炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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2:甲殻族

 ガトウメモを頼りに移動を始めて約一日半。たったそれだけの時間で、何とリュウ達はファマ村らしき場所に到着してしまっていた。エライ早いがその最大の理由は、リンプーとの徒競争が思いの他白熱してしまった事だ。最初の一回目でリュウが勝ってしまい、脚には自信があったらしい彼女がその後何度も勝負を挑んできたのだ。山岳地帯に突入してもそれは続き、最終的に急斜面での勝負でうっかりリュウが足を滑らせて負けるまで、スーパーかけっこタイムは続いたのだった。

 

「うわぁ何かこう田舎! って感じで、凄いのどかなトコだねー」

「確かにのどかですけど……ていうかすんごい広い畑……」

「俺っちは好きだぜこう言うとこぁよ」

 

 そんなリュウ達の前に広がる光景は、これ以上ないほどに見事な黄金色の絨毯だ。右を見ても左を見ても、小麦か何かの畑だけが延々と続いている。村人どころか家屋すら今の所見つかっていない。そのせいで本当にここがファマ村なのか、リュウ達は確証を得られないでいた。せめてどこかに“ようこそファマ村へ”みたいな看板があるか、「ここはファマ村だよ」と教えてくれる村人でも立っていてくれればいいのに、とリュウは理不尽な要求を胸に抱いていたりする。

 

「それでさー、何て言ったっけその探してる人の名前」

「“ランド”さんですね」

「“甲殻族”っつったら身体相当でけぇんじゃねぇのかね」

 

 わざわざこんな田舎までリュウ達が来た目的、尋ね人の名前は“ランド”という。種族は“甲殻族”。アルマジロの亜人の事で、やたらとでかい体格をしているのが特徴だ。ガトウメモによると彼は今、何でも屋のような仕事をする“よろず屋ナマンダ”をファマ村にて経営しているらしい。巨体の割に手先が器用で、建築なんかも得意だと書かれている。ガトウは彼と旧知の仲で、名前を出せば手伝ってくれるだろうと何故か可愛い絵柄付きで説明されていた。

 

(“ランド”って……)

 

 リュウの記憶の中で、“ランド”という名前には心当たりがあった。だがまぁ実際会ってみない事には、結局その人がどんな人かはわからない。精々姿と名前の確認くらいにしか通用しないのは、既に経験している通りだ。そんな訳でテクテクと畑のあぜ道を歩いているリュウ達。しばらく進んだ所で、ようやく民家らしき建物がポツンと一軒だけ見えてきた。

 

「しかしなんて広さだこの村……家と家の間がやたら遠いし……収穫とかどうやんだろ」

「ん? ……相棒相棒。あそこに人がいるぜ」

「マジで? ……ほんとだ。やった第一村人発見」

 

 民家へ向かおうとした途中、畑の中で作業しているらしい人を見つけ、あぜ道から大声を張り上げて道を聞くリュウ。そこでようやくここが本当にファマ村である事を知る事が出来た。ついでに“ランド”の家を知らないかと尋ねると、それもすんなりと聞けたのはありがたい話である。

 

「ここからどっちに行くって?」

「この道を真っ直ぐ行って、二番目の交差した所を左に曲がってまた真っ直ぐだそうです」

「ふーん。でも道が交差した所なんてここから見えないけど?」

「……」

 

 この村は、本当に広い。嫌になるほど広い。まるで地平線の彼方まで畑が伸びているかのようだ。このままのんびりと歩いていたら本当に日が暮れてしまいそうなので、リュウ達は教えて貰った方に軽く駆け出すのだった。リンプーがキラリと目を輝かせてリュウに張り合い、再び猛ダッシュ競争に発展するのはそれから三十秒後の事である。

 

「あ……ねぇ……あれなんじゃ……ない?」

「そうみたい……ですね……」

 

 この村に来るのに散々走ったというのに、リンプーの速度は落ちるどころかむしろ上がっていた。フーレン族の体力恐るべしである。取り敢えず無駄に走ったせいで流石のリュウも息が上がっているため、落ち着くようゆっくり歩いて息を整える。

 

 見えてきたのはごく普通……とは言い難い民家だ。何が普通でないかというと、その大きさ。質素な外観ではあるが、玄関から窓から何から全てが大きい。甲殻族の体格を考えれば仕方ないのかもしれない。そうして玄関前に辿り着いたリュウ達。呼び鈴が無いか探したがなさそうなので、リュウは古風な引き戸をノックしてみる事にした。

 

「すみませーん、ごめんくださ……」

 

 と、そこまで言いかけた次の瞬間だった。何と引き戸が内側からドガンと吹き飛び、中から大きな物体がゴロゴロ転がってきたではないか。咄嗟に飛び退いたが、危うくリュウは轢かれる所だった。

 

「!?」

「ぐぁあぁぁいってぇぇぇぇ!!」

 

 転がってきた物体は派手に四回転半程してバタリと倒れ、後頭部らしき個所を抑えて何だか呻いている。だがすぐに体を起こし、今度は出てきた家の中を怯えた顔で見つめて、何事かを訴え始めた。

 

「か、母ちゃん! 勘弁してくれよぉ!」

「何言ってんだいこの穀潰し! 仕事もしないで遊んでばかり! 今日という今日はあたしゃ頭に来たよ!」

「だ、だから俺はよろず屋を……」

「そんなセリフは、一アスでも稼いでから言うのが筋ってモンだよ! この役立たず!」

「ひでぇよ母ちゃん!」

「……」

 

 リュウ、ボッシュ、リンプーは、そのドタバタ劇を唖然と見ていた。ゴロゴロ転がってきた人物の正体は、それなりにいい年と体格をした亜人だ。そしてそれ以上の迫力を出す年配女性の亜人が、いつの間にかブッ壊れた玄関前に仁王立ちしていた。リュウの脳裏に某ガキ大将とその母親の姿が浮かんだのは無理からぬ事だ。ちなみに“アス”というのは、ドラクマの下の通貨単位の事である。

 

「……」

「……ん? あれま、何だいあんた達? もしかしてウチに何か用かい?」

「えーっと……その……」

 

 そこでようやく、怒鳴っていた年配女性の亜人はリュウ達に気付いた。一応自分の方に意識を向けられたので、リュウは恐る恐る、目的の人物が在宅かどうかをこの母子に尋ねてみる事にする。

 

「あの……すみません、俺達“ランドさん”という方を探しているんですが……」

「“ランド”? ああ、そりゃそこに転がってるウチのバカ息子の事だわねぇ」

「……」

 

 顎で転がってる方の亜人をしゃくる年配女性の亜人。なんと言うか、随所に垣間見える肝っ玉母ちゃん的なオーラ。 腰をさすりながらリュウ達の方をじろじろ伺う、いい年の亜人改めランド。

 

「確かに俺が“ランド”だがよ、俺にゃお前等みたいな知り合いはいなかった筈だが?」

「あ、はい。えーっと実はガトウさんからの紹介で……」

 

 リュウがそこまで言うと、ランドの顔は途端に険しい物に変った。

 

「ガトウだと!? 何だあの野郎、今どこにいやがる! お前居場所知ってんのか!」

「!? えっと……ひょっとしてガトウさんと何かいざこざでも……?」

「あンの野郎、散々俺との賭けに勝ったままトンズラこきやがって! 今ならギャフンと言わせてやるってのに……ああ、思い出したらまた腹が立ってきたぜ!」

「……」

 

 ぐぐっと悔しそうに握り拳を作るランド。ガトウ、という名前への食い付き方がとにかく凄い。今にもリュウに飛び掛って、襟首を掴んで来そうな勢いだ。だが実際にそれをしないのは、すぐそこで年配の亜人が睨んでいるからだろうか。しかしそれにしても何に怒っているかと思えばまさか賭けとは、リュウ達の想像を軽く超えていた。“なんかこの人凄く駄目な人っぽい”と、リュウだけでなくボッシュとリンプーまで思ったのは仕方ない。

 

「……で、ガトウの野郎が何で俺をお前達に紹介なんてしたんだよ?」

「実はその、ある場所に家を建てるのを手伝ってくれないかと……」

「は? 家だぁ?」

「あ、それと……ついでにこれも渡してくれと」

「?」

 

 そう言ってリュウは、ドラゴンズ・ティアからガトウの手紙を取り出した。嫌そうな顔をしたものの、一応その手紙を受け取るランド。身体が大きいからか、リュウとの対比の絵が凄い事になっている。

 

「おやおや、何か込み入った事情があるようだね。まぁ取り合えずお上がりよ。何にもない家だけどさ」

「え? いえそんなお構いなく……」

「子供は遠慮なんかするんじゃないよ。ほぅら、上がった上がった!」

 

 ランド母のスーパーかーちゃんパゥワーにより、リュウ達は問答無用で家の中へと上がらせられていた。居間の方に通され、そこで改めて自己紹介をする。聞いている間、ランドを怒っていた時とはうって変わってにこやかな表情を浮かべるランド母。ちなみに名前はデイジイと言うそうだ。

 

「全く恥ずかしい所を見せちまって悪かったねぇ。こいつが碌に働きやしないもんだからつい、ねぇ」

「俺はきちんと仕事してるっつってんじゃねぇかよ!」

「何言ってんだい! 単なる小間使いばっかりの癖に、偉そうな事言ってんじゃないよ!」

「うぐ……」

「……」

 

 二人の話からするとランドの方はメモに書かれていた通り、一応よろず屋はやっているらしい。しかしそうは言っても仕事を頼んでくるのは近所の村民だけ。その上こんな田舎村では少ない村民全員が顔見知りなので、頼まれ事がタダ同然でやりとりされているとの事。その為大きな収入になる事は滅多になく、ゆえに穀潰しと言われているのだった。

 

 デイジイに反論できなくなったランドは、仕方なくリュウから渡された手紙の方を読み進める事にした。そしてじっと最後まで目を通す事数分。読み終えると溜め息を一つつき、どこか腹立たしげにそれをグシャっと握り潰した。

 

「ちっ、ガトウの野郎め……」

「あの、それには何が?」

「あん? ……以前の勝ち分を勘弁してやるから、代わりにお前等を手伝ってやれとよ」

「……」

 

 どうやら、そこまでガトウは考えてくれていたらしい。流石に抜け目のないスマートダンディさんである。ランドが口を噤んで逆らえない所を見ると、ガトウに対する負け分はかなりの額になっていそうだ。関係無いが一体どんな賭博でそれだけ勝ったのか、ちょっと気になるリュウである。

 

「はん、いいじゃないか。お前も偶には余所様の所に行って、力仕事でもしてきな!」

 

 デイジイのかーちゃんパワーがまたも炸裂。ランドにこうかはばつぐんだ。ぐうの音も出ないとはまさにこの事だ。

 

「……まぁ、仕方ねぇ。わざわざこんなトコまで俺を頼りに来たみたいだし、請け負ってもいい」

「良かった。ありがとうございます」

 

 思ったより淡々と物事が進みそうでリュウはホッとしていた。そうそうこういうペースで進むのが普通なんだよと。しかしそんなリュウにランドは待ったを掛けた。一泊置いて「だが」と付け加えたのだ。

 

「……?」

「……別に俺一人で家を建てるってなぁ出来なくはないが、俺はどっちかと言えば力仕事の方が得意なんでね」

「はぁ」

「知り合いにちっとばかし器用な暇人野郎が居るから、悪いがそいつも呼んできてくれ。そしたら正式に受けてやるよ」

「……知り合い、ですか? どこに居るんですかその人?」

「ああ、今は確か……」

 

 ランドが言うその“器用な知り合い”は、このファマ村からさして遠くない街に滞在しているらしい。面倒臭そうなランドだが、何だかんだで色々と準備はしておいてくれるようで、素直じゃない所が巨体に似合わないツンデレ気配を漂わせている。

 

「はいはい話は終わったね。じゃ、あんた達今日はウチに泊って行きな。女子供だけで野宿なんて危ないったらないからね!」

「え、いやでもそこまでご迷惑を掛けるのも……」

「子供は余計な心配しなくていいんだよ。それにそっちのお嬢ちゃんはお疲れみたいじゃないか」

「え?」

 

 気がつくと、リュウの隣でリンプーはこっくりこっくり船を漕いでいた。やはりここに来るまで走りまくった事による疲労はしっかりと溜まっていたようだ。充電メーターがゼロか百かしかないようで、どこか子供っぽい感じなのが微笑ましい。

 

「いいから、気にせず今日は泊まって行きな。久々のお客さんだからね。私自慢の料理をごちそうするよ」

 

 結局リュウは、デイジイのありがたい厚意に甘える事にした。確かに外は大分暗くなってきていて、今からランドの言う街に向うのもどうかと言う時分だ。ほぼ眠りこけているリンプーに毛布を借りて掛けてから、ならばとリュウは気合を入れて立ち上がった。お世話になるなら、せめて夕食の手伝いをするのが武士の情けだ。

 

「夕食の準備、俺も手伝いますよ。こう見えても結構出来るんです俺」

「おやそうかい? じゃあ悪いけど頼もうかね。全く、どこかのボンクラも坊やくらい気が利けばねぇ」

「……勘弁してくれよ母ちゃん……」

「あはは」

 

 そんな訳でランド宅の台所でデイジイと共に、リュウは夕食の準備に取り掛かった。素材は勿論、この村で獲れた新鮮な野菜が中心(小麦以外にも栽培していたんだとリュウがこっそり思ったのは秘密)。それに加えて付近の野山で獲れた猪のような動物の肉。さらにドラゴンズ・ティアから取り出した新鮮な魚。これだけあれば、かなり豪勢な夕食に仕上げられるだろう。

 

「へぇー自分で言うだけあって、いい手際だねぇ。その年で凄いじゃないか坊や」

「いやぁ本当に色々とあったもので……」

 

 まさか魔法世界の御伽噺に出てくる闇の福音に鍛えられました、等とは言っても信じて貰えないだろう。そんなこんなでちゃっちゃと進む調理の時間。そしてちょうど色々な料理が完成を迎えそうな、そんな時だった。玄関の方から聞いた事のない男性の声で「ごめんください」と聞こえてきたのは。どうやらまた誰かが訪ねて来たらしい。

 

「おや? 何だい今日は千客万来だねぇ。珍しい事もあるもんだ。坊や、ちょっとこっちの煮物、見ていてくれるかい」

「わかりました」

「全く誰だいこんな時間に……」

 

 デイジイは火に掛けっ放しの煮物をリュウに頼んでパタパタ……ではなく体格的にドスドスと音を立てて、新たな客への対応のために、応急的な修繕をされた玄関の方に向かっていった。

 

「何コレ超美味い……」

 

 こっそりと、くつくつ煮立つ煮物の汁の味を見てみたリュウ。出汁の味と甘辛さが絶妙で、これで煮付けられたらどんな食材だろうと十二分に美味しくなると思えるものだった。是非とも後でコツを教えて欲しいな、と無駄な凝り性の面が顔を出す。

 

「……デイジイさん遅いな……」

 

 その他の料理の具合も見たりしながら待つ事数分。中々デイジイは玄関から戻ってこない。何か訪問販売とかにでも捕まってるのかなーとリュウが考え、家中に漂う良い匂いに飛び起きたリンプーから「ご飯マダー?」というのんきな声が聞こえてきた頃……

 

「ふざけんじゃないよ!!」

 

 玄関から、デイジイの怒鳴り声が台所にまで響いてきた。思わず何だ何だと、そっちの方を見に行ってしまう覗き魔なリュウ。

 

「……ですがそれはあの方だけでなく、領主の御言葉でもありまして……」

「馬鹿を言うんじゃないよ! 領主なんざ知ったこっちゃないけどね、あのエカルさんがそんなこと言う筈ないだろう!」

(? ……なんだろ?)

 

 どこぞの家政婦のように柱の陰から玄関の方を覗いていると、裕福そうな身なりをした訪問者に対して、デイジイが鬼の様な顔で怒鳴り散らしているという光景がそこにはあった。

 

「しかし、あの方はあなたの為を思って……」

「いいから帰んな! あたしゃ意地でもここから動かないよ!」

「……」

 

 少しの間激しく押し問答していたデイジイと訪問者。だが強硬な態度のデイジイに困った顔をした訪問者は結局折れたようで、頭を下げて出て行った。ちらりと見えた態度や聞えた言葉使いから、リュウには訪問者の人柄がそれほど悪人には感じられなかった。

 

「まったく……」

「あの……何かあったんですか?」

「ん? あーいやいや驚かせちゃったみたいで悪かったね。アンタ達とは全然関係ない事だから、安心おしよ」

「はぁ……」

 

 台所へ戻ってきたデイジイに尋ねたものの、リュウは軽くはぐらかされてしまった。どうやらそれ以上食い下がっても教えてはくれなそうだ。なのでその事は一旦頭の片隅に置いておきつつ、リュウ達は料理の仕上げに取り掛かるのだった。

 

「うわー凄い御馳走! それじゃ頂きまーす!」

「たんとあるからね、一杯お食べお嬢ちゃん」

「ありがとう!」

「母ちゃん、俺のは?」

「よそうのくらい、自分でやりな」

「……」

 

 その後、豪勢で美味しい晩御飯をリュウ達はみんなで頂いた。静かで孤独な食事も良いが、賑やかな食卓というのもまた良いものである。そして一晩泊めてもらったリュウ達は翌朝早く、ランドの言う“器用な知り合い”を探しに行く事にするのだった。

 

「今回はスパッと行くかと思ったんだけど、中々簡単には行かないね」

「そんなもんだぜ相棒世の中ってのはよ。まぁいいじゃねぇか、人を連れてくりゃいいだけだろ」

「まぁそうだけどね」

 

 ランドが教えてくれた場所は、ファマ村からほぼ一本道で行ける“ガンツ”と言う街だ。機械系の技術が発達した工業の都市で、ランドの言う“器用な知り合い”はそこに居るとの事。何事もなければいいなと思いつつ、リュウ達はそこへ向かうのだった。

 

 

 

 

 ファマ村を朝早くに出てから普通に歩いて約四時間。リュウ達は話に聞いたガンツの街へと到着した。確かに遠くないと言うのは本当のようで、まだまだ日は昇りきっておらず、午前中を示している。ガンツの街に入ってまず最初に目に付くのは、至る所で蒸気を吹き上げて回る歯車のような機械だ。工場だけでなく民家からも煙突が突き立っており、皆慌ただしく白い煙を吐き出している。何というか非常にスチームパンクな見た目の街なのであった。

 

「あ、見て見てリュウ! あの人凄い強そう!」

「うわ何ですかねあの筋肉。ていうか顔怖っ!」

「ありゃ確か……“鉄鬼衆”って名前の種族らしいぜ」

「へー」

 

 ボッシュの解説に感心する世間知らずなリュウとリンプーの声が被る。勿論ボッシュの知識もユンナの知識からの受け売りなのは言うまでもない。このガンツで暮らしている人間は、皆屈強な見た目である事が多い。その中でも最大勢力なのが牛の亜人、“鉄鬼衆”だ。この種族は見た目筋骨隆々で角を生やしたコワモテなのだが、実は中身は温厚な人が多い。見た目が怖いのに加え手先が非常に器用なのが特徴で、一族揃って冶金技術に秀でているという。

 

「何か向こうの方に、別荘とかがたくさん建ってるトコがあるみたいだね」

「別荘……おのれ金持ちめブルジョアめ」

「相棒、目が据わってんぜ」

 

 何故か金持ちを無条件で目の仇にする貧乏性なリュウ。ファマ村を含めてこの周辺は寒暖の差があまり激しくないため、ガンツの街から少し離れた高台方面には、金持ちの邸宅や別荘が軒を連ねる一帯があった。空気が綺麗で景色も良い。確かに日頃の喧騒から離れて身体を休めるには、持って来いの立地なのかもしれない。

 

「あ、ねぇねぇあっちにはお店がたくさんあるよ!」

「金物屋……? なんだろ武器屋防具屋ってんじゃないのかな」

「そういう金属類を一手に引き受けてんじゃねぇのかね」

 

 この街の名産品は、当然のように金物だ。外観と住んでいる種族が指し示す通り、この街は製鉄機械系の技術が非常に栄えている。その為武器や防具は言うに及ばず、鍋なんかの日用品も、良い品が安く手に入る場所なのである。

 

「ていうか、流石に人多いね」

「まぁあの寂れた農村に比べりゃ、どこもそう見えんだろうなぁ」

「ランドさんの言ってた情報結構アバウトだけど大丈夫かな……」

「なぁに特徴はわかってんだ。いざとなったら片っ端から聞き込みすりゃいいじゃねぇか」

「……それもそっか」

 

 意外と楽天的な考えのリュウとボッシュ。ランドが言う“器用な知り合い”の見た目は、一言で言うと“猿”であるらしい。それは別にあだ名でも何でもなく、見た目そのまま猿の亜人の事で種族名を“高山族(ハイランダー)”という。この街で高山族は目立つから、すぐわかるだろうと言っていた。

 

「うーん出来ればその前に武器とか鍋とかも見てみたいなぁ」

「そりゃ順序で言ったら後でもいいんじゃねぇか?」

「まぁそうだけどさー……」

「あ、でもホラ、すぐそこのお店でタイムセール? みたいなのやってるよ?」

「何ですと」

 

 リンプーが指差す店の軒先には、午前中に限り全品十パーセントオフと書かれた幕が立っている。こういう限定的なのにうずうずしてしまう辺り、リュウの中身は典型的なジャパニーズだ。見事に販売戦略に引っ掛かっている。思わず覗き込む店の中には、雑多でメタルな日用品などがわんさと犇めいていた。

 

「よし、じゃあ人探しは一旦置いといて、まずはあそこ行きましょう」

「あたしああいう店あんまり行かないから楽しみだな。何か面白い物あるかな?」

「なぁ相棒も嬢ちゃんもよぉ、そんなのぁ後でも……」

「……わかった。ボッシュお前にも何か一つ好きなモン買ってあげよう」

「よし早くあそこへ行こうぜ相棒!」

「……」

 

 何だかんだでボッシュも大概現金なヤツである。そんなわけで人探しを後回しにし、適当に店を物色し始めるリュウとボッシュとリンプーだった。

 

 それからしばらくして。

 

「ふいー。中々良い物買えたかも」

 

 結局目に付いた店を次から次へと冷やかして周り、最終的に納得いく買い物が出来たと満足げなリュウ。手持ちが三万ドラクマあるおかげで大抵の品物には手を出せた。それでも大きさや性能を見比べて、一ドラクマ単位で散々迷ったりしていたのは生来の貧乏根性のせいだろう。

 

 だがその甲斐あって、一回り大きく耐久性も抜群な中華なべや、切れ味が落ちにくい包丁、そして無銘ではあったが掘り出し物の日本刀……まさに“剛剣”と自信を持って言えるような業物が手に入ったのだった。あまりに見事な剣だったので名前を付けようと思い立ち、ターロスだとか胴太貫だとか色々考えた挙句リュウはそれを“マンジカブラ”と名付けた。段々調理器具やら武器やらにマニアックになりつつある自分に、思わず苦笑いなリュウである。

 

 ……しかし何故魔法世界に日本刀が売っているのかについては、気にしたら負けという奴だろう。

 

「ねーねーリュウさー、あたしいい加減お腹空いたんだけどー……」

「俺っちも右に同じだぜ相棒……」

「っと、そうですねもうお昼……ってあれ……?」

 

 言われてやっとリュウは気付いた。街の広場にある大時計を見ると、何と既にランチタイムはとっくに過ぎて、長針が二周くらい回った時刻を指している。よくよく見ればボッシュもリンプーも、うんざりしたような顔をリュウに向けている。

 

「あー……」

「もー、リュウって買い物とかに夢中になると周り見えなくなるタイプでしょ」

「俺っち達何度も話しかけたんだけどなぁ?」

「……」

 

 どうやらリュウは買い物に夢中になり、軽く数時間ほど費やしてしまっていたらしい。ボッシュとリンプーは武器や調理器具なんかには早々に飽きてしまっていて、しかしそんな二人に全く気付かず一人だけ盛り上がってしまっていたようだ。色々と残念な性格が露呈しまくりなリュウである。

 

「あはは、いやー何で楽しい時間って、こんなにも早く過ぎ去るんですかねー……」

「……」

「……」

「……はい。ごめんなさい」

 

 二人のジト目視線が胸に響く。言い訳も今は効果がない。素直に謝るのが吉という脳内神主の言葉通り、リュウは二人に頭を下げた。

 

「じ、じゃあ、気を取り直してどこか適当にご飯の店でも入りましょうか」

 

 無理やり空気を流し、リュウ達は適当な食い物屋へと足を運んだ。入った店は、まぁまぁ流行ってそうな定食屋だ。味の方は……三人揃って可もなく不可もなくとの裁定を下した。流石に前日リュウとデイジイによる豪華な料理を食べてしまっていたせいで、ボッシュやリンプーの評価も辛口になっている。

 

「当然相棒の奢りだよなぁ」

「リュウって実は金持ちさんだもんねー」

「……。ええはい。そりゃもう喜んで払わせて頂きますとも……」

 

 そしてボッシュとリンプーが平らげた分も、払いは全てリュウ持ちだ。元はと言えば自分の失敗のせいなので何も言えない。さらに今日これからの出費は、ボッシュの物もリンプーの物も全てをリュウが負担するという事で、さっきの失態は取り消してやろうと二人は言った。これがこういう時に求められる、大人の“誠意”という物である。

 

「さーてじゃあ腹も膨れた事だし、人探しを再開して……」

「待てや相棒、俺っち達にも買い物させろってーの」

「ふふーん、さーてどこ行こっかなー」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 最早目的は人探しでなくウィンドウショッピングに取って代わられている。そんな訳で大通りを練り歩くリュウ達。しばらく様々な店をキョロキョロしながら歩いていると、何やら奥の方に人だかりが出来ているのが目に入った。昼食を取るまではそのような物はなかったはずだ。結構な数の人が輪になり、やいのやいの盛り上がっている。

 

「ありゃなんでぃ?」

「何々? なんか凄い楽しそーな予感がする!」

 

 とその輪が気になったリンプーが、ここぞとばかりにそちらへと駆け出した。何だろうとリュウとボッシュもゆっくり後をついていく。

 

「全く、リンプーさんもやっぱり猪突猛進て感じだなー……」

「相棒はぜってぇ人の事言えねぇよ」

「うっ……」

 

 ボッシュの鋭い突っ込みに言葉を詰まらせつつ、リュウはリンプーの後を追って人だかりの輪に入っていった。

 


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