炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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8:後始末

 気絶したバリオとサントを引っ張って街へ戻ったリュウを待っていたのは、街全体を包み込む騒然とした空気だった。原因は二つある。一つは、組織の本拠地であるあのビルが白昼堂々瓦礫の山と化した事。そしてもう一つは、時を同じくして起きたド派手な地響きによるものだった。

 

 幸いビルの倒壊に関しては、そうなる事を予想していたガトウが予めあちこちで手を回していたため混乱は少なかった。しかし流石のガトウと言えども、あの地響きだけは完全に想定外だったらしい。地震とまで言える程長く続いた訳ではなかったので、人的被害はほぼ皆無。だがそれでも普段滅多に大きな揺れなど起きた事はなかったので、慌てて避難する人の山でメインストリートはごった返し、なかなか収拾がつかない状況となっていた。

 

「痛た……やっぱキツいなぁ……」

 

 筋肉痛に喘ぎながら、リュウは二人分の重さを引き摺ってガトウを探した。恐らくあのビルの辺りに居るだろうという期待を胸に、見られても良い変装魔法と人混みを避けるための浮遊魔法を使って、えっちらおっちら進んでいく。気絶してぶら下げられたバリオとサントがまるで市中引き回し刑のように見え、ビルの倒壊も相まって人々は薄らと、この街の組織が壊滅した事を知るのだった。

 

「あ、居た……ガトウさーん!」

「!」

 

 目的の場所に辿り着き、目的の人物を発見して叫ぶリュウ。自分ではボリューム大のつもりだったが、あまり声は出ていない。それでも一応届いたらしく、瓦礫の撤去を行っていたガトウが駆け寄ってくる。

 

「いくら探しても見当たらないから、心配したぞリュウ君」

「あー、すみません。ちょっと色々あって遠くに行ってたもので……」

「……ほう。“遠く”にかい」

「?」

 

 リュウの無事を知ってまずは安堵するガトウ。次にリュウがどこへ行っていたかを聞き、少し訝しげな表情をしている。別段気にも止めずにリュウは、未だに気を失っている二人のホースマンを差し出した。

 

「何とか、生かしたままですよ」

「ああ。そちらは要らぬ心配だったみたいだな。こっちも、あの元締めはしっかり無力化してある。……っとそうだ。もし何か聞きたい事があるなら、今なら聞けるがどうする?」

「いえ、大丈夫です。俺の欲しかった情報は、こいつらから聞いたんで」

「……そうか」

 

 “完全なる世界”の事を、スタリオンは知らないと言った。重鎮だった筈の馬兄弟が知らなかったのであれば、この街の組織が表立って関与している確率は低いだろう。リュウは自分の勘が思いっきり外れた事に、少しだけがっかりしていた。

 

「さて、疲れている所済まないが、良かったら手伝って貰えるとありがたいんだが……」

「わかりました。何をすればいいですか?」

「悪いね。じゃあまずはあっちの瓦礫を……」

 

 と、疲れているのに手助けを申し出るリュウ。何となくこの騒ぎの原因が竜変身したアレによるものだろうなぁ、と感じた責任感から来る罪滅ぼし的なフォローだ。筋肉痛な身体に鞭を打ち、瓦礫を片付けたり人の誘導をしたり。そうして忙しなく働いていると、同じく作業をするフリをして、再びガトウが近くまで寄ってきた。

 

「なぁ……一つ、聞いていいかなリュウ君」

「なんですか?」

「さっき……あの地響きが起きる直前。“遠く”に、大きな流れ星のような物が見えたんだ。……まさかとは思うが、あれはリュウ君の仕業だったりしたのかな?」

「……。あはは。いえいえ、俺がそんなでっかい事出来るわけないじゃないですか。俺にも見えましたけど、何だったんでしょうねーアレ」

「……」

 

 極めて冷静を装いつつ、疑惑を払拭する事に注力するリュウ。ガトウはリュウの答えを聞いて何やら考え込んだが、フッとどこか納得したように小さく笑った。リュウが言いたくないのなら、追求する事もないと思ったのかもしれない。それ以上深くは聞いてこないのだった。

 

「それじゃあと少し、これで最後だ頑張るぞリュウ君」

「ええ。頑張ります」

 

 結局いろいろな後始末作業に回ったリュウは、日が暮れるまで手伝いを行い、ティガの店に帰り着くや爆睡するのだった。

 

 そして、さらに翌日。

 

「さて、あの二人と元締めは、俺が責任を持って連行するよ」

「よろしくお願いします。一応、もし何か妙な情報が入ったら、連絡もらえます?」

「ああ」

 

 穏やかな日が差す中、リュウとガトウはのんびりとジンメルの街の入り口へ向かいながら、そんな会話を交わしていた。この街に来た目的は達したので、リュウはそろそろここから出立するつもりだった。ガトウの方は、馬兄弟と元締めをこれから軽く尋問したあと、仕事の依頼者の元にしょっ引いて行くらしい。

 

「そういや結局、ガトウさんの仕事内容がイマイチわかりませんでした」

「ハッハッハ。ま、そう簡単にバレてはこの仕事はやっていけないからね。だがまぁそこまで言うなら、君にだけは特別に教えてあげよう。実は俺の仕事は……」

「あーいや、いいですいいです。なんかそれを知ると今後にスゲー不都合な事態が発生しそうな予感が……」

「おや、そうかい? それは残念だ。君なら、いい俺の同僚になれると思ったんだがね」

「……」

 

 きっと身分を明かしたら、知ったからには逃げられないとか言って勧誘するつもりだったのではあるまいか。リュウの危機回避的な直感は冴え渡っていた。やり手なガトウならそれくらいはするかも知れない。触らぬ神に祟りなし。やんわりとお断りを入れるリュウである。

 

「はぁ……しかし、俺の方はちょっと空振りでした」

「そうかい。まぁ長い人生、上手く行く事の方が少ないからなぁ。気を落とすなよリュウ君」

「そうですね」

 

 怪しいと思ったマニーロの情報も、蓋を開けてみれば全然無関係。無駄足と言えば無駄足だが、そうでないと言えばそうでもない。自分の修行としてや人との繋がりを重視するなら、これはこれでいい経験になったというものだ。得る物もあったので、問題ないさと無理やり納得するリュウである。

 

「ねー! リュウー! 早く行こー!!」

 

 一足早く入口の所で待機しているリンプーから、のんびりなリュウとガトウの方へ催促の声が聞こえてくる。リンプーは体調も全快し、店はティガの相方であるクラリスが明日には戻って来るらしいので、リュウの頼みの方を手伝ってくれることになったのだ。これから彼女と妖精の所へ向かうのだ。

 

「何だかんだ言って、俺もリュウ君には大分世話になったな。何なら、もう少し渡しても良かったんだが?」

「いえいえ、あんなに一杯貰ったんで十分ですよ」

「そうかい? 遠慮は美徳じゃないぞ?」

「いえホントですって」

 

 大会優勝賞金の五十万ドラクマは、もちろん組織の金なので全て没収されていた。しかしガトウがそれではあれだからと、リュウに“小遣い+頼みごと”を聞いてくれていたのだ。ポンとくれたその額はなんと三万ドラクマ。小遣いとしての範疇から見事に逸脱した金額だ。それゆえ最初リュウは断ろうとしたのだが。

 

「なぁに、頑張った子供にご褒美を上げるのは、親の仕事だろう?」

 

 と、ダンディチックにさらりと返されてしまっていた。それがまた様になっていたので断り辛く、リュウはありがたく貰っておく事にしたのだった。内心ホクホクである。そしてもう一つの“頼みごと”の方も、僅か一晩でガトウはあっさりと解決してくれた。

 

 その頼みごとの内容……リュウがポケットから取り出した紙には、人の名前と住所らしきものが書かれている。

 

「俺の方こそ色々と助かりました。それにこれ、わざわざ探してもらって……」

「たまたま俺の知り合いで、うってつけの奴が居たからね。そんなに難しい事でもなかったから気にしないでくれ」

「ガトウさんは、あいつらを引き渡したら……また仕事ですか?」

「ああ。しがないサラリーマンの辛い所さ」

「……」

 

 どことなく、リュウはガトウの仕事が何なのかを察した。密偵のようなやり口と手際の良い根回し。そしてあの戦闘力。それに加え、今更だが確かガトウはどこかで“政府の犬”と等と称されていたような記憶がある。なので、きっと公安0課とかの表に出ない特殊警察的な、そんな感じの仕事なんだろうと勝手にイメージするリュウである。

 

「しかし、“紅き翼”か……。リュウ君を見るに噂に違わぬ実力の集団みたいだなぁ。もしも仕事が無くなったら、俺も入れてくれないかな」

 

 と、冗談めかして言うガトウ。それが冗談にならない事を、リュウは知っている。

 

「ガトウさんなら大歓迎ですよ。じゃあ俺が、リーダーにガトウさんの事推薦しておきますね。ある事無い事盛りまくるんで、即採用間違いなしです」

「ああいや、それはちょっと気が早いんじゃないかな?」

「さっきのお返しです」

「む……やるようになったなリュウ君」

「いえいえ」

 

 ま、もしやっかいになる事があったらその時は頼む、と、ガトウは笑ってリュウに言い、シュボッと煙草に火を付けた。

 

「ねーリュウーー! まだぁーーー?」

≪あ、相棒! 虎の嬢ちゃんの相手をはえぇとこしてくれよぉ!≫

 

 リュウとガトウがマッタリと歩いていると、ボッシュからも催促の念話がリュウの頭に飛んで来た。入口で待機しているリンプーが、暇を持て余してボッシュをぐにぐに弄り回しているらしい。

 

≪はいはいわかったわかった。今行くー≫

 

 いつもならそのまま弄られてろやー、とか言ってニヤニヤ笑う所だが、今回はボッシュにも世話になったので、あんまり邪険には出来ないと感じる立場の弱いリュウである。

 

「もう行くんだろ? またどこかで会うかも知れないが、元気でな」

「はい、色々とありがとうございました。ガトウさんもお元気で」

「ああ」

 

 入り口付近まで来た所で、リュウはガトウと別れた。煙草を吹かして去っていくガトウの後ろ姿。背を向けたまま手を振る仕草は、実に絵になっているのだった。

 

「さて、っと」

 

 入口から街全体を振り返り、リュウは思う。きっと、大会を組織していた組織の崩壊と共に、あの地下闘技場でのショーも消えていくのだろう。しかし、それが一過性のものに過ぎないという事も、何となくリュウにはわかった。

 

 あのショーを見物に来ていた客達は、今はナリを潜めるだろう。だがこれからこの街に治安維持用の部隊……要するにしっかりとした警察機構のようなものが配備されたら、さらに裏へと潜って続ける可能性もある。彼らは一度覚えてしまった以上、そう簡単には諦めないだろう。その辺は自浄作用に期待するしかない。どこの街にも大なり小なり、何かしら問題というものはあると言う事をリュウは知った。

 

 それに、今回色々と世話になったティガの店。そしてティガ本人に直接被害がなかったのは、ガトウが裏で手を回して工作をしてくれていた事が大きい。ただ暴れるだけでなく、そう言ったフォローも大事だという事を理解したリュウ。俺もそういう方面にももっと気を使わないとなぁ等と考えつつ、待たせているボッシュとリンプーの元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後ジンメルの街人達は、街から数km離れた所に特大のクレーターが出来ている事を発見した。そしてあの地響きの原因は、目撃者が多数居た“流れ星”が、そこに衝突した事によるものだと断定したのである。

 

 リュウの残した特大のクレーターは紛れもないその証拠とされ、あれよと言う間に観光資源の一つとして利用される事になる。そしてそのクレーターには、流れ星が落ちた痕と言う事で星屑の記憶(スターダストメモリー)という名称が付けられ、街の財政を健全な方面で潤し長く人々に親しまれることになるのだが……

 

 ……それはもう少し後の話。

 

 

 

続く


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