け、貴様がレイに何かを吹き込んだという事はわかっている」

「ヒッ……な、何のことだか……」

「とぼけるな!」

「……?」

 

 イマイチ何がどうなっているのか掴めない。リュウは困惑していた。ガーランドは捕まえている首根っこをギリギリと締め上げている。ローブの人物は一応じたばた抵抗しているが、ガーランドの巨体の前には無意味に等しい。

 

「あの、ガーランドさん、一体何を……?」

「……」

 

 まさかガーランドがカツアゲをしている訳でもないだろう。追ってきたリュウに尋ねられ、どうするか迷うガーランド。色々と考えたのだろう少しの沈黙の後、彼は徐に口を開いた。

 

「今から……二週間程前か。俺とレイはたまたまこの街に立ち寄った」

「?」

「二、三日ほど滞在するだけの予定だったんだがな。着いた翌日……レイの姿が消えたんだ」

「……」

 

 どうやら、ガーランドはあのフーレン族のレイとまだ行動を共にしていたらしい。何のこっちゃと訳がわからなそうなステンとリンプーはさておき、リュウは話に耳を傾ける。

 

「その時は何か用事でもあるのかと思い放っておいたが……しかし数日待っても奴は姿を見せなかった」

「……」

「妙だと思い探した所、つい先日この男ズルスルがレイと話をしていた、という目撃証言を得てな。あの店にコイツが出没すると聞いた俺は、ああして張っていたわけだ」

「はぁ、なるほど……」

「さぁ吐け。貴様、一体レイに何を吹き込んだ」

「ひ、わ、わかりました。わかりましたから離してくださいよ。く、苦しい……」

「嘘を言うんじゃ……ないぞ」

 

 ガーランドが背中越しにドスの効いた声で脅してみせると、ローブの男は暴れる事をやめてあっさりと観念した。未だフードからは顔すらも見えないが、何となくこの人物からは小物臭が溢れ出ているなぁと思うリュウである。

 

「わ、私はその、この国の役人が欲しがる財宝が、“盗人(ぬすっと)の墓”にあるって言っただけで……」

「……!」

「財宝だと! どういう事だ!」

「ひーっ!! 声が大きいです!!」

 

 “国”という単語が出た瞬間、リュウは妙な気配を感じた。自分の後ろに居るステンから、一瞬だったが剣呑な空気が漏れ出したように感じたのだ。しかしそれもすぐに消え去ったので、とりあえずスルーしてガーランドの方に集中する。

 

「詳しく話せ」

「わかりましたから……勘弁してくださいよぉ……」

 

 その正体不明のローブの人物、ズルスルの言い分は次のようなものだった。二週間ほど前いつものように路地を歩いていたら、たまたま冒険者のような出で立ちの女性四人組と、この国の偉い人らしき人物が話しているのを盗み聞きしてしまった。聞こえた内容は“盗人の墓”へ潜り、最深部にある宝を取って来て欲しいという依頼のようなモノ。

 

 それを聞いたズルスルは、国が狙う程のお宝ならば一攫千金も夢ではないと思った。そしてちょうどその時暇潰しにこの街の不良をシメていたレイに目を付けて、こっそりと彼にお宝の存在を匂わせる話を持ちかけたのだ。そしてレイを上手く言葉に乗せて、“盗人の墓”へ行かせてしまった。……というのが大体の話だった。

 

「あの、馬鹿が……」

「……」

 

 何とも頭が痛いといった風に片手で額を抑えるガーランド。きっとレイとの二人旅では、色々苦労をしたのだろう。リュウとしてもレイの行方は気になったがそれ以上に、ズルスルの話には非常に気になる点があった。

 

「あの、ちょっと聞きたいんですがその“冒険者風の女性四人組”って……見た目はどんな?」

「え、確か……メガネの銀髪と目付きの怖いお団子頭と、学者みたいなのと水色の服を着た女……だったかなぁ」

「!」

 

 思わぬ所から思わぬ手掛かりが飛び出たものだ。恐らく、その四人組というのがリュウの探し人の“トリニティ”だ。メガネの銀髪やお団子頭と学者、というのはわかるが、最後の“水色の服を着た女”というのはちょっとわからないが。

 

「はぁ、しかし盗人の墓ねぇ……まさかまだあそこに潜ろうなんて人間が居るとはねぇ……」

 

 そんな中、リュウの後ろから聞こえてきたそんな呟き。発信源は神妙な顔をしたステンだ。

 

「ねぇステン、その何とかの墓って知ってるの?」

 

 リンプーが興味津々な様子でステンに尋ねている。リュウもちょっと気になったので、そちらに意識を向けた。

 

「“盗人の墓”。確か大昔、伝説の大盗賊ダンクが隠した秘宝が眠ってるって噂の遺跡さ。でもそこには凶悪なモンスターやトラップの嵐があって誰も奥まで辿り着けず、その内潜る人間もいなくなっていったんだったかな」

「へー」

「……」

 

 勿論その話はガーランドにも聞こえており、彼はすぐにまたズルスルの方にまた目を向けた。

 

「何故役人が一介の冒険者達に依頼したのかはよくわからんが……とにかく、お前はその宝とやらをレイに先回りさせて取ってこさせようとしたわけか」

「は、はい……」

 

 ズルスルは力無く頷いた。先程のガーランドの話も含めると、時期的にも“トリニティ”が音信不通になったのと合致する。リュウは話の全容が見えた気がした。要するに、彼女達はその遺跡に潜ったままである可能性が高いというわけだ。ガーランドは話を聞き終えたので抑えていた首根っこを離し、ズルスルはドサリと腰から落ちた。

 

「アイタタタ……も、もう用はないでしょ? じゃ、じゃあ私はこれで……」

「……待て。そう言えばお前は、色々とこの街で狡い詐欺を働いているそうだな?」

「!?」

 

 ズルスルは、ギクリという効果音が聞える程にガーランドの言葉に反応した。あまりにあからさま過ぎて、どんなアホでもそれが事実だとわかるほどだ。リュウが“それはギャグでやってんのか”と言いたくなるほどである。

 

「さ、詐欺だなんてそんな事は……」

「誤魔化そうとしてもそうはいかん。俺に目を付けられたのがお前の運の尽きだ。役所へ来てもらうぞ」

「ヒィッ!? ぜ、全部質問に答えたじゃないですか!?」

「それとこれとは話が別だ」

 

 一度解放すると見せ掛けて再び頭を鷲掴み。中々いい感じのガーランドさんだなぁと思うリュウである。その後、ガーランドによって問答無用で役所に突き出されたズルスルは、普通に御用となるのだった。リュウ達は取り合えず役所前まで同行し、色々とガーランドが手続きをしている間は外で待機。ガーランドと初めて会った時の事などを、ステンとリンプーに話しながら待つ事数分。

 

「すまんな。これはあの店での酒の代金だ」

 

 役所から出てきたガーランドは、そう言って今貰ったと思われる謝礼金をリュウに手渡した。だがそれは明らかに店で払った金額よりも多い。だからリュウは、必要経費だけを貰ってそれ以外は丁重にお断りする。そんな事よりも、これからガーランドがどうするかの方が気になるのだ。

 

「ガーランドさん……ひょっとしてあいつの言ってた“盗人の墓”、行くつもりですか?」

「……まぁ、な。あの馬鹿が無事かどうかはわからんが……見捨てるのも寝覚めが悪いのでな」

 

 やれやれと、まるで出来の悪い子供を愚痴るように言うガーランド。なんだかんだ言いつつ彼は義理人情に厚いという事を、リュウはよーく知っている。

 

「それは丁度良かったです。実は俺達の目的もさっき“盗人の墓”になった所でして」

「……ほう?」

 

 リュウはここに来た目的をガーランドに話した。探している人達が、先程のズルスルの話に出てきた四人組である可能性が高い事。そして恐らくは、そこで立ち往生していると思われる事等である。

 

「そういう事だったか。ならばやはりレイの方も何かあったと見るべきだな。全く世話の焼ける……」

「そんな訳なんで早速明日向かうんですが……良かったらガーランドさんも一緒に行きます?」

「……いいのか?」

 

 ガーランドがチラリとリンプーとステンの方を見る。リンプーは特に気にする事も無いようで「問題ないよー」と軽く答えた。しかしステンの方は、どこか難しい顔をしている。

 

「ステンさん?」

「! あ、ああ、うん。何だい?」

「いや、明日“盗人の墓”に行くんですがガーランドさんの同行はどうかなーと」

「ああ、別に問題ないよ」

「……そうですか?」

 

 ステンは先程からどうも何か他に気になる事でもあるらしい。古巣だけあって、色々としがらみの様な物でもあるんだろうなぁと何となく察するリュウ。だがまぁ、そんな事より今はトリニティとレイの捜索だ。

 

「じゃあ明日、早速その “盗人の墓”とやらに行ってみましょう」

 

 予期せず再会した鰐の獣人ガーランドを加えたリュウ達は、人を探しに古いダンジョンへ潜る事にするのだった。

 


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