炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

62 / 103
第十章
1:消息


 キルゴア氏の屋敷で二、三日ほど厄介になったリュウ達は、やっとと言った感じで妖精の住処へ向う事にした。何だか色々と寄り道したような気がしないでもないが、とにかくこれで妖精の住処に家が建つ目処が付いた訳である。建築資材等についてはキルゴア氏とエカル氏が気を回してくれたらしく、色々と用意してくれていた。勿論ドラゴンズ・ティアが大活躍してそれらを収納、実質手ぶら万歳だ。

 

「いいなそのペンダント。俺にくれ」

「駄目です。これは誰にもあげません」

 

 屋外に置かれている大量の資材を、ヒュパりヒュパりと質量保存の法則とか完全無視して収納しまくるドラゴンズ・ティア。その様子をランドが羨ましそうに見ながらぼそりと呟いた。冗談だとわかっているリュウだが、ドラゴナイズドの暴走を抑える生命線でもあるこのアクセサリーは、やっぱり誰にも渡せないのだ。

 

「よしこれで最後……と」

「じゃあそろそろ向かおうぜ相棒」

「あいよー」

 

 そんなこんなで用意が整ったリュウ達は、世話になったキルゴア達に別れを告げる。一気に人数が増えて総勢六人と一匹ほどで人の目のなさそうな所へ来た所で、リュウは徐にポケットからフェアリドロップを取り出した。

 

「……」

「……どうしたの? 早く行こうよ?」

「あ、いえちょっと……」

 

 取り出したはいいものの、何故かそれをじっと見つめるリュウにリンプーがキョトンとして尋ねている。リュウはその赤い宝石から、何だか直感にビンビン来る良からぬ気配を感じていた。思い返せば前々回は爆発。前回は落とし穴。二度ある事は三度あると言うから、もしかしたら今回もコレに何か罠的要素が仕掛けられているのでは? と思ったのだ。

 

「どうしたんだい? その妖精とやらの所へいくんじゃないの?」

「……ん〜……まぁそうですよね……」

 

 ステンに促され、思い直す。このまま睨んでいた所で妖精の住処に移動できる訳ではない。仕方ないから最低でも爆発と落とし穴は阻止しようと気合いを入れて、リュウは宝石本体と足元に注意を向けつつ、掲げてみた。

 

「……………………あれ?」

 

 しーんとしたまま、特に何も起こらない。……などと思ったのが間違いだったと気付くのは、リュウが自分の頭部に激しい衝撃を受けた後だった。

 

 

 

 

「っつ〜……」

「リュウてめぇ何しやがんだ!」

「いやいや今のは俺のせいじゃないですよ!?」

「いった〜……なに? 何が降ってきたの?」

 

 スカーンと言う響きの良い音を伴った頭へのダメージにより、一瞬目の前が遠くなったような錯覚に襲われたリュウ達。ふと気が付くと、既にそこは何度か来た殺風景な山の上だった。言わずと知れた妖精の住処である。それはともかく頭に衝撃を加えてきた物体は一体なんだったのか。足元を捜索して見ると、人数分のソレがすぐそこに転がっていた。

 

「……」

「ナニコレ……?」

「こりゃぁタライだねぇ……」

 

 そこにはくわんくわんと間抜け音を立てて転がる金属質な“タライ”が複数落ちていた。全く、これ程までに変な転移方法は見た事がない。どういう発想をしたらこうなるのだろうか。ちなみにサイアスは頭に出来たたんこぶを無言で摩っており、タペタは当たり所が悪かったのか目の前に星を回してぶっ倒れている。

 

(くそっ……やられた!)

 

 己の警戒不足を大袈裟に嘆くリュウ。うかつだった。どうやら爆発と足元のみに注意が行き過ぎていたようだ。だがそれでも少なからず緊張はしていた筈なのに、その存在を微塵も察知されず、リュウ達の頭に直撃したこのタライのステルス性能は一体どういう理屈なのだろう。ご丁寧にボッシュ用のサイズまであるのが、妖精達の悪戯に賭ける無駄な情熱を感じさせる。

 

「……まぁ……文句は後でヤツらに言うとしましょう。あっちです」

「……」

 

 初めて訪れた者が多いと言うのに、いきなりピリピリした無言の空間が形成されている。その鬱憤を後でまとめて妖精達に被って貰う事にしたリュウ達は、怒りマークを頭にくっつけながらゾロゾロと移動していった。

 

「あ、いらっしゃいよぅ」

「そんな大人数で今日は何の用なの?」

「そうそう、リュウのヒトのおかげであたし達こんなに増えたよぅ」

「……」

 

 あの家とは言えない建築物の所へ到着してみると、そこには妖精が“群れて”いた。リュウ達は全員で六人と一匹。対して妖精達はどう見ても十人程は居る。暇そうにキャッキャと遊んでいたり眠りこけていたりと過ごし方は様々だ。その内こいつらが魔法世界を覆い尽くす日が来るかも、というリュウとボッシュの悪夢が現実になるのは、そう遠く無いのかもしれない。

 

「まぁ色々と言いたい事はあるけど取り敢えず……」

「?」

 

 素でリュウが何を言いたいのかわからない、と言った感じに首を傾げるいつもの妖精三人。彼女らが一番の年長であるためか、なにやらリーダー的な地位に就いているようだ。しかしながら統率力があるのかどうかは甚だ疑問である。そしてリュウはドラゴンズ・ティアから汎用お仕置き決戦兵器“ハリセン”を取り出し、そのリーダーさん達ににこやかな笑顔で告げた。

 

「あのフェアリドロップを作ったやつは誰かな? 正直に言えば一撃……かはわかんないけど、一応手加減くらいはしてあげなくもなかったりするよ?」

「……」

 

 リュウの笑顔の裏に込められた静かな怒りを読み取り、どういうことか瞬時に察したと思しき妖精達三人。彼女達は一斉に顔を見合わせた後、“今こそアレを使う時!”みたいな決意を込めて頷いて、ザッと同時にリュウの方を向いた。そして……

 

「犯人!」

「は!」

「こいつよぅ!」

「……」

 

 赤いのが青いのを指さし、青いのが黄色いのを指さし、黄色いのが赤いのを指さす。正義超人も驚くほどの、見事な友情のトライアングルがそこに完成したのだった。勿論その行為が全く何の効果もあげないどころか、リュウに対しては完璧なまでの逆効果である事は確定的に明らかだ。

 

「……」

 

 当然のように手加減無しのリュウ必殺ハリセンホムーランが火を噴き、山岳地帯に三つのイイ音と悲鳴が木霊したのは言うまでもない。

 

「うぅぅ……」

「リュウのヒト冗談が通じないよぅ……」

「冗談でも何でも、もう転移するのに痛みを伴うのは禁止! 普通で良いの普通で!」

「わかったよぅ……次のは普通にするよぅ……」

 

 その後、気を取り直して涙目になっている妖精達に新たに連れてきたメンバーの紹介等をする。そしてランド達は、早速建設準備に取り掛かる事になった。建築場所は割と広めな崖の辺りに決定し、大体普通の家より少し豪華程度のモノが建てられる予定である。

 

「で、おいら達はせっせと作業に入る、と」

「たまんねーなこりゃしかし」

 

 文句を言いつつ基礎工事を始めるランドとステン。用意しておいたドカタ的なヘルメットと作業着が良く似合っている。ついでにタペタもリュウが取り出した資材の周りで、色々と手伝いをしているようだ。その辺の作業については専門外であるリュウ達は、何をするでもなく暇なので各々自由なフリータイムである。

 

「じゃ、あたしは久々に妖精ちゃん達と狩りでもしてこよっかな」

「わかりました。サイアスさんはどうします?」

「こ…………ここに、居る」

 

 リンプーの狩りはともかく、サイアスはこの場でぼーっとしてることに決めたらしい。妖精達の草敷き屋根の、空いているスペースの下にもぞもぞと潜り込み、刀を置いて寛いでじっとどこかを見つめている。

 

「となれば俺は……」

 

 そしてリュウはと言えば、ヒュパヒュパとドラゴンズ・ティアから釣り具を取り出した。そしてタタタと断崖目指して走り出し、浮遊魔法の呪文を唱えて颯爽とそこから飛び降りようと……

 

「あーおい待て待て相棒、釣りすんなら俺っちここで待ってっからよ」

「ぬあっと……うい、了解」

 

 と、後一歩で崖下へと飛び出すまで寸前で、それまで影の薄かったボッシュがリュウの腰のポーチから顔を出していた。ギリギリでブレーキを掛けて止まるリュウ。まぁいつも釣りが面白くないというボッシュだから、下に連れて行っても仕方ないと言えば仕方ない。

 

「そうだついでによ、あの“腕輪”、ここに置いてってくんねぇかい?」

「“腕輪”って……あれを? 何すんの?」

「いや俺っちの記憶ん中にはよ、よくわかんねぇもんも結構あんだが、あの腕輪の事なら何となく分かりそうな気がすんだよな」

「ふーん」

 

 “腕輪”とは勿論キルゴア氏が操られていたあの腕輪の事だ。そう言えば忘れ気味ではあったが、ボッシュはユンナの知識を継いでいる。そこから何かわかるというなら任せない手はないだろう。あのドラグニールの機械を操作していた事からもわかるが、元々生来的にボッシュはそういった科学的な好奇心が強いのかもしれないな、とリュウは何となく思った。

 

「じゃあ……はいこれ。まぁ何かあったら念話で呼んでくれれば……」

「……すぐ来れんのか?」

「…………。努力はする」

「目を見て言えや相棒」

 

 ドラゴンズ・ティアから取り出した腕輪を渡し、ボッシュの呆れた突っ込みを華麗にスルーしたリュウは、そのまま無言で投身自殺さながらに谷間へ身を投げるのだった。

 

 そんな訳で、建築担当以外は各々適当な時間を過ごしたリュウ達。山の向こうに日が隠れだすと、皆で夕食を囲む運びとなる。当然料理担当はリュウだ。魔法で出した火種に鍋を当てがったり、まな板の上でストトトト、とリズム良く野菜を刻むリュウの姿。それを興味津々な様子で、暇な妖精の何人かが見学に来ていた。どうやら料理風景が珍しいらしい。

 

「……これ、興味あるの?」

「わかんないよぅ!」

「でも少し楽しそう!」

 

 あのリーダー三人と違い、案外素直そうな暇妖精達。そうそうこれくらいなら可愛いのに等と考えつつ、出来あがった料理をランドが片手間に作ってくれていた大きな木のテーブルに並べていく。と、そんなリュウの後ろにペッタペッタとカエル的足音が聞こえてきた。

 

「ムッシュ・リュウ。是非ワタクシの作った料理も皆さんに食べて頂きたいのですねシルブプレ」

「は、はい……?」

 

 現れたのは言わずもがな、タペタだ。そして彼はその手の上に、大きなお皿を持っていた。いつの間に料理を作ったのか知らないが、こんがりといい色に仕上がった唐揚げらしきモノが、美味しそうな湯気を立てて盛られている。

 

「……唐揚げ……ですか?」

「ウィ。ワタクシの得意料理なのですね」

 

 自慢気に話すタペタに対し、リュウは首を傾げた。確かにそれは、一見非常に美味しそうに見える。別に何も問題はないとも思える。だが…………しかし何故か、リュウは妙に危機感のようなものを感じていた。昔の記憶の中にある何かが、その唐揚げに対してけたたましくサイレンを鳴らしているのだ。

 

「……」

「? どうか、したですかね?」

 

 リュウの根拠があるのか無いのかわからない疑念など露知らず、タペタは屈託のない笑顔を向けてくる。眩しすぎるその顔からは、本当に自分の料理をただ食べて欲しいだけなのだという事が痛い程伝わってくる。

 

「ワタクシ、こう見えて料理も大得意なのですね。以前は父上にも素晴らしいと何度も褒めて貰ったのでした。なので皆さんにも味わって欲しいのですね」

「……」

 

 そこには、何の害意も敵意も悪意も無い。あるとすればそれは心からの善意。ただそれだけだ。ここまで真摯に言われては、根拠もなく断るなんて事はリュウには出来なかった。もしもこの笑顔をしょぼんとさせたら、非常に心が痛くなるだろうから。

 

「……ええ、いいと思いますよ。……じゃあ、そこのテーブルに並べといてもらえます……?」

「おーう。メルシーボクゥ。たくさんあるので遠慮せずに食べて欲しいのですね」

 

 嬉しそうに。本当に嬉しそうにリュウの料理の隣にお皿を並べるタペタ。ここまで来ても、リュウは何が引っ掛かっているのかわからない。それよりもこんないい人を訳のわからない理由で疑うなんて駄目だろ俺! と言う良心回路の意見を採用し、脳内警報の原因を無理やり奥に封じ込めて、自分の作った料理を並べていった。

 

「あーお腹空いたー!」

「いやぁリュウの料理だけを楽しみに今日頑張ったよおいら」

「そういや、確かにウチで食ったリュウの料理は美味かったな」

「……腹……減った……」

 

 そして、リュウが食事を並べ終えた良いタイミングでそこに集まったリンプー達。ステンを筆頭に非常に期待されているらしい。だがそんな周りの事よりも、あのタペタのお皿の上の料理についてが、どうしてもリュウは気になっていた。

 

「……」

「あれ? リュウどしたの?」

「あ、いえその……。うーんまぁ……いっか。じゃ皆さん揃ったんで、頂きますか」

 

 リュウからOKサインが出て、待ってました! と食事を始めるリンプー達。ちなみに妖精達用の分は、別途抜かりなく作ってある。あちらはあちらで人数が多いから分けてあるのだ。

 

「お、相棒、今日の料理は俺っちの注文通りじゃねぇか」

「まぁね」

 

 そんなこんなで始まったお食事タイム。本日のメニューはいつもと少し違い、不死身の癖にやたら健康に口ウルサイボッシュの嗜好が反映されている。全体的に油分控えめで、血液サラサラを目指したヘルシー系料理だ。出来は上々のようで、美味い美味いとランドやステンが次々と平らげている。彼らの仕事の疲れも十分癒せているらしい。

 

「ねーねーリュウ、この唐揚げって初めて見たけど新作?」

「あ、それは……」

「お、それも美味そうだねぇ。じゃおいらがまずは一口……」

「!」

 

 と、ついにあのタペタのお皿へとステンの手が伸びた。リュウが口を挟む隙を許さず、ステンがフォークをキラリと一閃させる。そして件の唐揚げを一つかっさらって口元へ持っていき……

 

「ハムッ……ん……これは……中々……うん、シャクシャクとした歯応えで……尚且つジューシィで……何というか初めての食感だねぇ」

「おーう。ムッシュ・ステン、味の方はどうですかね?」

「え? いや、そりゃ美味しかったけど?」

「それは良かったのですね」

「あれ? これリュウが作ったんじゃないの?」

「あー、えっとそれはその……」

 

 リュウ作ではないと知り、少し驚いた様子のステン。そして美味しいという感想を貰い、至極御満悦なタペタ。だがしかし、そのタペタが次に放った一言でこの和やかな場が凍り付く事になろうとは、この時はまだ誰も思っていなかった。

 

「やはり、隠し味にミミズ肉を少し混ぜたのが良かったのですね。獲るのに苦労した甲斐があったのでした」

 

 ピタリ。皆が一斉に食事の動作を止めた。それは正に時が止まったかのような一瞬。何だか平均気温まで軽く下がったような気がしてくる。そしてタペタ以外の面子は同時に、ギギギと油が切れたような動きでそのタペタの方を向いた。

 

(そうだ……思い出した!)

「あの……うんちょっと待って……今ミミズ……って、え? じゃ、じゃあこれって……一体“何”の唐揚げな訳?」

「ちょ、ダメですステンさんそれ以上は……!」

 

 自分が一体何を食したのか、確かにリュウも同じ立場なら気になる所ではある。しかし世の中には、得てして聞かない方がいい事というのがある。ステンはその禁断領域へのデッドラインを踏み越えてしまった。リュウは咄嗟に止めようとしたが、しかし良い評価を貰って機嫌を良くしたタペタは残念ながら止まらなかった。

 

「それはワタクシ自慢の料理、“フライド・ゴキブリ”ですね。父上も絶賛の一品なのでした」

「!!? ゴ……ゴキブ……!?」

 

 サーッと言う音が聞こえてくるくらいの勢いで顔を青くするステン。やっぱりかー! とリュウはもっときちんと思い出すべきだったと後悔した。思い出してさえいれば、何とかして同じ食卓に並べるのを断っていただろう。

 

(そうだった……タペタさんとかの種族は……!)

 

 キルゴア氏の屋敷ではエカル氏もタペタも、極普通の食事をしていた。だから“ソレ”が、リュウの頭の中からスッポリ抜け落ちていたのだ。そう、普通の人間と同じ食事をする亜人の中においても、匍匐族(クロウラー)だけは何故か嗜好がカエルそのものを色濃く受け継いでいるのだ。今ようやくリュウはその事を昔の記憶から引っ張り出せた。

 

「ぎゃー! ア、アネさん! おいらに水を……水をーっ!!」

「ちょっとやめてステン! ゴキブリ食べた口で話しかけないで!」

「駄目だ。俺一気に食欲失せちまった……ウッ……気持ちわりぃ……」

「俺っちもだよちきしょう……」

「……」

「……何かおかしかったですかね?」

 

 喉を抑えてのたうち回るステンと、気持ちはわかるが何気に発言がヒドイリンプー。火が消えたように顔に暗い縦線が入っている他メンバー。ただ一人タペタだけは何事もなかったように他の料理を食べている辺り、大物の気配を漂わせている。

 

 それにしても和やかだった筈の食事風景が、一転して悲劇の舞台に早変わり。リュウは自分がキッチリ思い出していれば防げた事態だった事を思い、ステンに対して申し訳ない気持ちで一杯だった。そしてその後開かれた緊急ミーティングで、タペタは自分の分以外は絶対に料理に携わってはならない、という臨時法案が圧倒的賛成多数で可決されたとか。

 

 ※全員がリタイアしてしまったせいで余った料理(フライド・G以外)は、後で妖精達(スタッフ)が美味しく頂きました。

 

 

 

 

 そして、翌日。

 

「相棒、ちょっといいかい?」

「? どしたボッシュ?」

 

 一連のG料理騒動から一夜明け、タペタの動向を数人が監視しながらリュウが作るというかつてない厳戒態勢だった朝食の後。そろそろ食材を補充したいなーと思っていた所のリュウは、唐突にボッシュに呼ばれていた。

 

「何?」

「おう。実はあの腕輪だがよ……」

「ああ、もしかして何かわかったの?」

 

 話の中身は、リュウが調べようと思いつつボッシュに投げっぱなしジャーマンした腕輪の事だった。ボッシュが言うにはあの腕輪に使われている技術のいくつかは、ユンナの知識の中に引っ掛かる項目があったらしい。

 

「へぇ、じゃあ解析とかすぐに出来そうじゃん」

「いやそこそこは進んでんだよ。けど……」

「けど、何?」

 

 ボッシュの懸念。それはどうやら腕輪に使われている技術自体は非常に未成熟な代物で、もしかしたらコレはただの試作品なのではないかとの事だった。つまり、これ以外にも“腕輪”は、どこかに存在しているという事だ。

 

 目的はわからないが、何者かが性能を高めた腕輪の正規品を作ろうとしている可能性が高い。それがボッシュの見解だった。人を操るだなんて、そんな物良からぬ事に使われるに決まっている。だからボッシュは念のため探し出し、阻止なり破壊なりした方がいいだろうという結論をリュウに伝えた。

 

「でも探すって……出来んの?」

「まぁ出来るっちゃ出来るぜ」

「マジか。何ていうかすげーな天才かお前」

「……が、俺っちの“手”じゃぁちぃと無理だなぁ」

「……。どゆこと?」

 

 “腕輪”の探索用のレーダー的な機械を作れば、探すのは比較的容易だとボッシュは言う。だが理論とか設計と言った部分ならボッシュでも出来なくないが、フェレットという生物の手の形状からして、綿密な機械を“作り出す”作業が苦手なのだそうだ。

 

「じゃあ、もしその探索機を作るとしたら、誰かそういうのが分かる人に代わりに作ってもらうしかないって事?」

「そういうこったな」

「……」

 

 つまり、またもや誰か他人を頼るしかないという事だ。いくら竜変身とかが出来ても、こういった専門分野には全く歯が立たない。強さとかってこんな時無意味だなぁと、自分の無力さを痛感するリュウである。まぁそれはさておいて、リュウは自らの交友範囲を思い出してみた。そんな科学色に強い人は自分の周りに居なかったかと、思い出す事数十秒。

 

「…………モモさんくらいかな」

「ああ、いつぞやの三人組みかい」

 

 以前シュークの街でふとしたことから話しかけたらナンパと思われ、何故か勝負を挑まれることになった悠久の風所属の女性三人ユニット。その一人である天然系野馳り族バズーカおねーさんをリュウは思い出した。ちなみに後二人は剣を持つと性格が変わる厳しい女上司リーダーのゼノと、ツンツン風味で障害なんざ壊して進めが信条の銃撃おねーさん、アースラだ。

 

「連絡先交換しといて良かった。まさにこんな事もあろうかとってね」

「だなぁ」

 

 と、早速ヒュパッとテレコーダーを取り出すリュウ。手早くメモリ機能を使って、チーム名“レンジャー”を呼び出してみる。コールしている間、そう言えば“完全なる世界”捜索という目的を最近ないがしろにしているなーとリュウは思った。だがまぁ手掛かりは相変わらず無いのだし、こっちを優先してもいいよね、と流されまくりである。

 

「……」

 

 テレコーダーからは、プルルルルというコール音だけがずっと続いている。どうも誰かが出る気配が全くない。

 

「…………でないし」

「ま、世の中そう都合良くは行かねぇもんだろ」

 

 したり顔でこの世を語るフェレットとかどうなんだ? と思いつつ、そのまま鳴らしていても駄目かと思ったリュウはピッとコールを止めた。何だかまた足で捜索する事になりそうな気配を肌で感じる。しかし今回の相手は顔見知りであるし、悠久の風支部に問い合わせれば行方も割り出せるだろうから、そこまで手古摺らないと思われた。

 

「あ、そうだ。ついでに……」

 

 そしてリュウは、別の呼び出し先にも連絡しようと思い立った。“また連絡する”と言っておいて、一向に連絡を寄越す気配のないナギ・スプリングフィールド。奴は今何やってるんじゃーと、気になって呼び出してみる。だがこちらもこちらで、返ってくるのはプルルルル、というコール音だけ。

 

「もー、なんなの!」

「まぁ待て相棒。ナギっ子が出ねぇってな、妙じゃねぇか?」

「うーん……まぁ……確かに」

 

 確かにナギの性格なら、例え敵と戦っていても余裕で連絡に出そうだ。つまりは音信不通になるような僻地に居るか、または出る暇も惜しむほどの強敵と戦っている最中なのか、となる。まぁただ昼寝してるだけという可能性もあるだろうが。少なくともコール出来たという事は、壊れている訳ではないはずだ。

 

「……」

「ま、相棒からの連絡があったって事ぁこれで伝わっただろうし、すぐに折り返し来るんじゃねぇの?」

「それもそっか。じゃーこっちは待ちだな」

 

 出ないならば、まぁそれは仕方がない。以前連絡した時に集まろうとか言ってたし、そう遠くない内に連絡は来るだろう。そういう訳で、リュウはそっちも保留とした。

 

「……じゃあ、モモさんに“腕輪”についての協力を頼みに行こうかね」

「おうよ」

 

 色々と考えた結果、“ナギとの合流”と“完全なる世界捜索”は棚上げ。そしてリュウは“腕輪問題”の対応のために“レンジャー”とコンタクトを取る事に決め、まずは身支度を整えるべく寝起きに使っていたテントに戻るのだった。

 

「あれ? リュウ今度はどこ行くの?」

「おいおい、お前が居なくなったら誰が俺らのメシを作るんだ?」

 

 いそいそと着替えたり、ドラゴンズ・ティアの中身を整理したりしているリュウの側へとやってきたのはリンプーとランドだ。ステンは昨日のG(ショック)のせいか朝食もあまり取らず、うんうん唸って寝込んでいる。タペタは相変わらずノホホンとしながら妖精達と愉快な会話を繰り広げ、サイアスはいつも通り日陰でボーっとしている。

 

「いやぁ色々あって、ちょっと機械系に強い人の手を借りたいんですよ。幸い心当たりはあるんで」

「ふーん。あ、当然あたしも付いてくからね」

「いや、今回はそんなに面白く無いと思いますが……」

「いーじゃん。どうせここにいても暇だしさ」

 

 なんだか妖精の住処が本拠地のようになってきている気がするリュウ。さしずめリンプーは住人一号と言った所だろうか。その隣で若干本気で飯の心配をしているランド。確かにリュウが居なくなると、まともに料理が出来る人間はあのカエルなお方しかこの場には居ない。

 

「頼むからタペタの料理だけは勘弁してくれよな」

「一応妖精達に言っておくんで、肉やら魚やらは確保できると思います。それにこっちはそんなに時間かからないだろうからすぐ戻ってきますよ……多分」

「そうかぁ? まぁいいが……早めに頼むぜ」

 

 文句を言うランドをなんとか抑え、リュウは妖精達に言って食料を分けてもらう事をお願いした。幸い狩りは順調でその辺は大丈夫らしい。そしてリュウはそこで、新しいフェアリドロップを受け取った。この赤い宝石に関しては今度こそ普通にしろとキツく言い含めておいたので、妖精達のなけなしの良心というものに期待したくなる所だ。

 

「あれ?」

「……」

「サイアスさんも行くんですか?」

「……」

 

 そんな中、いつの間にかリュウとリンプーの後ろにサイアスがついて来ていた。リュウが付いてくるのかどうかを尋ねると、無言で頷く孤高の犬侍。別に断る理由はないので同行決定だ。

 

「さて、じゃあ行きましょう」

「おー!」

 

 そうして妖精の住処での家建設をランド、ステン、タペタに任せたリュウ達は、フェアリドロップの機能を使って元のファマ村・ガンツ地方へと戻った。目的地は一番近い悠久の風支部のある街だ。そこでモモの所属するチーム、“レンジャー”の行方を聞くのだ。

 

「……ていうか、戻ったはいいけどここからどう行けば支部のある街に行けるか調べてなかった」

「相棒……そういうこたぁもっと早く気付け」

「お前も気付かなかったじゃん」

「何かリュウってさ、結構場当たり的だよね」

「うっ……」

 

 とうとうリンプーにまで何気ない一言で突っ込まれてしまったリュウ。グサッと言葉のナイフがリュウの心の痛い所を直撃だ。

 

「こ……」

「……え?」

「この先……確か……街が……ある」

 

 するとそんなリュウを見るに見かねてか、助け船を出してくれたのはサイアスだった。ゆっくりと指を指す方向、どうもここから北の方角に街があるらしい。

 

「良かった。マジでありがとうございますサイアスさん……」

「……」

 

 というわけで、リュウ達一行はサイアスが指し示す方角へと歩き始めた。道中にサイアスが言うには、この先にあるのは“ウルカン・タパ”と言う名の街らしい。そしてそこには、悠久の風支部も存在しているようだ。偶然とは言えありがたい。そんなこんなでテクテクと進んでいくリュウ達。道中魔物に何度か遭遇するも特に問題は無い。野を越え森を越え一日が経った頃、先の方に街らしき集落が見えてきた。

 

「ウル何とかって街、あれかな?」

「恐らくは……」

 

 そしてリュウ達は、ウルカン・タパの街に到着した。そこは民族宗教的な香りの強い厳かな雰囲気の街で、岩やレンガを積み上げた素朴な家々が目に付く。田舎と思いきや人は多く、少し歩いてみた所リュウ達のようなヨソ者も偏見で見られたりはしない。それどころか穏やかな挨拶まで住民はしてきており、至って平和な街のようだ。裏を返せば、そこまで目立った特徴が無いとも言えるが。

 

「何てゆーか……いいトコだけど、あんまり面白くないかも」

「……」

「まぁ今は観光じゃなくて人探しが目的ですし」

 

 ちょっと不満そうなリンプーと案外そうでもなさそうなサイアスを引き連れて、リュウは街を練り歩く。そう言えば最近良く人を探すなぁと、無駄に自分の動向を振り返ったり。そうしていると街中で悠久の風支部を示す看板を発見したので、リュウ達はそこを訪ねてみることにした。

 

「お邪魔しまーす」

「相棒、その挨拶はどうかと思うぜ」

 

 訪ねてみたはいいものの支部の中は非常にガラーンとしていて、人っ子一人居らず閑古鳥が鳴いているような有様だった。まぁこれだけ平和な街ならば、ここに頼るような事も無い事はリュウでもわかる。一応係の人らしき女性がカウンターにぽつんと立っているので、その人に話を聞く事にした。

 

「あのー、すみませんちょっとお尋ねしたい事があるんですが……」

「はいはい、何か御用でしょうか?」

 

 受付の女性は、朗らかな笑顔でリュウに答えた。例え誰も訪ねて来なかろうと、常に笑顔を絶やさない。そんな意思が伝わってくる生粋の受付嬢、というのがリュウの持った第一印象だ。やはり接客業はこういう人こそが向いていると思われる。

 

「人……というか、登録しているとあるグループの所在地を知りたいのですが……」

「かしこまりました。そのグループのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

 不躾に尋ねても嫌な顔一つしないのは流石である。とりあえず目的の人達の名前、“レンジャー”を告げると、女性は背後の棚から何か目録のような物を取り出してパラパラと捲りだした。

 

(本……住所録みたいなものかな?)

 

 確かメガロメセンブリアの本部やシュークの港町では、職員は端末のような物を操作していた筈である。しかしここでは取り出したのは本という辺り、意外と田舎の方ではアナログな仕様なのか? とリュウは思った。しかし実際はとんでもない。何とページの上部の空中に、詳細画面が立体映像で浮かんでいた。流石は田舎とはいえ魔法世界。自分の認識の甘さをちょっと反省するリュウである。

 

「レンジャー……ああ、こちらの方々ですね。最近登録名が変更されておりますが……」

「? そうなんですか?」

「はい。新しい名前は……“トリニティ”と言うらしいですわ」

「へぇ……」

「現在地は……エリジウム大陸にある支部へ立ち寄ったのが最後のようですね」

「はぁ……」

 

 何があって改名したのかは会った時に聞けばいいので今はスルー。そして正直大陸名とか言われても、ほとんど気にした事のないリュウからしたらナニソレってなもんである。

 

「よろしければ、そちらの支部へ詳しい情報の照会を行いましょうか?」

「いいんですか?」

「構いませんわ。一日ほど待って頂ければ詳細をお伝えできると思います」

「じゃあ、お願いします」

「かしこまりました」

 

 何かスゴイやる気を見せている受け付けの女性。リュウ達がそれじゃあとそこから出て行った直後、「暇つぶし来たわぁぁ!」という燃えた声が中から聞こえてきたような。尤もリュウは先程の第一印象を大事にしたかったので、聞こえないフリをした。

 

「……という訳で、情報を貰いたいんでここで一泊しますがいいですか?」

「おっけー。あたしは大丈夫」

「……待つ」

 

 リンプーとサイアスのお二人から特に文句は無いらしい。そんなわけで適当に一泊する事に決定したリュウ達。幸いお金はガトウに貰った小遣いがまだまだあるので宿屋代等も問題ない。

 

「今頃ランド達大変だろうねー」

「まぁ、そこは頑張ってもらいましょう」

 

 工事でひーこら言ってそうなあの巨体を思い浮かべて、思わず苦笑いなリュウ達である。そんなこんなで一晩経ち、再びのんびりと悠久の風支部をリュウ達は訪ねた。連絡さえ取れたら、そこで待っていて貰うように言えば良い。余裕じゃんと考えていたリュウだが、その期待とは裏腹に訪ねた受付嬢の表情はどこか暗いものだった。

 

「え、消息不明……ですか?」

「はい。“トリニティ”は週に一度支部に依頼を受けに来ていたようですが、最後に支部を訪れたのは約三週間程前となっています。それ以来、音沙汰がないようですわ」

「……」

「一応そこの職員が聞いていた話からは、“トリニティ”は次に“ハイランド”という国へ向かうと言っていたらしいですが……」

「……」

「相棒……」

 

 消息不明。モモはともかく、あの規律とかに厳しいだろうゼノとアースラが、それまでの習慣を何の意味もなく破るとは思えない。三週間も前からそうなっているという事は、つまり……

 

「何か、あったのかな」

 

 自然、そういう方向に考えのベクトルが向く。結構楽に連絡を取れると思っていたのに、なんだかまた一悶着ありそうとリュウはうっすら気取っていた。

 

「ねぇ、何かよくわかんないけど、その“ハイランド”って国に行ってみればいいんじゃないの?」

「……」

 

 リンプーの言葉に、そうだと頷くサイアス。ここは確かに二人の言う通りだ。この場で考えていても埒があかない。

 

「……そうですね、じゃあ、そこに行ってみますか」

「おうよ」

 

 そうしてリュウ達は、レンジャー改め“トリニティ”の行方を探すべく、エリジウム大陸を目指す事にするのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。