炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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7:決着

 大会優勝の後に待っていたのは、面倒臭い優勝式やインタビューの嵐。リュウはそういった形式ばったやりとりに免疫が全くなかったので、矢面に立ったガトウが当たり障りのない美辞麗句でのらりくらりとやり過ごす事数時間。大会優勝者がやっと解放されたのは、夕方過ぎになってからであった。

 

 流石のリュウとガトウもティガの店へと帰って来てすぐ、疲れたように椅子にもたれ掛かったのは仕方がない。流石にこの状態で店を手伝えというのは酷なので、表には本日休業の張り紙を出してある。

 

「ホントに優勝しちゃったんだ……リュウもおじさんも、凄い強いんだね!」

「うーんどうかな。俺より強い人間なんて、世の中にはたくさんいるさ」

「俺もぜーんぜんまだまだですよ。あ、所でリンプーさん、体の調子はどうですか?」

「うん、もう全然だいじょぶ! この一週間ずっと休んでたし、リュウの作ってくれた料理一杯食べたからね。前より調子良いくらいだよ!」

「それは良かった」

 

 大会までの一週間でティガの料理の腕もきちんと上達していたが、これだけは譲れないと言い張ってリンプーの食事は全てリュウが作っていた。大会本戦の昨日と今日の分も、あらかじめ作り置きしておく念の入れようだ。リュウの無駄な凝り性ぶりが伺えるエピソードである。

 

 そんな感じでティガの店二階にて、和やかに雑談するリュウ達。ティガは一階で料理の練習、ボッシュは座っているリュウの隣で丸まっており、リンプーはベッドから起き上がって楽しそうに話している。

 

「そう言えば、あの大会で色々と怪我させちゃった人達、大丈夫かな……」

「ああ、それなら心配要らないぞリュウ君」

「? 何でですか?」

「今回は俺の知り合いの優秀な治癒術士を何人か、大会の医療班に派遣しておいたんでね」

 

 まさにこんな事もあろうかと、とでも言いたげに爽やかに告げるガトウ。彼の裏での手回しもあり、なんと今回の大武会での死者はゼロ。それを聞いてリュウはほっと胸を撫で下ろしていた。大会中は許されていると言っても、罪もない人間に大怪我させるのはやはり気分の良いものではない。それにしても色々とガトウが走り回っていたのは、そういう事に手を回していたのかと思い知り感心せざるを得ない。

 

「でもそれだとあの馬兄弟も……」

「ま、それは仕方ないさ。彼らも明日にはピンピンしているだろうね。気を引き締めた方がいいかもな」

「……」

 

 肝心の優勝賞金受け渡し日は明日だ。これでやっと、本当の目的だった組織の元締めと会う事が出来る。リュウは“完全なる世界”との関係を。ガトウはこの街での行方不明者が多い事とあの殺戮ショーの関連を。両者とも問い詰める気満々である。組織の幹部クラスである馬兄弟が復活してると聞いて、嫌な予感がしまくりなのは頂けないが。

 

「つまり、俺たちの戦いはこれからだ! って事ですかね」

「……何だか、そこで終わっちまいそうに感じるぜ相棒」

 

 リュウの発言にさらりと突っ込むボッシュをぐにぐにと弄り、明日の事を考えるリュウ。その後、少し休んだガトウはまた何か仕事があると言い、外へと出ていった。大会終了直後だというのに、その仕事熱心さにやはり凄いと感心しっぱなしのリュウである。そしてガトウを見送ると、再びリンプーが口を開く。

 

「ねね、リュウさ」

「? なんでしょう?」

「あたしも色々とお世話になっちゃったし、何か一つお礼したいと思うんだけど……何かない?」

「お礼ですか……?」

 

 普段ならそんなの別にいいですよ、と笑って言うお人好しのリュウだが、リンプーから申し出てくれるとはありがたい。丁度良いのでずっと彼女に頼もうとして忘れていた例の件を切り出すことにする。

 

「……」

「どしたの?」

「あ、いえその……」

 

 ……ほんの少しだけ健全な男子としてのヨコシマな思考が浮かんだ事は内緒である。

 

「えっとじゃあ……良ければとある奴らに狩りの仕方を教え込んでやって欲しかったりするんですが……どうですか?」

「へ、狩り? そんな事でいいの?」

「はい。あいつら最近人里離れた山に住み出したんですが、肉が食べたい食べたいとうるさくて……」

「ふーん、よくわかんないけどわかった。狩りだったらあたし凄い得意だから、そういうことなら任せてよ!」

 

 と、自信たっぷりにドンと自分の胸を叩くリンプー。その後当然の如く咽て、リュウが水を持ってくる所までがお約束である。

 

「じゃあ、多分手を焼くかと思いますが、よろしくお願いします」

「うん!」

 

 リュウの頼みをリンプーは快く引き受けてくれたので、これで一応妖精達の狩りの講師ゲットという事になる。一つ憂いを無くして、リュウは明日に向けて早々に休むのだった。そうしてさらに一夜明け、しっかりと体力を回復させたリュウは、人もまばらな店の外に出る。

 

「まぁた俺っちは留守番かよ相棒」

「一応ね。まぁ無いとは思うけど、もし何かあったらそっち独自の判断で動いて」

「仕方ねぇなぁ」

 

 引き続き気乗りしなさそうなボッシュに店での留守番を頼んでいると、狙ったかのようなタイミングでそこにガトウが合流した。これから賞金の受け取り場所へと二人で赴くのだ。その場所というのが、あのリンプーが殺されそうになったビルだ。どうやらあのビルこそが、この街の組織とやらのアジトだったらしい。

 

 ガトウはいつも通りタバコをふかしつつ。リュウは若干緊張した面持ちで歩いていき、とくに問題なくそのアジトへと到着。前の地下闘技場への入り口とは違い堂々とエントランスから入ると、そこでリュウ達は以前地下で囲まれたあの黒服の連中にお出迎えされた。あの時の犯人だとは全く思われていないリュウとガトウは黒服の一人に案内され、エレベーターに乗って最上階へと上がっていく。

 

「さてリュウ君、正念場だぞ」

「うぃす」

 

 エレベーターが止まり、開かれたドアの向こうには、真っ赤な絨毯の敷かれた一本道があった。周囲はまるで宮殿のような作りで、ふかふかとした慣れない廊下をゆっくり進み、突き当たりにある豪著な扉を開ける。部屋の中は、まるで大統領の執務室かと思えるほどに派手で豪華な見栄えをしていた。

 

「これはこれはようこそ。優勝者のお二方。まさかバリオとサントを圧倒する力の持ち主が現れるとは、思いもしませんでしたよ」

 

 入口から入って真正面。見事な事務机に肘を付き、リラックスして座っている男が居た。さらにその傍に、見覚えのあるホースマンが立っている。座っている男は長髪で釣り目、ニコニコと笑みを浮かべる紳士のような中年だ。そして横に居るホースマンは言わずもがな、バリオとサントだった。昨日の怪我はどこにも見当たらない。流石にガトウが自慢するだけの事はある、治癒術師達の優秀さだ。

 

「おっとこれは失礼。順番が前後してしまいましたが改めまして、漢羅狂烈大武会での優勝、おめでとうございます。貴方達二人の活躍は、私も拝見させて頂きました。いや実に素晴らしい強さだ」

 

 ニコニコとした笑みがいかにも胡散臭い座っている男。どこか人を見下した雰囲気が見え隠れしている。リンプーが言った“偉そうな男”というのも、中々に的を射た表現である。リュウとしてもあの笑顔は、何か生理的に受け付けられない。

 

「そうそう、賞金の五十万ドラクマはこちらに」

 

 そう言って男がパチンと指を鳴らすと、バリオが脇から重そうな袋を取り出し、中を開いた。そこには確かに大量のお金が詰まっている。大金とあって思わず二度見してしまうちょっと俗なリュウである。

 

「いやぁそれにしても、実に素晴らしい戦いでした。それでどうですか? もし宜しければこれから私達と共に、この町で生きていくつもりはありませんかねぇ?」

 

 元締めと思われる男は終始ニヤついた表情のままで、リュウとガトウにそんな話を持ちかけてきた。もしそのつもりなら、高給な仕事を斡旋しますと付け加えて。だがもちろんそんな与太話を聞くつもりは二人には無い。ガトウはそれまで黙って聞いていたが、ここでようやく口を挟んだ。

 

「組織の元締め……この街の支配者、アーガスだな。地下闘技場での殺戮ショーを執り行っているのは、お前か?」

 

 途端に男の目が一瞬だけ見開かれたと思うと……すぐにそれはかき消され、代わりにニコニコしていた表情が、一気に粘ついた笑みに変化した。

 

「なぁんだ、知っていらしたんですか。それなら話は早い」

「……ショーの犠牲になる人間を、お前は一体どこから集めている」

 

 冷ややかなガトウからの問いを受け、男は机に両肘を突いて、手を組ませる格好を取った。まるでこれからさらに広がる口元のニヤケを隠すように。

 

「くくっ……人と言うのは愚かですよねぇ。表の顔とは裏腹に、殺戮の現場を見たいという浅ましい欲求を内に秘めている……金持ちの人間は特にね。ですから……」

「……」

「私どもはその現場を、死を、娯楽として彼らに提供しているだけなのですよ。幸いこの街には叶わぬ夢を求めて、多くの人間が詰め掛けてきますからねぇ。一人二人が消えた所で、誰も気にも止めません」

「……」

「そうして死という舞台を派手に演出することで、私は両者の欲求を叶えてさしあげているのです。私は儲かる。金持ちはスリルを味わえる。夢見る人間は、命と引き換えにスターになれる。……どうです? 誰も損をしないでしょう?」

「……なるほどな」

 

 リュウにもわかるほど、男の目は濁っていた。今の極限までニヤけた表情との相乗効果で、気持ち悪さは天井知らずに跳ね上がっている。

 

「そこで、どうですお二方。殺しのエキスパートとして、私達にその力を貸しては頂けませんか? 実はそろそろモンスターを使うのもマンネリになってきていた所でしてね。人間自身の手による一方的な惨殺ショーを次のメインにしようと思っているのですよ」

「もういいそれ以上喋るな。……反吐が出る」

「!」

 

 ガトウは、男の誘いを一言で斬って捨てた。かつてないほどに怒りを感じている事が、隣に立つリュウにはビシビシ伝わってくる。だがそれに物怖じしない男はそのニヤついた顔を、次にリュウの方へと向けた。

 

「では、そちらのボクはいかがです?」

「お断りです」

 

 リュウは即答した。リュウの良識から言っても、考える価値すら無い誘いである。そしてそんなリュウとガトウの答えを聞いた男は、全く落ち込むような素振りを見せなかった。傍らのバリオとサントに至っては、二人の答えを聞いて待っていたかのように笑みを零している。

 

「そうですか。それは実に残念。では知ってしまったあなた達には…………ここで、死んで頂かないといけませんねぇ」

「くくくくく……よくぞ断ってくれたよ」

「これで心おきなく、てめぇらをぶち殺せるんじゃあ!」

 

 男は、静かに椅子から立ち上がった。いつの間にか気色の悪い笑みは消え、どこか肉食獣のような雰囲気を醸し出している。元締めが立ち上がったのと同じくして、傍らに居た馬兄弟からも剣呑な空気と殺気が溢れだしている。

 

「全く、ムシケラのくだらない人生を少しでもドラマチックにしてやろうという私達の気持ちがわからないとは……なぁ!」

 

 突然、男の体が変わりだした。やせた中年だった体は激しく脈動し、膨らみ、毛が生え、巨大化していく。

 

「ゴァァァァァ……!!」

「!」

 

 元締めは、化物へと姿を変えた。巨大なこん棒を両手に持ち、強固な鎧を身に付けた猪の怪物へと。そして傍らにいたバリオとサントは互いに向かい合い、妙な気配を漂わせている。

 

「弟よ。我等が真の力、見せる時が来たようだ」

「はっはぁ、お前等! みんな終わりじゃあーっ!」

 

 向かい合ったままの二人を覆うように白い魔方陣が浮かび上がり、そこから強烈な閃光が弾けて、部屋の中を包み込んでいく。

 

「ぬおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 魔法陣の光の中で、徐々に一つに溶け合っていくバリオとサント。そして一気に閃光が晴れ渡り……

 

『ふううぅぅぅん! 狂!烈!合!体! スタリオォンンッ!!』

「!?」

 

 そこに生まれたのはまさに光の戦士であった。馬面そのものは変わっていないが、たてがみが白く硬質化し、上半身は白を基調としていて赤い輪の模様が。下半身は赤を基調にして白い線の模様が入っている。眼光は鋭く、肩に青い宝石のようなものを付けた姿は、一見すると正義の味方のようにさえ見えてくる。

 

『わし等の! この姿を見て! 生きていたヤツぁ! おらんんん!!』

「ククククク……私たちの戦いをショーにできないのは残念だが……せいぜい派手に殺してさしあげよう!」

 

 元締めと馬兄弟——スタリオンは、両者とも三メートルを優に超える大きさとなっていた。リュウとガトウを眼下に見据ろし、元締めは棍棒を、スタリオンは手刀を振り下ろす。

 

「やはりこうなるか! リュウ君!」

「わかってます!」

 

 突如現れた大物二体を相手にガトウは咸卦法を発動。リュウも攻撃を避け、戦闘態勢へと移行する。

 

「リュウ君、俺は元締めの方を!」

「了解です。じゃあ俺はあの馬野郎を!」

「できれば生かして頼むぞ!」

 

 リュウとガトウはそれぞれどちらを相手取るかを決め、見据えた。リュウの相手はスタリオン。あの馬兄弟の真の姿。先に動いたのはスタリオンだ。右腕を横に、左腕を縦にし、手首の辺りで交差させる。

 

「何を……!」

『ウペシウム!!』

 

 妙な構えから発射されたのは、扇状に広がる虹色の光線であった。リュウとガトウの二人を射程に収めるそれは、見るからに破壊力がありそうだ。リュウはガトウに一瞬だけ目をやった。俺が囮になるのでその隙に。わかった。任せる。意思の伝達は確かに行われていた。

 

「このパクり馬野郎!」

 

 リュウは、スタリオンの光線を避けなかった。わざと喰らい、注意を引くためである。勿論無駄なダメージを負うつもりはなく、ある程度の攻撃は完全にシャットアウトするスキル“大防御”を使用しての囮だ。そしてガトウは光線の範囲から抜け出て、元締めの方へと跳ねている。

 

『フハハハハ! いつまで耐えられるかな!!』

「……!」

 

 正義の味方っぽい見た目に反して、セリフは悪役そのものなスタリオン。リュウは光線の直撃を受けているものの、大防御のおかげで別段ダメージはない。それから僅かな時間を経て、光の大砲が執務室を貫いた。

 

「グガァッ!!」

 

 轟音と悲鳴が響き、斜めに抉り取られたように床の一部が抜けている。ガトウの撃ち降ろし豪殺居合拳だ。直撃した元締めは階下に吹き飛んだのだろう。自分もそちらへ向かおうとする寸前に、ガトウはリュウをちらりと見た。その目から任せたぞという意志を受け取ったリュウが、キッとスタリオンを睨む。

 

『フハハハハ! そのまま死ね! ガキィ!!』

「……!」

 

 喰らっているからわかる。この光線は火、氷、風、雷、地の五属性を持っているらしい。どれか一つに耐性を持っていたとしても、防げないダメージを与えるしたたかな熱線であると言える。そしてリュウはダメージを覚悟して、大防御を解いた。そのままでは動けないし、もう囮の役目は終わったからだ。

 

「う……ぐっ!!」

 

 光線に晒され、ガードしている腕の衣服がボロボロになっていく。なるほど、このまま浴びていれば流石のリュウでもそう長くは持たないだろう。反撃だ。リュウは“とあるスキル”を発動した。その瞬間、リュウの姿は消える。瞬動でも浮遊魔法でも、比喩ですらなく、本当にリュウの姿がその場からフッと消えたのだ。

 

『!? き、消え……!?』

 

 今の今まで目の前に居たはずのリュウが居なくなった。光線を放ったまま驚愕するスタリオン。リュウは、そのスタリオンの背後にいた。リュウが使ったのは、あのモモが使っていた短距離ワープ技、“シャドウウォーク”だ。そのままリュウは無防備なスタリオンの背中に向けて、目一杯龍の力を込めた会心のパンチを喰らわせた。

 

「ずあぁっ!!」

『うぁがっ!?』

 

 豪華な装飾の施された執務室の壁をぶち抜き、外へと盛大にぶっ飛ばされるスタリオン。光線で焼け焦げた腕の傷に弱い治癒の魔法を掛けながら、リュウはその穴から外を見る。

 

『くっ……おのれ妙な真似を!』

「飛べんのか……!」

 

 まぁ見た目から考えれば飛べてもおかしくないけどな、とリュウは自分で突っ込みながら、背中を抑えて睨むスタリオンに睨み返す。大武会でリュウに煮え湯を飲まされた記憶が蘇り、スタリオンの怒気が膨らんでいく。

 

『貴様……絶対に殺してやる!! 【戦いの旋律】!』

「……やれるもんなら! 戦いの歌(バトルソング)!」

 

 リュウも浮遊魔法を使って外へと踊り出た。両者ともに魔力のオーラを纏い、ここからは空中戦。障害物やトラップなしの、純粋な力のぶつかり合いだ。

 

『シェアァッ!』

 

 突撃するスタリオンは、鋭く尖らせた手刀でリュウを狙う。体の大きなスタリオンからは、リュウの小ささは厄介な点だ。だがサントの荒々しさとバリオの冷酷さが合わさった攻撃の威力と精度は、非常に高いと見える。

 

「喰らうかぁ!」

 

 だがリュウも負けてはいない。身体強化を掛けて底上げされた速度とパワーは、同じく身体強化を掛けた巨体のスタリオンと比べても見劣らない。手刀攻撃を捌き、いなし、避ける。この攻防を互角とするなら、的の大きなスタリオンの方が不利だ。リュウから見ればどこに手を出しても、外れる事が少ないからだ。

 

「このぉっ!」

「!!」

 

 手刀攻撃の合間を縫うように、リュウは拳をスタリオンの腹に突き立てた。ジャストミートだ。悶絶間違いなし。手応えからそう読んだが、予想は大きく外れた。

 

「い……っ!?」

『フハハハ! 何だそれは蚊が刺したかと思ったぞ!!』

「……!」

 

 どうやら、防御力が凄まじく上昇しているらしい。拳に残る感触は、まるでガチガチに固まった強固なコンクリートを殴ったそれだ。光の戦士の見た目は伊達ではないということか。先程の背中への攻撃は、隙を付けたのが大きかったらしい。

 

「でもそれならそれで……!」

 

 やりようはある。リュウにも、それなりに硬い相手と何度か戦った経験はあるのだ。今ならば出来るその対策方法。外殻が硬いなら、内部に直接ダメージを与えれば良い。時折喰らう手刀攻撃を捌く傍ら、リュウは掌にマジックボールを作る準備をした。まだ発生はさせない。そして隙を見て今度は拳ではなくその掌を、スタリオンの腹にスッと当てた。当然、それだけではダメージは皆無だ。

 

『何度やろうと同じこ……』

「喰らえぇっ!」

 

 同じ……ではない。リュウはその状態で、掌に破壊力の塊であるマジックボールを発生させたのだ。密着させたゼロ距離状態で炸裂するマジックボールは、外ではなく内側にその威力を直接叩き込む。中国武術で言う所の“浸透勁”をリュウなりに再現した結果である。

 

『ゴファッ!?』

 

 ズドンと吹き飛び、体内部への回避不能な直接的ダメージに喘ぐスタリオン。距離自体は離れたが、リュウはそれをチャンスと捉えた。即座に呪文を唱え、さらなる追撃を掛ける。

 

「魔法の射手・連弾・炎の401矢!」

『うおおお!?』

 

 大量の炎の矢が腹を抑えているスタリオンへと飛んでいく。リュウは気を緩めない。スタリオンは当たる直前、腕でガードの姿勢を取っているのが見えたからだ。次々に炸裂する炎の矢の爆煙で姿は隠されている。だがさらに駄目押しでもう一発。リュウは懐からあんちょこを取りだした。

 

「ソル・ファル・リ・エータ・リギエンダ!【ものみな焼き尽くす浄化の炎、破壊の主にして再生の微よ、我が手に宿りて敵を喰らえ!“紅き焔”!】」

 

 先日の大会でも使用した炎の魔法。放たれた炎弾がスタリオンに直撃し、爆煙を一際大きな物にする。避けた気配は全くない。これで大分ダメージを与えられた筈。気を抜かずに煙を睨みつつ気配を探るリュウ。その時、突然爆煙の中心から光弾が放たれた。

 

「おわっ!」

 

 咄嗟に反応し、身体を横に逸らして何とか回避する。光弾は背後にあるビルを掠めて飛んでいき、後方で大きく爆ぜた。

 

(何だ今の……!)

 

 今のは、かなり危なかった。爆発の規模から察するに相当な威力を持っているのだろう。速度も目を見張るスピードだった。おまけに狙いは寸分違わずリュウの顔面直撃コースだ。もし少しでも気を抜いていたら、避けられなかっただろう。

 

『ちっ、避けやがったか……』

「……」

 

 煙が晴れ、そこには手をリュウへと向けるスタリオンの姿があった。リュウの魔法による追撃は、確かにダメージを与えたらしい。所々が焼け焦げたように煙を上げている。だがそれで戦闘不能にまでは追い込めなかったようだ。中途半端にダメージをうけた事で、スタリオンの顔はリュウに対する憎悪で満ち満ちている。

 

「……!」

『ん?』

 

 リュウとスタリオンが睨み合っている後ろで、光弾が掠めたビルから凄まじい爆音と破壊音が聞えてきた。恐らくはガトウが元締めを追い詰めてるのだろう。それを知ってリュウは決めた。自分もここらでこの馬野郎を仕留めようと。今までの力から推測し、今見せた光弾にさえ注意すれば競り勝てると踏んだのだ。そしてリュウが虚空瞬動に浮遊魔法の最大出力を重ねて突っ込もうとして……その予備動作を見たスタリオンは、何故かニヤリと笑った。

 

『おっと! それ以上近付くんじゃねぇ! あいつらがどうなってもいいのか!?』

「!」

 

 何を……と言おうとしたリュウは、スタリオンの片手がどこに向かっているかを目にしてピタリと動きを止めた。見ればスタリオンの掌にはあの光弾の輝きが浮かんでおり、しかもその狙い先は、リュウとスタリオンの真下だ。

 

「お前……!」

『ククク……無視して俺に攻撃を仕掛けるか? まぁ、お前にとっては何の関係もない赤の他人どもだ。そいつらがどうなろうと別に構わないと言うなら、やるがいい』

「……!」

 

 空中で起きた幾つもの爆音に気付いた街人がざわざわと、リュウとスタリオンの真下に集まってきていた。確かにリュウには何の関係もない一般人だ。彼らに被害があろうと、リュウは痛くも痒くもない。

 

「……っ」

『おっと動くな。少しでも妙なマネをしたらこれを下へ放つぞ。そうだな、まずはその厄介な身体強化魔法を解除しろ!』

「……」

 

 どうすればいいのだ。リュウは、まさか自分がこんな風に脅される立場になるとは考えた事もなかった。本当に人生ってわからないなとどうでもいい事を考えて、現実逃避したくなる。だが、リュウは今すぐここで選ばなければならないらしい。自分を取るか、無関係な人達を取るかを。

 

「……」

 

 シャドウウォーク……は無理だ。スタリオンとの距離が離れ過ぎている。アレは短距離しか出来ないから意味がない。虚空瞬動……予備動作でバレる。その時点で終わり。無詠唱魔法……魔法の射手程度では、あの光弾を弾くには威力不足。忠告を無視して突っ込む……スタリオンの脅迫がただのハッタリならば良いが、残念ながら口だけではない事はわかる。下に集まった人達は、あの光弾の爆風だけでも酷い事になるだろう。……ダメだ。リュウには、打開策が浮かばない。

 

「……」

『……そうか。俺の言う事が聞けないというのだな……いいだろう!』

「!」

 

 スタリオンが下に向けた光弾を膨れ上がらせる。それを見たリュウは……咄嗟に、戦いの歌を解除した。……それしか思い浮かばなかったのだ。

 

『フ……フハハハハ! いい判断だ。そのまま動くなよ?』

「……」

 

 リュウには、無関係な街の人を見殺しには出来なかった。思わず誰かに助けを請いたくなる。こんなピンチには、都合の良い謎の味方なんかが助けてくれるのがお約束だろ、と。

 

 だが現実は非情だ。唯一助けに来る可能性があるガトウは、未だ背後から響く爆音のおかげで来る事はないと嫌でもわかる。他に唐突に現れて風車や薔薇の花なんかを投げつける酔狂なヒーローなど、居るわけがない。その場に無防備になって直立するリュウに、スタリオンは片手を向けた。

 

『まずは先程のお返しだ。喰らえ、魔法の射手・連弾・雷の101矢!』

 

 発生した雷の矢は全てがリュウに向けられ、そして次々と命中していった。

 

「うっ! ……くぁっ……!」

 

 全くの防御なしでの全弾ヒット。いくら頑丈に鍛えられたリュウと言えど、このダメージは決して小さくない。痛みを堪えて即座にスタリオンに目をやるリュウ。油断していないかと期待したが、相変わらず光弾は下へと向けられている。何も事態を好転できる要素が見当たらず、策も浮かばない。

 

「くっ……」

『ようし……なら次は……これだ! 漢羅狂烈波!』

「!!」

 

 次にスタリオンの手から放たれたのは、先程リュウを掠め、今もって下の街人達に向けられているあの光弾だった。避ける事が出来ないリュウに光弾は直撃し、盛大に爆ぜた。

 

「うぐぅぅ!? ゲホ……ッ!」

 

 流石に威力は高い。腹部や腕からは血が流れ、内蔵のどこかにダメージを受けたのか若干の吐血もした。激しい痛みがリュウの全身に襲いかかる。気を抜くと浮遊魔法が切れて地面に墜落してしまいそうだ。リュウは必死に考えた。いや本当は考えたくない事だが、このままでは目の前のエセウマトラマン野郎に、自分はやられてしまう。

 

「ぐっ……」

『しぶといな。まぁいい、そろそろとどめだ。お前の次はあのムカツクグラサンヤローを血祭りにしてやる!』

 

 スタリオンの片手に魔力が集中する。光弾でも広範囲の光線でもなく、それはまるで回転ノコギリのような輪になった。まさに人を八つ裂きにするための光輪だ。

 

「パクり過ぎ……だろ……」

『じゃあな! ガキィ!!』

「くっ……!」

 

 そしてリュウの首目掛けて、ついにスタリオン最後の光輪が…………放たれなかった。

 

『ぐがぁぁぁぁぁぁっ!?』

「!?」

 

 スタリオンがその光輪を振りかぶった瞬間。突如としてがら空きの背中へ、下方から放たれた桜色のビームが直撃したのだ。最初のシャドウウォークでリュウが全力の拳を見舞った箇所と、同じ箇所への全くの不意打ち。それが余計にダメージを倍加させたらしく、下へ向けていた掌のエネルギーも消え去り、スタリオンは痛みにもがいている。

 

「……!?」

 

 何だ今のは、街の方角からだ。救援なのか? リュウは混乱しつつも急いでビームの発射元の方向に目をやった。しかし、その周辺には誰もいない。恐らくは魔法を放って助けてくれたであろう人の姿など、どこにも見当たらず……

 

「あ……」

 

 ……いや、居た。そこには確かに居た。とても見慣れたその小さな姿は。あの店で、留守番をしていてと頼んだそいつは――――

 

≪よう! 相棒!≫

≪ボッシュ!!≫

 

 そう、それはボッシュだった。先ほど放った桜色のビームは、あの闇の福音の修行を経てボッシュが使えるようになった中での最強の魔法“春の嵐”。ボッシュの少ない魔力では一発しか撃てず、しかも練習用の始動キーである為そこまでの威力はない。だが当たり所が良かったのだろう、スタリオンには痛烈なダメージとなったらしい。

 

≪何かよぉ、でっけぇ音が聞こえて外へ出たら、相棒が苦戦してるじゃねぇか。俺っち“独自の判断”ってやつで勝手に手ぇ出しちまったが……余計なお世話だったか?≫

≪……はは……何言ってんの……!≫

 

 まさかの救援はヒーローでも正義の味方でも、ましてや人間ですらなかった。それはリュウがいつも頼りにしている相棒のフェレット。あまりのいいタイミングに、思わずニヤリと口元が釣り上がる。

 

「ナイスだぁぁぁボッシュゥゥゥゥ!!」

 

 リュウは危機を救ってくれた相棒に全力で感謝の言葉を捧げつつ、虚空瞬動と浮遊魔法の最大出力でもって、スタリオンに頭からの体当たりを敢行した。

 

『ガァッ!? ガ……ガキィ……ッ!』

「うおおおああああっ!!」

 

 そしてそのまま一気に加速し、スタリオンを高速で運んでいく。街から離れ、誰も人質に取らせない為にだ。狙い通りぐんぐん街は離れていき、止まらないリュウとスタリオンは、荒野の上をぶっ飛んでいく。

 

『くっ!? は、離せぇ……っ!!』

「まだだ!」

 

 逃れようと暴れるスタリオン。だが腹にめり込むように体当たりするリュウが小刻みに揺れて攻撃をかわすのと、ボッシュの魔法による少なくないダメージのせいで、思うようにリュウを引き離すことが出来ない。

 

(……ここまでくれば……!)

 

 ジンメルの街からおよそ数km。全力でかっ飛ばしたから、辺りは人や動物の気配は全くないただの荒野が広がるだけだ。それを確認してリュウは、右手に龍の力を集中させた。

 

「ふぅんっ!」

『うぎっ!?』

 

 握った拳でスタリオンの顎に一撃。カチあげるようにアッパーをくれてやり、急ブレーキを掛ける。遅れてスタリオンも停止し、距離が離れた。

 

「……これでもう、脅しなんて下らない真似は出来ない」

『ぐっ……!』

 

 さっきまで余裕だったスタリオンの馬面が、再び怒りに歪む。

 

『貴様……卑怯な真似をしやがって!』

 

 忌々しげにそう呟くスタリオン。卑怯、とは恐らく先程のボッシュの魔法のことだろう。リュウは大きく呆れた。自分は人質を取っておきながら他人を卑怯呼ばわり。ダブルスタンダードもいい所だ。

 

「お前に言われたくないね。まぁ、持つべき者は頼れる相棒だよ」

『おのれ……おのれぇぇぇ!! 貴様! もう只では済まさんぞっ!』

 

 逆上し、怒り心頭なスタリオン。今までも散々殺すだの何だの言っておきながらよく言う。そんな思いを抱きながら、リュウは自分の中へと意識を向けた。これ以上、こいつに好き勝手はさせない。“切り札”で、叩きのめす。

 

「只じゃ済まさねぇのは……!」

『!?』

 

 ドンとリュウを包み込む火柱のようなオーラ。圧倒的な威圧感の増大。初めて見る現象に戸惑うスタリオン。

 

「ハアアァァッ!!」

 

 オーラが一層の眩い光を放って弾け飛ぶと、そこに浮かぶのは半人半龍。白髪に赤い目の、ドラゴナイズドフォームの降臨である。修行によりさらに伸びたリュウの力は、ドラゴナイズドフォームにもしっかりと影響を与えている。以前チャージを重ね掛けした時にだけ生えた角のようなものや顔と肩から胸への入墨のような模様が、最初から現れている。リュウは、さらに“近付いた”のだ。

 

『!? き、貴様……一体……!?』

「……」

『あ……う……』

 

 何も言わない無言のリュウが、ただ睨むだけで発する迫力。スタリオンはたじろぎだしていた。こいつは、何かが違う。さっきまでのあのガキとは根本から違うのだと。

 

『ま……待てよ。……そ、そうだ。お前、俺と組まないか? 俺とお前なら、アーガスの野郎なんか蹴散らして組織を……いや組織だけじゃない。いずれは世界だろうと……』

「……」

 

 まるで頭のネジが緩んだかのような誘いを、スタリオンはリュウに持ちかけてきた。気持ちがグラつく事さえ有り得ない。そんな問いには当然答えはNOだ。リュウの視線は、揺らがない。

 

『ど、どうだ。少しは考えてみない……かっ!!』

「!」

 

 その瞬間、スタリオンは不意打ち気味にあの光弾をリュウへと放った。油断を誘うにしてはお粗末過ぎる文句だが、リュウがそれを避けなかったのは間違いない。光弾はリュウに当たって大きく爆発したのだから。

 

『ハ……ハハハッ! 馬鹿め! 直撃だ! 誰が貴様なんぞに……』

「……」

『ハ……!?』

 

 リュウは、当然のように無傷だった。先程から何も変わった様子もなく、ただじっとスタリオンを睨んでいる。勿論かわせなかったわけではなく、かわす必要がないからわざと動かなかっただけだ。そして、今の不意打ちでさえ全く効果がなかった事でようやく理解し始めたのだろう。…………スタリオンは、震え出していた。

 

『ば……化け物め……!』

「……お前もだろ」

 

 刹那、リュウは背のバーニアから瞬間的に赤い光を噴出し、スタリオンにすら視認出来ない速度で突撃した。ドズン……と、鈍い音が荒野に響いた。

 

『ア……ガ……ァッ!!?』

 

 めり込んだのはリュウの肘。ぶち当たったのはスタリオンの腹。貫通まではしなかったものの、くの字どころか不等号のように身体を折り曲げるスタリオン。強固なはずの外殻を、外側からたったの一撃で悶絶させるドラゴナイズドフォームの圧倒的パワー。そしてリュウは両手を組み、力を溜め込むように頭上へと振り上げた。どうぞ叩いて下さいと言わんばかりに下げられたスタリオンの頭へ。凶器と化したその拳を、容赦なく振り下ろす。

 

「っ!」

『!!?』

 

 ゴッ! という壊音。脳天が陥没するほどの威力の拳を食らったスタリオンは、拳銃から弾き出された銃弾のように高速で地面に衝突した。衝撃で大地に開けた大穴はとても暗く、深い。

 

「……」

『ぐっ……かはっ……ち、ちくしょ……う……』

 

 僅か二撃で満身創痍となったスタリオンが、大穴から這々の体で這い上がってきた。リュウはゆっくり地面に着地すると、そこへと近付いていく。

 

「降参する? 大人しく捕まるって言うなら……」

『……』

 

 スタリオンの所作にリュウ自身、自分で言っておきながら少しだけ驚いた。リュウの言葉を全て聞く前に、スタリオンは観念したかの如く両手をだらりと降ろしたのだ。力無く、抵抗を止めたようにさえ見える。尤も、油断させる為の芝居を疑うリュウが警戒を解くわけはないが。

 

「……?」

『お……俺が貴様なんぞに……貴様なんぞに…………!』

「!」

 

 スタリオンから発せられる空気が、どこか変っていく事にリュウは気付いた。これ以上、何をするつもりなのだろうか。そんな疑念を抱きつつ、リュウが発するプレッシャー。それに押し潰されないため、無理やり矜持を奮い立たせて抗うかのように、スタリオンはブツブツと呟き続けている。

 

『……俺は……俺は! 貴様のようなガキになど! 負ける訳がないのだァァァ!!』

「!」

『ガァァァァァァッ!』

 

 そして、スタリオンの全身が光を放ち始めた。気のせいか体が一回り大きくなったような。いや、気のせいじゃない。目の錯覚でもない。事実としてグングンと、スタリオンの全身が、巨大化を始めたのだ。

 

「まさか……」

『フ、フハハハハッ! 場所を移して有利になったのはお前だけではない! これが俺の究極の姿だ! 虫けらめ! 踏み潰してくれる!』

 

 凄まじい声量が荒野を埋め尽くす。スタリオンは全長五十mはありそうな、まさしく光の巨人へと変化したのだ。リュウから受けたダメージも幾分回復したらしく、それに伴って若干の余裕を持ち直している。

 

『死ねぇ!』

 

 巨大化した足でリュウを踏み潰そうとするスタリオン。巨体の割に、速度は鈍っていない。しかしそれがリュウに通じるかは別問題だ。ドゴンドゴンと振り下ろされる足を、リュウは難なく避けている。

 

『くそっ……! 死ね! 死ねよ!』

「……」

 

 踏み潰せない。当たらない。スタリオンは別の手に出た。当たらないのなら、当たる攻撃をするまで。スタリオンは足元のリュウに向け、両腕を交差させた。

 

『ウペシウム!』

「!」

 

 大きくなった為に広範囲をカバーする虹色の光線。それがリュウを含んだ足元一帯を吹き飛ばした。まるで爆心地だ。強大なエネルギーによる蹂躙が、広がる荒野に小さな傷を付けた。

 

『はぁ、はぁ……ハ、ハハハ……ど、どうだ!』

「……」

 

 立ち込める爆風の上から声が響いてくる。リュウは、全くダメージを負っていない。そしてリュウは、スタリオンの思考を分析していた。単純な大きさとして比較するならば、確かにリュウは小さいだろう。だがスタリオンはそれでも、リュウにどこか怯えているようだった。本能が感じているリュウの力に対して、巨大化した事で相手を上回ったという安心感で、対抗しているのだ。

 

 だから、リュウは決めた。巨大化したスタリオンを、その矜持ごと捻じ伏せる事に決めた。自らの内に秘める、さらなる大きな力を持って。

 

「……」

 

 リュウは爆風の中で、自分の奥深くへと意識を巡らせる。ドラゴンズ・ティアは竜変身の際にその体と一体化する機能を持っているから、外す必要がなくなった。それはつまり、今まではドラゴンズ・ティアに気を使って出来ないだろうと思っていた変身も可能になった事を意味する。

 

 ユンナの知識を継いだボッシュに聞いた。今のリュウの身体に移植された数々の龍の力。それらの総称をして“竜因子(ジーン)”と言う。リュウは自らの奥深くで呼び覚ます“竜因子(ジーン)”を選択し、組み合わせていく。

 

【ワンダー】巨大化

【シャープ】特徴強化

【グロース】能力強化

【ガイア】地巨竜

 

 そして、リュウの体内に眠る大きな力が目を覚ます……。

 

「でぇぇぇやあぁぁぁぁぁ!!」

『!?』

 

 舞い上がる砂埃に突如として落ちる雷光。爆風を吹き飛ばすように現れる、巨大な黒い半球体。表面をバチバチと稲妻が迸るそれに、スタリオンは理解が追いつかない。

 

『な、なんだ……これは……!?』

 

 スタリオンは驚愕していた。現れた半球体のあまりの巨大さに。それは全長五十メートルはあるはずの今のスタリオンが、小さく見える程の巨大な黒いドーム。そしてその半球体は上方から微細なヒビが入っていき、ガラスのような音を立てて、砕け散った。

 

ブ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ ! !

 

『うああっ!?』

 

 風に舞う紙切れのように吹き飛ばされるスタリオン。それは空を、大地を揺らし、離れているはずのジンメルの街、それ以外の町へも轟くほどの咆哮による衝撃だった。体勢を立て直し、地面へと着地したスタリオンはそれを見上げて――――

 

『な、なんだ……! なんなんだコレは……!?』

 

 ――――そこにあったのは、“山”であった。

 

 妙な黒い半球体から現れたその“山”を目前にして、スタリオンは震えが止まらない。先程のリュウへのそれとは桁が違う。歯はガチガチと鳴り止まず、膝は激しく揺れ動いて今にも崩れ落ちそうになる。

 

≪……まだ、やる?≫

『!!?』

 

 “山”から、スタリオンの頭に直接声が響いてくる。直後、目の前の山の表皮が捲れ上がり、鍾乳石を逆さまにしたような、尖った巨大な白い何かが現れた。

 

『ま……』

 

 まさか、とは思った。信じたくなかった。しかし上を見上げて、スタリオンは信じざるを得なかった。目の前にある巨大な白い何かは、“牙”だ。そしてそれがある場所に開いたそれは、考えたくないが自分の身長を超えるサイズの……“口”。

 

 ……違う。これは山なんかじゃない。これは……これは生物————アイツだ。

 

 リュウが変身したのは巨竜“ベヒモスドラゴン”の上位種、“地巨竜(バンダスナッチ)”。数ある竜変身のなかでも群を抜く、超巨大な体躯を誇るドラゴンである。亀のような見た目と背中の四隅から生える四本の角を特徴とし、そしてその身に宿るのは、地を操る力だ。

 

『あ……う……』

 

 スタリオンは、何が何だかわからない。先程唐突に頭に響いた声の口調は、確かにさっきまでのガキのもの。だが圧倒的過ぎる巨体とそこから感じ取れる力が、リュウの声を酷く恐ろしい地獄からの呼び声であるかのようにスタリオンに感じさせた。

 

 スタリオンは考える。これは無理だ。絶対に勝てない。ならばどうするか。どうすれば自分は生き残る事ができるのか。この巨体から逃げられるとは思えない。だから今にも逃げ出してしまいそうな足を何とか抑え、混乱する頭で必死に考えていた。

 

『わ、わかった。お……俺が悪かった。だ、だから……』

≪……≫

 

 リュウは、僅かに迷っていた。今までのスタリオンの態度から、今言った言葉が本心であるとはとても思えない。しかしこのまま問答無用で倒すのも、微かに気が引けた。だからリュウは少しだけ考えて、思いついた。

 

≪一つ、聞く≫

『……!?』

≪お前は、“完全なる世界”を、知っている?≫

『!? な、なんだそれは!? し、知らんぞ!?』

 

 スタリオンは狼狽した。それは全く聞いたことの無い単語だったからだ。そして、嘘をつくような余裕は時の彼方に消え去っている。リュウの意を少しでも害したら、その時点で自分は終わると思えたからだ。

 

≪……嘘じゃ、ないだろうな≫

『!? ほ、本当にし、知ら……な……』

 

 リュウは、“それ”を開けた。瞳。山の二ヶ所で静かに開かれる、真っ赤な地巨竜の眼。恐ろしいまでの眼差しが、スタリオンを貫く。

 

『ヒッ……あ……うあぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 スタリオンは、がむしゃらに暴れだした。凶悪な眼に射竦められたスタリオンの恐怖は、限界を越えたのだ。一度溢れてしまった恐怖は濁流のように全身を支配し、虹色の光線を、光弾を、拳を、蹴りを、手刀を。スタリオンは繰り出し続ける。それが無意味である事を理解して、ますます恐怖は積り続ける。

 

『うああ……ぁぁぁぁぁぁ!!!』

≪……≫

 

 それは例えるなら、リュウの体の表面を撫でるそよ風ほどのものでしかなかった。圧倒的という言葉ですら生温い生物としての差に、スタリオンは恐怖を通り越して錯乱していた。リュウは、直前のやりとりの知らないと言った言葉に、嘘偽りはないと看破している。そして最早話をする余裕もスタリオンには無い事を理解して、終わらせる事を決意した。

 

地巨竜(バンダスナッチ)のドラゴンブレス……≫

 

 厳密に言えば、地巨竜のそれはブレス攻撃ではない。しかしその巨体を活かした技は、他のドラゴンのブレスに勝るとも劣らない威力を秘めているのだ。

 

≪……メテオ=ダイブ!≫

 

 ————瞬間、山が動いた。リュウは体から溢れ出る地の力により、その自重をものともせずにはるか上空へと飛び上がったのだ。そのまま雲すらを眼下に見下ろす高さへと到達した巨体は、龍の力のオーラを纏い、引力に引かれ、落下を始める。

 

 ……さながら流星。星の屑のように。落下地点のスタリオンを目掛けて。

 

『あ……ああ……あああああああぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 そして……大陸が、悲鳴を上げた。

 

 そうとしか思えない程の地響きが、轟音が、この大陸全土を文字通りに“揺るがせた”のだ。リュウが衝突した周囲は半径数kmに渡り、太陽の光を遮る微細な粉塵が舞い上がって夜となった。そしてその中心には干上がった湖を思わせるほどの巨大なクレーターが広がり、脇には縦横無尽に走る地割れがどこまでも続いている。

 

「ふぅー……」

 

 クレーターの底で、リュウは大きく安堵の息を吐きだした。危なかった。ギリギリで何とか回避できた。ガトウに言われた生かして、という言葉を寸前で思い出して良かった。あと少し遅かったら、どうなったかわからない。

 

「……痛た……街まで持ってよ筋肉痛……」

 

 リュウはクレーターの脇へ、よろよろと浮遊魔法で登っていく。果たして、そこには二人の人影があった。地割れの隅っこに、真っ白になって気絶しているバリオとサントの姿が。リュウはガトウの言葉を忠実に守り、ギリギリでスタリオンへの直撃を避けていたのだ。

 

「しかし……うわぁ何これやばくね……どうしよ……」

 

 気絶したバリオとサントを適当にロープで縛って引きながら、弱い浮遊魔法で飛んでいくリュウ。ふと自分が衝突した後を振り返って、若干血の気が引いた。自分でやっておきながら、そのクレーターのあまりの自然破壊ぶりに驚きを禁じえない。そして少しだけ考えて、変えてしまった地形や日の光が届かなくなった現状を、見なかった事にしようと決意するのだった。


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