「……」
リュウは、ステンが捕まえた傭兵崩れの方を向いたまま少しだけ意識を家の方に向けた。火が消えた家の中には、幸か不幸か人の気配が感じられない事が分かる。
「あんたら、ランドさんとデイジイさんをどこへやった」
「……。お、男の方は、裏に居るよ」
傭兵崩れは首に当てられたナイフに恐怖を覚え、ハッキリ無抵抗を意思表示している。その態度に嘘を言ってはいないと判断したリュウとボッシュは、即座に先程の男達がやって来た家の裏手の方へと回り込んだ。そこにあった畑の丁度中央で、血塗れの状態で横たわっているランドを発見するのに、時間はかからなかった。
「!! ランドさん!」
「おい、どうだ相棒」
「……大丈夫、息はある」
近寄って確認したところ、ランドは重症ではあったが、魔法で十分どうにか出来る範囲だった。リュウはその場で治癒魔法を掛けて応急処置を行い、その後辺りを改めて見回した。しかしどれだけ注意深く周囲を見ても、デイジイの姿はどこにもない。
「リュウ! 旦那は……?」
「大丈夫です。大事には至っていません」
「そりゃ良かった……」
「おい! デイジイさんは!」
ランドの巨体を物ともせずに背負い、リュウは表に戻ってステン達に無事を報告した。そしてもう一度、捕まえている男を問い質す。もう一人、あの家に居たはずの人の行方を。しかし。
「そ、そっちは……知らねぇ」
傭兵崩れは、そう言って首を震わせた。
「あっそ。いけね、おいら今のがショックで手元がおぼつかないかも……」
「い、いや本当に知らねぇんだ! 俺達はその……雇われただけで……あのでけぇババァは、あいつ等がどっかへ連れてったんだよ!」
「その、“あいつ等”ってな、誰の事だい?」
「い、居ただろ、俺達に命令してた盗賊連中だよ」
他の傭兵崩れ達も、その“盗賊連中”とやらに雇われただけだと男は言う。あの場にいた盗賊は一人だったが、どこかに本体が集団で居るらしい事が分かる。それにしても何故、その盗賊がこいつらを“雇う”のか。自分達でやれば良いのに、そんな金を出す事が不可解だ。盗賊なんぞに身をやつす連中がする事とは思えない。
「……」
「な、なぁもういいだろ……助けてくれよ……」
「……」
そしてリュウ達は同時に、今捕まえているこの男は本当に深い事情を知らないだろうという事を理解した。ステンの脅しに対する男の怯えは、紛れもない真実だ。ただ、だからといって即解放するつもりがリュウ達にない事は、ステンが未だナイフを突き付けている事からわかる。
「……とにかく、どこかにランドさんを寝かせないと……」
「ねぇ、あっちの……凄い遠いけど……隣の民家の人の所まで行ってみようよ」
「……そうですね。そうしましょう」
リュウ達は取り合えず周囲……と言っても隣家は相当に遠いのだが……そこへ助けを求める事にした。訪ねてみて、顔が知られているランドの酷い有様に驚いた隣家の住人は、彼の為に家のベッドを貸す事に、快く同意してくれたのだった。
「……よし、これでもう大丈夫なはずです」
「はぁー……しかしリュウってば治癒の魔法も使えるんだねぇ……」
「まぁ、成り行きで」
少々手狭なベッドに寝かせたランドにリュウが治癒魔法を掛け、外傷を消し終える。その様子を見て感心するステン。リンプーとサイアスは、別室で捕らえた傭兵崩れへの尋問を続行中だ。そうして魔法を使った事で少し休憩を取っていると、尋問していた二人があまり明るくはない雰囲気でリュウ達が居る部屋へと入ってきた。
「ランドは、まだ目が覚めないの?」
「いえ、多分そろそろ……」
と、丁度リュウとリンプーがそんな話をした時、ランドの目がゆっくりと開いた。
「母ちゃん!」
ガバッと身を起こしたランドの第一声は、自分の事ではなく今ここには居ないデイジイへの安否を気遣うセリフ。やはり、何かがあった事は想像に難くない。
「あ……ここは……?」
「ここは、ランドさん家の隣の家ですよ」
「え? あ……お、お前らは……」
ランドは、状況を飲み込むのに少し時間が掛かった。気を失って見知らぬベッドの上で目覚める何ていう経験は、まぁ普通に生きていたらそうある事ではない。それに、恐らくは自分がこうして無事に助かったという事にも、戸惑ったのだろう。
「よ、旦那。お久しぶり」
「ステン……?」
「久々の再開に酒でも酌み交わしたいトコですが……何があったってんです? 旦那がああまで痛めつけられるなんざ、只事じゃないですぜ?」
「そ、そうだ。あいつら母ちゃんを……」
気を失う前の状況が目の前に蘇り、ランドの顔が怒りで歪む。その後、ランドはポツポツと話しだした。今日の昼過ぎ頃に、家に妙な客がやって来た事。それをデイジイがいつもの調子で怒鳴って追い返したら、そのすぐ後に武装した集団が大挙して押し寄せてきた事。そしてデイジイが気絶させられて連れ去られ、それに自分も抵抗した事。しかし数人殴り飛ばした所で、数の暴力に圧倒されて意識を失ってしまった事。
「……そんな事が……」
「あいつら……俺を殺そうとしただけじゃなく、家に火まで点けやがったのか……!」
「一応消し止めましたけど……すみません、間に合わなくて……」
「いや、いい。ありがとよ」
「ごめんランド。そいつらの一人を捕まえたんだけど、デイジイさんがどこに連れてかれたまでは知らないって……」
「……」
捕まえた男からも、やはりと言うか大した情報は得られなかった。尋問したリンプーとサイアスが、肩を落としてそう告げる。デイジイがどこへ連れて行かれたかは、このままでは全くわからない。
「じゃあ、手掛かりなし……ですか」
「……いや、あるぜ」
「え?」
ランドは、どこか遠くを見るようにそう言った。
「最初、あいつ等は自分達を“領主の使い”だとか抜かしてやがった」
「……領主?」
「この近辺の領主は、確かキルゴアって名前の男だよ。特に悪い噂とかは聞かない人間だったと思ったけどね」
「へぇ……」
あまり馴染みのない“領主”という言葉に疑問を抱くリュウに対し、その辺りの事に詳しいステンが補足する。関係ないが、空気を読んだ的確なフォローは高いコミュニケーション能力の賜物かと感心するリュウ。
「俺も、領主がそんな事する人間だとは聞いた事ねぇ。だがそう名乗ったのは事実だ」
「じゃあ、その“キルゴア”って人に聞けば、何かわかるかも知れませんね。その人ってどこに住んでるんですか?」
「うーん確か……」
まだ本調子ではないランドの代わりに、ステンがその辺の説明をしてくれている。領主キルゴアはガンツのはずれにある、あの金持ちの別荘地帯に邸宅を構えているらしい。そうとわかれば、とっとと乗り込むのが良い。こういうのはなるべく早い方が何かと危機を回避できるものだと、リュウは知っている。ガンツとファマ村の間を行ったり来たりになってしまうが、まぁそこはこの際どうでもいい。
「じゃあ、すぐにそこへ行きましょう。で、デイジイさんが居たら連れ戻しましょう」
「……おい、リュウ」
「? ……何ですかランドさん?」
ごく当たり前のようにキルゴアの家に突撃すると言い放つリュウに対して、ランドは不思議な物を見るような目で、怪訝な声を上げた。
「……何でお前がそこまでする。お前等には直接関係ない事だぞ?」
「え、だって……」
「何言ってんの! あたし達だってデイジイさんにはお世話になったんだし、そんな人が困ってたら助けるのが当たり前じゃん!」
「えと……まぁ、そういう事ですはい」
「……」
キリッと良い事を言おうとしたらリンプーに取られてしまい、やっぱりあまり格好が付かないリュウ。しかし彼女の言い分はリュウと同じだからそのままで良い。デイジイには一宿一飯の恩義という物がある。それに放火の現場まで見てしまった状態で、見捨てるという選択肢は、最初から浮かぶことさえ有り得ないのだ。
「じゃあ、早速向かいましょう」
「……悪いな」
「なーに言ってんですかい旦那。そういうセリフは言いっこなしですって!」
「……ああ」
「……」
そんなステンとランドの会話を聞きつつ、リュウはファマ村からガンツへ行く前日の出来事を思い返していた。夕食の準備の時に来た妙な来客。彼に対しデイジイは非常に怒っていた。そしてその時聞えてきた言葉の中に、確か“領主”という単語があったはず。つまり恐らく、あれも何かしら関係があるのだろう。とすると、他にも聞こえた人名らしきものと言えば、“エカルさん”と言う単語が少し気になる。
「サイアスさんは……どうします?」
「……行く」
「ですよね」
と、サイアスも当たり前のように同行が決定し、リュウ達はまたもファマ村からガンツへと進路を取るのだった。
*
ガンツへと向かう前になるが、捕らえていた傭兵崩れの処遇をどうするか。相談の結果リュウ達は全員一致でランドに任せる事にした。いくら何でも殺したりはしないだろうが、まぁ当事者であるランドの気が少しでも晴れればいいと思った訳だが。
「……」
「ひ……わ、悪かった……俺達は只雇われただけで……」
「……フンッ!」
「ぶげっ!?」
「てめぇはもういい。とっととどこへでも消えちまえ」
「ひ、ひぃぃぃ……」
ランドは、自分の姿を見るや怯えて謝ってくるその男を無言で睨んだあと、意外にも一発ぶん殴っただけで釈放とした。胸中複雑そうな表情のまま、頬を抑えて慌てて逃げ去って行く男の背中を見るランドは、何を思っていたのだろうか。
「うーん、このペースだとガンツに着く頃には夕方過ぎって所かな」
「暗くなりすぎる前には着けるって感じですかね」
ステンの予測通り夕焼けから夕闇に変りそうな時分になって、ランドを加えたリュウ達一行は二度目のガンツに到着していた。そしてこの街をよく知るステンに案内され、別荘や邸宅が立ち並ぶ高級住宅地へと足を向ける。次第に見えてくるそこは、確かに金の掛かっていそうな大きな敷地を持つ家ばかりだ。
「確かに大きいし広いけど、でもそこまでに見えないのは何でだろうね」
「多分あのランドさんの家見ちゃってますし、ファマ村の方が色々と広いと言えば広かったですからね」
「あー、なるほどそっか」
そこは豪邸が“建ち並ぶ”と言っても一軒一軒の敷地がかなり広く、ファマ村とは別の理由で家同士の間隔が大きい。確かに景色も悪くないし過ごしやすい地域であるとは言える。だがほぼ全てと言っていい家に泥棒対策と思われる強固な壁が覆われていたり、それが無くとも門番を配置していたりと、厳重な警備が景観との間でミスマッチを起こしている感は否めない。
「ところでランドさん、デイジイさんが攫われた理由って、何か心当たりとかあります?」
「さぁな。母ちゃんは村じゃ働き者で通っていたし、誰かの恨みを買うとも思えねぇから、そこんとこはさっぱりだ」
「……」
今わかっている手掛かりは、キルゴアと言う領主がデイジイの誘拐に関わっているかもしれないと言う事だけ。ランド曰く、デイジイは当然のように周りとの人間関係も良好だったから、怨恨の線は薄いんじゃないかとの事。そうなると余計に狙われた理由がわからなくなるが、情報が少なすぎて悩んでも答えは出なそうだ。
そんな感じで物珍し気にキョロキョロしながら歩いて数分。とある巨大な屋敷の前で、先頭を行くステンが足を止めた。
「着いたよ。これが領主キルゴアの屋敷さ。でも前に言った通り、別に悪い噂とかはない平凡な男なんだけどねぇ」
「何これ!? あたしこんなでっかい家初めて見た……」
リンプーが驚く通り、その屋敷は確かにデカかった。今リュウ達が居る場所は巨大な門の前だが、その重々しい扉の向こうには、宮殿だか城だか分からないような立派な建物が建っている。前庭には噴水や花園が極普通に配置されており、ここが旧世界のヨーロッパかどこかなら、さらに高級リムジンが数台止まっていてもなんらおかしくないような雰囲気だ。
「ま、領主ってんだからこんなモンだろうよ」
「……」
「どうした相棒」
「!?」
「いや、何かどこかが変なような……ってランドさんどうかしました?」
「おいこのちっこいの……何で喋ってんだ?」
「ああ、そっから説明すんのかい……」
いきなりリュウの肩にいるフェレットが喋った事にギョッとしたランドが、え、何これと言った顔をしてボッシュを見ている。そう言えば説明していなかったと、少し面倒そうに話すボッシュに目を丸くするランド。そんな自己紹介の傍らで、リュウは目の前の豪邸に違和感を覚えていた。なんだろうと少しだけ辺りを見回して、大して考えなくともすぐにその正体に気が付いた。
「……何で、誰も居ないんですかね?」
門の隣に、門番の詰め所のような建物がある。……のだが、そこには何故か誰も居なかった。寂れていると言う程に放置されている風でもなく、ごく最近まで人が居たような気配は残っている。が、それだけだ。この人数で門の前に居ようものなら即注意されそうなのに、何もリアクションがない。
「食事時かなんかじゃないのか? それより、問題はどうやって会うかだ」
「……」
ランドの言葉に全員が押し黙る。ぶっちゃけ会う方法とか、リュウ達は全くのノープランだった。当たり前ながら門は施錠されており、門番も居ないから接触を図る手段がわからない。兵士が守っているという訳ではないから、いつぞやのように陽動を起こして強引に押し入るとかは意味がない。あの時リュウは、自分の記憶を頼りに半ば確信に近い物があったからこそ、荒事にしたのだ。今回は全く事情が違う。
「うーんじゃあちょっと気が引けますけど……みんなで上から飛んで行きましょうか? 俺浮遊魔法使えますし」
「いや、それは止めといた方がいいよ」
「? 何でです?」
「確か、この辺の金持ちの家にはみんな侵入者撃退用の魔法感知システムが設置されてるって聞いた事がある。おいら空飛んだ事なんてないから、落っこちてそれに引っ掛かる自信大有りだね」
「……」
確かに、浮遊魔法は全くの未経験者だと制御にかなり苦労する。ステンの言葉が事実だとすると、その何たら装置のセンサーに引っ掛かる可能性は高そうだとリュウは判断した。もしそうなったら悪いのは完全に不法侵入のリュウ達だ。万一にでも領主が関係なかったとしたら、非常に面倒な事になるだろう事は目に見えている。門をぶっ壊して強引に……等というのは論外だ。
「なぁ相棒、こう言う金持ちとの面会ってなぁ、普通なら誰か仲介役みてぇなのに頼むもんなんじゃねぇのかね?」
「あー、そうかもね。でも仲介役って……」
ボッシュの言葉は至極正道だ。普通に考えたらそれが一番早いだろう。とは言え、リュウ達にそんなコネがある筈もない。だがそこでリュウはハッとした。かろうじて領主と何か関係がありそうなものとしてさっき気になったあの名前。デイジイの怒鳴り声に含まれていた“エカルさん”とやらが思い浮かんだのだ。
「ランドさん、“エカル”って人、知ってたりします?」
「エカル……?」
と、リュウの言葉にランドは何かを思い出したような表情をした。
「ああ、ウチの村に以前から商売をしに来ていた男が確か“エカル”って言ったな。そういやそいつも富豪で、この辺に家があると聞いた覚えがあるな」
「へぇ」
なんとなく、その辺りの繋がりが見えてきた気配を感じるリュウ。そうなるとその“エカル”という人にコンタクトを取ってみるのもいいかも知れない。
「富豪って事でこの辺に住んでるなら、領主さんとも知り合いの可能性大きいですね」
「まぁ……そうだな。金持ちの事は、金持ちに聞くのが一番てっとり早いかもな」
と、母の手がかりが目の前にあるのに手を出せない事にイラつくランドが、鍵の掛かった門の方を忌々しげに睨んだ。
「じゃあここに居てもしょうがないですし、その“エカル”氏の家にも行ってみましょう。ステンさん場所わかります?」
「ん、問題ないよ」
既に辺りは夕闇から「夕」の字が消えかかっているが、そんな事はお構いなしで、ステンに案内を頼んで進むリュウ達。ランドの話から“エカル”氏は領主と違い、恐らく話しの出来る人である事は確実なので、まだ希望は持てると言うものだ。
(それにしても…………なんかなー、“エカル”ってどっかで……?)
道すがら、リュウはリュウで記憶の片隅に何かが引っ掛かっているような、気持ち悪い感覚を覚えていた。昔の記憶がどうという話ではなく魔法世界に来てからの話で、“エカル”という名前をどこかで聞いたような気がしているのだが、それが何の時だったか思い出せない。
「相棒、“エカル”っていやぁ、相棒の持ってる指輪の元の持ち主が、確かそんな名前じゃなかったかね?」
「! それだ!」
ボッシュに言われ、スパッと霧が晴れるようにリュウは思い出した。今リュウが持つ魔法発動体兼身体的異常防止の指輪、“竜のなみだ”が祀られていた城の持ち主が、確か“エカル”という名前だった事を思い出す。あの時は特に印象とかが薄かった為、記憶の片隅に追いやられていたようだ。
「着いたよ」
「っと、ここですか……」
領主の屋敷前からまた少し歩いた所に、エカル氏の邸宅はあった。流石に領主の屋敷程ではなかったが、それでも十分な豪邸である。こちらは門の前に、普通に門番が立っている。
「……ランドさん、“エカル”さんと面識ってあります?」
「いや、ねぇな。遠目にちらっと見た事があるくらいだ」
リュウは次にステンとサイアスの方も見てみたが、両者とも首を横に振った。誰も直接話した事などはないらしい。そうなると忘れていたとはいえ、一応ずっと前に会った事のあるリュウが一番関係が近いという、妙な結果が出来上がってしまっていた。
「ねぇねぇ所でさ、リュウってその人と会った事あるの?」
「まぁその……会ったと言うか……ちょっと以前色々ありまして」
「?」
興味津々で聞いてくるリンプーにどう説明するかと悩むリュウ。先ほどのボッシュとの会話で気になったらしいリンプー以外の面子も、頭上にハテナマークを浮かべているのがわかる。“紅き翼”としての依頼がどうだとか言うとさらに根掘り葉掘り聞かれそうなので、リュウは適当に誤魔化す道を選ぶ事にした。
「えーっと、それは後後話しますんで、まずは“エカル”さんとの面会のアポを取れないか聞いてきますね」
と、リュウは周りの疑問を軽やかに保留すると、一人で門番に声を掛けに行った。
「ふわぁぁ…………うん?」」
「こんばんは」
「おや、なんだい坊や。何か用かな?」
暇そうに大あくびをしているちょっと小太りな門番の男。特にリュウに対して警戒するでもなく、普通に話し掛けてきている。こういう時は、子供の見た目だと楽だなぁと少しリュウは思ったりした。
「あの、実はここにいらっしゃるエカルさんにお会いしたいなー、って思ったんですが……」
「……? うーん、理由を聞いてもいいかな?」
「あ、その……」
門番は優しげな感じで食いつきは悪くない。だがリュウは何も考えずに出てきた事をいきなり後悔した。会う為のニセの口実なんて何も考えていない。堂々と人攫いと関係あったりしますか、等と聞く訳にもいかない。しどろもどろになったリュウは、己のアドリブ心に任せてみた。
「えーと……お、お金持ちになるにはどうしたらいいのか、教えて欲しいなーって……」
咄嗟に口を突いて出た適当な答え。見た目十才程度のリュウがこんな現実的な質問とか、世も末だと思われてもおかしくない。案の定、門番の人は少し呆れたような顔をした。
「……ハハッ、そうだねぇ。そう言う事はもう少し大きくなってからね。さ、もう遅い時間だ。危ないから早くおうちへ帰りなさい」
「……」
ごく普通に子供の戯言と思われ、苦笑いで流されてしまった。リュウのアドリブレベルはイマイチなようだ。でも、とリュウは食い下がってみたが、門番の感触はよろしくない。それでもしつこく“話聞きたいんです攻撃”を繰り返すリュウ。しかしやはり取り次いでさえくれない。ある程度予想出来ていたとは言え、暖簾に腕押しとはこの事である。
(うーん……)
「なぁ坊や、もういい加減諦めてくれない?」
「……やです」
「はぁ……そうは言ってもねぇ」
中々諦めないリュウのしつこさに、少しずつ対応が面倒そうになってきた門番。それが逆に、一気にイケるチャンスかもとリュウに思わせた。タイミングを見計らい、門番のストレスが溜まってきたところで、リュウは最後の手段に出てみる事にした。
「じゃあ、“紅き翼”の者が会いたいと言っているって伝えてもらうのも駄目ですか?」
「……紅き翼? 今度は一体何の事なんだい?」
「お願いです、その一言だけでいいですから伝えてください。これが最後ですから!」
「あーもう、わかったわかった。言うだけ言うから、それで駄目だったら帰りなよ?」
「ありがとうございます!」
(計画通り……!)
と、リュウは謙虚そうなお礼の言葉の裏で精一杯悪そうな顔を密かに浮かべてみる。それは一種の賭けだった。“紅き翼”は、以前エカル氏からの依頼をこなした訳だから、その名を伝える事が出来ればイケるかも知れないと踏んだのだ。門の隣にある小さな詰め所に引っ込んだあと、その中で門番は電話のような機械に向かって喋っている。合格発表を待つようなドキドキの中で、リュウは門番が驚愕の表情を見せている様子がわかった。どうやら、賭けには勝てたらしい。
「いやぁ家の中は無理だけど、後で尋ねるからガンツの宿で待っていてくれだとさ。たまげたなぁ。なぁ君、さっきの“紅き翼”っていうのは暗号か何かなのか?」
「いえまぁ、ちょっとした事です。それじゃ、ありがとうございました」
出てきた門番が心底不思議そうに中継ぎの情報を伝えてくる。それに愛想笑いでお礼を言うと、リュウは待たせていた面子の所へと戻り、アポが取れた事を伝えた。驚くリンプー達の傍で、リュウはいつ何時どんな伝手が活きてくるものなのか、全く人生って本当どこで何が役に立つかわからないなぁと思ったりした。
「ねーリュウ、一体どんな手使ったの?」
「おいらもわかんないな。どうやったんだい?」
「えーと、まぁ色々と複雑な事情がありまして……」
「ふ…………不思議……」
まさかの一発OKのせいでリュウの謎が深まり、さらに大きな質問責めにあうことになったのは、色々と話すのを先延ばしした事によるツケである。流石にスルーは厳しくなって来たので、道を歩く過程で長々と説明する羽目になるリュウと巻き添えのボッシュだった。
そうして大人しくガンツの街のへと戻り、宿を取ったリュウ達一行。広めの部屋に集まり時間と格闘していると、ちょうど真夜中の0時になった頃、コンコンとドアがノックされた。