炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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SOL: ~鏡の向こうで~

「おいおいなんだありゃ?」

「み、見たことの無い魔法っすねぇ頭ぁ」

 

 大鏡に映し出される巨大な鉄球。いきなり飛び出たリュウの大技に、盗賊達は度肝を抜かれた。そしてその鉄球があっさりと無敵の傭兵を押し潰す光景を見て、盗賊達の幾人かが騒ぎ出す。

 

(相棒……あの顔はマジだなありゃ)

「落ち着けお前ら! 仮にも無敵の傭兵があんなんで死ぬわけがねぇだろうが!」

 

 サイアスの服から鏡を覗くボッシュが、リュウの表情を冷静に分析する。そして盗賊の頭領は、ざわつく部下達を叱咤していた。今のは少しばかり冷やりとしたが、その直後に平気な顔でリュウの剣撃を防ぎ、片手で地面ごと吹き飛ばすラカンの姿を見ると、前評判通りの無敵ぶりに今度はおかしな笑いがこみ上げだした。

 

「は、ははは、ほれ見ろ」

「へ、へぇ……ですがアレ、本当に人間なんですかねぇ」

「まぁ人間だろうがそうでなかろうがどうでもいいんだよ。俺達の敵でさえなけりゃな。あんな規格外とは死んでも戦りたくねぇぜ」

「全くですぜぇ」

 

 次々と繰り出されるリュウの猛攻を軽く凌ぐ圧倒的強者。それを自分達が雇っているという事実に気を良くする盗賊達。鏡に映る映像は、まさしく映画さながらの大迫力バトルだ。酒の力も手伝ってその場は大きく盛り上がり、驚きと呆れを感じる鏡の中の光景に、盗賊達は次第に目を奪われていく。自分達の常識から逸脱した非現実的な世界に没頭してしまうのは、人間ならば誰しもがそうだろう。

 

「……」

 

 そしてそんな盗賊達の後ろで脱出の機会を伺っていたリンプー達もまた、リュウとラカンの激しい戦いぶりに唖然としていた。

 

「すご……」

「おいおいマジかよこいつは……」

「リュウってば、曲がりなりにもあのジャック・ラカンと戦りあってる……」

「……!」

 

 鉄球がほとんど効果を上げず、斬撃は剣の方が砕け散り、精神の刃は刺さらず、弾丸の嵐は全て払い除けられた。もしもリュウが一人で引き受けなかったら、自分達もあの何かがおかしい傭兵と戦う事になっていた事を想像して、全員が顔色を変えている。

 

(! ありゃ確か……相棒の必殺技の一つ……!)

 

 そんな中、リュウが青いドラゴンを召喚した姿が大鏡に映る。現れたリュウの切り札に対してラカンはどうするのか。盗賊とリンプー達の鏡に送る視線に、一層の熱がこもる。そして素早く周りを見渡し、今こそがついに訪れた絶好のチャンスであると理解するボッシュ。唖然としたまま鏡を注視するリンプー達に、小さく声を掛ける。

 

「おうおめぇら! これから相棒が派手な技を使うからよ、そん時が勝負だ!」

「!」

 

 ボッシュの言葉にハッと我に返ったリンプー達は、即座に気を取り直して周囲に目を配った。盗賊達は鏡に釘付け。頭領すら酒を飲む手を止めて、これから目の前で起こるであろう大スペクタクルに強く引き付けられている。人質の側に立つ見張り役の男も、ごくりと生唾を飲み込んで鏡に集中している。

 

「……」

 

 静かに。気取られないよう静かに。リンプー達は横一列に密着し、サイアスがその端に移動する。上半身を強く縛っている縄が、全員並んで一直線になるように。自分達の後ろに居る数人がそんな風に動いている事に、盗賊達は誰一人気付かない。

 

(……今だ!)

 

 そして鏡の中と実際の湿原の方向の二つ。庭園にまで届く強風と共に天を貫く二本の竜巻が姿を表した瞬間、ボッシュが動いた。

 

「魔法の射手・光の3矢!」

 

 サイアスの服の足元の隙間から外へと滑り出たボッシュは、並んだ全員の縄を掠めるように魔法の矢を飛ばす。それによって縄はぶつりと焼き切られ、捕えられていた面々に自由が戻った。

 

「!! か、かし……」

「……っ」

 

 真っ先に異変に気付いたのは、一番近くに居た見張りの男。だが瞬時に間合いを詰めたサイアスに当身を食らわせられ、最後まで言葉を発する事は出来なかった。

 

「うぎぁっ!?」

 

 次に、すぐさまデイジイを盾にしようと動いた盗賊の手から、鋭い刃物が弾き飛ばされた。ステンが隠し持っていたナイフを投擲して、見事に命中させたのだ。

 

「何だと!?」

「舐めないでよね!」

 

 自由を取り戻しこの場では遊撃手となったリンプーの蹴りが、周囲の盗賊達を一斉に薙ぎ倒す。酒も入っていたため、盗賊達は反応すらできないままに夢の世界へと旅立った。

 

「母ちゃん無事か!」

「あたしの事より、領主の方を先に助けちまいな!」

 

 ランドはデイジイの身柄を確保すると自分達の背後に、安全な場所へと避難させようとする。だがデイジイはそれを拒否。軟禁されていた事を全く感じさせない気丈さで息子に激を飛ばした。そしてランドはすぐにその言葉を実行し、虚ろな目をしたキルゴアを自分達の方へと避難させる。勿論その近くに居た盗賊の一人を殴り飛ばすおまけつきで。

 

「ようし、いい子だ」

「ったく、いつまでもガキ扱いすんなよな」

 

 ようやく取り戻した母の無事な姿に、ランドは悪態を付きつつホッと安堵した。

 

「おーう、ワタクシどうすればいいのですね……?」

「それならお前、コイツを守っていてくれ」

「! メルシー、ランド。ワタクシ一生懸命守るのですね」

「おう」

 

 そんな中でただ一人、何もしていなかったタペタ。まぁ元々人質だったのでそれも仕方のない事だ。そしてそのタペタは虚ろなままのキルゴアをランドから預けられると、盗賊から庇うよう自分が盾になる位置に移動する。鏡の向こうに見える二本の竜巻が消え去った頃には、既にこの場に無事な盗賊は居なかった。頭領だけを除いて。

 

「馬鹿な……てめぇら……どうやって……!」

「そんな事どうだっていいでしょ。それよりも……」

 

 リンプーが棍を構え、怒りの視線を頭領へと向ける。周りの盗賊達は倒され、デイジイ、キルゴアも奪い返されてしまった。頭領は油断が過ぎた事を後悔し、次にリンプー達の不可解な脱出劇に疑問を抱き、そしてこの場から逃げる術が無いか頭を働かせていた。

 

「てめぇ……散々好き放題やりやがって……覚悟は出来てんだろうな?」

「……ちっ……」

 

 ランドも、リンプーの反対側から頭領へとにじり寄る。その拳は怒りのためか、メキメキと骨のきしむ音が聞こえそうな程に握り込まれている。頭領は鋭く周りを見ると、そこである一点に気付いた。どうやら、まだ自分には運が残っているようだと確信する。

 

「へ……へへへ……ま、どうやらこの辺が潮時らしいな……」

「……?」

 

 頭領はうす暗く笑った。どうもこの状況で何かするつもりらしいとわかり、警戒するリンプー達。一体何をするというのか。自分とランドが前後を取り、人質も取り返している。盗賊の子分どもは皆おねんねだ。頭領が逃げ切れる要素など何もない……ように思えた。だがリンプー達は一つだけ見落としていた。そう、キルゴアの腕に嵌っているあの“腕輪”の事を。

 

「……キルゴア! 暴れろ!」

「!」

 

 頭領の声に反応し、タペタの後ろに居たキルゴア氏がいきなり腕を振り回し、抑えていたタペタを振り切ってステンやサイアスの方に駆け出した。虚ろな目は変わっていない。ただ頭領の下した命令通りに。

 

「お、おーう、一体どうしたのですね!?」

 

 リンプー達全員の視線が否応なくキルゴアへと集まる。そしてその隙を突いて、頭領は懐から取り出した煙玉のような物を地面に投げつけた。玉は破裂し、頭領の姿のみならず周辺一帯を覆い隠すように、煙幕が充満する。

 

「ハハハッ! じゃあな!」

「!! 旦那ぁ!」

「……っ!!」

 

 逃げられる。即座にそう判断したステンの声に呼応するように、サイアスが俊足を持って煙の中へと飛び込んだ。まだそこに居るだろう頭領を捕まえるべく。

 

「っ! くっ……邪魔を……こいつ!」

「……!」

 

 白煙の向うから、乱暴な声と争う音が聞こえてくる。それは打ちつけるような打撃音から甲高い金属音に変わり、激しい乱闘をステン達に連想させた。そしてその音が、不意に止んだ瞬間だった。何が起こっているか分からない煙の中から、あろう事か突然ナイフが飛んで来たのだ

 

 それは頭領がサイアスに向けて放った苦し紛れの一発だった。そしてその射線上に居るのは、未だ暴れ続けているキルゴア。ひたすらに頭領の下した命令を実行していた為に誰も近づけなかったという、まさに不運としか言えないタイミング。

 

「危ねぇッ……!」

 

 しかし、キルゴアは飛んでくる凶刃に当たる事はなかった。危機を知らせた声の主。偶然見ていた一匹のフェレットが身代わりになるように、飛び跳ねてナイフの前に身を躍らせたのだ。

 

「うぐ……!?」

「ボッシュ!!」

 

 ナイフはキルゴアではなくボッシュの小さな身体を貫き、大量の赤い血がそこから吹き出す。そしてボッシュはそのまま、力の抜けた木偶人形のように地面に落ちた。奇しくも、最早誰の目にも入っていない鏡の中に、時を同じくして血を吐き地面にめり込むリュウの姿が映し出されていた。

 

「くっ……くそぉっ! 離しやがれっ!」

 

 そして風に吹かれて晴れていく煙の向こうから、頭領を羽交い絞めにしているサイアスの姿が浮かび上がってくる。逃走の阻止に成功し、そして武器も全て奪ったのだろう。何本かのナイフがその周りに落ちている。

 

「お前ぇ!」

「げはぁっ!?」

 

 ボッシュの惨状に激怒したリンプーの一撃が、頭領の胴を激しく薙いだ。当たる直前まで、サイアスが避けない様にしっかりと固定していたから相当のダメージだ。

 

「この野郎!」

「がふぉっ!?」

 

 さらにそこへ、トドメとばかりにランドが巨大な拳をぶちかます。頭領は顔面を容赦なく打ち据えられ、意識を彼方へと飛ばされるのだった。

 

「おい! 誰か! 治癒の魔法とか使えねぇのかよ!」

 

 すぐさま取って返し、ナイフが刺さったまま地面に横たわるボッシュをランドは抱え上げた。ピクリとも動かないその様子を前にして、ランドは声を荒げる。だが、周りは全員俯いたまま答えない。ボッシュの体から手に伝わって地面に滴る赤い液体が、最早どんな名医でも手に負えない事態である事を無情にも指し示している。

 

「旦那、この傷じゃ……おいら達には、どうしようも……」

「……」

 

 ボッシュは動かない。今から治癒魔法が使えるリュウの元に連れていくには、時間がかかり過ぎる。自分達は何も出来ないまま、勇敢なフェレットの最後を看取るしかないのか。全員が顔を下へ向け目を瞑り、どうしようもない自分達の無力さを嘆いたその時————

 

「……っていうか誰でもいいからよ、はえぇトコこの刺さってるヤツ引っこ抜いてくんねぇか?」

「!?」

 

 むくりと起き上がり、俯く周囲に向けてボッシュは呆れたようにそう言った。リンプーもステンもサイアスもランドも、後ろから見ていたデイジイすらも、まさに鳩が豆鉄砲を食らったと言うのが相応しい表情をしている。唯一全く変わらない顔をしているのはタペタだけだ。

 

「おー痛ぇ。ったく、死んだらどーするってんだよなぁ?」

「……」

 

 ナイフが刺さったままの異様な姿で、意外な程の余裕を見せるボッシュ。返答に困るような質問を未だに唖然とする周囲に投げかけ、同意を求めている。ギャグなのかどうかも良く分からない。何というか、全員時が止まっていた。

 

「…………なんで……生きてんの?」

 

 呆気に取られていたリンプーが、思わず発したその質問。それは全く同じ質問をしようとした周りの面々より、僅かに早く口から飛び出ていた。

 

「ああん? そういや言ってなかったか。俺っちこう見えて、不死身なのよ」

 

 そう言って、ボッシュは血だらけのままでケケケと笑ってみせた。それはそれは実に奇妙な光景で、リュウが相棒と呼ぶフェレットは、やっぱりリュウと同じくどこか変なのだと皆思った。それから理解が追いつかないリンプー達がナイフを引っこ抜くのに、少しだけ時間を要したのは仕方がない。

 

「!! おい! やべぇおめぇら! ンな事より伏せろ!」

「え?」

「いいから伏せろ! 全員だ! ……来るぜ!」

 

 ナイフを抜かれて無事復活したボッシュは突然豹変した。その言葉に混乱しながらも、何か抜き差しならない状況が発生した事を皆は察する。そして言葉通りその場に伏せた瞬間、突如強烈な衝撃のような物が、湿地帯の方から届いた。

 

「うわっ!?」

「な、なんだってんだこりゃ!?」

 

 地面に伏せているのに、気を抜くと彼方まで吹き飛ばされそうになる程の衝撃。直撃を浴びた大鏡にはひびが入り、映像はノイズだらけでまともに映らなくなる。ただ一匹、ボッシュだけが事前のリュウの念話から、何がここを襲ってきているのかを理解していた。

 

「おう! とっととそいつの腕輪みてぇなのを外しちまいな! それでこの場は終わりだ!」

「! わかった!」

 

 衝撃波が収まり、ボッシュは誰ともなく言い放った。リンプーがそれに応じてキルゴアの腕についている腕輪を無理やり外し取ると、彼は一瞬だけ糸が切れたように動かなくなる。だがすぐに再起動を果たすように、その目に光が戻りだした。

 

「……ぁ……あ? ……私は……ここは……?」

「……」

 

 何があったのかとキョロキョロしだすキルゴア。意思はしっかりしているし、どうやら後遺症の類はなさそうだ。それを確認したボッシュは、すぐさまリュウへと念話を送った。こちらは全て終わったぞ、と。

 

「よしおめぇら! 相棒のとこへ急ぐぜ!」

「うん!」

 

 ノイズの交じった鏡にかろうじて映し出される、ボロボロのリュウと傷だらけのラカン。ボッシュの言葉を受け、いつの間にか妙に見晴らしが良くなっているアム湿原へと、急行するリンプー達だった。

 


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