炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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5:本戦(前)

 時刻は夕方。大会予選を難なく終え、本戦の日程を確認したリュウとガトウは、ティガの定食屋へと戻ってきていた。あと少しばかり時が経てば店を開け、リュウがもう一つの腕を振るう時間の到来である。

 

「リュウもおじさんも予選通ったんだって!? 凄いじゃん! あたしも見に行きたかったなー!」

「なぁに、俺達は大した事はしてないさ。たまたま周りの連中の調子が悪かったんだろう。なあリュウ君」

「そうですね。偶然弱い人達が集まってたグループだったのかもしれないですし」

 

 予選において、当たり前だがリュウとガトウの二人はほとんどその実力を見せていない。それでもこんなセリフが飛び出すのは、勝負の世界に絶対はないという事をよく理解しているからこそである。勝って兜の緒を締めよとはよく言ったものだ。まぁそれが必要ない程に、この二人が飛び抜けて強いのは確かだが。

 

「うぅー……んー。あー、やっぱ暇な時間て素敵……」

 

 ぐいーっと伸びをして、そんな事をのたまうリュウ。何はともあれ精神的に疲れたから、店を開けるまではこのままゆっくりしてよーとかリュウは思ったのだが……

 

「おぉーいリュウ先生ー! 表に行列が出来てっからよー! 早めに開けた方がいいみたいだぜー!」

 

 ……と、一階に居るティガから思いもよらない応援要請が届いた。定食屋二階で存分にマッタリするつもりだったリュウには、完璧な不意打ちである。

 

「は? え、行列って……え、なんで……!?」

「あ、それってひょっとしてさー、リュウがここで料理作ってるのが会場に来てた人達にバレちゃったんじゃないの?」

「む、それはあるかもしれないぞリュウ君。あの予選で俺達はかなり目立ったからなぁ。君がこの店で働いていると誰かが言ったとしたら、すぐに広まるだろうね」

「ゲ、マジすか……」

 

 リンプーとガトウの予想は正解であった。どこからか噂の親子タッグの片方が料理を出している店があるという情報が観客達に漏れ、それなら是非近くで一目見ようという野次馬見物客が大量に押し寄せてきていたのだ。

 

≪相棒何やってんだ! 表がスゲー事になってんぜ!≫

「あーもー、少しくらい休ませてくれっつーの!」

 

 口ではそう文句を言いつつそれだけ評判が良い事にちょっと嬉しそうにしながら、リュウは一階への階段を降りていく。そしてティガの定食屋は開店時間を前倒しし、大会初日を大盛況で迎える事になるのだった。

 

≪相棒よくやるよなぁ。まぁ頑張れ≫

「お前も手伝ってくれよ! 今はフェレットの手でも借りたい!」

≪俺っちあの知識があっから機械ならイけるけどよ、残念だが料理は作んのも運ぶのも無理だぜ相棒≫

「ちくしょー! わかってるよもー!」

 

 店入り口の鍵を開けた途端、怒涛の勢いで流れ込んで来る客達で定食屋の椅子はあっという間に埋め尽くされていた。そして悲鳴を上げるのはウェイターをやっているティガと、厨房で料理を作るリュウだ。頑張れと適当に言うボッシュは、マスコット的にカウンターの隅っこで丸まっている。

 

「あー人手が欲しいー!」

 

 そもそもこんなに一度に大量の注文を受ける事自体が初めてで、使い勝手もそこまで詳しくないティガの定食屋の厨房で、それでもお客の期待を裏切る訳にはいかない訳で、リュウは予選時よりもはるかにテンパっていた。リンプーはこの店には居ない事になっているから手伝う訳にはいかない。だからこうなったらダメ元という事で、リュウは二階に向けて叫んでみた。

 

「“アナベル”さーん! 少しでいいんで手伝ってくれませんかー!」

「わかったいいとも! ちょっと待っていてくれ“ケリィ”!」

「……へ?」

 

 と、そんなリュウのやけくそヘルプに対し、ガトウは二階からやたらと乗り気な声で返してきた。そしてそれから数分ほどして、トントンと何者かが階段を下りてくる。

 

「さて、じゃあ俺もたまには店員の真似事でもするとしようか!」

「おわ……いや自分で言っといて何ですけど……いいんですか?」

「ハッハッハ。いやいやこれもまた情報を得る為の手段の一つさ。それに気晴らしにもなるからね」

 

 と、ガトウはノリノリで白いシャツに黒い腰エプロンを付けたソムリエのような格好で現れた。試合で見せた変装時と同じ姿であるグラサン・オールバックなのが似合っているのかいないのか微妙な所だが、これにはリュウも驚きである。

 

「店員さーん! 注文いいー?」

「はいはい、只今伺いますので少々お待ちくださいね」

「……」

 

 ニコニコと、何故か妙に手馴れている感じのウェイターガトウ。中々お茶目な一面のあるおじさんである。リュウは何だかつかめない人だなぁと思いつつ、次から次へと来る料理注文の対応に追われ、中華鍋を豪快に振るのだった。

 

「なぁなぁ! 明日はどこが優勝すると思うね?」

「そうだなぁ、やっぱバリオとサントじゃねぇか? あいつら過去の大会でかなりの数優勝してるからなぁ。ありゃつええぞ」

「なるほどなぁ。俺ぁBブロックから出てたバルガスとかいうハゲの若造のチームに頑張ってほしいんだがなぁ。今時武者修行とは関心だぜ」

 

 やはり店にいる客達の中では、今開かれている大会の話で持ちきりだ。それ目当てでわざわざ遠くの地から観光に訪れている客も多いのだから、当然と言えば当然である。そして違う考えを持つ者同士が出逢えば、そこに軋轢が生まれるのは仕方の無いことだ。

 

「あぁ!? お前あの親子コンビが負けるってのかぁ!? 圧倒的だったじゃねぇかよ!」

「たりめーだろうが! バリオとサントがあんなポッと出の連中に負けるかってんだ!」

「んだとぉ!?」

「やるかてめぇ!」

 

 それぞれが贔屓にしているタッグの話で盛り上がり、そこに酒が入ればヒートアップするのは当たり前である。狭い店内でさえあちこちから聞こえてくる怒声の数々。注文取りと仲裁で駆け回っているのはティガだが、それも徐々に手が回らなくなってきている。

 

「すみませんねお客様、店内での喧嘩はご遠慮願えませんか?」

 

 と、そんな熱くなりそうな客の所へ颯爽と登場したのがウェイターガトウだ。これがまたなんとも効果覿面。何しろ注目の親子コンビの片割れが直接注意に来るのだ。リュウだけでなくガトウまでがここで働いているとは知らなかった客は、そのグラサン顔を見てしこたま驚いている。

 

「……え? は……えぇ!? あ、あんたは!?」

「ほ、本物!?」

「ええ。明日大会本戦に出場させて頂くアナベルと申します。どうぞよろしく」

 

 まさか今話題にしていた本人がしれっと出てくるとは、予想すらしてなかったであろう。そんなドッキリで本物の芸能人と出くわしたように固まる客達の姿が面白い。接客そのものも板についており、仲裁力も並ではないガトウ。まさに万能おじさんだ。

 

 そうしてガトウという即戦力に加え、何といってもリュウの料理に対する高評価の連続が、客達を掴んで離さない。他の荒れた店とは違って落ち着いて食事が出来るのが、実はこの店くらいしかないのも手伝い、最早かつての閑古鳥は過去の遺物。店は大いに繁盛しているのだった。

 

「“ケリィ”! あと炒飯を三人前追加で!」

「はーい!」

 

 リュウ一人で回している為、厨房では火の音が止む事はない。活気溢れる賑やかな店内で、額に汗しながら料理の腕を振るう。これはこれで楽しいのも事実だ。そうして出来上がった炒飯を出そうとした所で、リュウはバタンと乱暴に店のドアが開かれる場面に遭遇した。

 

「おうおう、噂通り居やがったなチビにおっさん。お前ら、ちったぁやるようじゃのう!」

「本戦出場か。さて、お前らは何回戦で死ぬかな?」

 

 現れたのは今大会優勝候補筆頭。ヤクザ者の馬兄弟だった。恫喝と言うか、挑発にでも来たのだろう。客達は突如として襲来したその二人の迫力に戦々恐々としており、冷や水を掛けられたように静まり返っている。意外と暇な上にしつこい連中だなぁと内心で毒づくリュウ。そしてガトウも、馬兄弟に対して何ら動じる事なく近付いていく。

 

「やぁいらっしゃい。せっかく来てくれた所申し訳ないんだが、今はご覧の通り満席でね。良かったら、外で並んで待っていてくれないかなお二人さん」

 

 絶妙な笑顔による接客対応で、馬兄弟に外に行けとやんわり告げるガトウ。挑発しに来たであろう二人は逆に挑発し返され、まさに激怒と呼ぶに相応しい表情を見せている。

 

(さすが……)

 

 それを厨房からチラッと見て、あまりの華麗な返しに感心しているリュウ。ちなみにだが、この馬兄弟二人も客達の話でもあったように大会には出場している。前年度優勝者の特権として、予選が免除されている本戦からのシード、というのが彼らである。

 

「……く……この……ムカつくおっさんじゃのお……! 何なら……この場で殺ったろうか……!」

「やめろ弟よ。大会期間中は抑えろ。……だが、ムカつくのは同感だ。アナベル、ケリィ。貴様等、俺達と当たる事になったら楽に死ねると思うなよ」

 

 逸る弟サントを諌めるように兄バリオが制止しているが、しかしそこは兄弟。表情を見ると両者とも似たようなものだ。明らかにリュウとガトウに対して殺気を当てつけている。しかしガトウはそしらぬ顔。リュウも適当に右から左へと受け流し、ジャッジャと中華鍋と格闘している。

 

「フン……」

「ケッ……」

 

 これ以上は居ても無駄だと思ったのか、馬兄弟は耳にも残らないような捨て台詞を吐くと、高圧的な態度のまま店から出て行った。ほぉっと客達が一斉に息を吐いたのは言うまでもない。二人が出て行った後の店の中には、リュウの振う鍋の音だけが響いている。

 

「……。なぁそっちのおっさん。あんた、あいつらのこと知らねぇのか?」

「ええ、恥かしながら俺はこの辺では新参者でしてね。よければ教えて頂けませんか?」

 

 酔っ払った客のうちの一人が、怪訝な様子でガトウに話しかけている。いやガトウさん詳しく知っているじゃん、とツッコミたくなるリュウ。だがよく考えると常日頃からああいった感じで情報収集を行っているのかと、さりげない処世術にやはり感心する。

 

「あいつらはなぁ、ずっと昔からこの町を取り仕切ってる組織の幹部なんだ。下手に目を付けられると、後後まで厄介なことになるぜ?」

「ほう、それはそれは。わざわざのご忠告痛み入ります」

 

 馬兄弟は、この街のちょっと詳しい住人の中ではやはり有名人であるらしい。ティガの店にわざわざやって来た事からして、既に俺達思いっきり目を付けられているけどね、とリュウは思った。だがまぁ、そうなった所でリュウ達にとってはむしろ好都合と言える。主に様々な情報収集的な意味で。

 

「ま、勝つか負けるかは、やってみないとわかりませんよ。ね」

 

 そう言って、厨房のリュウに向かってウィンクするガトウ。中年のおじさんの癖にその仕草は様になっていて、あははとリュウは苦笑いで返すしかなかった。そしてそんなガトウの一言で火が入り、すぐにまたやんやと盛り上がる客達。そんなこんなで定食屋の夜は、さらに更けていくのだった。

 

 

 

 

『さぁ! いよいよ始まりました漢羅狂烈大武会! 最初の試合は、イキナリ皆さま大注目のコンビが登場です!』

 

 実況の声が控室にまで聞こえてくる。抽選の結果、リュウとガトウは前半ブロックの一試合目となった。ちなみにシードの馬兄弟組は後半ブロックの最後の試合になっている。もしもリュウ達と当たるとしたら決勝だ。お誂え向きの趣向である。

 

『では! 驚異の親子コンビ! アナベル・ケリィチームご入場くださーい!!』

「やれやれ、すっかり親子が定着してしまったな」

「まぁまぁ」

 

 実況の声に従い、割れんばかりの歓声を受けながらリュウとガトウが舞台へ上る。そしてほぼ同じタイミングで、その反対から出てくる二人の影。最初の試合の相手は、盗賊のような格好に加えて妙な履物を履いている女性クローと、小太りの魔法使いカウワーのコンビだ。

 

「は、あんた達が鳴り物入りのおっさんとガキのコンビかい」

「少しはやるようだがな。勝つのはわしらだ」

 

 女性のクローは鋭いナイフ二振りを両手に。小太りのカウワーは魔力の篭っていそうな杖を取り出し、開始の合図と共に何か仕掛けるつもりらしい。それに対して相変わらず防具は何も付けないで普段着とスーツという、リラックススタイルのリュウとガトウ。

 

「さて“ケリィ”。どちらが女性を相手にするか、決めようじゃないか」

「えー」

 

 そう言い、煙草を左手で持ちつつ右手をグーにしてリュウの方へ指し出すガトウ。クローとカウワーが奴ら一体何をするつもりなんだ? とその動作を注視する一方で、リュウはちょっと嫌そうな顔をしている。

 

 予選でガトウなりにリュウの戦い方を分析した結果、彼は自分とリュウそれぞれが一対一の状況を作った方が互いに戦いやすいだろうという判断を下していた。わざわざコンビネーション等の連携を狙うよりも、両者の実力の高さを活かした方が良いだろうと。つまりはお互い勝手にやろうぜ、と言うことである。

 

「嫌かい?」

「いえ……こういう時って、大人が難しい方を敢えて選んでくれたりするんじゃないんですかね?」

「ハッハッハこれは痛い所を。確かに君の言う事も一理あるが……しかし覚えておきたまえ。大人というのはね……汚くもあるのさ」

「……」

 

 キュピーンと、ライトでも仕込んでいるんじゃないかってくらいにサングラスを光らせるガトウ。何をそんなセリフを格好つけて言うのか。リュウの中で彼のダンディ度が若干下降していっている。まぁ実際リュウも一対一の方がやりやすいのは確かだし、その場合どちらかが女性を相手取らなければならないのも確かだ。

 

「むー……わかりましたよ」

「よし。最初はグーでな」

 

 文句を言いつつリュウもガトウの意見に乗っかり、ジャンケンを始める。何をするんだと見ていたクロー、カウワーコンビから放たれるのは怒気だ。リュウとガトウが自分達を舐めているとわかり、激昂したのだ。

 

『それでは本戦第一試合……はじめ!』

「【契約執行・クロー・180秒!】」

 

 開始と同時にカウワーから魔力が供給され、クローの体をオーラが覆う。この二人は魔法世界のタッグとしては極めて基本的な、前衛が撹乱し、その隙に後衛が火力の大きい魔法を決めるというスタイルであるらしい。普通の魔法使いと従者というのに、とても新鮮な印象を受けるリュウ。

 

「あんたら! すぐに吠え面掻かせてやるよッ!」

 

 盗賊らしき装備は伊達ではなく、突撃してくるクローのスピードはかなりの域に達している。彼女が突出し、後ろではカウワーが呪文詠唱に入った。これが魔法世界での“普通”の戦闘方法だ。割とオールマイティに動けるリュウやガトウの方が、魔法世界では異端と言えば異端なのだ。

 

「よし、じゃあ女性の方は頼んだぞ“ケリィ”!」

「もー! 大人気ないですよ!」

 

 そして、ジャンケンの結果負けたリュウが愚痴と一緒にその場で迎撃の意思を見せ、ガトウは一足飛びに小太りの魔法使いへと向かっていく。

 

「!! 何!?」

 

 自信があったのだろう。リュウとガトウの二人を一度に相手取るつもりだったクローは、自分に目もくれず頭上高くを跳び超えるガトウに驚愕の声を上げる。子供がたった一人で自分を相手にするというのか。それともただの囮であるのか。どちらにしても、気に入らない。そう思い、クローはさらに速度を上げた。

 

「ちっ……ガキ一匹、とっとと仕留めてやる!」

「っと!」

 

 リュウとタイマン状態となったクローが、走りざま鋭いナイフ攻撃を浴びせ掛ける。ヒュンヒュンと、幾度も走るナイフの剣閃。それを危なげなく避け続けるリュウ。

 

「!? 当たらない……っ!」

 

 リュウの回避技術に驚くクロー。ならばと履物から妙な光を発し、さらに回転速度を上げる。彼女が履いているそれは“韋駄天の足袋”と言い、装着者の素早さを大幅に上げるアイテムなのだ。そして、最早ギアはフルスロットル。魔力供給と足袋の力を最大に引き出した彼女の速度は、まさに電光石火だ。……だが。それでも、リュウを捉えることが出来ない。

 

「く……なんだって……っ!」

「……」

 

 焦るクロー。リュウを子供だと見て、すぐに倒せると思ったのが彼女の失敗だ。目の前の子供は文字通り、普通ではないのだ。リュウはナイフ攻撃の隙をつき、足払いを仕掛けてクローの体勢を崩した。さらに、懐から小さな本のような物を取りだして中を捲る。

 

「……!?」

「ソル・ファル・リ・エータ・リギエンダ……」

 

 それが呪文の詠唱だと気付いたクローは、すぐさま体勢を立て直し、中断させようと全力を持ってナイフの乱舞を見舞う。しかしリュウは余裕だ。いくら魔力供給とアイテムによって素早いといっても、リュウとは見えている世界そのものが違うのだから。

 

「当たれよこのぉ!」

「っ!」

 

 むしろ危険なのはナイフではなく、避け回りながらの詠唱で舌を噛みそうになるというリュウ自身のケアレスミスという有り様。そしてそこへ、思わぬ方向から決定打がクローを襲った。体を覆っていた魔力のオーラがいきなり消失したのだ。

 

「え、馬鹿な……!?」

 

 まだ180秒経っていないにも拘らず、途切れた契約執行の効果。振り向くと、相方の魔法使いカウワーが、気絶して仰向けに倒れていた。クローの顔に諦めが浮かんだ所を、リュウは見逃さない。

 

「【凍てつく氷柩】」

「!!」

 

 顕現する氷の柩。その中にギシリと閉じ込められるクロー。これで彼女は戦闘不能。一息つき、ガトウの方へ振り返るリュウ。当然のように戦闘は終わっており、シュボッと煙草に火を付けている所が目に入った。勝負ありだ。

 

『あ、あっと言う間の出来事! 一体これは白昼夢か何かなのか! 圧倒的実力を見せつけたアナベル・ケリィチーム! それにしてもあんたらのその余裕は何なんだー!』

 

 勝ち名乗りを受けたのを確認して、リュウはクローを覆っていた氷を溶かした。勝負が終わればノーサイド。一応女性なので、その辺は労うのだ。カウワーはガトウが一瞬で意識を断ち切ったようで、傷みなどを感じてすらいないと思われる。

 

「傷付けずに無力化するとは、見事な手際だな“ケリィ”」

「男相手だったら遠慮しなくていいからもうちょい楽なんですけどねー……」

「ハッハッハ」

 

 リュウの抗議のセリフは華麗にスルーされ、何はともあれ余裕の一回戦突破である。その後二、三、四回戦はつつがなく消化され、ベスト4が出揃った。勝ち残ったチームには当然馬兄弟も含まれている。リュウとガトウがさりげなく観戦していた所、兄弟は卑怯な手は特に使わず、真正面から力押しで戦っていた。少々意外に思ったリュウである。

 

『それでは! 二十分の休憩の後、勝ち残った四チームによる準決勝を行います! 皆様! トイレは今のうちに済ませておいて下さいね!』

 

 そんなこんなで準決勝の控室でガトウと共に、出番待ちをするリュウ。何だか随分フランクな実況さんだなーとか思いながら待っていると、不意にコンコンと、部屋にノックの音が響いた。

 

「ん?」

「あ、俺出ますよ」

 

 テテテっと小走りなリュウがガチャリと扉を開けてみると、そこにはどこか弱々しい感じの男が一人立っていた。他には誰も居ないようだ。

 

「失礼します……」

「おや、あなたは確か……」

「あ、次の俺達の対戦相手の……えーと、エミタイ……さん?」

「いかにも、そのエミタイです」

 

 エミタイと名乗った男はお世辞にも覇気があるとは言い難い、ごく普通の冴えないおじさんであった。強者っぽいオーラが全く感じられず、少々首を傾げるリュウ。まぁ準決勝まで来たのだから実はきっと強かったりするのだろうが、こうして見る限りとてもそうは思えない。

 

「何かご用ですか?」

「はい実は……あなた方に折り入ってお話がありまして……」

 

 首を傾げ続けるリュウと無言のガトウに、エミタイはとても申し訳なさそうな態度でそう言ってきた。

 

(ん? 待って“エミタイ”……?)

 

 その紫っぽい頭髪とどことなくわざとらしい弱々しさに、リュウはうーん何だっけこの人どこかで……と必死に記憶を掘り起こしている。ガトウはガトウで何を考えているのかわからない顔で煙草を吹かし、静かに二人の動向を見据えている。どうやらガトウはエミタイへの対応を、リュウに任せるつもりらしい。そうしていると、徐にエミタイは話とやらを切り出した。

 

「実は申し上げにくいのですが……私には今、とても重い病に掛かった子供がい……」

「……子供がいて、その子の治療費の為に優勝賞金がどうしても欲しいんです……とかですか?」

「!?」

 

 話を遮り、まるで未来を先取りしたかのようなリュウの口撃。話に入る直前、リュウは“エミタイ”の事をギリギリで思い出したのだ。言われたエミタイは酷く狼狽した。今リュウが言った内容は、まさしく自分が言おうとした話そのまま全てだったからだ。

 

「は……え……あ、いや……その……」

「それでまさかとは思いますけど、俺達にわざと負けて欲しい……だなんて言いに来たわけじゃないですよね?」

「!!?」

 

 さらに畳み掛けるリュウの追い打ちに、ドキリという心臓の音が外に聞こえるくらいに吃驚した様子のエミタイ。目が泳ぎ、脂汗を垂らして明らかに動揺が見て取れる。エミタイの顔色は、既にロウから削り出したかのように蒼白だ。

 

「……」

 

 それを見て、不謹慎ながらリュウはちょっと楽しいと感じてしまっていた。人が自分の掌の上で踊っているのを見るのは、意地が悪いが確かに快感である。なるほど、こういうリアクションを見たいから、どこかのアルとかアルとかアルとかが、自分をからかうのかと。

 

(っと、いかんいかん)

 

 何だかよろしくない腹黒意識の芽生え始めを自覚したリュウは、自分を諌めつつこれ以上エミタイを虐めるのはやめる事にした。

 

「ていうか、そんな“演技”なんかしないで正々堂々闘いましょうよ、ね?」

「っ……!」

 

 演技、と言われてエミタイは悟った。全てバレている。小細工は通用しないらしい事を。ちなみにそう言ったリュウの顔は、自分でもちょっとキモイかもと思うくらいの笑顔である。

 

「く……!」

 

 作戦が失敗し一瞬だけ悔しがったエミタイは、逃げるように控室から去って行った。ふうと一息つくリュウ。リュウの記憶では“エミタイ”という男は、戦いの前に今のような“演技”をしてやる気を削ぐというズル賢い相手だったのだ。

 

「……」

 

 しかしふと考えてしまう。もしも万が一、エミタイの言った病気の子供というのが本当だったとしたら。それを考えると少し心が痛む。そんなリュウの隣に、いつの間にか立ち上がっていたガトウが立った。

 

「……ガトウさん?」

「心配はいらないよリュウ君。彼の言った事は、全て演技で間違いないからね」

「そうなんですか。……って、やっぱり知ってたんですか。あの人の手口」

「ハハハ。まぁね。そのくらいの情報は嫌でも集めてしまってね。君が騙されそうだったら、助け舟を出す所だったんだが」

「もー」

 

 ガトウはそう言うと、煙草の灰を灰皿に落としながらニヤリと笑った。

 

 

 

 

『さぁーいよいよ準決勝の始まりです! 予選、一回戦と圧倒的な力で勝ち進んできたアナベル・ケリィチーム! しかし彼らの快進撃もここまでか! 立ちはだかるは歴戦の猛者! 百戦錬磨の戦士と魔法使い! パトリオ・エミタイチームだーーー!!』

 

 そして始まる準決勝。リュウとガトウの相手は先程小賢しい演技をしてみせたエミタイと、戦士然とした姿のパトリオだ。今のエミタイはあの弱々しい雰囲気が一変し、強力な魔法使いとしてのオーラを存分に放っている。パトリオも、十分な実力を備えた高レベルの剣士である事は間違いない。偶然かはわからないが、やはり一回戦と同じく前衛、後衛のノーマルなタイプらしい。だが一回戦の相手とはそもそもの地力が違うように感じる。

 

「さて、じゃあ“ケリィ”。またジャンケンといこう」

「む、いいですよ」

 

 しかし相手が誰でもマイペース。リュウとガトウ、試合開始前に行われる大人と子供の壮絶な第二回ジャンケンバトル。前哨戦のような小さな激闘がそこで展開され……リュウはまた負けていた。

 

(何故!?)

 

 いつぞやの紅き翼の面子相手の真似をして、直前にガトウの手を見切る手法を使っているのに勝てない。一体どのようなカラクリなのであろうか。ジャンケン一つとっても実に奥が深く、そして不可解な世界である。

 

「じゃあ俺は……また後衛の方を担当するとするかな」

「……了解です」

『それでは準決勝第一試合……はじめ!』

「頼んだぞ“ケリィ”!」

 

 合図と同時にポケットに手を突っ込んだガトウが、瞬動で前衛を飛び越していく。今回はリュウも待つつもりはない。自分から地を這うようにダッシュし、正面から前衛の戦士、パトリオへと攻撃を仕掛けた。

 

「来るか小僧!」

 

 パトリオは盾を持たない剣士タイプで、剣を中段に構えてリュウを待ち構えている。ヒュパッとドラゴンズ・ティアからフィランギを取りだし、勢いに乗せて斬りかかるリュウ。

 

「なんの!」

 

 ギンと響く剣同士の衝突音。並の相手なら剣ごと叩き斬ったであろうリュウの一撃。しかし流石に相手は準決勝進出者。しっかりと剣の腹で受け止められてしまう。そのままリュウはギリリと剣を滑らせ、鍔迫り合いへと移行する。純粋な力比べ。どちらかと言えばリュウの方が押し気味だ。

 

「ぬぬぬ……小癪なっ!」

「っ!!」

 

 パトリオとて歴戦の勇士だ。自分が力で負けるとは思っていなかった。しかしリュウの力強さを本物と認めたパトリオは、その事実をあっさり受け入れた。小さなプライドの勝ち負けよりも、実を取る行動に出たのだ。歯を食いしばり、僅かに剣を引く。リュウが姿勢を崩した所を狙って、蹴りを繰り出す。

 

「ぬう!」

「意地張ってくれれば良かったのに!」

 

 リュウはその対応に小さく舌打ちしつつ、後ろへ跳んで蹴りをかわしていた。パトリオの勝つ事への判断力。やはり一筋縄ではいかない。勝ち残ってきただけの事はあると厄介さを認識する。

 

「今度はこちらから行くぞ小僧!」

「っ!」

 

 正々堂々を好むのだろう。パトリオはわざわざ宣告してから剣を振りかぶり、リュウの間合いに踏み込んで来た。何の手土産もないとは思えない。リュウは警戒しながらそれを迎え撃つ。

 

「セァァッ!」

「!」

 

 パトリオの剣は斜めに振られ、リュウの肩口からを切りつけようとしている。ただの振り下ろしだ。速度的にも十分受けきれる。そう判断しかかったリュウだが、パトリオの不敵な表情が気になった。受けるか、避けるかの選択。リュウは嫌な予感を信じ、受けずに剣の軌道の死角へしゃがみ込むようにして避けた。瞬間。

 

「!?」

「ほう、避けたか! 良い判断だ小僧!」

 

 何かがリュウの衣服の肩を掠めていた。剣は確実に避けた筈。距離は十分にあった。掠る事さえあり得ない筈なのだ。しかし事実は違う。まるで剣撃が二発あったかのように、リュウには思えた。俺は、今のと似た攻撃を知っている。その経験から来る直感が、直前で回避行動を取らせていた。

 

「ならばもう一度食らえぃ!」

「!」

 

 研ぎ澄まされた集中力で、リュウはパトリオの剣の軌道を見た。振り下ろし。そこまではいい。だが剣にはやはり“次”があった。打ち降ろしの隙を掻き消すような高速での切り上げ。まるでリュウの知る“三連撃”を二発目で止めたかのような高速連携が、パトリオの攻撃の正体だった。

 

「ふんっ!」

「何!?」

 

 謎でさえ無くなれば対処のしようはある。リュウは二段目の切り上げに剣の腹を合わせ、強引に打ち払った。

 

「小僧貴様……我が秘剣燕返しを凌ぐとは……」

「……」

 

 燕返しとはまた、在り来たりなネーミングだなとちょっと肩の力を抜くリュウ。その技が何であるのか、おおよそは理解している。一度に二連続で攻撃する技、即ち三連撃から一つランクが下がったスキル、“ダブルヒット”である。恐らくパトリオは無意識にこの技を使っているのだろう。そして偉そうに誇示する割には、技の難易度は低いとリュウは感じた。

 

「……ふっ!」

 

 いきなり踏み込み、力任せに剣を振るう。軌道はパトリオが先程放ったのと全く同じ斬り下ろし。

 

「ぬっ!?」

 

 そして、間髪入れずの斬り上げ。パトリオ曰く燕返しのコピーをリュウはやって見せたのだ。自分のよく知る二発の剣撃を何とか受けきったパトリオの顔が、見る見るうちに怒りで染まる。

 

「こ、小僧貴様!? 俺の技を!」

「いや、それくらいで著作権を主張されても……!」

 

 リュウにも真似出来ないレベルの個人技ならまだしも、他の人でもそれなりに練習すれば出来そうな技である。呆れるリュウはさらに追撃。横薙ぎの一振りが突っ込みと共にパトリオに迫る。

 

「ぬん!」

「!」

 

 そしてリュウは気付いた。攻撃した瞬間、パトリオが僅かに口元を緩めたのを。攻撃を待たれていたと悟ったが、剣の振りは止まらない。そしてリュウの薙ぐ剣撃をやはり剣の腹で受けたパトリオは、まるでその威力をそのまま返すかの如き速度で剣を振るい、リュウに反撃してきた。

 

「うおぁっ!?」

 

 ぐいんと上体を逸らし、何とかその一撃を避けるリュウ。自分の初太刀もそうだったが、斬りにいったのに容易く受けられ、しかも今のは反撃されるという、稀に見る高い受け流し技術。今のがどうやら、パトリオの奥の手のようだ。どうするかと考えるリュウを黙り込んだと勘違いし、パトリオはニヤリと笑みを零す。

 

「ふん……我が奥義二天一流斬まで出させるとはやりおる……」

「……」

 

 仏頂面をしつつ、何だその技!? とリュウは自分のネーミングセンスを棚に上げて内心で突っ込んだ。そして再び考える。大仰な名前の付けられたそれは攻撃を受けた直後、倍返しの様な勢いで反撃を繰り出す技、という事なのだろうか。

 

「ふふふ……どうやら、俺に手も足も出ないようだな小僧!」

「……」

 

 リュウが黙って考えているせいで調子に乗るパトリオ。あの反撃技の正体に、リュウは一つだけ思い当たった。“カウンター”。発動すると打撃を受けた際、絶対に反撃するという受け身のスキル。恐らく間違いない。リュウも今のを“見た”事で、真似しようと思えば出来るだろう。

 

「……」

 

 しかしそう考えると、確かにパトリオは戦士としては優秀だ。攻め手に“ダブルヒット”。剣撃や打撃に強い“カウンター”。これらを使い分ける限りは、普通ならおいそれと攻撃を加えられないだろう。

 

 だが……彼は少し思い違いをしている。魔法世界での前衛としてノーマルな剣士が相手なら良かったかもしれないが、相手はリュウ。剣士ではなく、オールラウンダーだ。だからリュウは構えを解くと、ヒュパッとフィランギをドラゴンズ・ティアへ収納した。

 

「……」

「何……? 降参か……?」

「ええ実は……って、そんなわけないじゃないっすか」

 

 適当に乗り突っ込みをして見せたリュウはバックステップして大きく距離を取ると……呪文を唱え、周囲に大量の魔法の射手を展開させた。

 

「!?」

 

 それを見てパトリオはあからさまに顔色を変える。カウンターは打撃には強いが、魔法には無力なのだ。リュウの知るそんなスキルの弱点は、普通に通用するらしい。慌てて助けを求めるようにエミタイの方を振り向くパトリオ。しかしあちらはあちらでガトウによるクライマックスのようだ。助けは期待できない。

 

(ていうか、最初からこうすりゃ良かった)

 

 心の中で思わずリュウは自嘲した。ついつい相手に合わせて剣での打ち合いをしてしまったのが失敗だったと。だがまぁ、ダブルヒットとカウンターを覚えられたのだからいいやと無理やり自分を納得させる。

 

「魔法の射手・連弾・炎の131矢!」

「うおおおお!?」

 

 周囲の魔法の射手が雨のようにパトリオへと降り注ぐ。最初のいくつかは剣で薙ぎ払ったパトリオだったが、流石に百以上の矢には無駄だ。次々と命中する炎の矢によってダメージを負っていく。

 

「ま、まだ……この程度……!」

「……」

 

 剣を杖代わりにかろうじて立っているが、これでもまだ膝をつかないのは流石に準決勝の相手である。そしてパトリオは最後の賭けとばかりに、リュウへと走りだした。遠距離からまた魔法を射掛けられてはたまらないし、ここからの逆転はリュウに剣を浴びせるしかないからだ。もちろん、それに対して容赦するつもりはリュウにはない。

 

「んっ……」

 

 リュウは左右の手のひらを向かい合わせ、中央に魔力を集中させだした。ヴォンとそこに発生したのは、バスケットボール大の球体。ディースに教わった技の一つ、“マジックボール”である。

 

 これは属性を持たない、純粋な魔力によって作られた破壊力の塊だ。そしてリュウはそれを自分的にアレンジし、ギュッと凝縮して野球ボール大の大きさへと固めていく。その魔力の玉……文字通りの“魔球”を、リュウは野球投手のように振りかぶり、パトリオの持つ剣目掛けて思いっきり投げつけた。

 

「食らえ必殺……サンダーバキューム……ボール!!」

「!!」

 

 やはり人の事は言えないネーミングセンス。そんなリュウの強靭な肩から繰り出された球……凝縮されたマジックボールは、真空の渦の中を駆け抜けるが如く時速256kmに達する超剛速球となり、打ち返す事も出来ないパトリオの持つ剣へと着弾。盛大に、爆発した。

 

「……」

 

 後には吹き飛び倒れて気を失っているパトリオの姿が。剣もばらばらに砕け、戦闘不能は一目瞭然である。

 

「やぁ、終わったかい?」

「!」

 

 と、唐突にリュウは後ろから話し掛けられた。向こうを見るとエミタイが伸びているようで、やはりと言うかガトウの敵ではなかったらしい。

 

「お疲れ様です」

「しかし、彼らももう少し分断された時の対処法というのを学んだ方がいいと俺は思うんだがね」

「そうですね」

 

 リュウが魔法の射手を出した時のパトリオの慌てぶり。それを思い出すと咥え煙草のガトウの言う通り、魔法に関してはエミタイが防御するのが彼らの中で常だったのだろう。でなければあれほどあっさりとリュウの魔法を喰らう男が、準決勝にまで残れるはずがない。

 

『一体誰がこんな事態を予測出来たでしょうか! 圧倒的! まさに敵無し! 決勝進出はアナベル・ケリィコンビに決定ーーーー!!』

 

 とにかくこうして、決勝へと駒を進めるリュウとガトウであった。


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