炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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3:猿と犬

 子供の体格を利用して人だかりを掻き分け、リュウはその最前列へと滑り込んだ。輪の中心に居たのは、ちょっと普通とは違う空気を纏った二人の人物だ。何やらこれから行う大道芸のようなパフォーマンスの説明をする所らしい。

 

「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 本日は日頃からご愛顧下さっている皆々様に感謝の意を込めて、特別のご奉仕にとやって参りました!」

 

 軽快な叩き売りのような口上で盛り立てているのは、その二人のうちの片割れだ。青い半袖のベストを着込み、手足が長く道化のような雰囲気の男。どこか人を食ったような飄々とした態度を取る男の出で立ちは……何というか本当に猿そのものだった。彼こそが話に聞いていた“高山族(ハイランダー)”なのだろう。

 

「さてお立会い! 私の隣に立っておりますこちらの先生! この先生にたった一発。一発攻撃を当てられた方全員に、何と一万ドラクマ差し上げちゃいます! 勿論今回は特別ご奉仕なので先生には目隠し、さらにはそこの円から少しでも出た時点で勝負あり! 挑戦のお代はお一人様三十秒で二十ドラクマだよ! さぁ腕に覚えのあるそこのお兄さん! 挑戦しない手はないよ!」

「……」

 

 そしてその高山族の男の隣にぬぼーっと立つ、先生と呼ばれた人物。周囲のざわつきを掻き消すような空気を纏う、ヒョロリとした犬の亜人。その風体を一言で表すなら、“長身痩躯の犬侍”だ。若草色の着物をいなせに着流し、片手には刀らしき物体を無造作に握っていて口には葉っぱを咥えている。前髪……というか前毛で目元を隠し、何を考えているのかはよくわからない。ちなみに彼のような犬や兎、狐の亜人の事は、まとめて“野馳(のばせ)り族”と言う。

 

「……!」

≪どした相棒?≫

≪あ、いや……≫

 

 ボッシュの念話に言葉を濁すリュウ。リュウはその二人に見覚えがあった。ランドと同様、記憶の中にはこの人達と同じ見た目の人物が存在しているのだ。そして注目したのは仕切り役の高山族の男。この街に来た目的であるランド曰くの“猿”は、十中八九あの人だろうと当たりを付けていた。周囲の人混みを見ても他に高山族は見当たらない。本命とのいきなりな遭遇である。

 

「さぁ次の挑戦者はこちらのお兄さんだ! 頑張って下さいね!」

「おう。手加減はしねぇぞ!」

 

 高山族の男の煽りを受けて、周りのギャラリーから様々な男達がその犬侍に挑戦しだした。ある人はハンマーを、ある人は長剣を。ぶんぶんと振り回して攻撃を当てようとするが、犬侍は柳のようにそれを避け、当然足元の円からも動かない。紙一重で避けているため、挑戦者に次は当たるかも、という期待を持たせるのが上手い。中々の手練だ。

 

「あー残念、ここで時間切れだ! 惜しかったねーお兄さん! あと少しだったのに!」

「ぐっ! ちくしょう!」

 

 既に高山族の男の後ろは挑戦したいと思うギャラリーで溢れ返り、行列が出来てしまっていた。あの犬侍の強さ的に恐らくこのギャラリー達では手も足も出ないだろうに、それを上手ーく隠している。些かインチキ臭いがまぁこれも商売だ。この二人はかなりのやり手だとリュウは分析した。ついでに言えばリンプーやボッシュの目を引いて、自分の出費を抑えてくれる絶妙なタイミングでの出現を心の中でちょっと黒く感謝していたりする。

 

「ね、リュウ!」

「おわっと……リンプーさんいつの間にここに……」

「あはは、脅かしてゴメン。実はあれ、ちょっとあたしもやってみたいんだけどさ」

「はい」

「だから、二十ドラクマ頂戴!」

「……」

 

 と、いつの間にか隣に来ていたリンプーはリュウにそう言ってシュタッと手を差し出した。目が凄いキラキラしており、これは断っても無駄だとリュウの本能が囁いている。まぁ明らかなイカサマなら止める所だが、見た所あの犬侍は素の実力で挑戦者の攻撃をかわしている。リンプーならば攻撃を当てられる可能性はある。

 

「じゃあ一回だけですよ」

「うん! ありがと!」

(……うむ!)

 

 にぱっと笑うリンプー。何がうむ! なのかリュウは自分でもよくわからないが、彼女の笑顔に負けた今のリュウの気持ちを蔑む事は、男ならば誰もしないだろう。きっと多分恐らく。

 

「さぁ次は……おっとここで異色のチャレンジャーの登場だ! 次の挑戦者はこちらのフーレン族のお嬢さんです!」

「行くよ!」

 

 ビシッと、リンプーは背中に背負っていた武器(にゃんにゃん棒と言う名前らしい)を構えて、犬侍と対峙した。

 

「……!」

(お……?)

 

 それを見た……と言うか、目隠し越しに察した犬侍は、それまでのんびりとした緩やかな雰囲気を一変させた。油断ならない相手が来たと気配でわかったらしい。じりじりと隙を伺うリンプーと犬侍との間に、緊張が走る。

 

「……やっ!!」

「……!」

 

 そしてリンプーが掛け声と共に、一気呵成に犬侍へと襲い掛かった。縦横斜め。正しく縦横無尽に振るわれる棍。攻撃の風切り音がそれまで挑戦していた男達の物とは全く違う。フーレン族の長所である柔軟な筋力を余す所なく発揮し、そのスピードは凄まじいの一言だ。

 

「おお! これは凄い! まさに豪華絢爛な演舞を見ているようです!」

 

 高山族の男がそれを囃し立て、ギャラリーも応援を忘れて見入っている。リンプーの攻撃はまさにレベルが違い、一線を画している。だが、犬侍も伊達ではなかった。縦の攻撃も横の攻撃も、目隠ししたままなのに紙一重でかわし続けているのだ。

 

「やっ! たぁっ!」

「……! ……っ」

(あと十秒……)

 

 リンプーも制限時間が迫っているのがわかっているらしい。最後の十秒、ラストスパートを掛けて、華麗な棒術で攻め立てる。しかしやはり犬侍の方も軽やかな動きで、それを巧みにかわし続けている。これは犬侍の方が一枚上手かな。と、リュウが冷静にそう判断した時だった。

 

「やぁぁぁ!!」

「……っ!」

(あ……)

 

 最後の最後。リンプー渾身の打ち降ろしが犬侍を掠めた……ようにリュウには見えた。着物の裾部分を僅かに捉えた……かも知れない。証拠は曖昧だが、リンプーのやった、という表情と、どこか悔しげな雰囲気を出す犬侍の姿が、正解を暗に示している。

 

「ねぇ! 当たった! 今当たったよね!」

「あー、うーん。残念お嬢さん。その前に時間が切れてたよ、うん」

「えー!?」

 

 と、嬉しそうなリンプーに対して司会役の高山族の男は否を唱えた。言われてみれば確かに制限時間の最後で微妙なタイミングだった。過ぎていると言えば過ぎていたし、過ぎてないと言えば過ぎてなかったような。そんな際どい所だったのだ。

 

「おい、今ちょっと当たったんじゃねぇか?」

「え、当たったか? よく見えなかったけど」

「次! 次は俺がやるぜ!」

 

 ギャラリーの方も今の疑惑の判定にざわざわとしている。ハイスピードカメラでもあればわかったかも知れないが、生憎そんなものが都合よくここにある訳がない。

 

「何言ってんの当たったじゃん! ほら、着物のあそこほつれてるし!」

「いやいやお嬢さん、それはあなたの勘違いですよ。アレは最初からああだったんです。ええ」

 

 高山族の男とリンプーの問答が少しの間続いたが、結局リンプーは口で勝てず渋々リュウの元に戻ってきた。最終的に今のはノーカンとなってしまったようだ。うまい具合に丸め込まれたとも言え、リンプーのイラつきはかなりのもののようだ。

 

「えっと……残念でしたね」

「っもう! 絶対最後のあれ当たったよね! 何なの、あんの猿! あいつが相手だったらボッコボコにしてやるのに!」

「あはは……」

 

 流石にリンプーは納得が行かない様子でご立腹だ。そしてそんな彼女をリュウが宥めている間にも、次々と挑戦しては失敗していく周囲の男達。徐々にだがこれちょっと無理なんじゃね? という空気がギャラリーにも伝染しだし、手を上げる挑戦者が居なくなっていく。

 

「あれ、どうしました皆様! もう勇敢な挑戦者の方は居らっしゃらないんですかー?」

 

 最後の一人がトボトボとギャラリーの輪に戻っていったあと、誰も挑戦しなくなったその場で高山族の男が煽っていた。周りはざわついているが、どうやってもあの犬侍には勝てなそうと思い、皆二の足を踏んでいる。そんな周囲を適当に伺っていると、少しイライラが収まったらしいリンプーがこっそりリュウに耳打ちしてきた。

 

「ねね、リュウはさ、コレやらないの?」

「……」

 

 訪ねたリンプーに答えないリュウ。そんなリュウは、実は迷っていた。犬侍は、実際かなりの腕前である事は確かだ。だが今のリュウならば、自惚れでなく捉える事が出来るだろう。ただ、リュウは子供だ。今までの挑戦者がダメだった所を、自分のような子供が公衆の面前で叩き潰してしまうのは、何と言うか犬侍や周りの男達のプライド的にあんまり良くないかなーなどと思っていた。

 

「うーん……」

「よし、じゃあやろう! 今すぐ!」

「え」

「はいはーい! 次はこの子がやるよ!」

「あちょっと!?」

 

 するとリンプーが煮え切らないリュウの沈黙を押し切り、勝手にその手を取って挙手してしまった。

 

「お! 勇気ある坊や! 見所あるねー、周りのお兄さん達の仇を取れるかな!」

 

 と、それを見た高山族の男が煽りまくる。周りの人達からもこの微笑ましい挑戦者に「頑張れー」「いけーチビッこー」とかやたらと盛り上がってしまっている。流石にここで「やっぱいいです」とか言ったとしたら、空気読めよこらぁってな視線で蜂の巣にされてしまいそうだ。リュウは実はその手の視線に非常に弱いのだ。

 

「えと……じゃあ、はい」

 

 リュウは仕方なく財布から二十ドラクマ取りだし、高山族の男に手渡してトコトコと犬侍の前までやって来た。

 

「さぁ! 次の挑戦者はこのお子様だ! 先生に当てる事は出来るでしょうか! 制限時間は三十秒! どうぞ!」

 

 どうぞという合図で、リュウは犬侍に対して一応真面目に構えてみた。集中して相手の隙を見つけようと雰囲気を一変させる。そしてその瞬間目隠ししている犬侍は、先ほどリンプーに対して取った以上の、まるで強大な敵に相対したかのような緊張を見せた。近付いたら斬ると言わんばかりに、刀の柄に手が掛かっている。それは確かに隙のない構えだったが、リュウにはそれでも強引に当てにいける自信はあった。

 

「……」

「……」

「あ、あの……ちょっと、旦那……何もそんな……」

 

 真剣に見合っているリュウと犬侍。二人の間に漂う予想外の緊迫感に驚き、高山族の男は焦りだしていた。犬侍が本気を見せている。何もこんな子供にそこまでしなくても、と。周囲のギャラリー達にもその妙な空気が伝わっているのか誰も喋らない。ビデオの一時停止ボタンを押されたかのように動かないリュウと犬侍。十秒、二十秒。耳に痛い沈黙が場を支配したまま、時間だけが過ぎていく。

 

「……」

「……」

 

 あと五秒。このまま何もせずに時間を終えたら、非常に詰まらない絵にしかならない。見世物としてそれはダメだろと、そんな無駄な気を回したリュウは足に力を込めた。一気に決めてしまおうと瞬動の体制に入った、まさにその時……

 

「……いい」

「!」

 

 ……突如、それまで一言も発さなかった犬侍が口を開いた。

 

「だ、旦那、何を……?」

「……。負けで……いい」

「!」

 

 そう言って、フッと犬侍は緊張を解いた。元の緩やかな雰囲気を取り戻し、刀の柄からも手を離してぬぼーっと立つ姿勢に戻っている。その後、目隠しに使っていた布をぐいと取り、前髪の奥に光る眼で、一瞬だけリュウの方をちらりと一瞥した。

 

「お、おいおいなんだよどうしたんだよ!?」

「え、もう終わりなの!?」

「まだ何もやってねーじゃねーか!」

 

 不完全燃焼な結果にギャラリー達が騒ぎ出す。だが犬侍はやる気が失せたらしく、先程まで立っていた場所からスタスタと歩き、輪を抜けてどこかに行ってしまった。あーうー唸っていた高山族の男は仕方なく、まとめに入る。

 

「えー、あースミマセン。旦那はちょっと調子が悪くなってしまったようなので、本日は

これにてお開きにしたいと思います! 挑戦してくださった方、そして見物客の皆様、ありがとうございましたー!」

 

 と、高山族の男は強引にパフォーマンスを打ち切り、さっさと金勘定をして片付け始めていた。周りのギャラリー達も最後こそちょっと納得いかなかったものの、まぁこんなもんだろうとざわつきながら解散していく。そんな中リュウもリンプー、ボッシュの方へと戻っていった。

 

「ねー、リュウ。一体何がどうなったの?」

「えと、一応俺が勝った……のかな?」

「手出してないのに?」

「うーんどうなんですかねぇ」

 

 犬侍はリュウの実力を正確に見切ったのだろう。そして、だからこそ自らの負けを悟ったのだ。見た目通りの潔さに、リュウは素直に好感を持った。そんなこんなで見世物が終わり特に他に行く所もないので、その場に残っていたリュウ達一行。するとそこへ、片付けを終えた高山族の男と犬侍が近付いてきた。

 

「いやぁ参った。旦那があんな態度を取るなんて坊や只者じゃないねー。おいらビックリしちまったよ」

「……」

 

 と、かなりフレンドリーに話しかけてくる高山族の男。その感心ぶりは演技などではないようだ。隣に立つ犬侍は何も喋らないが、敵対しようとする様な雰囲気はない。リュウとしても二人が自分の方に来てくれたのは都合が良かった。ランドが言っていた探し人である“猿”が、恐らくこの人じゃないかと思っていたから丁度いい。

 

「あ、おいらはステンってんだ。で、こっちがサイアスの旦那さ。よろしく。それとさっきは意地悪して悪かったね、そっちのフーレンのアネさん」

 

 と、高山族の男……ステンはさらりと謝罪の言葉を口にし、リンプーに軽く頭を下げた。

 

「あ、ご丁寧にどうも。俺はリュウと言います」

「あたしはリンプー。まぁさっきのはもういいけど、アネさんっていうのはやめて」

「わかった。リュウにリンプーのアネさんだな。ここへは観光に来たのかい?」

「……」

 

 とても気さくな感じのステン。人懐こさはリュウの記憶と大した違いはない。微妙にからかわれていると感じたリンプーのこめかみにピクりと青筋が入ったのは、わかっていたけどリュウはスルー。

 

「観光もなくはないんですが、実は俺達はある人から人探しを頼まれてまして」

「人探し? へー、こんな場所にねぇ。じゃあま、もし良けりゃさっきのアネさんへのお詫びに案内してもいいよ? 知ってるヤツだったらだけどね」

 

 と、リュウ達にとって中々ありがたい事を言うステン。だがしかし、さすがにリュウの言う“探し人”が、ステン自身の事だとは思っていないようだ。

 

「あー、実は探してるのは高山族(ハイランダー)の方でして。“猿”と言えばわかると、俺に頼んだ人が言ってまして……」

「! え、ちょ……まさか……ちなみにその頼んだ人って……?」

「ランドって言います」

「あっちゃー……やっぱランドの旦那かぁ」

 

 リュウの言葉を聞いた瞬間、ステンは天を仰いだ。リアクションからすると、やはり彼がランドの言う“器用な知り合い”だったらしい。まぁ他にこの街に猿っぽい人間は居ないようなので、間違いようがないが。

 

「あ、やっぱりステンさんがそうでしたか。きっとそうじゃないかなーとは思ってたんですが」

「ああ……まぁその……そうさ。ランドの旦那とは昔からの知り合いでね。……あー、ただなぁ……こんな風に呼び付ける時ってのは、大抵碌な事じゃないんだよなぁ……」

 

 と、何やら過去のランドの所業を思いだし、非常に行きたくなさそうにするステン。まぁ確かに今回も土木作業を手伝わせるために呼ぶのだから、その勘は十分に当たっていると言える。

 

「別にいいじゃん。ちょっと人手が欲しいだけだよ。家を建てるために」

「は? 家ぇ!?」

 

 と、リンプーの言葉の意味が分からず驚くステン。まぁいきなりそれを言っても訳がわからないだろう。取り敢えずリュウはガトウ経由でランドを紹介され、そのランドが助手としてステンを探して来いと言った経緯を順序建てて説明した。

 

「……はぁ、なるほどそれでおいらをねぇ。うーん、まぁおいらとしてはお金を貰えるなら行ってもいいけど……サイアスの旦那はどうしますかい?」

「……」

 

 どういう繋がりなのかは知らないが、ステンと共に居るらしいサイアス。垣間見せた実力からして、何故こんな大道芸紛いで口糊を凌いでいるのだろうか。そんなサイアスは先程から顎に手を当てて一言も喋らず、何事か考えている。

 

「い……」

「?」

「行く……」

「ほ、こりゃ珍しい。旦那も行きますかい?」

 

 と、何故かサイアスもリュウ達に同行する気らしい。無口と言うか寡黙と言うか、会話が明瞭簡潔過ぎて、中々コミュニケーションを取るのが難しい気がするリュウである。

 

(それにしても……)

 

 二人の見た目はどう見ても犬と猿の凸凹コンビだ。よく言われる“犬猿の仲”なんて言う話は、流石に亜人にまでは通用しないのだろうか。そんな不思議な組み合わせに、どうでもいい突っ込みを入れたい気持ちを抑えるリュウだった。

 

 

 

 

 それから、リュウはステンとちょっとした交渉を行った。ステンのお金が欲しいという話に対して、なら見世物の中でサイアスが負けを認めた事による支払い一万ドラクマをチャラにします、という条件を持ち掛けて手打ちにしたのだ。実はリュウとしては“あの勝負に勝ったらお金が貰える”という事をスッカリ忘れていたので、ステンからその話を出してきた事はむしろありがたかった。懐具合は全く痛まずタダで受けてもらったも同然だったりする。

 

「じゃ、ちょっと色々準備があるから、出発は明日の朝でいいかい?」

「ええ、大丈夫です」

 

 そういう訳でリュウ達はその日ガンツで一泊し、次の日になってから再びファマ村を目指すことにした。ステン達も長期滞在していた荷物の整理があるので、すぐに、とは行かなかったのだ。宿に着いてから買い物をしてなかったーと気付いて騒ぐボッシュとリンプーを宥めるのに、リュウが大層苦労したのは余談である。

 

 そうして翌日の午前十時頃にガンツを出発したリュウ達。道も半ば程を過ぎたぽかぽか陽気の中、休憩がてらリュウは腕によりをかけた昼飯を振舞った。どちらかと言えば、一刻も早く新しく手に入れた調理器具の性能を試してみたかった、というのが大きいが。

 

「コレがリュウの作った飯! うはぁっ! 何だこれ美味すぎる!」

「あ! ちょっと! それあたしの分だよ! 返せ!!」

「へへっ、すいやせんね。この肉がおいらに食われたいってさ。ハムッ……ゥンまぁーーい! 味に目覚めたァーッ!!」

「あーーー!! よくも! この馬鹿ステン!!」

「ウキャキャッ! 悪いねアネさん! おいらだってそう簡単には捕まらないよー!!」

「アネさんってゆーな!」

「あの、おかわりあるんで暴れるのは……」

 

 人数が増えた事で、何だか随分と騒がしい事になっている食事風景。食べ物の恨みが怖いのを重々承知しているリュウは、こんな事もあろうかと多めに作っておいた。それが功を奏し、おバカな争いはすぐに収まる。取り合いする程喜んでくれるのは正直嬉しいが、もう少し静かにしてくれるともっと嬉しいとちょっと思うリュウである。

 

「う……美味い……」

 

 そんなギャーギャー賑やかなステンとリンプーに比べ、サイアスの落ち着きぶりは凄かった。まるでそこだけ時間が止まったかのような、実に静かな食べっぷりだ。時折空をぼーっと見ているが、一体何を考えているのかリュウにはさっぱりわからない。

 

「それにしてもリュウはすげぇね。これだけの料理を作れるのもそうだし、旦那に見せた気迫もあるし、それでいて全然威張らないし。いやー、おいら参ったよ」

「だろ? 俺っちも相棒の料理の腕は結構買ってんだぜ?」

「……まぁペットかと思ったフェレットが喋るってのにも、かなり驚いたけどね」

 

 例によってボッシュは、相手がリュウと仲良くなったと判断するとごく普通に喋っていた。ステンもサイアスも最初こそ多少驚いたものの、まぁ普通に流してくれている。物静かなサイアスもボッシュに対しては多少興味がある感じなのだった。

 

 そんなこんなで休憩を終え、再び歩いてファマ村へと到着したリュウ達。ガンツの機械的な見た目とは正反対な、昔ながらの農村風景が目の前に広がる。何となくどこかほっとするというか、懐かしいような感覚を覚えるのは何故なんだろうと自問自答するリュウ。

 

「いやぁココも変ってないみたいだねぇ。ランドの旦那は元気にやってるかな」

「俺が訪ねた時は、デイジイさんに怒鳴られてましたよ」

「ははっ、ならいつも通りだね」

 

 どうやらあの親子喧嘩は、昔からの知り合いであるステンも公認らしい。叱られてる本人にとってはたまらないだろうが、見てる側としては微笑ましいというか何と言うか。ただランドもいい年だろうしお母さんが怒る気持ちもちょっとわかるかな、とリュウは自分の怠けグセを棚上げして、生意気にも上から目線で評価した。

 

「ここからが遠いんだよねー」

「もう走ったりはしませんよ?」

「わかってるよー。ステン達も居るしね」

 

 そんな感じに和やかな雑談をしつつ、以前に通った道を辿ってランドの家の方へと進むリュウ達。これで妖精達の所に家を建てられるな……と、リュウが割合スムーズに話が進んだ事に気を良くした頃だった。

 

「……あれ? ねぇなんかさ、あっちから黒い煙みたいなのが上がってない?」

「え?」

 

 リンプーからの報告に、俄かに緊張を帯びだす空気。本来ならばそこで見えてくるのは、あの何もかもが大きいランドの家であるハズ。だが、リュウ達の目に飛び込んできたのはそれとは大きく掛け離れたモノだった。濛々と立ち上る黒い煙。その根元に存在する真っ赤な炎。鼻に付くのは風に乗って運ばれてくる、物が焼け焦げていく匂い。

 

「え……そんな、何で!?」

「旦那の家が……!?」

「! 走ります!」

 

 ランドの家は、業火に包まれていた。リュウ達は全員猛然とあぜ道を走り、一分もかからないうちに家の前に到着する。間近まで来るとわかる。火の勢いの凄まじさ。木造で近くに水気もない為、消し止めるのが困難だとすぐに理解出来てしまう。

 

「ランドさん! デイジイさん!」

 

 リュウは大声で中に向かって呼び掛けた。だが轟々と燃え盛る炎の音に掻き消され、中まで届いているとは思えない。

 

「くっ……」

「旦那ぁ!! ランドの旦那ぁ! ちくしょう! どうなってんだこりゃぁ!?」

「早く! 早く火を消さなきゃ!! でもどうしよう水なんてどこにもないよ!」

「……」

 

 リンプー、ステン、サイアスが水源を探して慌てている中、リュウは即座にポケットからカードを一枚取り出すと、額に近づけた。

 

「消火、お願い!」

≪任せなさい。久々の出番ね!≫

「ハルフィール!!」

 

 リュウの頭上に掲げたカードから、眩い光と共に翡翠色の龍が現れる。我が儘水龍、ハルフィールだ。現れただけで空気が湿り気を帯び、火の勢いが僅かに弱まる。

 

「!?」

 

 突然龍がそこに現れた事で、リンプー達は最早混乱の極みと言っていい。だがリュウはそんな三人への説明を取り敢えず後回しにした。今は何より消火の方を優先だ。

 

「危ないんで下がっててください!」

≪それじゃ、行くわね!≫

 

 リュウの言葉に戸惑いながらもリンプー達は家の前から退避。それと同時に、ハルフィールの全身から強烈な光が発せられた。光は大きな球となり、ランドの家上空へ昇って黒煙を吹き飛ばす。球はそこで、今度は大量の水の塊へと変わった。ぷつっと穴が開くように水の塊から中身が溢れ出し、それは敷地全てを洗い流す巨大な滝となる。

 

「すご……!」

「こ、こいつぁ……」

「……!」

 

 家を押し潰す事無く、包んでいた炎だけを一瞬にして消し止めるハルフィールの大滝。大量の水は役割を終えると空気に溶けるかのように、音も無く消えていく。その光景を呆然と見ているのは、リュウとボッシュ以外の三人だ。

 

「ありがとハルフィール!」

≪……これだけ? なんかちょっと物足りないんだけど。その辺で暴れていい?≫

「いやそれはちょっと……」

 

 若干の不満を表明するハルフィールを宥め、何とかカードへと戻っていくよう説得する。そして呆然としている三人に声を掛けたリュウは、半分以上が焼け爛れている家の中へ入ろうとして……裏の方からドヤドヤ聞こえてくる人の声に、それを止められた。

 

「おいおい何だ今のはぁ!?」

「誰だぁ!? 俺らの仕事を邪魔すんじゃねぇぞ!」

「……?」

 

 ランドの家の裏手からゾロゾロ現れたのは、傭兵のような出で立ちの男が数十人。いずれもナイフや剣、槍、棍棒などで武装している。その中で少し妙なのは、立ち位置的にボスかと思われる所に、まるで盗賊としか思えない風貌の男が一人居る事だ。

 

「……何ですかあんたら?」

「あぁん? なんだぁ躾のなってねぇガキだな」

「お前らかよ、折角点けた火ぃ消しやがったのは。余計な事しやがって」

「……」

 

 傭兵崩れ達の一部が漏らした、自ら放火の犯人だと認めるセリフ。リュウにとってはそれだけで十分だった。何の目的でこんな事をしたのか知らないが、物取りだろうとそれ以外だろうとあまり差はない。ポケットの中でメキッと静かに、拳を握り締める。

 

「なんとか言えよこのガキ」

「……」

 

 リュウはそれ以上、この馬鹿な連中と会話などしたくなかった。だから何も喋らずに、背後にいるリンプー達の側へと寄っていく。リンプー達にも、この傭兵崩れ共が家に火を点けた犯人だと聞こえていた。だからだろう、皆リュウと同じような顔をしている。

 

「……取り合えず、こいつら蹴散らしてからにしましょう」

「おっけー!」

「はいよ」

「……!」

 

 リンプー、ステン、サイアスは、それぞれ得物を取り出した。リンプーは棍、ステンはナイフ、そしてサイアスは太刀。戦闘態勢を取り、身構える。

 

「なんだよやる気かよめんどくせぇ。おいおめぇら! 行きがけの駄賃だぜ! そいつらもやっちまえ!」

「オオ!」

 

 傭兵崩れ達の指揮を取ったのは、何故かボス的立場にいる盗賊のような風貌の男だ。どう見ても周りの連中と同列かそれ以下にしか見えないのに、偉そうに傭兵崩れ達に命令を下している。そして殺気立つ総勢五、六十人程の傭兵崩れ達。いずれも大した強さは感じられない。五十歩百歩の雑魚ばかりであるとリュウは看破する。

 

「……」

 

 抜刀。抜剣。振りかぶられる棍棒。リュウ達に向かって殺気剥き出して突貫してくる傭兵崩れ達。リュウは彼らに先手を譲るつもりはなかった。ポケットに突っ込んだままの右手に、龍の力を集めていく。これから使う技のベースは、ガトウが得意としていたあの技だ。何度も見た事で、単発ならば何とかラーニング出来ている。勿論それに自分式のアレンジを加え、芸の無い単なる猿真似では終わらせない。

 

「ふッ!」

「ふべっ!?」「ぼがはっ!?」「あぷっ!?」

 

 ポケットに突っ込んだままのリュウの手が、一瞬だけブレた様に見えた瞬間だった。何人もの傭兵崩れ達が、まるで何発もの拳で一度に殴られたかのように、一斉に後方へ吹き飛んだのだ。傍目からはリュウは何もしていないように見え、非常に不可解に思えるだろう。

 

「うは、リュウってばやるねぇ。何だい今の、魔法とかじゃないみたいだけど」

「一言で言えば、必殺技ですかね」

「へぇ~ぇ」

 

 リュウの見事な手際に感心するステン。今放ったのはリュウの新技、名付けて“ショットガン”だ。威力が高くて速度は速いが一度に一発分しか撃てないリュウ式の“無音拳”に、命中率は低いが一度に複数攻撃できる“散烈拳”をプラス。さらにそこへ“ねらいうち”を重ねる事で威力、攻撃範囲、命中率をカバーした凶悪な技である。本来ならガトウがやっていたように光の大砲でズドンとやってみたかったのだが、流石に咸卦法が使えないリュウには不可能な話だ。

 

「……っ!!」

 

 そしてそんなリュウに触発されたのか、軽口を叩くステンの隣からサイアスが飛びだした。あっという間に傭兵崩れ達の懐にまで間合いを詰めると、瞬速の居合いで一刀の元に斬り伏せていく。一応みねうちなのは、ここが村の中だと言う事に配慮しているらしい。

 

「この! てやっ!」

「っと、おいらも頑張らないとっ!」

 

 リンプーも武器であるにゃんにゃん棒を巧みに操り、手近な連中からフクロ叩きにしていく。そしてステンもナイフを器用に使いこなし、鮮やかな手捌きで迫る傭兵達を次々と無力化していった。実は真の実力を隠していたのかと思える程に、その姿は様になっている。

 

「!? こりゃやべえな……お前ら引け! 引くぞ!」

 

 指示を出していた盗賊は思ったより強いリュウ達に対して不利を察すると、すぐさま撤退の合図を出した。こいつらを全員逃してしまったら、今何をしていたのかの情報を得られなくなる。悪くない判断だとリュウは思った。周りの連中は逃げるとなると素早いようで、傷を負いながらも蜘蛛の子を散らすように四方八方へと走り去って行く。

 

「ほいっ……あ、動くと斬れちゃうよ?」

「あ……ぐ……」

 

 だがそれを見越してか、逃げ出そうとしていた一人をステンが既に捕まえていた。首筋にナイフを当て、明らかに素人ではない手際で四肢を拘束している。

 

「……こ、降参だ」

 

 捕らえられた傭兵は持っていた武器を足元に落とし、両手を上にあげて降参の姿勢を取った。それでもステンはまだ油断なく首筋にナイフを当てたまま。周りに居た傭兵崩れ達は既に逃げ去っていたが、まぁ情報を引き出すならば一人で十分だ。周囲に敵と呼べる気配が無くなった事を確認すると、リュウは大きく息を吐きだし、捉えた男の方へ向き直った。


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