炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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第九章
1:面倒


 そこは誰も知らぬ場所。神殿のような建物の、祭壇と思しき台座の中心。人とは思えぬほどの美を誇る女性がたった一人。静かに目を瞑り祈りを捧げていた。どれほどの時間そうしているのか、何の目的でそうしているのか、誰もそれを知る事はない。そんな女性の背後に迫る、規則正しい足音が一つ。

 

「……どなたですか?」

 

 女性は目も開けず、そのままの姿勢で足音の主に声を向けた。その声色はあたかも全てを包み込む聖母のようで、聴いた者は皆極上の安らぎに身を委ねた気分に陥る事だろう。

 

「お初にお目にかかります。僕は地のアーウェルンクス」

 

 足音の主……白髪の青年はそう名乗り上げると、祭壇の前でゆっくりと跪き、顔を地へと向けた。下を向くその顔に、感情の色は伺えない。

 

「……地の……そうですか。ではあなたは、“完全なる世界”の?」

「はい。この度はあなた様に御報告したい事があり、参上致しました」

 

 跪いたままの青年の言葉を受けて、そこでようやく女性は祈りの姿勢を中断し、青年の方へと振り返った。

 

「報告……それは、バルバロイの事ですか?」

「……ご存知でしたか」

「ええ。あの子は……バルバロイは、龍の民の生き残りに破れたようですね」

 

 その瞬間、女性はとても悲しそうな表情を見せる。しかしそれもほんの一瞬の事で、顔を伏せている青年が気付く事はない。

 

「はい。勇敢に戦った彼の亡骸は、僕達の方で手厚く弔わせて頂きました」

「……それで? まさかその事だけを伝えにきたわけではないのでしょう?」

 

 全てを見透かす女性の言葉に、青年は顔を伏せたままほんの少し、言葉を強くする。

 

「“計画”を、早めて頂くわけにはいきませんか?」

「何故です?」

「……」

 

 青年は答えない。彼女ならわかっている筈だと、微かにだけ下を向いたままの表情を固くした。

 

「いえ、不粋な質問でしたね。あなた方にとってはこちらの世界を救うことが、何より優先されるという事情は……わかります」

「……はい」

「ですがあなた達がそうである様に、私にとっては龍の民の生き残りこそ、看過出来ない問題なのです。それが解決するまでは、あなた方のお手伝いをするわけには参りません」

「……」

 

 女性の答えは青年の“期待”とは異なっていたが、“予想”とは合っていた。だから、青年は持ってきたその“案”を、彼女に提示する。

 

「わかりました。では……アレを僕達の方で片付ける事が出来たら、その時はお願いを聞いて頂けますか?」

「……いいでしょう。あなた達にあの生き残りを倒す事ができるのでしたら、その時は私の名に賭けて“計画”を実行致しましょう。ただし、期限は私が“保険”を掛け終えるまで。もしそれまでに出来ないようでしたら……」

 

 女性の声には、それまでの優しさこそ消えていなかったが……まるで凍えるような冷たさが、そこから先の言の端に混ざり込んだ。

 

「私は全力を持って、最後の龍の民の殲滅に当たります」

「……」

 

 それは青年達が最も恐れている事。自分達の“計画”を、大幅に修正せざるを得なくなる最悪の事態。そうならない為に、青年は準備を進めている所だった。彼女から言質を取る事が出来たのだから、今はそれでいい。

 

「……わかりました」

「あなた達の盟主にも、よろしく伝えておいてくださいね」

「はい。では、これで」

 

 青年は一度も顔を上げないまま、どこからか発生した水のゲートを通って姿を消した。誰も居なくなった静かな神殿。佇む女性は再び、いつ終わるとも知れぬ祈りの姿勢へと戻るのだった。

 

 

 

 

 リュウとボッシュとリンプーは、ジンメルの街を離れて人目のなくなった辺りまで来ると、フェアリドロップを使って妖精の住処へと移動した。目的はリンプーから妖精達へ狩りの仕方を教え込んでもらうため。上手くいけば、食べたがっていた肉も妖精達自身で確保出来るようになるだろう。

 

(これであいつらも、少しは感謝の気持ちとかを持ったりとかして……)

 

 ……などと、のほほんと構えていた時期が数十秒前までリュウにもありました。

 

「ケツいってぇ……っ」

「なぁ相棒、俺っちあいつ等に一言二言言いてぇんだけどよ……」

「ちょっとビックリしたけど、今の楽しかったね!」

「そ、そうですか……?」

「流石にフーレン族は逞しいぜ。相棒も見習えや」

「うっせー」

 

 リュウは今、盛大に尻餅を付いていた。原因は爆発しないという触れ込みだったフェアリドロップだ。使ってみたら確かに爆発こそしなかったものの、その代わりとでも言うかのように突然リュウ達の足元に穴が開き、落ちる仕様になっていたのである。

 

 そして浮遊魔法を使う間もなくどこかに尻から激突したと思ったら、そこはあの妖精達の住む山の崖の上だったという訳だ。一度じっくりと妖精達と話し合う必要があるなと額に怒りマークを浮かべるリュウである。

 

「それで、ここがその妖精さん達の住処なの?」

「そうです」

「ふーん。何か想像してたのよりずっと寂しい所だね」

 

 周りを珍しげにキョロキョロしているリンプー。確かに妖精の住処と聞いたら花畑に囲まれていたりだとか、木の幹に家が作られていたりだとかの、ふわふわした幻想的な想像をするのは良くわかる話だ。だが実際は生活に困ってたまたま知り合ったリュウにたかるという、ファンタジーの欠片もない嫌なリアリティに溢れ過ぎている連中なのだが。

 

「とにかく、ここで狩りをすればいいんだよね?」

「はい。色々と大変かと思いますが、お願いします」

「リュウの頼みだもん、それくらいお安いご用だよ!」

 

 と、むしろリンプーが嬉しそうなくらいにしてくれているのが、リュウにとっては救いだ。何かを教えようとすると露骨に嫌な顔をする妖精達には勿体無いくらいの講師である。あまり負担にならない様にしっかり睨みを利かせないと、とリュウは無駄に気合を入れている。

 

「それで、その妖精さん達ってどこら辺に居るの?」

「確か、あっちの方に小屋……のようなものがあるはずなんで、行ってみましょう」

 

 辺り一面、以前に来た時と全く変わり映えのしない殺風景な山の上。周囲に妖精の気配はない。なのでリュウ達はそこから移動し、以前に見た妖精達が寝泊りしているだろう建造物の方へ歩みを進めることにした。

 

 

 

 

「あ! リュウのヒト!」

「よく来てくれたよぅ!」

「おかげであたし達飢え死にしないですんでるよぅ!」

「……」

「……」

 

 崖から少し進んだ所で、妖精達はすぐに見つかった。どうやら魚を焚き火で焼いての食事中だったらしい。手馴れたもので、串に刺した焼き魚をふもふもと頬張っている。なるほど確かに飢えてるようには見えず、特に変わった所やおかしい所も彼女達自身にはない。そう彼女達自身には。

 

「……。ねぇボッシュ……俺さ、さっきちょっと腰打ったせいか……何か目が悪くなったみたいなんだけど」

「そりゃあれだ、相棒おめぇ疲れてんだよ。まぁかく言う俺っちもよ、何故か足し算が出来ねぇんだけどな」

「? 二人共何言ってんの?」

 

 何故かどよーんと虚ろな目で妖精達の方を見ているリュウとボッシュが、よく分からない事を喋っている。リンプーはそれにキョトンとして、頭上にハテナマークを浮かべた。

 

「……よし。帰ろう。今日はきっと日が悪いんだ」

「それがいい。俺っちとっとと寝て、今見たもん全部忘れてぇよ」

「?? ねぇねぇどうしたの二人共、さっきから変だよ?」

 

 今、リュウとボッシュはその場で回れ右したい気持ちで一杯だった。思わず二人で目を合わせ、お互いの気持ちをふかーく理解し合ってしまう。目の前に広がる光景を、信じたくないというたった一つのその気持ちを。

 

「もー、どうしたのリュウもボッシュも。こんな可愛い妖精ちゃんを五人も前にして固まってさー」

「……リンプーさん、今……何と?」

「え? 前にして固まってさーって……」

「いえそのもう少し前」

「こんな可愛い妖精ちゃんを五人も」

「……」

「……」

 

 リンプーの何言ってんの? 的な顔が、リュウとボッシュの目も脳も決して間違ってはいない事実を丁寧に突き付けてくれた。そう、つまりリュウとボッシュは何を信じたくないのか。何度数え直しても、魚を食べているいつもの三人の他に、隣でキャッキャと遊んでいる二人の妖精の姿が見えるのだ。

 

「何で君ら増えてんのぉ!?」

「そう言えば言ってなかったよぅ」

「勿論これもリュウのヒトのおかげよぅ」

「私達、ああやって卵から孵るのよぅ」

「いやああやって……って……?」

 

 妖精の一人に促され、指を差された方向を見る。言われて気付いたが、あの寝起きに使っていると思われる草敷きの屋根が二棟に増えている。そしてその片方の下に、卵らしき物体が幾つか転がっているようだった。

 

「私達、生まれた直後はまだ精神が幼いのよぅ」

「こうして遊んでいる内に、急速に成長するのよぅ」

「だから、優しく見守るのも仕事のうちよぅ」

「……」

 

 リュウとボッシュの頭痛の種。件の新人妖精二人は、サイズは確かにそれまでの三人と同じくらいである。しかし二人でキャッキャと戯れる姿はまさに幼児そのもので、どちらかと言えばむしろあっちの二人の方が、“妖精”のイメージに沿っている気がするリュウである。

 

「マジかよ……」

「マジみてぇだな……」

 

 それはともかくこの現実を受け止めて、リュウとボッシュは青くなっていた。ただでさえ手を焼く妖精達が、このままネズミ算式に増えていくのではないか。それはまさに悪夢だ。いっそ他人のフリしてここへ来るの止めようかという考えが頭をよぎる。ある一定まで増えたら、それ以上増えなくなったりする事を切に願う次第だ。

 

「……ていうかさ、あの卵はどこから来たの?」

 

 ちらりと目に付くその卵。大きさ的に妖精を一回り小さくした、白いラグビーボールのような物体だ。一体その卵をどうやって妖精達が作ったのか。リュウは単純な好奇心でそう聞いてみたのだが……

 

「い、いきなり何ヘンな事聞くのよぅ! リュウのヒトのエッチ!」

「そうよぅこのスケベ! 変態! マダオ!」

「そんな恥ずかしい事を面と向かって聞くなんて正気を疑うよぅ! 何考えてるのよぅ!」

「えぇ!?」

 

 なんでか三人に凄い勢いで謂れのない罵倒をされ、リュウは結構傷付いた。個人的にはそんなセクハラな事を聞いたつもりではなかったのだが、どうやら妖精的にはタブーな領域らしい。きっとその辺の生態に関しては、何人たりとも深く突っ込んではならないのだろう。でもそこまで言うならそんな恥ずかしい物をその辺に転がしておくなよと、若干涙目で突っ込むリュウである。

 

「それはそうとリュウのヒト、今日はなんの用なの?」

「私達に会いたくなったとか?」

「あ、おみやげあるなら貰ってあげるよぅ」

「……」

 

 魚を食べ終わるとコロっと批難の態度を変えて、引き続き言いたい放題の妖精達。見た目だけは可愛いが、中の人はやっぱりあまり可愛くないと再認識するリュウとボッシュだ。

 

「いや……君らさ、前に肉食べたいって言ってたじゃん? だから……」

「!!」

 

 とリュウの言葉を聞いた瞬間肉のお土産を期待したのか、パァッ! っと花が咲いたように明るくなる妖精達。さっきまでリュウを罵倒してた事なんて、最早彼女らの頭には欠片もない。

 

「……君らが自力で肉を得られるようになるため、特別に講師の先生をお招きしました。これからこちらにおわすリンプーさんが、君らに狩りの仕方を教えてくれます」

「……」

 

 リュウの説明を最後まで聞くと、今度はお通夜にでもなったようにテンションがズンドコな妖精達。働かないで肉を食えるとでも思ったのだろうが、そうは問屋が卸さないとリュウは悪い笑いを浮かべている。いつの時代も働かざる者食うべからずなのだ。

 

「とゆーわけで、あたしが君達に狩りの仕方を教えるよ! 頑張っていこー!」

「……」

 

 張り切るリンプーとは対照的にやる気なさげな妖精達。だがリュウが後ろからくわっと睨みを利かせると、かつての説教トラウマを思い出したのか、力無く頷くのだった。

 

「どれくらい掛かりそうですかね?」

「うーん……取り敢えず三、四日くらいで基本は行けるんじゃないかなー」

「了解です」

 

 そんなこんなで大体三日間ほど、リュウ達は妖精の住処に寝泊りする事が決定した。別にリュウはそこに留まる必要はなかったのだが、ワザワザ頼みを引き受けてくれたリンプーに、毎食魚を焼いただけの質素な食事をして貰うのも気が引けた。それに頼んだのは自分だから、一応監督責任的なものがあるかなと思ったのだ。そう、それだけだ。決して他意はない。

 

「相棒、おめぇさんは、とことん女と趣味に甘いやね」

「……何の話カナ?」

 

 ここに留まる決定に対して、ボッシュがジト目でリュウを見ている。リュウの決断がまるで女と趣味によるもの、みたいな失礼な物言いをしているが、決してそんな事はない。ちょっとリンプーに「美味しいご飯が食べたいんだけどなー」と上目遣いで可愛くおねだりされたりだとか、崖の谷間に流れる急流での釣りに心引かれたから……等という理由では全然全くこれっぱかしもないのである。

 

 そうこれはあくまでリュウの純粋な善意と崇高な責任感から来る行為であるのだ。ボッシュの言葉は物事を一方向からしか捉えていない、典型的な視野狭窄というものだろう。物事はもっと大局的に見るべきだとリュウはひっそりこっそり心の中で言い訳をした。

 

「そんな嬉しそうに釣りの準備してる限り説得力ねぇぞ相棒」

「……何の事カナ?」

 

 まぁどこまで行っても、結局リュウはリュウなのだった。

 

 そしてその日はキャンプを張って休んで翌日。早速リンプーは妖精達を引き連れて、少し離れた所の森へと入っていった。リュウはその間暇になるので、例の如く勇んで釣りへ向かおうとしたのだが……その前にふと思い立ち、ヒュパッとドラゴンズ・ティアからテレコーダーを取り出した。

 

 旧世界から帰って来てからうっかり連絡するのを忘れていたので、紅き翼リーダーナギに一応帰還の報告をする事にしたのだ。それプラス自分の現状報告と、あいつらはあいつらで何してんだろ? 的な確認である。ピピっと手早く起動させてナギを呼び出して数コール。ぷつっと何者かが出る気配があった。

 

「あ、もしもしナギ?」

『おうリュウじゃねぇか。久しぶりだな。こっちに戻ってきてたのか』

「実はちょっと前には帰って来てたんだけど、報告忘れてて。ゴメン」

『いや別に構わねぇよ。そんで、調子はどうなんだ?』

 

 機械から聞えて来る我らがリーダーの勝ち気な声。報告してなくても全然気にしていない辺り、このチームの放任主義と言うか、適当さが伺えるというものだ。

 

「一応ボチボチって所かな。そっちは?」

『ん? あー、俺もボチボチだな。結構前より強くなったとは思うんだけどなぁ……』

「?」

 

 久々に話すナギは声の調子自体は特に悪くなさそうだ。しかし何故か言葉尻をぼやかしていて、もやもやしているというか悩んでいそうな印象を受ける。

 

「何か微妙そうだね?」

『いや、修業したはいいけど試せる相手が中々いなくてよぉ』

「あー……」

 

 言われてリュウは納得した。確かにナギの強さをまともに発揮出来るような相手は、そう簡単には見つからないだろう。普通の人間では手も足も出ずに即リタイアが関の山だ。そう言う意味では強者というのも大変なんだなぁと、他人事のように思うリュウである。

 

『そろそろ一旦集まろうかと思ってんだが、リュウはどうだ?』

「あー、うん。別にいいんじゃない?」

『うっし、じゃあ集まるか。中間報告って奴だな。つっても、多分俺とアルとリュウだけだろうけど』

「ゼクトさんは……まだ連絡取れない感じ?」

『ああ。詠春もたまーに手紙が悠久の風本部に来てる程度だな』

「ふーん……」

 

 ゼクトは紅き翼が別れて以後、未だ音信不通で行方知れず。詠春もまだ旧世界にて修業中。その為、確実に集まれるのはそれ以外の面子だけだ。リュウとしては詠春とゼクトに対して全く心配していないが、会いたいという気持ちなら少しくらいはある。

 

『そういうわけだから、アルにも予定を聞いてみてだな。んじゃ、また連絡するぜ!』

「うい。それじゃまたー」

 

 親しい友達と今度の休みに出掛けようぜ! と言うかのような挨拶をして、リュウはテレコーダーのスイッチを切った。元々強いナギ達が今以上に強くなるには、中々難しい部分があるのだろうなぁと思いを馳せる。

 

「さて……」

 

 リンプー達が帰ってくるまでまだまだ時間がある。その為リュウは気を取り直し、嬉々として山間部の急流へと降りていくのだった。もちろんボッシュの暇だという抗議の声には、聞えないフリがデフォである。

 

 そしてあっという間に日が暮れて。

 

「むう……今日は何かいまいちだったな……」

「残念だったなぁ相棒よぉ」

「何でお前そんな楽しそうなんだよ」

 

 半日以上釣りをしていたのだが、リュウは芳しくない釣果にがっかりしていた。妖精達が魚を取りまくっていたせいかはわからないが、粘った割には雑魚ばかり。まぁ釣りというものは、そう毎回毎回爆釣と行かないのも醍醐味と言えば醍醐味だ。しかしそれはそれとしてやっぱりちょっとなーと凹んでいると、リンプー達狩りの一行が戻ってきた。

 

「お疲れ様です。どうでしたか?」

「うん。今日は取り敢えずこれだけ」

「それって……ウサギ……?」

 

 初日だからなのか、リンプーが小さな野ウサギ一羽を獲って来ただけで、後ろに続く妖精達は皆手ぶらだった。疲れのせいかいつもの姦しい元気はなく、妖精三人はぐったりしている。

 

「じゃあ今から夕食用意するんで、リンプーさん達は休んでて下さい」

「やた! 大盛りでお願いね!」

「わかってますって」

 

 そうして彼女達の労をねぎらい、夕食の時間となる。リンプーはすっかり胃袋をリュウに掴まれているようだ。そして疲れからか生来のものか、幽霊のようにフラフラだった妖精達のがっつき具合が凄まじかった。狩りに参加していない生まれたばかりの二人も結構な勢いで食べており、このままもしここで暮らすとしたら、エンゲル係数が酷い事になる気がして仕方が無いリュウである。

 

 さらに二日目になって。妖精達の学習能力はそれなりに高いのか、この日は鳥や小さな猪らしきものを獲ってきており明らかに上手になっていた。また、リンプーが獲物の簡単な捌き方を教えると、そのグロさに妖精達は青くなっていたが、食べる為には仕方ないと何とか受け入れていったようだ。生まれたての二人も徐々に言葉を理解してきており、簡単な仕事を手伝える程度にはなっていた。

 

 そして三日目。

 

「リュウのヒトばっかりずるいよぅ!」

「あたし達にもそのテント頂戴よぅ!」

「あたし達みたいなか弱い乙女を寒空の下に放りだすリュウのヒトは鬼畜生だよぅ!」

「……」

 

 今こうして狩りを教えているから、これが終わったら別に寝泊り用の建物とかはいらないかなぁと思っていたリュウ。しかし妖精達は見逃してはくれなかった。寝床としてリュウが使っていたキャンプ用のテント。リンプーにも予備のを貸し出していたのだが、それに対して自分達も欲しいと妖精達は声高に要求しだしたのだ。あの草敷きの屋根ではやはり辛かったらしい。こうなるとちゃんと雨風を凌げる建物を用意するまで、妖精達は引き下がらないだろう。

 

「痛たたた! わかったから噛みつくなよもー!」

「わかれば良いのよぅ」

「よろしくねリュウのヒト!」

「出来れば5LDKカウンターキッチン、トイレバス別の床暖房式が良いよぅ!」

「……」

 

 リアル過ぎて夢もへったくれもないアホみたいな要求はスルーするとして。妖精達はリンプーには素直に従っていた癖に、何故自分にはこう我が儘放題なのかとリュウは少し問い詰めたくなった。まぁ自分達でも休める家がここにあれば、それはそれでいざという時にも役に立つだろう。そう考えたリュウは本腰を入れて、ここに人が住めるくらいの家を建てようと決意するのだった。

 

「ねぇリュウ、その紙はなんなの?」

「ガトウさんに頼んで、建築作業を引き受けてくれそうな人を探して貰ったんですよ」

「へー、そうなんだ。所でガトウって誰?」

「あ」

 

 そう言えばリンプーはガトウの名を知らないのだという事をリュウはスッカリ忘れていた。しかしまぁ特に問題はないだろうと思い、あの街で助けてくれたおじさんの名前だと説明する。そのガトウから貰った紙には、アリアドネー方面の農村“ファマ村”という住所と、とある人物の名前と詳細が書かれていた。ついでにその紙とは別に、会ったら渡してくれと頼まれた手紙もある。

 

「じゃあ、リュウはこれからそこに行くの?」

「ええ。とっとと妖精達の所を何とかしちゃいたいんで」

 

 マニーロ商会にでも情報を貰わない限り“完全なる世界”についての手掛かりは途切れてしまっている。だから今は取りあえず目の前の問題を解決する方をリュウは選んだのだった。

 

「あのさ、あたしもそれ、付いてっちゃ駄目かな?」

「え?」

「妖精ちゃん達も大分慣れてきてるし、そろそろあたし無しでも大丈夫だと思うんだけど……」

「でも、ティガさんのお店の方はいいんですか?」

「それはだいじょぶ。クラリスも帰ってきたし、あたしが居たら逆に邪魔になっちゃうだろうし」

 

 あはは、と笑うリンプー。どこか遠慮がちなのは、いつも強気なリンプーにしては珍しい感じである。だがまぁ確かにこんな所に居て妖精達にも手が掛からなくなったら、活動的な彼女にとっては苦痛だろう。勿論彼女が同行するのを拒否する理由はリュウにはない。

 

「わかりました。じゃ一緒に行きますか」

「やた! ありがとリュウ!」

「ふぃーようやく退屈ともオサラバかぁ。三日とは言え俺っちもう暇はコリゴリだぜ」

 

 嬉しそうなリンプーを見ると何となく自分まで楽しくなる。そんなリュウはボッシュの呟きを華麗にスルーし、妖精達にまた来るよと伝えた。リュウの断固たる抗議の結果さらに改良されたらしい新型フェアリドロップを受け取り、慌ただしい中でリュウ達は元の場所へと戻るのだった。

 

 ガトウのメモによると、目的地の“ファマ村”は大体ジンメル付近から東の方角へ歩いて幾日からしい。道中多少のサバイバルになるが対して問題はない。歩くのではなく飛んでいけばもっと早く着くのだろうが。

 

「ねーねー、なんかさーさっきの説明だとその村凄い遠いみたいじゃん。魔法でさ、ピューっと飛んで行けないの?」

「嬢ちゃんはフーレン族なんだし、走りゃいいじゃねぇか。それくれぇ余裕だろ?」

「ん〜……よしわかった! じゃあリュウ競争ね! あそこに見える木までどっちが早く着くか!」

「え、でも木なんてどこにも……て、もしかしてあの遠くてめっちゃ小さいアレですか!?」

「行くよ、よーい……どん!」

「あ、ちょ……!」

「よし行け相棒、女子供に負けんじゃねぇぞ!」

「いや俺も見た目子供じゃん! ていうかリンプーさん早っ!」

 

 今更だが、いつの間にやらボッシュが喋っている事にリンプーは何の疑いも抱いていない。下手に何で何でと聞いてこないのはありがたい話である。そんな訳で歩いたり走ったり、たまに飛んだりしながらファマ村を目指すリュウ達だった。


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